使い捨てをしない生活は可能か
三石博行
槌田劭さんの魅力ある話
先週日曜日(5月23日)に京都大学農学部で第14回縮小社会研究会が開催された。
私の尊敬する人々の一人、槌田劭(つちだ・たかし)さんが、お話をされた。これまで何回かの槌田さんの講演会に参加したが、殆ど同じような話の内容であった。今回が4回目なので、殆どの話を覚えている。しかし、まるで好きなクラッシクの曲を聴いているように、槌田さんの話は、何回聴いても新鮮で飽きることがないのだ。そのことに、実は驚いている。
槌田さんは1968年(全共闘時代と呼んでいます)の学生運動から問われた大学や大学研究者への課題を真面目すぎるほど真面目に受け止められ、1973年に市民や学生と一緒に「使い捨てを考える会」を結成し、リヤカーを引っ張って古紙回収を始めました。その後、京都大学工学部助教授を辞めてしまいました。本当にびっくりするぐらい変わった人(真面目すぎて)と言われていました。
その後、精華短期大学で教職に就かれましたが、専門の金属工学を全く辞めて、もっぱら環境問題や資源や食糧の再生可能な社会のために運動、啓蒙活動や研究をされてきました。教育者としても非常に大きな業績(学校法人の理事長となり精華短期大学を京都精華大学にした)を持って居られますが、そのことは何一つとして皆さんの前でお話されたことはない。
槌田さんの声は、細い身体から創造も出来ないほど力強い。音量は少し小さ目だが、流暢に言葉が流れ、一つひとつの音節がしっかりと区切られ、まるで教会の牧師さんのお話のように、説得力のある事例を出しながら、みごとに説教を組立ていく。明らかに、槌田さんは、講演者と言うよりも、槌田教思想(教)の伝達者(教祖)と言うべきだろう。彼の迫力に満ちた説教、いつの間にか、その気迫と説得力に私たちはのみ込まれてしまう。
こうした話の力は、彼のことばが彼の生きている世界の中から染み出しているからだろう。つまり、生きる現実から彼は我々に話しかけているのである。
槌田さんのお話を聞くたびに、「もしかして、吉田松陰や武市半平太もこんな口調で話していたのかもしれない」と私は思う。時代の黎明期に登場する思想家のように、槌田さんはとうとうと「使い捨てを考える」生き方とは何かを語る。
今、使い捨てを考えるとはどういうことなのだろうか
現代社会に生きていて、使い捨てしないという生き方は不可能に近い。例えば、衣類などはどうだろうか。衣類は捨てにくいもので、どんなに古いものでも、捨てられずに、タンスの奥、押し入れや物置にしまい込んでしまう。そして、家の中には古い衣類がたまっていく。
その中には、亡くなった両親の衣類もあった。昔の人は、服を沢山持っていないが、良い生地の服を持っていた。捨てるのが惜しくて貰ったが、結局、一回も使わず、家の奥にしまい込んでいた。体型が変化して着られなくなったもの、流行遅れのもの、少しシミが着いたもの、それらを困った人々にあげようとため込んでいた。そこで、市民団体に連絡すると、「もうそういうものは誰も貰いません」と断わられた。1970年までの日本と2010年代の日本は違うのだと電話口から聞こえる市民運動家の声を通じて理解した。
使い捨てを考えるということは、使い捨てをせざるを得ないという現代のライフスタイルでは不可能であることを示すだけではないか。それでも、使い捨てをしないことを心がける意味はどこにあるのだろうか。
つまり、使い捨てを考えるという課題は、使い捨てをせざるを得ない社会の在り方を考えると理解していいのだろうか。なるべく使い捨てをしない。例えば、食べ物を捨てない、生ごみをコンポストに入れて肥料として再利用する、食器洗いの水やお風呂の水は再利用しる、庭には雨水を撒く、古紙をリサイクルに回す、ペットボトルやプラスチックのリサイクルに協力する、スーパーには買い物袋を持っていく、等々。
しかし、私たちは現代社会の生活環境の中で、使い捨てを考えないライフスタイルを強制され、使い捨てる便利さの上に日常生活が営まれていることは否定できないだろう。この現実が問いかけている課題、「それでも使い捨てを考えるということの意義」とは何か、使い捨てを考える会を持続したり、使い捨てを考えるという活動を続けるためには、この問い掛けに答えなければならないだろう。
使い捨てをしない社会や生活はどのように可能か
どれくらい私一人の生活が環境に負荷を与えているのか。住んでいる家、暖房や冷房、テレビやステレオ、照明、コンピュータ、その他家電(掃除機や洗濯機等々)が消費している電気、上水道や下水道。生活のすべてがエネルギー消費なくしては成立していない。それが、今の日本社会での、私たちの生活環境である。
その生活環境とは使い捨てをすることで成立しているともいえる。つまり、使い捨てをしなければ家の中は古いもの(つまり多量の電気エネルギー消費する家電等々)、使えないもの(故障しても修理出来ないもの、修理代が新品購入費より高い場合があるもの)で身動きが出来なくなる。狭い日本の住宅では、役に立たないものはサッサと捨てなければ生活が出来なくなっている。使い捨てをしながら少しでも快適な住環境を維持している。これが現実の私たちの生活なのだ。
使い捨てをせざる得ない現代の生活スタイルを少しでも使い捨てをしないようにするためには、出来る限り消費しない生活様式を取り入れなければならない。
無駄なものは買わない。例えば100円ショップで、安いという理由で無駄なもの、結局は質が劣るために、使わなくなるようなものを買い込んでいないか。また、着もしない安売りの服、美味しくもない安売りの食糧、安いから買うという生活スタイルで、家の中にごみが増えていないか。無駄な買い物をしないということが、結局、使い捨てをしないと言うことになる。つまり、使い捨てをしないためには、良いものを買う習慣が必要なのだろうか。貧乏人でなく、金持ちのライフスタイルが求められるのだろうか。
出来るだけ資源やエネルギーを節約する。例えば、水道水を庭に撒かない。そのため雨水、お風呂の水、炊事排水を利用する。太陽熱や光のエネルギーを活用する。台所や庭ででる有機物を土に返す。小さな庭があれば、野菜を植える。雨水タンク、風呂水再利用排水施設、太陽光パネル、太陽熱パネル等々、これまた贅沢な施設が必要となる。
使い捨てをしないことは不可能だが、使い捨てを少なくするために、結局、高価なものを買い、結果的には、高価なごみを作ることになる。
本当に使い捨てを考えることは難しい。今の生活レベルを1970年以前に戻すとすれば、少し、使い捨てをしない生活様式が可能になりそうだ。しかし、今よりも快適な生活環境ではないことは確かだ。平均寿命も低くなる。外国にも簡単に行けそうもない。色々な海外の食べ物も入らない。あのころはバナナが高かったし、高級品だった。
使い捨てを考えるためには、そうした時代に戻る覚悟が真剣に問われることになりそうだ。
「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_72.html
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哲学に於いて生活とはそのすべての思索の根拠である。言い換えると哲学は、生きる行為、生活の場が前提になって成立する一つの思惟の形態であり、哲学は生きるための方法であり、道具であり、戦略であり、理念であると言える。また、哲学の入り口は生活点検作業である。何故なら、日常生活では無神経さや自己欺瞞は自然発生的に生まれるため、日常性と呼ばれる思惟の惰性形態に対して、反省と呼ばれる遡行作業を哲学は提供する。方法的懐疑や現象学的還元も、日常性へ埋没した惰性的自我を点検する方法である。生活の場から哲学を考え、哲学から生活の改善を求める運動を、ここでは生活運動と思想運動の相互関係と呼ぶ。そして、他者と共感しない哲学は意味を持たない。そこで、私の哲学を点検するためにこのブログを書くことにした。 2011年1月5日 三石博行 (MITSUISHI Hiroyuki)
2013年6月15日土曜日
2013年6月10日月曜日
「死体とうんこ」
総合地球環境研究所の副所長佐藤洋一郎氏に会ったとき、彼が現代の日本社会では「死体とうんこ」を隠す文化に成っていると話していた。
死体、つまり死、そしてうんこ、つまり生命と生成物の廃棄物はある意味で生命の姿の別の一面でもある。生があるから死がり、生きるすべてが死を待っているともいえる。死体を隠すことは、ある意味で、生を隠すことにならないか。
うんこについても同じようなことが言える。
つまり、生成されたものは利用活用され、そして廃棄される。有用なものが利用され、そして最後に消費され、分子レベルまで分解される。しかし、途中で消費されず、そのまま前の形を留め、または形が破壊され、ごみと呼ばれる廃棄物となっているものがある。
それらの廃棄物は、分解可能であれば、また別の生命体の栄養となる。その繰り返しをエコサイクルとか、食物連鎖とか、生態系とか呼んでいる。しかし、人工物の中には、自然に(生物や化学反応によって)分解されないものがある。それは、厄介なことを生態(生体)環境に引き起こす。
うんこは生命活動の中で生じる廃棄物である。言わば、生命が存在してからずーと生み出された廃棄物である。その廃棄物は最近人間が化学的に造りだした廃棄物とは違う。生態系の中では、その廃棄物は他の生命の栄養となる。また、その生命もその栄養を食べて、新しい廃棄物を生み出す。
つまり、うんこは生命と生命をつなぐ物質として自然の中では活躍している。うんこを生態系の食物連鎖の中に組み入れないシステム、下水処理場は、生態資源の無駄使いをしているともいえる。
また、うんこを隠すことは、生命と生命が食物連鎖によって繋ぎ合っていることを隠すことを意味する。つまり、うんこは生命について考える一つの契機を与えているのである。
「死体とうんこ」を隠す文化は、生命について考える契機を奪い、もしくは、その現実を見つめる機会を与えないようにしているようだ。
死を考える生活スタイルの中に、本当に生きることを知る生活環境や文化が形成されるだろう。 そう考えると冗談のように聞こえる「死体とうんこ」というテーマの深い意味が理解できるかもしれない。
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死体、つまり死、そしてうんこ、つまり生命と生成物の廃棄物はある意味で生命の姿の別の一面でもある。生があるから死がり、生きるすべてが死を待っているともいえる。死体を隠すことは、ある意味で、生を隠すことにならないか。
うんこについても同じようなことが言える。
つまり、生成されたものは利用活用され、そして廃棄される。有用なものが利用され、そして最後に消費され、分子レベルまで分解される。しかし、途中で消費されず、そのまま前の形を留め、または形が破壊され、ごみと呼ばれる廃棄物となっているものがある。
それらの廃棄物は、分解可能であれば、また別の生命体の栄養となる。その繰り返しをエコサイクルとか、食物連鎖とか、生態系とか呼んでいる。しかし、人工物の中には、自然に(生物や化学反応によって)分解されないものがある。それは、厄介なことを生態(生体)環境に引き起こす。
うんこは生命活動の中で生じる廃棄物である。言わば、生命が存在してからずーと生み出された廃棄物である。その廃棄物は最近人間が化学的に造りだした廃棄物とは違う。生態系の中では、その廃棄物は他の生命の栄養となる。また、その生命もその栄養を食べて、新しい廃棄物を生み出す。
つまり、うんこは生命と生命をつなぐ物質として自然の中では活躍している。うんこを生態系の食物連鎖の中に組み入れないシステム、下水処理場は、生態資源の無駄使いをしているともいえる。
また、うんこを隠すことは、生命と生命が食物連鎖によって繋ぎ合っていることを隠すことを意味する。つまり、うんこは生命について考える一つの契機を与えているのである。
「死体とうんこ」を隠す文化は、生命について考える契機を奪い、もしくは、その現実を見つめる機会を与えないようにしているようだ。
死を考える生活スタイルの中に、本当に生きることを知る生活環境や文化が形成されるだろう。 そう考えると冗談のように聞こえる「死体とうんこ」というテーマの深い意味が理解できるかもしれない。
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2013年6月8日土曜日
「文理融合と社会デザイン」と5つの政策実践(セッション)課題
政治社会学会(ASPOS)の2013年度大会の課題について(2)
三石博行
2013年度の政治社会学会総会及び研究大会は11月16日(土曜日)から17日(日曜日)の二日間、大阪府吹田市の千里金蘭大学で開催されることが決まった。2010年度(設立大会)から2012年度までの研究大会のテーマは「文理融合と人間社会科学の再生」であった(1)。
この三回の研究大会を踏まえながら、今回(第四回)の大会から「文理融合と社会デザイン」を研究大会のテーマに掲げた。今回はその第一回目の研究大会となる。この研究大会では、5つのセッションを設けた。以下、それらのセッションの課題に私の考えを関して述べる。
セッション「社会デザインと政策実践」
昨年の学会でセッション「プログラム科学とは何か」で設計科学としての政策学の方法論に関して議論した。文理融合型の研究は当然、問題解決に必要なあらゆる専門知識や技術を導入する学祭的プラグマティズムがこれからの政策学に求められている。
文理融合型政策実践の課題を展開するために、基礎理論を課題にした議論から、実際の政策実践の課題に焦点を合わせながら、具体的な理論的検証をその中で進める議論が必要とされている。そこで、今年度は、基礎理論に関する議論から一歩出て、その理論が現実の政策実践に応用可能なのかを検討したい。
これまでこの学会では、政策学を人間、文化や社会経済に関する設計科学、「社会デザイン」科学と位置づけてきた。そして、有効な「社会デザイン」を展開する科学、つまり政策提案や実践に関する検証作業、例えば、地域医療問題(医療政策という社会デザイン問題)、食糧問題や水問題を解決する社会デザイン(農業、環境、地方文化や産業、少子化政策)、脱原発・エネルギー政策と社会デザイン等々の課題に有効な「社会デザイン」論に関する議論を呼び掛けたい。
セッション「社会デザインと民主主義」
昨年の学会のセッションで、福島原発事故に関する議論を行った。この議論で指摘されたことは、技術的問題、エネルギー政策、原子力政策を進めるための制度上の課題があるということであった。一般に「原子力ムラ」と呼ばれる利権集団が形成され、技術的な安全問題、エネルギー政策上のリスク等々があったとしても、つまりこれまで原発事故、高速増殖炉や核燃料サイクルの失敗が続いてきたとしても、それらの事実を隠ぺいし、それらの問題を指摘し批判する人々を排除し続けてきた組織の在り方、人々の考え方、社会の在り方が問われなければならない。
福島原発事故問題が示す課題は、原子力政策を進める制度によって形成された「原子力ムラ」の利益集団と呼ばれる社会文化現象を徹底的に解明し、その構造が、実際は日本社会全体の構造問題として存在していることに気付く必要はないだろうか。
今、今後の日本社会の在り方が議論され、例えば、憲法改正の課題が議論されるようになった。この社会文化現象は評価すべきものである。国民が自らの国や社会の在り方や運営の仕方を議論し、自らの責任でそれを選ぶことは決して悪いことではない。そこで、この議論が国民のものとして位置付けられ、国民的議論を通じて、国民主権、民主主義社会の文化がさらに深く根付くかどうかが最も注目されるべき点である。
つまり、現在の日本社会で問われる課題は、すべてと言っていいほど「民主主義の在り方」にたどり着く。具体的な例を挙げれば切がない。「差別」、「暴力」、「いじめ」、「金融マフィア」、「少子化問題」、「子育て問題」、「女性の権利」等々、つまり、それらの社会文化現象の根底にある「秘密主義」、「官僚主義」、「学閥主義」、「学歴偏重」、「利権集団」、「多様性の排除論理」、「多様性排除」、「他者への差別」、「既得権益の維持」等々の社会構造の体質が挙げられる。
しかし、同時に、民主主義文化を発展させる運動や組織運営方法がある。例えば、「市民参画型運営」、「情報公開型」、「平等主義と役割機能主義」等々が挙げられる。これらの民主主義文化を構築する要素を取り入れた「社会デザイン」の設計が求められる。例えば、自然災害や社会災害に対する安全管理や危機管理体制、また復興計画や都市計画に至るまで、社会デザインの課題には、その最終構想のみでなく、その構築過程の設計図が求められているのである。
例えば、成田国際空港建設事業にみられるように、民主主義に基づく社会デザイン計画の手続き(一方的な立ち退き命令を出すという手段は民主主義国家の在り方と反する)が欠如することで、結果的には空港建設は大幅に遅れ、現在でも完成していない。その損失を考えると、社会デザインにとって民主主義的合意形成の果たす経済性が理解できるだろう。
セッション「教育と政治社会」
教育は百年の計と言われている。明治以来の国民国家の形成、近代化政策を進めることが出来たのも、また、それ以前の江戸時代の教育制度がなければ、明治維新や明治近代化政策も存在しなかったと言える。その意味で、今日の日本社会を形成構築した政策の一つに教育政策がある。
社会が大きな変革を迎える時期に、教育制度や政策が問われる。封建社会から近代国家への過渡期に国民教育制度が生まれ、また戦前の天皇制議会主義社会から戦後の国民主権国家への移行期に、民主主義教育が形成された。そして、今、我々が教育制度や教育政策を見直そうとしていることは、ある時代が終息し、新しい時代が生まれようとしているのだとも予測できる。この新しい時代と社会に最も適した人材育成を社会は教育改革の名のもとに実行しようとしている。
前記したように政治社会学会の目的を謳った会則第2条に「科学技術の著しい発展、地球温暖化問題の発生、グローバル化の急速な進展」等々、日本の政治社会や市民生活は、「これまで経験したことのない事態に直面し、さまざまな問題解決を迫られている」。その意味で、これらの教育はこれらの新しい社会や生活環境に必要とされる政策、制度や内容を求められている。
例えば、
1、国際化社会に適した人材教育(英語教育、PBL、国際教養学部、講義の英語化等々)。
2、すでに、学会指針の三本柱の二つ目の課題に挙げられているのが「リベラル・アーツの再検討と人文社会科学再生への道」、つまり科学技術文明社会で生産・消費・生活者の生き方に役立つリベラル・アーツの内容(人文社会系の入試内容の変更、理数系科目の補習教育等々)。
3、成熟した民主主義社会を発展構築する人材教育(市民運動、NGO、NPO、企業の教育参加)。
4、国際地域の安全と平和的共存に寄与できる人材教育や東アジア共同大学院制度の構築
5、先端産業への人的資源補充機能(実践的な社会人教育制度、専門資格検定制度)、
6、地域社会の活性化を支援する教育体制、
等々、幾つかの課題が簡単に列挙できる。しかし、これ以上に多くの課題が山積していることは言うまでもない。
また、「教育と政治社会」では、前記した「社会デザインと民主主義」の課題、つまり成熟した民主主義社会への形成過程で具体的に問われる課題、例えば、少子高齢化問題、教育政策や教育問題(いじめや高等教育問題)、医療政策、エネルギー政策、安全管理や危機管理政策、過疎化対策、地域経済活性化対策、異文化・異世代共生社会構築の課題解決で問われる「教育制度」や「教育政策」を取り上げる必要がある。
セッション「生態環境と政治社会」
20世紀後半、地球温暖化や生態環境問題を解決するために文理融合型の政策提案や実践が課題となった。この政治社会学会は設立当初から生態環境保全のための政策実現を課題に挙げて、研究活動を展開してきた。
2010年11月の政治社会学会設立記念研究大会ではセッション「理系と文系の研究者の協働による学際研究を目指して -地球研オアシスプロジェクトにおけるパイロット的事例」で「総合科学としての地球環境学」に関する報告があった。
2011年3月11日の福島原発事故の半年後に開催された第二回政治社会学会研究大会は、東日本大震災を受けて災害復旧や今後の減災への議論を深めるために関連する学会が連携し設立した学会連携・震災対応プロジェクトと連携して研究大会が企画された。そして、特別講演(総括)(「パラダイム・シフト-グローバル市民社会と新しい公共を目指して-」)、二つのセッション(「東日本大震災と日本経済・地域経済・政策決定」と「福島原発事故を考える:広島・長崎・チェルノブイリの経験から」)、二つの共通論題(「地球環境コンソーシアム構想:『国際社会の知』の形成に向けて」と「自然科学と社会科学における歴史的アプローチの異同」)と大会の5つのプログラムを生態環境と政治社会の課題が占めた。つまり、東日本大震災・福島原発事故に関する生態環境と政治社会のテーマで第2回研究大会は行われ(た)と言える。
前回、第三回目の研究大会では「生態環境と政治社会」の課題は、二つのセッション「自然科学と社会科学の歴史的アプローチの異同:パートⅡ」と「福島原発事故調査をめぐる自然科学と社会科学」、そして北澤宏一先生の基調講演「福島原発事故に学ぶ-これからの日本のエネルギーと科学技術-」が生態環境と政治社会のテーマに即して企画された。
今回、第四回研究大会は、これまでの政治社会学会が推し進めてきた「生態環境と政治社会」のテーマを継承しさらに発展させたい。つまり、持続可能な生態環境を確立するために問われる政治社会制度や政策に関する議論が必要である。それらの議論を地域社会での政策実践やまたこれからの資源、エネルギー、食糧、農業問題に関する政具体的な策提案や政策実践の検証作業として展開できないかと考えている。
政策提言型会員公募セッション
政治社学会では、昨年(第3回研究大会)から、若手研究者の研究発表の場を提供することを目的にして「政策提言型会員公募セッション」を開催してきた。このセッションでは、研究大会のテーマ「文理融合と社会デザイン」に関する幅広い研究発表を募集している。
昨年の研究大会でも、多くの募集者が集まり、その募集者の中からセッション責任者(新川達郎先生)によって研究発表者を絞って、研究発表を依頼した。今年は、昨年の反省に立って、応募した研究発表課題を、昨年と同じくセッション責任者(新川達郎先生)によって予め発表者を選別することになる。
しかし、発表できない応募者にはすべてポスターセッションでの発表の機会を与えることになる。できるだけ多くの若手研究者に研究発表の場を提供するために、今年からポスターセッションでの発表の機会を提供することになった。
問題解決を課題とする学会活動を目指す
以上、第四回研究大会のテーマと「文理融合と社会デザイン」の意味と課題について述べ、その課題を展開するために準備した5つのセッションの趣旨を説明した。
この「学会テーマとセッション課題について」の議論はこれまでの企画委員会や理事会の議論に基づき書かれたものである。この文書を、企画委員、理事会のメンバーとセッション責任者に配布し、研究大会のプログラムをより具体的に進めたいと希望する。
また、基調講演者への依頼を行うにあたって、大会テーマの意味とセッションの趣旨を説明することで、今回の大会テーマに沿った講演テーマのお願いが可能になる。そのために以上の文章を作成した。
そして、時代の問題を常に取り上げ、その問題解決のために、すべての学問、技術、企業、行政、政府機関、国際機関、市民活動のすべての社会、経済、政治、文化、生活領域を超えて取り組む姿勢を示し、実践する学会、政治社会学会の今後の展開に寄与する第四回研究大会であることを期待したい。
引用、参考資料
(1)、 三石博行 「 政策科学の方法と実践的課題 「文理融合と社会デザイン」-政治社会学会(ASPOS)の2013年度大会の課題について(1)-」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_6.html
(2) 政治社会学会(ASPOS)ホームページ
http://aspos.web.fc2.com/
(3) 第三回政治社会学会総会及び研究大会プログラム
http://aspos.web.fc2.com/20121123-25aspos3.pdf
(4) 第三回政治社会学会総会及び研究大会報告要旨集
http://aspos.web.fc2.com/20121123-25abstract.pdf
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三石博行
2013年度の政治社会学会総会及び研究大会は11月16日(土曜日)から17日(日曜日)の二日間、大阪府吹田市の千里金蘭大学で開催されることが決まった。2010年度(設立大会)から2012年度までの研究大会のテーマは「文理融合と人間社会科学の再生」であった(1)。
この三回の研究大会を踏まえながら、今回(第四回)の大会から「文理融合と社会デザイン」を研究大会のテーマに掲げた。今回はその第一回目の研究大会となる。この研究大会では、5つのセッションを設けた。以下、それらのセッションの課題に私の考えを関して述べる。
セッション「社会デザインと政策実践」
昨年の学会でセッション「プログラム科学とは何か」で設計科学としての政策学の方法論に関して議論した。文理融合型の研究は当然、問題解決に必要なあらゆる専門知識や技術を導入する学祭的プラグマティズムがこれからの政策学に求められている。
文理融合型政策実践の課題を展開するために、基礎理論を課題にした議論から、実際の政策実践の課題に焦点を合わせながら、具体的な理論的検証をその中で進める議論が必要とされている。そこで、今年度は、基礎理論に関する議論から一歩出て、その理論が現実の政策実践に応用可能なのかを検討したい。
これまでこの学会では、政策学を人間、文化や社会経済に関する設計科学、「社会デザイン」科学と位置づけてきた。そして、有効な「社会デザイン」を展開する科学、つまり政策提案や実践に関する検証作業、例えば、地域医療問題(医療政策という社会デザイン問題)、食糧問題や水問題を解決する社会デザイン(農業、環境、地方文化や産業、少子化政策)、脱原発・エネルギー政策と社会デザイン等々の課題に有効な「社会デザイン」論に関する議論を呼び掛けたい。
セッション「社会デザインと民主主義」
昨年の学会のセッションで、福島原発事故に関する議論を行った。この議論で指摘されたことは、技術的問題、エネルギー政策、原子力政策を進めるための制度上の課題があるということであった。一般に「原子力ムラ」と呼ばれる利権集団が形成され、技術的な安全問題、エネルギー政策上のリスク等々があったとしても、つまりこれまで原発事故、高速増殖炉や核燃料サイクルの失敗が続いてきたとしても、それらの事実を隠ぺいし、それらの問題を指摘し批判する人々を排除し続けてきた組織の在り方、人々の考え方、社会の在り方が問われなければならない。
福島原発事故問題が示す課題は、原子力政策を進める制度によって形成された「原子力ムラ」の利益集団と呼ばれる社会文化現象を徹底的に解明し、その構造が、実際は日本社会全体の構造問題として存在していることに気付く必要はないだろうか。
今、今後の日本社会の在り方が議論され、例えば、憲法改正の課題が議論されるようになった。この社会文化現象は評価すべきものである。国民が自らの国や社会の在り方や運営の仕方を議論し、自らの責任でそれを選ぶことは決して悪いことではない。そこで、この議論が国民のものとして位置付けられ、国民的議論を通じて、国民主権、民主主義社会の文化がさらに深く根付くかどうかが最も注目されるべき点である。
つまり、現在の日本社会で問われる課題は、すべてと言っていいほど「民主主義の在り方」にたどり着く。具体的な例を挙げれば切がない。「差別」、「暴力」、「いじめ」、「金融マフィア」、「少子化問題」、「子育て問題」、「女性の権利」等々、つまり、それらの社会文化現象の根底にある「秘密主義」、「官僚主義」、「学閥主義」、「学歴偏重」、「利権集団」、「多様性の排除論理」、「多様性排除」、「他者への差別」、「既得権益の維持」等々の社会構造の体質が挙げられる。
しかし、同時に、民主主義文化を発展させる運動や組織運営方法がある。例えば、「市民参画型運営」、「情報公開型」、「平等主義と役割機能主義」等々が挙げられる。これらの民主主義文化を構築する要素を取り入れた「社会デザイン」の設計が求められる。例えば、自然災害や社会災害に対する安全管理や危機管理体制、また復興計画や都市計画に至るまで、社会デザインの課題には、その最終構想のみでなく、その構築過程の設計図が求められているのである。
例えば、成田国際空港建設事業にみられるように、民主主義に基づく社会デザイン計画の手続き(一方的な立ち退き命令を出すという手段は民主主義国家の在り方と反する)が欠如することで、結果的には空港建設は大幅に遅れ、現在でも完成していない。その損失を考えると、社会デザインにとって民主主義的合意形成の果たす経済性が理解できるだろう。
セッション「教育と政治社会」
教育は百年の計と言われている。明治以来の国民国家の形成、近代化政策を進めることが出来たのも、また、それ以前の江戸時代の教育制度がなければ、明治維新や明治近代化政策も存在しなかったと言える。その意味で、今日の日本社会を形成構築した政策の一つに教育政策がある。
社会が大きな変革を迎える時期に、教育制度や政策が問われる。封建社会から近代国家への過渡期に国民教育制度が生まれ、また戦前の天皇制議会主義社会から戦後の国民主権国家への移行期に、民主主義教育が形成された。そして、今、我々が教育制度や教育政策を見直そうとしていることは、ある時代が終息し、新しい時代が生まれようとしているのだとも予測できる。この新しい時代と社会に最も適した人材育成を社会は教育改革の名のもとに実行しようとしている。
前記したように政治社会学会の目的を謳った会則第2条に「科学技術の著しい発展、地球温暖化問題の発生、グローバル化の急速な進展」等々、日本の政治社会や市民生活は、「これまで経験したことのない事態に直面し、さまざまな問題解決を迫られている」。その意味で、これらの教育はこれらの新しい社会や生活環境に必要とされる政策、制度や内容を求められている。
例えば、
1、国際化社会に適した人材教育(英語教育、PBL、国際教養学部、講義の英語化等々)。
2、すでに、学会指針の三本柱の二つ目の課題に挙げられているのが「リベラル・アーツの再検討と人文社会科学再生への道」、つまり科学技術文明社会で生産・消費・生活者の生き方に役立つリベラル・アーツの内容(人文社会系の入試内容の変更、理数系科目の補習教育等々)。
3、成熟した民主主義社会を発展構築する人材教育(市民運動、NGO、NPO、企業の教育参加)。
4、国際地域の安全と平和的共存に寄与できる人材教育や東アジア共同大学院制度の構築
5、先端産業への人的資源補充機能(実践的な社会人教育制度、専門資格検定制度)、
6、地域社会の活性化を支援する教育体制、
等々、幾つかの課題が簡単に列挙できる。しかし、これ以上に多くの課題が山積していることは言うまでもない。
また、「教育と政治社会」では、前記した「社会デザインと民主主義」の課題、つまり成熟した民主主義社会への形成過程で具体的に問われる課題、例えば、少子高齢化問題、教育政策や教育問題(いじめや高等教育問題)、医療政策、エネルギー政策、安全管理や危機管理政策、過疎化対策、地域経済活性化対策、異文化・異世代共生社会構築の課題解決で問われる「教育制度」や「教育政策」を取り上げる必要がある。
セッション「生態環境と政治社会」
20世紀後半、地球温暖化や生態環境問題を解決するために文理融合型の政策提案や実践が課題となった。この政治社会学会は設立当初から生態環境保全のための政策実現を課題に挙げて、研究活動を展開してきた。
2010年11月の政治社会学会設立記念研究大会ではセッション「理系と文系の研究者の協働による学際研究を目指して -地球研オアシスプロジェクトにおけるパイロット的事例」で「総合科学としての地球環境学」に関する報告があった。
2011年3月11日の福島原発事故の半年後に開催された第二回政治社会学会研究大会は、東日本大震災を受けて災害復旧や今後の減災への議論を深めるために関連する学会が連携し設立した学会連携・震災対応プロジェクトと連携して研究大会が企画された。そして、特別講演(総括)(「パラダイム・シフト-グローバル市民社会と新しい公共を目指して-」)、二つのセッション(「東日本大震災と日本経済・地域経済・政策決定」と「福島原発事故を考える:広島・長崎・チェルノブイリの経験から」)、二つの共通論題(「地球環境コンソーシアム構想:『国際社会の知』の形成に向けて」と「自然科学と社会科学における歴史的アプローチの異同」)と大会の5つのプログラムを生態環境と政治社会の課題が占めた。つまり、東日本大震災・福島原発事故に関する生態環境と政治社会のテーマで第2回研究大会は行われ(た)と言える。
前回、第三回目の研究大会では「生態環境と政治社会」の課題は、二つのセッション「自然科学と社会科学の歴史的アプローチの異同:パートⅡ」と「福島原発事故調査をめぐる自然科学と社会科学」、そして北澤宏一先生の基調講演「福島原発事故に学ぶ-これからの日本のエネルギーと科学技術-」が生態環境と政治社会のテーマに即して企画された。
今回、第四回研究大会は、これまでの政治社会学会が推し進めてきた「生態環境と政治社会」のテーマを継承しさらに発展させたい。つまり、持続可能な生態環境を確立するために問われる政治社会制度や政策に関する議論が必要である。それらの議論を地域社会での政策実践やまたこれからの資源、エネルギー、食糧、農業問題に関する政具体的な策提案や政策実践の検証作業として展開できないかと考えている。
政策提言型会員公募セッション
政治社学会では、昨年(第3回研究大会)から、若手研究者の研究発表の場を提供することを目的にして「政策提言型会員公募セッション」を開催してきた。このセッションでは、研究大会のテーマ「文理融合と社会デザイン」に関する幅広い研究発表を募集している。
昨年の研究大会でも、多くの募集者が集まり、その募集者の中からセッション責任者(新川達郎先生)によって研究発表者を絞って、研究発表を依頼した。今年は、昨年の反省に立って、応募した研究発表課題を、昨年と同じくセッション責任者(新川達郎先生)によって予め発表者を選別することになる。
しかし、発表できない応募者にはすべてポスターセッションでの発表の機会を与えることになる。できるだけ多くの若手研究者に研究発表の場を提供するために、今年からポスターセッションでの発表の機会を提供することになった。
問題解決を課題とする学会活動を目指す
以上、第四回研究大会のテーマと「文理融合と社会デザイン」の意味と課題について述べ、その課題を展開するために準備した5つのセッションの趣旨を説明した。
この「学会テーマとセッション課題について」の議論はこれまでの企画委員会や理事会の議論に基づき書かれたものである。この文書を、企画委員、理事会のメンバーとセッション責任者に配布し、研究大会のプログラムをより具体的に進めたいと希望する。
