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2021年6月26日土曜日

労働価値説の基本的課題:行為としての経済

- 生活資源の経済学の成立条件とは -

三石博行


1,狭義の労働(賃労働)と広義の労働(生活行為)

今日(6月8日)は水口保氏との「定例編集会議」。今日の課題の一つは、経済活動を行う行為を「労働」と定義し、その労働によって経済的価値が生まれると考えた古典派経済学(アダムスミスからリガード、そしてマルクスに至る)の基本概念である「労働価値説」に関する評価と批判的展開についての意見交換だった。基本的に労働価値説は正しい。人の労働によって、つまり経済活動を通じて、商品(価値を持つ生産物)が生み出される。

しかし、ボランティア、人への愛情、趣味、娯楽等々、人々が何らかの社会的活動(行為)を通じて、生み出すもの(物質的、非物質的な)は、商品としての市場で交換される(価格が付けられ売りに出される)訳ではない。勿論、ボランティアで提供されているサービスも商品化され、「愛情」行為も商品化され、「娯楽」もお金を払って行っている。その意味で、人の行為(サービス労働)は商品である。その場合、行為ではなく労働となる。商品化されない行為、つまりこの行為はそれによって対価を得ることを目的としていない。その意味でこの行為は市場経済の視点から言う労働ではない。

つまり、人々の日常生活では、すべての行為が賃労働化されている訳ではない。むしろ、賃労働化されている行為(労働)は、生活行為の中の一部である。経済的要素として労働(賃労働)が経済学の中で課題となる。その反面、賃労働化されていない労働(生活行為)はその対象とはならない。もちろん、それらの生活行為(家事、育児、介護等々)がサービス商品化されることで経済的要素・商品となり、経済学の対象となる。そうでない限り、同じ生活行為は、それが商品とその交換を課題とする経済学の対象外に置かれる限り、経済学の対象の外に置かれる。

勿論、マルクスは家事や育児を労働として位置づけていた。その流れを受けた生活構造論や生活システム論でも、家事労働は将来の労働力を形成するための労働として位置づけられていた。では、何故、経済学から生活行為(賃労働化されていない家事)が、経済活動の対象外に置かれることなったのだろうか。市場経済を経済学の研究対象とする経済学の考え方はどこから生まれたのか。経済とは人の生活であり、人々の社会的営みではなかったか。労働価値説の基本的な課題を問うことによって、市場経済中心主義の経済思想の在り方が問われ、生活中心主義に経済学を立て直す必要が問われている。


2、労働と生活行為

生活の中で行われる行為は、家事や育児のように労働としてすでに成立してある行為も含めて労賃を支払わない(支払えない)生活行為が多くを占めている。生活経済を考える時、商品化された労働力を経済的要素として考える場合、家事や育児等の生活活動の基本を構成するものが無償労働として位置づけられている。その解決は、それらの家事等に価格を付け、家事を担った妻(夫)に対して、家事サービスを受けた夫(妻)が、その対価を支払う制度を家庭内の規則として導入することである。しかし、現実に、家事、育児や介護を担う妻(夫)が、外で働く夫(妻)に、家事労働の対価を要求し、またそれに関する契約書を作る家族はない。

市場経済学的な調査、研究からは生活世界の人間・社会・経済現象は理解できない。そこで、生活を消費行動として経済学的に分析する。そのため、生活経済の中で生産される「未来の労働力・人間形成」は課題に挙がらない。また、生活経済は家計のやり繰りのための知識として理解されている。そのため、生活経済は社会全体の経済学の中の家庭経営に関する課題に限定されてしまう。人間の基本的な条件が成立している生活活動が経済学の基本的な課題となり得ず、社会経済活動の端に置かれ、人間の活動の基本である生活環境(基本的には衣食住環境)、出産、育児、家庭環境、介護、人間関係、愛情等々、人が育つ基本的な行為、生活行為が経済学の課題から抜け落ちている。

Economyの語源は「家計管理・節約」を意味するギリシャ語のoeconomia (オイコノミア)であり、家計、家庭経営を意味している。日本に西洋の経済学が紹介された時代(19世紀後半)、『英和対訳袖珍辞書』(堀達之助)では「economy」を「家事する、倹約する」と訳し、「家政」の意味と解された。また、「political economy」は「国家の活計」と訳され、「制産学」つまり「経済学」(古典派経済学)を意味した。「経済」という新語は、中国の古典に登場する用語「経世済民」「経国済民」(世・国を経め、民を済う)の略語「経済」として形成された。経済とはその語源に於いても生活経営であり、その学問としての経済学も「家政」の学であった。しかし、明治初期の大学等の高等教育で行われた国家レベルの「political economy・財理学」が個人や企業レベルの「財理学」として展開し、それを包括して「economy・経済」という用法になったと言われている。近代化を急ぐ日本では、経済学は国家の財理運営(世・国を経める)の学問として国家が推進し、教育研究の課題として展開された。その意味で、経済の目的を語る(民を済う)という意味は希薄になって行った。

経済学の目的が国家や企業の富の形成を課題にする時、生活者は勤勉な労働力を提供する人々(労働者)となり、またその家族は将来の健康な労働力の補給の場となる。世・国を経めるための財理運営学(経済学)の中では産業活動によって生産された商品の消費行為が経済的意味を持つ。その他の生活行為は経済的意味の外に置かれる。そして、経済学の本来の目的(世・国を経め、民を済う)は完全に消滅することになる。しかし、マルクスの労働価値説によって、もう一度、民を済う経済学の復権が試みられることになる。では、どのようにしてその復権は可能になるのか。『生活世界の再生産』(高橋正立)が試みた課題「行為としての経済」に関する研究を掘り起こし、そして再展開する必要を感じる。


3、生活経済学としての生活資源論

人間の行為を経済学の基本とするなら、人々は生きるために活動し、豊かになるために働き、そして個人的な欲望や欲求を満たすために動く。これが経済活動の基本である。つまり生活世界で繰り広げられているすべての行為が経済学の対象となる。これらの人間行為が社会性を持たなければ、つまり個人的行為が他者に対して交換可能でなければ経済活動は形成されない。人の単なる行為の集合が経済活動を自然発生的に生み出すのではなく、人が社会的存在化したときに、その社会性こそが経済構造の基本となる。

つまり、人の行為によって社会性が生産され、その社会性が他者(人)の行為を助け、そしてその人が、その社会性を再生産することが出来る。生産活動とは生命や生活維持のために執り行われ、その行為を前提にして社会が形成、維持される。これらの社会形成は社会的規則によって運営される。生活行為で生産される生活資源の評価、分配の基準が経験的に決定され、変更され、維持される。生活資源の生産、交換に関する決りが経済秩序の土台となる。

ある目的に向かい生活行為(労働)が蓄積され、その蓄積(生活資源)によって作り出された環境を社会文化と呼んでいる。人々は社会文化環境を構築・脱構築・再構築しながら個体と種を維持し続けて来た。つまり、経済とは生活資源の再生産循環のメカニズムである。そのメカニズムの仕組みを語るのが生活世界の経済学である。高橋正立の厳密な経済学的点検に関してはここでは述べない。しかし、労働価値説の普遍的解釈を通じて、彼が人間の行為・生活行為の経済を展開しよとしたことを再度、見直す必要がある。


参考資料

高橋正立著 『生活世界の再生産 経済本質論序説』1988年12月、391p ミネルバ書房


2021年6月26日 フェイスブック記載

関連ブログ文書集

三石博行 ブログ文書集「設計科学としての生活学の構築」



2021年6月12日土曜日

古典的三段論法の形成と崩壊: 自然学、物理神学、ニュートン力学への流れ

- 古典的記述法としての三段論法 -

三石博行


ここでは、簡単に古代ギリシャアリス哲学、アリストテレスの三段論法を説明する。この三段論法は、前提となる命題からの必然的な論理展開することで結論を導き出す推論(演繹的推論)である。最も簡単は例は、「A=Bであり、B=Cである場合には、A=Cである」。この、A=Bを大前提という。この大前提(A=B)が成立し、その上で、小前提(B=C)が成立するのであれば、A=Cという結論が導けるという演繹的推論が成り立つ。これを間接推理とも呼ぶ。上記した例のように二つの前提から(演繹的に)段階的に結論を導く間接推論を三段論法と呼ぶ古代ギリシャの論理学で定義された三段論法は、大前提(A=B)と小前提(B=C)という二つの異なる前提(媒概念と呼ばれる)によって(A=C)という結論を導きくのであるが、それは同時に(A=B=C)という三つの異なる要素が一つの共通概念によって結びつけられることによって結論を導き出す推論の形式となっている。

アリストテレス『分析論前書』で述べられた三段論法は、大前提・小前提・結論の三つの命題によって構成された演繹的推論によって成り立つ。この三段論法によって、神の存在証明と呼ばれるような形而上学的な論証、「神は全知全能の完全性と絶対性を持つ(A=B)であり、全知全能の完全性と絶対性を持つものはこの世界の創造主である(B=C)であるなら、神はこの世界の創造主である(A=C)というである」という論証の上に成立する中世のスコラ哲学が成立する。スコラ(学校)哲学とは中世の学問を意味する。そのスコラ哲学は神学、自然哲学、自然学(物理神学)によって形成され、中世の神学者はこれらの学問を探求する人々であった。物理神学者の仕事である天体観測は神の存在証明を行おうための宗教的な探求行為であった。この物理神学(スコラ哲学)の中から、スコラ自然学の基本命題(天動説)がコペルニクス(1473年 - 1543年)によって否定されるのである。

司祭コペルニクスの天体観測は修道士ジョルダーノ・ブルーノ(1548年 - 1600年2月17日)に引き継がれ、ガリレオ・ガリレイ(1564年-1642年)の天文学として展開された。ガリレオの地動説を支持したデカルト(1596年- 1650年)はフランスを追われ。当時の先進国であったオランダのユトレヒトに逃げ、有名な方法序説を書いた。方法序説は自然哲学の序説としえ書かれたものである。デカルトの思想は近代合理主義と呼ばれ、イギリス経験論を含め、近代科学の哲学的な基盤となる。イギリス経験論や近代合理主義の誕生によってスコラ学的三段論法が崩壊した。数学的論理(演繹的方法)、経験論考察(帰納法的方法)を土段とする新しい学問・ニュートン力学が形成される。もはや宗教的絶対者(神)ではなく、宇宙の法則がすべての世界を支配しているという近代合理主義思想(世界観)が確立し、その世界観をすべての学問、社会文化に普及させるための啓蒙主義運動が起こる。



