2012年8月9日木曜日

成長経済の終焉はどのように可能か

1-1、新自由主義経済思想批判と生活経済主義の成立に向けて、   
A: 「成長経済の終焉はどのように可能か 」

縮小社会研究所の設立とその研究課題 (1)


三石博行 


縮小社会研究所の設立 


縮小社会研究会は京都大学工学部の前教授松久寛氏(現在京都大学名誉教授)が10年前に設立したものである。長年、研究活動を続け、今回、一般社団法人縮小社会研究所(代表 松久寛氏)として出発することになった。

研究所は現在、京都市左京区の百万遍の交差点から少し東大路を北に上がるところにある「市民環境研究所」(代表 石田紀郎氏)石田紀郎)に事務所を置ている。

縮小社会研究会では、現在、研究会活動の企画についてインターネット上で、会員間の議論がなされている。私も会員の一人として、問題提起を行っている。


佐伯啓思著『成長経済の終焉』からの問題提起  


すでに約10年前に、佐伯啓思氏によって提案されていた成長経済の終焉という問題提起。それは縮小社会の課題でもある。この著書の要点と問題提起を纏めた。


資本主義経済の牽引力としての商品価値「希少性」


佐伯啓思氏は、ベルの『脱工業社会の到来』の中で言及された「希少性」の問題について論じている。つまり、ベルは(佐伯啓思氏によると)「物的な意味での希少性、つまり人々の生存・生活必要に対して物的欲望を充足するという意味の『工業社会』での希少性はもはや問題ではない。この意味での「希少性」は本質的に19世紀の観念であり、その観念が持ちこされたために「豊穣性(ほうじょうせい)」が「希少性」の反対概念にされてしまったのである。この意味で19世紀の概念としての「希少性」はここでは問題になっていない」 (p202) のである

つまり、19世紀の機械制生産によってもたらされ、20世紀初頭に完成する大量生産を可能にした工業化社会では、それ以前の手工業制生産様式と機械制生産様式の生産力の相対的比較概念として、希少性が豊穣性と対立概念として使われていたことを指摘しているが、ここで問題とされる希少性とは、寧ろ発達した資本主義、工業社会での希少性の概念である。つまり、本来、希少性の概念は、経済学では量的概念でなく質的概念として存在し、希少性は欲望の多様性や商品の個性化と結びつく概念として理解されているのである。

そこで、工業社会の物的豊かさを達成して行く中で、希少性はその経済的な原動力となる。つまり、人は絶えず「より良い生活」を求め続けている。そのため絶えず新しい「希少性」を生み出し続ける。つまり、工業社会で生産される豊かな商品は、絶えず生み出された希少性の結果であるとも言える。工業社会・資本主義社会の進展とは希少性を持つ商品開発によって進んだとも言える。

佐伯氏は、大量生産を可能にした工業社会の延長として、大量生産によって安価な商品・生活用品を提供してきた時代から、人々は豊かさな生活を求め、より良い商品、より使いやすい商品、より便利な商品、より自分にぴったりの商品、つまりオーダーメイドの商品へと希少性は追及され、その追求によって、より多様で豊富な商品が開発され続けるのである。


脱工業社会での新たな希少性・生活の質


消費者の希少性の追求は、ついに物的豊かさから精神的豊かさを求める段階に達する。つまり、その精神的豊かさを問題にする希少性の概念が、ポスト工業社会への入り口を切り開くのである。それには、工業社会によって生じた環境汚染問題や今回の原発事故のように、経済活動の原点を問い掛ける社会状況があることもその条件の一つである。

経済活動の目的として生活の質の向上が課題になる社会の到来が、ポスト工業社会の入り口である。「ポスト工業社会は、新たな意味での希少性を導入することになる。それは、情報、調整能力、それに時間、という希少性である、とベルは考える。物的資源に代わって、専門的知識や情報、それに社会的な調整能力などが希少性をもつようになった」と佐伯啓思氏は述べている。つまり、脱工業社会で新たな希少性が生じるのである。

新たな希少性を構成するものは、生活の質とよばれた個々人の生活様式と不可分の関係にある商品、つまり個人生活での健康であること、家庭環境としての豊かな環境、親密なケア、ゆったりとした時間、他人や家族とともに過ごす社交の時、これらは、工業社会の基本的な価値観である経済成長主義、効率第一主義とは異なった原理に基づいているのである。