また、基調講演者への依頼を行うにあたって、大会テーマの意味とセッションの趣旨を説明することで、今回の大会テーマに沿った講演テーマのお願いが可能になる。そのために以上の文章を作成した。
そして、時代の問題を常に取り上げ、その問題解決のために、すべての学問、技術、企業、行政、政府機関、国際機関、市民活動のすべての社会、経済、政治、文化、生活領域を超えて取り組む姿勢を示し、実践する学会、政治社会学会の今後の展開に寄与する第四回研究大会であることを期待したい。
引用、参考資料
(1)、 三石博行 「 政策科学の方法と実践的課題 「文理融合と社会デザイン」-政治社会学会(ASPOS)の2013年度大会の課題について(1)-」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_6.html
(2) 政治社会学会(ASPOS)ホームページ
http://aspos.web.fc2.com/
(3) 第三回政治社会学会総会及び研究大会プログラム
http://aspos.web.fc2.com/20121123-25aspos3.pdf
(4) 第三回政治社会学会総会及び研究大会報告要旨集
http://aspos.web.fc2.com/20121123-25abstract.pdf
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2013年6月6日木曜日
政策科学の方法と実践的課題 「文理融合と社会デザイン」
政治社会学会(ASPOS)の2013年度大会の課題について(1)
三石博行
政治社会学会の設立の趣旨と三つの課題
2010年10月に結成された21世紀型の学会活動を模索する政治社会学会(ASPOS)では、21世紀社会、科学技術文明社会での政治社会学、政策学の在り方を問題にしてきた。「政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学の垣根を取り払い、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の新学会を目指して」(荒木義修2010)活動することがこの学会の設立趣旨であった。
本会の設立趣旨に基づき、「新たな社会に対応する学会指針の三本柱」(荒木義修2010)と呼ばれる学会の課題が述べられた。その一つは.「文理融合型の学際的研究を可能にする新たな視点の再開発 」であり、二つ目の課題は「リベラル・アーツの再検討と人文社会科学再生への道」である。そして、三つ目は「新たな社会構想:必要とされる理念の調和と叡智あるプログラム設計」(荒木義修2010)であった。
大会テーマ「文理融合と人間社会科学の再生」の目的とその意味
上記した三つの学会指針に即して、政治社会学の科学方法論としての文理融合型の研究方法が課題となった。第一回から第三回までの研究大会では「文理融合と人間社会科学の再生」が大会テーマとして取り上げられた。
2010年に人間社会科学分野から積極的に文理融合の方法論を取り上げることは決して斬新的なものではなかったが、この文理融合の方法論を政策実践の中で検証しようとする政治社会学会の試みは、人間社会科学での先端的研究として評価できる。
この先端的研究、つまり文理融合型の研究方法や研究制度が評価されたのは、環境問題に取り組む政策学であった。2011年3月11日の福島原発事故は、その先端性を一般性として再認識しなければ政策学は存立しないことを示したのである。つまり、現代社会の政策実践では、高度な先端科学技術、情報社会ネットワーク、社会経済システムの知識のすべてを動員する必要がある。言い換えると、文理融合型の学際的研究方法は、現代社会・21世紀社会での政策学が成立するための必要十分条件であると言える。
2012年の大会と福島原発事故
2012年研究大会(「文理融合と人間社会科学の再生」をテーマに取り上げた)では、文理融合型研究としての政治社会学や政策学の科学的方法論や基礎理論の課題が取り上げられた。例えば経済学の新潮流、経済物理学の紹介、環境問題の解決で求められる自然科学と社会科学の歴史的アプローチやその理論的考察、設計科学やプログラム科学と呼ばれる問題解決型学問に関する提案や報告がなされた。
これらの文理融合型研究を前提にした政策学の課題は、例えば地球環境問題や地球環境学、原発とエネルギー問題、原発問題を巡る独立調査委員会の課題、旧ソ連・カザフ共和国のセミパラチンスク核実験場での放射能汚染問題とその人間社会病理構造の分析、立法機関での自然科学的議論の成立条件の提案、原発問題と報道機関の批判的検証の研究報告の中で具体的に議論された。
また、現在の政治社会学・政策学の課題、例えば、市場万能主義(新自由主義経済)政策から公益資本主義の在り方、社会関係資本に関する議論、市場経済主義の再認識による効率的な企業運営と公正な政府政策の検証作業、新貨幣論(公共貨幣システム)による債務危機の回避を目指す政策提案、地方分権化を目指す広域自治体での政策課題として、問題解決を具体的に模索する課題へ展開応用された。
政治社会学会の趣旨と国内地域主義・国際地域連携
2012年の研究大会で「グローバル、リージョナル、ナショナル、ローカルを結びつける視点を重視した研究大会を持つ」(新川達郎2012)政治社会学会の在り方が展開した。
つまり、政治社会学会は国内での地域主義に基づく学会であると同時に、東アジア、特に韓国政治社会学会との国際共同研究大会を推進してきた。つまり国内の支部活動(地域での政治社会学会の開催)と韓国政治社会学会と共同で開催される研究大会活動が、政治社会学会の特徴を形成してきた。
ナショナルとローカルを結びつける視点を展開している地域主義の学会運営と、グローバルとリージョナルを結びつける視点をもつ国際地域連携の学会の在り方に関する意味を考え、その意味に含まれる21世紀型学会活動の在り方を自覚的に理解する必要がある。
1、地域社会の政策実践に貢献する学会
政治社会学会は国内に九州政治社会学会、関西政治社会学会と関東政治社会学会の三つの支部(学会)によって構築されている。これらの三つの支部は地域における政治社会学会という名称となっている。学会の定款には、支部に関する定義やその役割に関する条文はない。支部でなく地域政治学科としたのは、それぞれの地域での課題となる政策実践の研究を、学会理事会(学会執行機関)が提案するのでなく、地域の特徴に合わせて、地域で展開発展されるべきという考え方が、学会設立当時から存在していたのではないだろうか。
つまり、政策実践とは、時代性や社会文化性と緊密に関連し、それらの個別的な条件に適応したものである。学問的方法論として文理融合、プログラム科学や設計科学を援用展開しながら、その理論や解釈に、さらに時代性と社会文化性の限定条件を与えることは、科学方法論としても先端的である。それらは、ある意味で現代解釈学の科学認識論に基づき、またある意味で科学理論を解釈の道具として位置付けるプラグマティズムの思想を持つと言える。政策実践に付随した社会文化性や時代性を対自化することで、それらの政策の地域文化的特徴を政策提案者が自覚的に理解することになる。つまり、政策実践とは、時代性と社会文化性に規定されている現場(生活実践や社会実践の場)から問題提起され、またそこでその有効性を検証される理論であり技術であると言える。
一般的な政策提案や政策実践は存在しない。それらは個別性、つまり時代性と社会文化性に規定されている現場を持ち、その現場での有効性を問われる。一般的な政策実践の有効性は存在しない。その意味で政策学研究の方法論(文理融合、プログラム科学や設計科学)は、時代性と社会文化性に規定されていると言える。
検証する場として生活や社会環境の中で政策提案や政策理論の実証が必要とされる。この政策学の理論や方法論から、先端的研究としての政策学の在り方が問われる。つまり、それは政策対象が持つ社会文化性や時代性を前提にした研究方法である。地域における政治社会学会活動は、そうした研究条件、地域社会や生活現場に根差した政策実践を前提にしていると言える。
言い換えると、政治社会学会活動が地域社会の政策実践に貢献することによって、政治社会学会が課題とした文理融合、プログラム科学や設計科学と呼ばれる学問的方法論の根底にある問題解決学的プラグマティズムの思想は鍛え抜かれることになる。それが、政治社会学会の国内地域学会による社会や生活現場主義の方法論を展開すると期待できるのである。
2、東アジアの平和的共存を目指すグローバル・リージョナルな学会活動
政治社会学会は発足当初から、韓国政治社会学会と共に研究活動を行っている。韓国の研究者が政治社会学会に参加し、また韓国で政治社会学会を組織し、一年毎に日韓相互で共同の政治社会学会を開催してきた。
昨年、2012年の研究大会では、東アジア問題に関する二つの国際セッション、一つは東アジアの国際関係に関するセッション、二つ目は東アジアの市民社会の課題に関するセッションが開催された。これらの国際セッションに、韓国を始め海外の研究者が参加した。今年度は、韓国で韓国政治社会学会の主催する国際会議に政治社会学会は参加することになっている。
2012年度研究大会のすぐ後に、政治社会学会は他の学会やNPOと共催してシンポジウム「東アジア共同体への道」(京都大学11月26日)を開催した。さらに、2013年1月12日から13日に東京外国語大学で他の学会と共催して第1回「アジア共生」ジョイントカンファレンス開催した。
政治社会学会会則第2条で、学会活動の目的を定めてある。その条文の中に、「科学技術の著しい発展、地球温暖化問題の発生、グローバル化の急速な進展など、私たちの 住んでいる政治社会(political society, John Locke, 1698)、すなわち市民社会( civil society) は、これまで経験したことのない事態に直面し、さまざまな問題解決を迫られている。」(会則第2条の部分)と記されている。
急速な国際化によって生じる課題を、とりわけ国際地域(グローバル・リージョナル)で共に対応しようとしている。この国際地域の連携は国際紛争や戦争によって生じた莫大な犠牲者や被害への反省に立って進められてきた。その代表例がEU(ヨーロッパ連合)である。
アジア共生や東アジアの平和的共存の願いは、第二次世界大戦やその前の、過去の侵略戦争を繰り返さないために、日本がその責任の所在として、積極的に取り組まなければならない課題であることは言うまでもない。しかし、現実の日本の政治はそうなっていない。寧ろ、逆に過去の過ちを再び繰り返すかのようにも思える。今、私たちは、東アジアでの国際地域(グローバル・リージョナル)連携を可能にするための現実的な提案や政策を検討しなければならない。
政治社会学会は21世紀の東アジア社会の重要な課題を設立の当初から展開してきた。その結果が、韓国政治社会学会との共同学会や他の学会(国内のみでなく国際的な) との「アジア共生」ジョイントカンファレンスである。
政策実践とその学問的探究の目的と政策実践の思想
学会活動の目的を定めた会則第2条では、「科学技術の著しい発展、地球温暖化問題の発生、グローバル化の急速な進展」など21世紀社会の新たな課題に対して、「従来の学問体系全体もパラダイム・シフトを求められ、自然科学ばかりでなく社会科学のあり方そのものが問われている。このような状況に対応するため、政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学の垣根を取り払い、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の学際的学会をめざす。同時に、文理融合や社会科学の復権を模索しながら、新たな社会構築のための理念の調和、叡智あるプログラム設計を探究する。」(会則第2条の部分)と記されている。
つまり、政策実践の目的は、より良い市民社会、生活環境、民主主義文化の成熟にある。
その目的を実現するために、政治社会学会の設立趣旨に基づく「新たな社会に対応する学会指針の三本柱」(荒木義修2010)が提案された。三つの柱の一つは政策学を「文理融合型の学際的研究」として展開することであった。その具体的な展開目標として、文理融合型政策実践によって「政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学の垣根を取り払い」(荒木義修2010)、人文社会科学のパラダイム・シフトを促し、「人文社会科学再生への道」(荒木義修2010)を目指すことであった。そして、これらの研究と実践の展開の方向は、明らかに「新たな社会構想」(荒木義修2010)を形成するためであった。つまり、その社会構想とは21世紀社会で必要とされる問題解決学としての政策実践と理論であった。それを「理念の調和と叡智あるプログラム設計」(荒木義修2010)と呼んだ。
この問題提起と視点から、2010年から2012年までの研究大会のテーマに「文理融合と人間社会科学の再生」を掲げた。そして、「政策実践の目的は、より良い市民社会、生活環境、民主主義文化の成熟にある」という政策思想の原点に立ち帰ることが常に求められている。
第四回大会のテーマ 「文理融合と社会デザイン」の課題
21世紀社会(科学技術文明社会)での政策学(政治社会学)の大きな課題として、すべての経済社会文化政策の企画から実施に至るまで高度な専門知識が必要となる。しかも、政策決定に必要とされるそれらの専門的知識には、理系や文系の境界は存在していない。問われる課題は有効な政策のための知識ということである。つまり問題解決力を問われている研究、政策学研究の視点から言えば、21世紀の政策学は文理融合型の研究が大前提となる。
政治社会学会設立記念総会から3回目の総会まで、学会は理工系の科学技術と人文社会系科学技術の領域を超えて問題解決力を求める政策学の方法論や課題を議論してきた。その意味で、これまでの研究大会では、政治社会学会が提起する21世紀の政策学の方法論(プログラム科学や設計科学)、それらの実践的検証を社会の実現(原発問題や環境問題)に焦点を合わせながら、議論してきた。
上記した21世紀型政策学の基本課題を社会現実の中で議論し研究活動の蓄積を前提にして、さらに、それらの文理融合型政策学を具体的な社会課題の中で、「実践的な政策提案型研究活動」に展開するために、第四回大会のテーマを「文理融合と社会デザイン」とした。
この「文理融合と社会デザイン」のテーマは政治社会学会の第二期の研究活動を意味している。つまり、この学会がこれまで以上に「実践的な政策提案型研究活動」を展開することを課題にしていると言える。言い換えると、政治社会学会の会員があらゆる分野の政策提案やその実践の場により深く関係し自らの人間社会、生態文化、環境科学の研究を展開することを目指すための学会活動の方向を示しているとも言える。
2013年度研究大会テーマ「文理融合と社会デザイン」を展開するために、学会では2つの基調講演と5つのセッションを準備した。「社会デザインと政策実践」、「社会デザインと民主主義」、「教育と政治社会」、「生態環境と政治社会」と「政策提言型会員公募セッション」である。
引用、参考資料
(1) 政治社会学会(ASPOS)ホームページ
http://aspos.web.fc2.com/
「政治社会学会は、政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学を超え、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の新学会を目指し2010年11月に発足しました」(政治社会学会ホームページ)
http://aspos.web.fc2.com/arakiaisatu.html/
(2) 政治社会学会の設立の趣旨
「科学技術の著しい発展、地球温暖化問題の発生、グローバル化の急速な進展など、私たちの住んでいる政治社会(political society, John Locke 1698)、すなわち市民社会(civil society)は、これまで経験したことのない事態に直面し、さまざまな問題解決を迫られています。しかし、これに呼応して従来の学問体系全体がパラダイム・シフトを求められていることに気づいている人はごく少数です。自然科学ばかりでなく社会科学のあり方そのものが問われています。このような状況に社会的に対応するため、2010年3月に、「政治社会学会」を立ち上げることにしました。
政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学の垣根を取り払い、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の新学会を目指しています。同時に、文理融合や人文社会科学の再生を模索しながら、新たな社会の構築のために、必要と思われる理念の調和と叡智あるプログラム設計を探究していこうとするものです。ご賛同いただける方は、本会を通じて、積極的なご加入とご支援をお願い申し上げます。
なお、本学会では、潤滑な企画運営をはかるため、文理融合部会、政治社会学部会、政治経済学部会、国際社会学部会、国際交流部会、ポスター・セッション部会を設置しています。
【新たな社会に対応する学会指針の三本柱】
1.文理融合型の学際的研究を可能にする新たな視点の再開発
2.リベラル・アーツの再検討と人文社会科学再生への道
3.新たな社会構想:必要とされる理念の調和と叡智あるプログラム設計 」(荒木義修2010)
http://aspos.web.fc2.com/arakiaisatu.html/
(3) 第三回政治社会学会総会及び研究大会プログラム
http://aspos.web.fc2.com/20121123-25aspos3.pdf
(4) 第三回政治社会学会総会及び研究大会報告要旨集
http://aspos.web.fc2.com/20121123-25abstract.pdf
(5) 2013年度 第1回「アジアの共生」ジョイント・コンファレンス -大会テーマ「東アジア安全保障共同体と日米関係」プログラム –
http://aspos.web.fc2.com/jointconference.html
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三石博行
政治社会学会の設立の趣旨と三つの課題
2010年10月に結成された21世紀型の学会活動を模索する政治社会学会(ASPOS)では、21世紀社会、科学技術文明社会での政治社会学、政策学の在り方を問題にしてきた。「政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学の垣根を取り払い、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の新学会を目指して」(荒木義修2010)活動することがこの学会の設立趣旨であった。
本会の設立趣旨に基づき、「新たな社会に対応する学会指針の三本柱」(荒木義修2010)と呼ばれる学会の課題が述べられた。その一つは.「文理融合型の学際的研究を可能にする新たな視点の再開発 」であり、二つ目の課題は「リベラル・アーツの再検討と人文社会科学再生への道」である。そして、三つ目は「新たな社会構想:必要とされる理念の調和と叡智あるプログラム設計」(荒木義修2010)であった。
大会テーマ「文理融合と人間社会科学の再生」の目的とその意味
上記した三つの学会指針に即して、政治社会学の科学方法論としての文理融合型の研究方法が課題となった。第一回から第三回までの研究大会では「文理融合と人間社会科学の再生」が大会テーマとして取り上げられた。
2010年に人間社会科学分野から積極的に文理融合の方法論を取り上げることは決して斬新的なものではなかったが、この文理融合の方法論を政策実践の中で検証しようとする政治社会学会の試みは、人間社会科学での先端的研究として評価できる。
この先端的研究、つまり文理融合型の研究方法や研究制度が評価されたのは、環境問題に取り組む政策学であった。2011年3月11日の福島原発事故は、その先端性を一般性として再認識しなければ政策学は存立しないことを示したのである。つまり、現代社会の政策実践では、高度な先端科学技術、情報社会ネットワーク、社会経済システムの知識のすべてを動員する必要がある。言い換えると、文理融合型の学際的研究方法は、現代社会・21世紀社会での政策学が成立するための必要十分条件であると言える。
2012年の大会と福島原発事故
2012年研究大会(「文理融合と人間社会科学の再生」をテーマに取り上げた)では、文理融合型研究としての政治社会学や政策学の科学的方法論や基礎理論の課題が取り上げられた。例えば経済学の新潮流、経済物理学の紹介、環境問題の解決で求められる自然科学と社会科学の歴史的アプローチやその理論的考察、設計科学やプログラム科学と呼ばれる問題解決型学問に関する提案や報告がなされた。
これらの文理融合型研究を前提にした政策学の課題は、例えば地球環境問題や地球環境学、原発とエネルギー問題、原発問題を巡る独立調査委員会の課題、旧ソ連・カザフ共和国のセミパラチンスク核実験場での放射能汚染問題とその人間社会病理構造の分析、立法機関での自然科学的議論の成立条件の提案、原発問題と報道機関の批判的検証の研究報告の中で具体的に議論された。
また、現在の政治社会学・政策学の課題、例えば、市場万能主義(新自由主義経済)政策から公益資本主義の在り方、社会関係資本に関する議論、市場経済主義の再認識による効率的な企業運営と公正な政府政策の検証作業、新貨幣論(公共貨幣システム)による債務危機の回避を目指す政策提案、地方分権化を目指す広域自治体での政策課題として、問題解決を具体的に模索する課題へ展開応用された。
政治社会学会の趣旨と国内地域主義・国際地域連携
2012年の研究大会で「グローバル、リージョナル、ナショナル、ローカルを結びつける視点を重視した研究大会を持つ」(新川達郎2012)政治社会学会の在り方が展開した。
つまり、政治社会学会は国内での地域主義に基づく学会であると同時に、東アジア、特に韓国政治社会学会との国際共同研究大会を推進してきた。つまり国内の支部活動(地域での政治社会学会の開催)と韓国政治社会学会と共同で開催される研究大会活動が、政治社会学会の特徴を形成してきた。
ナショナルとローカルを結びつける視点を展開している地域主義の学会運営と、グローバルとリージョナルを結びつける視点をもつ国際地域連携の学会の在り方に関する意味を考え、その意味に含まれる21世紀型学会活動の在り方を自覚的に理解する必要がある。
1、地域社会の政策実践に貢献する学会
政治社会学会は国内に九州政治社会学会、関西政治社会学会と関東政治社会学会の三つの支部(学会)によって構築されている。これらの三つの支部は地域における政治社会学会という名称となっている。学会の定款には、支部に関する定義やその役割に関する条文はない。支部でなく地域政治学科としたのは、それぞれの地域での課題となる政策実践の研究を、学会理事会(学会執行機関)が提案するのでなく、地域の特徴に合わせて、地域で展開発展されるべきという考え方が、学会設立当時から存在していたのではないだろうか。
つまり、政策実践とは、時代性や社会文化性と緊密に関連し、それらの個別的な条件に適応したものである。学問的方法論として文理融合、プログラム科学や設計科学を援用展開しながら、その理論や解釈に、さらに時代性と社会文化性の限定条件を与えることは、科学方法論としても先端的である。それらは、ある意味で現代解釈学の科学認識論に基づき、またある意味で科学理論を解釈の道具として位置付けるプラグマティズムの思想を持つと言える。政策実践に付随した社会文化性や時代性を対自化することで、それらの政策の地域文化的特徴を政策提案者が自覚的に理解することになる。つまり、政策実践とは、時代性と社会文化性に規定されている現場(生活実践や社会実践の場)から問題提起され、またそこでその有効性を検証される理論であり技術であると言える。
一般的な政策提案や政策実践は存在しない。それらは個別性、つまり時代性と社会文化性に規定されている現場を持ち、その現場での有効性を問われる。一般的な政策実践の有効性は存在しない。その意味で政策学研究の方法論(文理融合、プログラム科学や設計科学)は、時代性と社会文化性に規定されていると言える。
検証する場として生活や社会環境の中で政策提案や政策理論の実証が必要とされる。この政策学の理論や方法論から、先端的研究としての政策学の在り方が問われる。つまり、それは政策対象が持つ社会文化性や時代性を前提にした研究方法である。地域における政治社会学会活動は、そうした研究条件、地域社会や生活現場に根差した政策実践を前提にしていると言える。
言い換えると、政治社会学会活動が地域社会の政策実践に貢献することによって、政治社会学会が課題とした文理融合、プログラム科学や設計科学と呼ばれる学問的方法論の根底にある問題解決学的プラグマティズムの思想は鍛え抜かれることになる。それが、政治社会学会の国内地域学会による社会や生活現場主義の方法論を展開すると期待できるのである。
2、東アジアの平和的共存を目指すグローバル・リージョナルな学会活動
政治社会学会は発足当初から、韓国政治社会学会と共に研究活動を行っている。韓国の研究者が政治社会学会に参加し、また韓国で政治社会学会を組織し、一年毎に日韓相互で共同の政治社会学会を開催してきた。
昨年、2012年の研究大会では、東アジア問題に関する二つの国際セッション、一つは東アジアの国際関係に関するセッション、二つ目は東アジアの市民社会の課題に関するセッションが開催された。これらの国際セッションに、韓国を始め海外の研究者が参加した。今年度は、韓国で韓国政治社会学会の主催する国際会議に政治社会学会は参加することになっている。
2012年度研究大会のすぐ後に、政治社会学会は他の学会やNPOと共催してシンポジウム「東アジア共同体への道」(京都大学11月26日)を開催した。さらに、2013年1月12日から13日に東京外国語大学で他の学会と共催して第1回「アジア共生」ジョイントカンファレンス開催した。
政治社会学会会則第2条で、学会活動の目的を定めてある。その条文の中に、「科学技術の著しい発展、地球温暖化問題の発生、グローバル化の急速な進展など、私たちの 住んでいる政治社会(political society, John Locke, 1698)、すなわち市民社会( civil society) は、これまで経験したことのない事態に直面し、さまざまな問題解決を迫られている。」(会則第2条の部分)と記されている。
急速な国際化によって生じる課題を、とりわけ国際地域(グローバル・リージョナル)で共に対応しようとしている。この国際地域の連携は国際紛争や戦争によって生じた莫大な犠牲者や被害への反省に立って進められてきた。その代表例がEU(ヨーロッパ連合)である。
アジア共生や東アジアの平和的共存の願いは、第二次世界大戦やその前の、過去の侵略戦争を繰り返さないために、日本がその責任の所在として、積極的に取り組まなければならない課題であることは言うまでもない。しかし、現実の日本の政治はそうなっていない。寧ろ、逆に過去の過ちを再び繰り返すかのようにも思える。今、私たちは、東アジアでの国際地域(グローバル・リージョナル)連携を可能にするための現実的な提案や政策を検討しなければならない。
政治社会学会は21世紀の東アジア社会の重要な課題を設立の当初から展開してきた。その結果が、韓国政治社会学会との共同学会や他の学会(国内のみでなく国際的な) との「アジア共生」ジョイントカンファレンスである。
政策実践とその学問的探究の目的と政策実践の思想
学会活動の目的を定めた会則第2条では、「科学技術の著しい発展、地球温暖化問題の発生、グローバル化の急速な進展」など21世紀社会の新たな課題に対して、「従来の学問体系全体もパラダイム・シフトを求められ、自然科学ばかりでなく社会科学のあり方そのものが問われている。このような状況に対応するため、政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学の垣根を取り払い、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の学際的学会をめざす。同時に、文理融合や社会科学の復権を模索しながら、新たな社会構築のための理念の調和、叡智あるプログラム設計を探究する。」(会則第2条の部分)と記されている。
つまり、政策実践の目的は、より良い市民社会、生活環境、民主主義文化の成熟にある。
その目的を実現するために、政治社会学会の設立趣旨に基づく「新たな社会に対応する学会指針の三本柱」(荒木義修2010)が提案された。三つの柱の一つは政策学を「文理融合型の学際的研究」として展開することであった。その具体的な展開目標として、文理融合型政策実践によって「政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学の垣根を取り払い」(荒木義修2010)、人文社会科学のパラダイム・シフトを促し、「人文社会科学再生への道」(荒木義修2010)を目指すことであった。そして、これらの研究と実践の展開の方向は、明らかに「新たな社会構想」(荒木義修2010)を形成するためであった。つまり、その社会構想とは21世紀社会で必要とされる問題解決学としての政策実践と理論であった。それを「理念の調和と叡智あるプログラム設計」(荒木義修2010)と呼んだ。
この問題提起と視点から、2010年から2012年までの研究大会のテーマに「文理融合と人間社会科学の再生」を掲げた。そして、「政策実践の目的は、より良い市民社会、生活環境、民主主義文化の成熟にある」という政策思想の原点に立ち帰ることが常に求められている。
第四回大会のテーマ 「文理融合と社会デザイン」の課題
21世紀社会(科学技術文明社会)での政策学(政治社会学)の大きな課題として、すべての経済社会文化政策の企画から実施に至るまで高度な専門知識が必要となる。しかも、政策決定に必要とされるそれらの専門的知識には、理系や文系の境界は存在していない。問われる課題は有効な政策のための知識ということである。つまり問題解決力を問われている研究、政策学研究の視点から言えば、21世紀の政策学は文理融合型の研究が大前提となる。
政治社会学会設立記念総会から3回目の総会まで、学会は理工系の科学技術と人文社会系科学技術の領域を超えて問題解決力を求める政策学の方法論や課題を議論してきた。その意味で、これまでの研究大会では、政治社会学会が提起する21世紀の政策学の方法論(プログラム科学や設計科学)、それらの実践的検証を社会の実現(原発問題や環境問題)に焦点を合わせながら、議論してきた。
上記した21世紀型政策学の基本課題を社会現実の中で議論し研究活動の蓄積を前提にして、さらに、それらの文理融合型政策学を具体的な社会課題の中で、「実践的な政策提案型研究活動」に展開するために、第四回大会のテーマを「文理融合と社会デザイン」とした。
この「文理融合と社会デザイン」のテーマは政治社会学会の第二期の研究活動を意味している。つまり、この学会がこれまで以上に「実践的な政策提案型研究活動」を展開することを課題にしていると言える。言い換えると、政治社会学会の会員があらゆる分野の政策提案やその実践の場により深く関係し自らの人間社会、生態文化、環境科学の研究を展開することを目指すための学会活動の方向を示しているとも言える。
2013年度研究大会テーマ「文理融合と社会デザイン」を展開するために、学会では2つの基調講演と5つのセッションを準備した。「社会デザインと政策実践」、「社会デザインと民主主義」、「教育と政治社会」、「生態環境と政治社会」と「政策提言型会員公募セッション」である。
引用、参考資料
(1) 政治社会学会(ASPOS)ホームページ
http://aspos.web.fc2.com/
「政治社会学会は、政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学を超え、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の新学会を目指し2010年11月に発足しました」(政治社会学会ホームページ)
http://aspos.web.fc2.com/arakiaisatu.html/
(2) 政治社会学会の設立の趣旨
「科学技術の著しい発展、地球温暖化問題の発生、グローバル化の急速な進展など、私たちの住んでいる政治社会(political society, John Locke 1698)、すなわち市民社会(civil society)は、これまで経験したことのない事態に直面し、さまざまな問題解決を迫られています。しかし、これに呼応して従来の学問体系全体がパラダイム・シフトを求められていることに気づいている人はごく少数です。自然科学ばかりでなく社会科学のあり方そのものが問われています。このような状況に社会的に対応するため、2010年3月に、「政治社会学会」を立ち上げることにしました。
政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学の垣根を取り払い、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の新学会を目指しています。同時に、文理融合や人文社会科学の再生を模索しながら、新たな社会の構築のために、必要と思われる理念の調和と叡智あるプログラム設計を探究していこうとするものです。ご賛同いただける方は、本会を通じて、積極的なご加入とご支援をお願い申し上げます。
なお、本学会では、潤滑な企画運営をはかるため、文理融合部会、政治社会学部会、政治経済学部会、国際社会学部会、国際交流部会、ポスター・セッション部会を設置しています。
【新たな社会に対応する学会指針の三本柱】
1.文理融合型の学際的研究を可能にする新たな視点の再開発
2.リベラル・アーツの再検討と人文社会科学再生への道
3.新たな社会構想:必要とされる理念の調和と叡智あるプログラム設計 」(荒木義修2010)
http://aspos.web.fc2.com/arakiaisatu.html/
(3) 第三回政治社会学会総会及び研究大会プログラム
http://aspos.web.fc2.com/20121123-25aspos3.pdf
(4) 第三回政治社会学会総会及び研究大会報告要旨集
http://aspos.web.fc2.com/20121123-25abstract.pdf
(5) 2013年度 第1回「アジアの共生」ジョイント・コンファレンス -大会テーマ「東アジア安全保障共同体と日米関係」プログラム –
http://aspos.web.fc2.com/jointconference.html
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個別的震災パターン分析と震災救助対策の検討、評価、改善の作業
災害政策の設計科学的展開を目指す
三石博行
個別的震災パターンと普遍的震災パターン
