2015年12月9日水曜日

撮る撮られる関係の解消

森一生氏の写真芸術

三石博行

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10月中旬に島根と出雲を旅行した。大雪山の麓にあった「上田正治写真美術館」に行った。上田正治の写真を観ながら、森一生氏の写真を思い出していた。

日常生活、家族、町並み、自分の生活空間にそのままある何ともないと言えば何ともない風景や情景、それらに潜む生活美を写し取る。そこには、写真家の観る眼がなければ、観えない世界があるようだと思った。

私の森一生氏の写真への感銘。それは、多分、彼の写真館に家族や自分の記念写真を取りに来る人々に共感し、シャッターを切る写真家森一生氏の姿を前提にして、はじめて、その説明にたどり着けるのだと思った。

森写真館に訪れて、家族の記念写真を撮りたいと思った人々に寄り添うように、森一生はすべての街の風景と自然に寄り添っているのだろうと思った。

森一生氏の写真の根底にはそうした生活の美に関する思想があるのかもしれない。あるがままの世界のあるがままの人々とその風景、さらにはそれらの人々を取り巻く世界を描き写しだそうとする芸術家、森一生の作品。

それは、あたかも今日の朝ごはんのように、何の気取りもなく、何のタイトルもなく、あるがままに、おもうままに、このフェイスブックに無造作に、並べられ、我々を楽しませている。

「2015年11月27日、森一生撮影」


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以前から森一生氏の写真を観ながら思っていたこと。それは、被写体がすでにその被写体でなくなった瞬間を撮った芸術作品とも言うべき「街の写真家森一生」の作品をどのようにして彼はうみだすのかという事だった。彼の写真館を見たかった。  

名古屋に向かった。しかし、会ってみて、その写真館の芸術作品は、彼の写真館にあるのでなく、森一生という写真家の姿にあることを知った。彼には、つまり、被写体たちが被写体であるという自意識を喪失させる眼差しがあった。  

彼の前で被写体たちは写される自分から生活している自分に帰ることが出来た。つまり、自然な日常の自分たちを、彼の写真館で、彼の写真機の前で、取り戻したのだ。それは、その写真館という空間にあるのでなく、森一生という写真家が創りだした被写体と自分との関係の空間に在ったのだと理解できた。  

ふと気が付けば、私は彼の前で、自然に自分を表現していた。その瞬間、ふと、どうしたのだろうかという不思議な感性に襲われた。彼のあの写真の面白さを知るために、ここまで来たのだはなかったか。それなのに、なぜ彼に質問を浴びせることが出来ず、何故、自分の話をしてしまうのか。その不思議な彼の雰囲気と自分の場違いな行動を観察しながら、自問していた。

しかし、その瞬間、私は彼の写真芸術の技術、「被写体が被写体としての自意識を消し去り、日常の世界へと立ち戻る」ことを可能にさせる撮影技能を理解した。つまり、そこに私が聞きたいことの答えが在った。その答えは、彼の職業的人柄と人格の調和によって出来ているものであった。彼は、私の不思議な感性して、その問いに答えていたのだった。それが、彼の写真芸術の本質だと、私は理解した。  

「どうして、貴方の写真の話を聴きたいのに、自分の話をしてしまうのか。」それが、彼の写真芸術の基本であったと、そう語りながら自覚した。不思議な瞬間であった。


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森さんとの名古屋の古い町並みの散歩、楽しいでした。最も、私の関心を呼んだことは、森さんが街の人々、商店、飲み屋、喫茶店、おばあちゃんから若い人まで、知り合いで、気さくに言葉を交わし、その日の出来事や、これからあるイベントの話を手短に、言い合い、そして、簡単に約束をしている姿であった。

彼は、この町の一人の住民として写真館を開き、写真を撮っているいう事でした。私が「上田正治写真美術館」で上田正治の写真を観ながら、森一生氏の写真を思い出していた世界が、名古屋の彼の生活空間に繋がっていた。

写真屋森さんの姿が、その町並みに溶け込んで、ジーパン姿で、皆さんの思い出の写真を取ってくれる写真屋のおっちゃん」であり、写真芸術家森一生は、そのおまけのような存在に映った。

最後に彼の行きつけのビルの前にへばり付いた飲み屋に行った。一杯飲み屋の狭い部屋で、常連やその連れがお互いに譲り合って、一杯引っかけて、冗談を飛び交わす。そんな庶民生活、そのものの日常風景と森さんの写真の関係の連立方程式の解が解けたようだった。

冬の薄暗い名古屋駅のビルの谷間に小さくなった空の下を潜り抜けて、新幹線の改札入口に近くなるにつれて、少し心残りがしながら、京都へ帰った。

「2014年12月6日 森一生撮影」


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許しとは何か。人はなぜ人を許すのか

三石博行


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人はどのようにして他者を「許す」のか、この答えは宗教に求めるほかないのだろうか。と言うのも、この「許す」という行為は、救いと共通するように思えるからだ。

許すとは何か。つまり、人は許すために許し得るのではなく、許されることを追い求めるために、許すのかもしれない。その意味で、許しとは、共に許されることを求めた者の救いに似ているとも言える。

広島の人々は、どのようにして原爆を落としたアメリカ兵を許したか。ドイツのユダヤ人は、どのようにしてアウシュビッツで家族を殺したドイツ兵を許したか。アジアの人々は、どのようにして国を侵略し、町は村を破壊した日本兵を許したか。


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確かに、許せないことがあるだろう。その許しないことを抱き、憎悪に燃え、そして復讐を誓う。もし、その復讐が達成された後に、何を感じるだろうか。そして、そこで、許せない想いは終焉し、それらの希望は完全に達成し得るだろうか。このように問い掛けるのは、殆ど、許せない現実に出会わなかった人々かもしれない。

許せない思いを抱く人々に対して、人を許すことを説教することは、無意味である。だから、それらの人々に、許せない思いを実現させる機会を与えることを社会は認めている。例えば、敵討ちのように、昔は、その機会を私的に認めていた。しかし、今日、この私的な復讐は犯罪とされる。法律によって、復讐は合法的に可能になり、許せない相手を刑事訴訟し、刑罰という社会的な報いを受けさせることが出来る。

だから、許すという事は、許せない現実を否定して成立しているのではない。許すという事は、許せない行為の対局にあるのでない。それは、逆に、許される対象として、許す主体が存在しているから、許すという行為が可能になると言えないだろうか。つまり、人は許されない自己を抱えた時に、許すことが要約できる立場に立つことが出来るのではないだろうか。

それはあたかも死にゆく人々の生命に対する憐れみにも似ている。つまり、許しとは、許される側に立つ、弱い人間としての自覚によって可能になっているのではないだろうか。


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もし、強い自分があるなら、そして、もし自尊心を傷つけられたなら、その相手を打倒する為に闘うだろう。その意味で、許さないことによって、自己実現を可能にすることが出来る。しかし、許すとは、その逆で、自分の自尊心を傷つけた人が、同じように他人から自尊心を傷つけられた時に、「それは苦しかっただろうと」彼に寄り添うことを意味する。それは、欺瞞者のすることだと言われるだろう。それは、嘘だと言われるだろう。

確かにそうなのだ。その許す行為に秘められた偽善性を、否定するつもりはない。

だから、許すことは自分が傷つけた相手を懲らしめられる強いと思う人間には出来ない技なのだ。自分が、懲らしめられる相手と同じ罪(過ち)を犯した弱い人間だと思った時に、その痛みを受け入れるという行為の結果として、許すということが出来るのかも知れない。その意味で、許すということは、受け入れるという意味に類似しているのだと思う。言い換えると、弱い自分を受け入れるという意味に繋がる。

これは美し表現で許しを語った場合の話だ。悪く言えば、許しとは「慣れ合い」だとも言える。つまり、悪いことをしていると自覚している人間であるから、許すことが出来る。もっとひどい言い方をすれば「泥棒が泥棒を許すのは、当たり前でしょう」という論理になる。

つまり、「私は泥棒ですから、貴方が泥棒であることを許すのは当たり前でしょう。もし、泥棒の私が、泥棒の貴方を許さないとすれば、それは自己否定になりますよね。」という論理が成立する。これが、自己欺瞞のない「弱い自分を受け入れる」タイブの許しとなる。


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しかし、これも極端な見解だ。広島の人々は原爆を落としたアメリカ兵を、そういう気持ちで許したのではない。アジアの人々も国を侵略し、町は村を破壊した日本兵を、そんな気持ちで許したのではない。


許しには、自分を深く傷つけ、自分の家族を死に追いやった人々に対して、自らが彼らと同類であると自覚させる強烈な自己否定がなければならない。つまり、それが原罪とか無常ということばで語られた考え方なのである。そうでもしないと、この許しに必要な自己理解が成立し得ないのである。

