2015年4月18日土曜日

自己組織性の生活学の成立条件

三石博行(MITSUISHI Hiroyuki)


吉田民人の自己組織性の科学とプログラム科学の概念


人間社科学を生命活動によって生み出される世界現象を解明するために吉田民人が提案した「プログラム科学」と、その科学の目的、つまりより良い生命活動(生活文化や社会経済活動)の在り方を探求するための技術学としての「設計科学」の基礎的な理論的探求を、吉田民人は『自己組織性の情報科学』の中で展開していた。
人間社会科学を総じて「自己組織性のプログラム」によって機能している社会文化現象の科学的理解と考えるなら、彼が1950年代に日本の社会学がパーソンズ社会システム論に影響され、その理論が当時の学会を席巻していた時代に、それにあらがい、それと格闘し、生きた社会や人間主体の生活行為によって構築されている社会機能・構造を表現するための「システム論」の構築を試みていた(「生活空間の構造-機能分析- 人間的生の行動学的理論 -」1965年)ことが、理解されるのである。
彼の自己組織概念とは生命以後の全ての存在、つまり生命、それらの生命によって構築された生態環境や文化、そして言語活動を前提にして構築された人類種の文化や社会は、その物質的存在(質料)とそれらのパターン(形相)・情報によって機能し構造化されている。その点が、物理化学的世界と大きく異なる。何故なら、それらの存在形態を構築する要素である「情報」によって、それらの存在形態が決定され、また同時にその行動やさらにはその進化も、自ら所有している「情報」によって決定されているという特徴を持つからである。
自ら所有している情報によって自らの存在形態(個体)の在り方(機能・構造)とその行動を決定され、同時に、その情報を組み替える情報を所有しているのが、吉田民人が謂う「自己組織性」の存在なのである。従って、吉田民人は、生命系や文化社会系の科学を、総じて「自己組織系の科学」と呼んだ。これらの自己組織性の科学は、それらの存在形態を決定している情報、プログラムによって機能していると考え、彼は自己組織性の科学をプログラム科学と呼んだのである。

吉田民人のプログラムと自己組織性の概念 - 「相対1次の自己組織性」・種の保存のプログラムと「相対2次の自己組織性」・生命体保存のプログラム -


生命から人間の言語や意識活動を含めて、極めて大きな枠組みを前提に繰り広げられた吉田民人の情報科学では、自己組織性の概念も極めて原則的に定義されている。

彼は自己組織性を個体の再生プログラムと変異プログラムによって、その個体が生存するメカニズムとして理解していた。つまり個体を構築するシステム(生命維持機能、文化や社会維持機能、そして言語や意識の維持機能)が行っている情報・資源処理を司る情報集合を「プログラム」と考えた。そして、その個体のシステムが再生される、つまり個体保存が可能になっている状態を同一プログラムの再生過程であると考えた。つまり、ある生物が同じ種を再生産する過程がそれに当たる。この過程を吉田民人は「相対1次の自己組織性」と命名した。

言い換えると、吉田民人の「相対1次の自己組織性」とは種の保存のための遺伝子プログラムによって可能になる生命活動であると謂えるだろう。

勿論、生態環境の変化に順応して生きている生命体は、生き延びるために個体が本来持っているプログラム(遺伝子)を活用し、それらの環境に順応し続ける。しかし、同時に、自らのプログラムを変異させ、偶然にしろ、その変異されたプログラムによって個体がその個体の子孫の生存の可能性を拡大させることが出来る。当然、それらの新たなプログラムが、新しい生態環境に適応しない事態も発生する。その結果が、つまり、種が滅びることを意味している。

しかし、プログラムの書き換えによって、種は変化し、新種が生まれ、その結果、生物は新らな生態環境に順応し、生命活動を維持してきた。それが生命の進化と呼ばれるもので、この地球上に生命体が発生して以来、プログラムの書き換えというプログラム自体に存在しているメタレベルのプログラム機能によって生命は進化を続け、この地球上に存続出来て来た。その結果として我々人類がいるのである。このように、プログラムがプログラム自体の保持・変容を可能にする機能を「相対2次の自己組織性」と吉田民人は呼んだのである。

