現代社会での安全管理(3)
三石博行
社会インフラ事業としての安全管理
前節では、民間企業一般の安全管理の課題について述べた。今回は、特に、公共性の強い企業、例えば社会インフラを支える企業や事業の安全管理について述べる。
公共的役割を強く担う企業内では、労働力安全管理のみでなく、その企業活動そのものが持つ社会システム上の安全管理に対しても国家は責任を持たなければならない。
公共的役割を強く担う企業とは、例えば、エネルギー(電気、ガス、石油、石炭等の燃料)、運輸(道路、鉄道、航空、船舶)、情報(通信、放送)、公共事業(上下水道、社会福祉、医療、学校、文化事業)に従事している企業である。多くは、過去に国が運営していたものを民間企業化したもの、または現在も公共事業として行われているものが多い。
これらの企業の動向は直接に国民の生活環境や条件を左右する。今回、東日本大震災(東北関東大震災)で、電気、水道、鉄道、ガス等の燃料、通信などの社会インフラが崩壊した(社会インフラを担う企業が機能しなくなった)ことで国民生活は破壊されようとしている。従って、社会インフラに関係する企業の安全管理は国家が積極的に関与しなければならない。
そこで国は社会インフラを維持するために、制度的・法律的な規制を作り、その監督運営をしなければならない。それが社会インフラの安全管理体制である。
具体的な国の対策例として、多くの人命を奪う航空事故防止に対する国の取り組みについて述べる。国土交通省では、運輸安全委員会を作り、「航空事故、鉄道事故及び船舶事故並びに重大インシデント(出来事)の原因を科学的に究明し、公正・中立の立場から事故や重大インシデントの防止と被害の軽減に寄与するための」活動を行っている。この委員会は「独立した常設機関として、従来の航空・鉄道事故調査委員会と海難審判庁の原因究明部門を再編して発足」(1)したものである。
また、国民の健康破壊をもたらす公害や環境破壊に対する国の対策では、1964年に公害対策基本法を公布した。そして、1993年に公害対策基本法を廃止し、自然環境保全の政策を取り込んで環境基本法が施行された。
さらに、自然災害防止(台風、洪水、地震や津波への対策)、環境破壊防止と保全、鉄道や航空機の交通災害防止、原子力発電所等の災害防止等々、国や自治体レベルの公共機能や社会インフラを維持するための法律や制度が作られている。
社会インフラを担う企業の保護、災害事故防止は企業経営の埒内で処理できない場合が生じる。その場合、必要となる安全対策は企業経営や市場経済を越えて必要となる。そこで、行政は国民生活の保護の立場から、安全管理に関する社会制度を作り、またそのための公共事業を行うのである。
安全管理の公共経済学と防災対策
公共経済学は国や地方公共団体での公共部門が行う経済活動を研究する学問である。従って、公共性の高い社会インフラに関する経済活動の研究にも公共経済学や公共政策学が活用される。
公共政策によって、市場経済では可能にならない生活文化環境の保全を行うことになる。これらの生活文化環境の保全によって、結果的には社会経済システムの生産効率は向上することになる。代表的なものとして教育環境や都市計画などがある。そして防災もその中に含まれる。
例えば洪水災害から町を守るために堤防補強、河川工事、雨水等の排水機能の強化、避難所の設置等々の課題が挙がる。それらの課題を行政は一つ一つ解決しなければならない。しかし、同時に防災関連の予算枠がある。その予算を有効に活用しながら、現実的に防災対策を行う必要が生じる。
前節で問題になった、津波対策として10メートルの防潮堤建設の課題についてもう一度考えてみよう(2)。前節では、企業経営の視点からは理想的な安全管理は不可能であると結論した。そこで、行政は高さ5メートルの防潮堤を建設する計画を立てると仮定してみよう。
5メートルの防潮堤を作ったとして、それを越える津波による災害が生じる確率は10年間に一回あると計算される場合を仮定して、10年に一回の災害が引き起こす被害金額を計算する。何件の家が津波で壊されるのか、人的や物的被害はどの程度か、それらを計算しなければならないだろう。
その上で、災害による被害金額が大きいなら、5メートルの防潮堤でも防ぎきれない災害の確率を少なくするための対策を講じる必要が生まれる。つまり、海岸近くに人家を建てさせない。もしくは海岸近くに建造する建物に対しては、10メートル以上の津波に耐えられる建設基準を作る、それを満す場合のみ許可する等々。
