2011年2月28日月曜日

リメディアル教育とAdvanced Placement(AP)アメリカの高等教育改革から何を学ぶか

大学大衆化による多様化する大学入学者・先進国型大学の高等教育制度改革課題(2)

三石博行


リメディアル教育・教育の敗者復活戦の意味、科学技術文明社会での大学が社会に提供する新しい教育

前節の大学リメディアル教育の社会的背景に「大学の大衆化」を挙げた。大学の大衆化は先進国の高等教育の傾向である以上、日本に限らず他の先進国でも大学入学者のリメディアル教育は必要となっていることが理解出来る。(1)

アメリカでの1910年代から1970年代まで盛んに行われた「First Year Seminar」での新入学生対象の教育がリメディアル教育の始といわれている。大学の大衆化をいち早く迎えたアメリカの高等教育では、入学時の学生に大学生活全般にわたるオリエンテーションを含む大学での学びの姿勢を獲得するための意識転換を図るための教育活動が行われた。その中で、大学での教育に必要な基礎学力の補習が取り組まれたのである。(2)

戦後アメリカで発達した公立の2年制大学であるコミュニティ・カレッジを現在のアメリカでのリメディアル教育の起源として述べる。アメリカのコミュニティ・カレッジは無試験入学を原則として高校卒業資格を持つ人々を広く受け入れている。 実学的な教育と一般教養(大学教養課程レベル)の内容が重視されている。(2)

アメリカの高校で落ちこぼれて大学入学資格を得られない学生、高等教育の機会を得たい移民が無試験でしかも安価に高等教育を受けられる制度としてコミュニティ・カレッジが存在している。言い換えるとアメリカ社会ではコミュニティ・カレッジ制度を置くことで高校までの教育制度で落ちこぼれた人々に「敗者復活戦」を準備しているのである。

社会に敗者復活戦を準備することは以下の理由から大切である。

1、 経済や社会機能で自由競争を促進させることで生じる格差を是正する機会をいつでもどこでも保障する社会機能の役割を果たし、結果的に安定した自由競争社会の維持に役立つ。

2、 国家としてすべての国民に再起の機会を与え、多くの、そして広い分野の人々から多様で豊富な人的資源の生産と再生産を可能にする。特に、移民からの人的資源の発掘に大きな力を発揮する。

3、 科学技術文明社会では、つねに新しい知識と技能を身につけ続けなければ労働市場の社会的ニーズに答えることは出来ない。例えば、情報化社会で必要とされる知識や技能を持たなければ事務職は出来ないし、中小企業でもインターネットでの発信力を持たなければ企業として成立しないし、その仕事を情報処理専門の企業に外注する時代は終わった。情報発信はどんな小さな会社でも必要とされる時代になっている。

このように、科学技術文明社会(情報化社会や国際化社会)では、常に企業は新しい科学技術を理解しそれを導入しなければ存続できない。その意味でこの社会はつねに「再教育機能」を持たなければならない。企業が個別にそれらの再教育機能を持つのでなく、再教育という企業(教育産業 高等教育機能・大学や専門学校)が形成され、それが社会人の再教育を担う事になる。

その意味で、アメリカのコミュニティ・カレッジのような大衆化した大学が必要となる。そこでの教育は、常に社会復帰型のメディアル教育(敗者復活戦のための教育)の教育内容と形態を取る。そのリメディアル教育機能によって社会では人的資源の再生産と発掘が行われる。そして個人的には、格差社会で生じている教育格差を乗り越えるための切符を獲ることができるのである。その切符を教育の敗者復活戦と呼ぶ。

リメデァル教育の必要性は、大学の大衆化を促した基本構造、科学技術文明社会での大衆教育によって生み出された二つの課題、一つは高校から入学者してきた学生のリメディアル教育課題、もう一つは再教育を必要としている社会人のリメディアル教育課題であることに気付くのである。