この吉田民人の「相対2次の自己組織性」とは生命活動自体の維持のために遺伝プログラムを変異しつづけるプログラムの所在を語っているとも謂える。その結果が、生物の進化となり、そしてその進化の結果として、生命がこの地球上に存在し続ける理由となると語っているとも謂える。

これまでの生物学では、特にダーウィニズムの基本的思想の中にあった、個体保存と種の保存、そして進化の概念を吉田民人は自己組織性の科学の基本概念、プログラムの概念から最解釈したのであった。

個体保存の機能、自己組織性の運動としての「生体反応の恒常性・ホメオスタシス」について


吉田民人のプログラムとそれによる自己組織性の概念によって生命の基本的な活動、種の保存や進化は説明できた。しかし、生活活動の中で繰り広げられている「生活資本の消費と再生産過程(個体保存のための自己組織性)」はどのように理解されているだろうか。

彼は、「人間レヴェルの自己組織理論の最終的な課題は,複合的な自己組織性の解明と設計である」ために.「個人と社会」をめぐる社会科学の伝統的な課題は,自己組織理論の立場からすると,異なる自己組織性の間の相互連関の代表的な事例」であると考え、人間社会のシステムを解明するために「複合的自己組織性」と言う概念を準備した。しかし、この概念は、提案された1990年、彼のプログラム科学が提案展開された時代、十分なものではなかったのではないかと思われる。

私が提案しようとしている「自己組織性の科学としての生活学」の中の、「生活資本の消費と再生産過程(個体保存のための自己組織性)」は、吉田民人の自己組織概念からは説明できない。この概念は、当時(1950年から1960年代)、生活構造論や生活システム論を展開していた青井和夫、松原治郎や副田義也の理論を援用して形成したものである。その意味で、吉田民人が、1960年代後半から展開する「自己組織性の情報科学」の理論とは異なると謂えるだろう。

副田義也の理論「生活資本の消費と再生産過程」とは、生命活動に置き換えるなら、生命体維持のために、例えば外界の温度変化から体温を一定にするための生体機能である。これをホメオスタシス(Homeostasis)つまり恒常性と呼んでいる。この生体機能によって、我々の血圧、体液の浸透圧やpHなどが安全な領域内に保たれる。生体の恒常性は生物的な化学的な緩衝メカニズムによって、個体を外界からの物理的変化から守っているのである。

生体反応の恒常性・ホメオスタシスに関して、吉田民人は「個体の再生プログラム」という一言で説明し、それもの自己組織概念に含めているようにも解釈できるのであるが、しかし、相対1次の自己組織概念と、この生体の恒常性とは異なる。吉田民人の述べた「個体の再生プログラム」とは個体が新たに再生されるとき、つまり親から子供が生まれる時に、親の遺伝子が引き継がれることを意味し、また、人間が人間種に留まり続ける種の保存を意味している。そのため、個体自体が個体の生命を守る生命活動、つまり「個体保存」とは、意味を異にすることになる。

私が前記した生活活動での二つの自己組織性、つまり「生活資本の消費と再生産過程(個体保存のための自己組織性)」は、吉田民人の自己組織性の科学の中では、厳密な意味で、位置づけられていなかったと謂えるだろう。そして、「生活資本の蓄積と生活主体の再生産過程(種保存ための自己組織性)」は、相対一次の自己組織性として位置付けられていたと解釈できるだろう。

吉田民人の自己組織性やプログラム科学の概念を生活学に援用するためには、彼が大きく定義した自己組織概念の中に、生体反応の恒常性・ホメオスタシスを組み込むこと、そして同時に、個体保存も自己組織性のプログラムによって出現している生体、生活、社会の現実であることを了解する理論的詰めが要求されているのである。

