2010年5月13日木曜日

中世社会の世界観の崩壊 ケプラーの地動説の影響

三石博行


中世的世界観から近代的世界観の転換 天動説からケプラーの地動説へ


▽ 中世西洋社会の人々は魔女や魔術を信じ、また人のうわさを批判的に検討する知性を持っていなかったのだろうかという問いに答えるために、逆に、魔女や魔術などの迷信を信じない、また不確かなうわさを聞いてもすぐにそれを信じない現代の我々の意識がどのようにして形成されたか、つまり、迷信を信じ、うわさを鵜呑みにしていた中世社会の人々の意識から、どのようにして脱皮してきたのかということに考えてみる。

▽ 現代社会から中世社会の人々の考え方や意識を観(み)ると、中世の人々が「魔女狩り裁判」をまじめに行っていたことが理解できない。そこで、この問題を考えるために、逆に当時の人々の世界観や社会常識に立って考えることにする。当時の人々の世界観について考えてみよう。

▽ 中世までの世界観の中で代表的な「天動説」について考えてみる。天動説はすべての天体が地球の周りを公転しているという説で、古代ギリシャのエウドクソス(紀元前4世紀)やアリストテレス(紀元前384年-322年)によって宇宙の中心に地球を置き、その周りを天体が同心円上に公転しているという説である。アリストテレスは「天体は永遠に運動している」という考えをもっていた。そして、その後天動説は、紀元後2世紀にクラウディウス・プトレマイオスによって体系化されたのである。アリストテレスに影響される中世ヨーロッパ社会の学問(スコラ学)では、天動説が採用されることになる。

▽ この天動説に対して古代ギリシャのピタゴラスは地球が自転し、太陽の周りを公転しているという宇宙観である地動説を提案していた。このピタゴラスの地動説は15世紀にキリスト教神学者であるコペルニクス(1473年から1543年)によって復活する。コペルニクスの地動説は、確かに現代の天文学の理論である太陽を中心にその周りを地球を含めた惑星が公転しているという説であったが、地球を含めた諸惑星は太陽の回りで完全な円運動をしており、現在の理論(地動説)とは異なるものであった。つまり、コペルニクスの地動説も、アリストテレスの自然学における自然運動(同心円運動)と同じ考え方に立っていたので。

▽ コペルニクスの地動説はジョルダーノ・ブルーノによってその後継承される。ブルーノはイタリアの哲学者、宗教家・神学者である。彼はヨーロッパを放浪しながら、フランスのパリのソルボンヌ大学や当ルーズ大学、オックスフード大学で教鞭を取る。ブルーノはスコラ学派(中世ヨーロッパ社会でキリスト教神学者・哲学者によって確立し、当時の大学で教えられていた文献学と弁証法的討論を方法とする学問)の権威たるアリストテレスの自然学を批判し120のテーゼを書いた。そのことが問題となり裁判に巻き込まれ、最後はローマで7年間もの獄中生活を送ることになる。そして最後は、彼は地動説を唱えたことで異端審問に掛けられ1600年に火あぶりの刑に処せられた。

▽ コペルニクスやブルーノの地動説は太陽の回りを地球や他の惑星が同心円運動をしているというもので、今日の天体運動と異なるものであり、精密なものではなかった。その後、ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラー(1571年-1630年)は天体望遠鏡による観測と惑星運動の数学的裏付けを行いながらケプラーの法則を打ち立て、ガリレオやニュートンを経て成立する古典物理学の基本を提唱した。ケプラーによって、今日の惑星運動、つまり楕円軌道をえがく惑星運動の説明(地動説)が確立した。