もし、そのことをキリストが説明しなければ、その意味は、不明のままだったと思う。もし、その意味をブッタが語らなければ、その理由は、理解できなかったと思う。その意味で、許しが宗教的な意味合いをもつことは避けられない。

残念なことに、この許しの問題に答えられる哲学や人文社会学はない。それが問題かもしれない。

歴史問題を語るとは何か

三石博行


歴史を語る時、語る人々の時代感覚や社会理念が前提となっている。こう歴史に関して語ったのは「解釈学」という考え方であった。それまでは、歴史とは過去の事実として理解されていた。しかし、この歴史的事実という理解が、歴史解釈という認識に変わったのは、謂わば、観ている私の時代性や社会性を前提にしなければならない人文社会学研究上の観察者にとっては当然の帰結であると言える。


この考え方は、長年検証され批判されてきた世界観を背景にして成立している。世界は実在する客観的存在から、社会現象、社会的構造、社会的事象、さらには時代や社会的存在の解釈世界として理解されてきた経過の中で、歴史的事実もその認識論的な影響を受けた。つまり、認識される世界は認識する主体の側の認識、評価のプログラムの産物であるという解釈が成立する以上、歴史もその一部であると理解された。それが解釈学的な歴史理解の基本となっているのである。



しかし、歴史問題を語る主体の歴史的、文化的、社会的存在の自覚という哲学では当然の理解も、現実には殆ど応用されることはない。それが今の日韓関係の中で深刻になりつつある「歴史問題」の根底にある。従軍慰安婦問題という歴史を、政治的利害に結び付けることは危険である。つまり政治が歴史問題に立ち入ることは、最も避けなければならない。もし、立ち入るとすれば、歴史解釈ではなく、現実の被害者の救済問題である。その意味で、歴史的事実の解明ではなく、その政治的利用を行う日本政府や韓国政府も同じような大きな間違いを犯そうとしているようだ。


丁度、原発の安全性を、素人の政治家が議論するように、歴史問題をその厳密な調査方法も知らない素人の政治家が議論していることになる。彼らの関心は、専ら事実ではなく、その政治的利用に過ぎない。そうなれば、後戻りのできない失敗を行うことになる。それは、国際化する社会に逆行する閉鎖的で偏執独断的な民族主義を扇動することになる。この考え方によって暴力は正当化され、過去の国家間の紛争挑発という失敗を繰り返すことになる。つまり、無用な敵意を扇動し、両国民の間に自然に芽生える友好な感性を破壊し、それらの人々を暴力の応酬、そして最終的に悲惨な戦禍に放り入れようとしているのである。

国がある以上、それらの国の間ではそれぞれ歴史の解釈や観方が異なることは、解釈学の立場からして当然である。そうした人文社会学や哲学的に当然の歴史解釈の課題を、もう一度、人文社会学を研究している人々が、そのことの責任を自ら引き受けなければならない。それを、政治家に任してはならない。


勇気ある韓国の現代史研究家の発言に政治的弾圧を加えた政権にも、さらには「従軍慰安婦問題」を無視し続ける日本の政治家に歴史問題に関する発言をこれ以上許してはならない。そして、これ以上、この歴史問題を含め、東アジアに関する歴史や文化の課題に人文社会学の研究者は無関心であってはならないだろう。


多くの企業家や生産者が、相互に経済的関係を発展させるように、もう一度、社会文化や歴史の課題を、政治的利害を超えた人々、市民や研究者が語らなければならない。それが私たち研究者のできる東アジアの平和的共存のための活動だと思う。自分の生活や研究活動から、その責任を引き受けなければならないのではないかと思う。




君の絵

私はいつも岩本拓郎氏の絵に深く反応してしまう。
その理由は分からない。多分、何がが抵抗しているかのようだ。
多分。

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「君の絵画」 三石博行


それは不思議な心象溶融剤。

心の奥に潜む世界に浸み込み、
無形の形象を意識の地表に滲み出す、

それは心的抑制装置の破砕剤。

突如として起こった
深層頁岩に封じ込められたエスの流血

ここは、何もなかった草原だった。

岩本拓郎氏 2015年11月19日

自動代替テキストはありません。
岩本拓郎氏 2015年11月19日

画像に含まれている可能性があるもの:水、屋外


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落ち葉

森一生さんの落ち葉の写真を見た。もう美しい落ち葉ではなく、殆ど、葉っぱの形が、冷たい歩道に溶け出し、消えて行こうとしている。ある、確かにあった筈の生命の物語。これは、命の話なのですと冬の光が物語る。。。
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「落ち葉」 三石博行

朽ちる葉、
真空色彩、
溶解する和音。
冷たい歩道、
無形音色
無機化する造形。
それが冬の詩の始まり
それが冬のクロッキー
もう、明日しかない。
もう、あの空の彼方に行くしかない。

森一生氏 2015年12月9日 
森 一生さんの写真

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2015年7月26日日曜日

岩本拓郎氏の「今日の絵」から

三石博行


言うまでもないことだが、
自我の在り方として美はあり、美は自己の世界を構成している。

岩本拓郎氏の「今日の絵」を観ながら、私の中で湧き上がる詩(ことば)
それは、彼の色彩と形象へのことばの蛍光発光
それは、私の世界の深層からの共鳴



言うまでのないことだが、
自己に内在する世界の在り方として美はあり、
美は純粋表象としての自己としての世界である。

岩本拓郎氏の「今日の絵」から、私のことばが引き出され
ことばの世界に私は立つ
それは、彼と私の世界内自己の共音振
それは、彼の色彩表現への私の共光採



言うまでもないことだが、
美術家は時性意識と感性空間のマジッシャンなのだ。
彼の描く色彩や形象は、
注り来る美の時性を焦点化し、キャンパスに感性を固定化する。


それでも、やまない美の時性は、次のキャンパスに乗り移り、描かれ
それでも、治まらない情念は、時を増殖し続ける。


岩本拓郎氏の「今日の絵」は、過去から現在、そして未来への物語なのだ。


休むことなくつづく「今日の絵」
休むことなくつづく「色彩表象の戯曲」

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岩本拓郎氏のブログ
https://www.facebook.com/takurou.iwamoto.73?fref=tl_fr_box&pnref=lhc.friends
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2015年7月25日土曜日

「美にとって時間とは何か」

所幸則氏のポスト光描写芸術への挑戦

- 所幸則氏の写真展に行って -


三石博行


高精度の写真芸術は
生きている時性を極限にまで微分し
超写実主義の表現を可能にした。

しかし、それは
光描写の芸術は瞬間を切り抜き
リアルな世界を映し出す芸術。

しかし、彼は
写真芸術の進化に敢えて立ち向かい
機械による極限の時間微分から
生た人間の表象認識の時性
を描く。


さらに、彼は
光から色彩を奪い
視覚は光度に集中され
時性のみが物語る。


白黒の世界は
鑑賞者たちを一つの事実・生きた時間に集中させ

高速で走る新幹線から
視覚的な構造性が維持された遠距離の世界
パターン化される前に時間と共に過ぎ去る近距離の世界

目の前にある形象前の光の世界
構造前の光の表象現実


だから、
時性を微分する
写真芸術は生きた世界を
精巧に静物画化した
と、彼は語る。


だが、
現実の視覚の世界は
光の速さに押しつぶされ、
具象性を与えられないまま
非構造化されている
と、彼は語る。

それは、
写真芸術の進化
超写実主義静物画化への流れ
に抗うかのようにも観える。

そして、
美に取って時間とは何か
を問い掛ける。

あたかも、
分析、精密の概念に含まれた
「生きた時性」を排除し続けた
現代科学文明への
問い掛けのように思えた。


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所 幸則 「アインシュタインロマン」
https://www.facebook.com/events/1572418426342840/

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武蔵野大学教授 荒木義修氏と所幸則氏の写真展に行く。


2015年7月3日金曜日

「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」


どの分野でも言えることかもしれないが、理論的に考えること、物事の基本構造を理解するための方法や論理を見つけることは、大切なことだと思う。それが出来ていることによって、応用問題を解くことが出来る。生活の中で問われることは、多くの場合、応用問題のようなものである。

つまり、柔軟な発想や状況に適した処置は、その場その場の対応ではなく、多分、物事の本質を理解し、その解決を状況に照らしながら行うことが出来ることを意味している。もし、思想や哲学を課題にする人々が日常の中で生じる事象に対して適切な対応が出来ないといことを、それらの思想問題や哲学的課題と理解していないなら、多分、それらの思索や研究は殆どが意味を成さないものではないだろうか。

私は、思想や哲学を日常生活の改善のための道具として位置付けて来た。その考え方は、日本の大学での哲学研究では主流ではないと思える。現在では少なくともそのことは変化しつつあると思われるが、西洋の哲学という学問を輸入し、近代日本の思想を構築してきた日本では、哲学研究の大半が「哲学史の研究」であった。哲学者とは「哲学史研究者」であり「過去のそして他所の哲学者の研究の紹介者・翻訳者であり解釈者」であった。

