2011年6月12日日曜日

遅れたベントの理由とは何か

福島第一原発事故検証(6)

三石博行


東電は電気系統の故障を予測できなかったか

2011年6月5日に報道されたNHKの「シリーズ原発危機 1回 事故は何故深刻化したのか」(1) の番組をもとにしながら、この番組で最も強調され、事故を引き起こした直接の原因と言われているベントの遅れについて述べてみよう。

電源車の配備を唯一の事故対策として立てた対策会議の指示の誤りが明らかになったのは、6月11日の21時過ぎに電源車が到着し、漸く電源が繋がり、21時30分ぐらいに電源車からの電源補給によって冷却装置が動かないと現場が理解した時点である。つまりこの時、一号機の電気系統の故障に気が付いた。

現場の責任者である東電福島第一原発所長は東電本部に連絡を取り、一号機の電気系統の故障により冷却装置が動かないことを報告した。番組では東電本社の事故処理に当たった最高責任者(常務)が「信じられない」という言葉を述べたと説明されていた。つまり、東電本社はここに至るまで、一号機が電気系統の故障をしているということを推測することはなかった。電源を確保すれば、冷却装置は動くと仮定し続けていた。

つまり、東電は地震と津波による一号機をはじめ他の原子炉の電気系統の事故の可能性を想定していなかったのである。この想定外の判断の根拠こそ、検証すべき課題となるだろう。


冷却のためのベントの準備

電気系統が故障している一号機の冷却を早急に行わなければならない。つまり外部から冷却水を送るための設定を至急整えなければならなかった。そのためには、高圧となっている原子炉内で生じた水蒸気を抜く作業が必要となる。つまり、ベントを行う必要に立たされた。

しかし、3月11日の21時ぐらいに一号機原子炉建屋内の放射能量が急激に上昇した。21時に福島第一原発所長は建屋の立入りを禁止した。

当時、建屋の放射能量は10秒で0.8msv(ミリシーベルト)と測定されていた。つまり一時間に282ミリシーベルトの放射能被爆を受けることになる。一年間の被爆限度量は一般人では年間1ミリシーベルト、原子力内で働く作業員の場合は年間100ミリシーベルトとされているので、1時間282ミリシーベルトの放射能被爆量を受ける場合、作業時間は約20分間に制限されることになる。

番組によると、電気系統の故障が発覚してから、原子力安全委員会の長はメルトダウンが起らないように、ベントを行い冷却水を注入することを一刻も早く行うべきと考えていたという。

そして、東電は6月12日0時過ぎにベントを決断した。ベントはこれまで世界の原発事故でも実施の例を見ない非常事態であると番組では説明された。つまり、ベントを行なった経験は今までのどの原発事故でもなかった。一号機では、最悪のメルトダウンを防ぐために世界ではじめてベントを行うことになった。

この事態(ベントを行うこと)に対する東電本社の社員の動揺は大きかった。「本当にそんなこと(ベント)をするのか、そんなに簡単にベントして大丈夫か」「ベントは最終手段ではないか」と言う本社社員の中には、それ以上に恐ろしいメルトダウンやそして原子炉格納容器の破壊による重大な放射能物質の拡散は念頭になかったようである。


ベントが遅れた理由・電動操作しか書かれていなかったマニュアル

3月12日午前1時30分に政府はベントを東電に指示する。そして、午前3時5分、東電と政府(経済産業大臣)は共同会見を開き、1号機のベントを行うことを明らかにした。

しかし、5時半になってもベントは実施されなかった。その理由はベントを行うために用意されていた操作手順に関する説明書には電動で行う手順のみが記されていた。しかし、1号機の電気系統が故障している以上、電動でのベントの仕方しか書いていない操作説明書は意味をなさなかった。そこで現場では、手動でベントを行うために、1号機の設計図を持ち出し、一からどうすれば良いかというやり取りが必死になされていた。マニュアルにない不測の事態にすぐに対応できない状態が続き、現場の技術者や作業員は手動でベントを行うための作業手順を確立するために奮闘していたに違いない。

また、ベントを行う東電関連会社(下請け企業)の作業員たちは電灯のない暗い、しかも高濃度の放射線量のある建屋の中で作業を行うことになる。そのために、一人当たりの作業員の建屋内での作業時間が20分以内と限定される条件での作業段取りの確認、効率の高い作業手順、被曝線量を最小限に食い止めるための注意事項の確認等々のための打ち合わせを真剣に行っていたに違いないだろう。

現場の必死の努力にも関わらず、致命的なベントの遅れの原因のひとつになったのは、ベントの電動操作しか書かれていなかった説明書であった。原子炉の電気系統の事故は全く想定されていなかった。絶対に全電源喪失も電気系統の事故も起こる事はありえないという判断に立っていた。

