2019年3月15日金曜日

人間社会科学の成立条件(8)


近代科学思想の大衆化 啓蒙主義


力学は物理神学の伝統、神が支配した宇宙の原理の追求から、新しい階級、市民層の社会経済政治的力の道具(方法)となった。自然科学を代表する物理学や化学は産業革命、資本主義経済の発展に力となり、自然科学的知が最も有効な知であること、その知の在り方(科学的方法)に即して世界や社会を理解することが最も有効であることが社会的理念として確立し始めた。この理念を求める運動、近代科学思想の普及運動が啓蒙主義、つまり近代科学の大衆化運動であった。

17世紀後半から18世紀に掛けて、ヨーロッパ啓蒙運動は近代科学の正しさを認め、真理探究の方法として採用することを主張した。啓蒙主義は、中世以来支配して来た宗教的世界観による理性に対して、近代合理主義思想や経験哲学にって成立する思考を新たな理性とした。そして、その理性による個人や社会の在り方を主張した。例えば、啓蒙主義は聖書の「ノアの方舟物語」にある「大洪水」を自然科学的現象として解釈説明した。またキリスト教神話的世界やその宇宙観を自然科学的な物理主義的世界観(無神論的世界観)に変えた。

啓蒙主義は、自然科学的方法を真理探究の唯一の方法である考えた。その方法に基づき正しい判断や認識が可能になると考えた。世界の正しく理解や判断を追求する姿勢を新しい道徳哲学の基本に置き、その哲学によって新しい理性、合理的精神が形成されると考えた。近代的人間の根差す道徳哲学や倫理学が啓蒙主義の課題となった。そして、啓蒙主義が主張する理性によって、新しい政治・社会思想、社会契約説が生まれ、自然法的な理性によって、人間の社会的平等や自由の普遍性が根拠づけられた。

社会契約説の政治思想の土台となる自然状態的政治理論説を説いたトマス・ホッブズ(1588-1679、イギリス)やイギリス経験論を確立したジョン・ロック(1632 - 1704、)は社会契約論に基づく立法権と行政権の分離、政教分離を説いた。ロックの影響を受けたデイヴィッド・ヒューム(1711- 1776、スコットランド)は、イギリス経験論哲学を完成させ、アダム・スミス(1723-1790)らの古典派経済学の形成にも影響を与えたと言われている。

ロックのイギリス啓蒙思想はフランス啓蒙思想へ受け継がれる。百科全書派はフランスを代表する啓蒙思想運動である。この運動で、徹底した唯物論を展開したドゥニ・ディドロ(1713 - 1784)や『動力学概論』で解析力学の基本概念を展開したジャン・ル・ロン・ダランベール(1717 - 1783)、ヴォルテールや社会契約論を展開した『人間不平等起源論』の著者ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)などが生まれた。フランス啓蒙主義運動は18世紀中頃の進歩的知識人によって展開された。

啓蒙思想は、科学革命や産業革命によって生まれた振興市民層の政治的運動を支え、イギリスの市民革命やフランス革命に影響を与え、共和主義国家建設や社会近代化の思想的基盤となり、民主主義国家の政治理念(自由、平等、人権)を形成した。この啓蒙主義運動によって形成された市民社会、資本主義経済、民主主義制度は形成された。

啓蒙運動は社会文化の近代化を推し進めた。近代科学が大衆化することにより、その技術的応用・工学が発展した。技術革新により、近代産業が形成展開した。産業構造は農業から工業へと変化し、それを土台とする資本主義が発達した。その発達は新しい市民層・産業資本家を生み、それらの新たな市民層によって科学合理主義、自由競争主義、資本主義、民主主義が生まれた。

ニュートン力学で完成した近代科学、その科学的方法論である帰納法や経験主義はその後、啓蒙主義運動を経ながら、現代科学の基礎、実験科学や実証科学を確立し、また、演繹法や数学、論理学は法則科学や理論科学を確立して行った。啓蒙主義運動は、近代科学思想を現代科学思想に変換した運動でもあった。

17世紀の近代合理主義が課題にした自然神学的な神の存在証明としての法則科学・近代科学」から、18世紀の啓蒙主義運動によっておこる近代科学の大衆化が起こった。大衆化された科学の課題は、産業、社会制度、経済活動、政治に必要な合理的、現実的な技術や方法の探求となった。啓蒙主義運動によって、自然神学的精神や中世的世界の観念形態を色濃く残す近代合理主義思想は、産業革命に必要な技術、資本主義経済やその経済を生み出す市民層のための社会思想やそれらの制度設計のために必要とされる科学的合理主義思想へと変換されることになる。

科学的合理主義によってキリスト教の宗教的世界観が駆逐されながら、無神論的世界観が形成される。科学的方法論を支えた合理主義、経験主義、実証主義は、さらに科学の大衆化を進め、すべての世界が科学的は方法で正しく解明され、より効率用運営されると解釈されるようになる。科学的方法は自然のみでなく、経済、社会、政治、精神の全てに渉る課題を解明する方法として成立することになる。啓蒙主義運動による近代科学の大衆化は科学の大衆化として、今日の文明(科学技術社会を構築してきた文明)の社会や文化の観念形態(イデオロギー)の基本構造やその機能を構築している。

言い換えると、啓蒙主義運動によって変換された科学的合理主義、科学的世界観、科学方法論や科学的行為は科学技術文明社会の形成のための土台を形成した。科学技術は現実的で合理的な行為の判断基準を与え、世界を正しく認識させ、それをよりよく変革し、そこからより多くの富を生産し、そして国家を強くする道具となると信じられた。産業革命、資本主義経済等の成功や歴史的評価によって、この確信は、科学技術文明社会を支える社会理念や常識として定着している。

啓蒙主義運動によって生まれた科学的合理主義は、ニュートン力学に代表される自然科学を普遍的な真理探究の方法とし、他の世界の理解に向かう。生物学、地理学、経済学、社会学、法学、政治学等々の新しい近代科学が生まれる。それらの科学は、科学合理主義に支えられた新しい科学思想、物理主義(計量科学)や科学主義(法則科学)の影響を受けることになる。現代科学は、この新らし科学思想の上に発展していくことになる。



修正2019.03.21


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