しかし、最近、少し変わってきた。哲学者と呼ばれる人々が、自らも哲学者と自称しながら、テレビ番組の社会評論や文化評論に他の分野の人々と共に、社会や政治、時にはスポーツについてまで評論・コメントしている。それを観ている大学哲学人は、嫌な感情を持っているかも知れないが、世間が、哲学者と自称している人々に歴史哲学の話でなく、今の世の中のことを話してくれと言っていることには違いはない。

その意味で、日本の哲学は、大学から変わるのでなく、世の中の人々の哲学に対する要求によって変わるのだろうと思った。哲学は常に反哲学的(哲学的であることを否定すること)であることによって、その哲学の存在意義を深める。思想は生活や社会実践に活かされ、かつ点検されることによって、その意味を理解される。日本の哲学が形成されるとすれば、それは大学からではない。多分、人々の生活運動と呼ばれる新しい時代に向かう生活文化活動とそれに向き合う自己探求の中から生まれるのだと思う。

2015年7月3日facebook記載

2015年4月18日土曜日

自己組織性の生活学の成立条件

三石博行(MITSUISHI Hiroyuki)


吉田民人の自己組織性の科学とプログラム科学の概念


人間社科学を生命活動によって生み出される世界現象を解明するために吉田民人が提案した「プログラム科学」と、その科学の目的、つまりより良い生命活動(生活文化や社会経済活動)の在り方を探求するための技術学としての「設計科学」の基礎的な理論的探求を、吉田民人は『自己組織性の情報科学』の中で展開していた。
人間社会科学を総じて「自己組織性のプログラム」によって機能している社会文化現象の科学的理解と考えるなら、彼が1950年代に日本の社会学がパーソンズ社会システム論に影響され、その理論が当時の学会を席巻していた時代に、それにあらがい、それと格闘し、生きた社会や人間主体の生活行為によって構築されている社会機能・構造を表現するための「システム論」の構築を試みていた(「生活空間の構造-機能分析- 人間的生の行動学的理論 -」1965年)ことが、理解されるのである。
彼の自己組織概念とは生命以後の全ての存在、つまり生命、それらの生命によって構築された生態環境や文化、そして言語活動を前提にして構築された人類種の文化や社会は、その物質的存在(質料)とそれらのパターン(形相)・情報によって機能し構造化されている。その点が、物理化学的世界と大きく異なる。何故なら、それらの存在形態を構築する要素である「情報」によって、それらの存在形態が決定され、また同時にその行動やさらにはその進化も、自ら所有している「情報」によって決定されているという特徴を持つからである。
自ら所有している情報によって自らの存在形態(個体)の在り方(機能・構造)とその行動を決定され、同時に、その情報を組み替える情報を所有しているのが、吉田民人が謂う「自己組織性」の存在なのである。従って、吉田民人は、生命系や文化社会系の科学を、総じて「自己組織系の科学」と呼んだ。これらの自己組織性の科学は、それらの存在形態を決定している情報、プログラムによって機能していると考え、彼は自己組織性の科学をプログラム科学と呼んだのである。

吉田民人のプログラムと自己組織性の概念 - 「相対1次の自己組織性」・種の保存のプログラムと「相対2次の自己組織性」・生命体保存のプログラム -


生命から人間の言語や意識活動を含めて、極めて大きな枠組みを前提に繰り広げられた吉田民人の情報科学では、自己組織性の概念も極めて原則的に定義されている。

彼は自己組織性を個体の再生プログラムと変異プログラムによって、その個体が生存するメカニズムとして理解していた。つまり個体を構築するシステム(生命維持機能、文化や社会維持機能、そして言語や意識の維持機能)が行っている情報・資源処理を司る情報集合を「プログラム」と考えた。そして、その個体のシステムが再生される、つまり個体保存が可能になっている状態を同一プログラムの再生過程であると考えた。つまり、ある生物が同じ種を再生産する過程がそれに当たる。この過程を吉田民人は「相対1次の自己組織性」と命名した。

言い換えると、吉田民人の「相対1次の自己組織性」とは種の保存のための遺伝子プログラムによって可能になる生命活動であると謂えるだろう。

勿論、生態環境の変化に順応して生きている生命体は、生き延びるために個体が本来持っているプログラム(遺伝子)を活用し、それらの環境に順応し続ける。しかし、同時に、自らのプログラムを変異させ、偶然にしろ、その変異されたプログラムによって個体がその個体の子孫の生存の可能性を拡大させることが出来る。当然、それらの新たなプログラムが、新しい生態環境に適応しない事態も発生する。その結果が、つまり、種が滅びることを意味している。

しかし、プログラムの書き換えによって、種は変化し、新種が生まれ、その結果、生物は新らな生態環境に順応し、生命活動を維持してきた。それが生命の進化と呼ばれるもので、この地球上に生命体が発生して以来、プログラムの書き換えというプログラム自体に存在しているメタレベルのプログラム機能によって生命は進化を続け、この地球上に存続出来て来た。その結果として我々人類がいるのである。このように、プログラムがプログラム自体の保持・変容を可能にする機能を「相対2次の自己組織性」と吉田民人は呼んだのである。

この吉田民人の「相対2次の自己組織性」とは生命活動自体の維持のために遺伝プログラムを変異しつづけるプログラムの所在を語っているとも謂える。その結果が、生物の進化となり、そしてその進化の結果として、生命がこの地球上に存在し続ける理由となると語っているとも謂える。

これまでの生物学では、特にダーウィニズムの基本的思想の中にあった、個体保存と種の保存、そして進化の概念を吉田民人は自己組織性の科学の基本概念、プログラムの概念から最解釈したのであった。

個体保存の機能、自己組織性の運動としての「生体反応の恒常性・ホメオスタシス」について


吉田民人のプログラムとそれによる自己組織性の概念によって生命の基本的な活動、種の保存や進化は説明できた。しかし、生活活動の中で繰り広げられている「生活資本の消費と再生産過程(個体保存のための自己組織性)」はどのように理解されているだろうか。

彼は、「人間レヴェルの自己組織理論の最終的な課題は,複合的な自己組織性の解明と設計である」ために.「個人と社会」をめぐる社会科学の伝統的な課題は,自己組織理論の立場からすると,異なる自己組織性の間の相互連関の代表的な事例」であると考え、人間社会のシステムを解明するために「複合的自己組織性」と言う概念を準備した。しかし、この概念は、提案された1990年、彼のプログラム科学が提案展開された時代、十分なものではなかったのではないかと思われる。

私が提案しようとしている「自己組織性の科学としての生活学」の中の、「生活資本の消費と再生産過程(個体保存のための自己組織性)」は、吉田民人の自己組織概念からは説明できない。この概念は、当時(1950年から1960年代)、生活構造論や生活システム論を展開していた青井和夫、松原治郎や副田義也の理論を援用して形成したものである。その意味で、吉田民人が、1960年代後半から展開する「自己組織性の情報科学」の理論とは異なると謂えるだろう。

副田義也の理論「生活資本の消費と再生産過程」とは、生命活動に置き換えるなら、生命体維持のために、例えば外界の温度変化から体温を一定にするための生体機能である。これをホメオスタシス(Homeostasis)つまり恒常性と呼んでいる。この生体機能によって、我々の血圧、体液の浸透圧やpHなどが安全な領域内に保たれる。生体の恒常性は生物的な化学的な緩衝メカニズムによって、個体を外界からの物理的変化から守っているのである。

生体反応の恒常性・ホメオスタシスに関して、吉田民人は「個体の再生プログラム」という一言で説明し、それもの自己組織概念に含めているようにも解釈できるのであるが、しかし、相対1次の自己組織概念と、この生体の恒常性とは異なる。吉田民人の述べた「個体の再生プログラム」とは個体が新たに再生されるとき、つまり親から子供が生まれる時に、親の遺伝子が引き継がれることを意味し、また、人間が人間種に留まり続ける種の保存を意味している。そのため、個体自体が個体の生命を守る生命活動、つまり「個体保存」とは、意味を異にすることになる。

私が前記した生活活動での二つの自己組織性、つまり「生活資本の消費と再生産過程(個体保存のための自己組織性)」は、吉田民人の自己組織性の科学の中では、厳密な意味で、位置づけられていなかったと謂えるだろう。そして、「生活資本の蓄積と生活主体の再生産過程(種保存ための自己組織性)」は、相対一次の自己組織性として位置付けられていたと解釈できるだろう。

吉田民人の自己組織性やプログラム科学の概念を生活学に援用するためには、彼が大きく定義した自己組織概念の中に、生体反応の恒常性・ホメオスタシスを組み込むこと、そして同時に、個体保存も自己組織性のプログラムによって出現している生体、生活、社会の現実であることを了解する理論的詰めが要求されているのである。

