2016年10月12日水曜日

第6回関西政治社会学会研究会同志社大学人文科学研究所 共同研究会ご案内

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関西政治社会学会からのお知らせ No.1 発信月日2016年10月6日
発行 関西政治社会学会 連絡 Email : kansai.aspos@gmail.com
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目次
1、2016年第6回関西政治社会学会研究会・同志社大学人文科学研究所 共同研究会ご案内
2、2016年政治社会学会総会・研究大会のお知らせ
3、2017年研究会のお知らせ と報告者募集
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1 2016年第6回関西政治社会学会研究会同志社大学人文科学研究所 共同研究会ご案内

日時 2016年10月15日(土)13時00分-18時25分 
場所 同志社大学烏丸キャンパス志高館2階共同研究室SK288
参加自由、参加費無料

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開催 挨拶 13時00分-13時05分
三石博行 (関西政治社会学会会長、哲学博士)
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1部 テーマ「EU問題を正しく理解するために」13時05分-15時35分 (150分)
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報告者1、児玉昌己氏(久留米大学法学部教授) 
タイトル 「英のEU離脱の衝撃 現状、意味、理由」(40分)

要旨
イギリスは6月23日の国民投票で、EU離脱を選択した。このことの意味は巨大である。なにより離脱直後の世界経済と為替市場を直撃したことは記憶に新しい。ただし離脱の正式交渉は始まっていず、見えないところも多い。しかしながら、Brexitと呼ばれるイギリスのEU離脱は、すでに当事者であるイギリスの政治はもとより、EU政治と国際政治全般に、多大な影響を及ぼしつつある。
 本報告では以下の順で、EUを離脱することの意味と理由、英・EUへの今後の影響を分析する。
1)        EU離脱の手続開始(リスボン条約50条)をめぐる現状
2)        EU離脱の意味
3)        EU離脱の理由
4)        離脱はEU内部と国際政治へのインパクト

質問  (10分)
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報告者2、辰巳浅嗣氏 (阪南大学名誉教授) 
タイトル 「Brexit  EUの安全保障・防衛政策に与える影響」(40分)

要旨
イギリスのEU離脱(Brexit)は各政策領域に多大の波紋と衝撃をもたらしたが、EUの安全保障・防衛政策についても例外ではない。EU加盟国の中でイギリスがフランスとともに国連安保理常任理事国であること、NATOの有力な加盟国であることを考えれば、確かにその離脱が与えるショックは少なくない。反面、イギリスは伝統的に大西洋パートナーシップを最重要視し、EUによる防衛協力の強化にはむしろ消極的で、とりわけ「ヨーロッパ軍」の構想には拒否反応を示してきた。Brexitが現実化したいま、中東欧の加盟国を中心にEUでは再び「ヨーロッパ軍」構想が急浮上している。本報告では、Brexit後、リスボン条約(現行EU条約)が掲げる欧州共通安全保障・防衛政策(CSDP)の進展の可能性に注目してみたい。
質問 (10分)

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デスカッション (50分)
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休憩15時35分-15時50分 (15分)
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2部 「日中関係の改善のための現在の中国の正しい理解とは」 15時50分-18時20分  (150分)
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報告者1、杉本勝則氏 (北京外大北京日本学中心客座教授) 
タイトル「私の体験的政治論とマスコミの中国報道-中国を見誤らないための注意事項-」  (40分)

要旨
私は、30年以上にわたり参議院事務局・法制局に於いて政治の現場と関わってきた。その体験からマスコミの言っている事の半分は当たっているが半分は当たっていないというのが実感である。これは中国報道にも当てはまるが、日本とでは歴史も文化も、そして何よりも社会体制が異なるのに日本を前提としたものの見方をしていては中国報道が外れるのも当然である。私は学生時代から中国に興味を持ち仕事の傍ら中国研究を進めてきたが、定年を機に中国に留学し各地を歩いてきた。本日は、この中国での体験に加え日本とは異なる中国の体制、歴史を踏まえ、中国についての私なりの見方をご紹介することで皆さんの参考にしていただければ幸いである。

