2012年3月24日土曜日

知的生産の技術の基本課題 日常生活時間の管理と作業課題

生活管理システムノートの作成


三石博行


決意は解決の手段にならない

一日一日の生活を確りと過ごすこと。今日という時間を十分自分の納得行くように組織すること。こうした当たり前の作業が実は非常に難しのである。多くの場合、それは決意の問題になってしまう。そして、それが出来ないのは自分の意志が弱いからだと思ってしまう。

知的生産の技術の立場から考えると、この課題を決意主義で解決しようとする方法は、誤りである。何故なら、この課題は知的生産力を高めることを課題にしいる。そのための技術や方法、考え方を検討するのがこの課題の基本であるからだ。

もし、生活設計や目標達成に失敗し続けているなら、失敗を導く生活スタイルや生活設計の中身を検討しなければならない。いくら決意しても、現実にその目標は達成できない。その原因を意志の弱さにするなら、実現不可能な目標を立て、無理なライフスタイルを強いること、そのため常に目標を達成できず、いつも間にか目標と決めて生きるという生活様式を諦めているのだということを点検する機会を失うことになるだろう。


惰性態としての日常生活の危険性

惰性的に生活時間が経過する状態を日常生活と呼んでいる。この日常生活と異なる生活時間がある。それは例えば、旅とか災害や事故などのハプニングにあってこれまでの生活スタイルが持続不可能な状態になる時である。それぞれの場合、生活主体はそれらの生活環境の状況に適した行動を選ばなければならない。

非日常的な生活環境では、危険を避けるために行動は慎重になり、また大胆になり、状況に合わせて行為が選択される。状況を理解し自分を最も安全に守るために、そして危険要因を排除するために、正確な状況観察、状況打開のための適切な行動選択、生活者は日常的な惰性態から非日常的な加速態にライフスタイルを変えなければならない。その時、精神の集中が問われ、緊張が強いられる。

しかし、日常的な生活環境では、過去の生活環境で得てきた情報が現在の生活環境にそのまま活用されるため、状況認識に精神を過敏に集中する必要はない。その分、楽だと言える。しかし、この楽さこそが、困難を導く要因となる。一定速度で、直進車線を運転している人々が、曲がりくねった道を運転する人々よりも交通事故に出会う確率が高いのは、道路の環境によるものではなく、運転手をおそう運転行為に対する倦怠感の発生が原因となる。つまり危険は外的状況からのみ生じるのでなく、内的状況によっても導かれるというのが一般的な理解である。

言い換えると、惰性態としての日常生活の危険性は、生活者の意識において生じる。昨日と同じように今日があり、今日と同じように明日があるという生活こそ、目標を持って生きる人々にとって、最も困難な条件であると言える。何故なら、旅のように行かなければならない状況として目標は外に設定されることはない。行かなくても行ってもよい日常的な目標が常に設定されっぱなしになる。その目標を常に意識的に外に出し続け、具体化し続け、目標を持ち続ける行為を維持し続けなければならない。


日常生活の惰性態への対策

そこで、多くの人々は外に明確な目標を設定できない日常生活に強制的に目標を設定する。例えば、この仕事は何月何日までに終えるとか、論文の締め切りや学会発表日、講演会の日程、約束等々。一般に他者との契約上で成り立つ仕事はその契約に強制される。それを社会的な仕事と呼ぶ。自由にやれる仕事は他の誰からも期待されるものでも、また必要にされるものでもない場合がほとんどである。

その意味で、社会的な日常業務には社会的な制約が入り、その制約に規制されて行動が選択される。これを労働と呼んでいる。労働とは社会的需要に答えるために行う行為である。社会的需要がある以上、その要求に答えた場合には社会的評価を受ける。その社会的評価のことを労賃(賃金や供与)と呼んでいる。

しかし、ボランティア活動のように、社会的需要がある行為でも、その行為が賃金として評価されない場合もある。また、芸術家や小説家のように、作品が売れるという保障もなければ、誰かによって発注されて仕事を請け負ってやっていない場合もある。そこで、ここでは社会的労働に限定されない非常に一般的な日常生活の行為を対象とする。

