21世紀社会の新たな知識人運動
三石博行
持続可能な社会経済技術文化システムを調査研究、提案するための研究機関・縮小社会研究会
縮小する社会のイメージに込められたメッセージ
すでに、ブログ「成長経済の終焉はどのように可能か」(2012年8月9日)(1)で紹介したが、「縮小社会研究会」(代表 松久寛氏)は、京都大学の教員を中心に2008年に、ポスト成長経済社会の課題、特に世界人口の増加や資本主義経済の発展、市民生活の向上によって、結果的に生じる資源の枯渇を前提にした社会、経済、技術、産業、福祉、医療、エネルギー問題等々を課題にした研究活動を行ってきた。長年の研究討論活動の成果として縮小社会におおくの研究者が参加している。
日本社会が成長経済の夢を追いかけている時代に、敢えて、松久寛氏は「縮小社会」という当時殆どの人々が理解し得なかった用語を用いて未来の社会文化の在り方を問いかけた。そして、昨年、福島原発事故以来、日本社会では真剣に脱原発や省エネルギー、再生自然エネルギーの問題が議論されているようになって、それまで否定的に理解されていた「縮小社会」の意味が注目され始めた。
言い換えると、一方的に省電力を独占企業電力会社から迫られた国民は、原発事故のリスクを取るか、それとも省エネルギー社会の不便さを取るかを迫られた。この問いかけが、縮小社会は今後避けて通れない課題であることを知る機会を与えた。つまり、皮肉なことに人々が原発事故リスクや放射性物質の長期管理の問題点を認識し、原発に依存できないと理解し始めた時に、この縮小社会研究会の研究活動を社会が知ることになったのである。
しかし、この「縮小」という否定的な用語は、現在もなお多くの人々に受け入れられる概念ではない。その意味で、松久氏は敢えてこの縮小社会の表現に拘っている。つまり、この縮小という否定的な意味を受け入れなければ、事実、自然資源が枯渇していく社会での現実的な生活や社会システムの提案を行うことは不可能だからだ。
今もまだ多くの人々は縮小社会の意味を理解できないだろう。この縮小する社会というイメージを敢えて使うことで、反発や批判が生まれる。しかし、その否定的意味を挑発し、自然発生的に生じる反発を触発することで、逆に、その否定的感情が生まれるこころの在り様を問いかける。成長経済社会の中で骨の髄までしみ込んだ物的豊かさや欲望充実を、我々の生活の質の尺度としている社会の価値観や個人の価値概念を、逆に問いかける機会を、この逆説的問いかけに、松久氏は期待したのかもしれない。
将来社会が必要とする課題の先行研究活動を目指す縮小社会研究会
これまでの研究活動をまとめ、縮小社会研究会では今年(2012年)4月に『縮小社会への道 ―原発も経済成長もいらない幸福な社会を目指して―』を日刊工業新聞社から出版した。また、松久氏は、この研究会を、京都大学の研究会から一般社団法人「縮小社会研究所」に発展させようとしている。
大学の研究会が一般社団法人になることは、単なる組織や運営上、社会的な活動の形式と運営方法やそれにまつわる組織上の利点を得るためであるというのは一般的理解である。しかし、この縮小社会研究会の活動目的として、研究会が課題とするテーマを未来の社会が必要するだろうという確信がある。
何故なら、この活動はこれからの社会のために、志を持つ研究者によって展開されるのである。大学研究活動では、学会誌への論文記載や専門書の出版活動が研究業績の評価対象となる。しかし、この研究会は、研究業績を上げるために行われているのではない。これからの社会が必要とする課題に答えるために、活動を展開しようとしているのである。
1970年代の初め、当時の全共闘運動が挫折し終わりを告げる頃、京都大学では学生運動から社会運動へ展開した京都大学安全センター運動(1973年2月結成)があった。松久氏を中心として、多くの研究者がその運動に係わり、その運動の中で社会に役立つ研究者になることを鍛えられてきた。中には、その運動を通じて社会運動家となったもの、企業で活躍したもの、議員になったもの、大学の教員になったもの、京大安全センターが育て上げた人材は、関西労働者安全センター活動(労災職業病予防と罹災者救済活動)、環境問題、被害者救済活動、脱原発運動、再生可能エネルギー社会形成の運動、人間工学や多くの分野で現在でも活躍している。
学生運動から社会運動に影響を与えた1970年代の京大安全センター運動を展開したように、松久氏は京都大学教員研修者の研究会「縮小社会研究会」を、これからの社会のために発展させようとしているのかもしれない。それが、この研究会の一般社団法人化を意味しているように思える。すでに、大学研究活動を社会組織化した運動はあった。例えば、高木仁三郎氏の原子力情報センターや市民科学基金、石田紀郎氏の市民環境研究所等がその例である。
いずれにしろ、この研究会の目的は、明らかにこれからの社会が必要とする課題の先行研究活動であり、技術や生産システム、社会経済システム、教育文化システム、医療福祉システム、農林業、環境保存とエネルギー生産への提案である。
縮小社会研究会の研究課題
提案される研究課題を以下、箇条書にしてみた。
1、社会科学系分野(主に、経済学や社会学的研究)
2、工学系分野(安全や危機管理、省エネや創エネ技術システムや企画提案)
3、生命科学、医学系分野(高齢化社会での莫大な医療費や社会保険料や福祉対策への提案)
4、生態学、農学系分野(資源、食糧と生態環境維持産業としての農業林業システム、農林農業技術開発の提案)
5、エネルギー分野(省エネと創エネの社会システムや技術開発、エネルギー政策提案)
6、教育・文化分野(初等中等高等教育の制度改革、環境教育支援、縮小社会を担う社会システムや企業人材の育成、社会人職業訓練教育支援)
6、人間科学系分野(持続可能な社会経済文化生活システムや科学方法論や技術論の研究、)