2021年6月11日 フェイスブック記載



2021年6月11日金曜日

現代科学哲学の課題としての「人間社会科学基礎論」の研究



三石博行


1980年代、私はフランスに留学し、当時ストラスブール第二大学(現在のストラスブール大学)の哲学部の科学哲学専攻ゼミ(大学院)で勉強をしていた。そのゼミは4つの大学共通ゼミ(ストラスブール第一大学から第三大学とパリ第4大学・ソルボンヌ)であった。指導教官として、世界的に著名な研究者(例えば、フランシスコ ヴァレラ、エドガール・モラン、メルロポンティ(息子)、等)もいた。彼らの講演も聞いた。また、他の大学の大学院の研究者とも交流が出来た。それで、夏休みはパリで過ごした。

当時のフランスでの科学哲学の課題の一つに、人間社会学基礎論があった。私もそれを中心にして研究していた。勿論、量子論等の科学認識論を研究する仲間のいたが、それらの自然科学系の科学基礎論が中心ではなかった。私は、色々な課題(デカルト、環境問題、認知科学等々)に手を出したあげく、ポスト構造主義からシステム認識論への試論を試み、フロイトのメタ心理学を対象にして分析を行った。フランスでの研究生活で、多くの研究者と交流した。特に、当時、大学の助教授であったA.R氏、心理学を研究していた元アルジェリア大学教員のAH氏、コートジボワールから来ていたD.K氏等々、彼らとの議論は尽きなかったが、彼らも科学哲学の課題を、人間社会学基礎論として位置づけていた。

1993年に帰国し、科学基礎論学会に参加した。その時、日本では科学哲学の主流は現代物理学(量子論や相対性理論等)への認識論的なテーマだと知った。しかし、科学基礎論学会の中に、現象学や心理学を研究する仲間(渡辺恒夫氏や村田純一氏)がいて、彼らと「心の科学基礎論研究会」を立ち上げ、それに参加した。現在は、幽霊会員になっている。送ってくる研究大会のテーマを見ても、私が探求したかった人間社会学基礎論に関する課題があまり見当たらない。日本の哲学研究の中で、私と同じテーマに興味を持つ研究者は少数派のようだ。

しかし、21世紀の高度科学技術文明社会へ突き進もうとしている社会文化の流れの中で、この文化の基本インフラ(資源)で「科学や技術」に対して、それらの合理性を分析する「科学哲学」の必要性と同時に、この21世紀の社会の方向を問いかける哲学、そしてその哲学を基盤とする新しい科学への課題をイメージした時、人間社会科学基礎論が必要だとあたてめて思う。

17世紀以来形成発展してきた科学的合理主義、科学主義、物理主義から、21世紀社会の課題(地球規模の環境汚染、パンデミック、巨大化し国際化する情報社会、世界規模の資本主義経済システム等々)に対して、有効な回答が得られるだろうか。私は、疑問視し続けて来た。そして、新しい科学性を構築しなければならないと思った。それこそが、現代の科学哲学の課題であると思って来た。しかし、この課題は、余りにもおおきすぎ、私がそれらの答えを見つけ出すことが出来るとは到底思えない。ただ、今、何が問われているかを示すべきだと思っている。


2021年6月11日ファイスブック記載

2021年6月10日木曜日

人文社会科学における記述法について

-人文社会科学での記述行為の科学的根拠とは何か-

三石博行


1、何故、人文社会科学では、記述行為が問われるのか

ここでは、人文社会科学の研究の中であまりにも当然の手法として誰も語らなかった「記述」について問題を立てる。これまで、記述という方法(行為)が科学的方法として成立しているかという疑問は解決されただろうか。記述行為を支えている実体が問われる。何故なら、記述行為は記述という情報構築活動である。しかし、それらの情報(様相)はその現実(実体)を伴わなければ、虚偽となる。

例えば、近代知の土台を形成したデカルトのコギトであるが、このコギト(疑う我を疑うことは出来ないというデカルトが絶対に確実な第一原理として打ち立てた命題)の記述行為が成立することは、そこまで疑う行為をもってコギトを定義ずけたデカルト以外には不可能ではないだろうか。言葉としてデカルトのコギトを受け取ったところで、その哲学的命題の正しさを実感する原体験を持ちえない読者にとっては、コギトは経験された事象ではない。その意味で、デカルトの記述内容(コギト)に対して、唯一読者がその事象を共有する体験をするかが、問われている。

その意味で、その経験の共有を前提にしない読者が語る記述行為は、意味のないものであると言えるだろう。このように人文社会学では、伝承される記述に対して、その記述形式の了解にとどまり、記述行為自体に入り込むことはない。だが、それでは人文社会学が課題とする事象はどう存在し、それを語る主体はどこにいるのかと問わなければならなくなる。従って、こうした記述行為の課題に焦点を当て、科学として記述行為からなる人文社会科学の成立条件に関して議論する。


2、自然言語による記述行為からなる科学、人文社会科学

自然科学やデータ解析を行う計量的方法では、数学という方法を用いることで主観的な解釈や意味を間違えた用語法を徹底的に排除できる。その意味で数学的言語を用いる記述法は自然言語を用いるそれよりも正確に事象を表現し、また分析することができる。しかし、人文社会科学の場合、対象となる事象が数的(計量的)な形態を取っているとは限らない。もちろん、それらの事象のある計量可能な要素に限定すれば、その事象の計量的側面を理解することが出来る。しかし、多くの場合それらの事象全体をより正確に表現するには自然言語的な表現を用いるしかない。

自然言語による記述法は人文社会学では日常的に行われている研究方法であるが、その言語活動としての記述行為に関する方法論的検討はない。また、その方法・記述法に関する定義もないし、用語はない。そこで、この記述法という意味を定義してみる。「記述による説明」という人文社会学系の伝統的な手法を用いて日々研究する立場として、記述行為による概念説明や論理展開に関して、厳密な意味で、そこに科学的方法が成立しているかを問わなければならない。

つまり、記述行為を基にして展開する手法が科学的に有効な方法であると証明できるか。これが、「厳密な科学としての人文社会科学の成立条件」の一つを構成していると言える。しかし、果たし絵、記述法という学問的方法が成立しているだろうか。もし、記述法という用語も、またその定義もなければ、記述行為によって論理展開する学問の存在基盤が疑われることになる。その科学的な方法を課題にする極端な解決手段が人文社会科学の計量科学科への傾倒として現れるだろう。事実、人文社会科学の中で、計量科学を最も厳密で科学的方法であると主張する人々は存在し、その勢力は増え続け、次第に主流派になるだろうと言われている。


3、記述行為の前提条件:正しい用語

人文科学の場合、ある事象(観察された現象)に対して、記述という手段でその事象を表現している。記述行為によって表現された概念を基にして、その分析が行われる。従って、対象となる事象の正確な記述が記述行為の原則となる。正確な記述行為によって記述内容の信憑性が保証される。

当然のことであるが、記述に用いられている用語がその定義や意味に即して正しく使われていなければ、正確に事象を記述することは出来ない。される事象は正確ならない。間違った用語を使って事象を説明している場合には、その事象は間違って伝えられる。例えば、幾何学で例えるな「正三角形」という用語を「二等辺段角形」に当てはめて使っている場合を考えれば分かる。その後、どれだけ正三角形に関して記述しても正三角形を充たす概念を構成することは出来ない。また、マルクス等の古典派経済学で用いられる「労働」と「労働力」の用語に違いを正確に理解しなければ、その経済学での「価値」と「価格」の概念に違いも間違ってしまうだろう。

つまり、記述行為やその記述内容の正確さは、それらの記述行為の背景が現実の事象に基づくものであるということが前提条件となる。もし、現実の事象に基づかない記述行為であれば、記述内容の全てが「嘘・間違い・偽」である。したがって、この前提条件を満たさない記述はすべて、記述による証明法では排除される。これが記述行為によって成立する科学的方法の基本条件である。


4、コミュニケーションの成立条件:文法的正確な記述

次に、記述行為の中の文章化であるが、文章化の条件は、文章が文法に即して正しく記述することである。記述が文法的に正しくなければ、記述された意味が不明となり、記述行為の目的は果たされない。意味不明の記述によって、記述行為の目的やその内容も意味不明となる。

文法的に正しいということは、単語(意味するもの)が、共同主観化された言語文化的構造を前提にして、配列されていることを意味する。この規則(文法)によって、書かれたもの話されたものの(つまり意味するもの)を共有することが出来る。これをコミュニケーションと呼ぶ。共同主観的世界での記述行為による言語の相互交換行為(コミュニケーション)が成立しない限り、記述行為は他者に伝わることはない。当然のことであるが、文法的に正しい記述行為が正確な意味の伝達の条件となる

言い換えると、記述行為を基にして展開する手法が科学的に有効な方法であるためには、その手法がコミュニケーション可能な道具として成立しなければならない。共同主観的世界、つまり、時代や社会文化として現象している世界では、事象を「正しい」という形容詞を付けて表現する前提条件は、その事象の意味を自己と他者が共有化できているかという意味として理解できる。正しいとはその共同体の中で共有されているために文化的に成立している概念である。その意味で、記述行為は文化的規則(文法)的に正しくなければならない。それが、正しい記述行為の条件となる。


5、学際的コミュニティの中での決まり;主義という切り口

記述行為は、課題展開のための論理的構成を前提にして成立している。論理的構成と言っても初めからある方法によって文書が配列されている訳ではない。記述行為は、非常に多様なやり方(書き方)があり、十人十色である。しかし、それらの多様な書き方に対しても言語行為による表現形態には原則がある。それは、文章の繋がりの中に相矛盾する内容があってはならないという事である。記述文書群の間で相矛盾する文脈が存在すれば、その文書群の指向性は失われる。つまり、意味不明の文脈となる。記述行為によって構成される相矛盾しない文脈の構成が正しい記述行為の条件となる。

しかし、これらの条件はある一つの基準をもっている訳ではない。これらの条件は、伝統的は手法、もしくは何々主義として語られるそれぞれの学派や学際的集団の中で成立している分析手法や科学的方法が前提となって成立している。一般的な人間社会科学手法、普遍的方法は存在しない。人間社会科学の記述行為は、事象の定性的解釈、定量的分析、それを構築している要素分析、それらの要素によって形成されている構造や機能、そのために用いられる相関関係の分析、その分析を展開するための手法(統計学やその他)等々の方法が取られるのである。これらの方法の土台に、その方法を展開するために設定された仮定や前提条件がある。またそれらの仮説を持ち出す記述主体の認識論的背景が課題となる。

人間社会科学の記述主体は、その記述行為を促す何らかの前提条件を持っている。これを理論と呼んでいる。しかし、その理論は一つではない。伝統的には三段階論法、帰納法や演繹法、弁証法、機能主義、構造主義、解釈学、構築主義、ポスト構造主義から、統計的手法、ケーススタディ等々、色々な手段が存在し、それらの手法を記述行為の主体(研究者)は、何の疑いもなく当然のように用いている。