個体の恒常性・ホメオスタシスを維持している細胞レベルの相対1次自己組織性


人々が日常の生活条件を維持するためには、睡眠、栄養補給、休息、休養や余暇を通じて、日々の労働や生活による肉体的・精神的な疲労を回復し、明日の生活や労働を担う状態を維持し続けている。この状態は人間個体の視点からは、身体的精神的な恒常性(こうじょうせい)ないしはホメオスタシス(Homeostasis)を維持していると謂われる。

吉田民人の自己組織性の概念には、上記した個体保存のために日常的に営まれる個体の恒常状態の維持の概念はないのであるが、この個体の恒常性は、視点を変えれば、個体を構築している何十億の細胞の再生過程、つまり相対一次の自己組織性によって担われている。

言い換えると、人々はその身体を構成する何十億の細胞、さらには何兆もの共生細菌の相対1次の自己組織性の生命活動によって、個体の生命活動の恒常状態(ホメオスタシス)が維持され、その個体の日常生活の維持が可能になっているのである。その意味で、人間個体の生命維持、恒常性を維持は、個体を構成する無数の細胞の再生と破棄の生命活動、つまり相対1次自己組織性運動によって可能になっていると謂える。


生活世界での相対1次と相対2次自己組織概念


生命活動のミクロレベルにおける相対1次自己組織性の運動が、マクロレベルの個体の生命維持、個体保存の基盤となっているのである。そして、生殖と呼ばれる個体の再生産によって、その種の保存が可能になっている。それが、個体の視点から観る生命活動の相対1次自己組織性の運動である。生活世界での相対1次自己組織性とは、家族を作り、そして子孫を残し、また社会文化を次の代に継承する社会活動、言い換えると伝統文化を維持し続ける活動を意味している。

生活様式や生活習慣は時代と共に変ってきた。それらの変化の基本的な要因として生態環境、政治経済環境の時間的・歴史的変化が挙げられるだろう。それを社会の歴史と呼んでいる。言い換えるとここで言う歴史とは、現在の社会がその形成の背景に持つ、これまでの生態環境、政治経済環境と生活様式(生活文化)の履歴を意味している。

生活史をマクロ的視点で観るなら、それらはこれまでの生活文化や生活様式の履歴を意味し、また、未来の生活文化も現在のそれを受け継ぎながらも変革し続けるものであると理解できる。それらの変化は上記した生態系、政治的、経済的、また現代では科学技術的環境によって決定されて行くことになる。

ある時代のある生活様式がその伝統を守るように機能することを生活世界の相対1次自己組織性と考えるなら、その伝統が生活を取り巻く環境の変化によって維持できなくなり、新しい生活環境に適応する生活様式が生み出されることを生活世界の相対2次自己組織性であると言える。


参考資料


(1)吉田民人『主体性と所有構造の理論』東京大学出版会、1991.12、 第1編主体性の理論 第1章 生活空間の構造-機能分析- 人間的生の行動学的理論 - pp3-56 

(2) 吉田民人 『自己組織性の情報科学』 新曜社、1990.7、 296

(3) 吉田民人「情報・情報処理・自己組織性 -基礎カテゴリーのシステム-」組織科学 VoL.23 4 1990pp7-15

(4)  吉田民人「「プログラム科学」と「設計科学」の提唱 -近代科学のネオ・パラダイム-」『社会と情報』=Society and information/社会と情報編集員会[編集] 199711 pp129-144

(5) 副田義也「生活構造の基本理論」、in 青井和夫、松原治郎、副田義也編著『生活構造の理論』有斐閣双書 1971.11

(6) 三石博行 「自己組織性の科学としての生活学(1) 生活資本の消費と再生産過程(個体保存のための自己組織性)」 20154116日、フェイスブック記載

(7) 三石博行 「自己組織性の科学としての生活学(2) 生活資本の蓄積と生活主体の再生産過程(種保存ための自己組織性・相対一次の自己組織性)」20154116日、フェイスブック記載https://www.facebook.com/hiro.mitsuishi


2015年7月3日 変更

2015年4月15日水曜日

生活世界の科学の成立条件



三石博行(MITSUISHI Hiroyuki)


人間学としての「生活世界の科学」と臨床の知としての「生活技術学」


近代西洋哲学は、17世紀からの伝統として、合理的な精神や科学的な認識の追求が課題になっている。理性、意識的な志向性や自由意志などがその哲学の主な問題であった。しかし、物理主義、客観主義科学では生活世界の科学を充たすことはできないとフッサールは問題提起した。近代合理主義や科学主義を越えて新たに求められている人間社会学の科学性がフッサールの現象学から提案されていた。

勿論、フッサール以前からも、近代合理主義を伝統とする哲学の意識主義と批判する哲学の歴史はあった。意識活動を精神世界の全てであると考える意識主義哲学に対する批判は西洋哲学の伝統の中にあった。しかし、それらの批判は近代合理主義精神の形成過程で徹底的に排除しなければならなかった中世的世界観、主体と対象の区分を曖昧にして成立していた世界観に、その起源を持っているため、近代合理主義の形成にとっては徹底して排除しなければならない思想であった。

その排除によって、つまり感覚する主体、主観とそれらの主観性の入り込む余地のないすべての人々にとって公平に表れる世界、つまり客観とが明確に分かれ、感性を通じて現われる世界と数学によって記述された世界は分離し、そこに近代科学(力学)が生み出されたのである。

近代科学の形成とその成功によって近代合理主義思想が確立するのであるにであるが、近代合理主義思想の根底には物理神学(世界は神のことば(数学)によって描かれているという自然哲学・神学)がある。ニコラウス・コペルニクスやジョルダーノ・ブルーノのような物理神学者たちは神の存在を証明するために力学の研究をした。この思想からデカルトの機械論、つまり機械的世界を知る人間知の優位性を暗黙のうちに了解する思想、意識主義への批判が起こるのである。それは限りなく未知であり、限りなく不可知な世界、神の世界を認めることを前提にしていた。

意識主義が暗黙に了解した可知の世界、その武器としての哲学(当時の自然哲学、つまり今の自然科学)から、不可知な世界を認知するためにパスカルは反哲学(反自然哲学、つまり現在的に言い換えると科学的な視点以外で人間を理解すること)を、哲学(自然哲学)を行う上で必要な批判活動であると位置づけたのであった。これらの反哲学の流れは、その後、西洋哲学の中で滾々(こんこん)と続くのである。科学主義や実証主義と呼ばれる近代合理主義の伝統を汲む哲学の主流に反発する実存主義や生の哲学はその流れの中にあるとも言えるだろう。

意識主義や科学主義への反発や問いかけは、客観主義哲学への批判に留まらず、理念的人間に関する哲学的言及から生活する人間に関する哲学的言及に変更を要求することを潜在的に持っていたとも謂えるだろう。

しかし、反哲学は西洋哲学の主流に対する反抗に過ぎなかった。この反哲学の直感が、新たな時代の人間学の基礎となるたるめには、その直感に含まれている全体的な人間への理解の地平が伝統的な哲学を包み込む次元にまで展開される必要があった。

つまり、自然哲学が自然科学に置き換わり、伝統的な西洋哲学は自然現象の本質を語る権利を奪われ、また人間精神の在り方、世界の認識や了解の在り方を語る精神哲学や認識論が、心理学、精神分析や認知科学に取って代わられる中で、科学技術文明社会での哲学の役割は、人間の世界への関係の在り方に向かうことになる。つまり、世界を知ることが哲学の課題ではなく世界を生きるために知ることが哲学の課題となった。

しかし、これらの課題に近づくために、哲学は自然から社会へ、そして人間へとその探求の対象を進化させながら、その中で近代から現代への人間社会科学の形成に貢献したのである。

19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて意識主義を超えるための試みがなされた。例えば、フッサールが展開する生活世界を構成する共同主観性、フロイトの文化的シンボルの前意識的イメージやタブーなど無意識の文化的構造やデュルケイムの集合表象概念と機能主義社会学などである。これらの思想の流れに影響されて、文化的存在としての人間に関する人間社会学が形成される。例えば、レヴィ=ストロースの構造主義文化人類学、ユングやフロムの精神分析学、パーソンズの社会文化システム論、フーコーの歴史認識論等である。その延長線上に、生活世界を課題にする人間社会学が位置している。今日の生活世界の科学を考える時、17世紀以後の哲学や科学の歴史的な流れの中で滾々と続いてきた人間や社会に関する理解の歴史的経過を、知ることが必要となるだろう。

一方、19世紀にアメリカで生活学は、エレン・リチャーズによって提案された当時から、工業社会(科学技術文明)の引き起こす生活病理に対して臨床の知としての使命を持っている。しかし、今井光映が指摘したように、細分化した生活科学分野の研究を前提にして、より厳密な生活科学として展開される中で、生活課題全体を射程に入れた生活学の臨床の知の意味は風化していく。そこで、エレン・リチャーズ以来の伝統的立場に立ち、生活病理の解明を求める生活世界の科学として生活学の在り方を考える必要がある。生活学は、物理化学や生物学の理論を背景にして成り立つ生活科学の一分野であると解釈されてはならない。

