2011年1月6日木曜日

政治哲学から展開される政策学基礎論

三石博行

自己組織性の設計科学としての政策学の成立条件


政策学基礎論としての自己組織性の設計科学論

理念なき政策は、道の前方を見ないで運転と類似している。目の前の事態への対応に明け暮れ、長期的方向性を持たないため、政策は毎年変更され、その度ごとに多く費用が必要となる。昨日の政策は破棄され、そのために費やした労力や経費はごみとなる。

現在の日本では、政権交代毎に政策変更が繰り返される。一貫性のない政策運営は緊迫する財政赤字をさらに増幅していく。今、日本の政治に求められている長期安定政権とは、10年以上の長期戦略をもつ政策の不在と解釈できるのである。現在、日本の国家に問われているのは、政党の枠を超えた国家の利益という長期政策の確立である。

また、現実的でない政策は、遥かに遠くを見ながら歩く公園の散歩のようなものである。そのため、目の前の水溜りにも、ジョギングをしている人にも、植えてある花や花壇にも気づかず歩くことになる。これでは目の前の障害を気付かず、散歩の途中で怪我をしてしまうだろう。

一般的な政策はない。つまり政策とは具体的な何かの政策行為である。従って、政策行為では、具体的な問題を一つひとつ解決する技術、実務的処理能力が必要となる。政策である以上、完全であるが不可能な対処法は意味をなさない。それよりも不完全であるが、現状の課題を少しでも解決できる対処策が必要とされる。

理念を忘れることなく、最も現実的な処理作業を限りなく続けることが政策では求められる。つまり目標達成の答えは多数あり、そこへの接近方法を、与えられた状況の中で選択してゆく技能が求められる。多くの選択肢を選ぶ基準について政策行為者は思想的に問われているのである。

つまり、政策は、最も経済的に「富国富民」社会を実現するために企画実行された政治過程である。まず、政策を実行する場合、国民の生命と生活の犠牲や多額の費用出費は避けなければならない。換言すればよい政策とは、国家の繁栄と国民生活の質を向上のための政治的目標を達成する合理的現実的な技術であると言える。

政策を進める場合、政治理念を点検する政治哲学、具体的政策を点検する政策学基礎論・政策科学技術論(プログラム科学論としての政策科学論)、状況に適した政策行為を点検する俯瞰型研究としての政策科学技術論(自己組織性の設計科学論としての政策学)等々の新しい政策学の理解が必要とされている。


政治的行為プログラムとしての政策

政策とは、ある政治、経済、社会や文化的目標に到達するための政治的な行為プログラムを意味する。政策を構成する二つの文字の意味から考えると、政策の政はまつりごとを意味し、策は計画を意味している。従って、「政策」とはまつりごとの計画を立てることを意味することになる。政治課題に関する計画行為を政策と考えれば、計画を立てるまでが政策の概念に入る。

そこで、その政策を実行する行為は政策の概念に入らないのだろうかと云う疑問が生じる。しかし、現実に使われる「政策」の概念には、政治的計画を意味するだけでなく、その政治的計画を遂行する意味も含まれている。例えば、「2012年度(来年度)の厚生労働省が打ち立てた福祉政策」という表現は、将来の計画を意味している。しかし、その意味が「未来の福祉政策案」でないのは、すでにこの福祉政策は立法機関での審議を経て実行可能な状態、つまり来年度(2012年度)の福祉行政を行うための法律や制度が整備されている状態、実行予定の政治的行為プログラムを意味している。この場合の「政策」の意味は、施行予定(実施される条件で作られた福祉計画)と理解される。つまり、実行予定の政治的行為のプログラムが政策であると言えるのである。

しかし、「1990年代の福祉政策」という表現では、過去に実施された福祉プログラムを意味することになり、すでに政策は未来に計画され実行予定の行為ではなく、計画に基づいて既に実行された政治的行為を意味する。

一般的に政策の意味は、政治的目標を実現するために実行予定の計画(プログラム)、もしくは過去に実行された計画(プログラム)の意味を持つなら、政策は政治的目標を実現するための行為プログラムであると解釈されているのである。


行為プログラムとは何か

政治的行為プログラムを理解するために、行為プログラムの一般概念について考えてみよう。何故なら、行為プログラムとは、一般にすべての労働と生活の現場で日常的に実行され、反省され、修正されている作業目標と作業過程のプログラムを意味する。この行為プログラム・生活や労働に関する企画、人間的行為一般に関するプログラムの個別特殊ケース・政治的行為に限定したプログラムとして政策は位置付けられる。