6、人文社会科学の科学性の成立条件:共同主観的ドグマへの挑戦

自然科学(古典力学の場合)の扱う世界では、絶対的な時空概念が存在している。従って、その記述内容(事象)は同質の時間性や空間性を持つために、記述行為は、記述する人の時間性や空間性に独立して可能となる。その意味で、自然科学の世界では、すべての研究者が共有できる記述行為の基準が決められている。その記述行為の基準を決めているものが「自然法則」であり、その法則を前提し記述行為は展開し、また、新たな法則の発見を目指して、記述行為が繰り返される。

しかし、やっかいなことに人文社会科学の扱う世界は、その世界を構成する事象がその世界独自の時間性(歴史性や時代性)と空間性(社会文化性)を所有している。言い換えると、記述行為は記述主体(研究者)と記述対象(事象)の独自の時間性と空間性によって規定されていることになる。

言い換えると、前記した人文社会科学の科学的方法としてこれまで成立した手法(三段階論法、帰納法や演繹法、弁証法、機能主義、構造主義、解釈学、構築主義、ポスト構造主義から、統計的手法、ケーススタディ等々)も、その手法が形成された独自の時間性と空間性を持つと考えられる。例えば、フロイトの精神分析学であるが、その手法は19世末期から20世紀初めのヨーロッパ・オーストリアの時代や社会文化的背景によって成立している理論(切り口)である。それをそのまま、現代の日本社会に応用し、すべてフロイト流の解釈(例えば、リビドー論)で分析・解釈することは無理がある。同様なことが他の理論的展開でも起こっている。理論的解釈に合わせて事象を観ることが人文社会科学の科学性の展開を鈍らせている。

では、どのようにして人文社会科学でのより正確な記述行為は確立できるのだろうか。そもそも事象を「純粋経験」することは出来ない。すべての事象がすでに受け入れてしまった知識(理論)やまたその時代性や社会文化性の共同主観的了解を持ち込んでいる。むしろ、そのことを前提にするしかない。そのための方法論について語る必要がある。




2019年3月13日水曜日

人間社会科学の成立条件(6)


反科学と反科学主義の思想の歴史的背景(2)


反近代合理主義思想としての「反科学」思想 


「反科学」とは近代合理主義、近代科学への批判や拒絶である。アジアの国々(特に古代インドや古代中国文明の伝統文化を継承している国々)では、近代化とは伝統文化の破壊を意味する。富国強兵政策の名の下で進む国家が指導型の近代化政策は列強の植民地侵略に怯えるアジアの国、江戸末期や明治初期の日本で行われた。鹿鳴館のように西洋の物まねから欧米の先進的な知識(科学)や技術の導入により伝統な知識文化が破棄して行く。この変革なしに列強の軍事的圧力に対して鎖国を続けることは不可のであった。

日本社会文化の構造、観念形態が西洋文化のそれと根本的に異なるため、日本社会が近代化を受け入れることは、その受け入れを拒否する古い社会制度、風習、伝統文化を同時に破壊することを意味する。そうでなければ列強国の植民地になるという現実に、日本民族は立ち向かった。強制的な国家指導型の近代化政策が取られ、しかも、その受け入れ体制のトップに日本を古代から統治してきた天皇を国家元首として置き、天皇制度の下に、近代日本国家を作った。

言い換えると、反西洋的観念形態・日本民族神話の頂点に立つ天皇制度を利用して、国家の近代化・富国強兵、工業化政策を進めた。国力増強のために、全国民の教育水準を上げる義務教育制度、軍事力強化のための徴兵制度、有能な人材育成のための高等教育制度、優秀な国民の採用・社会的平等主義の普及、国家運営を全ての国民の人材と投入して行う官僚制度等々、すべての国の改革を国民全体の力を投入して進めた。国家指導型の近代国家建設、資本主義経済強化を行った。日本は上からの近代化によって資本主義が発達し、近代国家として成長した。

国家指導型の近代化は国民教育制度、全国鉄道建設や地域産業振興によって近代化の波は地方社会にも浸透し続けた。しかし、封建的な地主制度が残存した農業生産の場、地方の農村社会では古い村の制度や風習、文化風土は残っていた。言い換えると、農村社会文化によって古い日本的観念形態・文化が再生産され続けられた。近代化された都会には、常に、日本の古い観念形態・伝統文化を守る人々(田舎者)が移住し、彼らはそこで近代化され、都市文化はそこで日本的伝統文化へと押し戻されるのである。

反近代主義は日本人の深層心理を構築している伝統文化への回帰現象である。この反近代の感情は、開発や工業化による自然環境破壊、農業や漁業の生活手段や生活文化の破壊等、近代化政策によって貧困化する人々によって起こる。そして、同時に、それは近代主義を学んだ知識人たちにも支持される。かれらは科学を学ぶことによって近代化を受け入れた。そのため、その知識人たちの一部の人々は、彼らの近代化批判を反科学として表現することになる。

反科学思想とは、近代化を推し進めた西洋科学を全面的に否定し、日本伝統の考え方や生活スタイルを摸索する思想である。例えば、日本古来の伝統文化、漢方や鍼灸、ヨガや禅の健康法、自然農法等々、経済進歩主義を批判し、場合によっては資本主義的経済活動から離れ自給自足生活を試み、科学技術の恩恵の上に成立している都会的環境から疎遠な生活を試みる考え方である。

当然、近代科学を生み出したヨーロッパでも近代合理主義思想に反対する「反科学思想」があったと考えられる。1617世紀のヨーロッパ先進国であったイギリスやフランスも、中世キリスト教的文化を中心にした社会であった。新しく登場し、勢力を強める近代合理主義に対して、中世的生活文化、風習や文化風土に根付く観念形態がその変更を迫られ、伝統文化の危機に対して抵抗し、受け入れを拒否した。

その意味で、近代合理主義思想や近代科学に対する抵抗であった「反科学」は封建的な制度を持つ社会が近代化される時に必然的に起こす、謂わば「社会身体」の拒絶反応であるとも言えるだろう。

2019年3月14日 修正




人間社会科学の成立条件(5)


反科学と反科学主義の思想の歴史的背景(1)


近代科学の形成 


近代科学を考える時、その科学を生み出した二つの方法論「帰納法」と「演繹法」について簡単に述べておく。

「帰納法」は「知は力なり」ということばで有名なイギリスのフランシス・ベーコン(Francis Bacon15611626)によって提案された。ベーコンは、個々の実験や観察結果を整理し集計しながら規則性(法則性)を見出す帰納法の考え方を提唱し、実験科学によって成立する近代科学の方法を確立した。

「演繹法」は、フランスのルネ・デカルト(Rene Descartes,15961650)によって提案された。デカルトは近代科学の基本を成す四つの規則を書いた。一つは物事を徹底的に疑い「明証性の規則」、二つ目は物事を構成している要素を分析的に分ける「分析の規則」、三つ目は、最も細かく分析された単純な要素によってより複雑な世界を構成する「総合の規則」、そして最後の四つ目は、分析された要素によって総合された結論を検証・再検討する「列挙の規則」である。明晰判明な概念として確立されている公理や定義を基にして複雑な世界を証明する数学の方法が演繹的な近代科学の代表となる。

ガリレオによって、落下の法則は実験を通じて帰納的方法で見つけ出された。その法則をより普遍的な引力の法則として数学的表現(演繹的表現)によって、ニュートンは力学(物理学)を確立した。1617世紀のヨーロッパで生まれた新しい自然の摂理を知るための方法「帰納法」と「演繹法」によってニュートン力学に代表される近代科学が形成された。この近代科学を生み出した「帰納法」は経験主義、経験哲学として近代科学の方法論の基本をなし、また「演繹法」は分析・総合的方法、「近代合理主義」として近代科学のもう一つの基本をなしている。これらの近代科学が目指す課題は、宇宙の真理、つまり神の証明であった。中世まで続く神学の課題、神が支配した宇宙の原理を求めた自然哲学、物理神学の精神を引き継いでいた。近代科学は、物理神学者、コペルニクス、ブルーノから近代実験科学の父と言えるガリレオへと引き継がれ、その地動説を命がけで支持したデカルトを生み出すのでる。


科学主義の形成とその宿命


近代科学はニュートン力学によって完成した。力学は宇宙の普遍的概念としてだけでなく、工業や運送技術へと応用され、最も合理的な力の活用、つまりエネルギーの経済的利用を可能し、それを活用した技術によって産業を形成した知識でもあった。新しい経済活動を土台にして新興した市民層によって、古い中世的な世界観から新しい思想、「啓蒙思想」が生まれた。啓蒙思想はニュートン力学の有効性を社会に広め、より合理的・実践的な知識を土台にした社会発展を目指す運動であった。自由や平等、人権の新しい社会思想が生まれ、資本主義経済が発達した。

力学は物理神学の伝統、神が支配した宇宙の原理の追求から、新しい階級、市民層の社会経済政治的力の道具(方法)となった。自然科学を代表する物理学や化学は産業革命、資本主義経済の発展に力となり、自然科学的知が最も有効な知であること、その知の在り方(科学的方法)に即して世界や社会を理解することが最も有効であることが社会的理念として確立し始めた。この理念を科学主義と呼んだ。

神が支配した宇宙の原理を求めた中世の自然哲学、物理神学の精神を継承している近代合理主義と合理性を科学的知識の実践的力として解釈した科学主義は異なる思想である。しかし、物理学を、宇宙を支配する神の法則を知るため学問であるという考えは、今日の物理学者の中でも生きている。例えば「神はサイコロを振らない」と言うアインシュタインのことばは、仮に、粒子の運動量と位置は、同時に正確には測ることができないと言うハイゼンベルクの不確定性原理への批判であっても、物理学を宇宙・神の真理の探究の学として考えている。

皮肉にも、物理神学者アインシュタイン「エネルギーを質量に光の速度の二乗で表現した関係式」は人類を絶滅させる核兵器の開発の基本的理論となる。アインシュタイン自身、科学の力を最も有効に活用した兵器の開発を提案し、参加するのである。現代の科学技術は、哲学的な探求、法則の探究として成立することは出来ない。現代の科学研究、応用科学は当然のことながら、理論科学にしても、社会経済の発展のために18世紀以降の科学技が進歩したという歴史的事実を否定して、成立していない。科学主義は、現代科学技術に奥深い浸透し、その人類への貢献と人類破壊への負の遺産を同時に作り続けている。


人間社会科学の成立条件(4)