質問 (10分)
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報告者2、松野周治氏 (立命館大学・社会システム研究所上席研究員) 
タイトル 「「中国経済の減速をどうみるか-中国東北(遼寧省)を中心に-」」  (40分)

要旨
2003年以降、10年以上にわたり中国は東北経済振興戦略を展開してきたにもかかわらず、2014年以降、経済成長率は全国平均を下回っている。中でも東北3省合計GDPの約半分を占める遼寧省の落ち込みが大きく、2016年第1および第2四半期、国内で唯一のマイナス成長を2期続けている。東北振興戦略では、国有企業改革、産業構造改善、対外開放の深化が重要な柱とされ、日本企業もそれに関わってきた。ただし、近年日本の投資は伸び悩み、日本との貿易は縮小している。中国東北経済の現状を打破するためには、東北アジア地域協力の深化が不可欠であり、それは日本を含む東北アジア各国の経済発展にとっても必要である。

質問 (10分)
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デスカッション (50分)
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閉会の挨拶 18時20分-18時30分 (10分)
新川達郎氏(政治社会学会理事長、同志社大学教授)
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懇親会 18時40分-20時40分
場所 芙蓉園
http://www.fuyouen.net/
参加費2000円、学生1000円

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2, 2016年政治社会学会総会・研究大会のお知らせ
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政治社会学会(ASPOS)第7回総会及び研究会

大会日程   2016年11月26日(土)~27日(日)
会  場   武蔵野大学有明キャンパス  (会場となる教室番号等記載予定)
〒135-8181 東京都江東区有明3-3-3  
大会参加費  会員1000円  非会員3000円 (懇親会参加費は別途)

最寄り駅までのルート (武蔵野大学HPより引用)
有明キャンパスへお越しの際は、公共の交通機関をご利用ください。
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大会一日目 11月26日(土)
10:45-12:15 ポスターセッション(503教室前もしくは505教室)
13:00~15:00 セッション1「文理融合型研究方法と総合政策学へ応用」(503教室)
15:15~17:00 セッション2「文理融合型研究のまとめと出版計画」(503教室)
17:00~17:30 総会 (503教室)
18:00~20:00 懇親会 「青蓮」(健康中華庵)有明TOC店(地図参照、飲み放題3000円)

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大会二日目(11月27日)

9:00-10:30   セッション3 自由論題セッション(503教室)
10:45-12:15 セッション4 エネルギーセッション(503教室)
13:00-17:00   日韓ジョイントセッション(503教室)
18:00~20 :00 懇親会「韓国研究者との交流」
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会員以外の方も総会・研究大会に参加できます。ご希望の方は、以下の連絡先にご連絡下さい

〒169-8050 東京都新宿区西早稲田1-6-1 早稲田大学社会科学総合学術院
      政治社会学会事務局

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3, 2017年研究会のお知らせと報告者募集
報告者は原則として政治社会学会の会員に限定されていますが、特に、若手研究者の方には学会に参加されていなくても、自由に発表の場を設けてあります。
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第1回関西政治社会学会研究会
2017年1月28日(土) 13 :00-18 :00
第1セッション「医療政策を問う」 2016年12月24日(土) まで報告者応募
第2セッション「自由課題」    2017年1月14日(土) まで報告者応募

第2回関西政治社会学会研究会
2017年3月18 日(土) 13 :00-18 :00
第1セッション「課題を応募中」 2016年12月15日で応募締切
第2セッション「自由課題」 2017年3月4日(土) まで報告者応募
  報告者応募中

第3回関西政治社会学会研究会
2017年5月20日(土) 13 :00-18 :00
第1セッション「課題を応募中」 2017年2月18日で応募締切
第2セッション「自由課題」 2017年5月4日(土) まで報告者応募