個別の震災パターンの分析を通じて、そのパターンの特殊性を理解するだけでなく、一般的な震災パターンを理解することが出来る。どの震災や災害でも起こる罹災地での救済活動の在り方、罹災直前に必要となる救援物資等々が、ここで言う一般的な震災パターンに属する。
ここで用語的な混乱を防ぐために、震災パターンを震災による被害の状況とそれに対する救援活動と定義する。そして、個別的震災パターンを、例えば阪神淡路大震災や東日本大震災のような個々の震災の被害状況やその救援活動と定義する。それに対して、どの震災でも一般的に生じる被災状況や救援活動の在り方を普遍的震災パターンと定義したい。
阪神淡路大震災の都市直下型震災状況は阪神淡路大震災の個別的震災パターンである。また、東日本大震災の原発事故、地震と津波による広域の災害状況やそれに対する救援活動の在り方は東日本大震災の個別的震災パターンである。そして、阪神淡路大震災や東日本大震災を含み他の震災でも共通する災害状況とそれに対する救援活動の在り方が普遍的震災パターンである。
言い換えると、個別的震災パターンの分析から、それに類似する震災パターンへの対応が可能になる。また、普遍的震災パターンの分析によって、震災や自然災害一般への救援体制に関する安全管理や危機管理の方針が検討されることになる。
個別的震災パターンの多様性
個別的震災パターンを構成する要素とは、地理的条件、気象的条件、生態環境的条件、経済的条件、文化的条件、政治的条件、地域社会的条件や技術的条件等々が挙げられる。それらの条件は幾つかの要素によって構成されている。また、条件を構成する要素の質的関係のみでなく、特に対立する要素間の相対的傾向、すなわち二つの要素間の相対的比率や二つの要素の存在確率という量的関係によっても決定されている。
地理的条件とは、都市直下型と呼ばれる阪神淡路大震災のような罹災地が都市に集中しているケースや東日本大震災のように都市や農村漁村を含む広域地域に罹災地が広がっているケースなどがある。例えば、地理的条件を列挙すると、都市型と村落型や僻地型、広域型と局所型、海岸地域型と山村地域型や山岳地域型等がある。それらの質的要素の存在比率の変化によって、多様な組み合わせが生まれ、それがそれぞれの震災の地理的条件の多様性を生み出しているのである。
気象的条件とは、基本的には気象を構成する基本要素である雨量、日照時間、気温、湿度によって決定されている。それらの組み合わせによって、季節的条件、気候的条件が生み出されるが、そればかりではない。風力や風向きなどがミクロ的要因として考えられる。そして、それらの要因が多様に組み合わされ、その要因の多様な量的変化によって多様な気象的条件が形成される。
生態環境的条件とは、上記の地理的条件と気象的条件によって形成された条件によって構成されている。例えば、南日本、西日本、東海、北陸、中部、南関東、北関東、東北太平洋岸、東北日本海岸等々と日本の地方を分類する特徴は、これらの地域固有の生態環境を構成している要素によって構築されている。それらの要素とは、例えば、海岸と内陸、緯度や経度、暖流と寒流、雨量、日照時間、気温、平地と山岳地、都市と農村等々である。さらに、それらの対立要因間の相対的比率によって、多様な生態環境条件が形成されることになる。
経済的条件とは、国民経済生産性や国内総生産(GDP)からや、世界経済の視点から先進国型、発展途上国型、貧困国型に分類することもできる。また、工業地帯型、商業地帯、サービス業地帯、農業地帯型、漁業地帯型のような産業構造からの分類も可能である。工業地帯型でも、重工業地帯から軽工業地帯まであり、さらに大企業地帯から中小企業地帯、ベンチャー産業から伝統産業地帯と、その姿は実に多様であると言える。同様のことは商業地帯、サービス業地帯、農業地帯型、漁業地帯型でもその産業規模やその他の要素、例えば伝統産業型やベンチャー産業型によって非常に多様な形態が存在する。また、産業構造からと国民経済生産性からの分類が組み合わさり、さらに新たな分類カテゴリーが形成される。例えば、農業地帯型でも国民経済生産性の高い地域もあれば、低い地域もある。
このように、上記したように震災パターンは、さらに多様な文化的条件、政治的条件、地域社会的条件や技術的条件等が考えられるのであるが、以上の条件を震災パターンの構成要素と考えるなら、それらの要素の組み合わせ(マトリックス)によって震災パターンの多様性が生み出されていると考えることが可能である。
震災パターンとは、「(幾つかの地理的条件・G=Σg(n)、幾つかの気象的条件・C=Σc(n)、幾つかの生態環境的条件・Ecol=ΣEcol(n)、幾つかの経済的条件・Econ=ΣEcon (n)、幾つかの文化的条件・Cul =ΣCul(n) 、幾つかの政治的条件・P=Σp(n)、幾つかの社会的条件・S=Σs(n)、幾つかの技術的条件・T=Σt(n))のマトリックス」構造である。
つまり、あるFの震災パターンとは、例えば、g(1) の地理的条件、c(4)の気象的条件の中から、Ecol(5)の生態環境的条件、Econ (8)の経済的条件、Cul(9)の文化的条件、p(o)の政治的条件、s(p)の社会的条件、t(l)の技術的条件というそれぞれの構成条件の中の一つの要素間の組み合わせによって構築されることになる。ある個別の震災パターンF(n)を以下の成立条件の要素の組み合わせとか関数的関係として表現できると思われる。
F(n)=(g(1),c(4),Ecol(5),Econ (8),Cul(9),p(o),s(p),t(l)) (1)
このモデルから明らかなように、個別的震災パターンも幾つかのその成立条件の組み合わせである。その意味で、震災(災害)パターンは多様であるが、そのパターンが無限にあるのではなく、非常に多くの可能なケースが考えられると言える。つまり、F(n)のパターン数はnの大きさによって決定されることになる。すべての震災パターンをF(太文字のF)とすれば、以下のように表現できるだろう。
F = ΣF(n) (2)
震災救助パターンに含まれる行動主体の内的要因の計量化
個々の震災パターンに対して救援活動が取り組まれることになる。現実の震災では、震災パターンを事前に分析し起こりうる可能な震災状況をシミレーションすることはない。ほとんど、震災が起こり、そこに発生している災害状況に応じて、可能な救援活動が取り組まれることになる。
前節で説明したように震災パターンは、地理的条件、気象的条件、生態環境的条件、経済的条件、文化的条件、政治的条件、地域社会的条件や技術的条件等々、言い換えると震災活動を行う主体の行動を決定づけている人間(活動主体)の持つ知識、能力、技能や方法等々、主体の行動力を決定している内的要因ではなく、むしろ、その活動主体を取り囲む環境的な要因(外的要因)である。
逆に、個別の震災パターンに対する震災救助パターンは、その活動を行う個人や集団のもつ知識、能力、技能、方法、スキル、経験に大きく依存しているのである。つまり、震災パターンが決まれば、そのパターンに即した震災対応が自動的に可能になる訳ではなく、上記した救助する人々の行動を決定している要素、行動主体を決定している要素(内的要因)を同時に組み込まなければならないのである。
震災救助活動を行う行動主体の要素(内的要因・A)とは、例えば、震災救助に関する知識(K)、その知識を生かす技能(スキル・S)、震災救助への情熱や意思(P)、モラル(M)、また震災救助を行う主体の精神的、肉体的健康状態(H)等も含まれる。つまり、それらの内的要因はこれまでの政策学では問われることがなかった要因であり、また正統派社会科学では問題として扱われることのなかった要因であると言える。言い方を変えると、この内的要因を持ち込むことで、「厳密な科学としての政策学」の成立が疑われる可能性すらある。
しかし、現実の震災救助活動の現場では、救助活動を担う人々の震災救助に関する知識、技能(スキル)、震災救助への意思、また震災救助を行う人々の健康状態が重要であることは言うまでもない。この現場の常識を以て、正統派社会学の「物質要素中心主義」を修正するならば、上記した内的要因を計量化する作業を行うことで、震災救助活動主体の多様な状況を想定することが出来る。
例えば、知識(K)、技能(S)、意思(P)、モラル(M)、健康状態(H)等の要因を計量化するために、それらの要因にレベル評価の程度を入れる。非常に良い「5」として、良い「4」、普通「3」、やや劣る「2」、非常に劣る「1」とすれば、質的変数を量的変数に変換することができる。この手法はすでに統計学で使われているので、決して目新しい方法ではない。
例えば、震災救助を行うある人の震災救助に関する知識は非常に良い状態K(5) 、技能(スキル)は良い状態S(4)、仕事への情熱も非常に高くP (5)、モラルも優れている状態M(4)、しかし健康状態が非常に悪い状態H (l) の場合、この救助活動の主体評価は、以下のように表現できる。
A(m)=(K(5),S(4),P (5),M(4),H (l)) (3)
このことは、震災救助主体のパターンも無限にあるのでなく、それぞれの要因の組み合わせによって多様に存在していることが理解できる。つまり、すべての震災救助主体のパターンをA(太文字のA)とすれば、Aは以下のように表現可能である。
A = ΣA(m) (4)
震災救助対策の分析とその改善
現実の震災時の社会的状況(Cs)は、個別の震災状況とそれに対する個別の救援活動状況によって構成されている。つまり、個別的震災パターンとそれに対する具体的な震災救助主体のパターンによって、現実の震災時の社会的状況が決定されていると言える。言い換えると、F(n)と A(m)の二つの要素によって、現実の震災時の社会的状況は構築されている。
上記した現実の震災時の社会的状況の概念を、前記した(1)と(3)の計量的概念を用いて、表現すると、以下のようになる。
Cs(p) = f(F(n), A(m)) (5)
すべての震災状況とは、この(5)式で示した、ある個別の個別的震災パターンとそれに対する具体的な震災救助主体のパターンとの関係によって生み出されたものである。現実の震災現象は、この(5)式で示したものとして現れる。
このことから、震災状況の現実がより被害の少ない状況になるように対策を考えることが課題となる。つまり、ある地域での過去の震災や災害の状況が教える課題は、その災害の個別的な特殊パターンのみでなく、災害時での救援活動の質に関する分析や解釈評価にある。災害時の救援活動の質をより詳しく分析し、その反省を次の災害に活かすことが、この分析の最終的目的であることは言うまでもない。
具体的な震災対策の検討課題、震災経験の蓄積と制度化、その評価
1995年1月17日に起こった阪神淡路大震災から今年で18年目を迎えた。この震災の教訓がその後の日本社会の震災対策に大きく影響を与えた。取り分け、ボランティア活動の意味を社会が理解し、その役割と社会的機能を震災や自然災害対策に活かす試みが行われてきた。阪神淡路大震災以来、震災のもみならず自然災害や事故、例を挙げると1997年に北陸福井の海岸で起きた重油タンカー「ナホトカ号」の事故でも原油による海岸汚染物質の除去作業に全国から多くのボランティアが集まった(1)。
今回の東日本大震災ではこれまで市民運動を経験したことのない人々が使命感に燃え積極的にネットワークを活用したボランティア活動を組織し、驚くべき力を発揮し全国的な支援活動を組織した(2)。西條剛央氏の組織した「ふんばろう日本支援プロジェクト」は行政の支援活動が行き届かない地域に必要な支援物資を送り、全国から参加してきたボランティアを必要に応じて手際よく罹災地に送り出した(3)。
阪神淡路大震災のボランティア活動の経験や教訓が他の災害に活用されたことは、そのボランティア活動(震災救済)が普遍的災害パターンとなったことを意味する。つまり、個別的震災パターンが異なる災害状況下で再現され活用され、ある一定の救援活動のプロトコールを作り出し、新たな個別的震災パターンの中で、発展的に展開し、その経験や教訓を蓄積し続けるのである。
災害はそれぞれの個別的な要因(個別的震災パターンと呼んだ)がある。したがって、それぞれの状況に対して災害救助活動は取り組まれている。しかも、これまでの災害救助活動の経験が、その取組に活かされる。また、それらの状況や経験を点検し、災害対策が制度化されることもある。
よりよい災害対策の事例として、個別の災害パターン(個別的震災パターン)をより分析的に理解する作業と、同時に災害救助活動の質、つまり震災救助主体のパターンの理解とその質的課題の解決を問題にすること、この二つの課題が同時に問題となる。
それぞれの地域によって予想される災害、震災のパターン分析をより具体的に行う必要がある。そのために、あらゆる調査施設、気象庁、国土庁、環境庁、市役所、通信会社のビックデータ、その他調査機関のデータ、大学研究機関、学会等々の情報の総合的分析や評価のシステムが必要となる。すでに、GPSのビックデータを基にした東日本大震災での避難行動に関する分析が行われている。
また、同時に、ボランティア活動の組織化やその運営、安否情報支援体制、救助情報の管理、避難所運営、救援物資の配給、生活情報支援等々、被災者支援活動の質を向上させるための研究、災害救助行動の分析と改善のための組織的な研究やその情報交換や政策展開が必要となるだろう。
引用、参考資料
(1) Wikipedia 「ナホトカ号重油流出事故」
(2) 西條剛央 『人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか』
(3) Wikipedia「西條剛央」より「西條は、『ふんばろう東日本支援プロジェクト』を設立、代表をつとめている。ふんばろう東日本支援プロジェクトは、構造構成主義が方法原理として採用されている。支援を行った避難所と個人宅避難所は延250箇所、物資の提供して頂いた方は、延2500人(団体や会社を含む)。冬物家電の提供では1万5千件に達している。」
(4) 三石博行 東日本大震災の分析と津波防波堤計画の合理的経済的な在り方とは http://mitsuishi.blogspot.jp/2013/05/blog-post_15.html
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関連ブログ文書集
三石博行 ブログ文書集「東日本大震災から復旧・復興、災害に強い社会建設を目指して」 http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/03/blog-post_23.html
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三石博行
個別的震災パターンと普遍的震災パターン
個別の震災パターンの分析を通じて、そのパターンの特殊性を理解するだけでなく、一般的な震災パターンを理解することが出来る。どの震災や災害でも起こる罹災地での救済活動の在り方、罹災直前に必要となる救援物資等々が、ここで言う一般的な震災パターンに属する。
ここで用語的な混乱を防ぐために、震災パターンを震災による被害の状況とそれに対する救援活動と定義する。そして、個別的震災パターンを、例えば阪神淡路大震災や東日本大震災のような個々の震災の被害状況やその救援活動と定義する。それに対して、どの震災でも一般的に生じる被災状況や救援活動の在り方を普遍的震災パターンと定義したい。
阪神淡路大震災の都市直下型震災状況は阪神淡路大震災の個別的震災パターンである。また、東日本大震災の原発事故、地震と津波による広域の災害状況やそれに対する救援活動の在り方は東日本大震災の個別的震災パターンである。そして、阪神淡路大震災や東日本大震災を含み他の震災でも共通する災害状況とそれに対する救援活動の在り方が普遍的震災パターンである。
言い換えると、個別的震災パターンの分析から、それに類似する震災パターンへの対応が可能になる。また、普遍的震災パターンの分析によって、震災や自然災害一般への救援体制に関する安全管理や危機管理の方針が検討されることになる。
個別的震災パターンの多様性
個別的震災パターンを構成する要素とは、地理的条件、気象的条件、生態環境的条件、経済的条件、文化的条件、政治的条件、地域社会的条件や技術的条件等々が挙げられる。それらの条件は幾つかの要素によって構成されている。また、条件を構成する要素の質的関係のみでなく、特に対立する要素間の相対的傾向、すなわち二つの要素間の相対的比率や二つの要素の存在確率という量的関係によっても決定されている。
地理的条件とは、都市直下型と呼ばれる阪神淡路大震災のような罹災地が都市に集中しているケースや東日本大震災のように都市や農村漁村を含む広域地域に罹災地が広がっているケースなどがある。例えば、地理的条件を列挙すると、都市型と村落型や僻地型、広域型と局所型、海岸地域型と山村地域型や山岳地域型等がある。それらの質的要素の存在比率の変化によって、多様な組み合わせが生まれ、それがそれぞれの震災の地理的条件の多様性を生み出しているのである。
気象的条件とは、基本的には気象を構成する基本要素である雨量、日照時間、気温、湿度によって決定されている。それらの組み合わせによって、季節的条件、気候的条件が生み出されるが、そればかりではない。風力や風向きなどがミクロ的要因として考えられる。そして、それらの要因が多様に組み合わされ、その要因の多様な量的変化によって多様な気象的条件が形成される。
生態環境的条件とは、上記の地理的条件と気象的条件によって形成された条件によって構成されている。例えば、南日本、西日本、東海、北陸、中部、南関東、北関東、東北太平洋岸、東北日本海岸等々と日本の地方を分類する特徴は、これらの地域固有の生態環境を構成している要素によって構築されている。それらの要素とは、例えば、海岸と内陸、緯度や経度、暖流と寒流、雨量、日照時間、気温、平地と山岳地、都市と農村等々である。さらに、それらの対立要因間の相対的比率によって、多様な生態環境条件が形成されることになる。
経済的条件とは、国民経済生産性や国内総生産(GDP)からや、世界経済の視点から先進国型、発展途上国型、貧困国型に分類することもできる。また、工業地帯型、商業地帯、サービス業地帯、農業地帯型、漁業地帯型のような産業構造からの分類も可能である。工業地帯型でも、重工業地帯から軽工業地帯まであり、さらに大企業地帯から中小企業地帯、ベンチャー産業から伝統産業地帯と、その姿は実に多様であると言える。同様のことは商業地帯、サービス業地帯、農業地帯型、漁業地帯型でもその産業規模やその他の要素、例えば伝統産業型やベンチャー産業型によって非常に多様な形態が存在する。また、産業構造からと国民経済生産性からの分類が組み合わさり、さらに新たな分類カテゴリーが形成される。例えば、農業地帯型でも国民経済生産性の高い地域もあれば、低い地域もある。
このように、上記したように震災パターンは、さらに多様な文化的条件、政治的条件、地域社会的条件や技術的条件等が考えられるのであるが、以上の条件を震災パターンの構成要素と考えるなら、それらの要素の組み合わせ(マトリックス)によって震災パターンの多様性が生み出されていると考えることが可能である。
震災パターンとは、「(幾つかの地理的条件・G=Σg(n)、幾つかの気象的条件・C=Σc(n)、幾つかの生態環境的条件・Ecol=ΣEcol(n)、幾つかの経済的条件・Econ=ΣEcon (n)、幾つかの文化的条件・Cul =ΣCul(n) 、幾つかの政治的条件・P=Σp(n)、幾つかの社会的条件・S=Σs(n)、幾つかの技術的条件・T=Σt(n))のマトリックス」構造である。
つまり、あるFの震災パターンとは、例えば、g(1) の地理的条件、c(4)の気象的条件の中から、Ecol(5)の生態環境的条件、Econ (8)の経済的条件、Cul(9)の文化的条件、p(o)の政治的条件、s(p)の社会的条件、t(l)の技術的条件というそれぞれの構成条件の中の一つの要素間の組み合わせによって構築されることになる。ある個別の震災パターンF(n)を以下の成立条件の要素の組み合わせとか関数的関係として表現できると思われる。
F(n)=(g(1),c(4),Ecol(5),Econ (8),Cul(9),p(o),s(p),t(l)) (1)
このモデルから明らかなように、個別的震災パターンも幾つかのその成立条件の組み合わせである。その意味で、震災(災害)パターンは多様であるが、そのパターンが無限にあるのではなく、非常に多くの可能なケースが考えられると言える。つまり、F(n)のパターン数はnの大きさによって決定されることになる。すべての震災パターンをF(太文字のF)とすれば、以下のように表現できるだろう。
F = ΣF(n) (2)
震災救助パターンに含まれる行動主体の内的要因の計量化
個々の震災パターンに対して救援活動が取り組まれることになる。現実の震災では、震災パターンを事前に分析し起こりうる可能な震災状況をシミレーションすることはない。ほとんど、震災が起こり、そこに発生している災害状況に応じて、可能な救援活動が取り組まれることになる。
前節で説明したように震災パターンは、地理的条件、気象的条件、生態環境的条件、経済的条件、文化的条件、政治的条件、地域社会的条件や技術的条件等々、言い換えると震災活動を行う主体の行動を決定づけている人間(活動主体)の持つ知識、能力、技能や方法等々、主体の行動力を決定している内的要因ではなく、むしろ、その活動主体を取り囲む環境的な要因(外的要因)である。
逆に、個別の震災パターンに対する震災救助パターンは、その活動を行う個人や集団のもつ知識、能力、技能、方法、スキル、経験に大きく依存しているのである。つまり、震災パターンが決まれば、そのパターンに即した震災対応が自動的に可能になる訳ではなく、上記した救助する人々の行動を決定している要素、行動主体を決定している要素(内的要因)を同時に組み込まなければならないのである。
震災救助活動を行う行動主体の要素(内的要因・A)とは、例えば、震災救助に関する知識(K)、その知識を生かす技能(スキル・S)、震災救助への情熱や意思(P)、モラル(M)、また震災救助を行う主体の精神的、肉体的健康状態(H)等も含まれる。つまり、それらの内的要因はこれまでの政策学では問われることがなかった要因であり、また正統派社会科学では問題として扱われることのなかった要因であると言える。言い方を変えると、この内的要因を持ち込むことで、「厳密な科学としての政策学」の成立が疑われる可能性すらある。
しかし、現実の震災救助活動の現場では、救助活動を担う人々の震災救助に関する知識、技能(スキル)、震災救助への意思、また震災救助を行う人々の健康状態が重要であることは言うまでもない。この現場の常識を以て、正統派社会学の「物質要素中心主義」を修正するならば、上記した内的要因を計量化する作業を行うことで、震災救助活動主体の多様な状況を想定することが出来る。
例えば、知識(K)、技能(S)、意思(P)、モラル(M)、健康状態(H)等の要因を計量化するために、それらの要因にレベル評価の程度を入れる。非常に良い「5」として、良い「4」、普通「3」、やや劣る「2」、非常に劣る「1」とすれば、質的変数を量的変数に変換することができる。この手法はすでに統計学で使われているので、決して目新しい方法ではない。
例えば、震災救助を行うある人の震災救助に関する知識は非常に良い状態K(5) 、技能(スキル)は良い状態S(4)、仕事への情熱も非常に高くP (5)、モラルも優れている状態M(4)、しかし健康状態が非常に悪い状態H (l) の場合、この救助活動の主体評価は、以下のように表現できる。
A(m)=(K(5),S(4),P (5),M(4),H (l)) (3)
このことは、震災救助主体のパターンも無限にあるのでなく、それぞれの要因の組み合わせによって多様に存在していることが理解できる。つまり、すべての震災救助主体のパターンをA(太文字のA)とすれば、Aは以下のように表現可能である。
A = ΣA(m) (4)
震災救助対策の分析とその改善
現実の震災時の社会的状況(Cs)は、個別の震災状況とそれに対する個別の救援活動状況によって構成されている。つまり、個別的震災パターンとそれに対する具体的な震災救助主体のパターンによって、現実の震災時の社会的状況が決定されていると言える。言い換えると、F(n)と A(m)の二つの要素によって、現実の震災時の社会的状況は構築されている。
上記した現実の震災時の社会的状況の概念を、前記した(1)と(3)の計量的概念を用いて、表現すると、以下のようになる。
Cs(p) = f(F(n), A(m)) (5)
すべての震災状況とは、この(5)式で示した、ある個別の個別的震災パターンとそれに対する具体的な震災救助主体のパターンとの関係によって生み出されたものである。現実の震災現象は、この(5)式で示したものとして現れる。
このことから、震災状況の現実がより被害の少ない状況になるように対策を考えることが課題となる。つまり、ある地域での過去の震災や災害の状況が教える課題は、その災害の個別的な特殊パターンのみでなく、災害時での救援活動の質に関する分析や解釈評価にある。災害時の救援活動の質をより詳しく分析し、その反省を次の災害に活かすことが、この分析の最終的目的であることは言うまでもない。
具体的な震災対策の検討課題、震災経験の蓄積と制度化、その評価
1995年1月17日に起こった阪神淡路大震災から今年で18年目を迎えた。この震災の教訓がその後の日本社会の震災対策に大きく影響を与えた。取り分け、ボランティア活動の意味を社会が理解し、その役割と社会的機能を震災や自然災害対策に活かす試みが行われてきた。阪神淡路大震災以来、震災のもみならず自然災害や事故、例を挙げると1997年に北陸福井の海岸で起きた重油タンカー「ナホトカ号」の事故でも原油による海岸汚染物質の除去作業に全国から多くのボランティアが集まった(1)。
今回の東日本大震災ではこれまで市民運動を経験したことのない人々が使命感に燃え積極的にネットワークを活用したボランティア活動を組織し、驚くべき力を発揮し全国的な支援活動を組織した(2)。西條剛央氏の組織した「ふんばろう日本支援プロジェクト」は行政の支援活動が行き届かない地域に必要な支援物資を送り、全国から参加してきたボランティアを必要に応じて手際よく罹災地に送り出した(3)。
阪神淡路大震災のボランティア活動の経験や教訓が他の災害に活用されたことは、そのボランティア活動(震災救済)が普遍的災害パターンとなったことを意味する。つまり、個別的震災パターンが異なる災害状況下で再現され活用され、ある一定の救援活動のプロトコールを作り出し、新たな個別的震災パターンの中で、発展的に展開し、その経験や教訓を蓄積し続けるのである。
災害はそれぞれの個別的な要因(個別的震災パターンと呼んだ)がある。したがって、それぞれの状況に対して災害救助活動は取り組まれている。しかも、これまでの災害救助活動の経験が、その取組に活かされる。また、それらの状況や経験を点検し、災害対策が制度化されることもある。
よりよい災害対策の事例として、個別の災害パターン(個別的震災パターン)をより分析的に理解する作業と、同時に災害救助活動の質、つまり震災救助主体のパターンの理解とその質的課題の解決を問題にすること、この二つの課題が同時に問題となる。
それぞれの地域によって予想される災害、震災のパターン分析をより具体的に行う必要がある。そのために、あらゆる調査施設、気象庁、国土庁、環境庁、市役所、通信会社のビックデータ、その他調査機関のデータ、大学研究機関、学会等々の情報の総合的分析や評価のシステムが必要となる。すでに、GPSのビックデータを基にした東日本大震災での避難行動に関する分析が行われている。
また、同時に、ボランティア活動の組織化やその運営、安否情報支援体制、救助情報の管理、避難所運営、救援物資の配給、生活情報支援等々、被災者支援活動の質を向上させるための研究、災害救助行動の分析と改善のための組織的な研究やその情報交換や政策展開が必要となるだろう。
引用、参考資料
(1) Wikipedia 「ナホトカ号重油流出事故」
(2) 西條剛央 『人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか』
(3) Wikipedia「西條剛央」より「西條は、『ふんばろう東日本支援プロジェクト』を設立、代表をつとめている。ふんばろう東日本支援プロジェクトは、構造構成主義が方法原理として採用されている。支援を行った避難所と個人宅避難所は延250箇所、物資の提供して頂いた方は、延2500人(団体や会社を含む)。冬物家電の提供では1万5千件に達している。」
(4) 三石博行 東日本大震災の分析と津波防波堤計画の合理的経済的な在り方とは http://mitsuishi.blogspot.jp/2013/05/blog-post_15.html
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関連ブログ文書集
三石博行 ブログ文書集「東日本大震災から復旧・復興、災害に強い社会建設を目指して」 http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/03/blog-post_23.html
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2013年6月5日水曜日
阪神大震災時に発行されたチラシの生活情報の質的変化と住民による震災時のチラシの発行の社会的必要性について
生活情報の危機の構築に関する課題として
三石博行
英文での論文 発表要旨
阪神淡路大震災に関する住民情報紙の調査は、災害時に市民が自主的に発行する生活情報のあり方を教えた。市民社会の発達した先進国では災害時の生活情報の危機管理を市民が担う力をもっている。この調査はその実例を示したものである。また、市民の発行する生活情報が市民の必要性に応じて変化する経過も調査で分かった。
38種類の震災に関する住民情報紙を調査し、それらの性質を理解するために情報紙の初動情報日、発行日数間隔、情報頻度(発行日数間隔)の要素を使って分析した。震災直後に発行された第一次生活情報(生命を守るために必要な生活情報)を記載した住民情報紙(第一期住民情報紙)、復旧活動(第二期住民情報紙)や復興活動(第三期住民情報紙)に関する住民情報紙の分類が可能になった。そして情報紙が、社会的要請を受けて、第一期、第二期と第三期の住民情報紙へと変遷することも理解できた。特に、生活情報の危機管理の在り方を考えるとき、第一期住民情報紙の発行を支える情報ボランティア運動の重要性が明らかになった。
国内の学会では、これまでの研究調査結果を報告する機会があった。そして、国際学会では一回の報告の機会があった。今回、取り分け災害時の住民情報紙に関する調査研究結果を英文にして報告する。
震災に関する住民情報紙のデータベースは神戸大学が収集していた。そのデータベースを当時龍谷大学経済学部河村研究室で卒論を書いていた学生と共に長い時間を掛けて調査を行い、そのデータをまとめた。
紙切れの集まりである住民情報紙に関する社会情報分析の視点からの調査研究の結果であるこの報告が意味するものは、震災時に必要とされる生活情報が、地方自治体組織や町内会によって提供されたのでなく、自発的に生み出されたボランティア運動によって担われていたという事実である。
このことは、震災時の生活情報の危機管理を考える上で、参考になると思われる。現在、生活情報の危機管理や安全管理の課題が、社会システムの中で問われている。災害に強い強固な安全管理システムを作ることは必要である。
しかし、その強固な社会の安全管理システムが壊れた時に考えなければならないのが危機管理である。社会システムの危機管理の形成は、安全管理のシステムと同じ発想を持って作ることは出来ない。この単純な発想が、現在、わが国では了解されていない。つまり、巨額の資金で、強固な建物や箱物を作る発想しか、社会経済システムの危機管理をイメージできないのである。
ここでは、危機管理はボランティア運動という市民文化であると位置付けられている。つまり、社会システムが、日常的に生活文化の中で、主体的な市民活動を育て、かつ、その意味を理解することが必要なのである。この問題提起を、この論文では行っているのである。
英文タイトル
「Considering the developmental form of the nature of resident-generated newsletters published during the Kobe Earthquake and their social necessity -To construct a risk management system that sensibly relates to living information- 」
キーワード
Aftermath of the Kobe Earthquake,(阪神淡路大震災の影響)
Risk management of daily living information,(生活情報の危機管理)
First release of information, News source (初動情報日)
Interval of news release, (発行日数間隔 情報頻度)
News duration, (発行継続日)
First period of information from residents, (第一期住民情報)
Second period of information from residents, (第二期住民情報)
Third period of information from residents, (第三期住民情報)
Evolving form of information from residents, (住民情報の進化)
論文ダウンロード
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/pdf/kenkyu_02_03/cMITShir12a.pdf
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関連ブログ文書集
三石博行 ブログ文書集「東日本大震災からの復旧・復興のために 震災に強い社会建設を目指して」
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三石博行
英文での論文 発表要旨
阪神淡路大震災に関する住民情報紙の調査は、災害時に市民が自主的に発行する生活情報のあり方を教えた。市民社会の発達した先進国では災害時の生活情報の危機管理を市民が担う力をもっている。この調査はその実例を示したものである。また、市民の発行する生活情報が市民の必要性に応じて変化する経過も調査で分かった。