そして、前節で述べたように、リメディアル教育を大学が積極的に開発することによって、大学内の需要、つまり入学者のためだけでなく、失業中の社会人に対しても新しい知識を学ぶ機会を与え、社会復帰を行う教育機能を提供している。リメディアル教育を社会全体から捉え、社会のあらゆる人々に基礎学力を獲得し、また情報処理技能のスキルアップをサポートする機会を提供しているのである。


AP (Advanced Placement)とリメディアル教育・公立短期大学の必要性

また、アメリカの中等教育制度を理解するためには、リメディアル教育と高等学校で大学授業科目の単位修得資格を与えるAP(Advanced Placement)の制度を同時に理解しておく必要がある。

アメリカの高校生は、大学の授業科目を高校時代に受講し、大学の単位を修得することが出来る。中には、高等学校で大学理工系の数学の単位をすべて取得した学生も出てくる。優秀な高校生は大学の講義の単位を多く獲得し、入学して同時に二つの学部に登録するダブルメジャーに挑戦する学生も登場する。(3)

日本の共通一次試験に相当するSAT(Scholastic Assessment Test、もしくは Scholastic Aptitude Test大学進学適正試験)(4)やACT(The American College Testing Program)(5)の成績、APの評価と高校時代の科目評価がそのまま大学受験の評価となる。高校生はそれ以外に、スポーツやボランティア活動などの評価と高校の成績で大学入学条件を獲得する。有名大学に入学するためには、当然、それらのすべてに良い評価を得なければならない。

AP(Advanced Placement)の制度の下では、自分の好きな学業は好きなだけ進んでよい。そして進んだだけ評価するという中等教育の考え方がある。その考え方に支えられ、優秀な学生が大学に入学してくる。例えば、人文社会系の学業は普通でも数学は特別な能力と学習意欲を持つ高校生が出てくる。また、その逆に理数系は普通でも歴史学は特別な能力と学習意欲を持つ学生も出現するのである。

このAP(Advanced Placement)の制度をリメディアル教育と同時並行して発展させなければ、前記した現代の科学技術文明社会での高等教育の質を保障することは出来ない。つまり、リメディアル教育を大学が提供すると共に、同時にAP(Advanced Placement)教育を提供する必要がある。これは、現代の大衆化した大学教育が、一つは大学での授業の基礎学力に必要な教育を、もう一つは大学の講義を一つの科目に特別に興味を持つ高校生に対して受講させ、中等教育での生徒の得意分野開発に協力することである。

このことから、アメリカの大学教育のあり方を学ぶ必要がある。つまり、日本では短期大学を閉鎖してきた。しかし、アメリカでは短期大学を公立化し、そこのリメディアル教育を実現している。そしてさらにそのシステムを活用して、大学教育の中等教育へのオープン化を行っているのである。

日本での高等教育でのリメディアル教育は各大学に任されている。そのため、各大学は非常に大きな負担をしなければならない。そのリメディアル教育を共同化することで、企業、大学や高校の負担を減らすことが出来る。つまり、社会人、大学新入生や高校生(必要単位を取れなかった)のリメディアル教育の場として、アメリカように公立のコミュニティ・カレッジの形成が必要となるのではないだろうか。


大学リメディアル教育を支える中等教育改革

リメディアル教育をより大衆的に行うためには、国家は中等教育の最終学年に、つまり中学と高等学校でそれぞれ基礎学力テストを実施し、その成績を公開すべきである。この意見には多くの反対者が現れる。つまり、現在進行している中学の全国一斉の学力試験の学校別成績がランキングされ、それが原因で、全国一斉学力試験への対策が重視されることで、中学教育が侵害されるという意見である。

確かに、その批判は正しい側面を持っている。日本の場合、学力評価が常に、筆記試験重視に傾く傾向がある。アメリカのようにスポーツ、ボランティアや文化活動のすべてにおいて、中等教育を評価する視点を持たなければならないだろう。近年、教育課題として「人間力」という言葉が使われる。この人間力とは、大きく4つの課題がある。つまり

1、 コミュニケーション力 (自己表現力と他者への共感、感性)

