2012年8月11日土曜日

専門的知識と俯瞰的視点をもつ政治家の必要性

官僚・行政機能と政治機能の改革
官僚指導から政治指導への変革はどのように可能か(1) 


三石博行


民主党政権の理念・政治指導型国家運営の理想と現実

民主党政権の挫折の原因の一つとして官僚指導型国家運営からその政治指導型への変革が失敗したことが挙げられる。それまで長年の自民党政権が維持形成してきた官僚指導型を民主党は批判し続けてきた。日本を国家指導型資本主義から民間指導型へと、アジア的資本主義から民主主義社会を基盤とした資本主義へと変革することが民主党の政治指導型の意味であった。何故なら、官僚指導型では、国家の運営を官庁の役人(官僚)が行うため、民主主義国家の基本、国民による国家運営が行われる保証はないのである。

政治指導とは、国民から選ばれた議員(国民の代表者)や政権政党によって国の運営を行う制度を意味する。この政治指導によって、日本国憲法に謳われている議会制民主主義による国家の運営が実質的に実施されることになる。民主党の政治指導型による国家運営の国のかたち(政治理念)は国民の支持を得た。なぜなら、この国では官僚指導型が動脈硬化を起こしていることが明白であったからだ。

2009年9月に政権政党となった民主党は、政治指導による国家運営を実施するための政治・行政改革を行った。まず、担当大臣の下に副大臣と政務次官をおき、政策執行機能に直接政治指導性が発揮できるようにした。国家運営を国民が選んだ国会議員、その代表である政権政党によって行う政治機能が一先ず各官庁で政治指導型政策執行機能形成として始まったのであった。

しかし、現実の国の運営にはそれぞれの部門の専門家(官僚)の豊かな経験と深い専門知識がなければ不可能であることは言うまでもない。この政治指導型は、云わば、素人(小学生)のリーダが玄人(専門職人)の上に立って作業を指示する風景に例えることができる。豊富な経験と知識を持つ有能な官僚集団(官僚組織)にとっては、突然、国家運営を未熟な知識と経験しか持たない素人(子供たち)に任せることになったとも云える。つまり、官庁での行政執行機能が、民主党が理想とした政治指導型(民主主義社会の基本的国家運営)によってマヒしはじめたのである。


日本近代化推進機能としての官僚制度

1868年(明治元年)以来、日本は長年続いた幕府政権による鎖国制度を止め、世界を植民地化しようとしていた列強国の侵略を食い止めるため、富国強兵国家を目指す近代化政策に取り組んだ。この緊急の国家的危機を救うために最も効率のよい国家運営形態、官僚指導型国家運営を選んだ。それ以外に道はなかったとも言える。

言い換えると、明治以来の日本型官僚指導型国家運営形態は、この国が列強の植民地化を防ぎ、近代化を取り入れ、富国強兵の国家戦略の下で不平等条約を改定させ、世界の一等国となろうとした明治維新以来の国家戦略によって形成されたものである。しかも、この官僚指導型国家運営によって、太平洋戦争の敗戦、焦土化した国土、三百万人以上の戦死者、失った工業生産手段、生活環境、文化財等々、戦後の焼け野原から一刻も早く立ち直るための国策、経済大国日本を目指す政策が実施されたのであった。

つまり、資本主義後進国日本、アジアの一国日本が、戦後、再編された列強(新帝国主義)の経済主義的植民地化を防ぐために、官僚指導型国家は必要とされ、その有能な人材と機能によって、日本は再び世界の経済大国となったのである。

日本の近代化を推進してきた官僚制度、その歴史的功績、その優秀で豊富な人材資源、その有用な社会制度、その豊富な経験値の蓄積、百五十年余の巨大な大木、わが国の官僚制度とは日本資本主義社会の形成の母体であると言っても言い過ぎではない。つまり、明治以来の近代日本と敗戦以来の先進資本主義国家日本を創り上げた150年の歴史実績に君臨するこの国の強固な官僚組織に対して、国民の代表として選挙で選ばれたとは言え、一年目議員が多くを占める新政権(民主党)が、官僚指導から政治指導を掲げたのである。


民主党政権の行政改革への努力

しかし、近年、1990年代以降、これまでの官僚指導型国家運営は機能不全を起こしていた。例えば、無駄な公共事業、原発行政に代表される官僚の利権集団化、時代遅れの規制や無責任な放任主義、利権と天下り、税金の無駄遣い、官僚組織は国家の利益でなく自分たちの利権を第一義に挙げている行動等々、官僚の腐敗と無責任さ、それがこの国に大きな損害を与えている。しかし、原子力安全保安委員に代表されるように、国民の生活と生命を守ろうとする官僚はこの国には非常に少なくなっていると言っても言い過ぎではないのである。

現代日本社会システムの病理構造の根幹に、利権化集団化した官僚組織がある。この巨大な国家的病理現象を打開するために、民主党は官僚指導から政治指導の国家運営をマニフェストに謳ったのであった。その民主党の政策提案は多くの国民の支持を得たのである。そして、政権は、副大臣や政務次官を中心とする官庁の意思決定への政権の意見反映化、事業仕分けによる財政の無駄削減、公共事業の見直し、規制緩和による事業の民間委託化など、非常に多くの改革を行った。

これらの実績は、民主党政権であったが故に可能になったことを忘れてはならない。その意味で、2009年9月の政権交代によって獲得した国の変革はごくわずかしか進まなかったと極評されたとしても、民主党や社民党の連合政権によってはじめて可能であったと評価しなければならないだろう。