7、報道・ジャーナリズム、社会情報分野(市民民主主義を確立するための報道機関の在り方、社会情報公開制度、市民メディアの育成)
8、政治・社会政策、法律分野(縮小社会を可能にするための制度や政策、立法機関、行政機能、司法機能、地方分権等の研究)
9、外交、国際関係(安全保障問題、東アジア、自由貿易をめぐる課題
10、災害、安全・危機管理(自然防災対策、社会災害や人的災害対策)
11、地域社会(市民民主主義、共同体社会と民主主義、移民問題、在日外国人帰化政策)
12、人口問題、少子化対策、女性の社会進出支援と母権保護
13、社会開発(地域社会開発、社会資本の縮小化と合理的管理政策)
14、企業支援(縮小社会に必要な企業活動の支援)
15、縮小社会の社会思想、倫理、哲学(生活価値観)研究
16、縮小社会での精神医学や心理学研究(こころのあり様)
17、縮小社会での男女平等の関係、夫婦関係、家族、婚姻関係の多様性
国民的な政策運動としての研究調査ボランティア活動
この多様で壮大な縮小社会研究会の課題を考えれば、この活動の目的が更に明らかになるだろう。つまり、この研究会活動は、21世紀社会が必要としている課題を先行的に取り上げ、多くのボランティア研究者を集め、無償の研究活動とその成果を社会に還元することを目的にしているのである。
20世紀に公害反対運動の中で生まれた市民のための科学者運動(Science for people)があったように、そして京大安全センターがあったように、21世紀の成長経済の終焉と縮小社会形成のために、この研究会は活動を始めようとしている。この運動の成果を評価するのは、22世紀の人々かもしれない。しかし、この研究会を展開する人々は、そのことに確信を持っているのである。
市民民主主義が成熟するためには、市民自らが社会や国家の政策提案に参画する運動を行うことが求められている。議会制民主主義制度が続くにしても、政策提案やその合理性や経済性の検証、点検活動を議員達にまかせていては、市民民主主義は形成されないし、また国民主権は政党政治の代理者によってしか確立しないだろう。社会制度として現存する間接民主主義を補助し、より完璧な民主主義機能として発展運営するために、市民は政策提案を行う力量をもたなければならないだろう。
その意味で、近い将来、市民民主主義社会の要請として、国民運動としての政策提案運動が生まれるだろう。その時、この縮小社会研究会運動は社会的機能を発揮するだろう。この研究会は、その時代の要請を理解し、多くのボランティア研究者を集め、ボランティア活動としての未来社会を構築するための調査研究活動を行おうとしている。
この試みは、新たな科学者技術者運動の先駆けとなるだろう。
脱成長主義を目指す市民運動と分科会活動 (2015年1月20日記載)
私は、縮小社会研究会に参加して「成長経済主義を越えるにはどうすべきか」と言う課題を多くの会員とほぼ毎日意見交換する機会を持っている。この会に参加して、2年以上経っている。
縮小社会研究会(代表 松久寛氏)は、未来、あと100年もしないうちに我々の世界から化石燃料を中心とする文明は消滅する。何故なら、現在使っている資源エネルギーが使い果たされる時代が100年以内に来ると考えられる。そのエネルギー資源の枯渇や希少化を想定・前提にして、人々はどのように生存できるかを考える会です。新たな資源・エネルギーの創造、縮小化される巨大消費生産社会、新たな社会経済政治等々の制度や産業、技術、生活スタイルを考えるために集まった人々の会である。
縮小社会研究会では、出来るだけ多くの人々に議論を呼びかけ、頻繁に研究会を開催しています。また、研究会では興味を持つ課題別にグループ(分科会)があり、その中で、活発な議論がインターネット上で繰り広げられている。ちなみに、現在、12の分科会が開催されている。
第1分科会(縮小社会の倫理・哲学)
第2分科会(縮小社会の社会像と移行方法)
第3分科会(縮小社会の必然性)
第4分科会(縮小社会の科学技術、工業)
第5分科会(縮小社会の経済構造)
第6分科会(縮小社会の農業)
第7分科会(縮小社会の医療)
第8分科会(縮小社会のエネルギー・資源)
第9分科会(縮小社会の生活)
第10分科会(縮小社会に関する海外の動向)
第11分科会(縮小社会と政治)
第12分科会(縮小社会の移行と教育)
会員は興味あるどの分科会にも参加でき、グループメールを使った活発な議論を展開している分科会、少し議論に疲れてお休みの分科会、なかなか議論が始まらない分科会と色々とある。
この研究会は、しかし、今までの学会(京都大学発の研究会なのですが)と異なることは、専門的知識を持つ人々でなく、未来の社会(縮小せざる得ない社会)を考えたいと思う人々が会員の参加資格を持っていることなのである。
(2015年1月20日 フェイスブック記載)
「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_72.html
引用、参考資料
1、松久寛 『縮小社会への道 ―原発も経済成長もいらない幸福な社会を目指して―』日刊工業新聞社 2012年4月 220p
2、三石博行 「成長経済の終焉はどのように可能か」2012年8月9日
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html
3、縮小社会研究会(代表 松久寛氏)
4、市民環境研究所(代表 石田紀郎氏)
5、三石博行 ブログ文書集「科学技術と現代社会」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/03/blog-post_21.html
2012年8月15日 誤字修正
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