第4回関西政治社会学会研究会
2017年7月22日(土) 13 :00-18 :00
第1セッション「課題を募集中」 2017年4月22日で応募締切
第2セッション「自由課題」 2017年7月8日(土) まで報告者応募

第5回関西政治社会学会研究会
2017年9月30 日(土) 13 :00-18 :00
第1セッション「課題を募集中」 2017年6月24日で応募締切
第2セッション「自由課題」 2017年9月16日(土) まで報告者応募

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関西政治社会学会(政治社会学会関西支部)
http://aspos.web.fc2.com/ 政治社会学会HP
https://www.facebook.com/ 関西政治社会学会Facebookページ
関西政治社会学会事務局 連絡
同志社大学 烏丸キャンパス志高館
大学大学院総合政策科学研究科新川研究室内
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2016年9月27日火曜日

PV-Net関西研修会2

関西PV-Net研修会


NPO太陽光発電所ネットワークでは、FIT、電力自由化、そして2019年問題と、太陽光発電所の管理や維持、さらには自然エネルギー社会への会員や住宅用や市民共同発電所所長の活動を支持するために、研修会を行っています。

関西PV-Net研修会で使用され、また改善されている研修教材を皆様に提供します。

研修会は定期的に、京都を中心に行われています。ご参加下さい。

資料



研修会資料URL_Google Drive
1、2019年問題
①19年問題をどうとらえるか

②2019年問題(森岡)

①2016052(電力自由化)


3、健康診断 近隣比較

①160529Kenkoushindan (Tsuzuku)

②1605299PV健康診断・近隣比較(都筑)

4、市民共同発電所作り

①市民共同発電所の作り方

②市民共同発電所建設学校カリキュラム

5、太陽光発電安全危機管理

①20160710熊本調査報告




PV-Net関西研修会

資料

2019年問題
https://drive.google.com/open?id=0B4wqow92eyeUZ215S0N4ZWdWaVU

2016年8月23日火曜日

向き合うことについて

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向き合うこと


私は私に真剣に向き合ったことがあったか。
私は君に真剣に向き合ったことがあったか。
私は社会に真剣に向き合ったことがあったか。

向き合うということは、受け止めることだ。
向き合うということは、理解しようとすることだ。
向き合うということは、共に生きようと努めることだ。

どんなに苦しくとも、受け止めなければならない現実がある。
どんなに嫌でも、聴いてやらねばならない意見がある。
どんなに苦手でも、共に生きなければならない人々がいる。

向き合うことを勇気と呼ぶ。
向き合うことを愛情と言う。
向き合うことを優しさと理解する。

どんな時でも向き合う姿があれば、いつか、分かり合える。
どんな時でも向き合う姿があれば、いつか、乗り越えられる。
どんな時でも向き合う姿があれば、いつか、喜びがやってくる。

しかし、向き合うことは、
簡単なことが、出来ないのだ。
単純なことが、難しいのだ。
基本的なことが、理解されないのだ。


詩集『心象色彩の館』 目次


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向き合うこととは何か



当たり前のことだが、誰でも、不都合なことを避けたいと思う。それは、自分に不利になるし、厄介なことに巻き込まれるし、ややこしい後始末が待っているし、ともかく、自分に不都合に近づかないのが賢明な人々の生き方なのだ。子供の頃から、不都合なことを避けるようにと教えられ、不都合なことを敢えて頭を突っ込むのは「バカ、キチガイ、ヘンジン」と言われた。賢い人とは、自分に不都合なことから上手に逃げる技を持ち、自分の身を守る人だと教えられた。 だから、不都合な現実から人は、自然に逃げるように出来ているのだ。