科学技術文明社会に関する人間社会科学とは何か


科学技術文明社会(Science and technology civilization society・STCS)に関する人間社会科学の課題とは、これまで人間社会学科学が対象としてきた人間社会文化構造や機能に関する研究対象、例えば、言語、精神、心理、個人的行動、集団的行動、生活(衣食住、家族、生活経営)、文化、風俗、風習、地域社会、経済、政治、司法、行政、生態地理文化環境、国際地域関係、国際関係、防災、防衛安全保障、社会福祉、教育、育児、保健等々に関する研究対象が科学技術との関係によって生まれた社会文化の構造(科学技術文明社会)に関するである。

科学技術文明社会(Science and technology civilization society・STCS)に関する人間社会科学、科学や技術に関する人間科学的、社会科学的、生態文化人類学的、歴史学的研究、とはどのようなものが考えられるだろうか。以下に、列記した。
1、科学や技術に関する人間科学的研究(言語学、心理学、精神科学、認知科学)的研究
2、科学や技術に関する社会科学的研究(社会学、経済学、政治学、法学、行政学、政策学)的研究
3、科学や技術に関する生態文化人類学(生態文化学、文化人類学、社会文化環境学、民俗学、風俗学、生活学)的研究
4、上記した科学や技術に関する歴史学的研究

また、STCSに関する人間社会科学は、科学や技術の人間学的、社会文化的、歴史的構造を理解しなければならない。つまり、人間社会科学と呼ばれる科学文化に関しても、それを世界認識の分析手段としている研究者がその手段自体を、自らの研究課題の中に組み入れなければならないということが、これまでの人間社会科学と異なる新しい視点の導入になる。

その意味で、STCSに関する人間社会学は科学認識論や科学技術哲学がそれらの研究課題の前提になっている。その理由の一つは、ヨーロッパで起こった近代的知の理解を深めるために、その知(近代科学)のヨーロッパ社会の特殊な精神風土や精神・経済的合理性に関する理解が問われているからである。この問い掛けは、近代科学の文明論的解釈によって始まる。つまり、社会学史の中で、初めて科学・知を社会文化的に理解しようとした「知の社会学」では近代科学の知の社会文化的解釈は為されたが、文明論的解釈は存在しなかった。近代科学以前、中国を代表とする他の国々の科学史の研究から、近代科学・知のヨーロッパ社会での特殊な精神風土や精神・経済的合理性の上に成立している構造が分析された。その理解によって、近代科学を他の文明社会で形成された知・科学や技術との歴史的関連や、その知の特殊性の理解、つまり相対化が行われた。

ここで課題にしている科学技術文明社会(STCS)の研究とは、中国科学技術文明圏であった日本が明治維新後、日本の近代化政策によって、工業化を進め、近代国家を形成し、現代のSTCS化した日本の社会を作ったのであるが、日本社会のインフラとして形成されている科学技術社会文化やその歴史の分析や解釈である。この研究対象は研究者である私たちの社会文化環境である。

科学や技術に関する研究の目的は、私たちがSTCSを正しく理解し運営するために、現在と未来をより良く生活し共存するために行われる。その意味で、この科学は科学技術文明社会の形成や発展過程で生じる問題に対して、その問題の構造を解明し、問題解決のための方法、技術、改良、作法、政策、規制、制度、点検機能等々を提案し、それらの実践可能過程を設計し、組織し、そしてその結果を検証する作業が課題となる。

この研究はSTCSに関する人間社会科学の普遍的な理論の形成を目的にしたものではなく、今ある社会文化環境を少しでもよりよくするために取り組まれている作業の一つである。その意味で、私はこの研究を行う一人の人間としての時代性や社会文化性を、この作業の中で、よりよく自覚することを課題にしなければならない。



2019年3月12日火曜日

人間社会科学の成立条件(3)


科学技術進歩主義と反進歩主義



20世紀に人類は科学技術によって豊かな世界と手に入れることが出来た。と同時に、その知識が人類を滅ぼすためにも利用されることも知った。また、科学技術文明社会の課題も見えてきた。機械化、高度な生産力、情報化社会、ロボット化、経済や文化のグローバル化等々、そして地球レヴェルの気象変動、環境汚染、大量殺人兵器、無人兵器、宇宙戦争、情報管理社会等々。20世紀は、私たちに科学技術の発展による正と負の側面に向き合わなければならない時代としての21世紀の課題を残した。

この課題に対して、色々な対応が提案されてきた。20世紀の中期までは、科学技術の進歩を信じる立場から、科学技術によって生じる課題は科学や技術が進歩することで解決すると考えられた。または、それらの問題は、科学技術の活用の仕方、モラル上の問題であり、人々が正しく科学技術を活用すれば解決されると考えた。これらの二つの考え方を支配していたものは科学技術の発展への楽観論であった。

しかし、高度科学技術文明社会が持ち込む課題は楽観論を許さない深刻なものであった。その課題に対して、社会進歩自体を疑問視し否定的する立場を取る考え方があった。この考え方は私たちの深層心理に潜む古い精神構造、取り分け非欧米文化圏の人々にある伝統文化に支えている精神文化の流れに根拠を持っている。古い伝統文化を駆逐してきた近代化に対する反発である。この反進歩思想や反近代化を代表的なものが「反科学思想」であった。

20世紀後半から21世紀への世界の流れは、社会進歩や発展に価値を置く立場、科学技術の進歩やそれと共になる経済社会政策を支持する方向が中心勢力となった。その進歩を疑い否定する多くの人々は世界の片隅で追いやられる宿命に立たされている。近代科学や現代科学技術に対しては、科学技術進歩主義か反進歩主義か、近代・現代科学技術への信奉か拒否かという、科学主義か反科学主義の二つの対立する考え方に分裂して行った。

科学技術の否定的側面を非難する反進歩主義者たちも、結局は科学技術文明社会の恩恵を受けながら生きている。科学への疑問も、科学技術の未来を信奉する進歩主義に絡めとられ、近年、特に先進国では、科学自体を否定する反科学的な思想は鳴りを潜めつつある。現実の生活基盤を科学技術進歩に支えられ、それがもたらす生活の便利さの中で生きている私たちは、他方でその進歩が引き起こす深刻な問題を知らされ、その未来を楽観することは出来ない。反科学技術進歩主義は科学技術の進歩と共に形成され続けてきた。


人間社会科学の成立条件(2)


サンダース現象とは何か 


- その状況合理性の理解と解釈 



極端な経済自由主義(新自由主義経済)、国際金融資本主義は近代人権思想の「人間の社会的平等」思想を侵害するために、「社会主義」の思想を呼び起こす。何故なら、人間の社会的平等は政治の近代化過程、民主主義社会の重要な要素であるからだ。社会的不平等が定着し、人々が自由な競争の機会を失う時、あらためて社会主義政策の名前のもとで、政治の近代化過程(民主主義社会化)が再構築されるだろう。


つまり、アメリカの若者に支持されているサンダース現象、社会主義イデオロギーとは、かくてフランス革命やロシア革命で人々が「パンを求めて起こした運動」と同じスローガンを掲げ、アメリカの現在、そしてその社会文化独自の民主主義運動の形態を取ることになる。それが、アメリカ民主主義社会の発展の新たな一ページをめくることになるだろう。

しかし、サンダースやアメリカの若者が言う「社会主義」は、1917年のロシア革命で謂われた社会主義とは全く異なるもんである。彼らは社会主義革命や一党独裁政権を目指してはいない。彼らが言う社会主義とは「国民の社会的平等の実現」であり、アメリカ民主主義の伝統に根差した自由主義とすべての市民にアメリカンドリームに挑戦できる機会を平等に与える社会の実現、つまり自由民主、社会平等主義の社会形成である。

これまで政治学で定義された「社会主義」の概念を前提にし、サンダースやアメリカの若者たちがいう「社会主義」を解釈するなら、アメリカの現在の民主主義運動を正しく理解できないだろう。サンダースが使う社会主義、そして自らを社会主義者という用語で表現しているアメリカ民主主義運動の状況を、表現された用語に付随する過去の概念で観ることは、現在のアメリカ民主主義運動の状況を正しく理解できないばかりか、社会主義という用語に潜む歴史的偏見を持ち込むことになるだろう。


前記した人間社会科学の科学性としての「状況合理性」を前提にしながら、世界の市民の運動、アメリカ、サンダースやグローバル経済を批判する若者たちの運動を考えてみた。


2019年3月11日月曜日

人間社会科学の成立条件(1)


1、状況合理性を前提にした科学性


人間社会科学の科学性について考えるとき、普遍的な自然現象を対象となる自然科学との違いについてまず理解しておかなければならない。人間社会科学は自然科学と異なり、それらの研究対象は変化し続ける時代、生活文化、社会経済政治的環境や、国家形態、多様な生態、地理、気象環境である。仮に、同じ研究課題が在ったとしても、その課題対象は時代、文化、社会、生態地理的環境によって異なる。自然科学のように時代や社会文化に関係なく研究対象(例えば物理的自然現象)が存在している訳ではない。

例えば、同じ衣服に関する生活文化の研究でも、その時代、具体的な地域社会、その歴史や伝統、被服行為主体の社会階層、その生活文化に関する多様な課題が存在する。社会文化が時代的に変化すること、また、同じ社会文化の中にも異なる生活集団、社会構成集団があるなら、それらの社会集団が持つ独特の被服行為の傾向がないとは言えない。その意味で無限の被服文化の研究課題が存在する。

では、同じ課題に対しても多様な研究対象が存在すると言う人間社会科学には自然科学のように同じ課題でも共通する科学的分析や「普遍的な科学理論」を求めることは出来ないと言うことになる。その意味で、自然科学から観れば、ここで言う人間社会科学は科学としての体を成していないとまで言われる可能性がある。

人間社会科学を近代科学の一部として認めるために、人間社会の普遍的な法則を見つけ出すための研究やそのための科学的方法が検討されてきた。そして近代科学としての人間社会科学は西洋で生まれ発展してきた。これらの人間社会科学、取り分け西洋・欧米社会で発展して来た近代科学としての人間社会科学は生物進化論や物理主義、分子生物学、統計学的方法、計量科学的方法等々、歴史的に発展してきた自然科学の方法や概念を援用しながら今日まで発展してきた。

しかし、人間社会の現象が自然現象と異なるため、これら普遍科学を目指した人間社会科学も、それらの理論は物理学のように体系的なまたすべての世界の理解とそれらの問題解決のための力を発揮することは出来なかった。この歴史的事実から、今、あらためて人間社会科学の科学性を理解し、この科学が成立する条件とは何かを議論する必要がある。

近代科学の定義とは、科学的知識がもつ実践的力であるとするなら、つまり「知は力なり」という考えに立つなら、自然科学と同様に人間社会科学の理論が現実の問題解決力を持つなら、この定義を満たしていると考えることが出来る。