佐伯氏によると、この脱工業社会での新たな希少性の形成について、アントニー・ギデンズは、ポスト工業社会のことをポスト希少性社会と呼んでいると述べている。( A. Giddens “Beyond Left And Right” 1995) 言換えると、先進国の工業化が十分に進展した後に「ポスト希少性の経済 ( Post-scarcity Economy)」が新たに生まれるのである。(p209)  

工業社会の物的豊かさを達成した後にくる「生活の質」として表現された商品化の切り札、これが新たな希少性と言える。つまり、人は絶えず「より良い生活」を求め続けている。そのために絶えず新しい「希少性」を生み出し続ける。新たな希少性を構成するものは、健康であること、豊かな環境、親密なケア、ゆったりとした時間、他人や家族とともに過ごす社交の時、これらは、工業社会の基本的な価値観である経済成長主義、効率第一主義とは異なった原理に基づいているのである。(p211)


ポスト希少性を前提とする社会経済システムへの挑戦


ポスト工業社会でのポスト希少性・新希少性とも言える「生活の質」(QOL)についての意図的な戦略について佐伯氏は「ポスト希少性社会」の課題として展開する。つまり、「ポスト希少性社会においては、生産性主義はやがて崩壊する」(ギデンズ)するのだが、それは決して自動的に崩壊するのではなく、そのポスト希少性を経済法則とする社会は「闘争によって勝ち取らねばならないもの」(ギデンズ)であると佐伯氏は述べている。

佐伯氏の言う闘争とは資本主義経済に対する批判者としての「社会民主主義」である。自由競争市場経済からの社会民主主義、福祉政策の実践であった。市場競争が生み出した貧富の格差、階級関係の再生産を、弱者救済、生活保護、失業対策、福祉重視を説くことで、それなりの説得力があった。

しかし、それらの社会民主主義経済では本質的な縮小社会での社会経済問題の解決を見出すことはできない。国家予算の大半を占める医療費や社会保険費、福祉国家は高額な納税制度によって維持されることになる。それでも、その予算の配分に関する議論は続く、つまり、医療費の8割以上を死亡する一ヵ月前の患者に費やすことが合理的なのか、それとも教育や子育て、さらに子供の医療費により予算を付けるべきなのか。

福祉国家であればその課題に真剣に取り組まない限り、その国家の方向を維持することは出来ないだろう。今日のヨーロッパ社民党政権の結末を観るまでもなく、また日本での今回の民主党政権のマニフェスト崩壊の現実を理解するならば、その根底に存在する経済の基本的課題、つまり、資源枯渇問題に対する経済政策的解答がないからである。

成長経済の終焉の可能性としての希少性の抑制機能の形成


佐伯氏は、そこで希少性とは見栄や優越願望という「模倣的競争」から生まれたものであるため、その欲望を抑制することを提案している。つまり、すでに述べたように、「模倣的競争」が力を失えば希少性も退場することになると佐伯氏は書いている。つまり、希少性が経済システムの要素から取り除かれるので、この社会経済制度は、文字通り、「ポスト希少性の社会」であると彼は書いている。

つまり、佐伯啓思氏の提案する「成長経済の終焉」つまり縮小化する社会の経済原則として、欲望の抑制が提案されている。その欲望は、まず、工業化社会を推進した市場原理と深く結びついた「希少性」を追い求める優越願望や見栄を抑制することにあると結論されないだろうか。 

言換えると、 この佐伯啓思氏の提案する縮小社会のモデルは、すでに30年前に崩壊した社会主義経済、そして国民を飢餓の苦しみに直面させている北朝鮮の社会経済システムにダブらないだろうか。我々、縮小社会研究会では、この佐伯氏が提案した「成長経済の終焉」の問題提起と社会経済モデルの提案に対して、どのように答えるか。その問題を検討してはどうだろうか。




「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_72.html


引用、参考資料

縮小社会研究会

松久寛 『縮小社会への道 ―原発も経済成長もいらない幸福な社会を目指して―』日刊工業新聞社 2012年4月 220p

市民環境研究所

佐伯啓思 [さえきけいし] 『成長経済の終焉 資本主義の限界と「豊かさ」の再定義』ダイヤモンド・グラフィック社 2003年7月10日 第1刷発行、298p


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2012年8月15日 誤字修正
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