2011年3月4日金曜日

教養教育課程を構成する三つの教育課題とその教育内容・科目群

教養教育重視型大学の課題(3)

三石博行



「教養教育重視型大学の課題」の構成・目次

「教養教育重視型大学の課題」は以下三つのテーマで構成されている。

1、PBL(Problem Based Learning )法での教育・学ぶ姿勢の育成(2011年3月1日)(1)
2、専門教養教育に繋がる基礎学力教育(2011年3月1日)(2)
3、教養教育課程を構成する三つの教育課題とその教育内容・科目群 (今回)

前節(1)で、大学教育が掲げる三つの課題として「知識の修得」、「技能のスキルアップ」と「学ぶ姿勢」を述べた。そして、前節で、基礎ゼミから卒業研究までのPBL法に基づく学習法を導入して、「積極的に学ぶ姿勢を身につける」学習課題に取り組む教育プログラムを考えた。

さらに、基礎学力教育の二つの課題について述べた。一つは、学ぶ姿勢を身に付けるための教育としてPBL法に基づく基礎ゼミの課題を検討した。つまり、その場合、基礎ゼミから卒業研究まで「学ぶ姿勢を身に付ける」一貫した教育課題が維持されていることが望まれた。

もう一つの課題は、リメディアル教育に関するものであった。この課題は、前回の「大学大衆化による多様化する大学入学者・先進国型大学の高等教育制度改革課題」に関する三つの文書で、現代社会での大学のリメディアル教育の意味を述べた。(3)(4)(5) 特に、アメリカのリメディアル教育を支えるコミュニティ・カレッジの役割についても触れた(4)。日本の場合、リメディアル教育は大学の教養教育の課題に限定されているのであるが、その教育が秘める今後の社会的役割を理解する必要がある。

今回は、日本の現在の大学で行われている教養教育課程の具体的な教育課題や科目群について触れながら、教養教育の在り方を検討する。


三つの教養科目群

大学の教養教育では、大きく三つの課題がある。一つは、教育基礎知識の修得で、基礎学力教育やリメディアル教育はその中に分類される。もう一つは、教育教養知識の修得で、これまで大学で伝統的に行われてきた教養教育科目である。最後の一つは、語学教育である。


1、 一つ目の課題である教育基礎知識は、大きく分けて三つの課題に関する科目群からなる。一つの科目群は高校までの理科、数学等の基礎学力を修得するための科目、二つ目は日本語の読解力や表現力を身に付けるための科目群と三つ目は基礎英語力を身に付ける科目群である。これらの三つの課題に関連する科目群を構成する科目課題を以下に示す。

 基礎学力(リメディアル教育)理系(数学、物理、化学と生物学)

 読解力と表現力(日本語能力)

 基礎英語 

理系の基礎学力で重要視されている科目は数学である。理系学部では数学Ⅲまでの数学は必要とされる。その補講内容は高等学校の教科書を活用しながら十分可能になる。

理科科目に関して言えば、学部専門教養教育によって重視している分野の課題が異なる。そこで、高等学校の教科書を活用した補講を行うよりも、学部教育で必要としている知識に重点を置いて教育する場合もある。

例えば、工学部鉱物工学(資源工学)科と生活科学部食物栄養学科で化学の補講を行う場合、高校の教科書をそのまま用いるよりも学科独自の教材を作る方が専門教育を行うために役立つ。資源工学科では物理化学と無機化学に力を入れて教え、食物栄養化学科では有機化学と生物化学の知識を十分に補講することも出来る。

文系理科系を問わず英語や日本語能力は重要である。高校卒業レベルの英語能力、専門教養教育に関するテキストを読むための読解力やレポート作成を行うために必要な文書表現力を身につけなければならない。これらの基礎学力は短期間に身につけることはできない。そこで、教養教育知識の修得過程全体を通じて教育しなければならない。

2、 二つの課題、教育教養知識の修得は、現代社会文化を理解し生活していくための知識に関する科目群である。これらの科目群は、伝統的に大学が教養課程として開講してきた科目内容である。以下、社会理解、人間理解、文化理解、科学技術理解、生態環境理解、国際理解に関して考えられる科目群を以下に示す。

 現代社会理解 経済学、政治学、法学、社会学 人権

 人間理解   心理学、倫理学、哲学 

 日本文化理解 歴史学 民俗文化学 文化人類学 日本伝統文化 書道その他 東アジアの中の日本の歴史や社会文化

 科学技術理解 科学技術史、先端科学技術と産業(科学技術社会学・文化人類学)、科学技術倫理学

 環境問題理解 生態学(地球と地域)、環境技術と産業、都市生活環境

 国際理解 国際経済学、国際関係、東アジア 平和学 

教養教育として取り上げられる基礎科目は、専門科目の入門という面もある。過去の教養教育科目は、専門科目の入門書レベルであると言われてきた。どの学問分野でも共通して言えるのではないかと思われるが、専門科目の入門を教えることができる教員は、その専門科目の真髄を理解している専門家である。