これまでの原発事故の事例検証でも、この根拠を問い直すことも、また電気系統の故障が絶対に起こることがないと言う仮定を疑うこともなかったのである。検証課題として、何故、それほどまでに事故の可能性をゼロとする確信があったのか、その科学的根拠を明らかにしなければならないだろう。


ベントが遅れた理由・住民の避難

ベントがすぐに実施されなかったもうひとつの理由は、1号機のベントを行うことによる周辺住民の放射能物質による被曝に対する対策のもたつきが挙げられる。

ベントによって高濃度の放射能物質が拡散することになる。そのため政府は1号機から半径3キロメートル以内の住民への避難勧告、半径10キロメートル以内の住民への屋内待機を指示した。

4時12分に東電は大熊町役場にファクスを送る。その内容は、3時間後にベントを行う1号機から4.29メートル離れた地点で一時間に28ミリシーベルト、つまり一般人の年間許容被曝線量の28倍の被曝を受けることを告げた。

その後、つまり4時以後、ベント作業の手順を確認した東電の協力会社幹部から東電に対してベントはいつでも可能という報告があった。しかし東電は住民の避難を調整するためにベントの実施を躊躇(ちゅうちょ)した。東電本社は現場に対して、町民が全員避難したという確認を求める連絡を取っていた。

重大事故(メルトダウン)を避けるためにベントを決意した政府がベントの指示を東電に出してから4時間以上も経過した5時半になっても東電はベントを開始しなかった。そこで、ベントが遅いことに苛立った政府は6時50分に法律に従って東電にベントを命令した。しかし、それでもベントは実施されなかった。

政府は、現場で行われていた住民避難に関する現地役場との確認作業や、その時々の東電本社の現場への指示の内容等々のベントを躊躇(ためら)う東電本社の状況判断について理解していなかったし、その点に関して東電との意思疎通が十分に成されていたか詳しく点検する必要がある。


ベントが遅れた理由・菅首相の現地訪問

3月12日午前1時30分にベントを行うことを東電に指示したのにベントは一向に行われない。そして、政府は6時50分に法律に基づいてベントを命令した。

多分、東電のあまりにも悠長な対応に痺れ(しびれ)を切らした首相は、6時50分以後、政府がベントの命令を東電に出してから、すぐに自衛隊のヘリコプターで現地に行った。現地視察は7時11分と記録されている。

この視察に対して、自民党の前首相や総裁が「首相の視察によって現場が事故への対応が出来なくなり、深刻な事態・水素爆発の原因を作った」という内容の発言をして来た。その現地視察をしたことが管内閣不信任案の提出理由にもなっていたようだった。

また、それに同調するテレビのトーク番組などでは、評論家たちが、総理の現地視察が原発事故を防ぐためのベントを妨害したと語られていた。さらに福島第一原発事故に関する特集記事を記載している週刊誌にも同様の内容が記載されている。(2)

こうしたマスコミの発言を今一度、検証すると同時に、管総理が3月12日7時に福島第一原発を訪問したことが緊急の事故対策を行っている現場に与えた影響についても調査する必要があるだろう。


水素爆発は予測できなかったのか

管首相は原子力安全委員委員長と東電福島第一発電所の視察に自衛隊のヘリコプターで出発した。菅総理は視察中に同委員長にベントの遅れによって生じる事態の説明を求めた。NHKの番組での説明によると原子力安全委員委員長は水素が格納容器内に発生するが、格納容器には窒素が満たされており、酸素がない状態なので爆発の危険性はないと説明したとのことである。

12日9時24分、ベントが開始された。合計6名の作業員がそれぞれ20分以内で作業を行った。作業員の最大被曝線量は106ミリシーベルトであったとのことだ。そして14時30分に一号機の排気口から水蒸気が立ち登る様子が観察され、ベントが行われたことが確認された。

しかし、その一時間後に、一号機の建屋が水素爆発で吹き飛んだ。大量の放射能物質が灰色の噴煙と共に飛び散り、風に乗って周辺を汚染していったのである。

水素爆発は原子力安全委員委員長の言うように、原子力工学系の専門家とであっても殆ど誰も予測できない極めて難しく稀な現象であったのだろうか。緊急時の原子力発電所の事故処理を行う専門集団であるべき原子力安全委員会の専門的知識を疑う必要が生じている実に重大な問題を提起している。

国は多額の資金を掛けて(税金で)原子力安全委員会を運営している。その委員会に勤務する専門家は緊急時に政府が最も頼りとする人材集団である。その人々が現実の場で役に立たないということが今回の事故で明らかになった。原子力安全委員会のメンバーとその機能に関する評価検証が必要ではないだろうか。


参考資料

(1)NHKスペシャル 「シリーズ原発危機 1回 事故は何故深刻化したのか」2011年6月5日

(2)『東京電力の大罪』 週刊文春 臨時増刊 2011年7月27日号 


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ブログ文書集 タイトル「東日本大震災に立ち向かおう」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_23.html
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2011年6月13日 誤字訂正

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