人間社会科学の対象は、今生きている私たちの世界、つまり異なる多様な社会文化や歴史的状況の現実である。それらの現実世界の中で生じている課題を理解し、その課題を解決するための方法を与えることが人間社会科学に取り組む目的である。その理論によって現実はより分かりやすく分析・解釈され、そしてそれらの分析された課題に対してより有効な解決の方法を提供することが出来れば、それらの理論は問題解決力を持っていると言える。問題への分析力や解決力を持たない人間社会科学は有効な科学性をもっていないと評価することが出来る。つまり、人間社会科学の成立条件は現実の問題に対しその課題を解決できる知性を持たなければならない。

それらの知によって世界をよりよく変えることが出来るなら、その知識は世界にとって有効なものであると言える。現実の状況に適した知の在り方を摸索する精神は近代合理主義の精神に通じる。しかし、この精神(理性)は普遍的な世界認識を求めるものではなく、問題解決を行う個別の主体の、彼らの具体的な生存の条件(時代、生活文化、社会経済政治、生態地理的的環境)で生じている個別課題である。この精神をここで「状況合理性」と呼ぶことにする。状況とは問題解決に立ち向かう人々に取っての状況である。

人間社会科学は状況合理性を前提にして成立し、それぞれの研究者の多様な時代、生活文化、社会経済、生態地理的な環境の中の具体的な課題解決を目指す学問であると言える。状況合理性を持つ知の構造が、近代科学としての人間社会科学の成立条件はであると言える。言い換えると、この状況合理性を持つ知の在り方を検証し続けることによって、現代科学としての人間社会科学は蓄積して行く。



2017年1月6日金曜日

問題解決のための総合政策、俯瞰的視点とプラグマティズム的視点

Comprehensive Policy for Problem Solving: General and Pragmatism Viewpoints 

三石博行、槇和男 


要旨


 現代科学技術文明社会では、社会経済文化活動に於いて文系と理系の知識が融合状態にあり、文理融合という研究スタイルが日常的に語られる。この文理融合は政策学でも当然の研究スタイルになっている。現在、色々な分野、産業界、教育界や研究プロジェクト等々で使われている文理融合の概念に言及しながら、科学方法論、知識探求のスタイルや研究プロジェクトとしての文理融合概念について語る。中でも、吉田民人の「自己組織性の情報科学」として了解された生物学と人間社会科学の情報科学としての解釈に科学基礎論の視点から文理融合的学問スタイルの概念を抽出してみる。自己組織性の情報科学やプログラム科学、設計科学の概念から、俯瞰的・総合的政策設計の在り方を検討し、そこの必然的に含まれる文理融合型の政策学のプラグマティズム的方法論、更には設計的・反省的知のシステムとしての政策 提案と政策点検の在り方に関する提案、政策学基礎論の成立条件に関する提案を試みたい。


政治社会学会研究大会研究報告論文(三石博行 槇和男共著)  武蔵野大学 2016 年 11 月 26 日


目次 

はじめに 文理融合の概念が問われる背景 ..

1、文理融合型学問形成の歴史的意味
1-1、応用科学と呼ばれる文理融合型学問 理系中心型
1-2多様化する文理融合型、文理共存型、文理協働型、文理相互依存型 
1-3高度科学技術文明の社会経済活動としての文理融合型 

2資本主義経済発展に伴う社会的要請、学問の進化形態としての文理融合 

2-1近代合理主義から科学主義の形成 物理主義、還元主義、分析的方法の確立
2-2産業革命、工業社会の形成 学問の専門化、細分化
2-3市民社会の形成 多様な生活様式、商品文化の形成 文理融合型企業活動の展開
2-421世紀型社会構造 大衆化する科学技術文化 新たな生活様式としての文理融合型
2-5数学的構造 文系と理系に共通する分析方法、文理融合型・文理消滅型

3社会政治経済文化制度の中での文理融合

3-1国家事業としての文理融合型プロジェクト
3-2、企業活動としての文理融合型事業
3-3地方自治体主導の産学公連携事業としての文理融合型政策
3-4カリキュラム改革としての文理融合型教育  
3-5、問題解決力としての文理融合型研究スタイル

4、問題解決のための総合政策設計方法としての文理融合

4-1、現代社会の問題解決学としての総合的政策学の課題
4-2、プログラム科学論から導かれる問題解決学としての総合的政策学の課題
4-3、政策提案活動としての問題解決型システム


はじめに 文理融合の概念が問われる背景



政治社会学会設立から今日まで、文理融合型政策学に関する研究報告活動を続けて来た。今回、第7回大会でも、この文理融合型の政策学に関する議論を行われることになった。そこで、これまでの議論を整理する必要があるが、もう一度、文理融合の概念とその概念が問われる背景について考えながら、政策学として文理融合とは何かを考えてみたい。また、政策学的方法論としての文理融合の在り方について議論を広げたいと思う。


1、文理融合型学問形成の歴史的意味


1-1、応用科学と呼ばれる文理融合型学問 理系中心型



 辞書によると、文理融合とは大学学部学術研究プロジェクトなどが、文系学問人文科学社会科学)と理系学問自然科学)の両方要素を含んだ学際的な」もを意味する用語として用いられている。伝統的に文系と理系の区分は研究対象によって区分されており、自然を対象とする科学を理系(物理、化学、生物、地学、気象学)とし、社会や人間を対象とする科学を文系として分類してきた。その意味で、ある学問領域が文系と理系の研究対象に広がる場合、それを文系と理系の学際的研究領域、つまり文理融合型研究と呼ぶことになる。この考え方から文理融合とは文系と理系の二つの領域に跨る(またがる)研究であり、学際的研究の一部とみなすことが出来る。

 しかし、この文系と理系の中間に位置する学問としての文理融合型科学とは具体的にどの学問を指すのだろうか。一般に、応用科学分野と呼ばれている工学や農学では技術やその基礎理論(殆ど理学系の研究と変わらないのだが)が研究されている。これらの分野では、研究対象は社会経済や人間であるのだが、研究方法は理学系、つまり物理、化学、生物学、地学、鉱物学を基本とする学問によって研究されている。その意味で、これらの分野はその成り立ちから文理融合型の科学・技術学であると言えるのである。

 しかし、それらの学問は大学教育では理系に分類されている。その一例として、経営工学は、研究対象は経営つまり文系分野の課題であるが、その研究手段は理系、例えば統計学や情報処理等、理系分野で発展した方法を駆使して研究されている。そのため、経営工学は工学(理系分野)に位置づけられている。


1-2多様化する文理融合型、文理共存型、文理協働型、文理相互依存型


 前節の分類が最近ではそのまま通用していない事態が生じている。例えば、文系分野の言語学に統計学、情報科学、計算機科学が導入され計量言語学が形成される。この計量言語学は言語学研究者と情報処理研究者の共同研究分野、どちらかと言えば情報科学の一専門分野(言語分析を専門とする情報科学の研究)として形成されたのであるが、計量言語学は理系分野の科学としては位置付けられていない。寧ろ、言語学(文系分野)の研究として分類されている。

 今日、計量科学と呼ばれる、元々理系の一分野であった計算機科学や情報科学(技術)が理系以外の研究に活用され、多くの文理融合型学問、例えば計量経済学、計量社会学、経済物理学等々の学問が形成されて来た。こうした文理融合型の学問群は、すでに、文系と理系の分類という古典的な学問体系に所属できないほど多種多様に亘り、しかも一般化しつつある。

 その意味で、文理融合型学問が、文系と理系の科学体系という伝統的な学問論の枠をはみ出しながら、新しい学問体系を求めていると言える。つまり、文理融合とは、単なる理系と文系の学際的研究つまり二つの異なるディスプリンの共存・文理共存なのか、それとも、理系と文系の研究者が共に協力しあい一つの課題を研究する共同研究のスタイル・文理協働なのか、または、文系の学問が理系の研究方法を取り入れ、より専門化する理系依存型文系科学なのか、それともその逆の理系の研究の不足を文系のアイデアを活用し、より完璧に問題解決の手段を導き出そうとする文系依存型理系科学なのか、否、それらの文系と理系は、それぞれの領域の優位性を主張し合っているのではなく、文系と理系が相互に協力し合い、新たな科学・文理相互解釈の学問を形成しようとしているのか。現在の文理融合型の研究活動や学問スタイル、さらにはそれらの結果を点検分析することによって、これらの新しい学問の在り方の意味を理解することになる。


1-3高度科学技術文明の社会経済活動としての文理融合型


 つまり、文理融合とは何かを問いかけ、またその意味を明らかにする課題は、現代高度科学文明社会の中で必要とされている新しい科学技術の姿、総合政策学や文理融合型科学技術の形成、展開、一般化(メインパラダイム化)を目指すことになる。と同時に、その科学技術論(科学技術基礎理論)の探求が行われ、21世紀の科学技術文明社会の土台となる社会観念が形成され、そして、その土台の上に、更にその新しい科学技術が発展する契機となると考えられる。



2資本主義経済発展に伴う社会的要請、学問の進化形態としての文理融合 


2-1近代合理主義から科学主義の形成 物理主義、還元主義、分析的方法の確立


 学問は常に社会的ニーズによって形成されてきた。つまり、学問の細分化と専門化は、市民社会の形成と資本主義経済の発展という社会的ニーズの中でそれに寄与する学問の在り方として形成された。つまり、より合理的で、正確である知識の形成が求められ、分析的方法が形成発展した。その知識の進化の方向に形成されたものが、学問の細分化と専門化であった。さらに、成熟した市民社会、成熟した資本主義経済の形成によって生まれた消費文化や豊かな生活文化によって、より合理的であると同時に、多様なニーズを満たす生産システムが求められ、その経済社会制度から学際的で多様な学問形態が生み出される。

 そこで、学問発展の経過について社会経済史的視点を取り入れながら考察してみる。一般に科学とは古代から現代に至まで、その時代時代の世界認識とそれらの社会経済システムの形成に資するために展開した知の体系である。それぞれの時代と文化が形成維持される社会観念を土台にし、その盲目の目的を満たすために機能している知の在り方の一つであると思われる。このことを、ここでは社会文化(個人の精神構造を含む)目的意識の共有・社会的合意形成と呼ぶことにする。一般にこれを共同主観と呼んできた。この社会的合意形成を背景に、それぞれの時代の科学・時代文化的合理主義が形成された。これがそれぞれの時代の学問的方法、つまり知の探求の方法論と呼ばれた。

 取り分け、近代合理主義社会では、対象と主観を峻別する作業、デカルトのコギトに代表される主客二元論が形成され、分析的思惟はその一つの方法論として登場する。事象を対象化し、そしてより分析的に理解することは、より精密な技術を開発させ、より精度の高い計算を可能にする基本的な方法を見つけ出した。そうした分析的方法や近代合理主義によって、ブルーノやコペルニクスのキリスト教物理神学はガリレオの物理学に発展した。