しかし、その不都合なことが、自分の現実であり、または、家族や親しい友人たち、自分の所蔵する会社、町は社会、そして国の現実であったら、それからも逃げることが「賢い生き方」だと言えるだろうか。と言うのも、これらの不都合な現実は、結局、自分を含む社会、集団、家族の不利益を導くことになる。それらの不都合な現実に向き合わないことによって、いつか、自分は不利益、被害を受けることになるだろうと察するも出来る。


だから、多分、人は、それらの将来予測される災難にあわないために、今ある不都合な現実を受け止め、それを解決しようとする。言い換えると、私たちが不都合な現実に向き合うのは、何も、その不都合な現実に向き合いたいから、向き合っているのではない。これからのより良い生活や生き方のために、その不都合さに向き合わなければならないからこそ、向き合っているに過ぎない。言い換えると、不都合な現実に向き合う必要がなければ、誰も、嫌で苦しい思いをしてまでも、不都合な現実に向き合うことはないのだ。


不都合な現実と呼ばれる多くの課題、例えば、自分の、家族の、こどもの、社会の問題、それらの問題は、殆どの場合、即座に答えが用意されてもいない。それらの不都合な現実の課題には、一つの回答も、唯一の解決策も、永遠に有効な答えもない。

殆どの場合、不都合な現実と呼ばれる多くの課題の答えとは、答える過程にしか用意していないし、答える過程を通じて無限に用意されている。つまり、それは、生きていいる私たちが、つねに不都合さを生み続ける現実と呼ばれる未知の世界を歩き続けているからこそ、新たに生み出され続ける不都合な現実という課題に過ぎない。だから、答えは、そこに在って、そしてそこにたどり着くことで、またそこから消えていく。やっとたどり着いた答えの中から、新たな不都合が見つかる。生きていいる現実は、限りない疑問の中に、生きている私を留め続ける。それが不都合な現実の正体なのだ。

だから、得られた答えに、求めるものは、得られた意味よりも、得ようとしたこころしかない。
だから、得ようとした人に、求められるものは、その人の横にいた得ようとした人でしかない。
それが、不都合な世界のなかで、向き合うということの、意味になり、
それが、不都合な世界のなかで、向き合うことから得られた、答えになる。

向き合うことは、異なる文化の人々、立場の違い、意見の相違と呼ばれる、不都合な現実の在り方に対して、共存の可能性を照らす、唯一つの手段なのだ。だからと言って、答えが見つかった訳ではないが、不都合な現実が引きここしている問題の半分が、すでに解決されている。



2016年8月22日月曜日

官僚の力に敗北した民主党政権の歴史

政治活動の基本としての政策点検と政治思想点検(1)


2009年7月、民主党政権が成立した。多くの人々が政権交代に期待した。また、民主党政権成立は、同時に、マニフェスト選挙という新しい民主主義政治文化の形成も意味していた。21世紀の成熟した民主主義文化の社会・日本の始まりと、民主党政権の成立は、重なり合って、国民に大きな期待を与えたようにも思えた。

しかし、民主党政権は、その始発から熾烈な官僚体制との死闘を繰り広げ、官僚のボイコットが起こり、行政機能はマヒしていた。まさしく、民主党政権の本当の敵は自民党ではなく、霞が関の官僚達であったと言っても過言ではなかった。

陰険で狡猾、そして高度な策略と直接的に政権運営の機能性を左右する行政力を持つ官僚制度、それこそ、明治以来、日本の近代化を成功させ、戦後の復興に起用した日本で最も有能な集団、それが官僚組織であった。その強烈な集団を敵にして戦えるほど民主党は強くもなければ、有能でもない。だから、その勝負はあまりにも、明らかだった。

例えば、最も典型的な事例は、小沢一郎という政治家の社会現象である。それこそ、民主党政権を語る政治指導型権力と官僚とのし烈な闘争劇であったとも言えるだろう。

そして同時に、その闘争は、菅直人という政治家現象とも言える、原発事故をめぐる官僚と政府との駆け引きが闘争として展開しながら、ついには民主党政権が官僚に敗北しその強烈な官僚軍団に平伏した。それが野田政権という政治現象と言えるだろう。

