ハイブリッド型災害としてのパンデミックとその対策(4)
-21世紀型の災害、パンデミックの構造-
三石博行
3-2、予防策のない新型感染症対策期間:第一期
COVID-19のように、新型感染症に対する予防策・ワクチンや治療薬はない場合、疾病流行を根本的に抑えることはできない。しかも、ワクチンや新薬の開発に長期間の時間が必要とされる。こうした条件下で感染症の流行を抑えなければならない。この状況は「武器を持たないで戦う」ことを意味する。
その場合、まず、防御(感染予防の対策)を固めなければならない。そして、出来るだけ早く武器(ワクチンや治療薬)を手に入れなければならない。また、COVID-19の感染を防ぐための武器になりそうなもの、少しでも有効なものを集め、当分は、それらを総動員して闘わなければならない。このような不利な条件では、人命と経済への被害を最小限に食い止めながら、有効な攻撃手段(ワクチンや治療薬)を得るまで持ちこたえなければならない。こうした状況が現在の我々の置かれている現実である。つまり、この状況下では、完全に被害を防ぐことは出来ないため、より被害を少なくするための戦術を選ぶしかない。
このような状況の期間を第一期と呼ぶことにする。第一期の感染症流行防止対策は主に三つのテーマ、重要かつ最優先の課題、科学的でより現実的な対策と経済的かつ合理的な政策に分類することができる。
A、最も重要かつ最優先の課題
A1、病原体の遺伝子、感染媒体、感染症の病理的特徴に関する情報
未知の病原体である以上、その病原体の微生物学的分類や解明、遺伝子解析とその解明、また感染媒体や感染経路の疫学的特徴、さらに感染症の病理的特徴に関する情報が必要となる。COVID-19感染症の場合、中国の医学論文がそれらの情報提供に大きく貢献した。COVID-19の遺伝子構造、症例、特に無症状の感染者の存在、年齢層による死亡率の違い、特に持病者や高齢者の高死亡率、肺炎の特徴等々、多くの情報が提供された。最初にCOVID-19感染症と闘った中国の医療従事者、科学者の努力に感謝しなければならない。彼らの治療、調査、研究の努力によって、ワクチンや治療薬の開発への基本的な知識や情報が提供され、検査キットの開発、検体方法、感染対策、防疫方法、臨床判断、治療方法等、初期の感染症対策が可能になった。
A2、ワクチン・治療薬の開発
最も優先される課題の一つがワクチンや新治療薬の早期開発である。今回のCOVID-19感染症に関するワクチン開発は、5月27日時点で、世界全体で125件の開発案件が報告されている。その中の10件がすでに人に直接投与する臨床試験まで進んでいると言われている。また、治療薬に関しては既存の治療薬で新型コロナウイスに援用可能なものを見つけ出すのが最も経済的である。しかし、同時に新薬の開発を進める必要がある。すでに、武田薬品工業は米CSLベーリングなど10社と提携協力しながら抗SARS-CoV-2高度免疫グロブリン製剤の開発が進み、2020年の夏には成人患者を対象としたグローバル試験を始める予定である。その他、米国の国際的な製薬会社であるイーライリリー・アンド・カンパニーによるSARS-CoV-2に対する抗体医薬「LY-CoV555」、米メルクによる抗ウイルス薬「EIDD-2801」、米ビル・バイオテクノロジーによる抗ウイルス抗体(VIR-7831とVIR-7832)等々、新薬の開発は進んでいる。([i])
A3、検査キッドと検査体制の確立
同じように急がれるのが、検査キットの開発と生産である。COVID-19の遺伝子情報が記載された中国の科学論文から、COVID-19の検査キットの開発は他の国でも可能になった。また、中国の医学論文からCOVID-19感染症の特徴が世界へと伝わった。それにより、他の国々で、逸早い疫学的対策が検討された。そして、COVID-19に対する検査キットは現在大量生産されている。
A4、予測される危機的状況に対する公衆衛生・医療体制の確立
この段階では、公衆衛生や医療体制が崩壊しないための対策が急務である。そのために、現存する体制、組織、制度、資源の状態を精査しその限界を評価委分析し、予測される危機的状況に対する課題を明確にしておかなければならない。そして、改善対策をいち早く行うために必要なすべての対策、政策に至急取り掛からなければならない。例えば、今回、医療現場では、医療従事者が感染から身を守る最低限の防御、医療用マスク、感染防御服等々の不足が問題となった。それらの状況を解決できない状態で医療や福祉等の現場では混乱、集団感染の発生、それらの病院機能の停止という最悪の事態が起こっていた。特に、医療機関で集団発生が頻繁に起こっている日本の事例に関して詳細に調査しなければならない。そして、人工呼吸器等の重症患者の治療機器が全く不足したイタリアや米国、ニューヨーク州での医療崩壊の原因に関する調査も今後課題となる。その一方で、例えばベトナム、台湾や韓国等、医療崩壊が起こらない課題に成功した国々もあった。失敗した国々や成功した国々の第一期の公衆衛生や医療体制に関する対策を比較検討することで、第一期の最重要課題、公衆衛生や医療体制の危機管理にかんする課題をさらに分析することができるだろう。