 分析的実験方法を駆使して経験的に理解されたデータを統一的に表現する手法として数学が用いられた。と言うのも、当時の近代合理主義者は、世界は神のことば・数学によって書かれていると考えていたからである。分析的知識は数学的表現によって体系化されるという還元主義が形成される。この分析的方法と還元主義的方法がニュートン物理学の形成につながるのである。

 そして、ニュートン物理学の成功に影響されたフランスの啓蒙思想の中から科学主義が形成される。科学主義に影響され物理学的還元主義は他の領域の学問に過大な影響を与えることになる。それらの影響によって産業革命を支える技術学が形成された。それらの技術学はより効率的な生産システムを創りだすために、より合理的な学問の発展を促した。このことは、科学の成果(研究成果)が社会経済力に直接影響を与える時代の先駆けを作ったのである。


2-2、産業革命、工業社会の形成 学問の専門化、細分化 


 つまり、資本主義経済の発展は科学技術の発展に支えられ、その発展によって生まれた生産システムによってより強固になったと言える。言い換えると、この科学技術とは、より正確でより専門的な知識を探求するための方法論・分析的方法と還元主義的方法、一般に物理主義と呼ばれる方法論であるが、の勝利を意味した。この勝利が、その後私たちが言う物理主義の形成と発展の土台となった。

 その後、資本主義生産システムは合理的機械運動と巨大なエネルギー利用を可能にすることによって機械制生産方式を生み出した。機械制生産システムによって巨大な生産能力が得られ、生産物(商品)が国内、国外のすべての社会の隅々にまで流通し、また安価な商品生産を行うために安価な労働力の収奪と安価な生産システムが開発された。資本主義社会の社会観念に基づく自己増殖その結果は、労働者群の貧困と職業病の蔓延であり、安価な資源を獲得するための海外植民地の拡大、その争奪を巡って起こった二つの世界大戦であった。

 また、この時代の科学を発展させたのは高度な専門分野の形成、学問分野の細分化である。例えば有機化学が有機分析化学、有機合成化学、高分子化学、有機物理化学、有機電子論、さらには有機量子化学と有機物に関する化学が細分化し専門化しながら発展する。高度な有機化学系の専門分野が生まれる。この専門分野は有機系化合物を扱う企業にとって必要な学問である。有機化学分野の高度な専門知識を駆使し新しい商品開発が行われ、また商品開発によってさらに高度な有機化学系の専門分野は進化することになる。重化学工業社会の進展と化学の高度な細分化や専門化は同時並行して進むのである。その高度に専門化した知識によって新たな商品開発、生産能率の向上等が進む。


2-3、市民社会の形成 多様な生活様式、商品文化の形成 文理融合型企業活動の展開 


 大戦後の社会では独占資本主義や帝国主義に対する制御を国家が行うことが、結果的に健全な資本主義を維持できると考えた。何故なら資本主義生産を支える市場経済原理の拡大によって資本主義社会制度は形成発展するのであるが、安価な資源確保や安価な労働力の消費は、自由な市場経済の上に成り立つ資本主義経済を独占資本主義に変貌させ、その本来の目的と齟齬を起すことになる。その資本主義経済内部で生じた自己矛盾の克服のためのその内部で、新たな課題、修正資本主義、ケインズ政策、福祉国家、社会民主主義国家が登場する。こうした傾向は、経済格差を是正し、中産階級や市民層を増やすことになる。

 修正資本主義によって中間層、豊かな市民層が形成され、市民民主主義文化の形成が進む。経済的力を持つ市民社会層の形成は、豊かな消費文化を形成し、多様な商品開発が行われる。安価な商品の大量生産でなく、良質で利便性やデザイン性を重んじる商品開発が企業経営の基本路線となる。つまり、こうした社会経済の要請によって、理系中心の大量生産システムが反省され、豊かな生活文化を満たすための生産活動が、企業文化として定着することになる。消費者のこころをつかむ商品開発のために、異なる分野の学際的研究、文理融合型の研究スタイルが生まれ、商品の安全性、デザイン性、非生態環境負荷性等々の研究開発が取り組まれることになる。

 つまり、この新たな商品開発は文理融合型研究開発によって進むことになる。豊かな市民社会の登場、多様な商品開発の要請を受けて成長してきた現代資本主義社会、企業文化の中から文理融合型の開発研究が形成発展し、文理融合型の開発研究を必要とする企業の影響や要請によって他の社会機能、教育機関や行政機能にも、文理融合型の発想が浸透していくことになる。ここで語られている文理融合型とは、ポスト科学主義、ポスト物理主義、ポスト大量生産主義と結びついた新しい科学技術観(思想)を伴う課題を提起し、新たな資本主義文化の課題を示唆している。

 多様な課題を解決するために問われる知識(学問)が、学際的研究と呼ばれる学問スタイルを生み出していく。多様な問題を解決するため異領域分野の専門家が集まり研究開発プロジェクトが形成される。このプロジェクトに参加した研究者たちは自分の専門分野の課題を解決する責任分担を前提にしながらも、他の研究分野から提案されるアイデアを活用し、共同で商品開発の研究チームを構成することになる。チーム全体として、理系や文系の壁を越えた研究開発が取り組まれ、共通の商品開発という目標に向かって異なる学問領域の知識が融合し合うことになる。ここに学際的研究開発と呼ばれる新たらしい研究作業が生れ、新たな学問領域の形成が促されることになる。

2-4、21 世紀型社会構造 大衆化する科学技術文化 新たな生活様式としての文理融合型 


 一般に、学際的研究をinterdisciplinarymultidisciplinarytransdisciplinaryと呼んでいる。これらの三つの用語は日本語にすべて「学際的」と翻訳されている。しかし敢えて、英単語を構成する要素 例えば、interdisciplinary とは二つ以上の複数のディスプリンを援用して、問題解決を図る研究方法と訳すことができる。また、multidisciplinary とは多くの学問領域にわたる学際的研究と解釈することができる。そして、transdisciplinaryとは多分野にまたがる学際的研究であると推察できる。こうした学問上の概念で現在の文理融合型の社会経済、文化構造をどこまで説明できるか不明である。

 前節で述べた企業文化によって形成し発展した学際的研究は、学問間の融合に支えられる。例えば、生物学と物理学の学際的融合によって生物物理学や分子生物学が生まれ、先端医療研究開発の科学的知識をサポートすることになる。また環境学と経済学の学際的展開によって環境経済学が形成され、総合的な環境政策をサポートすることになる。このように学際的研究からはじまり、一つの学問が学問領域の融合化によって成立することになる。文理融合は学問それ自体から生まれたのではなく、むしろ、社会経済、文化のニーズや活動の中で生まれ、それを補助する知の体系・学際的知識体系が確立してきた。

 つまり、文理融合型研究を含む学際的研究方法は、科学史の視点から観るなら、極めて新しい学問スタイルや方法論であると言える。その意味で、文理融合した新たな学問体系の形成と呼ぶことのできる科学は、生態環境学、自然防災学等の例はあるものの、それほど多くないし、また、一般化していると言えない。更に、この科学方法論をサポートする科学認識論や科学哲学が成立しているとは言えない。勿論、これまでプログラム科学や設計科学の提案や議論の中で、学際的研究や文理融合型学問に関する考察が近年なされている。その意味で、文理融合型の方法論に関する議論は、今、始まったばかりであるとも言える。

2-5、数学的構造 文系と理系に共通する分析方法、文理融合型・文理消滅型 


 大型計算機が開発され理系の研究では理論計算による分子構造分析が行われるようになった。計算機を活用しながら理論化学、理論物理学や理論生物物理学等々の理論科学と呼ばれる分野が登場した。物理化学的物性研究から多くの実験データが生まれる。それらの中には、これまでの理論では説明できないものがある。そこで、理論化学や理論物理学の研究者たちは、仮説(新し物理学理論)を立て、それに基づいた分子構造の数学的モデル式を作る。そのモデルに初期条件と境界条件を制御しながら計算する。それらの計算結果と実験データとの近似を比較しながらモデルの修正を行う。実験データに限りなく近い計算結果を得た場合に、モデルつまり理論的計算式は正しいと推論することが出来る。これが、理論物理学や理論化学で確立した計算機科学の基本的な科学推論法であった。

 この計算機科学の数学的推論法はチャールズ・サンダース・パーク(Charles Sanders Peirce 1839-1914)が提案したアブダクション と呼ばれる方法論である。アブダクションとは、実験結果を最もうまく説明できる理論的仮説を用いて推論する仮説形成を用いた方法である。この方法は、今日、帰納法や演繹法と呼ばれる伝統的な科学的推論法に匹敵する新しい推論法であると評価されている。

 因みに、計算機科学、つまり大型計算機を活用したモデル計算方法が確立したのはマンハッタン計画(ノイマン型コンピュータを発見したジョン・フォン・ノイマン(Neumann János 1903-1957)によるウランの連鎖的核分裂反応を誘発するための計算)であった。その後、大型計算機を活用し水素爆弾開発をはじめ、国家の軍事事業に活用され、それと共にコンピュータサイエンスは発展し、今日のスーパーコンピュータが生まれたのである。この大型計算機の開発が自然科学分野の理論科学研究を可能にし、分子科学は飛躍的に発展した。それと同時に、経済学や社会学においても計算機科学の活用が起こり、計量経済学や計量社会学が形成する。これらの計算機科学群には、既に文と理の境界は消滅している。言い換えると、計算機科学は、文系でも理系でも成立している最も理想的文理融合型科学であると言える。と同時に、計算機科学の登場によって文系と理系の境界が消滅したとも解釈できる。

 21世紀の科学技術の展開に計算機科学の役割は大きい。計算機科学の普及によって、技術開発や商品開発が進み、異常気象予測、人口変動に伴う社会変化の予測等々が行われている。極論すると、計算機科学なしのこれからの自然科学や人文社会科学、それらの応用技術、それを活用した社会経済文化政策提案は考えらないと言える。

吉田民人は数学的構造を、経験的秩序原理つまり物理学(法則科学)やプログラム科学(生物科学から人間社会科学)、経験的一般化つまり経験則から峻別し、独自の秩序の構造として解釈していた。つまり、数学的構造によって生み出された新たな科学・計算機科学が、文系でも理系でもないという根拠を示していた。計算機科学とは、言い換えると、ポスト文理融合型科学の始まりを意味していると言えるのである。


3、社会政治経済文化制度の中での文理融合 


3-1、国家事業としての文理融合型プロジェクト 


政治、経済的な利益を実現するために理系の研究が利用されることを文理融合と言わない。例えば、第二世界大戦の最中に物理学者が核兵器の開発に協力するマンハッタン計画があるが、それは、政治・軍事目的で先端科学が利用されたケースであると言える。科学が軍事利用されてきた歴史は、マンハッタン計画が初めてではない。歴史的に科学は常に軍事利用されてきた。