38種類の震災に関する住民情報紙を調査し、それらの性質を理解するために情報紙の初動情報日、発行日数間隔、情報頻度(発行日数間隔)の要素を使って分析した。震災直後に発行された第一次生活情報(生命を守るために必要な生活情報)を記載した住民情報紙(第一期住民情報紙)、復旧活動(第二期住民情報紙)や復興活動(第三期住民情報紙)に関する住民情報紙の分類が可能になった。そして情報紙が、社会的要請を受けて、第一期、第二期と第三期の住民情報紙へと変遷することも理解できた。特に、生活情報の危機管理の在り方を考えるとき、第一期住民情報紙の発行を支える情報ボランティア運動の重要性が明らかになった。
国内の学会では、これまでの研究調査結果を報告する機会があった。そして、国際学会では一回の報告の機会があった。今回、取り分け災害時の住民情報紙に関する調査研究結果を英文にして報告する。
震災に関する住民情報紙のデータベースは神戸大学が収集していた。そのデータベースを当時龍谷大学経済学部河村研究室で卒論を書いていた学生と共に長い時間を掛けて調査を行い、そのデータをまとめた。
紙切れの集まりである住民情報紙に関する社会情報分析の視点からの調査研究の結果であるこの報告が意味するものは、震災時に必要とされる生活情報が、地方自治体組織や町内会によって提供されたのでなく、自発的に生み出されたボランティア運動によって担われていたという事実である。
このことは、震災時の生活情報の危機管理を考える上で、参考になると思われる。現在、生活情報の危機管理や安全管理の課題が、社会システムの中で問われている。災害に強い強固な安全管理システムを作ることは必要である。
しかし、その強固な社会の安全管理システムが壊れた時に考えなければならないのが危機管理である。社会システムの危機管理の形成は、安全管理のシステムと同じ発想を持って作ることは出来ない。この単純な発想が、現在、わが国では了解されていない。つまり、巨額の資金で、強固な建物や箱物を作る発想しか、社会経済システムの危機管理をイメージできないのである。
ここでは、危機管理はボランティア運動という市民文化であると位置付けられている。つまり、社会システムが、日常的に生活文化の中で、主体的な市民活動を育て、かつ、その意味を理解することが必要なのである。この問題提起を、この論文では行っているのである。
英文タイトル
「Considering the developmental form of the nature of resident-generated newsletters published during the Kobe Earthquake and their social necessity -To construct a risk management system that sensibly relates to living information- 」
キーワード
Aftermath of the Kobe Earthquake,(阪神淡路大震災の影響)
Risk management of daily living information,(生活情報の危機管理)
First release of information, News source (初動情報日)
Interval of news release, (発行日数間隔 情報頻度)
News duration, (発行継続日)
First period of information from residents, (第一期住民情報)
Second period of information from residents, (第二期住民情報)
Third period of information from residents, (第三期住民情報)
Evolving form of information from residents, (住民情報の進化)
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2013年5月15日水曜日
東日本大震災の分析と津波防波堤計画の合理的経済的な在り方とは
民主主義制度の持つ経済性
三石博行
未来の震災対策のための過去の震災パターン分析
阪神淡路大震災やその他の震災を通じて得た経験や教訓は、当然、その後の震災に役立っている。しかし、それらの教訓や経験は阪神淡路大震災の特徴を前提にして形成されたものである以上、東日本大震災では、その経験がすべて役だった訳ではない。例えば、2011年3月11日に起こった東日本大震災は、阪神淡路大震災のような都市直下型や新潟県中越地震のような局所的震災ではなかった。広大な地域が地震と津波の被害を受けた。青森から茨城までの広大な地域が罹災した。
地震と津波による広域の罹災地を抱えた東日本大震災の場合、都市直下・局地型の阪神淡路大震災と比較するなら、広域罹災地への救援活動は遅れた。特に三陸海岸地域の半島に位置する孤立した被災地への救援活動は困難を来した。また、海岸線に近接した幹線道路や鉄道が津波によって破壊されたため、救援活動はもちろんのこと、罹災地への食糧や医療などの生命維持に直結する支援が震災直後に十分に出来なかった。
近未来に発生すると予言されている東南海地震では東海、南海、四国地方にわたる広域の海岸線地帯が地震や津波被害が予測されている。この東南海地震では東日本大震災時の救援活動の経験や教訓が活かされるだろう。そのためにも、東日本大震災の震災パターンの分析とその対策の研究が必要となる。
東日本大震災の震災パターンには大きく分けて二つの課題があった(1)。一つは広域の地震と津波の被害とその救済活動、もう一つは福島原発事故を伴う被害とその救済活動であった。今回は、前者の課題に絞って、東日本大震災の震災パターンについて述べている。巨大津波・地震に原発事故が併発した震災パターンは、確かに、東南海地震の場合でも、浜岡原子力発電所が海岸に隣接している以上、そのまま当てはまると言えるだろう。
これまで、政府を中心としてすべての分野の研究機関や企業の協力を得ながら東日本大震災の震災パターンの分析が進んでいる。例えば、携帯電話やカーナビゲーションのGPSシステム情報から東日本大震災時の避難行動の軌跡データが抽出され、それらの莫大なデータベースが統計分析されている。その分析から、震災時の人々の避難行動の解明、避難行動傾向、障害が分析されている。そしてその分析によって、災害時の避難経路の確保のための交通情報、また避難路の検討、避難に必要なインフラの整備計画が立てられようとしている。こうした災害パターンとその対策がこれからの災害救済活動に必要であることは言うまでもないだろう。
今までの震災経験に基づく震災パターン分析(被災状況や救済活動の分析)は今後の震災対策の在り方や考え方、つまり安全対策、危機管理や救援システムを考えるときの重要な材料となる。
安全管理の経済論理と津波対策
震災対策とは被害を最小限に防ぐということである。巨大地震や津波によって受ける災害をゼロにすることは不可能である。言い換えると、大地震や大津波に対して災害を受けないという対策は不可能である。つまり、より現実的な震災対策とは、人命救助や最低限の生活環境の維持に必要な社会資源の安全管理や減災のための対策であると言える。
減災としての震災対策は安全管理の経済論理が働く。安全管理の経済論理では、減災対策は原則として減災対策コストと被害コストの収支計算から決定されている(2)。地域経済活動を犠牲にしなければ完全な人命の安全を保障されないという極端な例を取っても、必ずしも完全な人命の安全が経済活動に優先するとは限らないのである。何故なら、経済活動の消滅によって、過疎化が進行すれば、その地域の人命を守る意味も全くとは言わないまでも大きく失われることになる。つまり震災パターン(被災状況や救済活動)の分析から必要とされる現実的な安全管理を決定しなければならない。
最近、三陸海岸にまるで万里の長城のような防波堤(津波対策用の)の建設計画が問題となっている。人命を守るために計画されたこの巨大な津波防波堤建設の計画に対して住民の一部から批判が出ている。その批判の根拠は、津波防波堤によって失われる生活環境の便宜性や景観である。それらよりもより人命を守ることが大切だという考え方に誰も正面から反対は出来ない。がしかし、この安全対策の背景にある震災復興資金に群がる一部利権集団の影を感じる人々に取って、この計画への疑問が沸き起こることも避けられない事実である。そのためには、この計画を住民参加と情報公開の方法で、根本から問い掛ける必要がある。
この巨大津波防波堤の建設問題から問いかけている課題を以下3点に整理した。
1、人命の犠牲を最小限にするための対策として最も費用対効果の高い対策
2、地域社会の経済や文化を維持発展するために必要な津波災害への最も費用対効果の高い対策
3、 安全管理とは生活環境の一部を改善することによって可能になる。その安全管理システムが地域社会の生活者によって管理運営されなければ、その機能は失われる。そのためには、安全管理システムの企画、設計、建設過程に住民の参画が必要となる。
住民参画型の安全管理システム企画や構築活動の意味
巨大津波防波堤の建設問題から問いかけている課題として、その建設の企画、設計や建設過程に住民が参画する必要性について述べたのだが、その意味を理解しなければ、安全対策への住民参画も形式的なものとなる可能性がある。すでに前節で述べたが、安全管理の対策は住民の生活環境の一部として恒常的に行われることで正しく機能する。例えば、巨額の管理費用を掛けないで、防波堤や防潮堤を維持管理するためは、その管理を地域住民の参加によって行うことが必要となる。勿論、それらの管理には専門的な知識や技術が必要であるが、日常的なその安全管理システムの運用は地域住民の参加によって、より効果的に、またより低コストで行うことができる。
例えば日本社会独自の防災制度、消防団の例を取るまでもなく、住民参画型の安全管理システムは日本社会の伝統として存在している。その意味で、津波防波堤の日常的管理を地域社会やそこに住む人々に委託(アウトソーシング)することが、長期的に見れば経済的であり、合理的であり、かつより有効であると理解できる。長期的な防災・津波防波堤の維持管理を行うためには、その企画段階から地域住民や自治体の参画が必要となることは言うまでもない。
地域での災害に強い生活環境の建設事業の一環として、津波防波堤のみでなく、震災に強い街づくりを住民参加型プロジェクトで進めることが長期的視点に立ってもより現実的な、つまり地域の生活環境と文化に適してシステムが形成される可能性が大きい。勿論、自然災害、また原発事故に対する安全対策や危機管理システムの形成には専門的な知識が必要である。そのために、このプロジェクトには専門家の調査や提言を行う委員会が必要となる。それらの専門家を地域社会・自治体や住民がリクルートすることが困難な場合には、政府(官庁)や地方行政(県庁)がその委員会メンバーの推薦を行うこともできる。住民参加型で震災からの復旧や復興活動を進めることで、その後の社会運営にも大きな効果が生まれることは間違いないのである。
経済的な減災対策と民主主義
震災への安全管理の基本は減災政策であることはすでに述べた。その減災の意味は地域社会の経済環境、文化環境、生態環境、生活環境によって、それぞれ独自に決められる。例えば、非常に生産性の高い社会資本や生産地帯を持つ地域では、それらの地域を守るための投資が行われる。その減災対策費(投資金額)は安全管理の経済論理、減災対策は原則として減災対策コストと被害コストの収支計算から決定されている。また、生産能力が相対的に小さい場所では、その安全管理に巨大なコストを掛けることはしない。
こうした安全対策の現実的で現場に適用した判断を行うことは、地域社会がある限られた予算(震災地域への復興予算)の枠を決められることによって、独自に判断し、その対策を行うことがより地域の事情に合った減災対策が可能になる。勿論、地域社会での復興予算の使用に関する不透明な談合や不正を防ぐためには、予算執行までの過程、つまり、震災復興地域委員会への住民参加と情報公開を義務付けなければならないだろう。また、同時に、それらの成果、つまり予算を使った減災対策や復興活動の成果を点検する第三者を入れた評価委員会が必要となる。
地域社会での住民参画型の減災対策、復興計画、都市計画、地域社会文化計画があるなら、そしてその活動をサポートする国家の政策、地方行政の在り方、専門家集団の協力体制、さらには情報公開制度や予算の住民の仕分け活動、政策評価委員会等々の民主主義のシステムがあるなら、それらのシステムの中で、地域独自の震災パターン(被災状況や救済活動)の分析や評価から、地域に合った現実的な安全管理、減災対策の企画、決定、実行と評価点検活動が成さるだろう。
引用、参考資料
(1) 三石博行 「大震災・津波と原発事故を引き起こした東日本大震災復興活動が問いかける課題」
ブログ文書 2013年5月2日
(2) 三石博行 「東日本大震災から復旧・復興、災害に強い社会建設を目指して
東日本大震災の復旧・復興、 災害に強い社会建設を目指して」 ブログ文書集
2章 現代社会での安全管理
3章 現代社会での危機管理
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_23.html
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三石博行
未来の震災対策のための過去の震災パターン分析
阪神淡路大震災やその他の震災を通じて得た経験や教訓は、当然、その後の震災に役立っている。しかし、それらの教訓や経験は阪神淡路大震災の特徴を前提にして形成されたものである以上、東日本大震災では、その経験がすべて役だった訳ではない。例えば、2011年3月11日に起こった東日本大震災は、阪神淡路大震災のような都市直下型や新潟県中越地震のような局所的震災ではなかった。広大な地域が地震と津波の被害を受けた。青森から茨城までの広大な地域が罹災した。
地震と津波による広域の罹災地を抱えた東日本大震災の場合、都市直下・局地型の阪神淡路大震災と比較するなら、広域罹災地への救援活動は遅れた。特に三陸海岸地域の半島に位置する孤立した被災地への救援活動は困難を来した。また、海岸線に近接した幹線道路や鉄道が津波によって破壊されたため、救援活動はもちろんのこと、罹災地への食糧や医療などの生命維持に直結する支援が震災直後に十分に出来なかった。
近未来に発生すると予言されている東南海地震では東海、南海、四国地方にわたる広域の海岸線地帯が地震や津波被害が予測されている。この東南海地震では東日本大震災時の救援活動の経験や教訓が活かされるだろう。そのためにも、東日本大震災の震災パターンの分析とその対策の研究が必要となる。
東日本大震災の震災パターンには大きく分けて二つの課題があった(1)。一つは広域の地震と津波の被害とその救済活動、もう一つは福島原発事故を伴う被害とその救済活動であった。今回は、前者の課題に絞って、東日本大震災の震災パターンについて述べている。巨大津波・地震に原発事故が併発した震災パターンは、確かに、東南海地震の場合でも、浜岡原子力発電所が海岸に隣接している以上、そのまま当てはまると言えるだろう。
これまで、政府を中心としてすべての分野の研究機関や企業の協力を得ながら東日本大震災の震災パターンの分析が進んでいる。例えば、携帯電話やカーナビゲーションのGPSシステム情報から東日本大震災時の避難行動の軌跡データが抽出され、それらの莫大なデータベースが統計分析されている。その分析から、震災時の人々の避難行動の解明、避難行動傾向、障害が分析されている。そしてその分析によって、災害時の避難経路の確保のための交通情報、また避難路の検討、避難に必要なインフラの整備計画が立てられようとしている。こうした災害パターンとその対策がこれからの災害救済活動に必要であることは言うまでもないだろう。
今までの震災経験に基づく震災パターン分析(被災状況や救済活動の分析)は今後の震災対策の在り方や考え方、つまり安全対策、危機管理や救援システムを考えるときの重要な材料となる。
安全管理の経済論理と津波対策
震災対策とは被害を最小限に防ぐということである。巨大地震や津波によって受ける災害をゼロにすることは不可能である。言い換えると、大地震や大津波に対して災害を受けないという対策は不可能である。つまり、より現実的な震災対策とは、人命救助や最低限の生活環境の維持に必要な社会資源の安全管理や減災のための対策であると言える。
減災としての震災対策は安全管理の経済論理が働く。安全管理の経済論理では、減災対策は原則として減災対策コストと被害コストの収支計算から決定されている(2)。地域経済活動を犠牲にしなければ完全な人命の安全を保障されないという極端な例を取っても、必ずしも完全な人命の安全が経済活動に優先するとは限らないのである。何故なら、経済活動の消滅によって、過疎化が進行すれば、その地域の人命を守る意味も全くとは言わないまでも大きく失われることになる。つまり震災パターン(被災状況や救済活動)の分析から必要とされる現実的な安全管理を決定しなければならない。
最近、三陸海岸にまるで万里の長城のような防波堤(津波対策用の)の建設計画が問題となっている。人命を守るために計画されたこの巨大な津波防波堤建設の計画に対して住民の一部から批判が出ている。その批判の根拠は、津波防波堤によって失われる生活環境の便宜性や景観である。それらよりもより人命を守ることが大切だという考え方に誰も正面から反対は出来ない。がしかし、この安全対策の背景にある震災復興資金に群がる一部利権集団の影を感じる人々に取って、この計画への疑問が沸き起こることも避けられない事実である。そのためには、この計画を住民参加と情報公開の方法で、根本から問い掛ける必要がある。
この巨大津波防波堤の建設問題から問いかけている課題を以下3点に整理した。
1、人命の犠牲を最小限にするための対策として最も費用対効果の高い対策
2、地域社会の経済や文化を維持発展するために必要な津波災害への最も費用対効果の高い対策
3、 安全管理とは生活環境の一部を改善することによって可能になる。その安全管理システムが地域社会の生活者によって管理運営されなければ、その機能は失われる。そのためには、安全管理システムの企画、設計、建設過程に住民の参画が必要となる。
住民参画型の安全管理システム企画や構築活動の意味
巨大津波防波堤の建設問題から問いかけている課題として、その建設の企画、設計や建設過程に住民が参画する必要性について述べたのだが、その意味を理解しなければ、安全対策への住民参画も形式的なものとなる可能性がある。すでに前節で述べたが、安全管理の対策は住民の生活環境の一部として恒常的に行われることで正しく機能する。例えば、巨額の管理費用を掛けないで、防波堤や防潮堤を維持管理するためは、その管理を地域住民の参加によって行うことが必要となる。勿論、それらの管理には専門的な知識や技術が必要であるが、日常的なその安全管理システムの運用は地域住民の参加によって、より効果的に、またより低コストで行うことができる。
例えば日本社会独自の防災制度、消防団の例を取るまでもなく、住民参画型の安全管理システムは日本社会の伝統として存在している。その意味で、津波防波堤の日常的管理を地域社会やそこに住む人々に委託(アウトソーシング)することが、長期的に見れば経済的であり、合理的であり、かつより有効であると理解できる。長期的な防災・津波防波堤の維持管理を行うためには、その企画段階から地域住民や自治体の参画が必要となることは言うまでもない。
地域での災害に強い生活環境の建設事業の一環として、津波防波堤のみでなく、震災に強い街づくりを住民参加型プロジェクトで進めることが長期的視点に立ってもより現実的な、つまり地域の生活環境と文化に適してシステムが形成される可能性が大きい。勿論、自然災害、また原発事故に対する安全対策や危機管理システムの形成には専門的な知識が必要である。そのために、このプロジェクトには専門家の調査や提言を行う委員会が必要となる。それらの専門家を地域社会・自治体や住民がリクルートすることが困難な場合には、政府(官庁)や地方行政(県庁)がその委員会メンバーの推薦を行うこともできる。住民参加型で震災からの復旧や復興活動を進めることで、その後の社会運営にも大きな効果が生まれることは間違いないのである。
経済的な減災対策と民主主義
震災への安全管理の基本は減災政策であることはすでに述べた。その減災の意味は地域社会の経済環境、文化環境、生態環境、生活環境によって、それぞれ独自に決められる。例えば、非常に生産性の高い社会資本や生産地帯を持つ地域では、それらの地域を守るための投資が行われる。その減災対策費(投資金額)は安全管理の経済論理、減災対策は原則として減災対策コストと被害コストの収支計算から決定されている。また、生産能力が相対的に小さい場所では、その安全管理に巨大なコストを掛けることはしない。
こうした安全対策の現実的で現場に適用した判断を行うことは、地域社会がある限られた予算(震災地域への復興予算)の枠を決められることによって、独自に判断し、その対策を行うことがより地域の事情に合った減災対策が可能になる。勿論、地域社会での復興予算の使用に関する不透明な談合や不正を防ぐためには、予算執行までの過程、つまり、震災復興地域委員会への住民参加と情報公開を義務付けなければならないだろう。また、同時に、それらの成果、つまり予算を使った減災対策や復興活動の成果を点検する第三者を入れた評価委員会が必要となる。
地域社会での住民参画型の減災対策、復興計画、都市計画、地域社会文化計画があるなら、そしてその活動をサポートする国家の政策、地方行政の在り方、専門家集団の協力体制、さらには情報公開制度や予算の住民の仕分け活動、政策評価委員会等々の民主主義のシステムがあるなら、それらのシステムの中で、地域独自の震災パターン(被災状況や救済活動)の分析や評価から、地域に合った現実的な安全管理、減災対策の企画、決定、実行と評価点検活動が成さるだろう。
引用、参考資料
(1) 三石博行 「大震災・津波と原発事故を引き起こした東日本大震災復興活動が問いかける課題」
ブログ文書 2013年5月2日
(2) 三石博行 「東日本大震災から復旧・復興、災害に強い社会建設を目指して
東日本大震災の復旧・復興、 災害に強い社会建設を目指して」 ブログ文書集
2章 現代社会での安全管理
3章 現代社会での危機管理
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2013年5月13日月曜日
東日本大震災復興活動が問いかける課題
未来社会に必要とされる原発事故原因解明と事故処理の経験
三石博行
今、東日本大震災の課題を問うことの意味
地震・巨大津波と原発事故・広域放射能汚染の二つの異なる災害を引き起こした東日本大震災に関して、改めてその意味を考えなければならない。このことを敢えて今更言わなくてもよいと言われるかもしれない。しかし、東日本大震災の意味を問うというこの当然の疑問の中から現代社会での自然災害の姿を改めて見直す必要に我々は立たされていることに気付くのである。
再び見え始めた経済成長の希望に沸き立つ現在の日本社会を観るとき、これほどの大災害に遭いながらも、この災害の意味する深刻な課題を忘れ去ろうとする社会の動きを感じる。そこで、東日本大震災は人類史に残る大災害であったと改めて言うことで、希望の未来・経済成長に関心を向けようとしている現在の社会の流れに対して、私はあえて警告と反省を呼びかけ、この大災害から問われている重大な社会的課題を共に考えることを提唱したい。
だからと言って、私は、現政権が進める政策や経済成長が悪いと批判しているのではない。また、災害復旧や復興と経済成長が対立すると言っているわけでもない。ただ、自然災害からの復興のためには社会経済的な力が必要であるのは当然である。だがしかし、この大災害は、単なる自然災害だけでなく、以前、経済成長のために進められたエネルギー政策、安全を無視した原発建設によって引き起こされた事故でもある。そのことを忘れてはいけないと言っているのである。
社会や国民の生命や健康に関する安全管理と経済成長は対立する概念ではない。むしろ、安全管理を無視することで社会経済的な被害を受けることになると考えるのは言うまでもないだろう。しかし、現在の社会の流れは、経済成長のためには安全を犠牲にしても仕方がないという暗黙の了解が渦巻こうとしていないだろうか。
今年になって、原発事故に対する社会的な危機意識は大きく後退した。原発事故で沈黙を守ってきた人々、長年自民党政権下で利権を得てきた原子力ムラの一部の人々が「活断層を「創造」する原子力規制委への疑問」というキャンペーンを始めた(1)。そして、同時に、福島原発事故の徹底的調査は中断状態に置かれ、これまでのエネルギー政策が復権しつつあるように思われるのである。
地震・巨大津波と原発事故による放射汚染災害としての東日本大震災の特徴
2011年3月11日に起こった大災害・東日本大震災は、その発生当時から二つの異なる災害の質を持っている。一つは、地震と津波に代表される自然災害であり、もう一つは原発事故に代表される社会災害である。この二つの災害要因の異なる性質を、災害発生時から正確に理解しなければならなかった(2)。
一つ目の災害因子に対しては、これまでの震災経験を活かすことが出来た。例えば、1995年1月17日の阪神淡路大震災や2004年10月23日のその後の災害救済活動の経験が活かされた。しかし、すべての過去の経験が今回の東日本大震災の対策に活用された訳ではない。東日本大震災は、都市直下型の阪神大震災やまた新潟県中越地方を局所的に襲った新潟県中越地震と異なり、東北地方から北関東地方の太平洋岸全域に被害をもたらした。東日本全体にわたる巨大な地震と津波による大災害はこれまでの災害経験を超えていたと言えるだろう。
そればかりではなく、東京電力福島第一原子力発電所の4つの原子炉が同時に事故を起こし、1号機から3号機がメルトダウンを起こした。二つの原子炉が水素爆発を起こし、高濃度の放射能が大気中に放出され、福島のみでなく関東から東北太平洋岸を含む広範囲の放射能汚染が起こった。現在でも14万人の人々が避難生活を強いられている。しかも、福島第一原子力発電所の事故現場では放射能汚染水漏れ事故が繰り返され、汚染水の貯蔵が限界に来ると言われ、また使用済み核燃料のメルトダウンとそれに伴う巨大放射能汚染の可能性も残っているのである。原発事故は終結したのではない。事故は現在も進行中であり、今後、首都圏を含む広域の放射能汚染のリスクを抱える可能性を孕んでいるのである。
東日本大震災によって、地震と津波によって破壊された罹災地と原発事故によって高濃度放射能汚染を受けた被災地が生まれた。前者の罹災地に対しては、これまでの局地型震災と災害の規模が違うと言え、これまでの震災や津波被害に対する救済活動の経験や教訓が活かされる可能性を持っている。しかし、福島第一原発の事故によって発生した放射能汚染災害は日本社会がこれまで経験していない災害である。そのため、この災害に対しては、すべて初めての災害対策や救済活動が求められることになった。
震災や津波被害と放射能汚染災害の最も大きな違いは災害期間が基本的に異なることである。前者が一過的災害であるのに対して、後者は長期的災害となる。つまり、前者は災害直後に復旧や復興計画が立つが、後者は全く立たない。東日本大震災は、地震と津波による被災と原発事故によるそれとが重なることによって、これまで日本の震災史に書き込まれていない対策を求められた初めてのケースとなったのである。
震災当初から、地震と津波によって破壊された罹災地への震災対策と原発事故対策や放射能汚染対策は分けて取り組まれている。岩手や宮城県を中心とする津波と地震による罹災地対策はこれまでの震災対策を活かしながら対応ができる。しかし、福島県を中心とする原発事故による被害地への救援活動や福島第一原発の事故処理の活動は、チェルノブイリの経験と同じく、これまで世界や日本の歴史の中で人類が経験したことのない災害対策や救援活動の在り方が求められている。
これまでの震災経験の活用と、問題解決型の震災対策の分析・設計活動
福島原発事故を引き起こした東日本大震災では、阪神淡路大震災やその他の震災での経験や教訓を超えた課題が問われた。岩手県や宮城県を中心とする津波と地震による罹災地での救援活動に対しては、不十分な点はありながらも、阪神淡路大震災で学んだ多くの経験が活かされることになった。言い換えると、放射能被害を受けなかった震災地域と受けた震災地域の両方が東日本大震災を特徴づけたのである。そして 今回の福島原発事故の経験は、 自然災害の多い日本では、今後、地震によって原発事故が起こる可能性を示し、また、今回の放射能被害を受ける可能性のある罹災地の災害対策に活かされなければならないことを深刻に問い掛けている。
都市型や局所型の震災に比べ、広大な地域に広がる罹災地を抱えた東日本大震災の場合、罹災地での支援物資の供給活動は完全ではなかった。東日本大震災への対策や救援活動から得られた教訓が、その意味で、今後の震災対策の考え方、安全対策、危機管理や救援システムに活かされようとしている。インターネットや携帯電話、GPSシステムの巨大データベースが情報処理を駆使した統計処理によって分析され、震災時の人々の動きの理解を与え、それの分析資料から、災害時の避難経路の確保のための交通情報、また避難路の検討、それに必要なインフラの整備計画が復興対策の中に織り込まれようとしている。これまでの震災や津波のデータをあらゆる分野の研究成果を駆使して分析することによって、より有効な震災津波対策案が検討されることになるだろう。
震災被害を最小限に防ぐということが震災対策の最も重要な課題である。震災対策への投資コストと震災から受ける被害コストのバランスから投資の規模が算出される。これが現実的な対策が検討される基準となる。つまり、震災対策は経済上のコスト計算によって決定されている。その投資内容は、あらゆる分野の技術力や技能を投入動員したとしても、より効率よく、より経済的に、より便宜性を高めた選択枝が常に求められることになる。
福島原発事故と事故処理で生じる失敗が問いかける課題、東電や政府の責任問題
他の震災と異なる東日本大震災が与えた教訓は原発事故である。震災や津波が原発の巨大災害を引き起こすということがこの震災を通じて世界の人々に理解された。その意味で、東日本大震災と福島原発事故は切り離して考えられない。と同時にこの悲惨な事故が我々に警告している課題を理解しなければならない。
今、世界には原子力発電が431基(2010年)ある(3)。しかも、不足するエネルギーの最も経済的で手っ取り早い解決手段として原子力発電所の建設が計画されている。今後、中国では建設中と計画中の原子炉は56基あり、現在稼働中の原発を入れると70基の原発が建設される予定となる(4)。アジアだけでも100基以上の原子炉が建設される予定である。そう考えると、第二の福島原発事故は震災や津波以外の原因でも、起こることが避けられない時代が来る。その意味で、福島原発事故の解明と現在の事故対策は、今後の課題に大きな教訓を与え、また具体的な事故対策の方法や安全管理や危機管理システムを提案することになる。
しかし、この貴重な経験に向きあう日本社会(国民)、政府、東電や原発関連専門家集団の姿勢が問われている。東電の原因追究を避ける姿勢は事故以前と変わらない。起こりうる災害の可能性や問題を正確に理解しようとせず、常に楽観的な安全神話の思惑が先行して対策やシステムが企画される。そのシステムを検証することもしない。重大な原発事故を起こしても、また事故処理で発生する放射能汚染水の地下貯蔵タンク建設でも同じような失敗を繰り返し続けているのである。つねに、問題が発生するという可能性を最小限に見積もる、また、そのシステムを活用している他の専門家の意見すら聞くことも調査することもなく、素人に近い自分たちの知識と予測で対策を企画しシステムを建設してしまうのである。この重大な失敗の繰り返しの基本にある設計思想を問い掛け、検証する感性や知性を全く失っているのである。それに対しての対策は、それらの東電専門家を総入れ替えするしか、解決の道はないだろうと大多数の人々は考えるに違いない。
こうした東電専門家・技術者の無能さを放任してきたのは政府である。一つは政府事故調査委員会の調査報告書の国会での報告や討論、そして調査委員からの勧告を受けた法的システム(法律や制度改革)を行う政治活動が行われようとしていない。政策に活かされない国会事故調査活動とは税金の無駄使いとしか言いようがない。
前記したように、経済的発展に原発建設が必要という理解は世界の殆どの国に共通するものである。それは、この21世紀では、エネルギーと食糧の問題が世界の重大な政治的危機に発展することは避けらない事態が生じることを意味する。国民の豊かな生活レベルや環境を求め、世界の多くの国々では原発建設が進む。そして、同時に、原発が危険なものであることを経験した我が国や先進国では、脱原発と再生可能エネルギーを多く活用したエネルギー政策が進むだろう。日本は、今更、前者のグループに留まることは出来ない。寧ろ、後者のグループに参加するしか道がないことを、今後の福島原発事故処理で更にはっきりするだろう。
福島原発の事故処理に必要な時間は少なくとも30年と言われている。チェルノブイリの例でも、この30年の事故処理の時間は非現実的な予測でない。つまり、原発事故現場から10から20キロ範囲の立ち入り禁止地域は半世紀の間、人が住めない地域となる。したがって、その事実が深刻に日本社会の経済や地域文化に圧し掛かってくるのである。福島はこれからどうなるか。除染作業は進むのか。除染した放射能汚染物質の保管はどうなるのか。原発事故現場に放置されている使用済み核燃料は今後起こる地震で再びメルトダウンの危機にさらされないのか。いつまでにそのリスクを解決できるのか。東日本大震災は終わることのない原発事故処理を抱えたのである。
福島原発事故の原因解明と事故処理で生まれた技術が世界を救う(東日本大震災の教訓)
事故処理から見える我々の無能さを深く理解しているのは、事故現場で具体的に事故処理に立ち向かう技術者たちである。彼らの日々の闘いに対して、東電幹部の官僚的な対応は改善されたのだろうか。放射能汚染水漏れ事故と原発事故は共通する失敗の思想を持つのであるが、どのような制度がその彼らの事故処理への姿勢を変革できるだろうか。もし変革できなければ、多分、汚染水漏れ以上の重大な失敗が起こる可能性はないだろうか。それを防ぐためには、もはや事故処理を東電に任してはならないのではないか。政府が国家と国民の安全にかけて、その対策に乗り出す以外に道はない。つまり、着実の事故処理を進められる能力を持った人々を事故現場の司令塔に派遣し、彼らの指導の下に事故処理を行うしかない。
今後の二次災害や事故を防ぐための対策、思い切った決断を行えるのはもはや東電幹部ではない。政府にしかそれは出来ない。しかし、政府がかくて東電幹部と共に進めたエネルギー政策を変更しない限り、それを政府に望むことは出来ないだろう。
この悲観的状況を一つでも改善するために、少なくとも以下の課題をまず共有することから始めたい。