行政は、防災に関する公共投資への支出金額を決定すると同時に、その防災設備で防げる災害のケースや防げない災害のケースの情報を公開し、その上で、さらに防災対策として、建造物の建築基準、耐震強度や津波対策等々を市民に提示しなければならないのである。
この公共投資に対する行政の試算とそれによる効果、そしてそれによる不備を確率的に表現し、また防災のための民間の努力課題、その基準の規制は、自然災害に対する防災対策のみでなく、消防、防犯や交通災害に対しても適用されるのである。
つまり、行政は公共投資を行う場合、その規模とそしてその経済効果を市民に説明し、またその不十分さも説明する必要がある。その上で、公共投資の理解とさらに不備に対する市民の協力を要請し、安全で安心な街づくりを呼びかける必要がある。
これがそれぞれの自治体や市民社会で等身大の公共投資・防災事業等が可能になる道筋を与え、そのための経済学、つまりそれぞれの町での市民生活に合った公共経済機能が成立するのである。
東電福島原発事故が拡大した理由
今緊急課題となっている東電福島第一原子発電所(今後は東電福島第一原発と呼ぶ)での事故に関して考えてみよう。
東電福島第一原発事故は、刻々と深刻な事態になろうとしている。この事故を深刻化させた要因を述べてみる
1、東電の情報隠しの体質(3)
2、政府の対応の遅さ
1番目の要因はすでに述べたように原発反対運動に対して東電だけでなく他の電力会社でも原発に関する情報を隠す傾向がある。その主な理由は、原発建設に伴う市民の反対運動への対応として市民に原発の安全性に関する説明を十分行って来なかった経過がある。そして、その上で原発事故が起こるとさらに情報公開をしない態度を取らざるを得ない状態になっている。原発の安全性に関する情報公開と市民を入れた話し合いが必要である。
2番の要因の一つとして、経済産業省の中に、原子力発電を推進する政策を担う機能と原子力発電の安全を監視する二つの異なる機能が同居していることが挙げられる。
つまり、経済産業省は日本の中長期の政策、「エネルギー・環境政策」の中で「原子力の推進・電力基盤の高度化」事業を推進し、2030年度以降において発電電力量に占める原子力発電比率を30-40%に上げることを計画している(4)。
そして、同時に原子力発電の安全管理に関して、国は経済産業省の中に「原子力安全・保安院」を設定している(5)。今回の東電福島第一原発事故では、国の側(経済産業省)では、原子力安全・保安院が対応していたが、この機能が経済産業省の立場に立っている限り、原子力発電を推進する側に立って行われることになる。
また、独立行政法人原子力安全基盤機構がある(6)。しかし、この機構も殆ど政府機関であると言ってよい。そのため、必然的に政府の「原子力の推進・電力基盤の高度化」事業推進の側に立ってしまう。つまり、好むと好まざるに関わらず原子力安全基盤機構が政府の政策に沿って行動することは避けがたい宿命であるとも謂える。従って、独立行政法人原子力安全基盤機構に原発の安全点検を全て任すことは出来ないだろう。特に、原発反対の立場をとって市民運動を行った人々はこの事実(原子力安全基盤機構が政府側の意見を常に代弁する事実)は骨身にしみて体験しているのである。
原発事故に対する政府の対応の甘さは、国家の中長期エネルギー戦略である「原子力の推進・電力基盤の高度化」推進事業から来るものである。そのため、政府の立場だけでなく、それに対して批判的な人々を入れない限り、2番目の課題の回答は見つからないだろう。
原発事故防止のための安全管理体制
原発事故の予防のために以下の提案を行う。
A 稼動中の原発に関する情報公開を義務化する
1、 そのために東電を始め原発を運営している電力会社に対して稼動中の原発の安全性に関する情報公開の法的義務を課す。
B 原発の安全性を議論し日本のエネルギー政策を推進するための委員会(仮称 原子力発電所安全対策会議)の設置を行う。
1、原発を誘致している地域社会の市民の参加を要請する。
2、原子力行政に対して批判的な立場の専門家、例えば原子力資料情報室(CNIC) の専門家の参加を要請する。
3、政府機関の専門家(経済産業省の役人)や独立行政法人原子力安全基盤機構の専門家の参加を要請する。