つまり、民主党は自民党に負けたのではなく、官僚に徹底的に負けた。そして、政治権力を失った。
もはや官僚のいう事を聴くために、彼らはマニフェスト選挙運動の在り方までも破棄した。そして、国民との選挙公約を軽々しく破棄し、消費税を上げた。消費税を上げることが悪いのでなく、マニフェスト選挙という間接民主主義制度の中で、国民主権を強烈に推進する政治手法を破壊したことが、最も民主党政権の犯した大きな間違いで会ったことにする気付かなかった。

そのことが、彼らが民進党と改名したとしても、今日の国民の民主党政権を担った政治家への不信となっていることに気付くべきだと思う。

そして、我々は、民主党政権を根底から解体した力を持ち、また、今日の自民党政権を実務的に支える強烈な軍団·官僚制度に対して、より正確に理解することを求められている。

つまり、彼らを超える、政策と行政の専門家集団を国民自ら準備することが出来るのかという課題に実践的に取り組まなければならないのである

装置としての政治社会学会

私にとって政治社会学会活動の意味とは

私は、元々、哲学分野の研究者であった。勿論、社会問題に関心はあった。哲学と反省学と位置づけ、応用哲学を科学基礎論と考えて「生活資源・情報論=生活学原論」に関して論文を書いていた頃、吉田民人先生に出会った。吉田民人先生のプログラム科学論やその展開としての設計科学論に大いに共感した。

生活主体を含み系としての生活環境を調査研究する生活学(今和次郎が唱えた生活学)は、その意味で、「自己組織系の生活プログラム・設計科学」であると理解した。

槙和男氏と、「自己組織性の情報科学」から吉田論文のほとんどを毎日、インターネットで学習研究会を続けた。また、Eddy VanDrom氏と主な吉田論文のフランス語訳をした。
さらに、政治社会学会の理事長(当時)の荒木義修氏と出会う機会があった。荒木氏から政治社会学会を紹介され、学会に参加した。

総合的な人間社会政策学・設計科学としての政治社会学

政治社会学は人文科学、人間社会科学によって理解認識された課題に対する「問題解決のために設定された学問」、言い換えると、政治社会学のテーマは、すべての社会現実を受け止めた所に存在すると言える。そこで我々は、政治社会学を「総合的な人間社会政策学・設計科学」であると考えた。

こうした政治社会学の学問的特性(科学性)から、研究会の課題は、時代の流れや文化的広がりに沿って、自己増殖的に増え続けるだろう。その意味で、この研究会の課題が、この研究会を構成する会員の研究課題に限定され、そして規定されていることは言うまでもない。

我々は、この半無限の政治社会現実をすべて相手にして語ることは出来ない。しかし、我々は、すべての政治社会現実が我々一人ひとりの研究者の課題に、時代的にそして社会文化的に、相互に関係(相関)していることを理解するのである。

研究会の意味、個別研究者の利益保証、集団的相互関係、学問的刺激

当然のことながら、この学会での研究活動や研究交流活動は、この学会を構成する会員の研究課題に一次的に規定される。学会員が積極的に自分の研究課題を他の学会員たちに示し、共通する課題、または拮抗するテーマを相互に理解し、意見交換し、自分の研究に役立てることが、この研究会の存在意義となる。

この限定的な構成会員の研究活動上の利益を無視しては、この学会の現在的な発展はない。その意味で、我々は、政治社会学会員のそれぞれの研究課題やニーズを理解しなければならないだろう。と言うよりも、学会のメンバーの参加とその広がりによって、この学会はアクチィブになるだろう。

つまり、この研究会はそのための機能であると謂える。つまり、この研究会が、構成メンバーの学問的ニーズをくみ上げることが出来れば、この研究会活動によって、多くの有意義な議論、共同研究の可能性、学問的刺激を生み出すことが出来る。これこそが、学会活動のあるべき姿であり、その存在理由でもあると言える。