しかし、マンハッタン計画では物理学者だけでなく、数学者、工学者(管理工学者を含む)、技術者、そして当然ながら軍事学の専門家等が参加していた。つまり、この計画は文理融合型の大型プロジェクトであると言える。

国家の利益を目的にした国家プロジェクト事業は多くの異なる専門家集団の共同作業形態を取る。経済社会制度の近代化、工業化、情報化、外交・防衛・エネルギー・食料・資源安全保障、科学技術政策、社会福祉政策等々、すべての国家事業は総合的視点に立つ国益を前提にして運営される。その意味で、この事業は政治家、官僚指導型の自然科学系専門家、人文社会系専門家、企業人や市民を入れてた総合的共同作業によって形成されている。

3-2、企業活動としての文理融合型事業 


経営体としての企業活動は、言うまでもなく利益追求を前提にした活動によって成立している。企業利益とは生産し市場に提供する商品の売買によって得られる。そのため企業は新商品開発、生産効率改善を行う。また、企業運営を合理化し支出を削減するために経営合理化、企業の社会貢献等を行う。
企業経営の専門家を文系と考えるなら、文系指導型の文理融合型活動であると解釈できる。近年、消費者文化や豊かな生活文化によって、多様な消費者ニーズに即した商品開発が進む中、情報系、デザイン系、心理学系、生活科学系の専門家が商品開発に参加し、益々、企業の文理融合型研究は進展している。

3-3、地方自治体主導の産学公連携事業としての文理融合型政策 


人口減少や経済活動の低下が進む中、地域社会の活性化政策がそれぞれの自治体で取り組まれている。例えば、京都府や京都市では、市内もしくはその近辺の大学の連携事業を助成するために大学コンソーシアム京都を援助し、産学連携事業、助成金交付、研究活動支援を行い、総合的研究開発プロジェクトや文理融合型事業をサポートしている。
一方、大学の側でも、入学人口の減少に伴い大学運営が危機的状況を迎えている。大学の社会貢献を上げることで大学の評価を高めることが課題となる。大学コンソーシアム化は全国に広がり、そこを活用した地域社会との産学連携事業に大学が積極的に参加している。

大学、地方自治体、地方産業の共通目的を前提にして、地方自治体主導の産学公連携は全国的な広がりを見せようとしている。


3-4、カリキュラム改革としての文理融合型教育 


大学ではどのようにして文理融合型の研究や教育が行われたか。伝統的な学問体系を前提しして教育制度を確立している大学では、文理融合を教育課題に取り上げ、文理融合型学部を形成したのは極めて最近のことある。しかし、その前に、すでに文理融合型の教育は課題に挙がっていた。例えば、医学倫理や工学倫理に関する教育課題である。この教育課題は、公害問題、消費者運動、医療被害による科学技術の社会的責任問題が問われ、その課題を大学教育の中で教えなければならない社会的要請があったからある。理系の学部に、教養教育以外に、専門科目として工学倫理や医学倫理が登場することになる。

その後、工学デザイン、建築デザイン、グラフィック情報処理が工学部教育で課題となり、応用科学技術系カリキュラム中心の工学教育から、デザイン、社会文化論、心理学等の科目が取り入れられた。そして、デザインを中心にして工学系教育を行う学科構成が起こり、建築学部、情報系学部等々の文理融合型の学部学科が設置された。

環境汚染、地球温暖化、自然災害や社会災害、その防災対策、等々、生態環境問題の解決や災害対策では、理工系科学技術研究開発だけでなく、文理融合型の総合的知識を援用しなければならない。こうした新しい課題から文理融合型の教育研究が大学で取り組まれ、文理融合型のカリキュラム構成が行われる。

また、工学的視点からの文理融合型教育改革だけでなく、人文社会系学部からの文理融合型教育改革も行われる。その機動力とったのが情報処理教育である。高度情報化社会では、文系教育でも、情報処理スキル教育が必要となる。事務処理、デザイン、会計処理、通信、コミュニケーション等々、社会では情報処理スキル活用しなければならない作業が多く、その基礎的知識を大学は教えなければならない。こうしたニーズを受けて大学では文理融合型の情報系の学部が設置され、ここでも文理融合型のカリキュラム構成が試みられる。

以上述べた大学での文理融合型教育の取り組みは、理系学部での文系カリキュラム導入から、学部の文理融合型カリキュラム構成である。文理融合型学部では、学生は文系理系の隔たりなく自由に科目を選択できる。もちろん、コース制によって選択可能なカリキュラム群が決められており、進路に合わせた科目群が提供されている。特に理系の学問は体系的に学ばなければ理解不可であるため、文理融合型カリキュラムの構成は言うは易し行うは難しである。実際に文理融合型学部教育を受けた学生が、社会に出て、教育で身に着けた知識を実際に活かすことが出来ているか検証する必要がある。つまり、、文理融合型カリキュラム教育の成果の検証が問われている。

3-5、問題解決力としての文理融合型研究スタイル 


文理融合の原点を問題解決力に置く教育が近年課題になっている。その背景には、理系と文系のカリキュラム構成を行うことによって文理両方の知識を与えるだけでは、問題解決力を育てことが出来ないという、カリキュラム先行型の文理融合型教育への反省がある。

問題解決力を身に着けるための教育は、問題解決を日々の仕事としている実際の社会活動の中に、そのヒントを得るしかない。このような視点に立って実際に大学教育が行われている。例えば、大学コンソーシアム京都が取り組んでいる企業研修、同志社大学PBL支援センターが取り組んでいるPBL教育、国際基督教大学のサービス・ラーニング等々が挙げられる。青山学院大学社会情報学部では、問題解決能力教育を文理融合型教育基本課題に置き、「コミュニケーション・スキル、数量的スキル、情報リテラシー、論理的思考力、問題解決力 、自己管理力、チームワーク・リーダーシップ、倫理観 、市民としての社会的責任 、生涯学習力」の習得を課題にした教育が行われている。そして、中等教育課程、中学高等学校ではコミュニケーション・スキルを課題にするグループデスカッション、アクチィブラーニング等の学習方法が取り入れた教育カリキュラムが作られている。

ここで語られる文理融合とは問題解決に必要な総合的な知識である。その知識が、文系であろうと理系であろうと、それらは問題解決のための道具に過ぎない。目的は問題解決である。問題解決の道を切り開く力、問題解決力がまず必要である。問題に立ち向かい必要な知識を学ぶこともその一つである。それが一人の力では不可能だと理解し、問題解決に必要な知識が何かを理解し、それらの専門家を探し、集め、共同で作業を企画する能力も必要である。コミュニケーション・スキルやチームワーク・リーダーシップを身に着けない限り、問題解決の道筋を見つけることは出来ない。自分の知識の限界を知り、その限界を自分一人で乗り越えようとするのでなく、多くの協力者たちと共に解決する努力を行う。それが問題解決のために文系と理系の知識を総動員する文理融合型問題解決の基本であると考えた。そして、問題解決のための科学として、近年、知的生産の技術、問題解決学、臨床の知、総合政策学という学習方法や学問が提案されてきた。

例えば、文理融合の代表的学問であると言われる環境学も異なる専門知識・専門家のチーム形成によって成立している学問分野である。この学際的学問は、これまでの個別科学の研究によって得られた研究成果を、環境問題を解決するための科学・環境学の中にまとめたものであると言える。その意味で、これらの学際的学問は、それを構成する専門的学問の方法論を前提にして、そこで、それらの専門的知識を共有し、協働化し、相互解釈し成立している学際間コミュニケーション・コミュニティによって成立している研究活動であると言える。その意味で、この研究活動に最も必要とさているものは、コミュニケーション・スキルやチームワーク・リーダーシップである。

社会では、問題解決型の活動は日常的に執り行われている。政策、行政、経済、社会、生活活動はすべて問題を解決するために行われている。その意味で、今更ながら、大学教育がそれを取り上げるまでもなく、文理融合型の方法論は実際、社会では常識であり、文理融合型方法の大衆化が成立している。


 4、問題解決のための総合政策設計方法としての文理融合 


4-1、現代社会の問題解決学としての総合的政策学の課題 



21世紀の高度科学技術文明社会での政策学の在り方を問うために、その方法を考えるために、私たちは文理融合と言うのは科学的方法を用いて政策提案を行う学問、政治社会学を目指し、この学会を設立した。そして、政策学の科学的方法論を伝統的な科学的方法論、演繹法、帰納法、経験的実証主義、論理的実証主義、統計的方法、モデル実証主義、アブダクション、機能主義、構造主義、解釈学的方法、現象学的方法、エスノメソドロジー等々、自然科学や人文社会科学で活用されている科学的方法論に当てはめて検討してきた。それらの科学的方法論は、それぞれの政策提案と政策実践の現場で、それぞれ有効に利用されるだろう。どの科学的方法論が、文理融合型科学的方法、もしくは脱文理融合型科学型科学的方法であると判定することは、現在出来ない。

人文社会科学の歴史を観る限り、学問形成と科学方法論の提案は常に一体化している。それは自然科学の場合も同様で、演繹法、帰納法、実証主義を総括した経験主義や数学的還元主義主義は物理学を中心とした自然科学の発展と同時に成立している。経験主義を前提にして成立していた自然科学の全ての分野が数学的還元主義主義化された。これを物理主義と呼んでいる。そして、今、計算機科学という文理融合型・文理消滅型科学の登場によって、ポスト物理主義が科学方法論の主流の一つとして形成されようとしている。このポスト物理主義の彼方に21世紀の新たな科学が展望できるのか検討しなければならない。その新たな科学方法とその実践的な応用技術学を活用し、かつそれらの実験結果、方法の活用結果をフィードバックする科学技術としての総合的政策学とその科学技術方法論が問われている。これが、ここで課題にしたい問題解決型の総合的(文理融合型)政策学である。この学問は、現在問われる問題の解決に資することを条件にしながら成立する。

これまで、問題解決のための学問は提起され実践されてきた。これらの学問の在り方を学ぶことによって総合的政策学の可能性が見えてくる。例えば、近代化する生活環境の中で課題になる生活病理学の解決方法としての考現学、情報化し総合化する知の集合環境の中で知的生産能力を高めるがために開発された知的生産の技術、学問を具体的な社会文化環境の中で生じている課題への実践的な解決方法として位置づけた問題解決学や臨床の知、また、失敗の構造を分析しその失敗から得られたデータをフィードバックしながら技術や制度の改善を科学する失敗学、等々、日本では社会や生活現場の課題を具体的に解決するための技術学が提唱、展開、成立してきた。

