2009年7月2日木曜日

生活科学基礎論1

家政学・生活科学と生活学の形成史から観る「生活改善の科学技術」の学問形態

三石博行

アメリカ家政学の誕生から科学主義的生活科学へ
▽ 生活改善の科学技術としての「生活の科学」は、19世紀末のアメリカでは人間生態学( Human ecology)、家政学(Home economics )から始まり、発展してきた。アメリカ家政学の創設者であるエレン・リチャーズはマサチューセッツ工科大学(MIT)で化学を学び、女子教育の促進を課題にしながらMITに設置された女子実験室から家庭生活の改善のための科学教育を目指し、『調理と洗濯の化学』と『食品材料とその粗悪品』の二冊の小冊子を出版した。この学問は、その創設の段階から、生活改善のために自然科学の発達で得た専門的知識や技術を活用し援用してきたのである。
▽ 古い社会風習を打ち破り人間の平等と自由の生き方や考え方の上に新しい社会を形成することが、生活改善の科学技術の目的と合致していたのである。19世紀後半から20世紀前半にかけて人間生態学や家政学は封建的観念に支えられた古い家族制度を変革し、その中で女性の人間的自由を確保し人権を擁護するための知識であり技術であった。合理的精神の発達によって、女性の人権を認めない封建的観念を批判し変革する民主主義社会の条件を導くものであると信じられていた。科学的合理主義に基づく家政学教育が、そこで展開して行くのである。同時に、科学的な方法論、特に自然科学的方法論を家政学に取り入れることが、家政学の発展の方向を決定することになる。
▽ 家政学に、必然的に自然科学的研究成果やその研究方法が取り入られる。その意味で、生活改善の科学技術の形成には「科学主義」の思想があったといえる。そして、食生活の改善を目指す家政学が、食物学、食物栄養学、栄養生理学、分子栄養学と食物や栄養に関する学問として進化し発展してきたのである。科学的方法や知識を取り入れ発達してきた家政学、生活科学が今日の「生活改善の科学技術」の主流であることは疑いない事実である。

日本生活学の誕生から人間社会学としての生活学へ
▽ アメリカ家政学の形成と発展の歴史に対して、日本で形成される生活改善の科学技術の発展の経過は少し異なる。日本では1910年代に柳田國男から民俗学を学んだ今和次郎によって生活学(Lifeology)が提案された。今和次郎は前近代的生活風習や生活環境によってもたらされる生活の貧困性・生活病理を解決することが生活学の学問的課題であると考えた。彼の生活学の方法論として考現学を提案した。考現学とは生活環境を構成している要素である物的材料、生活道具、生活資材、生活素材などを調査の対象に限定し、まるで昆虫採集のようにそれらを採集し、それらのデータを統計的に分析する方法である。その考現学的方法を用いて生活病理の社会環境の要因(外科的生活病理)や生活習慣から来る要因(内科的生活病理)を分析した。つまり、現状の生活環境に適した適正な生活改善対策を提案するためには、生活環境の客観的現実を正確に認識することが必要である。そこで、生活現場(フィールド)を構成している物的根拠、生活道具や生活環境の物質的要素を集める。その物質的要素に基づいて分析や解釈をおこなうのである。考現学が今和次郎の生活学の調査方法を支える考え方となっている。その方法に基づいてフィールドから調査データが集められ、生活病理の状況が理解されることになる。その意味で、今和次郎の生活学は実証主義の立場にたって社会文化現象を分析する研究姿勢を取った。
▽ さらに日本で生まれたもう一つの生活学の流れを紹介する。それは、戦中1940年代軍国主義の嵐の中、勤労者の健康を守るために医学者である篭山京によって提案された「生活構造論」である。医者である篭山京は生理学的立場から人間生活の回復や消耗疲弊の過程をモデル化して、勤労者の生命や生活力の擁護のために生活構造論を展開した。生活する人々の肉体的条件、生理的条件、経済的条件を前提に、それらの人々の生きている現実、生命、言い換えると生活人の肉体的経済的素材性を擁護するための理論であった。その意味で医師、生理学者篭山京は、軍国主義の最中にあって、今和次郎の文化人類学、民俗学的視点に立った生活学と異なり、経済学的立場に立ち、現在の生活科学の中に含まれる生活経営的立場を取って、勤労者の生活や健康状態の改善を課題に生活学を提案した。篭山京も、生理学的視点を労働経済の中に持ち込み、つまり科学的合理精神に立って生活改善の科学技術を確立しようとした。
▽ そして戦後1950年代以降、欧米の民主主義社会をモデルとして始まった生活改善の科学技術もその影響を直接受けた。アメリカ家政学が民主主義社会での大学女子教育に取り入れ、経営学に基づく合理的な家庭管理、自然科学の知識を活用した衣食住生活の改善、医学的知識に基づいた健康管理や生活衛生管理や予防医学などアメリカ家政学の発展の中で形成した科学的知識が普及した。
▽ さらに、経済的生活の改善を目指して研究がなされた。1950年代では、篭山京の経済生理学的な生活構造論は、アメリカの社会機能主義や社会システム論やマルクス経済学の影響を受けながら、青井和夫、松原治郎と副田義也によって1950年代に生活システム論へと展開した。また、今和次郎の民俗学的生活学は、日本独自の生活文化論へと発展していった。
▽ これら日本に生まれ発展していった生活改善の科学技術の流れは、人間社会学を基盤とする生活学の形成と発展に繋がっていくのである。