しかし、具体的な生活や労働の現場では一般的な行為プログラムは存在しない。それは何かの行為プログラムである。例えば、ある学習目標を設定し、その目標に到達するための対策を教育プログラムと呼んでいる。つまり、教育プログラムは教育行為に関するプログラムである。その意味で、教育行為という個別特殊ケースに関する行為プログラムとなる。

小学校一年生の一学期の国語教育を例に取ると、与えられた教育環境で可能な教育課題を検討しなければならない。その教育課題は文部科学省が制定している小学校学習指導要領第1節「国語」の中の第2「学学年の目標及び内容」の「第1学年及び第2学年」の中に具体的に指示されている。その教育目標と内容、さらに教育内容の具体的な指示(言語事項や内容の取り扱い)が明記されている。

クラスの生徒数は教育環境の大きな要素となる、例えば2010年度の文部科学省の資料によると初等教育(小学校)の日本での平均のクラス生徒数は28人となっている。都道府県や市町村によってその数は若干の異なると思われるが、日本の教育現場では30人以下のクラスが45.8%、31人以上のクラスが54.2%で、都市の学校のひとクラスの生徒数が多い傾向となっている。つまり、個々の初等教育現場では生徒数に合わせて、小学校学習指導要領に即して教育を行う工夫が必要となる。

また、小学校学習指導要領に沿って一学期間に与えられた国語教育時間も教育環境の大きな要素となる。

例えば、教師は毎回異なる教育環境の中で、決められた教育目標を達成するために、受講者一人ひとりの理解度、積極性を注意深く観察し、出来る限り一人ひとりの生徒が教育目標に到達することに努めなければならない。そのために、教師は理解度を点検し、理解の悪い生徒への再教育プログラムを検討し実行しなければならない。教育行為に対する成果を評価解釈し、その結果によって教育行為の変更修正が常に求められ、与えられた教育時間内に教育目標を達成しなければならない。場合によっては、補習という教育時間の変更を余儀なくされる場合も生じる。

つまり、教師は与えられた教育環境の中で教育目標を実現するために、具体的に教育スケジュールを決定し、教材を準備し、教授法を事前に確認、検討することになる。しかし、現場の教育進行過程では予め計画したスケジュール通りに授業が進むとは限らない。教育進行過程では、恒常的にスケジュールの修正、教材補充、教授法や教育テクニックの検討修正が常に問題となる。これらの検討修正変更過程も教育プログラムの重要な一部である。結論すると、教育プログラムとは、教育行為に関する企画とその実行過程、さらにはその点検修正過程も含めて、教育目標への行為全体を意味する。

行為プログラムの一般概念を上記した具体的な行為プログラムの意味から理解するなら、行為目的の実現(目標)に対する行為主体を取り巻く環境要素の認識、行為目標を実現するための企画、行為過程での行為成果の点検、その評価の解釈と行為目標や行為企画に関する修正作業が含まれることになると云える。


吉田民人の「4フェーズ循環モデル」から理解される政治的行為プログラムの自己組織性

現実の行為は、行為目標、行為企画、行為実行、行為点検評価の単純な行程によって出来上がってはいない。行為目標の達成過程は、行為要素の自己組織化が行われている。

例えば、行為目的と目標の設定(欲望)、行為主体と行為環境要素の理解(認識)、行為過程の企画(予測)、行為過程での行為成果の点検(評価)、評価の解釈(再認識)と行為目標や行為企画に関する修正(予測)、修正された行為企画に基づく行為過程の点検(再評価)、その再評価の解釈(三度目の認識)と修正された行為目標や企画に関する再修正等々と、行為目標の達成に向けて、行為プログラムの修正作業が同時並行的に進む。

この行為プログラムの実行過程での行為プログラム要素、目標、行為主体、環境、企画、行為遂行、点検、評価、解釈、修正等の行為プログラム作動過程で生じる行為プログラム要素の自己組織化について、吉田民人は『自己組織性の情報科学』 第一部「4フェーズ循環モデル」で見事に説明している。

ここで簡単に吉田民人の「4フェーズ循環モデル」を紹介する。
1、「第1フェーズは、システムのプログラムが記録・保存され、再生されたプログラムによってシステムの制御が行われ、その結果がシステムの選好基準を充足し、当該の再生プログラムが再び採択されて、記録・保存過程に入る、という自己組織システムの構造保持のフェーズである。」つまり、「プログラムの貯蔵 ― 再生プログラムによる制御 ― 選好基準の充足 ― 再生プログラムの選択 ― プログラムの貯蔵」と定式化することができる。(YOSHtam90B p14)

