安い商品から安全な商品購入へ消費者運動の背景
三石博行
社会構造的ストレーンへの抗議活動としての社会運動
社会運動の盛衰を決める要因とはなにかという課題に関して、中澤秀雄氏と樋口直人氏はアメリカの社会学者スメルサーの構造的ストレーンの概念(1)を援用して、社会運動の役割が社会構造の時代的(政治経済的)な諸要素間に生じているひずみに対する生活防衛的な解決行動である以上、その形成もそしてその終息も、社会的構造ストレーンの状況に依拠すると述べている。(OOHhi 04A pp139-153 )「社会運動と政治 ‐社会的機会構造と住民運動- (中澤秀雄、樋口直人)」
構造的ストレーンとはアメリカの社会学者スメルサーの著書『集合行動の論理』(1963)で述べた「行為の諸要素間の矛盾によって生じる構造的緊張」という概念であると言われている。(OOHhi 04A p143) 例えば、1960年代から高度経済成長によって生じた地域社会での公害問題に代表される社会の矛盾(環境破壊や健康障害)によって社会が構造的に緊張を強いられる状態を構造的ストレーンと呼ぶことができる。(2)
中澤秀雄氏と樋口直人氏は、「社会運動と政治 ‐社会的機会構造と住民運動-」の中で、1960年代の高度経済成長期を経て起る社会問題を統計的な分析(重回帰分析)法によって分析し、その要因として都市化率、工業成長率、開発計画の三つのストレーンの変数を導き、それらの相関性の強さを示した。計量的方法によって定性的概念であった急速な都市化による都市の過密と地方の過疎地域での開発によってもたらされた環境問題が構造的ストレーンを引き起こしていたことを社会学的に解明した。つまり、この都市化と過疎地での開発が日本の高度成長期の社会運動の主な原因となっていた。
この高度経済成長期の社会矛盾に対する抗議行動も、高度経済成長が終わり、国家が社会政策として環境問題に取り組むことで次第に下火となり、いつの間にか、公害反対運動で街頭デモし、住民が集会を開く光景は無くなっていった。市民や住民の抗議行動がその社会や生活環境で生じている問題の解決のための行為である限り、その社会的問題(構造的ストレーン)が小さくなり、ついには消滅することによって社会運動の必要性も同時に消滅するのである。
「安い牛乳の共同購入」から「考える消費者」へ 生活クラブの運動の経過に含まれた課題
角一典氏は戦後日本の社会運動、特に消費者運動に焦点を絞り社会運動やその組織が変遷していく背景・社会的要因に関する分析を行った。この分析に用いられた理論は、前記した、Kreiesiの社会運動に関する分類方法で、前記した西城戸誠氏による社会運動の分類方法で用いられた理論・モデルである。「ボランティアから反戦デモまで社会運動の目標と組織形態(西城戸誠)」(OOHhi 04A)
角一典氏は1965年に「市場よりも安い牛乳」のための共同購入運動に取り組んだ岩根邦雄氏らの生活クラブの活動を紹介している。1965年の生活クラブの例のように、当時の地域社会運動の形成は他のお店よりより安く牛乳を手に入れる目的で始まった。その運動の組織は共同購入活動から商品供給の経営体制が検討された。社会運動体の商業化を目指す岩根氏らの活動は、この社会運動を担う運動員の確保とその運動資金の獲得の二つの基本的な課題を持っていたと角一典氏は述べている。その二つの要因を獲得するために生活クラブの活動がその後生活協同組合として発展することになる。(OOHhi 04A)「非日常と日常のはざまで ‐社会運動組織の変化‐(角 一典)」(pp175-190)
同時に、商業化に伴う社会運動の問題を経験することになる。つまり、生活クラブは牛乳販売店との「安い牛乳」の販売競争を行う。安いものを市民は求めているという発想は、低価格化が目的化され牛乳の質(安全性や栄養性)を無視する商業主義に陥る危険性を孕んでいた。生活クラブの活動は商業化に流れる活動を点検し、安いだけでなく質のたしかなよい商品を手に入れることが課題となった。(OOHhi 04A p180)
質の高い安い商品を届けるという課題には、生活クラブで働く人々の賃金を抑えなければならない。つまり、消費者運動のニーズを満たすために低賃金、重労働と劣悪職場環境を生活クラブの職員に強制することになる。そのため、生活クラブは消費者のニーズを満たしながら、同時に職員の快適な労働環境を作るために組織の在り方を検討しなければならなかった。(OOHhi 04A p180)
