2011年3月1日火曜日

PBL(Problem Based Learning )法での教育・学ぶ姿勢の育成

教養教育重視型大学の課題(1)

三石博行


PBLの目的・学ぶ姿勢を身につける

大学教育が掲げる三つの課題がある。一つはこれまでの講義形式でも可能であった「知識の修得」であり、二つ目は情報処理技能や統計処理などの「技能のスキルアップ」であり、三つ目は「積極的に学ぶ姿勢を身につける」ことである(1)。

三番目の課題、つまり「積極的に学ぶ姿勢を身につける」教育はこれまで大学教育では経験したことのないテーマである。従って、この課題については教育学的な視点から検討が必要とされている。(2)そして、現在までに、積極的に学ぶ姿勢を育成する有効な教育方法も報告されている。

特に、注目したい教育方法はPBL(Problem Based Learning )である。しかし、このPBLと呼ばれる学習方法にも色々な形式や方法があり、それらの異なるPBLに関する比較検討も必要となっている。


PBLの伝統的方法・卒業研究の再評価

最も、古典的な学ぶ姿勢を育成する教育は「卒業研究」や「ゼミ」であった。PBLでの学習形態も基本的にはゼミ形式を取ることが多い。その意味でPBLをゼミの特殊形態の一つとして考えることも出来る。ここで述べる古典的ゼミとは、学生が中心となって、ある資料(本や論文)を回読したり解説したりする学習活動が定番のスタイルであった。

例えば同じ研究室の学生が中心となって行う卒業研究ゼミでは、共通した学習課題が選ばれ、その課題に関する資料を使って勉強会を行う。例えば、物理化学研究室であれば、量子化学や統計熱力学の教科書、経済学であれば社会統計学の教科書を活用して、卒業研究に共通して必要な専門基礎力を養う学習活動が行われる。

卒業研究やゼミ形式の学習方法がある。以下それらの学習方法の典型を示す。

1、 自分の研究課題を決め、それについて十分な時間を割きながら調査、分析を重ね、その結果を纏め、文章化し、また報告発表する。卒業研究はPBLの典型である。

2、 共同でPBLを行う学習法としてゼミがある。ゼミでは共同の課題で資料を選び、それを活用し学習活動を行う。つまり、ゼミの司会者、発表者、発表形式や討論形式、それらの作業へのゼミの時間配分等々。ゼミを通じて専門基礎学力を養うと同時にゼミを運営する能力(コミュニケーション、協調性、指導力)を養う。


卒業ゼミへの系統的学習プログラム

つまり、これまで日本の大学で伝統的に取り組まれてきたPBL教育方法・卒業研究を伝統的な教育課題であった「研究活動をする」から「学ぶ姿勢を身につける」という現在的な教育課題へ変換することが必要となっている。

その上で、この伝統的な卒業研究やゼミ形式では不十分な点は何か。そして、それを解決するための考え方や方法は何かについて考える必要がある。以下、その課題について現在指摘できる課題を述べてみる。

1、 実際は、学生は独自にゼミ運営ができる状態にない。それを解決するための教育プログラムを見つけ出すために、以下に述べる課題を検討する。

 主な理由は、学生が自主的にゼミを運営する方法を知らないことである。つまり、ゼミ活動に最低限必要な学習の技術、ノートの取り方、コミュニケーションの仕方、発表の仕方、ゼミ運営の仕方(司会者、発表者)、討論の仕方などを知らない。

 しかし、知らないことは当然であり、まったくゼミ運営を知らない学生たちを、自主的にゼミ運営を行えるように訓練するプログラムを作ることが必要となる。

 つまり、大学では大学での基礎的な学習方法を教える基礎ゼミ、学生が中心となってある教材を使って共同学習するゼミ、共同で調査課題を持ち、調査項目に関する担当者を決めて調査し、それを発表しながら調査報告書を書くゼミなどの色々な形式のゼミを通じて、自主的に学習する姿勢やスキルを身につけることが出来る。

2、 特に人文社会系学部では、卒業研究は必修化されていない。その理由は何か。それを解決するための教育プログラムを見つけ出すために、以下に述べる課題を検討する。

 理工系の場合は研究室に所属し卒業研究を行うことが学部の伝統であり、卒業研究が選択科目になることは殆どない。しかし、学生数の多い人文社会系学部の場合、卒業研究が選択科目となる傾向がある。