21世紀の社会では、科学技術は、深刻な課題解決のために発展し続けている。例えば、地球規模の環境問題を解決するための環境生態学、高度に発展した科学技術文明社会、巨大都市、その機能を担うインフラ、電力、情報、交通、流通機能、さらには巨大なエネルギー生産拠点、原子力発電や巨大火力発電、水力発電等々の破壊をもたらす自然災害、その災害の安全対策と危機管理を研究する防災学、国際政治経済等々、グローバリゼーションを今日推進している高度情報化社会、そのインフラである大型計算機やインターネット情報網の安全保障と同時に問われる民主主義の課題、多くの課題が政治社会学のテーマとなっている。この21世紀型政治社会の問題群への有効な解決手段が総合的政策学の課題なのである。


4-2、プログラム科学論から導かれる問題解決学としての総合的政策学の課題 


総合的政策学の成立は、これまでの学問とことなる課題を持ち込んでいる。それは問題解決という社会実験によって学問が提唱する理論や方法論が検証され、問題解決され改善された社会現実によってその学問の有効性が確認されないということである。つまり、この科学はすべての社会と生活の現場(自分の生活している世界)を実験の場としていることである。その意味で、先ず、第一に、問題解決力を唯一の科学性とする。そして、同時に、その問題解決の対象を限定している。つまり、自分のいる世界と自分が理解している科学的認識は同一パラダイム空間にあるという前提条件を持つことになる。その意味で、ここで課題にしている総合的政策学は、エスノメソドロジー的な視点を持つ問題解決学であるともいえる。

吉田民人の新科学論では、これまで文系理系に分けられてきた旧科学論に対する批判がある。彼は、科学を規則の学として解釈した上で、文系理系と分けられている既存の科学体系を、自己組織性の情報を持つものと持たないものに分け、自己組織性の情報を持たない法則科学と自己組織性の情報を持つプログラム科学に大きく二つに分類した。さらに、自己組織性の情報を持つプログラム科学を情報構造が物理化学的に構造化され固定しているシグナル性情報と情報構造が変動 (ソシュール言語学で言う共時性と通時性の変動) し続けるシンボル性情報に分類し、生物学をシグナル性情報科学と呼び、人間社会科学をシンボル性情報科学と命名した。

法則科学とは、物理学や化学を中心にした自然科学で、物理や化学の法則は法則自体が自分勝手にその規則を変えることはしない。また、決められた規則に即して決められた自然現象が再現する。きめられた規則があるに拘わらす勝手に色々な自然現象が起ることはない。これが法則科学の特徴である。吉田民人は、法則を変容不能で背信不能な規則と定義した。

次に、生物学を代表するシグナル性プログラム科学は、遺伝子・シグナル性プログラムの規則性によって形成された科学である。生物は、シグナル性プログラム・遺伝子配列によって、その生命機能、生体構造、生理反応、生物行動が決まる。一旦成立している遺伝子配列はその配列から生じる反応を状況に応じて勝手に変更したりしない。生物界の規則は遺伝子が継承される限り維持される。つまり個体を超えて遺伝子情報が変わり、同種内部では、遺伝子は自らを複製し続ける。これを一次自己組織化と吉田民人は命名した。しかし、何らかの理由によって遺伝子・規則が変わることが起こる。自ら規則を変えることができる力を二次自己組織化と呼ぶ。生物はそうして種を維持し、あるひは種を変貌させ(進化と呼んでいるが)、最大の目的である生命の維持を可能にしてきた。吉田民人はシグナル性プログラムを変容可能で背信不能な規則と定義した。

さらに、人間は、上記のシグナル性プログラムによって維持されている生物であると同時に、言語活動によって作りだされた文化的環境の中で生る社会的文化的存在でもある。人間特有の言語や表象等をシンボル性プログラムと吉田民人は命名し、そのプログラムによって形成された世界(人工物の世界)に関する科学・人文社会系科学をシンボル性プログラム科学と呼んだ。シンボル性プログラム(言語)は人間独自の規則性の世界、社会文化生活環境を創りだしている。言語や文化の多様性を見ると分かるように、シンボル性プログラム(言語的規則性)には物理学や化学のような法則ではない。また一旦、法則によって決まった解釈をその規則性の変更がない限り変更することがない生物学の規則とは違い、状況に応じて、規則は際限なく解釈され続け、或いは、意味(解釈)が多様に変化する。これを言語学では通時性と呼んでいる。これがシンボル性プログラムの特徴であり、この特徴を前提にして人文社会学系科学は成立している。吉田民人はシンボル性プログラムを変容可能で背信可能な規則と定義した。

吉田民人が言う俯瞰的科学とは、法則科学とプログラム科学全体を意味する。その意味で、私たちが言う文理融合型科学はその中に含まれる。しかし、この俯瞰的科学の視点も文理融合型科学の視点も、いずれにしても、問題解決型の科学にとって、科学の分類学を示したということに終わる可能性がある。その意味で、旧科学論から新科学論に科学を再解釈することによって、私たちが目指す問題解決の科学の形成が可能かと言うことが課題となっている。言い換えると、文理融合型の科学を目指すにしろ、また新科学論的俯瞰的立場に立つにしろ、それらの二つが、果たして問題解決学が成立し資するのかという疑問を抱かざるを得ない。つまり、問題は、知は力なりという近代科学の成立思想を前提にしながらも、今我々の理解している限りの学問的方法として、問題解決学が形成できるのかという疑問に答えなければならない。


4-3、政策提案活動としての問題解決型システム 


実践的に問題解決力を持つ政策科学を目指すことが文理融合型政策学を課題にした原点であった。この問題提起の原点に立ち返るなら、文理融合型政策論の科学的方法論や科学認識論を課題にすることの意味と同じく、問題解決型の政策の技術論を提案することの意味を理解しておく必要がある。従って、文理融合とは問題解決の一つの手段や方法であり、問題解決力を得るという本来のテーマに総合政策学の方法論に関する議論を戻すことにした。

既に前節で述べたのだが、大学や学会で文理融合型教育や研究の方法論が語られる以前に、すでに国家事業として文理融合型総合プロジェクトが形成され、長期的視点、国際政治的視点に立った国家戦略の一環として取り組まれていた。また企業でも文理融合型事業が意識的に企画され、時代や文化に合った商品開発が取り組まれていた。つまり、日本学術会議を中心とする学術団体での文理融合型研究や文部科学行政を中心とする高等教育機関、大学教育での文理融合型教育が、時代の要請から遅れていると言うことに気付く。その意味で、この学会内部で、また大学人だけで、文理融合型研究や教育を語ることが時代的要請からずれていると疑う必要がある。

それを解決するためには、幾つかの参考事例がある。その一つの事例は、地球温暖化対策を課題にした活動である。学際的な視点から地球環境学や気象学の研究が行われる。その研究は自然科学(物理学、化学、生物学、地学、地理学)から成り立ち、その温暖化対策の政策的研究は人間社会科学(経済学、社会学、政治学、法律学、行政学、文化人類学等々)によってサポートされている。この学際的研究は、異なる専門知識・専門家のチーム形成によって成立している。チームとしての研究とは、それを構成する専門的学問の方法論を前提にして、その組織が、それぞれの個別分野の専門的知識集団と共存し、協働化し、相互解釈する、異分野専門家コミュニティを形成し、異分野専門家間でのコミュニケーションの方法を確立しなければならない。つまり、コミュニティの在り方やメンバーのコミュニケーション能力が問われ、また研究チームリーダーのチームワーク・リーダーシップが問われる。学術的方法のみでなく、近年日本の大学教育で取り組まれている課題、コミュニケーション・スキル、問題解決力 、自己管理力、チームワーク・リーダーシップ、倫理観 、市民としての社会的責任が問われている。実際、この課題を前提にして地球温暖化防止を課題にした政策活動が展開されている。

工学教育や研究活動の中からも、総合的政策学と共通する提案がなされている。吉川弘之氏が提案、展開している設計科学はその一つである。工学を人工物デザイン科学学と解釈し、そこには、単に物理学を中心とする法則科学的視点からの研究だけでなく、文化、生活、経済、社会、福祉、心理そして風土を含む総合的デザイン学として理解する。その意味で、設計科学は文理融合型総合科学である。吉田民人は設計科学を人工物プログラム科学と呼んでいる。

問題解決型の学問を、吉川弘之氏の設計科学的視点と地球温暖化対策総合チームの二つの事例を参考にして考えるなら、社会変革活動を前提にした政策提案活動であり問題解決型システムであると言える。そのために、問題解決型システムとして学際的学術間・政策活動企画集団間の協働関係を保証する制度が必要である。そして、同時に、このチームを指導するリーダの指導力やチームワーク、情報交換、コミュニケーション能力の開発等々の課題が取り上げられる。言い換えると、問題解決型学問は、学際的研究機関や大学の枠を超えて、問題提起をしている社会主体、ステークホルダー、市民と共に形成する以外に方法はない。伝統的学際研究の枠を超えた活動が私たちに問われている。

問題解決の課題を理論的に理解するだけでなく、そのための実践的な技術や方法を獲得しなければならない。そのためには、必要とされている専門的知識や技術を持つ人々と共同しなければならない。さらに、それらの知識や技術を実際の問題解決に活用し点検しなければならない。ここまでは、これまでの科学技術の知識と同じくその有効性が知の論理力や実践力として理解される。しかし、問題解決とは誰にとっての問題解決なのかという条件が常に付きまとう。言い換えると、問題解決とは立場の異なる人々によって、その意味を異にする。そうなると、問題解決学には、問題を抱えた社会生活空間を前提にして成立していることが前提条件となっていると言える。さらに、それらの問題解決を求める社会生活空間に生きる人々の多様性が問題解決学の要素として必然的に入り込んでくる。言い換えると、こうした問題解決対象の複雑系のみでなく、問題解決主体の複雑系を前提にして成立しているのが現実の問題解決の場の状況である。

このように、問題解決の科学、政策学は多くの課題を抱えている。それらの課題は、科学的整合性を前提にして成立している論理実証的な平面世界では、その展開を見出すことが出来ない。つまり、論理的整合性を重んじるこれまでの科学的方法と共に、その問題の解決を目指す時代的文化的生活主体と彼らを取り巻きそして彼らの意識や精神構造を決定している環境(それは時間的に変化し続けるのであるが)を理解する方法論が必要とされている。言い換えると、総合的科学知識と現実的生活行動の二つの異なる軸足をもった新しい科学として政策学を構築しなければならない。

今、この政策学的方法に適した呼び方を見つけることが出来ないが、敢えて言うなら、俯瞰的視点とプラグマティズム的視点に立つ問題解決のための総合政策学と呼んでみたい。



政治社会学会研究大会研究報告論文   武蔵野大学 2016 年 11 月 26 日