生活運動から思想運動へ

哲学に於いて生活とはそのすべての思索の根拠である。言い換えると哲学は、生きる行為、生活の場が前提になって成立する一つの思惟の形態であり、哲学は生きるための方法であり、道具であり、戦略であり、理念であると言える。また、哲学の入り口は生活点検作業である。何故なら、日常生活では無神経さや自己欺瞞は自然発生的に生まれるため、日常性と呼ばれる思惟の惰性形態に対して、反省と呼ばれる遡行作業を哲学は提供する。方法的懐疑や現象学的還元も、日常性へ埋没した惰性的自我を点検する方法である。生活の場から哲学を考え、哲学から生活の改善を求める運動を、ここでは生活運動と思想運動の相互関係と呼ぶ。そして、他者と共感しない哲学は意味を持たない。そこで、私の哲学を点検するためにこのブログを書くことにした。 2011年1月5日 三石博行 (MITSUISHI Hiroyuki)

2010年6月28日月曜日

自称平成維新の志士たち

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三石博行 平成維新の志士たちがいるなら 一般に金が入るとか、名誉をもらえるとかいう理由なら人が動くのだが、 厄介なことはその人たちは社会の常識で動かないだろう。 例えば、正義のためとか、国家、社会、人民のためとか、彼らは理解し難い抽象的な理由で動く。 これらの...
2010年6月22日火曜日

中世社会の人々の意識 感覚中心主義と魔女の存在

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三石博行 魔女狩り裁判を起こす社会意識の理解、迷信の存在 ▽ 人の思い込みという日常的な心の動きを、歴史の中で繰り返されてきた戦争や民族浄化(大虐殺)の起源として考えた。その思い込みが生じる精神構造について考えた。代表的な例として「魔女狩り裁判」を引き合いに出した。 ...

冤罪防止と死刑廃止論

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三石博行 ▽ 本来、司法の民主的運営、つまり市民に開かれた裁判を目指して裁判員制度は導入された。その基本的目標は冤罪を防ぐことであった。冤罪が最も重大な裁判による人権問題である以上、それを防がなければ民主主義国家としての基本的理念、基本的人権擁護の社会思想を維持することは出...

公害と呼ばれる人権と生活権への被害

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三石博行 産業有害廃棄物による生態系破壊の意味するもの 健康被害 ▽ 企業の活動によって生産されるものは商品だけではない。商品にならないものつまり廃棄物も生産される。それらの廃棄物が有害である場合と無害な場合がある。企業が排出する廃棄物を産業廃棄物と呼ぶ。しかし、生活活...

再生産するドグマ(固定観念)との終りない闘い

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三石博行 近代合理主義から生まれた近代・現代科学技術 ▽ デカルトが確立した近代合理主義、その思想によって開花し展開した古典物理学、古典物理学の形成によって近代科学は発展し、その科学の力によって新しい技術が形成され、生産道具から機械制生産様式が生み出され、その生産力の増...

中世的世界観の終焉 デカルトの方法的懐疑とその役割

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三石博行 モンテーニュの懐疑論 ▽ 1562年から1598年まで停戦を何度かはさんで続けられたフランスのカトリックとプロテスタントの宗教戦争・ユグノー戦争(Guerres de religion)で混乱するフランス・ヨーロッパ社会に対して、フランスの16世紀ルネッサン...

「クローズアップ現代『犯罪“加害者”家族たちの告白』放映記録のテキスト批評

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三石博行 1、資料の紹介  ブログ 「sokの日記 初歩的疑問」、2010年5月9日記載 の中に、「クローズアップ現代『犯罪“加害者”家族たちの告白』」の番組を忠実に文字化した放映番組の紹介の資料があった。その資料を基にしながら、「クローズアップ現代(No2872)『...
2010年6月21日月曜日

いじめるという行為の分析、いじめないということの困難さ

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倫理問題(人間観の問題)としての虐めの課題 ▽ 教育学者によると虐めには、子供社会にある「お山の大将を決める行動」に由来するもの、嫉妬によるもの、そして刑事事件的な暴力行為まである。その具体的な手口は、悪口を言う、笑いものにする、悪いうわさを立てるなどの言葉による暴力、無視する態...
2010年6月16日水曜日

犯罪被害者の人権問題

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守られていない犯罪被害者の人権 ▽ 2008年6月8日、東京、秋葉原で起こった無差別殺人事件「秋葉原通り魔事件」(7人死亡、10人負傷)のように無差別な凶悪犯罪が次々に起こってきた。それだけでなく快楽殺人のように人を殺すことに快感を覚え、特に若い女性を強姦し殺害する事件も後を絶た...