政治指導の条件、専門的知識と俯瞰的視点をもつ政治家が必要である

政治指導というスローガンを、単純に有能な官僚を追い出すことであるとは民主党も考えていないだろう。官庁の意思決定機能のトップに大臣以外に副大臣や政務次官を設け、政治家を置いたことは正しい政治指導型の組織作りの一歩であった。しかし、それらの政治家が、長年国家シンクタンクで調査研究や政策実行を担ってきた官僚に比べれば、比較にならないくらい専門性を欠き、知識的にも経験的にも劣っていることは避けられない。

この知識や経験不足の政治家が政治指導の名の下にこれまで専門家・官僚が行ってきた国家運営機能の意思決定のトップとなる。もし、政治家達が官僚達の協力を得られない状態、官僚のボイコットに出会うなら、多分、官庁の機能はマヒすることになる。政治指導とは官庁の意思決定機能の人事権を取ることであるとは経験豊かな政治家は考えないだろう。しかし、もしそれに近いことが行われるなら、陰湿な反撃を官僚達から受けることになる。それが、官庁役人の政治指導に対する無言のボイコットとなることは予測できる。

これまで自民党政権時代にも政治指導型の国家運営がなかったわけではない。有能な政治家は、官僚達を有効に活用してきた。つまり、政治指導とは、有能な官僚を有効に活用する政治的配慮と判断である。その為に政治家に求められるのは個々の専門的知識ではなく、むしろ政治全体を見通し、それぞれの専門性を配備できる俯瞰的視点である。

もし、政治家が細かいことに頭を突っ込み、官庁の専門家にあれこれ言うなら、彼らの感情的な反発を受け、結果的に官僚達のボイコットを受けるかもしれない。政策の基本的視点を示し、そのために力を発揮できる専門家(官僚)を配備することが政治家の役割である。当然、専門家の言っていることぐらいは理解する知識を持たなければならないから、官僚と付き合うことで政治家は鍛えられることになる。

もし、意図的に民主党政権の政治方針と反する言動を行う官僚がいれば、思い切って外すしかない。そして、政権の理念を実現するために、批判を含め、誠実に課題を分析し、提案し、実務的に処理する官僚を中心にしながら、政策決定機能を構築することが必要となる。しかし、そうした人事異動は、必ず、またどこかで官僚達の反撃にであうだろう。

言換えると、政治指導とは官僚を排除することではないとしても、政治家たちの力量が試される行為である。政治指導とは有能な官僚(国家シンクタンクの専門研究員)を有効に活用することであるが、有能さの評価も政治家の能力によって決まる。つまり、政治家が無能であるなら、有能な官僚すら見つけ出すことはできないし、活用することはできない。結論すると、官僚指導から政治指導を実現するためには、まず、政治家が有能でなければならない。有能な官僚の力を活用出来ない原因は政治家にある。政治指導にならない原因は素人政治家が玄人官僚に教えを受けているからである。彼らは勉強不足であり、官僚(専門家)達の言っていることを理解もしないし、ましては、専門的な指示も出来ないからである。

多分、ここで私が提案していることぐらいは、経験豊かな議員達であれば、当然のことであり、実際にそうした努力はなされたのだと思う。その上で、官僚指導型を政治指導型に変革することの困難さがあったと理解すべきである。

例えば、市民派の管直人氏が財務大臣になって間もなく、消費税の増税を言い出した。その後、全く同じことが財務大臣に就任した野田佳彦氏の場合も生じた。つまり、財務大臣になって始めて、この二人の政治家は消費税を増税することの重大な政治的意味を理解した。そして、管氏は民主党代表選でそれに触れ、参議院選挙でその課題を個人的な見解としても触れた。それが、参議院選挙で民主党が大敗した原因と言われた。また、野田氏は、首相になってから、社会保障のための消費税増税を提案実行してきた。野田首相は、野党(自民党や公明党)を説得し、野党の意見を取り入れながら、消費税増税を今国会で成立させた。

深刻な財政難、赤字国債発行による国の莫大な債務金額、それによる国債価値の低下と金利の上昇(国家負担金の増額)、年々上昇する医療費や社会保障費、こうした問題を解決するために、マニフェストにない消費増税を強行した。消費増税に関しては多くの国民が納得していると報道機関は述べている。しかし、その消費増税が、またもや公共事業に使われようとしている実態を観るなら、財政負担を生み出した行政システムや政治システムの改革を先送りして、収入源として増税を行う意図が余りにも明らかに示されるのに国民は不満や怒りを持つのである。

この民主党政権の姿から、民主党政権は行政改革が出来ない党であることが国民に明確に印象付けられたのである。何故なら、民主党はスムーズな国家運営のために、政権成立当時掲げていた政治指導成立のために、冷え込んだ官僚との関係を修復する必要があった。官僚の言い分を聞く。官僚の判断を優先させる。つまりこのことは民主党政権の政治指導形成による国家運営が明らかに挫折したことを意味しているのである。

そして、自民党政権以上に、民主党政権では、官僚との関係を重視し、官僚が決定した政策に従い、政治を行っているように、国民に見えるのである。その原因として民主党が実現できなった政治指導型に関して、専門的知識と俯瞰的視点を持つ政治家が民主党には少なかったと言えるだろう。つまり、人材不足なのだ。人材不足の原因は選挙の仕方(タレントなどの有名人が当選するという)、極論すると国民の政治意識の低さにあることは言うまでもない。



引用、参考資料

三石博行 ブログ文書集「国民運動としての政治改革」

「国民運動としての政治改革」の目次(案)

はじめに
1. 政治は何のために
2. 政治活動とは何か
3. 国民運動としての政治改革の可能性
4. 官僚・行政機能と政治機能の改革
5、市民民主主義社会形成のための政治家の役割
6. 地方分権と草の根民主主義社会の形成について


2012年8月15日 誤字修正
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