この第1フェーズでは、政策は、最初に企画されたプログラムによって実行され、政策目標を達成することが出来る。

2、「第2フェーズは、システムのプログラムが記録・保存され、再生されたプログラムによってシステムが制御されるが、その結果がシステムの選好基準を充足せず、当該の再生プログラムが淘汰されてプログラムの変異過程に入るか、さもなければシステムの解体にいたる、という自己組織システムの構造崩壊のフェーズである。「プログラムの貯蔵 ― 再生プログラムによる制御 ― 選好基準の不充足 ― 再生プログラムの淘汰 ― プログラムの異変またはシステムの解体」と定式化することができる。」(YOSHtam90B p15)

この第2フェーズは、政策過程では、最初に企画されたプログラムを運用しながら政策を進めるものの、その結、成果は得られない状態が生じている。そこで、現在のプログラムの中で有効に機能するものとそうでないものを選別し、有効に機能するプログラムのみを活用する現状のプログラム群内部で、システムの選好基準を充たすプログラムのみを活用している状態である。この段階ではプログラムの修正は試みられていない。このまま、最初の政策プログラムを使い続けるなら、明らかに政策は破綻するだろうと予測できるため、状況に適したプログラムの検討が急がれている過程を意味している。

3、「第3フェーズは、システムの異変プログラムが生成し、異変したプログラムによってシステムが制御されるが、その結果がシステムの選好基準を充足せず、当該の再生プログラムが淘汰されてプログラムの変異過程に入るか、さもなければシステムの解体にいたる、という自己組織システムの構造模索のフェーズである。「プログラムの変異 ― 再生プログラムによる制御 ― 選好基準の不充足 ― 異変プログラムの淘汰 ― プログラムの異変またはシステムの解体」と定式化することができる。」(YOSHtam90B p15)

この第3フェーズは、政策過程では、はじめのプログラムを破棄し、新たに変更したプログラムを使って政策を行ったが、改良プログラムも状況を打開することが出来ないため、政策は危機に面している。そのため政策プログラムの見直しや修正を続けている段階を意味している。プログラムの修正を行い続けない限り政策は破綻する状況にある。

4、「第4フェーズは、システムの異変プログラムが生成し、異変したプログラムによってシステムが制御されるが、その結果がシステムの選好基準を充足し、当該の再生プログラムが採択されて、記録・保存過程に入る、という自己組織システムの構造変容のフェーズである。「プログラムの変異 ― 再生プログラムによる制御 ― 選好基準の充足 ― 異変プログラムの採択 ― プログラムの貯蔵」と定式化することができる。」(YOSHtam90B p15)

この第4フェーズでは、修正・変更し続けたプログラムによって政策は進む状況が生まれてくる。そこでこの新しく改良したプログラムを維持し、政策を進めることになる。


政治的行為プログラムの修正に必要な技術学・失敗学の基礎知識

ある具体的な政策を展開する時、政策目的、課題、作業対象、作業主体、作業環境、作業日程、作業条件等々が検討され、政策費用が見積もられ、それによって政策企画の再検討が行われ、そして、政策が遂行される。しかし、必ず途中で、それらの政策判断は修正を迫られることになる。

例えば、「少子化問題の解決」と言う政策課題に対して、5年後の出生率を現在よりも0.5%上げて、1.8%にすると決める。そのために、こども手当てを与える、待機児童数を減らすために認可保育所を増やす、育児休暇を現在よりも2年長くする、産婦人科病院の施設を増やす等々、色々な支援策(法律、予算、制度改革)が行われる。

しかし、ことも手当てに関する予算が立たない、認可保育所を急激に増やすことができない、育児休暇を増やすことに中小企業から猛烈な反対がなされた等々の問題が発生してくる。その問題を解決するために、上記した四つのフェーズに具体的な政策を入れて思考実験を繰り返さなければならないのである。

政策、政治的行為プログラムを検討し修正するための技術を得るには、失敗学の基礎知識を理解することが求められる。


参考資料

1、文部科学省ホームページ 「少人数学級の実現」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/hensei/1291348.htm

2、吉田民人 『自己組織性の情報科学 エヴォルーショニストのウインナー的自然観 』 新曜社 1990年7月、296p (YOSHtam90B)

3、畑村洋太郎著『決定版 失敗学の法則』文藝春秋、文春文庫、2005年6月10日第1刷、258p

4、ブログ 失敗学に関するテキスト批評
http://mitsuishi.blogspot.com/2010/11/blog-post_6897.html





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