4、日本原子力学会等の原子力発電に関する専門家(研究者)の参加を要請する。
また、原発事故が発生した場合の対応として以下の提案を行う。
1、電力会社は事故に関する情報公開を行うことを法的に義務化する。情報の隠蔽に関しては刑事的罰則を設ける。
2、全ての原発事故に対して国と電力会社は一体になった対策本部を創る。この対策本部に上記した委員会(仮称 原子力発電所安全対策会議)の参加者を入れる。
3、事故へ対策は安全管理と危機管理を管轄する二つの専門チームを作り、同時並行してそれぞれの役割を進める。つまり、安全管理チームは事故を最小限に食い止める作業を進める。危機管理チームは最悪の事態を予測し、住民の避難、核汚染への対応、近隣諸国との交渉、核事故への救援体制等々の対策を事前に検討し推進する。
4、原発事故の情報を政府は専門報道官を置き逐次報道機関に公開すること。
5、事故処理後、事故原因の解明を徹底的に行い、その情報を公開すること。
以上である。
現在、東電福島第一原発の事故は深刻な被害を日本にもたらす結果となった。この事故を、今、これ以上進行させないようにあらゆる努力をしなければならない。この事故がこれ以上進まないことを祈るのみである。
そして、今後の事故によって生じる放射線汚染の被害対策とさらにその事故の原因解明、そして再び同じ事故を起さないための対策を検討しなければならない。東日本大震災(東北関東大震災)の罹災者救援活動、二次災害防止、電力や一次生活資源(最低限の生活資源)の不足、そして今回の原発事故と多くの課題を我々は抱えている。しかし、この事態を何とか国民が一丸となって乗り越えなければならないのである。
参考資料
(1) 運輸安全委員会
http://www.mlit.go.jp/jtsb/index.html
(2)三石博行 「市場経済的視点からみる安全管理 大津波対策は可能か ‐現代社会での安全管理(1)‐」 2011年3月15日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_15.html
(3)三石博行 「東電原発事故 国は徹底した情報開示と対策を取るべきである ‐畑村洋太郎 失敗学の基礎知識に学ぶ-」2011年3月16日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_16.html
(4)経済産業省 「エネルギー・環境」「28原子力の推進・電力基盤の高度化」
http://www.meti.go.jp/policy/policy_management/19fy-AR2007/ARpdf/AR19fy_2_05policy.pdf
(5)経済産業省 原子力安全・保安院(NISA)
http://www.nisa.meti.go.jp/
(6)独立行政法人 原子力安全基盤機構 JNES
http://www.jnes.go.jp/tokushu/keinen/businessman/03.html
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ブログ文書集 タイトル「東日本大震災に立ち向かおう」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_23.html
目次 現代社会での安全管理
1、市場経済的視点からみる安全管理 大津波対策は可能か
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_15.html
2、自由主義経済の中での社会政策・安全管理の意味
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_9774.html
3、社会政策としての安全管理 原発事故防止や大津波対策の可能性を求めて
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_2687.html
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修正(誤字、文書追加) 2011年3月17日
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