「文理融合型総合政策学・設計科学」研究の装置としての政治社会学研究とその研究会

日本学術会議の登録されている学会は、大凡500以上もある。その中で、人文社会学系の学会は、半分以上、三分の二ぐらいを占めている。つまり、300近い人文社会系学会がある。政治社会学系にしろ、同じ単語を使い、また、それらの組み合わせをもって、複数の学会がある。そこには、戦前から続く所謂伝統的な学会、例えば、日本社会学会や日本政治学会などもある。しかし、その殆どが、200から300人の会員の弱小学会である。

政治社会学会は、伝統的な学会、日本社会学会と日本政治学会の「政治学」と「社会学」とを用語結合させた学会であると揶揄することもできるが、こうした新しい学会組織化活動の、それこそ政治社会学的な理解に立てば、古い学会の権威主義や組織硬直化に対して、新しい学問の息吹と流れを模索した人々が、新しい学会を組織したと言える。この学会は、その意味で、科学技術文明社会で必然的に課題となる文理融合型の政策学を課題にして、文系理系の融合型政策立案活動を前提とした学会を提案組織した。
しかし、その謂わば「大風呂敷」に「実」を包み込めるか、それとも「幻」を包んで喜ぶかは、今、この現在の「闘い」としての「学会活動」以外に何もないと言える。古い体制に反抗した人々が、力尽き反旗を下すか、それとも彼らを超えるかは、新しい学問「文理融合型総合政策学・設計科学」の創造以外にもはや他に何も見当たらない。

多くの弱小学会が、少なくともその呼びかけや組織化の初期段階では、形骸化した学問研究の組織や課題に対して、反旗を翻したのだとすれば、今、それらの思春期の終わりに、もはや大人への反抗力を持ち合わせていない状態になってはいないか。そうだとすれば、それらの学会を一日も早く、解散して、確り安定した伝統的な学会に吸収されるべきではないだろうか。その自己解散を決意できない学会は、若手研究者の研究費の無駄遣いをするだけで、それ以上の何物でもないと言われることになるだろう。
こうした夢見る弱小学会が、大きくなり、学術集団の主流となり、それを中心とした新しい学術体制化、学術研究の流れを生み出すことが出来る条件とは何か。その源流として伝統化されるには、まず、新しい学問「文理融合型総合政策学・設計科学」が成立し、そしてこの学問が社会的に認められ、かつ、学問の主流を形成しつつある状況が生まれているが条件となるだろう。例えば、欧米では、1960年代、科学哲学は哲学研究の主流ではなかった。しかし、1980年代になると、それは次第に哲学研究の大きな研究課題となり、そして、現在では、その主流になっている。同じことが、癌免疫学でも謂える。学会の栄枯盛衰とはその学会が展開する学問の時代的評価に依存し相関しているのである。

言い換えると、我々政治社会学会の研究者が、科学技術文明社会での人文社会学・政策学の在り方として「文理融合型総合政策学・設計科学」を形成展開できることなくして、この学会が弱小学会から脱却できる道はないと理解すべきだろう。その意味で、この学会の組織問題とは、この学会の趣旨や目的を実現する戦略を、この学会活動を通じながら課題化し、そして具体化できるかと言うことになるだろう。

この学会の研究会活動は、そのための装置である。つまり、それは、この学会の設立理念「文理融合型総合政策学・設計科学」の創造のための研究活動に執着し続けることが出来る装置にすべきであると言える。この大風呂敷の学問的課題に一人の研究者が固執し続けることは天才的な力がなければ不可のであが、しかし、集団となり、そこに、云々この理論や実践によって「文理融合型総合政策学・設計科学の創造は可能である」といい共同主観的世界を構築することで、一歩、そのまた一歩の道のりが可能になると言えるだろう。