1、福島原発事故は東日本大震災を特徴づける災害であり、この事故処理が終わるまで、東日本大震災からの復旧や復興はあり得ない
2、福島原発事故の原因解明と原発安全管理システムの検証作業、事故後の危機管理、事故処理で開発された技術は今後世界に普及する原発建設にとって重要であり、その役割や責任を日本社会と政府が担っていることを自覚しなければならない。
3、エネルギー資源枯渇の時代を前にして、国民へのエネルギー安定供給を確立するために必要な再生可能エネルギーの利用、省エネ技術開発を脱原発政策を平行して推進するための中長期のエネルギー政策を立てる必要がある。
引用、参考資料
(1) 特集「活断層を「創造」する原子力規制委への疑問」月刊エネルギーフォーラム 2013年3月号 http://www.energy-forum.co.jp/eccube/html/user_data/energy_forum.php
(2) 三石博行 「震災・津波被害からの復興と原発事故対策を分けて対策を立てる必要性 -震災に強い国を作る(3)B-」 http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_5265.html
(3) 「世界の原子力発電所の原子炉の数 2010年」 http://memorva.jp/ranking/world/iaea_nuclear_power_reactor_2010.php
(4) 日本原子力産業協会 「日本と世界の原子力」「2012年1月現在 の世界の原子力発電開発の現状の説明」によると、中国では稼働中の原発は14基、建設中のものが30基で計画中の原発は26基ある。 建設中と計画中の原発は56基で、現在運転中の原発を入れると将来70基の原発が稼働することになる。 http://www.jaif.or.jp/ja/nuclear_world/overseas/f0103.html
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三石博行
今、東日本大震災の課題を問うことの意味
地震・巨大津波と原発事故・広域放射能汚染の二つの異なる災害を引き起こした東日本大震災に関して、改めてその意味を考えなければならない。このことを敢えて今更言わなくてもよいと言われるかもしれない。しかし、東日本大震災の意味を問うというこの当然の疑問の中から現代社会での自然災害の姿を改めて見直す必要に我々は立たされていることに気付くのである。
再び見え始めた経済成長の希望に沸き立つ現在の日本社会を観るとき、これほどの大災害に遭いながらも、この災害の意味する深刻な課題を忘れ去ろうとする社会の動きを感じる。そこで、東日本大震災は人類史に残る大災害であったと改めて言うことで、希望の未来・経済成長に関心を向けようとしている現在の社会の流れに対して、私はあえて警告と反省を呼びかけ、この大災害から問われている重大な社会的課題を共に考えることを提唱したい。
だからと言って、私は、現政権が進める政策や経済成長が悪いと批判しているのではない。また、災害復旧や復興と経済成長が対立すると言っているわけでもない。ただ、自然災害からの復興のためには社会経済的な力が必要であるのは当然である。だがしかし、この大災害は、単なる自然災害だけでなく、以前、経済成長のために進められたエネルギー政策、安全を無視した原発建設によって引き起こされた事故でもある。そのことを忘れてはいけないと言っているのである。
社会や国民の生命や健康に関する安全管理と経済成長は対立する概念ではない。むしろ、安全管理を無視することで社会経済的な被害を受けることになると考えるのは言うまでもないだろう。しかし、現在の社会の流れは、経済成長のためには安全を犠牲にしても仕方がないという暗黙の了解が渦巻こうとしていないだろうか。
今年になって、原発事故に対する社会的な危機意識は大きく後退した。原発事故で沈黙を守ってきた人々、長年自民党政権下で利権を得てきた原子力ムラの一部の人々が「活断層を「創造」する原子力規制委への疑問」というキャンペーンを始めた(1)。そして、同時に、福島原発事故の徹底的調査は中断状態に置かれ、これまでのエネルギー政策が復権しつつあるように思われるのである。
地震・巨大津波と原発事故による放射汚染災害としての東日本大震災の特徴
2011年3月11日に起こった大災害・東日本大震災は、その発生当時から二つの異なる災害の質を持っている。一つは、地震と津波に代表される自然災害であり、もう一つは原発事故に代表される社会災害である。この二つの災害要因の異なる性質を、災害発生時から正確に理解しなければならなかった(2)。
一つ目の災害因子に対しては、これまでの震災経験を活かすことが出来た。例えば、1995年1月17日の阪神淡路大震災や2004年10月23日のその後の災害救済活動の経験が活かされた。しかし、すべての過去の経験が今回の東日本大震災の対策に活用された訳ではない。東日本大震災は、都市直下型の阪神大震災やまた新潟県中越地方を局所的に襲った新潟県中越地震と異なり、東北地方から北関東地方の太平洋岸全域に被害をもたらした。東日本全体にわたる巨大な地震と津波による大災害はこれまでの災害経験を超えていたと言えるだろう。
そればかりではなく、東京電力福島第一原子力発電所の4つの原子炉が同時に事故を起こし、1号機から3号機がメルトダウンを起こした。二つの原子炉が水素爆発を起こし、高濃度の放射能が大気中に放出され、福島のみでなく関東から東北太平洋岸を含む広範囲の放射能汚染が起こった。現在でも14万人の人々が避難生活を強いられている。しかも、福島第一原子力発電所の事故現場では放射能汚染水漏れ事故が繰り返され、汚染水の貯蔵が限界に来ると言われ、また使用済み核燃料のメルトダウンとそれに伴う巨大放射能汚染の可能性も残っているのである。原発事故は終結したのではない。事故は現在も進行中であり、今後、首都圏を含む広域の放射能汚染のリスクを抱える可能性を孕んでいるのである。
東日本大震災によって、地震と津波によって破壊された罹災地と原発事故によって高濃度放射能汚染を受けた被災地が生まれた。前者の罹災地に対しては、これまでの局地型震災と災害の規模が違うと言え、これまでの震災や津波被害に対する救済活動の経験や教訓が活かされる可能性を持っている。しかし、福島第一原発の事故によって発生した放射能汚染災害は日本社会がこれまで経験していない災害である。そのため、この災害に対しては、すべて初めての災害対策や救済活動が求められることになった。
震災や津波被害と放射能汚染災害の最も大きな違いは災害期間が基本的に異なることである。前者が一過的災害であるのに対して、後者は長期的災害となる。つまり、前者は災害直後に復旧や復興計画が立つが、後者は全く立たない。東日本大震災は、地震と津波による被災と原発事故によるそれとが重なることによって、これまで日本の震災史に書き込まれていない対策を求められた初めてのケースとなったのである。
震災当初から、地震と津波によって破壊された罹災地への震災対策と原発事故対策や放射能汚染対策は分けて取り組まれている。岩手や宮城県を中心とする津波と地震による罹災地対策はこれまでの震災対策を活かしながら対応ができる。しかし、福島県を中心とする原発事故による被害地への救援活動や福島第一原発の事故処理の活動は、チェルノブイリの経験と同じく、これまで世界や日本の歴史の中で人類が経験したことのない災害対策や救援活動の在り方が求められている。
これまでの震災経験の活用と、問題解決型の震災対策の分析・設計活動
福島原発事故を引き起こした東日本大震災では、阪神淡路大震災やその他の震災での経験や教訓を超えた課題が問われた。岩手県や宮城県を中心とする津波と地震による罹災地での救援活動に対しては、不十分な点はありながらも、阪神淡路大震災で学んだ多くの経験が活かされることになった。言い換えると、放射能被害を受けなかった震災地域と受けた震災地域の両方が東日本大震災を特徴づけたのである。そして 今回の福島原発事故の経験は、 自然災害の多い日本では、今後、地震によって原発事故が起こる可能性を示し、また、今回の放射能被害を受ける可能性のある罹災地の災害対策に活かされなければならないことを深刻に問い掛けている。
都市型や局所型の震災に比べ、広大な地域に広がる罹災地を抱えた東日本大震災の場合、罹災地での支援物資の供給活動は完全ではなかった。東日本大震災への対策や救援活動から得られた教訓が、その意味で、今後の震災対策の考え方、安全対策、危機管理や救援システムに活かされようとしている。インターネットや携帯電話、GPSシステムの巨大データベースが情報処理を駆使した統計処理によって分析され、震災時の人々の動きの理解を与え、それの分析資料から、災害時の避難経路の確保のための交通情報、また避難路の検討、それに必要なインフラの整備計画が復興対策の中に織り込まれようとしている。これまでの震災や津波のデータをあらゆる分野の研究成果を駆使して分析することによって、より有効な震災津波対策案が検討されることになるだろう。
震災被害を最小限に防ぐということが震災対策の最も重要な課題である。震災対策への投資コストと震災から受ける被害コストのバランスから投資の規模が算出される。これが現実的な対策が検討される基準となる。つまり、震災対策は経済上のコスト計算によって決定されている。その投資内容は、あらゆる分野の技術力や技能を投入動員したとしても、より効率よく、より経済的に、より便宜性を高めた選択枝が常に求められることになる。
福島原発事故と事故処理で生じる失敗が問いかける課題、東電や政府の責任問題
他の震災と異なる東日本大震災が与えた教訓は原発事故である。震災や津波が原発の巨大災害を引き起こすということがこの震災を通じて世界の人々に理解された。その意味で、東日本大震災と福島原発事故は切り離して考えられない。と同時にこの悲惨な事故が我々に警告している課題を理解しなければならない。
今、世界には原子力発電が431基(2010年)ある(3)。しかも、不足するエネルギーの最も経済的で手っ取り早い解決手段として原子力発電所の建設が計画されている。今後、中国では建設中と計画中の原子炉は56基あり、現在稼働中の原発を入れると70基の原発が建設される予定となる(4)。アジアだけでも100基以上の原子炉が建設される予定である。そう考えると、第二の福島原発事故は震災や津波以外の原因でも、起こることが避けられない時代が来る。その意味で、福島原発事故の解明と現在の事故対策は、今後の課題に大きな教訓を与え、また具体的な事故対策の方法や安全管理や危機管理システムを提案することになる。
しかし、この貴重な経験に向きあう日本社会(国民)、政府、東電や原発関連専門家集団の姿勢が問われている。東電の原因追究を避ける姿勢は事故以前と変わらない。起こりうる災害の可能性や問題を正確に理解しようとせず、常に楽観的な安全神話の思惑が先行して対策やシステムが企画される。そのシステムを検証することもしない。重大な原発事故を起こしても、また事故処理で発生する放射能汚染水の地下貯蔵タンク建設でも同じような失敗を繰り返し続けているのである。つねに、問題が発生するという可能性を最小限に見積もる、また、そのシステムを活用している他の専門家の意見すら聞くことも調査することもなく、素人に近い自分たちの知識と予測で対策を企画しシステムを建設してしまうのである。この重大な失敗の繰り返しの基本にある設計思想を問い掛け、検証する感性や知性を全く失っているのである。それに対しての対策は、それらの東電専門家を総入れ替えするしか、解決の道はないだろうと大多数の人々は考えるに違いない。
こうした東電専門家・技術者の無能さを放任してきたのは政府である。一つは政府事故調査委員会の調査報告書の国会での報告や討論、そして調査委員からの勧告を受けた法的システム(法律や制度改革)を行う政治活動が行われようとしていない。政策に活かされない国会事故調査活動とは税金の無駄使いとしか言いようがない。
前記したように、経済的発展に原発建設が必要という理解は世界の殆どの国に共通するものである。それは、この21世紀では、エネルギーと食糧の問題が世界の重大な政治的危機に発展することは避けらない事態が生じることを意味する。国民の豊かな生活レベルや環境を求め、世界の多くの国々では原発建設が進む。そして、同時に、原発が危険なものであることを経験した我が国や先進国では、脱原発と再生可能エネルギーを多く活用したエネルギー政策が進むだろう。日本は、今更、前者のグループに留まることは出来ない。寧ろ、後者のグループに参加するしか道がないことを、今後の福島原発事故処理で更にはっきりするだろう。
福島原発の事故処理に必要な時間は少なくとも30年と言われている。チェルノブイリの例でも、この30年の事故処理の時間は非現実的な予測でない。つまり、原発事故現場から10から20キロ範囲の立ち入り禁止地域は半世紀の間、人が住めない地域となる。したがって、その事実が深刻に日本社会の経済や地域文化に圧し掛かってくるのである。福島はこれからどうなるか。除染作業は進むのか。除染した放射能汚染物質の保管はどうなるのか。原発事故現場に放置されている使用済み核燃料は今後起こる地震で再びメルトダウンの危機にさらされないのか。いつまでにそのリスクを解決できるのか。東日本大震災は終わることのない原発事故処理を抱えたのである。
福島原発事故の原因解明と事故処理で生まれた技術が世界を救う(東日本大震災の教訓)
事故処理から見える我々の無能さを深く理解しているのは、事故現場で具体的に事故処理に立ち向かう技術者たちである。彼らの日々の闘いに対して、東電幹部の官僚的な対応は改善されたのだろうか。放射能汚染水漏れ事故と原発事故は共通する失敗の思想を持つのであるが、どのような制度がその彼らの事故処理への姿勢を変革できるだろうか。もし変革できなければ、多分、汚染水漏れ以上の重大な失敗が起こる可能性はないだろうか。それを防ぐためには、もはや事故処理を東電に任してはならないのではないか。政府が国家と国民の安全にかけて、その対策に乗り出す以外に道はない。つまり、着実の事故処理を進められる能力を持った人々を事故現場の司令塔に派遣し、彼らの指導の下に事故処理を行うしかない。
今後の二次災害や事故を防ぐための対策、思い切った決断を行えるのはもはや東電幹部ではない。政府にしかそれは出来ない。しかし、政府がかくて東電幹部と共に進めたエネルギー政策を変更しない限り、それを政府に望むことは出来ないだろう。
この悲観的状況を一つでも改善するために、少なくとも以下の課題をまず共有することから始めたい。
1、福島原発事故は東日本大震災を特徴づける災害であり、この事故処理が終わるまで、東日本大震災からの復旧や復興はあり得ない
2、福島原発事故の原因解明と原発安全管理システムの検証作業、事故後の危機管理、事故処理で開発された技術は今後世界に普及する原発建設にとって重要であり、その役割や責任を日本社会と政府が担っていることを自覚しなければならない。
3、エネルギー資源枯渇の時代を前にして、国民へのエネルギー安定供給を確立するために必要な再生可能エネルギーの利用、省エネ技術開発を脱原発政策を平行して推進するための中長期のエネルギー政策を立てる必要がある。
引用、参考資料
(1) 特集「活断層を「創造」する原子力規制委への疑問」月刊エネルギーフォーラム 2013年3月号 http://www.energy-forum.co.jp/eccube/html/user_data/energy_forum.php
(2) 三石博行 「震災・津波被害からの復興と原発事故対策を分けて対策を立てる必要性 -震災に強い国を作る(3)B-」 http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_5265.html
(3) 「世界の原子力発電所の原子炉の数 2010年」 http://memorva.jp/ranking/world/iaea_nuclear_power_reactor_2010.php
(4) 日本原子力産業協会 「日本と世界の原子力」「2012年1月現在 の世界の原子力発電開発の現状の説明」によると、中国では稼働中の原発は14基、建設中のものが30基で計画中の原発は26基ある。 建設中と計画中の原発は56基で、現在運転中の原発を入れると将来70基の原発が稼働することになる。 http://www.jaif.or.jp/ja/nuclear_world/overseas/f0103.html
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2013年1月23日水曜日
ECは東アジア共同体への道のモデルとなり得るか、その可能性とは
東アジア共同体の可能性を巡る機能的推進の課題(3)
三石博行
東アジア共同体構想を展開するための問題点
まず、東アジア共同体は存在していないと言うことから述べなければならない。つまり、正確には東アジア共同体構想として議論が始まっている段階である。この共同体を我々日本、また議論に参加している諸国は、全く同じ条件ではないにしろ、必要としていると言える。それらの必要性を前提にして、東アジア共同体構想が検討されつつある。
そのために、これから議論する課題を大きく4つに整理してみた。
1、 東アジア共同体構想の現状
2、 東アジア共同体の必要性とは何か
3、 EUモデル(進捗状態)の応用可能性
4、 共同体構想が具体化するための条件とは何か(方法と課題の選択)
東アジア共同体構想とその課題
東アジア共同体構想は、1997年12月インドネシアのクアラルンプールで開催されたASEAN(東南アジア諸国連合)30周年の首脳会議で、「ASEAN+3」と呼ばれる韓国、中国と日本の首相が招待されて参加した非公式首脳会議から始まった。 また、2005年12月クアラルンプールで開催されたASEAN+3の会議でEAS(東アジアサミット・東アジア首脳会議)が提案された。この第1回EASでは,エネルギー,金融,教育,鳥インフルエンザ/感染症対策,防災を優先協力分野に設定された。現在、ESAには、ASEANの10カ国(インドネシア,マレーシア,フィリピン,シンガポール,タイ,ブルネイ,ベトナム,ラオス,ミャンマー,カンボジア)と日本,中国,韓国(ASEAN +3と呼ばれた),豪州,ニュージーランド,インド(ASEAN+6と呼ばれる)と米国,ロシアが2011年から参加している。
現在、東アジア共同体構想は主にASEANとESAで議論されている。中韓日三国での政府間の議論は行われていない。しかし、今回のジョイントカンファレンスに代表されるように、東アジア共同体評議会や大学研究機関、市民組織等で活発な議論が繰り返されてきた。それらの議論によって東アジア共同体に関する可能性が具体的に提案されてきた。
しかし、共同体構想を具体化する地域共同体のガーバナンスシステムの形成にも至っていないのが現実である。つまり、地域連合の地理文化的枠組み(参加国の地理文化的条件)、政治文化的価値表象の概念(参加国の政治文化的理念)、地域共同体を構築するための行程に関する取り決め(地域共同体提携のための条約批准等)等が挙げられる。この構想は従って、状況によれば、全く進展することもなく、また廃止される危険性もあると言えるものである。
その意味で、現在、東アジア共同体の必要性に関して議論し、その内容を相互確認し、少なくとも東アジア共同体構想を具体化するための参加国間の取り決めが必要となるだろう。
しかし、東アジア共同体が必要であるという要請が現実に存在しなければ、この構想は進展しないだろう。その必要とする具体的な内容もESA参加国によって異なるだろう。そこで主な参加国共通の課題について、以下の二つを挙げる。
1、 東アジア地域での平和的共存関係の成立
2、 東アジア地域での経済的相互関係の発展
この二つの課題を展開するためには、参加国の経済、政治、文化的立場(利害関係)から来る平和的共存関係を進展させる要素や条件を理解しておく必要がある。
東アジア共同体構想が成立する条件、域内の平和的共存の成立条件
東アジア共同体構想が成立する条件として、域内の平和的共存の成立条件を課題にする場合、まず、東アジア共同体の成立条件のEUのモデルの第一段階、つまり、域内の共通の政治文化的価値観の形成の現在 の段階とその課題について述べる。
1、戦争責任問題を解決するために
東アジア地域もヨーロッパと同じく、第二世界大戦の戦場となり、莫大な被害を受けた。日本の死者は320万人、中国では2000万人、朝鮮半島でも大戦中のみでなく、朝鮮戦争時に多くの犠牲者を出した。しかし、日本が戦前に行った朝鮮植民地支配、日中戦争、東南アジア侵略、太平洋戦争に関する戦争責任問題は曖昧にされている。
つまり、ドイツが戦後行ったように国民全体が過去の戦争責任と真摯に向き合う文化を生み出すに至っていないのである。そのために、戦後は終わったと宣言してから半世紀経っても、周辺諸国に日本の戦争犯罪の事実を認める運動が起るのである。
また、そればかりではない、日本政府を代表する人々によって、東条英機らA級戦犯が合祀されている靖国神社への参拝が行われている。確かに、極東国際軍事裁判においてA級戦犯として処刑された人々の中には、裁判の在り方、A級戦犯としての判決を検証する必要がある。
しかし、ここで大切なことは、この政府代表の(A級戦犯の合祀されている靖国神社への)参拝が国際社会の視点に立って意味していることである。言い方を合えると、戦後のドイツが、戦争犠牲者と共にヒットラーも合祀されている記念碑に首相が参拝しに行くと想像してみると良く理解できる。この仮定を置くと、どの日本人でも、その異様さに驚くだろう。しかし、その異様さは、日本の過去に関しては国内では通用しないのである。
ここで問題となっていることは、対外的理由によって政府代表参拝を抑えるということよりも、その異様さを理解できない現実の日本的感性の存在理由を真剣に問題にしなければならないのである。
また、日本は戦後、東南アジア、中国や韓国の経済復興を支援して来た。その支援によって、東南アジア、東アジアの経済復興が進んだ。それらの莫大な経済支援の評価が、首相の一回の靖国神社への参拝によってかき消されるのである。経済的に見ても、外交的視点から考えても、大きな損失であると言える。
その為に、以下の二つの提案をする。
A、まず、日韓、日中という2国間で、政府と独立した歴史問題に関する第3者機関を作り、それぞれの国の専門家による、調査研究活動を行う。その成果は公共報道機関と共同して、前回、NHKが報道した「朝鮮半島と日本」のように市民に報道する。
B、草の根国際文化交流を町おこしとして取り上げている運動がある。その実例に習い、日本の各地で、小中教育からの日韓、日中、日露、日台間の交流を推進する。
2、政治制度の違いを認め、そこから始まる議論を行う
言うまでもないが、東アジアの代表国である日中韓三国を例にとっても、政治制度は異なる。日本と韓国は民主主義国家であり、中国は資本主義経済化を進める社会主義一党独裁の国である。北朝鮮は旧来の社会主義一党独裁の国制度を維持している。こうした政治体制の基本的違いからも、EUモデルは適用されないことと言える。そのためには、政治的共同体を巡る議論でなく、その前段階の議論を行う必要がある。
A 例えば、東アジア共同構想を段階的に作りだす、域内の研究者を中心とする民間及び、政府専門家(官僚)や地方自治体専門家の間で、またそれらの組織を越えた横断的な委員会を独自に作りだし、東アジア共同体評議会の活動や今回の第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンスのように、自由な議論を起こす必要がある。
B 尖閣諸島や竹島問題で生じている領有権問題を政治的視点からでなく、歴史的視点、文化的視点、環境的視点、未来学的視点等々の利害を超えて解決で可能性を上記した自由な議論の場に下ろす努力をする。
3、平和的共存の成立条件 教育文化交流を進める
しかし、こうした違いや共同の価値表象を構築するための基本的作業の遅れはあるものの、日本の国際的な平和共存条件を確立するためには、東アジア共同体構想を発展させる必要がある。そのためには、予め高度なレベルの平和的共存を求める課題でなく、学生の教育交流、市民レベルの文化交流や韓流ブームやアニメブームとして域内諸国の文化交流を推進する必要がある。そして、文化交流を通じて、市民が観光旅行として、域内諸国を訪問する。その観光によって、相互理解は深化し、共同の価値表象を形成する土壌が作られることになる。
A 東アジア映画祭、音楽大会、芸術に関するイベントを企画し、市民間の交流を生み出す。その経済文化的効果を理解する。つまり、東アジア共同体構想を文化、芸術、観光活動として展開する発想を育成し、発展させる。
B すでに多くの大学が日中、日韓の大学交流を行っている。未来のアジア共生への道を繋ぐ若い人材育成によって、長期的な視点に立った交流が可能となる。また、学生時代に東アジアの国々で学んだ経験は、その後、社会活動に活かされ、未来社会で必要な多様な人材が育つのである。
4、環境・エネルギー問題を解決する学術産業文化交流を進める
この課題は、新しく節を設けて、議論したい。
結論
地域連合を形成するための単純にEUモデルは東アジア共同体構想に適用されないだろうということを、まず、理解しておく必要がある。
しかし、その上で、このEUモデルを構成している要素が東アジア共同体構想に役立つ。つまり、EUモデルの中で、東アジア共同体構想に役立つと思われるものを拾い出し、その機能性を分析し、解釈して、東アジアの政治地理的条件に合った形で適用可能なもの変換する必要がある。
こうしたモデルのプラグマティズム的な適用や活用に関しては、すでに、日本を始め、アジアの国々では近代化過程で技術や産業システムの取り入れの歴史を持っている。その経験に基き、EUモデルを東アジア化するイノベーションを行う必要がある。
あくまでも参加国家の相互利益が成立していることがそれらの要素の成立条件となる。この場合、理想主義的考え方を改め、現実的で実利的な方法を着実に取る必要がある。しかし、このプラグマティズムには、問題解決型の設計科学思想がなければならないだろう。
参考資料
1、東アジア共同体評議会 『東アジア共同体白書2010 East Asian Community 東アジア共同体は可能か、必要か』たちばな出版 日本国際フォーラム叢書、2010.9.30、655p
2、進藤栄一 『東アジア共同体をどうつくるか』筑摩書房 ちくま新書636、2007.1.10、270p
3、滝田賢司 編著 『東アジア共同体への道』 中央大学出版部 中央大学政策文化総合研究叢書3、2006.3.30、285p
4、廣田功 編 『欧州統合の半世紀と東アジア共同体』 日本経済評論社、2009.9.25、245p
5、佐藤洋治・鄭俊坤 編著『アジア共同体の創成に向かって』ワンアジア財団叢書 芦書房、2011.11.1、276p
6、谷口誠『東アジア共同体 -経済統合のゆくえと日本- 』岩波新書919、2004.11.19、231p
7、崔昇煥; (金美善訳)「東アジア経済共同体の推進方向と課題」、国際公共政策研究. 12(1) 2007-09、pp1-12、
http://hdl.handle.net/11094/12892
8、桂木健次 「環日本海・東アジア共同体と脱原発エネルギー課題」
9、舟橋精一 「第二次世界大戦等の戦争犠牲者数」ホームページ資料
http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/TR7.HTM
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三石博行
東アジア共同体構想を展開するための問題点
まず、東アジア共同体は存在していないと言うことから述べなければならない。つまり、正確には東アジア共同体構想として議論が始まっている段階である。この共同体を我々日本、また議論に参加している諸国は、全く同じ条件ではないにしろ、必要としていると言える。それらの必要性を前提にして、東アジア共同体構想が検討されつつある。
そのために、これから議論する課題を大きく4つに整理してみた。
1、 東アジア共同体構想の現状
2、 東アジア共同体の必要性とは何か
3、 EUモデル(進捗状態)の応用可能性
4、 共同体構想が具体化するための条件とは何か(方法と課題の選択)
東アジア共同体構想とその課題
東アジア共同体構想は、1997年12月インドネシアのクアラルンプールで開催されたASEAN(東南アジア諸国連合)30周年の首脳会議で、「ASEAN+3」と呼ばれる韓国、中国と日本の首相が招待されて参加した非公式首脳会議から始まった。 また、2005年12月クアラルンプールで開催されたASEAN+3の会議でEAS(東アジアサミット・東アジア首脳会議)が提案された。この第1回EASでは,エネルギー,金融,教育,鳥インフルエンザ/感染症対策,防災を優先協力分野に設定された。現在、ESAには、ASEANの10カ国(インドネシア,マレーシア,フィリピン,シンガポール,タイ,ブルネイ,ベトナム,ラオス,ミャンマー,カンボジア)と日本,中国,韓国(ASEAN +3と呼ばれた),豪州,ニュージーランド,インド(ASEAN+6と呼ばれる)と米国,ロシアが2011年から参加している。
現在、東アジア共同体構想は主にASEANとESAで議論されている。中韓日三国での政府間の議論は行われていない。しかし、今回のジョイントカンファレンスに代表されるように、東アジア共同体評議会や大学研究機関、市民組織等で活発な議論が繰り返されてきた。それらの議論によって東アジア共同体に関する可能性が具体的に提案されてきた。
しかし、共同体構想を具体化する地域共同体のガーバナンスシステムの形成にも至っていないのが現実である。つまり、地域連合の地理文化的枠組み(参加国の地理文化的条件)、政治文化的価値表象の概念(参加国の政治文化的理念)、地域共同体を構築するための行程に関する取り決め(地域共同体提携のための条約批准等)等が挙げられる。この構想は従って、状況によれば、全く進展することもなく、また廃止される危険性もあると言えるものである。
その意味で、現在、東アジア共同体の必要性に関して議論し、その内容を相互確認し、少なくとも東アジア共同体構想を具体化するための参加国間の取り決めが必要となるだろう。
しかし、東アジア共同体が必要であるという要請が現実に存在しなければ、この構想は進展しないだろう。その必要とする具体的な内容もESA参加国によって異なるだろう。そこで主な参加国共通の課題について、以下の二つを挙げる。
1、 東アジア地域での平和的共存関係の成立
2、 東アジア地域での経済的相互関係の発展
この二つの課題を展開するためには、参加国の経済、政治、文化的立場(利害関係)から来る平和的共存関係を進展させる要素や条件を理解しておく必要がある。
東アジア共同体構想が成立する条件、域内の平和的共存の成立条件
東アジア共同体構想が成立する条件として、域内の平和的共存の成立条件を課題にする場合、まず、東アジア共同体の成立条件のEUのモデルの第一段階、つまり、域内の共通の政治文化的価値観の形成の現在 の段階とその課題について述べる。
1、戦争責任問題を解決するために
東アジア地域もヨーロッパと同じく、第二世界大戦の戦場となり、莫大な被害を受けた。日本の死者は320万人、中国では2000万人、朝鮮半島でも大戦中のみでなく、朝鮮戦争時に多くの犠牲者を出した。しかし、日本が戦前に行った朝鮮植民地支配、日中戦争、東南アジア侵略、太平洋戦争に関する戦争責任問題は曖昧にされている。
つまり、ドイツが戦後行ったように国民全体が過去の戦争責任と真摯に向き合う文化を生み出すに至っていないのである。そのために、戦後は終わったと宣言してから半世紀経っても、周辺諸国に日本の戦争犯罪の事実を認める運動が起るのである。
また、そればかりではない、日本政府を代表する人々によって、東条英機らA級戦犯が合祀されている靖国神社への参拝が行われている。確かに、極東国際軍事裁判においてA級戦犯として処刑された人々の中には、裁判の在り方、A級戦犯としての判決を検証する必要がある。
しかし、ここで大切なことは、この政府代表の(A級戦犯の合祀されている靖国神社への)参拝が国際社会の視点に立って意味していることである。言い方を合えると、戦後のドイツが、戦争犠牲者と共にヒットラーも合祀されている記念碑に首相が参拝しに行くと想像してみると良く理解できる。この仮定を置くと、どの日本人でも、その異様さに驚くだろう。しかし、その異様さは、日本の過去に関しては国内では通用しないのである。
ここで問題となっていることは、対外的理由によって政府代表参拝を抑えるということよりも、その異様さを理解できない現実の日本的感性の存在理由を真剣に問題にしなければならないのである。
また、日本は戦後、東南アジア、中国や韓国の経済復興を支援して来た。その支援によって、東南アジア、東アジアの経済復興が進んだ。それらの莫大な経済支援の評価が、首相の一回の靖国神社への参拝によってかき消されるのである。経済的に見ても、外交的視点から考えても、大きな損失であると言える。
その為に、以下の二つの提案をする。
A、まず、日韓、日中という2国間で、政府と独立した歴史問題に関する第3者機関を作り、それぞれの国の専門家による、調査研究活動を行う。その成果は公共報道機関と共同して、前回、NHKが報道した「朝鮮半島と日本」のように市民に報道する。
B、草の根国際文化交流を町おこしとして取り上げている運動がある。その実例に習い、日本の各地で、小中教育からの日韓、日中、日露、日台間の交流を推進する。
2、政治制度の違いを認め、そこから始まる議論を行う
言うまでもないが、東アジアの代表国である日中韓三国を例にとっても、政治制度は異なる。日本と韓国は民主主義国家であり、中国は資本主義経済化を進める社会主義一党独裁の国である。北朝鮮は旧来の社会主義一党独裁の国制度を維持している。こうした政治体制の基本的違いからも、EUモデルは適用されないことと言える。そのためには、政治的共同体を巡る議論でなく、その前段階の議論を行う必要がある。
A 例えば、東アジア共同構想を段階的に作りだす、域内の研究者を中心とする民間及び、政府専門家(官僚)や地方自治体専門家の間で、またそれらの組織を越えた横断的な委員会を独自に作りだし、東アジア共同体評議会の活動や今回の第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンスのように、自由な議論を起こす必要がある。
B 尖閣諸島や竹島問題で生じている領有権問題を政治的視点からでなく、歴史的視点、文化的視点、環境的視点、未来学的視点等々の利害を超えて解決で可能性を上記した自由な議論の場に下ろす努力をする。
3、平和的共存の成立条件 教育文化交流を進める
しかし、こうした違いや共同の価値表象を構築するための基本的作業の遅れはあるものの、日本の国際的な平和共存条件を確立するためには、東アジア共同体構想を発展させる必要がある。そのためには、予め高度なレベルの平和的共存を求める課題でなく、学生の教育交流、市民レベルの文化交流や韓流ブームやアニメブームとして域内諸国の文化交流を推進する必要がある。そして、文化交流を通じて、市民が観光旅行として、域内諸国を訪問する。その観光によって、相互理解は深化し、共同の価値表象を形成する土壌が作られることになる。