例えば、哲学入門を教えるとなると、哲学を長年研究した、それこそ定年前もしくは定年後のベテラン教員が最適であると言える。それは社会学、経済学、政治学、心理学等々、人間社会科学の分野に於いても、言える一般的な見解である。

つまり、教養教育はそれぐらいレベルの高い知識をもった教員が、その専門的知識を分かりやすく、また面白く語ることによって可能になるとも言える。その意味で、教養教育を担う教員は、出来るだけ長年専門分野で研究を重ねた老練した学者が最適であるとも言えるだろう。

しかし、殆どの大学での教養教育科目は、そうした名物教授が行っていないのが現実である。例えば、一科目ぐらい有名で影響力を持つ名物先生に学生全員が受講できる講義を開講する教育プログラムを企画できないだろうか。いい講義は生涯、記憶に残る。学生にとってそれは貴重な経験となる。

私は、1970年の初めに、文学部で開催された森有正先生の「デカルトとパスカルについて」という連続講座を聴いたことがあった。そして、その講座に大きな影響を受けた。当時、私は理学部で研究をしていた。好きだった哲学の講義を受ける機会は余りなかった。丁度その頃、パリ第四大学から来られた森有正先生の講義があった。大学は大々的にその特別講義を宣伝した。私は文学部哲学科の友人と一緒に、単位に関係ないその講義を潜りで受講した。この講義は京都新聞にも記載されていた。

昨年、ハーバード大学のサンデル教授が東京大学でハーバード大学と同じ講義を見せてくれ、NHKではその講義を放送した。私を含めて全国の人々がサンデル教授の見事な講義を受けることが出来た。

このように、教養教育科目の名物講義を大学が企画し、大学全体でまた公開講座として、多くの学生や市民に受講の機会を与えることが出来る。これも、教養教育科目の一つのプログラムとして可能である。

教養教育プログラムは、多くの可能性を秘めている。それは分野を超えた深い知識とまた知的刺激を与える。その意味で、素晴らしい教養教育科目を提供することは大学教育全体への利益に繋がるのである。そして、その講義を公開することで、大学の広報としても活用できることを忘れてはならない。

以上述べたことは、その多くの可能性の一つに過ぎない。

3、三番目の教養教育の課題は語学教育である。語学教育の方法は、随分進歩し、実際の外国語でのコミュニケーションスキルを上げることを前提にして授業が行われている。

 英語、英会話

 その他外国語 フランス語、ハングル、中国語


三つの分野の技能スキルとその教育プログラム実現の課題

大学教育が掲げる三つの課題の中の一つである「技能のスキルアップ」に関する教育課題は、大きく分けて三つの分野がある。一つは情報処理能力である。もう一つは社会調査法やそのデータ分析能力である。そして三番目は、ゼミや組織を運営するコミュニケーション能力である。

1、 情報処理技能

情報処理技能は情報処理演習科目によって、基礎的な情報処理能力から、ホームページ作成などの情報通信能力、マルチメディア表現力、情報コミュニケーション能力や情報倫理などの科目群が考えられる。

2、 統計データ処理技能

社会調査や統計データ処理技能は、学部によっては専門教育課程で教育科目として提供される。特に、フィールドワーク、インターンシップなどを教育課題として提供する場合、上記した情報処理スキルを前提にした調査方法スキルや統計処理スキルを学ぶ科目群が必要となる。

3、 コミュニケーションスキル

コミュニケーションスキルとは講義形式では教えることが出来ない。この教育課題を展開するためには、前記したPBL法によるゼミでの学習訓練が必要となる。

また、その教育プログラムを実現するためには、実際に社会でコミュニケーション能力を発揮し活躍している専門家、例えば、企業の経営や営業、企画等を担当する専門家を講師として招いて経験に基づく講義を開講する必要がある。

そして、学生がゼミや部活の経験をしながら、組織運営能力、部活やゼミ運営能力、会議運営スキル、議事進行や司会能力を磨き上げる活動もこのコミュニケーションスキルの教育プログラムに組み入れるとよい。

さらに、この教育プログラムの中には、表現スキル、例えば文書表現能力や口頭発表能力についての実践的な学習プログラを入れ、多様な科目群を企画する必要がある。コミュニケーションスキル修得のための科目群は、実に、大学の教養教育の特徴を示し、魅力ある教養教育を提供できる可能性に満ちていると言える。