B、科学的でより現実的な対策
B1、感染拡大を防ぐ人と人との空間的隔離(ソーシャルディスタンス)の設定
感染者を非感染者から隔離することが感染症学の最も初歩的な防疫の手段である。感染者を特定できない状況では人と人との間に隔離(ソーシャルディス)を設けることで感染を防ぐことができる。特に、検査方法が確立していな時代、感染を防ぐ方法としてこの隔離方法が用いられた。今回のCOVID-19感染予防にソーシャルディスが殆どの国で用いられた。
我が国でも、感染を防ぐために、例えば、国は三密(三つの密な空間)、一つが密閉空間(換気が悪い場所)、二つめが密集空間(人が集まって過ごすような場所)と三つめが密接空間(不特定多数の人が接触する可能性の高い場所)の三つの状態を自主的に避けること国民に要請した。三密状態のある交通機関等を避けるため不要不急の外出の自粛、また、休校や休業が市民に要請された。しかし、日本で取られた感染防止のための行動要請は強制力を持たないものであった。
一方で、感染爆発が起こったイタリアでは外出規制は強制された。イタリアの感染者は2020年2月21日に3人から3月2日に2036人と10日間で679倍も増えた。この感染爆発を食い止めるため、タリアでは町、市の封鎖(ロックダウン)が行われた。ロックダウンは究極的な隔離対策である。中国武漢でもロックダウンが行われ、感染を食い止めることに成功した。ロックダウンは非常に効果的な感染防止策であるのだが、他方において、ロックダウンは市民生活、経済や社会活動に大きな負担や犠牲を強いる。
感染拡大を防ぐためにソーシャルディスタンスを置くことは必要である。人と人との空間的隔離の設定には、不要不急の外出自粛、休業、移動制限、町の閉鎖による移動禁止(ロックダウン)はは必要である。特に、感染拡大を防ぐための行動規制は感染流行の状況によって変化する。最も軽いものは、外出した場合に一定の空間的距離を要請することから、最も厳しいものが完全な外出禁止やロックダウンである。
B2、検査体制確立、経済的な感染者隔離
また、病原体に対する精度の高い検査(PCR検査)がある場合には、検査によって感染者を判明し、それらの感染者を医療機関へ隔離し、感染拡大を防ぐ方法が有効である。今回、COVID-19感染流行を防ぐ手段としてPCR検査が活用された。日本では、2月25日に厚生労働省の中に、新型コロナウイルスクラスター対策班の設置し、COVID-19検査によって感染者を見つけ、その行動履歴を調べ、感染経路や感染集団(クラスター)の発生を調査した。
PCR検査は感染者を特定する唯一の科学的手段である。感染の爆発的拡大が起きている場合には、その方法を活用して、感染者集団を物理的に社会から隔離することができる。PCR検査による隔離方法は、感染爆発が起きている場合に、感染確認者を全員入院させなければならないため、医療機関の崩壊の原因となると言われた。しかし、PCR検査をしないで感染者を放置するなら、それが感染を拡大する原因となることは明らかである。つまり検査体制を強化することと、それによって確認できた感染者を何らかの方法で隔離することは一体化した感染対策である。
医療機関での感染患者の受け入れ体制を確立すること、そして十分なPCR検査を行うこと、それらの二つの条件を整備することによって、感染者をもれなく見つけ出し、社会から隔離することが出来る。感染者を特定の空間(医療施設)に集めることで、社会空間全体の中の感染者の隔離の効率は高くなる。高い隔離効率はより経済的効果を生み出す。何故なら非感染者の多い社会では、人々の社会経済活動への規制を強化しなくても済むからである。その意味で、科学技術の進んだ社会では、徹底的なPCR検査による感染者の隔離方法が用いられるのである。
B3、既存治療薬の援用
新型感染症に対する治療薬の開発は時間を要するため、すでにある治療薬を利用・活用する必要がある。例えば、COVID-19感染症に対して、米国のFDA(食品医薬品局)が5月1日に使用を許可し、日本でも5月7日に厚生労働省が特別承認されたレムデシビル(製品名・ベクルリー)が治療薬として活用されている。
また、2014年に日本で承認された抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビルはCOVID-19感染症には正式に使用できないものの、新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスと同じRNAウイルスであるので、ウイルスの遺伝子複製酵素であるRNAポリメラーゼを阻害する効果を示す可能性があると期待されおり、臨床現場では試験的に使われている。このように、すでに治療薬として使われていたものを援用することは、安全検査はクリアーされており、もし、医療効果が確認されるなら、新薬の開発よりはコスト安となる。
目次、『ハイブリッド型災害としてのパンデミックとその対策 -21世紀型の災害、パンデミックの構造-』