犯罪防止と冤罪問題

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三石博行 犯罪防止のための冤罪防止  犯罪は社会を不安にする。それは人命や生活を奪う憎むべき人権侵害を引き起こすものである。犯罪のない安心した社会を作り、また維持したいと願う市民のために警察は日々犯罪防止、また犯罪者逮捕のために闘っている。  犯罪防止とは人権擁...

いじめるという行為に沁(し)みこんでいる日本社会の文化と歴史

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三石博行 「いじめ」に混入する社会的制裁のニュアンス ▽ 「いじめる」ということに、なぜ日本社会は鈍感であるだろうか。この問いかけは「いじめる」という行為が何らかの形で社会から認められているからではないだろか。また、「いじめる」ということばに関連する他のことば、例えば「...
2010年5月20日木曜日

倫理と規範の関係

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三石博行 社会的存在としての人間に関する研究にとって、 1、人間の社会的行為を形成している精神構造 2、社会の人間的行為を規制する社会文化的構造 この二つの構造とそれらの関係を解明しなければならない。 2の法律や社会制度は、それを了解する社会構成員の倫理やモラル、つ...
2010年5月18日火曜日

吉田民人研究のために1

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三石博行 前期から始まった新しい三つの科目の教材作成に追われながら、吉田民人理論の研究に関して3つの課題を進めている。 1、Van Drom Eddy さんと吉田論文のフランス語訳や英語訳を進めている。フラン誤訳を終えて、吉田民人用語の説明をしなければならない。そのため...

吉田民人先生を偲ぶ2

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三石博行 私の自宅に吉田民人先生が着て下さって、何回か講義をして下さった。 その録音をまた聞きなおす。 懐かしい先生の声がMedia Player から流れてくる。 先生の講義を聴きなおしながら、新鮮な感動を感じる。 何一つ妥協のない論理展開 学生のような真剣...
2010年5月17日月曜日

今を維持する力を与えよ

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三石博行 一 自分の人生は自分のもの。 だから、自分が納得して生きるしかない。 それが、自分らしいという自分の姿をつくる。 自分の姿は、将来のイメージにはない。 自分の姿は、自分の足跡によって作られたものだ。 自分らしいということは、自分の足跡への自分なりの...
2010年5月13日木曜日

自己を罪びとと思っている義人と自己を義人と思っている罪びと

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三石博行 何故、自分の失敗を認めることが大切なのだろうか。何故、失敗をしないために、失敗を否定するのでなく、それを受け止めることが自分に必要なのか。 逆説的に成立する人間性のあり方(真実) ▽ 理性と情欲の二つの異なるベクトルをもつ生命力、一方は快楽を満たそうとし...

理性と情念の両方を持つ人間の姿 パスカルから

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三石博行 理性と情欲の間に生じる内的闘争(人間的な精神構造) ▽ パスカルは、人間の性は本来悪でもなければ善でもないと言っている。もし、人の悪の起源が欲望であるとするなら、欲望を持たない人間はいないので、全ての人が悪人となる。また、その逆に人の善の起源が理性であるとする...

中世社会の世界観の崩壊 ケプラーの地動説の影響

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三石博行 中世的世界観から近代的世界観の転換 天動説からケプラーの地動説へ ▽ 中世西洋社会の人々は魔女や魔術を信じ、また人のうわさを批判的に検討する知性を持っていなかったのだろうかという問いに答えるために、逆に、魔女や魔術などの迷信を信じない、また不確かなうわさを聞...
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魔女狩り裁判を引き起こす世界観

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三石博行 思い込みを生み出す人間と社会の思想的背景 ▽ 我々人類が歴史の中で繰り返される虐殺行為、ユダヤ人虐殺、魔女狩り、民族浄化、在日朝鮮人虐殺、クロアチア人虐殺、ツチ族虐殺等々、戦争行為以外に、多くの人々が犠牲になってきた。これらの虐殺を、私達は自分の日常生活と無縁...
2010年4月29日木曜日

人間と倫理2 「人は天使でもなければ禽獣でもない」(パスカル)

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三石博行 1、もっとも単純な人間観、性善説と性悪説 ▽ 孟子は人の性(人間の性格)は、本来、善きものである。全ての人は生まれながらにして善き性格を平等に与えられている。しかし、その善き人の性は社会の環境によって汚され、不善(よくないもの)になると主張した。この考え方を性...
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