A 東アジア映画祭、音楽大会、芸術に関するイベントを企画し、市民間の交流を生み出す。その経済文化的効果を理解する。つまり、東アジア共同体構想を文化、芸術、観光活動として展開する発想を育成し、発展させる。
B すでに多くの大学が日中、日韓の大学交流を行っている。未来のアジア共生への道を繋ぐ若い人材育成によって、長期的な視点に立った交流が可能となる。また、学生時代に東アジアの国々で学んだ経験は、その後、社会活動に活かされ、未来社会で必要な多様な人材が育つのである。
4、環境・エネルギー問題を解決する学術産業文化交流を進める
この課題は、新しく節を設けて、議論したい。
結論
地域連合を形成するための単純にEUモデルは東アジア共同体構想に適用されないだろうということを、まず、理解しておく必要がある。
しかし、その上で、このEUモデルを構成している要素が東アジア共同体構想に役立つ。つまり、EUモデルの中で、東アジア共同体構想に役立つと思われるものを拾い出し、その機能性を分析し、解釈して、東アジアの政治地理的条件に合った形で適用可能なもの変換する必要がある。
こうしたモデルのプラグマティズム的な適用や活用に関しては、すでに、日本を始め、アジアの国々では近代化過程で技術や産業システムの取り入れの歴史を持っている。その経験に基き、EUモデルを東アジア化するイノベーションを行う必要がある。
あくまでも参加国家の相互利益が成立していることがそれらの要素の成立条件となる。この場合、理想主義的考え方を改め、現実的で実利的な方法を着実に取る必要がある。しかし、このプラグマティズムには、問題解決型の設計科学思想がなければならないだろう。
参考資料
1、東アジア共同体評議会 『東アジア共同体白書2010 East Asian Community 東アジア共同体は可能か、必要か』たちばな出版 日本国際フォーラム叢書、2010.9.30、655p
2、進藤栄一 『東アジア共同体をどうつくるか』筑摩書房 ちくま新書636、2007.1.10、270p
3、滝田賢司 編著 『東アジア共同体への道』 中央大学出版部 中央大学政策文化総合研究叢書3、2006.3.30、285p
4、廣田功 編 『欧州統合の半世紀と東アジア共同体』 日本経済評論社、2009.9.25、245p
5、佐藤洋治・鄭俊坤 編著『アジア共同体の創成に向かって』ワンアジア財団叢書 芦書房、2011.11.1、276p
6、谷口誠『東アジア共同体 -経済統合のゆくえと日本- 』岩波新書919、2004.11.19、231p
7、崔昇煥; (金美善訳)「東アジア経済共同体の推進方向と課題」、国際公共政策研究. 12(1) 2007-09、pp1-12、
http://hdl.handle.net/11094/12892
8、桂木健次 「環日本海・東アジア共同体と脱原発エネルギー課題」
9、舟橋精一 「第二次世界大戦等の戦争犠牲者数」ホームページ資料
http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/TR7.HTM
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ヨーロッパ評議会、EC,EU成立過程と地域政治共同体としてのEUモデル
東アジア共同体の可能性を巡る機能的推進の課題(2)
三石博行
平和な中世汎ヨーロッパ文化圏と近代国民国家形成過程における地域紛争の激化
欧州連合(EU)を構成する国々は古代ローマ時代から交易、侵略(戦争)、支配と被支配、領土境界(国境)の変更を繰り返し、言語的には大きくは同じインド・ヨーロッパ語、精神構造的には古代ゲルマン・ギリシャ神話(汎神論)的風土、社会システム的には中世キリスト教文化を共有している欧州と呼ばれる地理的環境に所属している。その意味で、古代、中世から現代まで大きく一つの文化圏に所属すると言ってもよいだろう。
また、ギリシャ文明や古代ローマ文明を起源とし、文字、伝統的学問体系を共有している。更に、古代ローマ帝国とその周辺国家に代表されるように、常に、歴史的に、この地域では多様な民族間での紛争や戦争が繰り返され、上記したように、ケルト民族、ラテン民族、ゲルマン民族やスラブ民族と呼ばれる主なヨーロッパ民族の間での支配と被支配を繰り返し、それらの民族間の領土の拡張と縮小が繰り返されてきた。そしてその紛争は18世紀以降の国民国家の成立後も繰り返されてきた。その度ごとに、国民国家間の国境の変更が20世紀半ばまで続いた。
ヨーロッパの戦争史を振り返ると、13世紀から20世紀までのヨーロッパで生じた戦争の数を世紀毎に集計し、それを図1で示した。13世紀で1回、14世紀から15世紀で1回、16世紀で3回、つまり16世紀はその200年間前の3倍の数の戦争が起った。そして、17世紀は4回で、16世紀よりも1回多い。さらに18世紀は6回で17世紀よりも2回増えている。近代国家が成立した19世紀では12回となり、ヨーロッパでの戦争は18世紀の2倍に増えたのである。そして、帝国主義の時代が始まる20世紀で27回となり、まさに、ヨーロッパでは4から3年に一回の戦争が起ったことになる。このように、ヨーロッパでは中世から近代、そして現代と戦争は増え続けたのである。
15世紀までのヨーロッパは、一見すると長い期間の戦争のない時代であると言える。ローマ帝国の支配から中世ヨーロッパの千年もの間、ヨーロッパでの戦争のない時代は、視点を変えるなら古代ローマ帝国から続く強固な封建領主、絶対王政によってヨーロッパ全土が支配されていたために少数民族の自立を求める紛争は抑圧されていたとも言える。
そして、市民革命が起り、国民国家が成立する17世紀、18世紀を経て、王政が終焉した19世紀には、それまで伝統的に続いた古代・中世的汎ヨーロッパ主義(ローマ帝国の名残)が消えることによって、帝国主義と呼ばれる新たなヨーロッパでの支配の論理による、ヨーロッパ内の支配と被支配の関係が成立していった。ヨーロッパ大陸では国民国家間の抗争が生み出された。それはヨーロッパ列強が地理的にヨーロッパとその植民地によって世界を二分した時代と重なるのである。
二つの世界大戦の反省から生まれたヨーロッパ(欧州)評議会
20世紀のヨーロッパは、これまで人類が経験したことのない二つの世界大戦の場となる。この二つの世界大戦で想像の出来ない大きな破壊を受けることになる。その一つの戦争が1914年から1918年までの第一次世界大戦である。この戦争は、ドイツ、オーストリア、オスマントルコ、イタリア、ブルガリアの同盟国とイギリス、フランス、ロシアの連合国の二つの勢力によってヨーロッパを二分する欧州大戦争となる。この戦争の原因は帝国主義の植民地再分割戦争であった。ヨーロッパ諸国、北米と日本を含む36各国が交戦した。つまり、ヨーロッパから世界に戦禍が飛び火した。新たに植民地拡大を狙う日本も連合国側に参加し、それまでドイツがアジアで支配した植民地を奪い取るのである。そして、約900万人の兵士と約1000万人の市民の犠牲、約2200万人の負傷者が発生した。
さらに、それから21年後に、再び世界戦争が起る。第二次世界大戦( 1939年から1945年まで)では、新興帝国主義国家であるイタリア、ドイツ、日本の同盟国とその勢力に対抗するイギリス、アメリカ、フランス、ソビエト、中華民国の連合国で、ヨーロッパとアジア・太平洋を戦場にして世界を二分する大戦争が起る。近代兵器を駆使した第二世界大戦は先の世界戦争以上に多くの犠牲を生み出した。それは人類の歴史上最大の戦闘が行われ、そのヨーロッパでの戦争による犠牲者は約5500万人と言われている。犠牲者は軍人だけでなかった。約3000万人(ユダヤ人600万人)の一般市民が命を落とした。つまり、民間人の死者が半分を超えたのである。
第一次、第二世界大戦以来、戦争の形態は激変した。戦場は限定されず、国全体を巻き込む総力戦が展開され、戦争による犠牲者は軍人のみでなく国民全員に及んだ。また、近代・現代科学を駆使して兵器が開発され、巨大戦艦(空母)や爆撃機、さらには大型爆弾や化学兵器、原子爆弾に代表される恐るべき破壊力を持つ、大量殺人兵器が使用された。
戦死者(軍人)も第一次世界大戦では約1000万人であったが、第二次世界大戦では約5000万人と5倍に膨れ上がり、直接戦費も第一次世界大戦では約2080億ドルであったが、第二次世界大戦では、その5倍の約1兆1170億ドルとなったと報告されている。つまり、戦場になったヨーロッパのフランスやイギリス等の戦勝国(連合国)に於いても、敗戦したドイツやイタリア(三国同盟)と同じように、戦争による国への被害は甚大なものであり、戦禍で荒廃した国土と甚大な犠牲者を生み出すことになった。
再びこうした戦災をヨーロッパで繰り返さないために、ヨーロッパ統合の考えが、ヨーロッパで生まれて行く。最初にヨーロッパ統合の考えを述べたのはギリスの首相Winston Churchill(チャーチル)であった。第二次世界大戦終了の翌年1946年9月19日にチャーチル首相Winston Churchillはドイツのチューリッヒ大学で「欧州合衆国」の形成が必要であると演説した。また、チャーチルは1948年5月に、ヨーロッパ政治経済の共同体、ヨーロッパ議会、統一ドイツ、人権憲章、最高裁判所、子供、青年や文化に関するヨーロッパセンターの必要性を訴えたヨーロッパ宣言を採択するために、ハーバー会議を呼びかけた。この会議には、殆ど全てのヨーロッパの国々の代表が参加したのである。
そのチャーチルのヨーロッパ統合(欧州合衆国構想)は1949年5月5日にロンドン条約によるヨーロッパ評議会の正式発足として具体化することになる。ベルギー、デンマーク、ルクセンベルグ、オランダ、フランス、イギリス、アイルランド、イタリア、ノルウェー、スウェーデンの10各国がヨーロッパ評議会創設時の原加盟国として参加した。ヨーロッパ(欧州)評議会が設立した当初は、20世紀にドイツとフランスの戦争によって何遍となく国名を変えさせられたアルザスの中心都市ストラスブールのストラスブール大学宮殿( Le Palais de l’Universite )で会合が開かれて、その後、ヨーロッパ評議会はストラスブールの市内にヨーロッパ宮殿( Le Palais de Europe )に常設されることになる。 ヨーロッパ(欧州)評議会の公用語は英語とフランス語である。また、2007年9月には47カ国が加盟している。そして、日本は非欧州オブザーバー参加国である。
欧州評議会の5つの目的と13の執行機能
欧州評議会は、大きく5つの目的を持っている。
一つ目は民主主義と法の支配である。この民主主義と法の支配とは、これまでヨーロッパ内で起った戦争、民族大虐殺、迫害の歴史を繰り返さないため、社会理念の基本に人権、民主主義に基く法制度を確立し、その法律に即して国家や社会の運営を行う考えかたである。これが欧州評議会の最も重要理念とされている。
この一つ目の課題が目的とするのは二つ目の目的と謳われた人権擁護である。つまり、民主主義制度とは人権の思想を基盤にして成立している。資本主義社会での自由や平等は人権思想を前提として形成発展するのである。人権擁護は二つの課題が存在する。一つは社会権で、人々が社会の中で人間らしい尊厳を受ける権利や生活を行う権利を意味する。そのためには欧州社会憲章が必要とされる。二つ目の課題とは人々の文化的アイデンティテイーの尊厳である。自我や主体に直結する言語権の問題である。コルシカ、アルザスやバスク地方では「方言」と呼ばれる少数民族言語や文化が存在している。これらの少数民族は国家によって独自の言語文化の消滅の危機に瀕している。そこで欧州地域・少数民族言語憲章を確立し、それらの文化、言語権を擁護しようとしている。
つまり、二つ目の目的は、三つ目の目的である少数民族文化アイデンティテイー保護と文化多様性を促進する目的の前提条件となる。 非ヨーロッパ圏の社会から観ると、概して、一つのヨーロッパ文化と評価されるかもしれない。しかし、ヨーロッパ文化の形成を古代から辿ると、この地に多くの民族(ケルト人、フン族、バスク人等々)文化や言語が存在することを知ることが出来る。その意味で、多様なヨーロッパ文化と言うべきだろう。それらの多様性は現代ヨーロッパ社会文化の財産であるとも言える。しかし、近代社会に成立した国民国家制度によって、このヨーロッパ文化や言語の多様性が失われようとしている。欧州評議会の政治的目的はヨーロッパの平和と共存であり、そのための統一ヨーロッパの建設である。しかし、この政治的目的(統一ヨーロッパの建設)は、決してヨーロッパを一つの文化形態に纏め、少数民族の文化や言語を絶滅させようとしているのではなく。むしろ逆に、この評議会の設立の理念・人権思想に基くならば、多文化多民族ヨーロッパが共存する政治経済と文化的形態を創設することを目的としているのである。
四つ目の目的は、「差別、排除主義、環境権、AIDS,麻薬、組織犯罪などの欧州社会が直面する諸問題への提起 」である。未来の欧州社会の安定と発展を目指すために、現在の社会が直面している人権侵害に関連する課題を解決することが欧州評議会の役割である。この問題解決の方法として、国家のレベルでの問題解決だけでなく、異なる地域性や地方性や旧植民地からの移民を抱えた欧州のミクロ社会の現実から、それらの文化的多様性や独自性を前提に、かつそれを尊重しながら問題解決を行うことが求められる。そのためには、問題の社会政治的一般性と独自性を共に解決できる政治システムが必要となり。ヨーロッパ評議会では、そのためにヨーロッパ全体の議員会議や欧州地方自治体会議を設置している。それらの異なる視点からの問題を提起や問題解決の試みが続いている。
社会改革を通じた民主的安定を目指すことが五つ目の目的となる。発達した資本主義社会ヨーロッパでは、当然ながら、富める人々と貧しい人々、豊かな地域や貧しい地域、民主主義の歴史の長い地域や短い地域、社会資本の整備された地と遅れている地域、つまり社会的豊かさにおける格差が存在している。欧州評議会の最も重要理念である民主主義と法の支配、人権の思想を確立するために、欧州評議会ではその制度等の改革を促し、協力をしあい、平和で安定した社会と構築する活動を行っている。
ヨーロッパ評議会の形成を促した理念(基本命題)はヨーロッパ地域の平和的共存、人権と民主主義の社会制度の形成発展である。そのために、欧州評議会は上記した5つの目的を明確に示し、それあの目的に目指して13の具体的な課題を取り上げ、その課題を展開するためにそれぞれに課題別の執行機能を形成してきた。その13の課題解決に関する執行機能を下に列挙する。
A、人権擁護 les droits de l’Homme
B、メディアと民主主義 les medias et la democratie
C、共同司法制度 la cooperation juridique
D、社会的結束 la cohesion sociale
E、開発資金 le financement du developpement
F、欧州内の南北問題 les rapports Nord-Sud
G、健康管理と予防 la protection et de la promotion de la sante
H、ヨーロッパ文化保護 la culture europeenne
I、教育 l’education
J、文化遺産保護 la culture et du patrimoine
K、自然や里山保護 le patrimoine naturel et paysager
L、 スポーツ推進 le sport
M、青少年 la jeunesse
欧州評議会は13の機能の中でも、特に、人権擁護、メヂィアの表現の自由の擁護、民主主義制度の推進等を、精力的に推進している。つまり、平和的共存、人権と民主主義を基調とする法に基づく政治制度を掲げる政治思想を共有する一つのヨーロッパの形成がこの欧州評議会の目的である。そのための問題解決機能を形成し、優先順位を決めながら、時代的に取り組み、未来への橋渡しを行おうとしているのである。
ヨーロッパ(欧州)評議会の主な機関
ヨーロッパ(欧州)評議会は、上記した目的、つまり民主主義社会文化の発展、人権擁護、文化的多様性の保護、生活環境の向上と安全確保を果たすために、具体的な13の執行機能の効率を目指して、事務局と5つの機関を設けている。
1. 事務局( Le secretaire general)
ヨーロッパ評議会事務局長は、議員会議で選出され、その任期は5年間である。閣僚委員会ではヨーロッパ評議会の運営実務を担当している。2004年以来現在までイギリスのTerry Davis氏が事務局長として評議会の指揮を執っている。 事務局を率い事務局長の役割は閣僚委員会からの承認を得なければならない重要課題に関して業務を履行することである。
2. 閣僚委員会 (Le Comite des Ministres )
ヨーロッパ評議会の意志決定機関である。原則として、閣僚委員会は47の参加国の外務大臣で構成されている。年に一回、非公開の閣僚級での会議が開かれる。人権、民主主義と法の支配による政治を基調とするヨーロッパ評議会の協定に違反する政府への勧告を行い。また、その理念を推進するための条約や協定の採択を行っている。 この機関は、例えば予算の決定、ヨーロッパ協定の採択や参加国によって約束された協定尊守の勧告を行う。また、この機関は、ヨーロッパ評議会への新しい参加国を決定し、また欧州人権裁判所の法令の実行を勧告する。
3. 議員会議 ( L’Assemblee parlementaire)
議員会議は、加盟国の国会議員で構成されており、それぞれの国から選出される議席数はその国の人口・GNP比で決められている。議員は318で、予備議員が同数の318名、合計636名である。
議員は参加国の国会議員であるが、会派が存在する。例えば社会主義グループ(SOC)、欧州人民党グループ(EPP/CD)、欧州自由民主同盟(ALDE), 欧州民主主義グループ(EDG)、欧州統一左派(UEL) が主な勢力となっている。 本会議は年間4回開かれ、10の一般委員会やその他の委員会の活動がなされている。しかし、立法権はなく、モニタリング機関として機能している。議員会議の議長はオランダのRene van der LINDEN氏で(2005年1月から)ある。議長の任期は1年で、通常3期で交代することになっている。つまり、2008年1月に議長選挙が行われる。 議会の役割は、以下に示す四つである。
A、 その時々の重要案件に関する議論
B、 閣僚委員会への勧告
C、 多くの協定を行う
D、 事務局長を選ぶ
4. 欧州地方自治体会議(Le Congres des pouvoirs locaux et regionaux )
欧州地方自治体会議は、1994年に創られた。この議会はヨーロッパ各国の地方レベルでの民主化を推し進めることを目的として運営されている。この機関は、閣僚委員会及び議員会議の諮問機関として機能する。 議員会議が国会議員で構成されていたように、この会議の議員は各国の地方代表議員で構成されている。欧州地方自治体会議はローカル院(地域院)とリージョナル院(地方院)の二院制で成り立ち、それらの二院の議員数が318名で、その予備議員が318名いる。つまり、欧州地方自治体会議議員数は636名である。 欧州地方自治体会議議員の役割は 以下に示す三つである。
A、二院の議長任命
B、欧州の地方や地域の意見に基づく会議
C、欧州の新しい民主主義制度における民主的な地方の構造を強化する
5. 欧州人権裁判所(Le Cour europeenne des Droits de l`Homme)
欧州人権裁判所は、1950年にローマで調印され、1953年に発効した欧州人権条約の実効を保障するため、ヨーロッパ評議会加盟国の人権侵害事件に対応する1959年にストラスブールに設置され、1998年11月1日条約改定により、ヨーロッパ評議会の常設組織となる。評議会加盟国を対象とする人権救済機関である。 この組織は、国際連合の国際司法裁判所とは異なり、国家間の紛争処理を対象にせず、個人や団体の国家に対する人権訴訟を受け付けている。
6. 国際NGO会議(La Conference des organisations internationales non gouvernementales)
国際NGO協議会は370の国際NGOが参加している。 そして、欧州評議会の議員会議と欧州地方自治体会議の議員と社会的活動を目的にした組織との会話や交流を促進する。
以上、ヨーロッパ評議会の6つの組織機能について簡単に紹介した
ヨーロッパ評議会は現代民主主義国家の形成を世界に普及したヨーロッパ社会や文化に関する基本的理念を普及と維持を課題にした組織であり、人権、民主主義、法の支配という共通の価値の実現に向けた加盟国間の協調の拡大を目的にした共同体である。従って、欧州評議会の目指す人権、民主主義、法の支配という共同の社会理念を持つ多文化と多言語共存社会の構築は政治経済共同体の前面に出して推進することは難しい。 そのため、参加国の外相による閣僚委員会、国会議員による議員会議、地方自治体の議員による欧州地方自治体会議議員の三つの検討委員会を設置することで、中央からの変革の指令でなく、加盟国の全ての地方からの課題を吸い上げながら、その課題を基にして欧州全体として取り込む検討組織は全く新しい制度を創り上げてきた。つまり、ヨーロッパ評議会の理念や設立の基調を展開するためには、加盟国の国益でなく、欧州全体の市民の利益を代表するヨーロッパでの政治政党や会派の形成が必要とされた。そのために、この評議会の組織が形成され、その運営が検証されながら、現在の形が生まれたのである。
ヨーロッパ評議会(CE)からヨーロッパ共同体(EC)への過程
1949年5月5日にロンドン条約によるヨーロッパ評議会( Council of Europe )が結成されてから、ブリュッセル条約によって1967年に欧州共同体(European Community )が結成され、さらに、1992年のマーストリヒト条約が調印を経て、1993年にヨーロッパ連合(European Union)が結成されるまでの経過を簡単に辿りながら、ヨーロッパ評議会(CE)、欧州共同体(EC )とヨーロッパ連合(EU)の違いを述べてみる。
まず、ヨーロッパ評議会(CE)から欧州共同体(EC )が形成される過程で重要な条約と共同体機構を簡単に列挙する。
1、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC) パリ条約(1952年)
二つの戦争の原因の一つとして、ドイツのザールランドとフランスのアルザス・ロレーヌで産出される石炭と鉄鉱石を巡る戦いがあった。産業や軍事の重要な資源である石炭と鉄鉱石を共同管理することによってヨーロッパでの戦争を回避することがフランス外相ロベール・シューマンによって提案され、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が、1951年にパリ条約で決められ、1952年に結成された。
2、欧州原子力共同体(EURATOM) ローマ条約 (1957年)
1957年、ベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンベルグ)、フランス、西ドイツ、イタリアの六ヶ国によって、ローマ条約が提携され、石炭に代わる軍事や産業の重要な資源である原子力エネルギーや資源のヨーロッパでの共同管理を決め、欧州原子力共同体(EURATOM)が1958年から発足する。
3、欧州経済共同体(EEC) ローマ条約(1957年)
1957年、ベネルクス三国、フランス、西ドイツ、イタリアの六ヶ国によって、ローマ条約が提携され、 1958年から欧州経済共同体(EEC) が発足する。また、イギリスなどがEECに対抗して欧州自由貿易連合(EFTA)を、1960年に発足する
4、欧州共同体(EC) ブリュッセル条約 (1965年)
1965年、ベネルクス三国、フランス、西ドイツ、イタリアの六ヶ国間で、ブリュッセル条約によって EEC、EURATOM、ECSCの統合が決定し、1967年に欧州共同体(EC)が発足する。
この段階でのヨーロッパ地域共同協力機能は、一言で表現すると、欧州地域での平和的共存関係の成立 (信頼関係の成立)から経済的発展への相互協力関係 (経済関係の成立) を課題にし、その形成を行った。ECのような地域経済協力共同機構の形成は、国際地域での平和的共存関係が保障されていなければならない。その平和的共存関係は相互に国家間の文化への理解、そして政治制度への信頼が必要である。この政治文化的信頼の基準を民主主義、自由主義と人権思想に基く法治国家とそれを支える社会経済システムを前提にしている。そのために、ヨーロッパ評議会の形成発展が推進されてきた。つまり、ヨーロッパ評議会の形成発展によって国際地域的な平和共存関係が成立した。そしてその信頼関係を深化発展させながら、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)、欧州原子力共同体(EURATOM)、欧州経済共同体(EEC) を形成し、ヨーロッパ地域での経済的発展への相互協力関係の形成を目的にした欧州共同体(EC)が創設された。
ヨーロッパ共同体(EC)からヨーロッパ連合(EU)への過程
二つの世界大戦で大きな被害を受けたヨーロッパ、中でも戦勝国のイギリスやフランスは、それ以前の世界最大の軍事や経済大国の地位を失い、アメリカに譲っていた。また、朝鮮戦争以後の東西冷戦構造が、そのまま欧州ヨーロッパを分断していた。ドイツは東西に国が分かれ、ソビエト連邦と軍事的同盟を結ぶ東欧諸国と米国と軍事同盟(NATO)を結ぶ西欧に分かれた。
さらに日本を中心とする東アジアの経済復興によって、西欧資本主義諸国は世界市場を奪われ、相対的に経済力が落ちて行った。そうした西欧諸国の危機感も相まって、欧州共同体(EC)内部では強力な経済協力機構が形成されてゆく。つまり経済的発展への相互協力関係がECによって成立し、そのECがさらにEC内部の相互の経済関係を強固にし、EC外部との経済競争力を共同で形成するために、政治共同体の形成 (連合国家としての政治的機能の成立)が試みられた。それが欧州連合(EU) の形成への道を導いたのである。
以下、地域的経済的発展を保障する共同体ECから政治機能の統一を目指す共同体EUへの発展過程を構築した主な要素を列挙する。
1、関税同盟と農業共同市場の形成
1969年、EC6カ国間で関税同盟が成立し、EC内部の農業共同市場が発足した。これはEC内でのFTAの成立を意味する。この関税同盟はECの機能を展開するものである。
2、欧州共同体の拡大と国際的立場の確立
ECは1957年、ベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンベルグ)、フランス、西ドイツ、イタリアの6カ国で結成した。その後、 1973年にイギリス、デンマーク、アイルランドが加盟して9カ国となり、さらに 1981年には、ギリシャが加盟し10カ国になる。l1986年にはスペイン、ポルトガルも加盟して、ECは12ヵ国となった。EC加盟国が増えることで、ECの国際的立場が確立して行く。1973年以来、イギリスなどの参加で9カ国に拡大したECは、 1978年、先進国首脳会議(サミット)にEC代表を送った。さらに、1985年にはEC加盟国の市民のパスポートが統一された。つまり、EC加盟国は、EC非加盟国に対してEC共同市民証明を発行する機能を持ったのである。このことは、ECが単なる経済的発展への相互協力を行う共同体から、外交的に一つの政治共同体の形成を目指して機能したと解釈できる。
3、 ECのヨーロッパ貨幣制度の発足へ
1979年にはEMS・ヨーロッパ通貨制度が発足した。この制度は、EC加盟国内での通貨単位(ECU)を作ることに同意を図るために行われたものである。この制度を確立するに当たって、1979年、EC加盟国の市民による欧州議会の直接選挙が行われた。
4、統一ドイツの形成 ポスト冷戦時代と欧州連合(EU)の発足
1990年、東ヨーロッパ諸国の民主化が行われ、ベルリンの壁が崩壊し、東と西に分離していたドイツが統一された。 その結果、旧東ドイツ地域もECに編入される。 また、1991年にソ連崩壊し、米ソを二極にした東西冷戦時代が終結することになる。この冷戦の終焉によって、ヨーロッパでのソ連を中心としたNATO、つまり対共産主義圏軍事同盟の意味が失われる。その意味で、西欧では東欧を含めた汎ヨーロッパ主義が形成されることになる。この汎ヨーロッパ主義が、自由主義経済社会を中心とするこれまでのCEやECの地域共同体の枠組みが、大きく広がる傾向を受け止めることになったとも言える。また、世界はアメリカを中心とする自由主義経済が世界を市場として展開することになる。グローバリゼーションが急速に進む中で、EC の機能、つまり経済共同体としての役割の強化が求められる。1992年に、マーストリヒト条約が調印され、欧州連合(EU)の発足がまる。 1993年、ECを元にしてEUが正式に発足することになる。
欧州連合(EU)の形成発展過程とその課題
欧州連合は連合政府としての政治的機能を持つヨーロッパの政治共同体である。現代ヨーロッパでのCEやECとも異なる。また、これまでアメリカ合衆国、インド連邦共和国、旧ソビエト社会主義連邦共和国等の地域政治共同体とも異なる。何故なら、その理由は民主主義と人権の法的支配を前提条件とする社会文化の形成と発展による平和的共存を目指すCEが基盤となり、その後、経済共同体ECの形成を経てEUが形成されたからである。
つまり、CEの形成によって、共同の政治思想(民主主義と人権思想)を前提にした平和的共存関係の成立を目指す中で、共通の文化的共同体としての信頼関係の確立しながら、さらに、この文化的信頼関係によって成立している国際地域共同体を、さらにECの形成によって、経済的発展への相互協力関係を形成発展することで、強固な経済共同体を形成してきた。それらの共通の文化経済共同体の形成の上に、一つのヨーロッパという政治共同体EUの形成を目指している。
どのようにしてEUの発展を形成しようとしているのだろうか。その過程を代表する4つの代表的な地域共同体の例を挙げる。
1、欧州経済領域(EEA)と欧州自由貿易連合(EFTA)
EUは、1994年にEU加盟国内で欧州経済領域(EEA)が成立する。また、イギリスなどがEECに対抗して欧州自由貿易連合(EFTA)を、1960年に発足する。 しかし、1973年イギリスはEFTAから脱退しECに加盟する。現在、本部はジュネーブにあり、アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタインの4カ国が加盟している。
2、シェンゲン協定
ヨーロッパ各国で、共通の出入国管理政策及び移動自由な国境システムを確立するために、すでに、1985年にベルギー、フランス、ドイツ、ルクセンブルグとオランダの5カ国によって調印されていた。 域内での人的移動を活発にするために、1995年にシェンゲン協定を提携し、EU加盟国する15カ国間での人の移動の自由化を促進する。 現在、EUに加盟していないアイスランド、ノルウェーとスイスを入れて28カ国で協定が成立している。
3、欧州連合の拡大とユーロ通貨(EEC)圏 の形成
EUは1995年、オーストリア、フィンランド、デンマークが参加し15カ国になった。そして 2004年にホーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロヴェニア、エストニア、ラトビア、リトアニア、キプロス、マルタが参加して25カ国と増え、さらに 2007年、ブルガリア、ルーマニアが参加して27カ国となった。1993年から2007年までの15年間で参加国家は12カ国から27カ国に増加したことになる。EU連合国家内部では、さらに緊密な関係を形成するために、ヨーロッパ共通通貨の導入を決めた。1992年マーストリヒト条約でユーロの導入を決定。 この条約に即して、1999年にEU内の11カ国でユーロ-が導入される。 2008年には15カ国が公式採用し、現在(2013年1月現在)、EUに加盟国する27カ国中ユーロ圏と形成する国は23カ国になっている。
4、 欧州国民概念の形成と欧州憲法条約の草案
EUは国家的機能を模索し続けている地域国際連合である。つまり、ヨーロッパ連合を構成している国家は少なくとも伝統的な国家(国民国家)の形態を持っている。国民と主権とする政治ガーバナンス制度が成立している地理文化的単位として、また国際的にその単位が承認されている制度であると言える。現在、それらの地理文化的政治ガーバナンス単位の連合として、国連からCEやEUまでが存在している。しかし、EUはそれらの単位の連合という概念から考えると、明らかにこれまでの20世紀に形成された伝統的な国際連合(国民国家の連合)と異なり、一つの国家を目指している。つまり、これまでの民族国家や国民国家の概念の変更を前提にして、「ヨーロッパ国民・市民」という新しい概念を形成しようとしている。つまり、CE設立の基本理念(民主主義と法の支配、人権、平和共存)を欧州国民の社会観念(価値表象)として確立することを意味する。その作業の第一歩が欧州憲法の制定である。
欧州憲法を制定するために、2004年に欧州連合加盟国(25カ国)の代表により欧州憲法条約が結ばれた。しかし、欧州憲法条約とは、欧州憲法を制定するための、加盟国間の取り決めである。欧州憲法を制定するためには、当然、加盟国の国民投票を経て、批准されることが条件となっている。加盟国の多くでは、議会における採決または国民投票により批准された。しかし、フランスとオランダでの国民投票では批准が拒否された。現在、欧州憲法は制定に向けて作業が進んでいる。
地域政治共同体へのEUモデルの形成進捗状況
EUの地域政治共同体の特徴は、以下に示す5つ段階的発展形態の内容とそれらの段階的説明を最後に纏めたモデルで説明されるだろう。
1、 地域平和共存関係を目指すために、まず、域内の政治文化的信頼関係の形成が問われる。それを保障するのは域内の政治文化の基調や価値表象が共同化されなければならない。つまり、CE機能形成を通じながら、CE域内の共同の価値表象の形成が問われる。その価値表象を代表する課題が民主主義、法の支配、人権であり、その価値表象が共有されるために前述した欧州評議会の5つの目的と13の執行機能の形成が挙げられる。
2、 第一と第二次世界大戦の原因やその中で行われた人権侵害を徹底的に反省することによって、1に述べたCE域内の共同価値表象の形成過程を創った。例えば、ドイツ(西ドイツ)は第二世界大戦時のナチスドイツのユダヤ人虐殺の事実を国民的に受け止め、その原因と課題を徹底的に問題とし、戦後ドイツ民主主義社会形成の基本とした。つまり、CEは、この歴史をドイツ国民の課題から全ヨーロッパ的な課題にすることで、ドイツでのCE域内での人権尊守の社会観念や共同価値表象の形成を支援した。このドイツの試練こそが、ドイツをして欧州最大の経済大国に成長させる底力を与えた。つまり、ドイツ国民の中に徹底してCEの設立の理念が取り入れられ、戦後ヨーロッパ民主主義の代表国に成長させたのである。