今井光映によると、生活(科)学は没価値的な実証科学ではなく、生活を全体的に理解する理解科学であり、「生活を癒すこと」を課題にする実践的な実学であると提起されている。この実践学の精神は今和次郎や篭山京など日本の生活学の創設以来の伝統的科学精神である。厳密な生活科学とよばれる自然科学の一分野に落ち着こうとしている生活学のあり方を、臨床の知のための理解科学や技術学の方向に進化させるための、生活世界の科学の認識論の課題を分析しなければならない。



自由領域科学としての生活学の成立条件


生活世界の科学が近代科学以来の伝統的な科学方法論を前提にして成立しなければならないことが課題になる。生活を科学の対象とする以上、その方法はこれまでの分析的な科学方法論、実証的かつ論理的な研究の在り方が前提になる。そのため、この科学的方法での研究は、生活科学の専門的分野化を押し進め、細かい分野に専門化することが生活科学の進歩を意味することになる。と同時にその細分化によって生活という現実が失われることを意味する。

生活は、衣食住心に関する人間社会文化の全てである。生活世界の科学は、生活を全体的に取り上げられる方法が必要である。しかし、生活全体を取り上げることで、曖昧な分析や不確かな実証性を許すわけではない。分析的であって全体的である生活学の方法とは何かが求められている。

生活という複雑系での科学的方法の問題である。学際的研究を前提にして成り立つ複雑系の学問の方法論は、異なる学問領域の論理を羅列して成立するのだろうかという疑問が生じる。しかし、生活学は、これまでの物理化学を代表とするディシプリン型科学で取られていた還元主義的科学方法論では対応できないことは明白である。

吉田民人はディシプリン型科学に対して「自由領域科学」を提案した。この自由領域科学は、例えば、生活学に適用すると、生活情報学を基礎ディシプリンとする生活諸科学の拡張ディシプリン化であると言える。しかし、その自由領域科学の生活学の形成に必要な拡張ディシプリン化は、生活諸科学を構成する色々な領域の解釈を持ち寄って、それらを並列に並べて、示すことは出来ないだろう。

そこで、拡張ディシプリンが相互にその公理を位置付けできるような、さらに基本的な定義の確立を前提にしなければならないのではないかと思われる。それをプログラム科学の公理系であると言えるだろう。しかし、現在、生活学をプログラム科学の公理系から解釈できる理論や研究はない。



生活主体を含む科学性


生活学の研究対象は生活環境である。生活環境は文化環境の一部である。つまり、生活学は生活文化の環境についての科学である。生活者の行動や考え方は、生活文化環境に規定されている。生活者の生活様式も生活文化環境に作られている。

生活者の考え方や生き方、つまり生活様式を問題にするとき、生活環境との関係で考えることは、生活学が民俗学や文化人類学から引き継いだ方法である。この考え方の延長線上に、生活を科学する(生活)主体を置くと、生活科学を研究する行為、視点、解釈、直感的な理解等々、すべて、その(生活)主体を取巻き、形成した生活環境との関係を抜きにしては語れないことに気付く。

当然、生活学は、研究対象を主体から完全に切り離すことができない。それらによって主体の認識の風景が形成されているかである。つまり、自然科学のように観測者の認識の背景に観測対象の要素が入り込まない世界とは違い、その観測対象の要素によって、観測者の観測方法、観測の理論や解釈の論理まで、影響されている。その意味で、生活学の科学性には、物理化学のような客観主義が成り立たないのである。生活学の前提条件として、もしくはその境界・初期条件として、生活主体の生活環境と生活様式として語られる文化的パラダイムが存在している。

生活主体の文化性を前提にして成立している生活様式は、人間一般の普遍的課題と言うよりも、文化的位相性を前提にして成立するものである。生活学を、文化的環境の中での生活者のあり方の理解科学であると考えれば、その前提条件として具体的な文化環境に依拠して成立している生活学の公理がある。極論すれは、エレン・リチャーズによって提案された19世紀のアメリカ生活学の公理を、そのまま日本に当てはめることは出来ない。また同様に、戦前や戦中の今和次郎や篭山京など日本の生活学の公理を、そのまま、他の文化圏に当てはめて解釈することもできないと言える。

生活構造論を論及してきた渡邊益男は、現代社会での生活構造論の課題を社会福祉の理論として展開してきた。その中で、生活構造論の基本的な視点と方法をブルデュー理論から援用しながら、研究者の自己点検を取り上げている。つまり、生活主体という立場を持ち出す事によって、生じているその生活主体中心主義を抱え込んでいるという現実である。たしかに、研究対象から生活主体は切り離せない。しかし、そのことは、生活主体の偏見を前提にして、生活学が展開していいと言うのではない。渡邊は反省の社会学という表現をつかいながら、この方法論的問題を解決しようとする。そして、生活構造論はその形成期の原点に立ち社会問題にたいする実践的な理論であることを主張する 。

生活主体を含む科学認識は、その科学が主体の文化論的な自己解釈に落ちる可能性を持っている。その点では、渡邊益男の指摘は正しい。反省学は自己解釈学ではなく、実践的な社会活動を通じての自己変革学であると考える。



自己認識を含む生活システムの概念


意識や認識に関する課題は、例えば大脳生理学、認知科学、社会心理学、精神分析等々のように、科学的な分析の対象となる。生活学が問題にする生活者の意識や生活様式の認識の課題は、認知科学や人間学の援用が必要とされるが、それだけで解決できない、生活主体の認識構成を前提にしてなりたつ世界理解であるという課題が前提となる。言い変えると、生活世界の科学の成立条件の一つである生活主体の自己認識についての理論では、認知科学や心理学の理論を生活主体の反省的理解学として位置付けた理論が問われていると言える。

反省機能とは自己の在り方について、他者性の視点を持ち込んで観測することであると考えられる。しかし、我々の思惟はあくまでも主観的である。他者性を持ち込むことは意識的には不可能である。そこで、その反省機能は自己の思惟活動の外に構築される必要がある。言い変えると、反省機能を持つシステムとは「あるシステムについて他のシステムによる描写」という難解なパラドックスを抱え込んでいる。この自己準拠のパラドックス問題を前提にしてシステムに内在する「複合性」を課題にしてみよう。

ルーマンによると、自己とは「自己自身で目指している行為や自己自身を含有する集合」つまり意識的にしろ、無意識的にしろ、自己の行為の主体として登場するものである。準拠とは「そうして自己の存立の基盤となっているオペレーションのこと」である。つまり、自己準拠はシステムの中に所謂「他者性」を含むことによってそのシステムが一種のパラドックスになること。そのパラドックスによって生じるシステム内部の回帰運動を意味する。また、フィードバックはシステムのプログラムに即してその合目的性を満たすためにシステム内部に組み込まれたデータの再解釈プロセスである。機能主義的な考えではフィードバックを反省機能と考える傾向があるため、ここでは自己準拠とフィードバックのそれぞれの概念を分けてみた。

また、システムの再生産過程はそのシステムの内部で規定された諸要素の類型に依存しながらも、外部の要素を取り入れそれらを帰納論理プログラムしなければならない。するとそこで「システムとその環境の差異」を導き出す自己観察というシステムのコントロール機能が問題になる。するとルーマンの自己準拠的システムは対象認識する主体認識の在り方に関する観測機能を持つことを前提に成り立っていると思われる。

つまり、認識対象とする科学を援用することによって、認識主体の認知過程を描写する作業が取られ、その知の体系の中に観察する自己を理解することは可能である。自己自身で目指している行為や自己自身を含む集合である自己の存在の存立の基盤となっているオペレーションを自己準拠とすれば、この自己準拠を進める過程で、自己に含ませた他者性の中で自己と他者性として語られる自己が課題になる( )。この二つの異なるシステムの差異やパラドックス状態から生じる自己認知の運動を反省と考えるなら、生活世界の科学こそ生活主体の反省の成立に欠かせない認識であると言える。

生活世界の科学は「生活を癒すこと」を課題にする理解科学の成立を意味する。その方法論は自己組織系の科学性を前提とする。その科学性は意識科学を超える自己の定義を要求され反省は、その意味で、システム認識論でいう逆説として導かれることになる。しかし、この理論も現実の生活世界の科学と生活世界の改善運動として成立する。

ルーマンの自己準拠的システム論を援護するために、哲学的に認識論の在り方を再点検する。ここで問題になることは、反省機能を持つシステム論的な認識論はあくまでも主体はシステムの内部にあると言う事である。そのために、反省を対象化した機能として捉えることはできない。つまり、それはフィードバックを反省機能と考えることではない。あくまでも、反省機能とはシステム内部のパラダイム変換を前提にしている。




