2015年1月7日水曜日

詩 「時間の中の私 生きている私」

三石博行(詩) 岩本拓郎(絵)  所幸則(写真)



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もう、4時だ
頭の中は
壊れた蛇口のように
ことばが湧きおこり
時間と化し
「早くここから出してくれ」
と強請(せが)んでいる

電燈をつけた
メッセージが届いていた
「落書きだなんて書いてないけど」
とっさに吹きだした
私のことばたち
笑い声がスケッチ撮影場に
走って行った。

「すみません、所さん、
私の頭は、すべて空想の、すべての現実の、
それらが乱れて、詩になって、
私を語る。
あなたが、写真を撮るように
私は、私の刹那の意識を撮り続ける
それが、ことばになり
それが、文字に化ける」


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私とは、刹那の私

私は、今、
この瞬間に息をしている
私でしかない

私は
今までの
誇りや屈辱を
喜びや悲しみを
感激や怒りを
親しさや疎外さを

過去のすべての感情と
過去のすべての心象と
私の背負った
私の歩いた
過去の私

私だと思う私

今、この瞬間に
息を吸い
息を吐く

生きている刹那の私
私は、ここにしかいない
私は、ここにしか感じない

私とは、刹那の私

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所さん、
どうして彼女の踊りを撮るの
生きた身体(からだ)の音楽の
リズムを創る
時間と力

所幸則氏撮影(2014年12月22日フェイスブック公開)



拓郎さん、
どうしてガラス窓の氷結を撮り続け
心象色彩画にするの
生きた自然の
空気や水の和音
色彩音符に宿る
時間と永遠

岩本拓郎氏絵画(2015年1月4日フェイスブック公開)
















私はどうして詩をかくの
だって、あなたちと同じ
生きた私
人間の
生きた現実
感性の
湧き上がることばに強請(せが)まれて
時間の中の私が飛び出す

時間という刹那の私
空間という此処の私
意識という私という私



2015年1月5日 フェイスブック記載


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