生活運動から思想運動へ

哲学に於いて生活とはそのすべての思索の根拠である。言い換えると哲学は、生きる行為、生活の場が前提になって成立する一つの思惟の形態であり、哲学は生きるための方法であり、道具であり、戦略であり、理念であると言える。また、哲学の入り口は生活点検作業である。何故なら、日常生活では無神経さや自己欺瞞は自然発生的に生まれるため、日常性と呼ばれる思惟の惰性形態に対して、反省と呼ばれる遡行作業を哲学は提供する。方法的懐疑や現象学的還元も、日常性へ埋没した惰性的自我を点検する方法である。生活の場から哲学を考え、哲学から生活の改善を求める運動を、ここでは生活運動と思想運動の相互関係と呼ぶ。そして、他者と共感しない哲学は意味を持たない。そこで、私の哲学を点検するためにこのブログを書くことにした。 2011年1月5日 三石博行 (MITSUISHI Hiroyuki)

2017年1月6日金曜日

やっぱり生きていることは素晴らしい (詩)

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考えるまでもなく、人は自分の人生と対峙しながら生きている。 例え、どんなに幸福な家に生まれようと、 また、素晴らしい才能に恵まれようと、 生きている限り、 決して、良いことばかりではない。 苦しいことや、悲しいことが起こる。 それが生きるということだ。 まして...

高校生の政治活動への規制とは何か

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昔、1965年の夏だったと思う。私は高校2年だった。ベトナム戦争の映画を観て、ショックを受けた。丁度そのころ青少年赤十字(Junior Red Cross)の活動に参加していた。青少年赤十字では「ベトナムの戦禍に苦しむお母さんに乳児用のエプロン」をつくって送る運動をしていた...

問題解決のための総合政策、俯瞰的視点とプラグマティズム的視点

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Comprehensive Policy for Problem Solving: General and Pragmatism Viewpoints  三石博行、槇和男  要旨  現代科学技術文明社会では、社会経済文化活動に於いて文系と理系の知識が融合状態にあ...
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