さて、新しい学問の形成装置としての政治社会学会とその研究活動の在り方を、新しい学問の方法論として考えてみたい。学会研究会の運営もその一つの課題だと思う。では、それはどうすべきか、考えてみた。それは、多分、決して、無駄な作業ではないと思う。政治社会学が政策学であるなら、学会運営はその政策学の一つの実験に過ぎない。実験ができる機会を持つことによって、より、理論は確かなものになると言うことは、すでに説明するまでもないことだと思う。

すべての現実社会の課題としての政治社会学のテーマ

政治社会学の課題は多岐多様な課題がある。その基幹的な課題を列挙するなら、以下のような課題が存在する。それも全ての課題の中の一部に過ぎない。

経済社会構造改革、
食料問題(農業、漁業政策を含む)、
エネルギー問題(原発問題、再生可能エネルギー、省エネ対策、エネルギー資源枯渇等々の問題を含む)、
鉱物等自然資源問題、
立法制度改革、
選挙制度改革、
財政改革(税制等の課題を含む)、
司法改革、
行政改革(地方分権を含む)、
教育(義務教育、高等教育、海外や通信教育、生涯教育、社会や企業内での再教育等々を含む)、
科学技術政策(先端技術開発、伝統技能、融合型科学技術開発、国内科学技術資源管理等々の課題を含む)、
育児・幼児教育(人口問題対策を含む)、
医療(先端治療、健康、医薬に関する課題等を含む)、
福祉、
文化、
環境、
自然災害、
治安(防犯、消防等を含む)、
情報政策(通信、秘密保護と情報公開等を含む)、
外交(国際交流、国際支援、軍事的外交を含む)、
国防、
労働政策(労働人口、労働力保全政策、雇用問題等々を含む)、
家族政策(婚姻制度等を含む)、
村落、市町村、都市計画、
市民社会政策、
交通流通政策、
観光政策(環境、文化政策等と重なる課題)、
報道(公共放送や市民メディアの課題を含む)、
人権(性的、社会的、経済的、人種的、等々の差別問題を含む)、
等々、
謂わば、現実社会のすべての課題が政治社会学の課題となる。



君に理解して欲しかった「命の別名」 

中島みゆきの「命の別名」を槙さんから教えてもらった。19名の命を奪った彼に聴いてほしかった曲であり詩であった。命という課題に向き合うこと、それは自分の生き方に向き合うことだと思う。

昔、母がメスの赤ちゃんを育てている「野良猫」に対して、同じ母親の経験をしてきた人間(動物)として、語った言葉があった。その時、母は、その赤ちゃんを育てている猫に対して共感に満ちた言葉を掛けていた。

命の尊さ、それは自分の生きた人生への愛情や生きてこられた人生への感謝の念をもって生まれる。だから、生きていることの意味は、生きていることという事実の中にしか見えない。

それはことばではない。それはことばを超えた、そこに居たた人々や存在者たちなのだろう。
もう一度、彼にこの曲を聴いてもらいたいと思った。


https://www.youtube.com/watch?v=L46IEE46jvU&feature=share

- 系統連結の課題 : 変動電圧の調整機能を創る課題とは何か (歴史的視点からの理解)-

自然エネルギー社会を目指して(1)


8月6日、PV-Netの中部地方ブロック代表の武田氏、愛知交流会の吉田幸二氏、都筑健PV-Net代表、系統連結の研究をしている大阪大学工学部の野間口氏、私を含め他のメンバーと、名古屋市の郊外で、系統連結の課題に関する調査を行った。

発電所から高圧送電線で送られる3万5千Vの電圧は第一変電所で6600Vに変換され、それが町の送電線に送られる。我々が街で見かける電柱には6600Vの電流とそれから220V(110V)の電流が流れている。それらは、発電所から第一変電所、そして自動変圧器やトランスと、常に、生産地(発電所)から消費地(家庭、企業、公共設備等)に一方的に流れる仕組みが出来上がっている。