生活クラブの抜本的な合理化(商業化)と組合員による配送業務の分担(共同購入・消費者運動への組合員の参画)を取り入れた。こうして生活クラブは生活協同組合になった。組合員自身の消費者運動への協働(運動目的の自覚と組織維持のための団結)によって組合員自身が自分たちの利益を分かち合う自立的組織になろうとした。(OOHhi 04A pp180-181)
つまり、生活クラブの活動が社会運動組織であるという視点を堅持したことによって、消費者が自分たちの社会的要求を自分たち自身の活動参加、個別家庭への配送から班単位に区分された組合員のグループへの配送による職員の負担軽減と組合員が配達活動への参加によって、共同購入制度を維持した。そのことによって組合員同士の結びつきが強化され、組合員主体の運動体となった。しかし、同時に、そのことは組合員の負担が増えることを意味した。そのことによって組合員数が減少したと角一典氏は述べている。(OOHhi 04A p181-182)
当然、脱会する組合員の現実を受け止めるのは、主体的に参加し、毎日班ごとの配達を担っている組合員自身である。何故、脱会するのか。その理由を議論する中で、組合自身が自覚しなければならいない課題、つまりこの生活クラブの活動の目的が問われるのである。組織の豊富な資金獲得には商業化の方向は必要である。しかし、商業化によって失われるものがある。それは職員の犠牲に胡坐をかき安く質の良い商品を買い漁る組合員の姿であった。その姿を自己否定し、社会運動として生活クラブにするために組合員の参加による班単位の配達体制が作られる。そして、その負担に耐えられない組合員が脱会する。その脱会を巡り組合員の話合いがなされる。
その中で、自分たちは商品を求めているのでなく、安全な食料を生産する人々から届けられた消費材を受け取っているのだという発想、また、消費材の意味に関する理解、そして「豚一頭買い」を行う産地直送運動の形成、さらには、自らが流通の一端を担う「考える消費者」という考え方、消費者運動を生活運動の一端として位置付けた「生き方を変える」という議論が生まれ、さらにはワーカーズ・コレクティブという働く人々が経営する生活クラブの経営スタイルが実験されている。これらのすべての経過こそ生活クラブがもつ運営体としての消費者活動が生み出す宿命であると言えないだろうか。 (OOHhi 04A p183-184)
つまり、構成員と資金の獲得を課題にし、商業化と社会運動化を同時に両立させようとする生活クラブの活動は、消費社会や市場原理を否定した運動でなく、その中で豊かな消費者文化を形成しようとした社会運動であろうとする限り、その二つの要素から必然的に生じる難問に晒されることになる。それがこの運動の宿命であるともいえる。しかし、その中で、つまり、単純な政治的スローガンでなく、具体的な生活運動の課題であるために、その難問から新しい社会の根幹をイメージできる解答の提案が試されるのである。つまり、この生活クラブの現在は、まだ終了しない参画型の消費者運動の実験過程であるとも謂える。
「運動主体の参画度合い」と「運動成果の組織還元度合い」の二要因からなる社会運動変遷過程
西城戸誠氏や角一典氏の援用した社会運動の分類に関する理論(Kreiesi)によって、多様な社会運動が「運動主体の参画度合い」と「運動成果の組織還元度合い」の二つの要素によって分類されることが理解できる。
すでに前節で述べたように、行動主体(生活者)が社会的問題解決のために直接に行為に参加する度合いを、ここでは「運動主体の参画度合い」と呼ぶことにした。そして、「運動成果の組織還元度合い」とは、運動の目的やそれによって生まれる利益(成果)を運動組織の構成員に還元するかそれともその利益は全ての人々が共有できるように社会システム全体(行政などの組織)に還元するのかという二つの極を作り、その運動成果の組織還元度合いを定量的に評価することを意味している。
この分類方法によって、同じ組織形態の社会運動、「生活クラブ」を例に取りながら、その運動の時代的な変遷過程を角一典氏は説明した。生活クラブが運動目的である「安い牛乳」の販売を可能にするために採った「組織の経営合理化によって可能にする」という運動方針は市民運動の組織をより経営能力のある組織に改革することになる。角一典氏の呼ぶ「商業化」によって生活クラブは強大な生活協同組合として成長することになる。その商業化の方向では、経営の意思決定を迅速にするために、生活クラブの会員による経営参加から生活共同組合の執行部による経営が行われるようになる。その意味で、商業化とは生活クラブの脱市民運動化を進めることになる。