3、 一つのヨーロッパという価値観や観念は、ヨーロッパ人という感性の形成によって確立して行く。その感性はあるモデルをもって形成される。そのモデルがCEの理念である。その意味でドイツは、戦前最も反ヨーロッパ的存在として評価され、そして戦後は、最もヨーロッパ的存在として評価された。彼らが、現在のヨーロッパの価値表象を代表し、ヨーロッパの社会観念を展開する人々と評価される。それが、そのまま、統一ヨーロッパの力と成っていると言える。
4、 上記の前提に立って、ECとして経済的発展への相互協力関係が展開された。その経済関係の成立条件が確立し、その経済共同体が形成展開される。さらに経済共同体の形成が、その効率を求め、またその合理的機能性と構造性を求め、域内の政治共同体の形成に必要な条件を提示していく。そしてその条件を満たすための意思決定機能やガーバナンスが整理され、地域政治共同体が実現してゆく。
5、 上記の過程を纏めると、共同価値表象によって形成される社会文化領域の形成、相互の政治文化に関する信頼関係を前提にした経済共同体の形成、経済共同体の合理性や運営経済効率を求め政治的機能が整備され、地域連合国家の機能が成立するという三つの段階がEUモデルであると言える。
参考資料
1、Van Drom Eddy, 三石博行( Mitsuishi Hiroyuki) 「ヨーロッパ(欧州)評議会の歴史とその政治的機能 海外ミニ講座 ヨーロッパ学1 」2007年11月 PowerPoint資料 56枚
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/tensou/Europe1.files/frame.htm
2、Van Drom Eddy, 三石博行( Mitsuishi Hiroyuki)「ヨーロッパ(欧州)連合成立史 海外ミニ講座 ヨーロッパ学2 」 2008年10月 PowerPoint資料32枚
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/tensou/Europe2.files/frame.htm
3、舟橋精一 「第二次世界大戦等の戦争犠牲者数」ホームページ資料
http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/TR7.HTM
4、Edition by the Directorate of Communication-Public Relation Division The Council of Europe 800million Europeans Production by the Documents and Publications Departement, 2007.6 , 101p
5、外務省ホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ce/
6、Council of Europe(ヨーロッパ評議会 ホームページ)
http://assembly.coe.int/default.asp)
7、European Union (ヨーロッパ連合 ホームページ)
http://europa.eu/index_en.htm
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三石博行
平和な中世汎ヨーロッパ文化圏と近代国民国家形成過程における地域紛争の激化
欧州連合(EU)を構成する国々は古代ローマ時代から交易、侵略(戦争)、支配と被支配、領土境界(国境)の変更を繰り返し、言語的には大きくは同じインド・ヨーロッパ語、精神構造的には古代ゲルマン・ギリシャ神話(汎神論)的風土、社会システム的には中世キリスト教文化を共有している欧州と呼ばれる地理的環境に所属している。その意味で、古代、中世から現代まで大きく一つの文化圏に所属すると言ってもよいだろう。
また、ギリシャ文明や古代ローマ文明を起源とし、文字、伝統的学問体系を共有している。更に、古代ローマ帝国とその周辺国家に代表されるように、常に、歴史的に、この地域では多様な民族間での紛争や戦争が繰り返され、上記したように、ケルト民族、ラテン民族、ゲルマン民族やスラブ民族と呼ばれる主なヨーロッパ民族の間での支配と被支配を繰り返し、それらの民族間の領土の拡張と縮小が繰り返されてきた。そしてその紛争は18世紀以降の国民国家の成立後も繰り返されてきた。その度ごとに、国民国家間の国境の変更が20世紀半ばまで続いた。
ヨーロッパの戦争史を振り返ると、13世紀から20世紀までのヨーロッパで生じた戦争の数を世紀毎に集計し、それを図1で示した。13世紀で1回、14世紀から15世紀で1回、16世紀で3回、つまり16世紀はその200年間前の3倍の数の戦争が起った。そして、17世紀は4回で、16世紀よりも1回多い。さらに18世紀は6回で17世紀よりも2回増えている。近代国家が成立した19世紀では12回となり、ヨーロッパでの戦争は18世紀の2倍に増えたのである。そして、帝国主義の時代が始まる20世紀で27回となり、まさに、ヨーロッパでは4から3年に一回の戦争が起ったことになる。このように、ヨーロッパでは中世から近代、そして現代と戦争は増え続けたのである。
15世紀までのヨーロッパは、一見すると長い期間の戦争のない時代であると言える。ローマ帝国の支配から中世ヨーロッパの千年もの間、ヨーロッパでの戦争のない時代は、視点を変えるなら古代ローマ帝国から続く強固な封建領主、絶対王政によってヨーロッパ全土が支配されていたために少数民族の自立を求める紛争は抑圧されていたとも言える。
そして、市民革命が起り、国民国家が成立する17世紀、18世紀を経て、王政が終焉した19世紀には、それまで伝統的に続いた古代・中世的汎ヨーロッパ主義(ローマ帝国の名残)が消えることによって、帝国主義と呼ばれる新たなヨーロッパでの支配の論理による、ヨーロッパ内の支配と被支配の関係が成立していった。ヨーロッパ大陸では国民国家間の抗争が生み出された。それはヨーロッパ列強が地理的にヨーロッパとその植民地によって世界を二分した時代と重なるのである。
二つの世界大戦の反省から生まれたヨーロッパ(欧州)評議会
20世紀のヨーロッパは、これまで人類が経験したことのない二つの世界大戦の場となる。この二つの世界大戦で想像の出来ない大きな破壊を受けることになる。その一つの戦争が1914年から1918年までの第一次世界大戦である。この戦争は、ドイツ、オーストリア、オスマントルコ、イタリア、ブルガリアの同盟国とイギリス、フランス、ロシアの連合国の二つの勢力によってヨーロッパを二分する欧州大戦争となる。この戦争の原因は帝国主義の植民地再分割戦争であった。ヨーロッパ諸国、北米と日本を含む36各国が交戦した。つまり、ヨーロッパから世界に戦禍が飛び火した。新たに植民地拡大を狙う日本も連合国側に参加し、それまでドイツがアジアで支配した植民地を奪い取るのである。そして、約900万人の兵士と約1000万人の市民の犠牲、約2200万人の負傷者が発生した。
さらに、それから21年後に、再び世界戦争が起る。第二次世界大戦( 1939年から1945年まで)では、新興帝国主義国家であるイタリア、ドイツ、日本の同盟国とその勢力に対抗するイギリス、アメリカ、フランス、ソビエト、中華民国の連合国で、ヨーロッパとアジア・太平洋を戦場にして世界を二分する大戦争が起る。近代兵器を駆使した第二世界大戦は先の世界戦争以上に多くの犠牲を生み出した。それは人類の歴史上最大の戦闘が行われ、そのヨーロッパでの戦争による犠牲者は約5500万人と言われている。犠牲者は軍人だけでなかった。約3000万人(ユダヤ人600万人)の一般市民が命を落とした。つまり、民間人の死者が半分を超えたのである。
第一次、第二世界大戦以来、戦争の形態は激変した。戦場は限定されず、国全体を巻き込む総力戦が展開され、戦争による犠牲者は軍人のみでなく国民全員に及んだ。また、近代・現代科学を駆使して兵器が開発され、巨大戦艦(空母)や爆撃機、さらには大型爆弾や化学兵器、原子爆弾に代表される恐るべき破壊力を持つ、大量殺人兵器が使用された。
戦死者(軍人)も第一次世界大戦では約1000万人であったが、第二次世界大戦では約5000万人と5倍に膨れ上がり、直接戦費も第一次世界大戦では約2080億ドルであったが、第二次世界大戦では、その5倍の約1兆1170億ドルとなったと報告されている。つまり、戦場になったヨーロッパのフランスやイギリス等の戦勝国(連合国)に於いても、敗戦したドイツやイタリア(三国同盟)と同じように、戦争による国への被害は甚大なものであり、戦禍で荒廃した国土と甚大な犠牲者を生み出すことになった。
再びこうした戦災をヨーロッパで繰り返さないために、ヨーロッパ統合の考えが、ヨーロッパで生まれて行く。最初にヨーロッパ統合の考えを述べたのはギリスの首相Winston Churchill(チャーチル)であった。第二次世界大戦終了の翌年1946年9月19日にチャーチル首相Winston Churchillはドイツのチューリッヒ大学で「欧州合衆国」の形成が必要であると演説した。また、チャーチルは1948年5月に、ヨーロッパ政治経済の共同体、ヨーロッパ議会、統一ドイツ、人権憲章、最高裁判所、子供、青年や文化に関するヨーロッパセンターの必要性を訴えたヨーロッパ宣言を採択するために、ハーバー会議を呼びかけた。この会議には、殆ど全てのヨーロッパの国々の代表が参加したのである。
そのチャーチルのヨーロッパ統合(欧州合衆国構想)は1949年5月5日にロンドン条約によるヨーロッパ評議会の正式発足として具体化することになる。ベルギー、デンマーク、ルクセンベルグ、オランダ、フランス、イギリス、アイルランド、イタリア、ノルウェー、スウェーデンの10各国がヨーロッパ評議会創設時の原加盟国として参加した。ヨーロッパ(欧州)評議会が設立した当初は、20世紀にドイツとフランスの戦争によって何遍となく国名を変えさせられたアルザスの中心都市ストラスブールのストラスブール大学宮殿( Le Palais de l’Universite )で会合が開かれて、その後、ヨーロッパ評議会はストラスブールの市内にヨーロッパ宮殿( Le Palais de Europe )に常設されることになる。 ヨーロッパ(欧州)評議会の公用語は英語とフランス語である。また、2007年9月には47カ国が加盟している。そして、日本は非欧州オブザーバー参加国である。
欧州評議会の5つの目的と13の執行機能
欧州評議会は、大きく5つの目的を持っている。
一つ目は民主主義と法の支配である。この民主主義と法の支配とは、これまでヨーロッパ内で起った戦争、民族大虐殺、迫害の歴史を繰り返さないため、社会理念の基本に人権、民主主義に基く法制度を確立し、その法律に即して国家や社会の運営を行う考えかたである。これが欧州評議会の最も重要理念とされている。
この一つ目の課題が目的とするのは二つ目の目的と謳われた人権擁護である。つまり、民主主義制度とは人権の思想を基盤にして成立している。資本主義社会での自由や平等は人権思想を前提として形成発展するのである。人権擁護は二つの課題が存在する。一つは社会権で、人々が社会の中で人間らしい尊厳を受ける権利や生活を行う権利を意味する。そのためには欧州社会憲章が必要とされる。二つ目の課題とは人々の文化的アイデンティテイーの尊厳である。自我や主体に直結する言語権の問題である。コルシカ、アルザスやバスク地方では「方言」と呼ばれる少数民族言語や文化が存在している。これらの少数民族は国家によって独自の言語文化の消滅の危機に瀕している。そこで欧州地域・少数民族言語憲章を確立し、それらの文化、言語権を擁護しようとしている。
つまり、二つ目の目的は、三つ目の目的である少数民族文化アイデンティテイー保護と文化多様性を促進する目的の前提条件となる。 非ヨーロッパ圏の社会から観ると、概して、一つのヨーロッパ文化と評価されるかもしれない。しかし、ヨーロッパ文化の形成を古代から辿ると、この地に多くの民族(ケルト人、フン族、バスク人等々)文化や言語が存在することを知ることが出来る。その意味で、多様なヨーロッパ文化と言うべきだろう。それらの多様性は現代ヨーロッパ社会文化の財産であるとも言える。しかし、近代社会に成立した国民国家制度によって、このヨーロッパ文化や言語の多様性が失われようとしている。欧州評議会の政治的目的はヨーロッパの平和と共存であり、そのための統一ヨーロッパの建設である。しかし、この政治的目的(統一ヨーロッパの建設)は、決してヨーロッパを一つの文化形態に纏め、少数民族の文化や言語を絶滅させようとしているのではなく。むしろ逆に、この評議会の設立の理念・人権思想に基くならば、多文化多民族ヨーロッパが共存する政治経済と文化的形態を創設することを目的としているのである。
四つ目の目的は、「差別、排除主義、環境権、AIDS,麻薬、組織犯罪などの欧州社会が直面する諸問題への提起 」である。未来の欧州社会の安定と発展を目指すために、現在の社会が直面している人権侵害に関連する課題を解決することが欧州評議会の役割である。この問題解決の方法として、国家のレベルでの問題解決だけでなく、異なる地域性や地方性や旧植民地からの移民を抱えた欧州のミクロ社会の現実から、それらの文化的多様性や独自性を前提に、かつそれを尊重しながら問題解決を行うことが求められる。そのためには、問題の社会政治的一般性と独自性を共に解決できる政治システムが必要となり。ヨーロッパ評議会では、そのためにヨーロッパ全体の議員会議や欧州地方自治体会議を設置している。それらの異なる視点からの問題を提起や問題解決の試みが続いている。
社会改革を通じた民主的安定を目指すことが五つ目の目的となる。発達した資本主義社会ヨーロッパでは、当然ながら、富める人々と貧しい人々、豊かな地域や貧しい地域、民主主義の歴史の長い地域や短い地域、社会資本の整備された地と遅れている地域、つまり社会的豊かさにおける格差が存在している。欧州評議会の最も重要理念である民主主義と法の支配、人権の思想を確立するために、欧州評議会ではその制度等の改革を促し、協力をしあい、平和で安定した社会と構築する活動を行っている。
ヨーロッパ評議会の形成を促した理念(基本命題)はヨーロッパ地域の平和的共存、人権と民主主義の社会制度の形成発展である。そのために、欧州評議会は上記した5つの目的を明確に示し、それあの目的に目指して13の具体的な課題を取り上げ、その課題を展開するためにそれぞれに課題別の執行機能を形成してきた。その13の課題解決に関する執行機能を下に列挙する。
A、人権擁護 les droits de l’Homme
B、メディアと民主主義 les medias et la democratie
C、共同司法制度 la cooperation juridique
D、社会的結束 la cohesion sociale
E、開発資金 le financement du developpement
F、欧州内の南北問題 les rapports Nord-Sud
G、健康管理と予防 la protection et de la promotion de la sante
H、ヨーロッパ文化保護 la culture europeenne
I、教育 l’education
J、文化遺産保護 la culture et du patrimoine
K、自然や里山保護 le patrimoine naturel et paysager
L、 スポーツ推進 le sport
M、青少年 la jeunesse
欧州評議会は13の機能の中でも、特に、人権擁護、メヂィアの表現の自由の擁護、民主主義制度の推進等を、精力的に推進している。つまり、平和的共存、人権と民主主義を基調とする法に基づく政治制度を掲げる政治思想を共有する一つのヨーロッパの形成がこの欧州評議会の目的である。そのための問題解決機能を形成し、優先順位を決めながら、時代的に取り組み、未来への橋渡しを行おうとしているのである。
ヨーロッパ(欧州)評議会の主な機関
ヨーロッパ(欧州)評議会は、上記した目的、つまり民主主義社会文化の発展、人権擁護、文化的多様性の保護、生活環境の向上と安全確保を果たすために、具体的な13の執行機能の効率を目指して、事務局と5つの機関を設けている。
1. 事務局( Le secretaire general)
ヨーロッパ評議会事務局長は、議員会議で選出され、その任期は5年間である。閣僚委員会ではヨーロッパ評議会の運営実務を担当している。2004年以来現在までイギリスのTerry Davis氏が事務局長として評議会の指揮を執っている。 事務局を率い事務局長の役割は閣僚委員会からの承認を得なければならない重要課題に関して業務を履行することである。
2. 閣僚委員会 (Le Comite des Ministres )
ヨーロッパ評議会の意志決定機関である。原則として、閣僚委員会は47の参加国の外務大臣で構成されている。年に一回、非公開の閣僚級での会議が開かれる。人権、民主主義と法の支配による政治を基調とするヨーロッパ評議会の協定に違反する政府への勧告を行い。また、その理念を推進するための条約や協定の採択を行っている。 この機関は、例えば予算の決定、ヨーロッパ協定の採択や参加国によって約束された協定尊守の勧告を行う。また、この機関は、ヨーロッパ評議会への新しい参加国を決定し、また欧州人権裁判所の法令の実行を勧告する。
3. 議員会議 ( L’Assemblee parlementaire)
議員会議は、加盟国の国会議員で構成されており、それぞれの国から選出される議席数はその国の人口・GNP比で決められている。議員は318で、予備議員が同数の318名、合計636名である。
議員は参加国の国会議員であるが、会派が存在する。例えば社会主義グループ(SOC)、欧州人民党グループ(EPP/CD)、欧州自由民主同盟(ALDE), 欧州民主主義グループ(EDG)、欧州統一左派(UEL) が主な勢力となっている。 本会議は年間4回開かれ、10の一般委員会やその他の委員会の活動がなされている。しかし、立法権はなく、モニタリング機関として機能している。議員会議の議長はオランダのRene van der LINDEN氏で(2005年1月から)ある。議長の任期は1年で、通常3期で交代することになっている。つまり、2008年1月に議長選挙が行われる。 議会の役割は、以下に示す四つである。
A、 その時々の重要案件に関する議論
B、 閣僚委員会への勧告
C、 多くの協定を行う
D、 事務局長を選ぶ
4. 欧州地方自治体会議(Le Congres des pouvoirs locaux et regionaux )
欧州地方自治体会議は、1994年に創られた。この議会はヨーロッパ各国の地方レベルでの民主化を推し進めることを目的として運営されている。この機関は、閣僚委員会及び議員会議の諮問機関として機能する。 議員会議が国会議員で構成されていたように、この会議の議員は各国の地方代表議員で構成されている。欧州地方自治体会議はローカル院(地域院)とリージョナル院(地方院)の二院制で成り立ち、それらの二院の議員数が318名で、その予備議員が318名いる。つまり、欧州地方自治体会議議員数は636名である。 欧州地方自治体会議議員の役割は 以下に示す三つである。
A、二院の議長任命
B、欧州の地方や地域の意見に基づく会議
C、欧州の新しい民主主義制度における民主的な地方の構造を強化する
5. 欧州人権裁判所(Le Cour europeenne des Droits de l`Homme)
欧州人権裁判所は、1950年にローマで調印され、1953年に発効した欧州人権条約の実効を保障するため、ヨーロッパ評議会加盟国の人権侵害事件に対応する1959年にストラスブールに設置され、1998年11月1日条約改定により、ヨーロッパ評議会の常設組織となる。評議会加盟国を対象とする人権救済機関である。 この組織は、国際連合の国際司法裁判所とは異なり、国家間の紛争処理を対象にせず、個人や団体の国家に対する人権訴訟を受け付けている。
6. 国際NGO会議(La Conference des organisations internationales non gouvernementales)
国際NGO協議会は370の国際NGOが参加している。 そして、欧州評議会の議員会議と欧州地方自治体会議の議員と社会的活動を目的にした組織との会話や交流を促進する。
以上、ヨーロッパ評議会の6つの組織機能について簡単に紹介した
ヨーロッパ評議会は現代民主主義国家の形成を世界に普及したヨーロッパ社会や文化に関する基本的理念を普及と維持を課題にした組織であり、人権、民主主義、法の支配という共通の価値の実現に向けた加盟国間の協調の拡大を目的にした共同体である。従って、欧州評議会の目指す人権、民主主義、法の支配という共同の社会理念を持つ多文化と多言語共存社会の構築は政治経済共同体の前面に出して推進することは難しい。 そのため、参加国の外相による閣僚委員会、国会議員による議員会議、地方自治体の議員による欧州地方自治体会議議員の三つの検討委員会を設置することで、中央からの変革の指令でなく、加盟国の全ての地方からの課題を吸い上げながら、その課題を基にして欧州全体として取り込む検討組織は全く新しい制度を創り上げてきた。つまり、ヨーロッパ評議会の理念や設立の基調を展開するためには、加盟国の国益でなく、欧州全体の市民の利益を代表するヨーロッパでの政治政党や会派の形成が必要とされた。そのために、この評議会の組織が形成され、その運営が検証されながら、現在の形が生まれたのである。
ヨーロッパ評議会(CE)からヨーロッパ共同体(EC)への過程
1949年5月5日にロンドン条約によるヨーロッパ評議会( Council of Europe )が結成されてから、ブリュッセル条約によって1967年に欧州共同体(European Community )が結成され、さらに、1992年のマーストリヒト条約が調印を経て、1993年にヨーロッパ連合(European Union)が結成されるまでの経過を簡単に辿りながら、ヨーロッパ評議会(CE)、欧州共同体(EC )とヨーロッパ連合(EU)の違いを述べてみる。
まず、ヨーロッパ評議会(CE)から欧州共同体(EC )が形成される過程で重要な条約と共同体機構を簡単に列挙する。
1、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC) パリ条約(1952年)
二つの戦争の原因の一つとして、ドイツのザールランドとフランスのアルザス・ロレーヌで産出される石炭と鉄鉱石を巡る戦いがあった。産業や軍事の重要な資源である石炭と鉄鉱石を共同管理することによってヨーロッパでの戦争を回避することがフランス外相ロベール・シューマンによって提案され、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が、1951年にパリ条約で決められ、1952年に結成された。
2、欧州原子力共同体(EURATOM) ローマ条約 (1957年)
1957年、ベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンベルグ)、フランス、西ドイツ、イタリアの六ヶ国によって、ローマ条約が提携され、石炭に代わる軍事や産業の重要な資源である原子力エネルギーや資源のヨーロッパでの共同管理を決め、欧州原子力共同体(EURATOM)が1958年から発足する。
3、欧州経済共同体(EEC) ローマ条約(1957年)
1957年、ベネルクス三国、フランス、西ドイツ、イタリアの六ヶ国によって、ローマ条約が提携され、 1958年から欧州経済共同体(EEC) が発足する。また、イギリスなどがEECに対抗して欧州自由貿易連合(EFTA)を、1960年に発足する
4、欧州共同体(EC) ブリュッセル条約 (1965年)
1965年、ベネルクス三国、フランス、西ドイツ、イタリアの六ヶ国間で、ブリュッセル条約によって EEC、EURATOM、ECSCの統合が決定し、1967年に欧州共同体(EC)が発足する。
この段階でのヨーロッパ地域共同協力機能は、一言で表現すると、欧州地域での平和的共存関係の成立 (信頼関係の成立)から経済的発展への相互協力関係 (経済関係の成立) を課題にし、その形成を行った。ECのような地域経済協力共同機構の形成は、国際地域での平和的共存関係が保障されていなければならない。その平和的共存関係は相互に国家間の文化への理解、そして政治制度への信頼が必要である。この政治文化的信頼の基準を民主主義、自由主義と人権思想に基く法治国家とそれを支える社会経済システムを前提にしている。そのために、ヨーロッパ評議会の形成発展が推進されてきた。つまり、ヨーロッパ評議会の形成発展によって国際地域的な平和共存関係が成立した。そしてその信頼関係を深化発展させながら、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)、欧州原子力共同体(EURATOM)、欧州経済共同体(EEC) を形成し、ヨーロッパ地域での経済的発展への相互協力関係の形成を目的にした欧州共同体(EC)が創設された。
ヨーロッパ共同体(EC)からヨーロッパ連合(EU)への過程
二つの世界大戦で大きな被害を受けたヨーロッパ、中でも戦勝国のイギリスやフランスは、それ以前の世界最大の軍事や経済大国の地位を失い、アメリカに譲っていた。また、朝鮮戦争以後の東西冷戦構造が、そのまま欧州ヨーロッパを分断していた。ドイツは東西に国が分かれ、ソビエト連邦と軍事的同盟を結ぶ東欧諸国と米国と軍事同盟(NATO)を結ぶ西欧に分かれた。
さらに日本を中心とする東アジアの経済復興によって、西欧資本主義諸国は世界市場を奪われ、相対的に経済力が落ちて行った。そうした西欧諸国の危機感も相まって、欧州共同体(EC)内部では強力な経済協力機構が形成されてゆく。つまり経済的発展への相互協力関係がECによって成立し、そのECがさらにEC内部の相互の経済関係を強固にし、EC外部との経済競争力を共同で形成するために、政治共同体の形成 (連合国家としての政治的機能の成立)が試みられた。それが欧州連合(EU) の形成への道を導いたのである。
以下、地域的経済的発展を保障する共同体ECから政治機能の統一を目指す共同体EUへの発展過程を構築した主な要素を列挙する。
1、関税同盟と農業共同市場の形成
1969年、EC6カ国間で関税同盟が成立し、EC内部の農業共同市場が発足した。これはEC内でのFTAの成立を意味する。この関税同盟はECの機能を展開するものである。
2、欧州共同体の拡大と国際的立場の確立
ECは1957年、ベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンベルグ)、フランス、西ドイツ、イタリアの6カ国で結成した。その後、 1973年にイギリス、デンマーク、アイルランドが加盟して9カ国となり、さらに 1981年には、ギリシャが加盟し10カ国になる。l1986年にはスペイン、ポルトガルも加盟して、ECは12ヵ国となった。EC加盟国が増えることで、ECの国際的立場が確立して行く。1973年以来、イギリスなどの参加で9カ国に拡大したECは、 1978年、先進国首脳会議(サミット)にEC代表を送った。さらに、1985年にはEC加盟国の市民のパスポートが統一された。つまり、EC加盟国は、EC非加盟国に対してEC共同市民証明を発行する機能を持ったのである。このことは、ECが単なる経済的発展への相互協力を行う共同体から、外交的に一つの政治共同体の形成を目指して機能したと解釈できる。
3、 ECのヨーロッパ貨幣制度の発足へ
1979年にはEMS・ヨーロッパ通貨制度が発足した。この制度は、EC加盟国内での通貨単位(ECU)を作ることに同意を図るために行われたものである。この制度を確立するに当たって、1979年、EC加盟国の市民による欧州議会の直接選挙が行われた。
4、統一ドイツの形成 ポスト冷戦時代と欧州連合(EU)の発足
1990年、東ヨーロッパ諸国の民主化が行われ、ベルリンの壁が崩壊し、東と西に分離していたドイツが統一された。 その結果、旧東ドイツ地域もECに編入される。 また、1991年にソ連崩壊し、米ソを二極にした東西冷戦時代が終結することになる。この冷戦の終焉によって、ヨーロッパでのソ連を中心としたNATO、つまり対共産主義圏軍事同盟の意味が失われる。その意味で、西欧では東欧を含めた汎ヨーロッパ主義が形成されることになる。この汎ヨーロッパ主義が、自由主義経済社会を中心とするこれまでのCEやECの地域共同体の枠組みが、大きく広がる傾向を受け止めることになったとも言える。また、世界はアメリカを中心とする自由主義経済が世界を市場として展開することになる。グローバリゼーションが急速に進む中で、EC の機能、つまり経済共同体としての役割の強化が求められる。1992年に、マーストリヒト条約が調印され、欧州連合(EU)の発足がまる。 1993年、ECを元にしてEUが正式に発足することになる。
欧州連合(EU)の形成発展過程とその課題
欧州連合は連合政府としての政治的機能を持つヨーロッパの政治共同体である。現代ヨーロッパでのCEやECとも異なる。また、これまでアメリカ合衆国、インド連邦共和国、旧ソビエト社会主義連邦共和国等の地域政治共同体とも異なる。何故なら、その理由は民主主義と人権の法的支配を前提条件とする社会文化の形成と発展による平和的共存を目指すCEが基盤となり、その後、経済共同体ECの形成を経てEUが形成されたからである。
つまり、CEの形成によって、共同の政治思想(民主主義と人権思想)を前提にした平和的共存関係の成立を目指す中で、共通の文化的共同体としての信頼関係の確立しながら、さらに、この文化的信頼関係によって成立している国際地域共同体を、さらにECの形成によって、経済的発展への相互協力関係を形成発展することで、強固な経済共同体を形成してきた。それらの共通の文化経済共同体の形成の上に、一つのヨーロッパという政治共同体EUの形成を目指している。
どのようにしてEUの発展を形成しようとしているのだろうか。その過程を代表する4つの代表的な地域共同体の例を挙げる。
1、欧州経済領域(EEA)と欧州自由貿易連合(EFTA)
EUは、1994年にEU加盟国内で欧州経済領域(EEA)が成立する。また、イギリスなどがEECに対抗して欧州自由貿易連合(EFTA)を、1960年に発足する。 しかし、1973年イギリスはEFTAから脱退しECに加盟する。現在、本部はジュネーブにあり、アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタインの4カ国が加盟している。
2、シェンゲン協定
ヨーロッパ各国で、共通の出入国管理政策及び移動自由な国境システムを確立するために、すでに、1985年にベルギー、フランス、ドイツ、ルクセンブルグとオランダの5カ国によって調印されていた。 域内での人的移動を活発にするために、1995年にシェンゲン協定を提携し、EU加盟国する15カ国間での人の移動の自由化を促進する。 現在、EUに加盟していないアイスランド、ノルウェーとスイスを入れて28カ国で協定が成立している。
3、欧州連合の拡大とユーロ通貨(EEC)圏 の形成
EUは1995年、オーストリア、フィンランド、デンマークが参加し15カ国になった。そして 2004年にホーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロヴェニア、エストニア、ラトビア、リトアニア、キプロス、マルタが参加して25カ国と増え、さらに 2007年、ブルガリア、ルーマニアが参加して27カ国となった。1993年から2007年までの15年間で参加国家は12カ国から27カ国に増加したことになる。EU連合国家内部では、さらに緊密な関係を形成するために、ヨーロッパ共通通貨の導入を決めた。1992年マーストリヒト条約でユーロの導入を決定。 この条約に即して、1999年にEU内の11カ国でユーロ-が導入される。 2008年には15カ国が公式採用し、現在(2013年1月現在)、EUに加盟国する27カ国中ユーロ圏と形成する国は23カ国になっている。
4、 欧州国民概念の形成と欧州憲法条約の草案
EUは国家的機能を模索し続けている地域国際連合である。つまり、ヨーロッパ連合を構成している国家は少なくとも伝統的な国家(国民国家)の形態を持っている。国民と主権とする政治ガーバナンス制度が成立している地理文化的単位として、また国際的にその単位が承認されている制度であると言える。現在、それらの地理文化的政治ガーバナンス単位の連合として、国連からCEやEUまでが存在している。しかし、EUはそれらの単位の連合という概念から考えると、明らかにこれまでの20世紀に形成された伝統的な国際連合(国民国家の連合)と異なり、一つの国家を目指している。つまり、これまでの民族国家や国民国家の概念の変更を前提にして、「ヨーロッパ国民・市民」という新しい概念を形成しようとしている。つまり、CE設立の基本理念(民主主義と法の支配、人権、平和共存)を欧州国民の社会観念(価値表象)として確立することを意味する。その作業の第一歩が欧州憲法の制定である。
欧州憲法を制定するために、2004年に欧州連合加盟国(25カ国)の代表により欧州憲法条約が結ばれた。しかし、欧州憲法条約とは、欧州憲法を制定するための、加盟国間の取り決めである。欧州憲法を制定するためには、当然、加盟国の国民投票を経て、批准されることが条件となっている。加盟国の多くでは、議会における採決または国民投票により批准された。しかし、フランスとオランダでの国民投票では批准が拒否された。現在、欧州憲法は制定に向けて作業が進んでいる。
地域政治共同体へのEUモデルの形成進捗状況
EUの地域政治共同体の特徴は、以下に示す5つ段階的発展形態の内容とそれらの段階的説明を最後に纏めたモデルで説明されるだろう。
1、 地域平和共存関係を目指すために、まず、域内の政治文化的信頼関係の形成が問われる。それを保障するのは域内の政治文化の基調や価値表象が共同化されなければならない。つまり、CE機能形成を通じながら、CE域内の共同の価値表象の形成が問われる。その価値表象を代表する課題が民主主義、法の支配、人権であり、その価値表象が共有されるために前述した欧州評議会の5つの目的と13の執行機能の形成が挙げられる。