参考資料


ニコラス・ルーマン 『社会システム論(下)』、恒星社厚生閣、東京、1995.10、pp797-870

三石博行 「現代科学技術批判としての反省学試論(1)」金蘭短期大学研究誌 28 1997.12

三石博行 「主体的反省機能を持つシステム論は可能か -自己準拠的システムから反省機能補助システムとしてのインタフェース・エージェントモデルへ」社会経済システム 20 2001.11

吉田民人 「21世紀の科学 −大文字の第2次科学革命− 社会科学に法則はあるか」 組織科学 組織学会、32(3)、1999.3、p23、(吉田民人99a)

渡邊益男『生活の構造的把握の理論−新しい生活構造論の構築をめざして−』川島書店、1996.2、334p(p311-315)




2015年4月14日火曜日

民主主義社会文化の発展のために

2015131日 第一回関西政治社会学会研究会 同志社大学今出川キャンパス



設計科学論から展開できる民主主義社会での政策の課題に関する考察-


三石博行 (Mitsuishi Hiroyuki)


1、吉田民人の情報と情報処理の一般概念化



1-1、情報の概念



吉田民人は『自己組織性の情報科学』の中で情報の概念を大きく四つに分類した。

1、「最広義の概念、物質・エネルギーの時間的、空間的、定量的、定性的パターン 物理・化学的自然現象を形成している情報現象」(2)

2、「広義の概念、生命の登場以後の自然に特徴的な「システムの自己組織能力」と不可分の情報現象、「意味をもつシグナル記号の集合」と定義される」(2) 情報現象である。

3、「狭義の概念、人間個体と人間社会に独自のもとお了解された情報現象であり、「意味をもつシンボル記号の集合」で多くの自然言語でいうところの「意味現象」一般に当たる」(2)情報現象である。

4、「最狭義の概念、自然言語に見られる情報概念」(2)を意味する。

吉田民人はこの情報概念の設定によって、我々を取り巻く世界が物質的存在形態と情報的存在形態によって構成されていることを述べ、情報学を自然科学を土台にした物質科学と同じ、もしくはそれと相補する科学として位置付けた。この情報概念を吉田は、アリストテレスの「質料」に対する「形相」の現代的解釈概念であると位置づけている。


1-2、情報処理の概念



生命の発生以後、個体保存と種の保存を原則とする生命活動がもつ「システムの自己組織能力」は、広義の情報概念から付加される情報処理と呼ばれる情報現象にある。システム内の情報処理によって生命は個体生体内の機能を維持すると同時に、その個体が新たに同じ個体を再生産することが可能になる。また、個体が変化する環境に順応するために個体の進化(変化)を生み出す能力も獲得することになる。吉田民人の情報概念を前提とした「情報処理」の定義は、一挙に、情報工学的な概念を一般化し生命活動全体の個体保存、種の保存と進化の概念をその情報処理の概念の下位概念にしてしまった。

吉田民人は「広義の情報変換」と称する情報処理を「情報の時間変換,空間変換,担体変換,記号変換,意味変換という五つのタイプ」(2)に分けた。また、「狭義の情報変換」(情報処理)は「担体変換・記号変換・意味変換の三つ」(2)からなり、広義の情報変換(情報処理)は、それに情報の「時間変換・空間変換」(2)を加えたものとした。

1、「時間変換、情報の時間的移動すなわち情報の貯蔵を意味する。個体内貯蔵と個体外貯蔵で、記録・保存・再生の三段階から成り立っている。」(2)

2、情報の空間変換とは、「情報の空間変換である.情報の空間的移動すなわち情報の伝達であり,情報貯蔵と同様,個体内伝達と個体外伝達に二分され,それぞれ発信・送信・受信の三段階から成り立っている。」そして「発信・送信・受信」という空間変換=伝達処理の三段階と「記憶・保存・再生」という時間変換=貯蔵処理の三段階とが,理論的にはパラレルな関係にあることを指摘しておきたい.発信に対して記録,送信に対して保存,受信に対して再生がそれぞれ対応し,情報は,①発信と記録に際してインコード,すなわち送信と保存に適した記号形態に変換され,②送信と保存の過程でノイズの影響を受け,(訪受信と再生に際してディコード,すなわち利用に適した記号形態に再変換される」(2)

3、情報の担体変換とは、「情報現象には,かならずそれを担う物質・エネルギー的側面,すなわち情報担荷体ないし情報担体が不可欠であるが,担体変換とは,それ以外の変換のない,あるいはそれ以外の変換を捨象した,情報担荷体のみの変換と定義される。」(2)「情報の転写,情報のコピー」(2)がその具体的な例である。

4、情報の記号変換とは、「情報の意味面の変換を伴わない,あるいはそれを捨象した,記号面だけの変換のことである.わかりやすい例でいえば,片仮名を平仮名に変える,モールス信号を普通の日本語に直す,あるいは外国語の翻訳などである.目で見たものを言葉で表現するのも,それに伴う意味の変化を捨象するなら,視覚情報から言語情報への記号変換である.」(2)

5、情報の意味変換とは、「非常に多くの事象を総括した概念であるが,情報の担体変換や記号変換の有無に拘らず,少なくとも意味面の変化に着目したものである.連想,計算,分類,推理,一般化と特殊化,それに意思決定などは,代表的な意味変換の事例である。」(2)


1-3、最狭義の情報処理の例として、「意思決定」とは



吉田民人の情報処理の概念から解釈される意思決定とは、「一組の認知的(事実命題),評価的(価値命題)ならびに指令的(行動命題)な情報がイソプットされ,意味変換の結果,一定の指令的な情報がアウトプットされる」(2)ことを意味する。言い換えると、「一組の認知・評価・指令情報から一定の指令情報への変換」(2)が行われることである。「意思決定とは情報変換,より精確には意味変換の一種である」(2)と吉田は再解釈した。


1-4、「情報形態の進化史」や「記号進化論



吉田民人の4つの情報概念(最広義、広義、狭義、最狭義)は、物理・化学的な物資によって構成されている無機的世界から、有機的世界、生物的世界、社会文化的世界、自然言語・精神構造的世界の情報現象を説明する概念であった。

また、それらの生命以後の世界の広義の情報変換の概念によって、生命独自の現象、つまり個体保存、種の保存と進化の概念が生まれることになる。言い換えると、
それらの「情報と情報処理」現象の解釈を通して、それぞれ4つの情報概念(最広義、広義、狭義、最狭義の情報概念)の形態が地球史的視点から観れば、それぞれ進化して来たものであると理解できるのである。

この情報形態の進化、特に広義の情報から最狭義の情報への進化形態を吉田民人は「情報形態の進化史」と呼び、それらの3つの情報に付随する記号、物理化学的なエネルギーを基にしたシグナル記号から形象や音声の言語認識を生み出すシンボル記号の記号形態の進化と理解し、それを「記号進化」と呼び、記号が進化してきたとする理論を「記号進化論」と命名した。


1-5、吉田民人の「自己組織性の情報科学」の科学史的意味


つまり、人間行為や社会現象の情報現象を吉田民人は彼の情報科学の領域内で位置づけれれる社会文化情報学や人間行動学や心理学の情報現象学の特殊ケースとして解釈したのである。それらのすべての情報現象を論理的、体系的、理論的に整理し、「自己組織性の情報科学」のカテゴリー体系として再構築したのである.



2、自己組織性とプログラム概念



2-1、自己組織性



自己組織とは生命を定義する基本的な「生命現象」、つまり個体保存、種の保存と進化の概念を一般化したものである。

「生命以降の進化段階にあるシステムの基本的特性は,システムを構成する情報的要因が,いわば設計図となって,システムを構成する物質・エネルギー的要因のあり方を規定する,というところにある.そして,この情報的要因は変異と選択のメカニズムを通じて多様に変化し,その結果,物質・エネルギー的要因のあり方もまた変異と選択をへて多彩な変化を遂げる.このようにシステムの秩序が,当該システムが保有する秩序プログラムによって規定され,システムの秩序の保持・変容も,当該の秩序プログラムの保持・変容に媒介されて実現する,といった特性は,生命の発生以降の進化段階にある存在に共通して認められるものであるが,これをシステムの自己組織性と呼ぶのである.」(2) 

「このように自らの秩序をプログラムを媒介にして自ら制御・保持・変容させる能力を有するシステムを自己組織システムと名づけるなら,非自己組織システムの根源的要因が「一定の物質・エネルギーとそれが担うパタン(最広義の情報),あるいは一定のバクソ(最広義の情報)とそれを担う物質・エネルギー」であるのに対して,自己組織システムのそれは,「一定の情報・情報処理とそれによって制御される資源・資源処理,あるいは一定の資源・資源処理とそれを制御する情報・情報処理」であると記述することができる.」(2) 