 卒業研究を必修としない背景は、例えば一学年500名近い学部学生数を抱えた巨大学部では、教員は少なくとも20名ぐらいの卒業生の指導をしなければならない。この状態では、十分に一人ひとりの学生を指導することは殆ど不可能である。

 卒業研究を必修とするためには、マスプロ教育を学部が止めなければならない。それは私立大学の場合、即大学経営問題になる。つまり、多くの学生を入学させ、学費を取り、劣悪な教育環境を提供している。これでは、主体的に学習する教育を教えることは出来ないだろう。

 日本の大学では、少子化が進行し、年々入学者人口は減っている。今まで、マスプロ教育で大学経営を行ってきた私立大学では、学生数を獲得するための手段が講じられる。しかし、同時に、その少子化を使って、質の高い教育を行う環境作りに活用すべきである。その方法が、入学時から卒業研究ゼミへの学生の「学ぶ姿勢を教える」教育プログラムである。

 つまり、卒業研究を必修化し、その教育目的を明確にし、それを学生に伝え、入学当初から、卒業研究のために必要な学習姿勢や学習方法を、色々な形式のゼミを使いながら、教える教育プログラムを持つことが必要である。

 そして、その教育プログラムこそ大学が社会に対してその大学の教育の特徴や質の高さを宣伝する材料となる。ホームページやブログを活用して、日々の学生のゼミ活動、卒業研究活動を公開することは単に大学の広報活動になるばかりでなく、その方法や姿勢を学ぶ他の学生、他の大学への刺激となるだろう。それは、大きな意味で、日本の高等教育への貢献となる。


3、 基礎ゼミ、ゼミ、卒業研究と一貫したPBL形式の学習方法が系統的にカリキュラム上企画されていない。その問題を解決するための教育プログラムを見つけ出すために、以下に述べる課題を検討する。

 すでに上記した卒業研究の必修化の課題で述べたのだが、卒業時までの学生教育の目標を大学が設定し、そのための教育プログラムを作り、それを実行しながら、その成果を検証し(FD活動)、改良を加え続ける必要がある。

 つまり、「学ぶ姿勢を教える」教育プログラムとそれに基づくゼミや卒業研究に対するFD活動を行い、その教育成果を分析評価し、その改良を検討してゆく。このFD活動を公開し、他の学部学科、もしくは他の大学との交流を行う。


基礎能力「学ぶ姿勢」の教育プログラム化の意味

つまり、「学ぶ姿勢を身につける」教育に関して、現在の日本の大学で必要とされているのは、入学時のリメディアル教育や基礎ゼミ教育の段階から、その展開や学習目標が「卒業研究」にあることを明確に示すことである。

そして、その学習目的として、科学技術文明社会での知識人として生きる姿勢を大学時代に身につける必要があることを学生たちに、明確に言い切らなければならない。つまり、これからの時代では、常に学び、新しい部門へ挑戦する学習姿勢が必要であり、その姿勢なしには社会貢献できないこと、社会のリーダーになりえないことを教育すべきである。

しかも、それらのメッセージは、抽象的な言葉や文字でなく、日常的で具体的なゼミ活動を通じて、最終的には卒業研究を通じて、学生に考えさせ、自ら行動する姿勢を身につける大学全体の教育プログラムとして位置付けるべきだろう。

そして、その一つの部門である教養教育課程においても、この自ら学ぶ姿勢を身につける学習姿勢を育てる科目運営を教員は担う事になる。それが教養教育の変革の一つの課題であることは言うまでもない。


参考資料

(1)三石博行 「現在の三つの大学教育の課題」 2010年7月14日
   http://mitsuishi.blogspot.com/2010/07/blog-post_14.html

(2)三石博行 「日本の大学教育の歴史的変遷と教養教育の改革 -学ぶ姿勢を身につける教育を目指す・教養教育の現在の課題-」 2011年2月24日
   http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/blog-post_24.html




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ブログ文書集 タイトル「大学教育改革への提案」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_6795.html
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修正(誤字) 2011年3月2日






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