4、技能スキルの教育プログラム実現の課題・地域社会の知的資源の活用

以上、大まかではあるが、知的生産力の技能スキルを上げるために必要と思われる科目群を列挙した。同時に、これらの科目群を提供できる講師陣、つまり実践的に知的生産を担っている専門家を企業や自治体、シンクタンク等から招待し、授業を企画する必要があることも理解できたと思う。

さらに、企業と連携して、この知的生産の技術スキルの教育課題をインターンシップや冠講座と組んで設定することも教養教育プログラムを充実させるために必要であることも納得してもらえると思う。

豊かで深い教養教育プログラムの提供に力を入れる大学、教養教育重視型大学がもつ社会的に重要な意味は、大学内教育の充実のみでなく、地域社会と大学との連携共同による地域社会の市民の受講と教授(教育参画)への可能性を持つことである。(6)

何故なら、教養教育を充実させるためには、知的生産の技術力を持つ、企業や自治体の専門家の協力は必要であり、同時に社会で必要とする知識(実学)の基礎学力となる教養教育が必要である。

その二つの課題、社会人の教育への参画と社会人の再教育を大学の教養教育の課題にすることで、教養教育の意味が広がるのである。すでにアメリカのコミュニティ・カレッジがその一面を実現していると謂える。しかし、教養教育重視型大学の形成と発展のためには、さらにもう一つの面を補充しなければならないのである。


学ぶ姿勢を身に付ける・自主的な学習活動に対する大学の取組

すでに、PBL法を導入して基礎ゼミから卒業研究まで一貫した教育プログラムによって「学ぶ姿勢の学習」を提供する必要があることは前節までに詳しく既に述べてきた。(1)(2)そこで、ここでは、特に、大学の授業以外の課題について述べる。

大学教育の一環として、学生の部活を奨励し、また地域ボランティアへの参加を促す教育プログラムが必要である。この場合、学生が自主的に活動できる学生会館が必要である。また、部活室を与え、学生の課外活動の場を保障しなければならない。そしてそれらの場所の運営を学生の自主的な活動に委ねる。その全ての責任を学生に求めることで、学生の自主的な活動による学びの場が生まれる。

また、図書館などに学生が自主的にゼミを開催できるゼミ室を作り、学生の自主的なゼミを支援することも必要である。

そして、ボランティアでのTA(teacher assistant)制度を作り、初年度学生のリメディアル教育の支援を呼び掛ける。また、上級生がTeacher Assistantとなって、前記した図書館での自主ゼミを行い学生に大学での知的生産の基本的な技術指導を行うことを推奨する等々、TA活動による上級生の下級生指導が大学の教育環境文化となるように、大学がそれらを可能にする施設や環境を提供する必要がある。


教養教育重視型大学の形成・発展のための課題

この後の、教養教育重視型大学の課題として検討して行かなければならない課題の幾つかを以下に述べる。

1、 教育開発研究所(センター)の必要性。高等教育の質を高めるための専門的研究活動やFD活動を推進するための研究等々。

2、 教養教育に関する社会人再教育のための制度研究を行う。

3、 地域社会の知的資源を活用し大学教育を充実する。(6)つまり、地域の知識人、企業、自治体の専門家に学生教育に参加してもらうための地域・大学共同教育支援機構(仮称)を形成する。



参考資料

(1)三石博行 「PBL(Problem Based Learning )法での教育・学ぶ姿勢の育成 ‐教養教育重視型大学の課題(1)‐」 2011年3月1日
 http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post.html

(2)三石博行 「専門教養教育に繋がる基礎学力教育 ‐教養教育重視型大学の課題(2)‐」 2011年3月1日 
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_01.html


(3)三石博行 「大学でのリメディアル教育の原因とその解決課題 -大学大衆化による多様化する大学入学者・先進国型大学の高等教育制度改革課題(1)‐」 2011年2月28日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/blog-post_28.html

(4)三石博行 「リメディアル教育とAdvanced Placement(AP)アメリカの高等教育改革から何を学ぶか ‐大学大衆化による多様化する大学入学者・先進国型大学の教育制度改革課題(2)‐」2011年2月28日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/advanced-placementap.html

(5)三石博行  「科学技術文明社会に必要な教養教育型大学の設置 ‐大学大衆化による多様化する大学入学者・先進国型大学の教育制度改革課題(3)‐」 2011年2月28日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/blog-post_1400.html

(6)三石博行 「地域社会に貢献する文化機能としての大学」『大学創造』No12、高等教育研究会 2002.11 pp54-73
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/pdf/kenkyu_03_01/cMITShir02c.pdf




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ブログ文書集 タイトル「大学教育改革への提案」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_6795.html
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修正 (誤字) 2011年3月6日






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