2011年2月2日水曜日

吉田民人の設計科学概念の構築過程について

設計科学の成立とその概念(1)

三石博行


自己組織性のシステム論の形成過程

吉田民人先生(以後、吉田と呼ぶ)の「設計科学」の概念は「プログラム科学論」の概念と殆ど同じ時期1995年に提案されている(1)。この設計科学・プログラム科学論の概念が吉田の研究活動の中でどのように萌芽し、成長展開し、そして形成されたかを簡単に説明する。 

吉田の社会科学研究に大きな影響を与えたのはパーソンズであった。しかし、吉田はそのパーソンズ理論に関して、大学院修士課程を終えた若年の時代から批判的に検証していた。関西大学の助手をしていた時代に書かれた初期の論文は学生サークルが出版したガリ版刷り論文で、それらの貴重な資料は関西大学にも残されていない。それらの資料を弟子の長谷川公一氏らが編集し、1990年に著書「情報と自己組織性の理論」(2)は出版されたと聞いている。

つまり、パーソンズ批判を踏まえて1950年代から1960年代に展開した吉田民人の社会(人間・生活空間)システム論(3)は、1970年代に自己組織性の人間-社会システムの概念として纏められ、それらの主な研究論文は「情報と自己組織性の理論」(2)に収められている。

吉田は自己組織性の人間・社会システム概念を展開する中で、情報の概念の社会科学的概念を情報一般概念の特殊ケースとして了解した。そして1980年代後半に「自己組織性のシステム論の情報処理(プログラム)論は展開される。それらの主な研究論文は1990年に出版された『自己組織性の情報科学-エヴォル-ショニストのウィ-ナ的自然観 』(4)に収集されている。

この吉田の研究活動期間を、第一期研究活動期間と第二期研究活動期間に分類した。第一期の課題は、パーソンズシステム論批判の最終到着点として、無意識、慾慟が作用する人間的行動とその社会的構造や機能に関する考察である。そして、その第一期の研究活動の到着地点が、「生活空間論 構造-機能分析」となる。(6)

また、第二期研究活動期間は、自己組織性の情報科学を完成するまでの期間とする。


プログラム科学論と設計科学概念の形成過程

1995年の論文「ポスト分子生物学の社会科学-法則定立科学からプログラム解明科学へ」は、日本社会学会で行った講演を収録したものである。この論文で生物-人間-社会システムの秩序概念「規則」を物理科学の法則概念と峻別し、規則を構築している構造-機能要素としてプログラム概念を確立した。つまり、吉田はプログラム概念を系の情報処理機能として、社会科学の先行研究で確立している構造-機能主義の要素の個別特殊概念として位置づけたのである。

それ以後、吉田は社会科学・人間-社会の構造-機能分析理論とはプログラムを持つ存在形態に関する科学の一つの特殊個別分野であるという科学哲学・プログラム科学論を展開するのである。ここに吉田民人のプログラム科学論が形成する。(5)

1997年に吉田は「<プログラム科学>と〈設計科学〉の提唱-近代科学のネオ・パラダイム-」 の中で、設計科学の概念を提案する。(6) その論文で、人間社会構造機能に関係する情報(シンボル記号・言語)によって構成されている秩序を構築する要因を「シンボル性プログラム」と吉田は命名した。

人間社会文化に関する科学のこれまでの主な関心は、人間社会構造機能要因の分析的理解にあった。その限りにおいて、これらの科学(認識科学や実証科学)を敢えて、人間社会構造-機能を構築するプログラム科学と読み替える必要は無かった。しかし、科学が単にその対象世界の認識科学、実証科学としての側面だけでなく、その病理構造の改革・改善を課題にしている「政策学」を課題にするとき、その実践活動の有効性を科学化する「設計科学」が提案されることになる。