外から目標を要請された行為(労働)の場合には日常生活の惰性態によって生じる行為者の目標喪失の危険性はないと考えて、ここでは問題にしない。ここで問題となるのは、日常生活のルーチン化した作業に組み込まれている課題である。それらの作業は毎日の日課作業である以上、その内容を一つひとつ検証の対象にすることはない。実は、このことが、日常生活の中で目標を設定し、コツコツとやりこなす場合の大きな支障となっているのである。

そこで、まず、一日のうちどれだけの時間が日常的な生活時間として費やされているか書き出してみよう。例えば、朝起きる時間、その後、朝食や弁当を作り、食事をし、その片づけをし、仕事に行くための準備、歯磨き、着替え、仕事場に持っていく資料や書類等々の確認と出発するまでに多くのルーチンをこなしている。それらの日課化した仕事(家事)にどれだの時間を必要としているか。

さらに、家を出発して仕事場に着くまでの時間、通勤に必要な時間であるが、その時間中にやるべきテーマは決まっているか。そして、仕事場について、作業が始まるが、その作業もよくよく観察すると一般的実務作業と課題作業がある。例えばメールを確認し連絡を取る。必要な資料を集める。会議をする。打ち合わせをする等々。それらの毎日繰り返される実務作業を終えると、その日の課題作業に取り組むことが出来る。出来るだけ、実務作業時間を短くし、つまり集中して実務を終えて、課題作業時間を多く持つように努めなければならない。

しかし、いつまでも仕事は出来ない。疲れるしまた帰宅時間が来る。帰宅のために仕事を終える。仕事を終える場合に、必ず今日の進捗状況と明日の課題が明確になるだろう。そして、疲れた身体を労るようにして帰宅することになる。だから、帰宅時間中は何かを集中して行うことがきない場合もあるだろう。

帰宅して、食事、着替えやお風呂に入り、明日の仕事の準備をし、テレビを見たり、家族と話したり、家事をしたり、休養のための生活時間が必要である。当然、健康のために、スポーツやジョギングをする時間も必要となるだろう。

一般に月曜日から金曜日までルーチンワークを基本とする生活時間が設計されている。土曜日や日曜日は、家族と過ごす時間や庭いじりや家の掃除などに使われるだろう。こうして、一週間が過ぎる。この一週間の生活時間を繰り返し、一ヵ月や一年間という単位の生活時間の設計が生まれる。

この日常生活の中に、色々な事件、病気や事故が起り、日常生活のリズムを破壊する。また、仕事上の都合で、出張や転勤が起り、日常生活の環境は変更され、新しい生活環境に適した生活のリズムが形成される。こうした生活を繰り返しながら、いつの日か老いて、退職し、そして老後と呼ばれる生活環境に入る。そうこうしている内に人生は終わる。


生活管理ノートの作成

日常生活の記録を取るという作業、日常生活の現実を明記し、日常生活を維持するために必要な生活時間を把握しておくことが、その日常生活の中で人生の目標を実現する方法の第一歩、基本的な態度であると言える。

一日の目標を書く前に、一日のルーチンワークの時間を書いてみる。すると、一日の中で、それほど多くの時間が目標に向かって作業するために用意されていないことを見つけるのである。時間のやり繰りこそ、日常生活の中で見つけなければならい技術である。どのように生活環境を維持するために必要な生活行為の時間を集中短縮するか。そして、仕事に必要な実務作業時間を集中短縮する方法を考え、その技術を開発することが、知的生産の技術の基本となる。

もっともいい方法として、日常生活での作業を書き出し、チェックする方法を見つけること。さらに、一日の生活時間を現実的に理解し、配分できる訓練を毎日行うこと、そうした作業を可能にする生活管理ノートを作る必要がある。

そして、毎日、生活行為を自己評価する作業を入れることで、日常生活の惰性態への対策が可能にとなる。しかし、それだからと言って、問題が解決したのではない。こうした作業は問題を解決するための入り口、生活時間、作業条件を整えるためのものでしかない。つまり、100メートル走が始まる前の準備体操のようなものである。よく準備体操をしていないと走れないのである。また、昨日準備体操をしたから、今日は不要だと言うことは絶対にないように、毎日、スタートラインに立たされた我々は毎日その前に準備体操をしておく必要があるのだろう。


引用、参考資料

三石式 生活管理ノート
近日中に公開します。


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関連ブログ文書集

三石博行 「知的生産の技術 基礎編」


2012年3月26日 誤字修正

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