2、 指導力と協調性

3、 体力と精神力

4、 問題解決力

を挙げることが出来る。

これらの人間力は授業を通じて養われるというより、むしろスポーツや文化に関するクラブ活動、興味ある課題の調査や研究などの課外活動、ボランティア等の社会参加、音楽や美術活動等々に参加して得られ養われるものである。この活動への評価も、全国一斉の学力試験評価の中に入れなければならない。つまり、全国一斉、学力人間力評価制度を考えるべきである。

以上のべたように、中等教育の改革が進むことで、高等教育ではその成果を受け取ることが可能になる。

そして、同時に、さらに大衆化していく大学では、殆ど全員の入学を許可していく傾向を持つことは避けられない。そして、大学入試では、高等学校での基礎学力テストの評価を受験資格の基準とする事になるだろう。それでも、大学外部教育を受ける基礎学力のない学生の入学が現実に生じることは避けられない。その場合、大学はこれらの学生を入学当時にスクリーニングしておかなければならないことになる。つまり、どの基礎知識が不足しているのかと言うことを入学時に検査しておく必要が生じるのである。

現在基礎学力テストに関する検討が始まっている。これをプレースメントテストと呼ぶ。(6)大学は入学者に対して、学部学科教育に必要な基礎学力テストを受けさせ、その成績によって、共通教育課程で取らなければならない基礎学力科目を指定する必要がある。

これまでのように、卒業要件に必要な教養教育科目という課題でなく、学部専門教育受講資格を設定し、その学力を持たない学生は専門教育を受けさせないぐらい厳しく基礎教育を徹底しなければならないだろう。こうした大学教養教育の姿勢が、そのまま、入学者への大学での勉学の課題となり、入学以前の学生の自覚を促す可能性もある。そしてその基礎学力を持たないで入学した学生は、長期休暇を活用し、基礎学力を修得する機会を与えることも出来る。


リメディアル教育を進める教育政策の提案

アメリカのコミュニティ・カレッジという制度で保障されているリメディアル教育と高等学校で取り入れられているAPの関係から、日本のリメディアル教育改革を考えるとき、大きな制度上の改革が必要となることが理解出来る。その改革は二つある。

一つは高等教育の改革である。それはアメリカのコミュニティ・カレッジの担っている機能、つまり高等基礎教育機能を担う組織を作ることである。それは、社会人のための専門的な再教育を中心として形成される短期大学であり、そこで、大学入学者のリメディアル教育や専門基礎学力教育が可能になるカリキュラムを作ることである。

もう一つは、中等教育改革である。中等教育では卒業時に生徒の基礎学力テストと人間力評価を義務付け、また全国の中学や高校の基礎学力試験と人間力評価を行う。そして、その評価を公表する。学校によっては基礎学力の筆記試験の評価を重んじる場合もあり、また別の学校では人間力教育に関する評価を重んじる場合も生じる。それらは、すべて学校の特徴を意味するものである。

こうした総合的な中等教育の評価制度の整備が、結果的に高等教育でのリメディアル教育をサポートすることは間違いないであろう。


参考資料

(1)三石博行 「大学でのリメディアル教育の原因とその解決課題 -大学大衆化による多様化する入学者層・先進国型大学の高等教育制度改革の課題(1)‐」 
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/blog-post_28.html

(2)酒井志延(千葉商科大学)「初年次教育・リメディアル教育の現状と課題」第8回大学評価セミナー 講演資料
http://www.juaa.or.jp/images/member/pdf/8_1.pdf

(3)「アメリカの公立高校 AP」 ホームページ
http://www.tanigawa.com/corgi/education/highschool.htm

(4)「SAT (大学進学適性試験)」 Wikipedia 

(5)ACT
http://www.act.org/

(6)欧文社のホームページの「プレースメントテスト」で、「プレースメントテスト」とは基礎学力(日本語、英語、数学)の意味として使われている。(欧文社ホームページ)
http://www.obunsha.co.jp/category/for_school/placement_test/index.html



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ブログ文書集 タイトル「大学教育改革への提案」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_6795.html
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修正(誤字) 2011年3月2日






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