生活改善の学問の方法論・プラグマチィズム的役割分担をもつ学際的知識群 
▽ 「生活の科学技術」を一言で説明すると「生活改善のための知識と技術を探求する学問」と呼ぶことができる。この目的のために活用できる他の分野の知識を援用し生活科学研究領域が形成される。生活の科学は学問的体系を求めるためにそれらの知識を援用しているのでなく、生活改善に役立つ知識を他の領域からプラグマティックにかき集め、実践的に活用しているのである。
▽ そのため、生活改善のための学問(生活の科学技術)の領域は広い。人間の生活環境と生活行為に関する科学であるため、自然科学系の学問(生物学、物理学、化学)とその応用科学(医学、工学、農学)や社会経済学系の学問(経済学、経営学、社会学)、そして人間学系の学問(発達心理学、文化人類学、教育学)がある。また最近では情報処理工学や国際経済学、国際文化学なども生活改善のための学問領域に取り入れられている。
▽ つまり、他の学問領域の知識が生活改善のために利用できるなら、そこに「生活の科学技術」に関する新たな研究領域が提案されている。そのため、生活改善の学問は時代や社会の生活要求に支えられ、それらの要求を満たすために、他の分野の知識と技術を援用活用して、新しい「生活の科学技術」の課題を提案しながら、発展し続けていくのである。
▽ 言い換えると、「生活の科学技術」は、学問的知識の体系の完成や一貫した科学方法論の確立を目的にした知の探求は行われない。そして、その学問の目的は、唯一、生活改善のための実践的な技術と知識の探求に収束される。そのために、知識や技術を生活改善の目的に向かってプラグマチィズム的に実用的知識と技術が採択され、生活改善のために活用されるのである。
▽ 例えば、食生活の改善のために、食物栄養学、栄養生理学、分子栄養学などの分野で食物の栄養成分やその体内での消化や代謝過程に関する知識、またそれらの消化や代謝過程に関連する生体内の分子生物学的な知識などが役立つ。それらの知識は物理、化学や生物学から成り立ち、その技術的応用に関するものである。食物に含まれている栄養成分の物理的、化学的、そして生理的特性を理解することで、人々の健康管理を科学的に実行することができる。
▽ 食生活の改善は生活科学の一つの分野である食物栄養学、栄養生理学や分子栄養学の知識によって完全に保証される訳ではない。それ以外に、それらの栄養成分を含む食材の栄養成分を活かした調理技術、美味しい料理方法、楽しい食卓の飾り付けや料理の並べ方、テーブルマナーなど生活技術や行為などのスキル改善も課題となる。
▽ 食生活の改善のために、自然科学の専門的知識を駆使した生活技術の開発のために生活科学の研究が取り組まれる。また、同様に生活文化の向上や生活行為のスキル改善を研究開発する生活学の課題も取り上げられる。食生活環境の改善や食生活運営を行う生活者のスキル向上に関するあらゆる課題に取り組むことで食生活の改善という「生活の科学技術」の目指す方向が実現されてゆくのである。
▽ 自然科学やその応用技術と人間社会や文化に関する学問とその応用学の知識や技術、方法論が生活改善のための科学技術を作り出す。それらの学問は、それぞれにその知識と技術が有効に活用される範囲に対して「生活改善の科学技術」の知としての役割を担うことになるともいえる。それらの知識や技術は「生活改善の科学技術」のための有効な知の一部として配列されることになる。それらの知識における知識の配列の順番や上下関係は、「生活改善の科学技術」を構成する多くの学問分野の中では問題にされない。それらの知識は、生活改善のために取り出される有効な知の集まりとして「生活改善の科学技術」の中に位置づけられるだろう。
▽ この生活改善の目的を果たす役割として集められた知、つまりプラグマチィズム的役割分担をもつ学際的知識群が「生活改善の科学技術」であり、自然科学的方法論に立つ生活科学と人間社会学的方法論に立つ生活学であるといえる。


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