商業化の方向によってそれに付随する脱市民運動化を防ぐために、生活クラブは消費財の配達の班制度を導入し、組合会員が配達業務の一部を担う活動を始める。つまり、生活クラブは経営合理化や商業化によって生じる安くて安全な牛乳を受け取る会員とその会員を低賃金労働によって支える企業体生活クラブ職員の形成を防ごうとしたのである。そうでないなら、ある組織の市民の権利を守るために他の市民を犠牲にすることになるからである。
しかし、他方、生活クラブが巨大な販売企業・生活協同組合に変身し、安くてよい商品を売る「商業化」によってより多くの市民が利益を受けることになる。つまり、会員参加の運動による消費財の配達の班制度は会員以外の人々は、この生活クラブの運動から得られた成果を受けることは不可能である。それに対して、脱市民運動化と商業化によって作られた生協スーパーではすべての市民が良い商品を安く購入することが出来るのである。
時代は「消費財の配達の班制度による消費者運動の維持」と商業化・脱市民運動化による巨大生協スーパーの方向に進化した消費者運動・生活クラブに対して、それぞれに運動組織問題や経営問題という難問を突きつけながら、この後の消費者運動のあり方を問いかけ続けるのである。
ここで問題にしたいのは、「社会運動の分類に関する理論(Kreiesi)」が角一典氏の課題、「非日常と日常のはざまで‐社会運動組織の変化‐」の分析に有効であるということであった。つまり、社会運動組織は時代と共に変遷し続けてきた。それらの運動の組織の姿の変化が何によって生じたのか。また、組織や運動が共通する要素、言い換えると社会要因を理解する社会理論は何かという問題であった。確かに、Kreiesi氏の理論(3)は多様な社会運動を二つの要素によって捉え、解釈した点では評価できた。しかし、その理論で十分なのかという問題がこの議論の中で明らかになったのではないだろうか。
引用、参考資料
(KITAta 10A) 北川隆吉 浅見和彦 栗原哲也 『社会運動・組織・思想 21世紀への挑戦6』 日本評論社 2010年9月17日 314p
(TAITos 4A) 帯刀治 北川隆吉 編著『社会運動研究入門 社会運動研究の理論と技法 社会学研究シリーズ 理論と技法 13』 文化書房博文社 2004年12月10日 297p
(OOHhi 04A) 大畑裕嗣(おおはたひろし)、成元哲(そんうおんちょる)、道場親信(みちばちかのぶ)、樋口直人編 『社会運動の社会学』有斐閣選書 2004年4月30日、311p
(TSUBmi 11A) 坪郷実 中村圭介 『新しい公共と市民活動・労働運動 講座現代の社会政策5』 明石書店 2011年9月20日、233p
(YAGIma 01A) 矢島正見編著『新版 生活問題の社会学』 学文社 2001年4月10日 227p
(MATSma 93A) 松岡昌則 他著 『現代日本の生活問題』 中央法規出版株式会社 1993年4月10日、 220p
(1) スメルサー、N, 会田彰 木原孝訳『集合行動の論理』誠信書房 1973
(2) 成元哲 中澤秀雄 樋口直人 角一典 水澤弘光「環境運動における抗議サイクル形成の論理 : 構造的ストレーンと政治的機会構造の比較分析(1968-82年) 環境社会学研究4 1998
(3) Kriesi,H. 1996 “The Organizational Struture of New Social Movements in a Political Context” D.McCarthy and M.N.Zald eds. Comparative Pespectives on Social Movements : Political Opportunities , Mobilizing Strucures, and Cultural Framings, Cambridge : Cambridge University Press.
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三石博行 ブログ文書集「福島原発事故から立ちあがる市民」
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ブログ文書集「市民運動論」
この文章はブログ文書集「市民運動論」序文として書かれたものである。
三石博行 ブログ文書集「市民運動論」
2012年4月10日 誤字修正
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