生活運動から思想運動へ

哲学に於いて生活とはそのすべての思索の根拠である。言い換えると哲学は、生きる行為、生活の場が前提になって成立する一つの思惟の形態であり、哲学は生きるための方法であり、道具であり、戦略であり、理念であると言える。また、哲学の入り口は生活点検作業である。何故なら、日常生活では無神経さや自己欺瞞は自然発生的に生まれるため、日常性と呼ばれる思惟の惰性形態に対して、反省と呼ばれる遡行作業を哲学は提供する。方法的懐疑や現象学的還元も、日常性へ埋没した惰性的自我を点検する方法である。生活の場から哲学を考え、哲学から生活の改善を求める運動を、ここでは生活運動と思想運動の相互関係と呼ぶ。そして、他者と共感しない哲学は意味を持たない。そこで、私の哲学を点検するためにこのブログを書くことにした。 2011年1月5日 三石博行 (MITSUISHI Hiroyuki)

2010年4月29日木曜日

人間と倫理2 「人は天使でもなければ禽獣でもない」(パスカル)

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三石博行 1、もっとも単純な人間観、性善説と性悪説 ▽ 孟子は人の性(人間の性格)は、本来、善きものである。全ての人は生まれながらにして善き性格を平等に与えられている。しかし、その善き人の性は社会の環境によって汚され、不善(よくないもの)になると主張した。この考え方を性...
2010年4月28日水曜日

1980年、パキスタンから激動するイランへ

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三石博行 ムジャーヒディーン(mujāhidīn)とエチオピアのエリート船員 ▽ その日、私は寝坊してしまった。朝早く立つバスに乗りそこなった。パキスタンの西部にあるクエッタの町は、砂漠の中にあるオアシスの町だ。アフガニスタンに近く、多くの人や物資がアフガニスタンからやっ...

引き裂かれた民族と作られた国境

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三石博行 ▽ 私は、今から30年ほど前、1980年にリックを一つ背負って、インド、バングラディシュ、パキスタン、イランの国々を鉄道やバスを経由しながら陸路で旅行をした。若いからこそできる旅で、その中で多くのものを見た。 ▽ インドのデーリーから汽車に乗ってパキスタンへ向...

多言語文化社会の生活風景

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三石博行 インド社会の成り立ちと多言語文化社会 ▽ インドは紀元前2600年から前1600年頃までにインダス川流域に文明(インダス文明)が栄え、紀元前1500年頃にアーリア人がパンジャーブ地方に移住、その後、ガンジス川流域の先住民を支配し、司祭階級(バラモン)を頂点とした...
2010年4月27日火曜日

人間的な感性、思い込みから生まれた歴史の悲劇とその精神構造

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三石博行 ユダヤ人虐殺や魔女狩り裁判の歴史 ▽ ペスト大流行、疫病大災害によってキリスト教社会でおこるキリスト教義を逸脱した鞭説教(鞭を自分に打ちながら悪魔を追い払う行動を起こすカルト)が民衆の中に広まった。 ▽ 町の人口の半数近くの死者を出したペストによる極端な人口...
2010年4月22日木曜日

魔女狩りは中世社会だけでない現代社会でもある

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三石博行 ダヤ人虐殺と魔女狩り裁判 中世ヨーロッパの終焉、異端裁判(審問)と大災害ペスト大流行 ▽ 中世ヨーロッパでの異端審問が魔女裁判の原型と言われている。1307年から1313年まで継続されたフランス国王がおこなった騎士たちの異端を裁く宗教裁判が広範囲に行われた...
2010年4月15日木曜日

人間と倫理1 「性善説と性悪説から推察できるモラルのあり方」

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三石博行 3、性善説と性悪説から推察できるモラルのあり方を考える 性善説 ▽ 性善説からすれば、人は本来、善き存在で、悪(悪い癖)は社会生活の中で受け入れてきたものである。そのため、社会の悪癖(悪い行い)に染まらないように努力する必要がある。もし、悪い友人や集団と交わる...

人間と倫理1 「性善説と性悪説」

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2、性善説と性悪説 ▽ 古代中国の二人の賢人、孟子(もうし)と荀子(じゅんし)は孔子の弟子であったが、人間に関する考え方は真っ向から異なった。孟子は、人間は生まれながらにして善であるという思想であるである性善説を唱え、一方、荀子は孟子の性善説を批判した。 ▽ 孟子は、「人の性の善...