設計科学の概念

吉田の提起した設計科学とは、大きく分類するなら純粋科学(物理科学・物理学と化学が中心)に対する応用科学の総称であると言える。つまり、工学、農学、薬学、医学、生活科学(家政学、生活学)、経営学、社会経済政策学、教育学、臨床心理、臨床医学、臨床精神分、倫理学から、さらには鍼灸、漢方、催眠療法、生体療法、整骨、アロマテラピィ、リラクゼーション、マッサージや民間医療等々、近代合理主義思想以来の西洋諸科学の埒内からはみ出した臨床の知もすべて含まれていると拡大解釈可能である。何故なら、吉田の設計科学概念は、「認識知」であるだけでなく、「問題解決知」であることによって成立している。問題を解決すること、その有効性や実践力を科学として認めることが、設計科学概念の成立条件となっている。

さらに、設計科学の共通項は、「何らかのシンボル性プログラムの設計とその実現」を目指していることであると吉田は設計科学を定義している。そのシンボル性プログラムの設計とその実現とは人間や社会の改善や改良を目的としそれを実行することを意味する。そのためには、これまで研究されてきたすべての科学、つまり物理科学、生物科学、人間社会科学、精神科学、それ以外の知識や技術を総動員し、問題を解決することを「科学」として理解すること、つまり新しい科学論が必要である。

そして、この設計科学は、設定された問題解決の課題に即して、その形態を変化させる。つまり「現実に密着する必要のある設計科学は、発展・成熟するにつれてますます学際的・包括的・総合的なものにならざるをえない」(1)と1995年に吉田は述べている。「問題を解決する」という現実社会の要求、目的に対して、ありとあらゆるすべての知識を総動員して立ち向かう、ことが、吉田のいう設計科学の存在理由である。問われることは、一つ「知や技能の有効性」であり、その有効性を設計科学では「科学的」と呼称するのである。

設計科学の提案に吉田が籠めたその存在理由の意味とは、設計科学の成立によって、科学技術文明社会で必要とされる新しい科学(文理融合型科学技術)が展開発展することであった。そのために、さらに吉田は、設計科学の成立に関する理論展開、俯瞰型科学技術観を確立するための科学基礎論研究を続ける。(6)それらの研究活動、つまり吉田のプログラム科学論と設計科学に関する研究活動を吉田民人第三期研究活動(「自己組織性の情報科学」から「プログラム科学論・設計科学論」の形成過程)と呼ぶことにした。



プログラム科学論・自己組織性の設計科学に関する文書はブログ文書集を見てください

ブログ文書集「プログラム科学論・自己組織性の設計科学」目次と文書リンク
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/03/blog-post_3891.html

参考資料

(1)吉田民人 「ポスト分子生物学の社会科学-法則定立科学からプログラム解明科学へ」『社会学評価論』 日本社会学会編 1995、46(3):pp274-294

(2)吉田民人 『情報と自己組織性の理論』東京大学出版会,1990年7月、295p

(3)吉田民人 「生活空間の構造-機能分析 –人間的生の行動学理論-」 作田啓一編現代社会学講座Ⅴ『人間形成の社会学』1964 有斐閣

(4)吉田民人 『自己組織性の情報科学-エヴォル-ショニストのウィ-ナ的自然観 』新曜社 1990年4月 296p.

(5)吉田民人 「近代科学のパラダイム・シフト-進化史的<情報>概念の構築と<プログラム科学>の提唱」 学術研究総合調査報告書抜刷、1996年、pp253-283 

(6)吉田民人 「<プログラム科学>と〈設計科学〉の提唱-近代科学のネオ・パラダイム-」 『社会と情報』=Society and information/社会と情報編集員会[編集] (3) 1991年11月、pp129-144

(7)吉田民人 「特集 俯瞰型研究プロジェクト(2000年10月号)を受けて--俯瞰型研究の対象と方法:「大文字の第二次科学革命」の立場から」 『学術の動向』、2000年11月 5(11), (56) pp36-45

(8)三石博行 「第一期吉田民人社会学理論 社会・生活空間の構造-機能分析」 http://mitsuishi.blogspot.com/2010/08/blog-post_12.html

(9)三石博行 「人工物プログラム科学論的分析による設計科学の成立条件 」    http://mitsuishi.blogspot.com/2010/03/blog-post_26.html


修正(誤字)2011年3月2日




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