「換言すれば,「物質・エネルギーと情報」というウィーナー的な二元論的自然観は,自己組織システムの場合,資源論的視点と情報論的視点とを統合するシステム観へとわれわれを導くことになる.ただ,この報告では,資源論的視点については割愛せざるをえない」(2) 

吉田民人は「自己組織性という概念には,物理科学の系譜,生物科学の系譜,社会科学の系譜という三つのタイプのものが併存している」として、自己組織性を三つのタイプに区分した.三石 は、自己組織性の人間学の系譜を提案した。

物理科学の系譜

生物科学の系譜

社会科学の系譜

人間科学の系譜


2-2、プログラム



「プログラム」とは「情報処理または資源処理の逐次的ステップを確定的・不確定的,一義的・多義的に規定する情報」のことである.普通,逐次的な処理ステップを確定的・一義的に規定するものだけをプログラムと呼ぶことが多いが,ここでは不確定的なもの,多義的なものを包括している.この種の曖昧性ないし柔軟性なしには,とりわけ人間レヴェルに固有の,シンボル情報による自己組織性は捉えられないからである.また,プログラムによる制御の対象になるのは,資源処理に限られない.情報処理もまたプログラムによって制御される.(2) 


2-3、自己組織化過程の四フェーズ循環モデル



自己組織化の過程は,相互循環的な四つのタイプの基礎過程から成立する,というのが1978年以来の私の基本枠組の一つである.四つの基礎過程を,それぞれ,自己組織化の「フェーズ」と名づけることにしたい.(2) 

1フェーズは,システムのプログラムが記録・保存され,再生されたプログラムによってシステムの制御が行われ,その結果がシステムの選好基準を充足し,当該の再生プログラムが再び採択されて,記録・保存過程に入る,という自己組織システムの構造保持のフェーズである
「プログラムの貯蔵-再生プログラムによる制御一一選好基準の充足-再生プログラムの採択-プログラムの貯蔵」と定式化することができる。(2) 

2フェーズは,システムのプログラムが記録・保存され,再生されたプログラムによってシステムが制御されるが,その結果がシステムの選好基準を充足せず,当該の再生プログラムが淘汰されてプログラムの変異過程に入るか,さもなければシステムの解体にいたる,という自己組織システムの構造崩壊のフェーズである.(2) 「プログラムの貯蔵-再生プログラムによる制御-選好基準の不充足-再生プログラムの淘汰-プログラムの変異またはシステムの解体」と定式化することができる.(2) 

3フェーズは,システムの変異プログラムが生成し,変異したプログラムによってシステムの制御が行われるが,その結果がシステムの選好基準を充足せず,当該の変異プログラムは淘汰されて再びプログラムの変異過程に入るか,さもなければシステムの解体にいたる,という自己組織システムの構造模索のフェーズである.(2) 「プログラムの変異一一変異プログラムによる制御一一選好基準の不充足一十変異プログラムの淘汰-プログラムの変異またはシステムの解体」と定式化することができる.(2) 

4フェーズは,システムの変異プログラムが生成し,変異したプログラムによってシステムが制御され,その結果がシステムの選好基準を充足し,当該の変異プログラムが採択されて,記録・保存過程に入る,という自己組織システムの構造変容のフェーズである.「プログラムの変異一十変異プログラムによる制御一一一選好基準の充足一一変異プログラムの採択-プログラムの貯蔵」と定式化することができる。(2) 

以上の四フェーズは,見られるとおり,相互に循環しながら構造保持と構造変容を包括する自己組織化の総過程を成り立たせている.すなわち,第1フェーズはそのまま反復されるか,第2フェーズに移行する.第2フェーズは第3フェーズまたは第4フェーズに移行する.第3フェーズはそのまま反復されるか,第4フェーズに移行する.そして第4フェーズは,第1フェーズまたは第2フェ一声に移行する。(2) 


2-4、自己組織性の進化



情報形態の進化段階という観点からは,「DNA情報(遺伝情報)による自己組織性」と「言語情報(文化情報)による自己組織性」とを代表的な進化類型と認めることができる。(2) 

プログラムの選択様式の進化段階という視角からは,「自然選択ないし外生選択による自己組織性」と「主体選択ないし内生選択による自己組織性」とを区分することができる。(2) 

内生選択=主体選択なのである.この意味での内生選択=主体選択は、自己組織システムが学習能力をもつようになるのと同時に登場した,(2) 

なお,内生選択=主体選択は,動物のオペラソト学習に見られる「事後的」なものと,人間の意思決定に見られる「事前的」なものとに二分される.事後内生選択=事後主体選択と事前内生選択=事前主体選択の別である.(2) 

情報形態の進化段階とプログラム選択様式の進化段階という二組の基準を組み合わせることによって,自己組織性の四つのタイプを理論的に区別することができる.DNA情報一自然選択型,DNA情報一主体選択型,言語情報一自然選択型,そして言語情報一主体選択型の四つである.(2) 

このうち「DNA情報一自然選択」型の自己組織性と「言語情報一主体選択」型,とりわけ「言語情報一事前主体選択」型のそれは.自己組織性の二つの基本類型をなしている.前者は,生物進化論や分子生物学が対象にしてきた自己組織性であり,後者は,人間科学・社会科学が扱う人間レヴェルの自己組織性にほかならない.(2) 



2-5、「相対1次の自己組織性」と「相対2次の自己組織性」



「相対1次の自己組織性」とは再生プログラムにせよ変異プログラムにせよ,一定のプログラムによるシステムの情報・資源処理の制御を「相対1次の自己組織性」と名づけた。(2) 

「相対2次の自己組織性」とは当該のプログラム自体の保持・変容を「相対2次の自己組織性」と呼ぶことにした.(2) 


2-6、「自然生成的な自己組織性」と「制度化された自己組織性」



シンボル情報,とりわけ言語情報に依拠する人間レヴェルの自己組織性の最大の特徴の一つは.自己組織性そのものが自覚され,その結果,それ自体がプログラム化されるということである.「管理」といわれる現象は,自然言語としても科学言語としても広義と狭義,肯定的と否定等々,多様な解釈を許すものであるが,それが「自然生成的な自己組織性」に対置すべき「制度化された自己組織性」であるという点では,大方の合意がえられるに違いない.たとえば,悪名高い「管理」とは,システムの自己組織性が相対1次のそれを偏重して,相対2次の自己組織性が抑圧されているような制度的状況にはかならない.(2) 


2-7、「複合的自己組織性」



人間レヴェルの自己組織理論の最終的な課題は,複合的な自己組織性の解明と設計である.「個人と社会」をめぐる社会科学の伝統的な課題は,自己組織理論の立場からすると,異なる自己組織性の間の相互連関の代表的な事例だったということになる. (2) 

複合的自己組織性には,①同位レヴェルのシステムの自己組織性の相互連関,②下位システムと上位システムの自己組織性の相互連関,という二つのものがあるが,いうまでもなく「個人と社会」問題は,後者の特殊ケースにはかならない.(2) 



3、プログラム科学と設計科学



3-1、プログラム科学とは何か



「プログラム」は、それを担う記号形態の進化段階に応じて、遺伝的プログラムないしDNA性プログラムに代表される「シグナル性プログラム」と文化的プログラムないし言語性プログラムに代表される「シンボル性プログラム」とに二大別される。(3) 

シグナル性プログラムとは遺伝記号や感覚運動神経記号を代表例とするシグナル記号によって構成されるプログラムである。(3) 

シンボル性プログラムとはアイコンや言語を代表例とするシンボル記号によって構成されるプログラムである。(3) 

「法則」が変容せず「プログラム」が変容しうるという両者のphenotypicaiな相違は、プログラムが記号集合によって担われ、法則がそうではないという両者のgenotypicalな特性の相違に起因している。(3) 



3-2、プログラム科学の課題



プログラム科学の課題は、後述する「実証科学」の視点からすれば、以下の四つにまとめることができる。

1に、個々のプログラムの解明やプログラムの相互関連の解明などプログラム集合それ自体の解明、すなわちgenotypeの解明、

2に、シグナル性プログラムの場合なら物理・化学法則に従う、またシンボル性プログラムの場合なら意味表象に媒介される、プログラム集合の作動過程の解明、
3に、プログラム集合の物理・化学的あるいは表象媒介的な作動結果の解明、すなわちphenotypeの解明、そして

4に、プログラム集合の生成・維持・変容・消滅というライフサイクルの解明、すなわち生物進化や学習や文化変動の解明、

以上四つのテーマがそれである。(3) 



3-3、プログラム集合の作動過程とプログラム集合のライフサイクルの解明



1次の自己組織性」(プログラム集合の作動過程)の解明と「2次の自己組織性」(プログラム集合のライフサイクル)の解明は、「プログラム科学」的自己組織化の動態に関する二大研究課題というべきであろう。(3) 