人間と倫理1 「倫理、道徳と規範の意味」

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1、 倫理、道徳、規範の意味 ▽ 広辞苑によると倫理は「人倫(じんりん)のみち、実際道徳の規範となる原理、道徳」と書いてある。人倫とは孟子のことばで、人と人との秩序関係、例えば親子、夫婦、上司と部下などの社会で成立している人間関係の秩序を意味する。それが転じて、人として守るべき道...
2010年4月9日金曜日

忠臣蔵神話の終わり

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可哀想な赤穂浪士と愚かな浅野内匠頭 一 元禄赤穂事件とは、1703年1月30日(元禄16年12月14日から15日) に元禄太平の世を驚かした仇討ちである。 この事件は、1701年4月21日(元禄14年3月14日)に江戸城の松之大廊下で赤穂藩主浅野内匠頭長矩(あさのたく...
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プライド

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一 その年の冬にインドのカルカッタ(現在のコルカタ)に私は着いた。 マザーテレサも 彼女がその年(1979年)にノーベル平和賞を受賞したことも、まったく知らないままで、外人の集まるサマーストリートのホテルで知り合ったオーストリアの青年に誘われ、「死を待つ人々の家」を訪問し...

大津の雪桜(自然の造花)

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今年の3月末の突然襲った季節はずれの寒波。 大津の山にも雪が降った。 突然の大雪で若葉をつけた木々の枝が雪化粧をした。 満開の桜の花を小枝にプレゼントされた木々に朝日があたる。 白い雪の桜の花びらで化粧された春の樹木の造形。 雪に覆われ若葉は、冬を惜しむ青い空からの贈り物に微笑む...

哲学の道の桜

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先日、突風の吹き荒れた日のNHKのニュースから、「桜の花は激しい風にも散りません。何故なら、まだ受粉していないからです。受粉しないと桜は自分の役目を終えていないと思い、散らないのです。」ということばが飛び込んできた。 取材していた記者が受粉前の桜の花びらを引っ張る。 桜の花は小枝...

山科疎水の桜

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昨夜は、友と山科の疎水の桜、哲学の道の桜を、仕事の後で夕日を眺めながら観た。桜の花をみるたびにいつも聞こえてくることばがある。 それは、「今年の桜はみることができないと思っていた。しかし、来年の桜はもうみることができないだろうね。」と、高校時代に教わった小田原洋八郎先生の言ったこ...
2010年4月8日木曜日

大隈の山々

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私の故郷、鹿児島県指宿、山川の港町は伊豆大島の波浮港と同じくマール式火山の爆裂火口が海没して出来た港町である。吹き飛ばされた火口壁が海に開き、港の入り江が狭く奥に火口が広がる。しかも港はほぼ垂直な火口壁で囲まれ、切り立った火口斜面がそのまま海に深く落ちている。天然の良港であり、避...
2010年4月7日水曜日

Eddyさんの悪夢(プログラム科学論研究会の始まり)

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三石博行 今日、いつものようにEddy Van Dromさんと「プログラム科学論研究会」を私の研究室で行った。 彼が、研究室に入るなり、「Hiro 大変な夢をみたんだ」と話し出す。 H.「なんだい、その大変な夢とは」 E.「寝る前に、吉田先生の論文を読んだんだ。そし...
2010年4月1日木曜日

人的資源の確保と育成のために

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三石博行 はじめに 何故、組織はその運営において人を育てなければならないのだろうか。それは組織とは人によって作られ、人によって運営され、人を形成するからである。人は組織にとって人的資源である。資源という表現によって人が物化するように思われるだろう。しかし、資源ということば...
2010年3月31日水曜日

統計的分析方法による生活世界の解釈方法

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三石博行 人間社会学的仮説証明方法と生活世界の解釈方法  方法的懐疑の成立背景と近代合理主義 夢や幻覚も含めて生活世界の中で登場する知覚的に認知される世界は、明らかに認知している主体にとって知覚や感覚を伴う意識として存在する世界である。しかし、この意識として存在する...

現在の検討している課題

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三石博行 日常生活の中で問われている課題から 今、スケッチしている課題は 1、日常生活の中で確証する方法、帰無仮説の否定と肯定作業、仮説を維持することの意味 2、人的資源を大切にすることの意味とその方法 3、プログラム科学論における「プログラム」の概念(吉田民...
2010年3月26日金曜日

人工物プログラム科学論的分析による設計科学の成立条件

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三石博行 設計科学としての政策学の成立条件とは何か 1、機能構造分析方法としての人工物プログラム科学論 自然科学では法則の証明は、法則から説明される自然現象が再現可能であることが絶対的条件となっている。法則的説明によって説明される自然現象が再現可能性を持たなければ、そ...
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