個体の恒常性・ホメオスタシスを維持している細胞レベルの相対1次自己組織性


人々が日常の生活条件を維持するためには、睡眠、栄養補給、休息、休養や余暇を通じて、日々の労働や生活による肉体的・精神的な疲労を回復し、明日の生活や労働を担う状態を維持し続けている。この状態は人間個体の視点からは、身体的精神的な恒常性(こうじょうせい)ないしはホメオスタシス(Homeostasis)を維持していると謂われる。

吉田民人の自己組織性の概念には、上記した個体保存のために日常的に営まれる個体の恒常状態の維持の概念はないのであるが、この個体の恒常性は、視点を変えれば、個体を構築している何十億の細胞の再生過程、つまり相対一次の自己組織性によって担われている。

言い換えると、人々はその身体を構成する何十億の細胞、さらには何兆もの共生細菌の相対1次の自己組織性の生命活動によって、個体の生命活動の恒常状態(ホメオスタシス)が維持され、その個体の日常生活の維持が可能になっているのである。その意味で、人間個体の生命維持、恒常性を維持は、個体を構成する無数の細胞の再生と破棄の生命活動、つまり相対1次自己組織性運動によって可能になっていると謂える。


生活世界での相対1次と相対2次自己組織概念


生命活動のミクロレベルにおける相対1次自己組織性の運動が、マクロレベルの個体の生命維持、個体保存の基盤となっているのである。そして、生殖と呼ばれる個体の再生産によって、その種の保存が可能になっている。それが、個体の視点から観る生命活動の相対1次自己組織性の運動である。生活世界での相対1次自己組織性とは、家族を作り、そして子孫を残し、また社会文化を次の代に継承する社会活動、言い換えると伝統文化を維持し続ける活動を意味している。

生活様式や生活習慣は時代と共に変ってきた。それらの変化の基本的な要因として生態環境、政治経済環境の時間的・歴史的変化が挙げられるだろう。それを社会の歴史と呼んでいる。言い換えるとここで言う歴史とは、現在の社会がその形成の背景に持つ、これまでの生態環境、政治経済環境と生活様式(生活文化)の履歴を意味している。

生活史をマクロ的視点で観るなら、それらはこれまでの生活文化や生活様式の履歴を意味し、また、未来の生活文化も現在のそれを受け継ぎながらも変革し続けるものであると理解できる。それらの変化は上記した生態系、政治的、経済的、また現代では科学技術的環境によって決定されて行くことになる。

ある時代のある生活様式がその伝統を守るように機能することを生活世界の相対1次自己組織性と考えるなら、その伝統が生活を取り巻く環境の変化によって維持できなくなり、新しい生活環境に適応する生活様式が生み出されることを生活世界の相対2次自己組織性であると言える。


参考資料


(1)吉田民人『主体性と所有構造の理論』東京大学出版会、1991.12、 第1編主体性の理論 第1章 生活空間の構造-機能分析- 人間的生の行動学的理論 - pp3-56 

(2) 吉田民人 『自己組織性の情報科学』 新曜社、1990.7、 296

(3) 吉田民人「情報・情報処理・自己組織性 -基礎カテゴリーのシステム-」組織科学 VoL.23 4 1990pp7-15

(4)  吉田民人「「プログラム科学」と「設計科学」の提唱 -近代科学のネオ・パラダイム-」『社会と情報』=Society and information/社会と情報編集員会[編集] 199711 pp129-144

(5) 副田義也「生活構造の基本理論」、in 青井和夫、松原治郎、副田義也編著『生活構造の理論』有斐閣双書 1971.11

(6) 三石博行 「自己組織性の科学としての生活学(1) 生活資本の消費と再生産過程(個体保存のための自己組織性)」 20154116日、フェイスブック記載

(7) 三石博行 「自己組織性の科学としての生活学(2) 生活資本の蓄積と生活主体の再生産過程(種保存ための自己組織性・相対一次の自己組織性)」20154116日、フェイスブック記載https://www.facebook.com/hiro.mitsuishi


2015年7月3日 変更

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