3-4、設計科学とは何か



設計科学とは何かについては、1997年の段階では明確な言及はない。

「法則」に対置される「プログラム」概念の登場、より精確には「シンボル性プログラム」概念の登場は、自然科学分野における各種の「工学」および社会科学分野における「政策科学」や「規範科学」や「社会工学」、さらには人文学における生命倫理学や環境倫理学などの「新たな倫理の構築」、等々の従来相互に無縁と考えられがちであった知的営為を、「実証科学」に対置される「設計科学」として統合・再編する途をひらくことにもなる。規範性のない言語性プログラムの構築をめざす「非規範的設計科学」と強弱の規範性をもった言語性プログラムの構築をめざす「規範的設計科学」の二類型を分けるなら、たとえば生命倫理学や環境倫理学は、伝統的な了解に反して、規範的「設計科学」の一例と位置づけることができる。(3) 

吉田民人は設計科学の構想を法則科学やプログラム科学の体系に準じて、「実証科学は1研究対象の進化の段階ないし層に応じて、「法則科学」(物理学や化学)と「シグナル性プログラム科学」(生物科学)と「シンボル性プログラム科学」(人文社会科学)に三分されるが、設計科学もまた法則の支配する層ないし領域を設計する「法則型の設計科学」(物理工学や化学工学)、シグナル性プログラムの支配する層ないし領域を設計する「シグナル性プログラム型の設計科学」(遺伝子工学や脳神経工学)、およびシンボル性プログラムの支配する層ないし領域を設計する「シンボル性プログラム型の設計科学」(政策科学や社会工学)に三分される」(3) 

つまり、現在構想される設計科学は以下の三つである。

「法則型の設計科学」(物理工学や化学工学)

「シグナル性プログラム型の設計科学」(遺伝子工学や脳神経工学)

「シンボル性プログラム型の設計科学」(政策科学や社会工学)

設計科学は、設計(研究)対象の側の相違を示す法則型・シグナル性プログラム型・シンボル性プログラム型という区別にかかわりなく、設計(研究)主体の側では、すべて何らかのシンボル性プログラムの設計とその実現をめざしている。この「何らかのシンボル性プログラムの設計とその実現」という共通性が「設計科学」という新たな科学形態を根拠づけるわけである。(3) 


4、設計科学としての政策学基礎論から展望される民主主義社会での政策過程と政策検証過程の検討




4-1、問題提起



20131116日 第四回政治社会学会研究大会(千里金蘭大学)で「設計科学としての政策学基礎論・生活資源論」に関する研究発表をおこなった。この研究発表は、生活資源論を援用することで総合的視点に立った政策提案のための理論構築の可能性を議論することが本稿(本発表)の目的である。

まず生活資源論の成立過程を伝統的社会学の学説史を踏まえて述べる。その課題として、第一章で社会機能構造主義や社会システム論の先行研究の課題から吉田民人の自己組織性情報科学、プログラム科学論や自己組織性の設計科学の展開を踏まえ、生活資源論を提起した理論過程を説明する。

第二章では、生活資源論からの成立の可能性について述べる。プログラム科学として生活資源論を位置づけることによって、生活資源を構成している四つの要素のマトリックスモデルを提案する。そのモデルから生活資源の変化の構造を解明する。このモデルから生活環境の改良と生活主体の改善は同次元に生じることが理解できる。このモデルを前提にすると、これまでの技術史の一面性が理解され、技能と技術の両面から技術史を理解する研究が提案される。

第三章では、生活資源論から展開できる政策学の可能性について述べる。そして最後の章では、現在の社会で要求されている政策提案の課題に不可欠の総合的視点、俯瞰的視点やまたフィードバック構造などを持つ自己組織性の設計科学としての政策学の可能性に関して言及する。

吉田理論の点検課題

²  情報と資源概念から情報処理を行う情報形態をプログラムと考えることによって、人間社会学を自然科学の概念と共通する一般概念に組み込む可能性を示したのであるが、その事によって、一般理論化された社会現象の要因(プログラム)の解明方法が不明となった。
²  伝統的には、人間社会学は機能-構造主義的解釈、または、統計的分析などを通じて、これまで発展して来た。その学説史を継承するために、社会文化、人間科学でのプログラム概念を解明しなければならない。
²  私の提案は、社会・生活資源とその資源のパタンとしての社会人間情報の構造機能的解釈であった。以下、その説明を行う。


図表1、生活資源の機能構造形態
生活資源
生活素材
生活様式
外的要素
生活環境の構造形態(共時態)
生活環境の機能形態(共時態)
内的要素
生活主体の身体性(生命活動態)
生活主体の活動性(指令情報態)


図表2、生活資源のプログラム構造
生活資源
生活素材
生活様式
外的要素
外的生活素材のプログラム
生活環境の物質形態
外的生活様式のプログラム
生活環境の指令形態
内的要素
内的生活素材のプログラム
心身の構造形態
内的生活様式のプログラム
生活主体の行為形態


図表3、時代や文化環境を前提とした生活資源の構成
外的生活素材のプログラ  Mx
外的生活様式のプログラムFx
内的生活素材のプログラム Mi
内的生活様式のプログラムFi
      
                                              

4-2、フィードバック構造をもつ政策提案


また、政策とは時代性や社会文化性を前提にした具体的な改革提案である。具体的ということは、法案や制度提案と呼ばれる政策は変革の目的を満たすための指示情報によって構築されたものである。指示する方向を持つ一つのベクトル的なプログラムであるとも言える。
言い換えると、政策はその時代的有効性を発揮するために、変革を目的としたプログラムの指向性とよばれる一方方向への社会・生活資源の質的変化を期待(目的と)している。その意味で、一般に効力のある政策はある時代と社会状況を変革しなければならない方向に進める力になる。しかし、同時にそのことは、政策の行き過ぎを生じることが前提にしている。
これまでの法律はすべてその法律が目指す社会機能の成立と維持によって、それが強烈な指示情報によって作られている限りに於いて、その政策実行が引き起こすマイナス面が生じることは避けられないのである。言わば、指示とは行為を一つの方向に向けようとしているもので、その反対の方向を同時に行為を指示することはできない。もしまったく異なる二つの方向に同時に行為を行うことを命じるなら、その指示性の有効さは失われることになる。
そこで、その法案の有効性を維持するために適格で厳密な法案が検討されると同時に、そのために生じるマイナス面を他の法案を別途用意することで補足しておく必要が生じる。そのためには、設計科学的立場の政策学が必要となり俯瞰的に政策運動を理解する視点を確立しておかなければならないのである。

4-3、多様なステークホルダーの参画する政策提案


日本をはじめ先進国での政策決定という行為に市民が参画していくことになる。それがさらに民主主義文化を発展させる。つまり、成熟した民主主義社会では政策決定過程が最も大切な社会機能を意味することになる。
何故なら、成熟した市民社会とは、これまで語られた階級社会と言う利害を常に同じくする人々の集まりでなく、多様な利害を持った人々の集まりを意味する。ある一面で利害を異にする人々が他の一面で共同の利害をもつ、それが市民社会の姿である。そのことはすでに、「生産する人であり、消費する人である」やまた「雇用される人であり、雇用する人でもある」として表現してきた。20世紀の工業国社会から21世紀の脱工業国社会への変化は、そのまま階級的社会から脱階級社会への変化として理解できるのである。
これからの社会では、多様な利害関係にある人々、多様な伝統や文化を背景にしている人々、多様な経済社会条件を持つ人々によって、「法の上の平等と自由」を確保しあう社会契約が要求される。それらの人々が共存するためには、社会への積極的な参画の機会を平等に確保しなければならない。市場原理で社会が動く以上、必然的に生じる経済的格差と呼ばれる不平等に対して、その社会的弊害を是正していく税制や社会福祉制度が必要となる。
つまり、多様な社会的立場や利害関係を持つ人々が社会全体の安定性を確保することの意味を共通認識しておくことが求められる。そのために、成熟した市民社会の構成員たちは社会を構成しているすべての多様な人々の利害を調整するための俯瞰的視点を社会意識として養うことが要求されるだろう。その意味で、設計科学的立場にたった社会思想と社会行為が求められるのである。



参考資料


(1) 吉田民人『自己組織性の情報科学』

(2) 吉田民人「情報・情報処理・自己組織性 -基礎カテゴリーのシステム-」組織科学 VoL.23 4 1990pp7-15

(3)  吉田民人「「プログラム科学」と「設計科学」の提唱 -近代科学のネオ・パラダイム-『社会と情報』=Society and information/社会と情報編集員会[編集] (3) 199711 pp129-144

(4)  三石博行「設計科学としての政策学基礎論・生活資源論」 20131116日 第四回政治社会学会研究大会 千里金蘭大学



    この文章は同志社大学今出川キャンパスで2015131日に開催された2015年第一回関西政治社会学会研究会での研究発表の際に配布した資料である。