▽ 2世紀にクラウディウス・プトレマイオスによって唱えられた天動説は1609年に「新天文学」の中でケプラーが唱えた「ケプラーの法則」によって、体系的に乗り越えられる。中世ヨーロッパ社会の基本的な世界観であった天動説(地球を中心とした天体運動、キリスト教スコラ哲学の世界観)が崩壊するのである。現代の地動説の理論は緻密な天体観測に基づいてケプラーによって唱えられたものである。この天動説からケプラーの地動説への変換の意味は新しい天文学理論の形成という意味以上に世界観の変化を意味する。つまり、科学史の中で語られる「パラダイム変換」を意味する。天動説からケプラーの地動説の変換によって、中世の科学(スコラ学)が崩壊し、アリストテレスの世界観が終焉し、その世界観を基にして出来上がっていた中世社会の支配構造が崩壊していったことを意味するのである。
▽ 例えば、感覚的に星や太陽が東から昇り西に沈む天体の運動を観ているなら、素朴に太陽が東から昇り西の空に沈むと言っている。その限り、人々は朝日や夕日を見ながら「地球が動いている」と感じることはない。感覚的には「太陽が動いている」と思い、「星が動いている」と感じているのである。

▽ アリストテレスの自然哲学(自然観)を簡単に説明するなら、現象として我々の感覚に見える、感じる世界(形相)があって、その世界の存在は物質(質料)によって出来ている。つまり、世界の存在は感じられるものである。感じられるように世界は存在している。そのため、肉眼で感じる世界、天体の存在が天体の本質的な姿を示している。知覚観測によって存在している世界のあり方が理解される。言い換えると、太陽が動いていると感じる以上、太陽は我々の地球(大地)の上を動いていることになる。その視点が天動説の根拠になる。誰も、太陽や星の観測をしながら「今日も地球は動いている」と感じる人はいない。天動説は素朴な人間的感覚を土台にした最も分かりやすい天体運動の理論(説明)なのである。

▽ 現代の社会で、太陽が西の沈む光景を誰が見ても、「地球が動いている」と感じる人は一人もいないだろうが、しかし、義務教育を受けた人なら、誰一人として、太陽が地球の周りを回っていると説明する人もいない。しかし、小中学で太陽系の学習をして地動説を理解していても、我々は、夕日を眺めながら「日が沈む」と確かに言っているのである。では、どうして「日が沈む」と言いながら、頭の中で「地球は自転している」と理解するのだろうか。

▽ ケプラーは望遠鏡(肉眼)で観測して得られた情報(データ)を数学的に整理する手法で、天体運動の理論をまとめた。つまり、それまでも望遠鏡で感覚的に観測しているのであるからケプラーの観測方法とそう変わらないのである。しかし、ケプラー以前は、天体観測のデータを数学的に整理することはしなかったのである。ケプラーは数学という論理の世界で観測データを整理してみた。何故なら、ばらばらの惑星運動を一つの法則で説明するために(神の法則は一つである以上、一つの法則が宇宙を支配している筈であると信じていたので)、人間的な感覚の入る余地のない厳密な計量的方法、数学的方法によって整理したのである。その視点が、それまでの天体観測の方法と基本的に異なることになる。

▽ つまり、自然観測から得られたデータを、数学という道具を用いて再度解釈する、現代科学の基本がそれによって確立するのである。アリストテレスの世界観、人間的感覚を中止とした世界から、それを超越した世界(イデアの世界)を理解する方法として神のことば(数学)を用いることで、宇宙の法則(神の法則)を見つけ出そうとしたのであった。コペルニクスやブルーの物理神学の思想を継承しながら、観測データの数学的解釈という新たな世界を切り開いたのである。ケプラーの法則は、ガリレオの落下の法則と共に、その後、デカルト、パスカル、ニュートンやライプニッツへと大きな影響を与え、近代科学の形成の土台を創ったのである。

▽ アリストテレスの自然学を基礎付けた感覚世界(感覚的経験主義)が根本から否定され、論理(数学)的経験主義へと変化したのが、天動説から地動説への世界観の変化、つまり、中世社会の世界観から新しい近代合理主義社会の世界観の変化を意味するのである。


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