電気の流れは、丁度、水の流れをイメージすればいいだろう。例えば、日常目にする田んぼの風景であるが、あれも、稲作が始まり、その生産量を上るために3、4千年掛けて我々の先祖が造り上げた灌漑システムである。高い所から低い所に流れる水の性質を利用し、広大に広がる水田地帯を創り上げるために、すべての田んぼに水を均等に配分する灌漑システムを作り上げたのである。今、自然に田んぼを流れる水も、そうした壮大で機密な設計、土木事業、日常の水路管理の努力によって、流れているのである。

それに比べると送電の歴史は明治初頭から約150年ぐらいしかない。これまで、単純に発電所から消費地へ、一方方向に作られる高低差を前提に、消費量の違いによって生じる電圧の高低変化を、変換器によって、微調整するだけでよかった。

しかし、消費地であった場所に、分散的に生産地が生まれる。これが、地消地産型の電力システムであるのだが、今までの、電気の流れと異なる事態を生むことになる。これが、系統連結問題として語られる課題である。

もし、220Vで調整されている送電線網内に多くの太陽光パネルが電気を生産すると、その生産量が消費量を越えた場合、その地域内での電圧がそこに送電する送電線の電圧よりも上ることになる。
丁度、ある地区の田んぼで湧き水が発生し、今まで、その田んぼに水を供給していた水路の水笠よりも高くなった場合を想定すると良く分かる。もし、排水機能がないなら、その田んぼは水浸しになるだろう。
電気の場合、水よりも大変である。つまり、電流が逆流することになる。その場合、電流の逆流を防ぐか、もしくは、逆流させ、それをより低い電圧地域に流すように工夫しなければならない。

一般に、こうした事態を避けるために、送電網には手動の変圧器がある。しかし、太陽光パネルや風力発電の場合、時間帯によって電圧が変動するため、手動で電気の流れを切り替えることは不可能に近い。そこで、自動変圧がある。それは、インターネットを通じて、逐次、電圧の変動情報が変圧器に送られ、その情報に従って、変圧器が電流の方向を調整する。

現在の自動電圧調整器で、技術的に部分的に電流の流れの方向をコントロールすることが出来る。その意味で、電気の地産地消のために電圧調整の課題は、負荷のではない。しかし、街のすべての電柱に自動電圧調整器を設置するコストを計算しなければならないだろう。
確かに、理屈の上では簡単な話も、現実には、極めて複雑に事態が進行している。我々の調査団は、吉田氏のこれまでの調査をフォローした。第一変電所から吉田氏の自宅までの送電線網を調べ、吉田氏が自宅で測定している野外電圧の測定装置とそこで測定されたデータ、さらには自宅の太陽光発電によって生産されている電気量のデータと売電データ、そして、その間に生じている系統電圧抑制の資料と野間口氏の理論的な研究論文を基にして、調査と議論を行った。

自然エネルギー社会を創るために、生産者が電気を創るというだけでなく、その電気の経済的な流れのシステムを創り出すことが必要だと思った。大昔の稲作文化を創りだそうとした人々が、稲の品種改良(発電効率の高いパネルの開発)、水田土壌の改良(安全なパネルのフレームは土台の開発)、水田の水はけの改良(最小地域内での電圧調整の開発)、灌漑システムの改良(広範囲な地域電圧調整の開発)等々を行ってきた歴史に深く学ぶ必要があると思った。

参考資料

PV-Net 「太陽光発電に係るさまざまな諸問題への提案書」
http://www.greenenergy.jp/pdf/press_release.pdf
吉田幸二著 『太陽光発電の普及・促進の影で』
http://www.greenenergy.jp/pdf/report.pdf
野間口大 その他6名 「分散型エネルギーシステム構築に向けた補助金制度計画と系統整備計画の連係シナリオの立案・評価」