2、 第一と第二次世界大戦の原因やその中で行われた人権侵害を徹底的に反省することによって、1に述べたCE域内の共同価値表象の形成過程を創った。例えば、ドイツ(西ドイツ)は第二世界大戦時のナチスドイツのユダヤ人虐殺の事実を国民的に受け止め、その原因と課題を徹底的に問題とし、戦後ドイツ民主主義社会形成の基本とした。つまり、CEは、この歴史をドイツ国民の課題から全ヨーロッパ的な課題にすることで、ドイツでのCE域内での人権尊守の社会観念や共同価値表象の形成を支援した。このドイツの試練こそが、ドイツをして欧州最大の経済大国に成長させる底力を与えた。つまり、ドイツ国民の中に徹底してCEの設立の理念が取り入れられ、戦後ヨーロッパ民主主義の代表国に成長させたのである。
3、 一つのヨーロッパという価値観や観念は、ヨーロッパ人という感性の形成によって確立して行く。その感性はあるモデルをもって形成される。そのモデルがCEの理念である。その意味でドイツは、戦前最も反ヨーロッパ的存在として評価され、そして戦後は、最もヨーロッパ的存在として評価された。彼らが、現在のヨーロッパの価値表象を代表し、ヨーロッパの社会観念を展開する人々と評価される。それが、そのまま、統一ヨーロッパの力と成っていると言える。
4、 上記の前提に立って、ECとして経済的発展への相互協力関係が展開された。その経済関係の成立条件が確立し、その経済共同体が形成展開される。さらに経済共同体の形成が、その効率を求め、またその合理的機能性と構造性を求め、域内の政治共同体の形成に必要な条件を提示していく。そしてその条件を満たすための意思決定機能やガーバナンスが整理され、地域政治共同体が実現してゆく。
5、 上記の過程を纏めると、共同価値表象によって形成される社会文化領域の形成、相互の政治文化に関する信頼関係を前提にした経済共同体の形成、経済共同体の合理性や運営経済効率を求め政治的機能が整備され、地域連合国家の機能が成立するという三つの段階がEUモデルであると言える。
参考資料
1、Van Drom Eddy, 三石博行( Mitsuishi Hiroyuki) 「ヨーロッパ(欧州)評議会の歴史とその政治的機能 海外ミニ講座 ヨーロッパ学1 」2007年11月 PowerPoint資料 56枚
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/tensou/Europe1.files/frame.htm
2、Van Drom Eddy, 三石博行( Mitsuishi Hiroyuki)「ヨーロッパ(欧州)連合成立史 海外ミニ講座 ヨーロッパ学2 」 2008年10月 PowerPoint資料32枚
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/tensou/Europe2.files/frame.htm
3、舟橋精一 「第二次世界大戦等の戦争犠牲者数」ホームページ資料
http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/TR7.HTM
4、Edition by the Directorate of Communication-Public Relation Division The Council of Europe 800million Europeans Production by the Documents and Publications Departement, 2007.6 , 101p
5、外務省ホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ce/
6、Council of Europe(ヨーロッパ評議会 ホームページ)
http://assembly.coe.int/default.asp)
7、European Union (ヨーロッパ連合 ホームページ)
http://europa.eu/index_en.htm
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プログラム科学・自己組織性の設計科学としての政治社会学
東アジア共同体の可能性を巡る機能的推進の課題(1)
Problems about Functional Promotion for Possibility of East Asia Community
三石博行
調査研究活動目的、 問題解決型科学としての政治社会科学を目指すために
「東アジア共同体の可能性を巡る機能的推進の課題」を調査分析する課題は、私たちが所属する「東アジア」として国際的に分類されている地域、つまり少なくとも近隣諸国(台湾、中国、韓国、北朝鮮とロシアや米国(アラスカ)の諸国との平和的共存関係の在り方や方法を検討し、その関係が成立する政治的条件や経済文化的環境を分析することである。
これらの課題を取り上げた目的は、近年日韓や日中の間で紛糾している領有権問題を巡って、今、日本外交の在り方が深刻に問われている。
しかし、この危機的な外交環境は、別の見かたをすれば、漸く日本は近隣諸国と真正面に外交関係を検討しなければならない時代に入ったと解釈した上で、日本の所属する「東アジア」地域の平和的共存の在り方を模索するための第一歩が始まったと理解することもできる。その為に、この調査課題を取り上げる。そして、この作業の目標は、あくまでも現実の「東アジア」地域の平和的共存を目指す政治経済文化活動に役立つことである。
方法の問題、自己組織性の設計科学としての政治社会科学の方法を課題にする
この調査分析方法をプログラム科学論に即して展開する。そして、同時に、この研究活動を通じて人間社会科学の方法論としてのプログラム科学論の有効性を検証する。その方法論を確立するための課題を、以下列挙する。
1、 調査研究課題の目的と目標が明確に位置付けられているか。つまり、何を何のために、どの問題をどのように解決するために、研究調査活動を行っているか。つまり、指示プログラムの課題を理解しておくこと。
2、 政治社会学の課題や研究方法には、予め政治的立場を持つ場合が避けられない。つまり、何らかの結論や予測が無意識的にも予定されている。その為に、研究方法に不十分さが生まれる。しかし、この研究の宿命である研究者の「予め希望する政治的立場」を白紙化することは出来ないだろう。それが政治社会科学の科学性に関わる問題となる。従って、少なくとも、自らの無意識にあるその立場を暴露し露出させる自覚的な作業が問われる。それは科学哲学の課題を常に政治社会の調査研究の方法の問題としてリンクさせ続けることになる。つまり、指示プログラムの基本構造を問題にし続けること。
3、 2に上記した課題の解決方法として、調査研究課題に関する統計的なデータ(調査主体を明確にし、その調査方法も検討しながら)を集め、そのデータを基にしながら、基本的な分析材料を作成する。つまり、認知と解釈評価プログラムの多様性を明確にしておくこと。
4、 また、問題解決の現場に赴き、そこで問題現場の現実を観ること。そして、その問題現場で取り組まれている問題解決のための活動を理解し、それに携わる人々を知ること。つまり、認知と評価プログラムの原則、現場主義の立場を明確にしておくこと。
5、 さらに、その課題を検討する論文や文献資料を集め、それらの資料から窺える(うかがえる)研究目的や方法、さらには解決の方向や政治的立場を理解し、出来るだけ、多面的に、それらの立場の異なる資料を採集する。つまり、認知と評価プログラムの多様性を相対化する作業を意識的に課題にすること。
6、 上記した5の課題から、自らの研究目的は目標の主観的立場性(政治的立場)を相対化し、その自らの立場を含めて批判的検討を行う作業を政治社会科学研究は用意する必要がある。つまり、相対化された認知、評価プログラムの集合体の中で、自らの認知と評価プログラムの立場を相対化する作業を試みること。研究主体の持つ指示プログラムの有効性を求めるために、この研究主体の指示プログラムの相対化は欠かせない作業となる。
7、 上記した方法の問題は、具体的調査研究活動と同時並行的に進行し、点検される。つまり、予め完成されてはいない。科学方法が科学実践の先にあるのでなく、それらの二つの関係、つまり方法の問題と調査研究内容の蓄積は同時に進む。その意味で、段階的に成果発表を行い続けることになる。つまり、プログラム科学論は、問題解決を目標とする具体的研究課題とリンクしながら形成発展する。これはプログラム科学論自体が自己組織性の設計科学の一部であることを意味する。
問題解決学としての政治社会科学の成立の一つの条件、政治社会哲学
問題解決型の研究活動では、一般に研究調査課題や対象選択、調査方法、採集資料の整理分析方法、評価分析に至るまで、研究者のそれらの方法や解釈に関する選択が存在する。その選択は科学的方法に於ける立場選択と言えるだろう。その意味で、政治社会学に於いてある科学的方法が選択されると言える。その選択の基準や判断を決定するものが、問題解決を進めるために研究主体が決定している立場である。
つまり、政治社会に関する調査研究には必然的に政治的立場が介在してくる。その介在を取り除くことは不可能に近いと思われる。そのために自己の政治的立場という固定観念を相対化するための方法論が、特に、政治社会研究では問題となった。しかし、主体の相対化は、研究主体の調査研究行為進行中で可能になるだろうか。何故なら、鏡を持たない人が現実の自分の姿、鏡に映る自分の姿を客観的に認知出来ないのと同じ認識作用の構造を持ちこむからである。
視点を変えて述べるなら、政治的立場のない政治社会研究はないと言える。政治的に客観的な立場をもった政治社会調査研究活動はない。問題となるのは、その視点の中身である。その中身を対自化するためには、「何のために、この課題を取り上げるのか」という疑問を自らに問い掛ける必要がある。
自己認識を可能にする知性の道具、鏡とは、「何のためにその課題を探究するのか」と自問する哲学的問い掛けを意味する。つまり、問題解決型の学問は、具体的に問題の解決を続けられる限り、その学問の方法論やその学問の深化に必要な認識の在り方を問い掛けることはない。つまり、科学的思惟は反省学(哲学的知識)を必要としているのである。
今回の課題発表の成立条件
私の専門は科学哲学と人間社会学基礎論である。これまでの研究分野は、科学技術論、精神分析論、科学認識論、言語学、生活情報論、生活資源論である。ブログ等での評論活動として、再生可能エネルギー論、高等教育論、政治社会改革に関する記述を行っている。また、国際交流や太陽光発電所ネットワーク等のNPO活動に参加している。
その意味で、「東アジア共同体構想」に関する専門的な議論は、謂わば、「領空侵犯」である。そのことを前提にしながら、今回の発表を行う。そのため、この発表は、専門家が長年掛けて、現場調査、データ解析、研究交流活動の蓄積を前提にしていないことを前提にしている。その意味で、「東アジア共同体構想を議論する」には専門的な知的蓄積の極めて不足したものであると言える。
上記した報告者の課題提供能力や専門的知識に関する限定的資格条件を明らかにした上で、今回の議論の焦点を二つ挙げる。
1、 政策提案や問題解決を目指す政治社会学の科学性に関する課題
2、 東アジア共同体構想を展開するための課題
一つ目は、この節で述べた。二つ目は、第一節と第二節で述べる。第一節では、20世紀前半までの帝国主義の時代の反省に立った新しいグローバリゼーションを求めて進められている(現在進行形)地域連合であるEUの成立過程やその機能を理解し、21世紀型の国際地域での平和共と経済文化発展のための事例として「EUモデル」の要素を分析解釈してみる。第二節では、第一節で述べた「EUモデル」が東アジア共同体構想のモデルと成り得るかについて議論する。
今回の発表の機会を与えてくれたのは、政治社会学会の理念である。この学会は、荒木義修会長の提案によって政治社会学を問題解決型の政策設計学として位置付けたてきた。つまり、政治社会学会は「現社会が抱える様々な問題解決のためには、異分野、異業種の有識者との活発な対話」を通じて、「政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学を超え、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の新学会」を目指す活動を行ってきた。21世紀型の社会問題と向き合う組織としての学会の理念、そしてその理念を実現するために、社会政治学会が取った一つの学会活動のスタイル、それが、今回、東京外国語大学で開催された、この第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンスであったと理解できる。21世紀の大学や専門機関の研究者の活動として、研究活動の横断的交流を行い、より総合的視点から具体的で実践的な問題解決の提案を社会に示すことが要請されている。そのため、政治社会学会は多くの専門機関や市民団体を集め、多様な立場の意見を基にし、議論の場の設定、企画、組織するコーディネータとして機能してきたのである。この21世紀型の学会活動の基調を前提として、私の今回の「領空侵犯」的な、言い換えると、横断化を狙う研究発表の可能性とその資格に関する条件が成立していると考える。
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Problems about Functional Promotion for Possibility of East Asia Community
三石博行
調査研究活動目的、 問題解決型科学としての政治社会科学を目指すために
「東アジア共同体の可能性を巡る機能的推進の課題」を調査分析する課題は、私たちが所属する「東アジア」として国際的に分類されている地域、つまり少なくとも近隣諸国(台湾、中国、韓国、北朝鮮とロシアや米国(アラスカ)の諸国との平和的共存関係の在り方や方法を検討し、その関係が成立する政治的条件や経済文化的環境を分析することである。
これらの課題を取り上げた目的は、近年日韓や日中の間で紛糾している領有権問題を巡って、今、日本外交の在り方が深刻に問われている。
しかし、この危機的な外交環境は、別の見かたをすれば、漸く日本は近隣諸国と真正面に外交関係を検討しなければならない時代に入ったと解釈した上で、日本の所属する「東アジア」地域の平和的共存の在り方を模索するための第一歩が始まったと理解することもできる。その為に、この調査課題を取り上げる。そして、この作業の目標は、あくまでも現実の「東アジア」地域の平和的共存を目指す政治経済文化活動に役立つことである。
方法の問題、自己組織性の設計科学としての政治社会科学の方法を課題にする
この調査分析方法をプログラム科学論に即して展開する。そして、同時に、この研究活動を通じて人間社会科学の方法論としてのプログラム科学論の有効性を検証する。その方法論を確立するための課題を、以下列挙する。
1、 調査研究課題の目的と目標が明確に位置付けられているか。つまり、何を何のために、どの問題をどのように解決するために、研究調査活動を行っているか。つまり、指示プログラムの課題を理解しておくこと。
2、 政治社会学の課題や研究方法には、予め政治的立場を持つ場合が避けられない。つまり、何らかの結論や予測が無意識的にも予定されている。その為に、研究方法に不十分さが生まれる。しかし、この研究の宿命である研究者の「予め希望する政治的立場」を白紙化することは出来ないだろう。それが政治社会科学の科学性に関わる問題となる。従って、少なくとも、自らの無意識にあるその立場を暴露し露出させる自覚的な作業が問われる。それは科学哲学の課題を常に政治社会の調査研究の方法の問題としてリンクさせ続けることになる。つまり、指示プログラムの基本構造を問題にし続けること。
3、 2に上記した課題の解決方法として、調査研究課題に関する統計的なデータ(調査主体を明確にし、その調査方法も検討しながら)を集め、そのデータを基にしながら、基本的な分析材料を作成する。つまり、認知と解釈評価プログラムの多様性を明確にしておくこと。
4、 また、問題解決の現場に赴き、そこで問題現場の現実を観ること。そして、その問題現場で取り組まれている問題解決のための活動を理解し、それに携わる人々を知ること。つまり、認知と評価プログラムの原則、現場主義の立場を明確にしておくこと。
5、 さらに、その課題を検討する論文や文献資料を集め、それらの資料から窺える(うかがえる)研究目的や方法、さらには解決の方向や政治的立場を理解し、出来るだけ、多面的に、それらの立場の異なる資料を採集する。つまり、認知と評価プログラムの多様性を相対化する作業を意識的に課題にすること。
6、 上記した5の課題から、自らの研究目的は目標の主観的立場性(政治的立場)を相対化し、その自らの立場を含めて批判的検討を行う作業を政治社会科学研究は用意する必要がある。つまり、相対化された認知、評価プログラムの集合体の中で、自らの認知と評価プログラムの立場を相対化する作業を試みること。研究主体の持つ指示プログラムの有効性を求めるために、この研究主体の指示プログラムの相対化は欠かせない作業となる。
7、 上記した方法の問題は、具体的調査研究活動と同時並行的に進行し、点検される。つまり、予め完成されてはいない。科学方法が科学実践の先にあるのでなく、それらの二つの関係、つまり方法の問題と調査研究内容の蓄積は同時に進む。その意味で、段階的に成果発表を行い続けることになる。つまり、プログラム科学論は、問題解決を目標とする具体的研究課題とリンクしながら形成発展する。これはプログラム科学論自体が自己組織性の設計科学の一部であることを意味する。
問題解決学としての政治社会科学の成立の一つの条件、政治社会哲学
問題解決型の研究活動では、一般に研究調査課題や対象選択、調査方法、採集資料の整理分析方法、評価分析に至るまで、研究者のそれらの方法や解釈に関する選択が存在する。その選択は科学的方法に於ける立場選択と言えるだろう。その意味で、政治社会学に於いてある科学的方法が選択されると言える。その選択の基準や判断を決定するものが、問題解決を進めるために研究主体が決定している立場である。
つまり、政治社会に関する調査研究には必然的に政治的立場が介在してくる。その介在を取り除くことは不可能に近いと思われる。そのために自己の政治的立場という固定観念を相対化するための方法論が、特に、政治社会研究では問題となった。しかし、主体の相対化は、研究主体の調査研究行為進行中で可能になるだろうか。何故なら、鏡を持たない人が現実の自分の姿、鏡に映る自分の姿を客観的に認知出来ないのと同じ認識作用の構造を持ちこむからである。
視点を変えて述べるなら、政治的立場のない政治社会研究はないと言える。政治的に客観的な立場をもった政治社会調査研究活動はない。問題となるのは、その視点の中身である。その中身を対自化するためには、「何のために、この課題を取り上げるのか」という疑問を自らに問い掛ける必要がある。
自己認識を可能にする知性の道具、鏡とは、「何のためにその課題を探究するのか」と自問する哲学的問い掛けを意味する。つまり、問題解決型の学問は、具体的に問題の解決を続けられる限り、その学問の方法論やその学問の深化に必要な認識の在り方を問い掛けることはない。つまり、科学的思惟は反省学(哲学的知識)を必要としているのである。
今回の課題発表の成立条件
私の専門は科学哲学と人間社会学基礎論である。これまでの研究分野は、科学技術論、精神分析論、科学認識論、言語学、生活情報論、生活資源論である。ブログ等での評論活動として、再生可能エネルギー論、高等教育論、政治社会改革に関する記述を行っている。また、国際交流や太陽光発電所ネットワーク等のNPO活動に参加している。
その意味で、「東アジア共同体構想」に関する専門的な議論は、謂わば、「領空侵犯」である。そのことを前提にしながら、今回の発表を行う。そのため、この発表は、専門家が長年掛けて、現場調査、データ解析、研究交流活動の蓄積を前提にしていないことを前提にしている。その意味で、「東アジア共同体構想を議論する」には専門的な知的蓄積の極めて不足したものであると言える。
上記した報告者の課題提供能力や専門的知識に関する限定的資格条件を明らかにした上で、今回の議論の焦点を二つ挙げる。
1、 政策提案や問題解決を目指す政治社会学の科学性に関する課題
2、 東アジア共同体構想を展開するための課題
一つ目は、この節で述べた。二つ目は、第一節と第二節で述べる。第一節では、20世紀前半までの帝国主義の時代の反省に立った新しいグローバリゼーションを求めて進められている(現在進行形)地域連合であるEUの成立過程やその機能を理解し、21世紀型の国際地域での平和共と経済文化発展のための事例として「EUモデル」の要素を分析解釈してみる。第二節では、第一節で述べた「EUモデル」が東アジア共同体構想のモデルと成り得るかについて議論する。
今回の発表の機会を与えてくれたのは、政治社会学会の理念である。この学会は、荒木義修会長の提案によって政治社会学を問題解決型の政策設計学として位置付けたてきた。つまり、政治社会学会は「現社会が抱える様々な問題解決のためには、異分野、異業種の有識者との活発な対話」を通じて、「政治学、経済学、法律学、社会学などの個別科学を超え、自然科学的知見を取り上げ、現状分析に基づくプログラム設計を中心とした問題解決型の新学会」を目指す活動を行ってきた。21世紀型の社会問題と向き合う組織としての学会の理念、そしてその理念を実現するために、社会政治学会が取った一つの学会活動のスタイル、それが、今回、東京外国語大学で開催された、この第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンスであったと理解できる。21世紀の大学や専門機関の研究者の活動として、研究活動の横断的交流を行い、より総合的視点から具体的で実践的な問題解決の提案を社会に示すことが要請されている。そのため、政治社会学会は多くの専門機関や市民団体を集め、多様な立場の意見を基にし、議論の場の設定、企画、組織するコーディネータとして機能してきたのである。この21世紀型の学会活動の基調を前提として、私の今回の「領空侵犯」的な、言い換えると、横断化を狙う研究発表の可能性とその資格に関する条件が成立していると考える。
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アジア共生・東アジア共同体を実現するために
三石博行
第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンス
2013年1月12日から13日に、東京外国語大学で、第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンスが行われた。このジョイント・コンファレンスは5つのシンクタンクの共催と2つの市民団体(日本ビジネスインテリジェンス協会と京都奈良EU協会)の後援で行われた。
ジョイント・コンファレンスとは、学会や研究機関が集まり、共同でシンポジュームを開催するものである。国際アジア共同体学会、グローバル・ガバナンス学科、政治社会学会、日本公益学会、東京外国語大学国際関係研究所の5つの学会と研究所が共同で、現在問題となっている課題を個々の専門分野の領域を越えて、俯瞰的、横断的に検討するために、報告討論会を開催した。日米関係と東アジア共同体構想に関して、多くの議論がなされた。
これまで、日本では、異なる学会が共同でシンポジュームを開催するジョイント・コンファレンスは行われておらず、今回のジョイント・コンファレンスは、これからの学会活動の新しいスタイルを示す事例になった。つまり、現在の課題は複雑で専門性の高い問題分析力とその解決方法が問われる。そのために、多様な専門分野の研究者が、課題に合わせて集まり、問題解決を巡る討論を行う必要がある。
特に、国際化や情報化の進んだ科学技術文明社会では、政治や社会の問題は、科学技術、国際政治、文化人類学や民族学、環境問題、地政学的視点、法学(国内法や国際法)、経済学(ミクロ、マクロ)、政治哲学等々の多様な分野の専門的な視点からの検討や分析解釈が必要となる。その意味で、今回のアジア共生の課題は、国際政治的には日米関係を含めて議論しなければならない。また、アジア共生の課題として取り上げられる地域連合(ASEANや東アジア共同体構想)に言及しようとすると、EUモデルも課題となる。その意味で、国際政治社会学の分野でも、アジア地域の専門家以外の研究者の参加が必要となっていた。
今回、このジョイント・コンファレンスは、日本では始めて俯瞰的横断的立場に立った議論を試みたものであった。今後、こうした問題解決を求めるジョイント・コンファレンスが多く行われるだろう。これらの研究討論の企画が新たな研究の方法論・俯瞰型、横断型研究活動をプロジェクトし、融合型研究活動を創設するのではないかと期待できる。
参考資料
1、第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンス プログラム添付資料 日本語版
http://globalgovernance.jp/wp/wp-content/uploads/2012/12/20121228asia_prosperity_jp.pdf
2、英語版
http://globalgovernance.jp/wp/wp-content/uploads/2012/12/20121228asia_prosperity.pdf
3、政治社会学会
http://aspos.web.fc2.com/index.html
4、グローバルガーバナンス学会 「第1回「アジア共生」ジョイント・コンファレンスのお知らせ」
http://globalgovernance.jp/?p=84
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第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンス
2013年1月12日から13日に、東京外国語大学で、第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンスが行われた。このジョイント・コンファレンスは5つのシンクタンクの共催と2つの市民団体(日本ビジネスインテリジェンス協会と京都奈良EU協会)の後援で行われた。
ジョイント・コンファレンスとは、学会や研究機関が集まり、共同でシンポジュームを開催するものである。国際アジア共同体学会、グローバル・ガバナンス学科、政治社会学会、日本公益学会、東京外国語大学国際関係研究所の5つの学会と研究所が共同で、現在問題となっている課題を個々の専門分野の領域を越えて、俯瞰的、横断的に検討するために、報告討論会を開催した。日米関係と東アジア共同体構想に関して、多くの議論がなされた。
これまで、日本では、異なる学会が共同でシンポジュームを開催するジョイント・コンファレンスは行われておらず、今回のジョイント・コンファレンスは、これからの学会活動の新しいスタイルを示す事例になった。つまり、現在の課題は複雑で専門性の高い問題分析力とその解決方法が問われる。そのために、多様な専門分野の研究者が、課題に合わせて集まり、問題解決を巡る討論を行う必要がある。
特に、国際化や情報化の進んだ科学技術文明社会では、政治や社会の問題は、科学技術、国際政治、文化人類学や民族学、環境問題、地政学的視点、法学(国内法や国際法)、経済学(ミクロ、マクロ)、政治哲学等々の多様な分野の専門的な視点からの検討や分析解釈が必要となる。その意味で、今回のアジア共生の課題は、国際政治的には日米関係を含めて議論しなければならない。また、アジア共生の課題として取り上げられる地域連合(ASEANや東アジア共同体構想)に言及しようとすると、EUモデルも課題となる。その意味で、国際政治社会学の分野でも、アジア地域の専門家以外の研究者の参加が必要となっていた。
今回、このジョイント・コンファレンスは、日本では始めて俯瞰的横断的立場に立った議論を試みたものであった。今後、こうした問題解決を求めるジョイント・コンファレンスが多く行われるだろう。これらの研究討論の企画が新たな研究の方法論・俯瞰型、横断型研究活動をプロジェクトし、融合型研究活動を創設するのではないかと期待できる。
参考資料
1、第一回「アジア共生」ジョイント・コンファレンス プログラム添付資料 日本語版
http://globalgovernance.jp/wp/wp-content/uploads/2012/12/20121228asia_prosperity_jp.pdf
2、英語版
http://globalgovernance.jp/wp/wp-content/uploads/2012/12/20121228asia_prosperity.pdf
3、政治社会学会
http://aspos.web.fc2.com/index.html
4、グローバルガーバナンス学会 「第1回「アジア共生」ジョイント・コンファレンスのお知らせ」
http://globalgovernance.jp/?p=84
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2012年11月22日木曜日
プログラム科学(自己組織性の設計科学)の科学哲学的課題
政治社会学会(ASPOS)第3回研究大会、研究報告要旨
三石博行(千里金蘭大学)
2012年11月23日(金)から25日(日)にかけて、国際基督教大学で政治社会学会(ASPOS)の第3回総会及び研究大会が開催される。研究大会のテーマは「文理融合と人文・社会科学の再生(3)」である。
今回の研究大会からセッション「プログラム科学とは何か」を開設し、吉田民人先生が提案したプログラム科学が政治社会学の研究方法や理論として有効な科学的手段となるかを議論することになった。
私は、11月24日(土)16:30-19:00 セッション3「プログラム科学とは何か」の報告者として「プログラム科学(自己組織性の設計科学)の科学哲学的課題」について発表する予定である。この文章はそのために書いた要旨である。
プログラム科学とは何か
吉田民人(以後吉田と呼ぶ)は物理化学的物質・エネルギーの世界を構成している法則と生物人間社会の世界を構築している秩序の概念を峻別した。その峻別の方法として援用された理論が「自己組織性の情報科学」であった。つまり、宇宙上の物理現象が自ら進化することはないように、物理化学的世界ではその世界を自ら再編する法則は存在しない。しかし、生物の世界には進化という現象が起こる。この現象は生物の基本構造である遺伝子が、自らその構造を変更する性質を持つことで起こる。
自己組織性は生命現象の属性である。物質・エネルギーの世界を解明する物理学と生命の世界を解明する生物学では、科学性が異なると吉田は考えた。そして、前者を法則科学と呼び、後者をプログラム科学と呼んだ。
つまり、生命から社会までの世界を理解する科学を総じてプログラム科学と考え、遺伝子プログラムによって現象する生物の世界に関する科学を「シグナル性プログラム」科学、言語性プログラムによって現象する社会文化(精神)の世界に関する科学を「シンボル性プログラム」科学と吉田は呼んでいる。
プログラム科学理論は存在するか
シグナル性プログラム科学の基礎理論は遺伝子学であると考えられる。生物学は「シグナル性プログラム」科学であると現場の生物分野の研究者に説明したとしても、その新語法による生物学の解釈は、彼らには目新しい重要な意味をなんら与えることはないだろう。また、「シグナル性プログラム」科学理論の体系的構築は生命生物分野では全く展開されていない。
まったく同様のことが、「シンボル性プログラム」科学にも当てはまる。例えば、シンボル性プログラム科学の基礎理論は、言語活動を支配する脳神経生理学(感覚や知覚の神経生理学)、メタ心理学(無意識の心理学)や心理学(意識に関する心理学)だと人間社会科学分野の研究者に説明しても、彼らが今まで活用してきた伝統的な理論を捨てて、まだ確立していないシンボル性プログラム科学の理論を援用して人間社会経済文化現象を分析し解釈できるとは思われない。
つまり、プログラム科学は、その具体的な対象である生命・生物科学や人間社会科学の理論に於いても実践的研究に於いでも(研究の現場で)、論理的及び実践的な意味を持っていない。つまり、実際の科学理論として、プログラム科学は存在していないのである。
「自己組織性」の概念、人間社会科学における主体性に関する理論
自己組織性は生命作用である。自己組織性を前提にしない人間社会科学の理論は成立しない。この命題から、人間社会学の課題として「主体性」を語る科学理論が問題となっている。この問い掛けは若き吉田がパーソンズの社会システム論と格闘している時代から存在した。そして、「生活空間の構造-機能分析」で一つの方向を得た。
つまり、吉田は主体性を「自己と外界」という視点、言い換えると主体はあくまでも外界に対峙した存在として理解するのでなく、主体を共同主観的自己(パーソナリティ)として共同主観的世界(レファレンシャル)との関係に於いて分析的に、つまり構造‐機能的に解釈していた。当時の吉田は理論社会学における主体概念の哲学的命題を、廣松渉が現象世界と呼んだ対象的二要因と主体的二重性の相補的関係によって成立している認識の四肢的構造聯関の構図に求めようとしていた。
人間社会学における主体(パーソナリティ)とはその人間社会学の研究対象である社会現象(レファレンシャル)に含まれている。つまり、人間社会学はその研究主体を含む世界の認識や解釈を行なう学問である。その意味で研究対象に主体の入り込む余地のない物理学とは異なる。客観と主観の二元論的な科学的方法論では、人間社会学の研究は深化しないのである。つまり人間社会学における科学性には、常に歴史的観念構造(共同主観)性を含む解釈が潜在化し、その解釈を取り除くことは不可能である。
吉田は主体性の問題を展開するために理論社会学を研究した。つまり、主体性の理論社会学的展開として「パーソナリティ」の構造-機能分析があり、「情報」や「自己組織性」の概念があり、さらに「プログラム」の意味が語られ、プログラム科学論の提案があった。
理論社会学者にとって主体性とは、哲学者が表現する「セルフ・意識化された自己」でもなく、また精神分析者が語る「エゴ・他者としての自己」でもなく、それは社会的機能によって形成され、またそれを再生産し続ける(自己組織性)構造化されたパーソナリティであった。そのパーソナリティの形成と再形成過程(自己組織性)の理解が理論社会学における主体性の問題となっていた。つまり、生命現象が自己組織性を示す広義概念であり、主体性がその狭義概念であると言える。
資源・情報、資源・情報処理、プログラム概念の形成
世界を変革する主体と世界によって変革される主体、それが生きるという課題であり、そのことを理解するのが人間社会科学である。しかし、理論社会学における主体とは行為を生み出すパーソナリティの力動的構造である。1960年代の理論社会学の研究課題は、そのパーソナリティの力動的要因を見つけ出し、それらの機能-構造関係を明らかにすることであった。
人間社会学が対象とする世界は社会文化生活資源である。それらは生産されたものであり、所有されたものであり、価値化されたものである。資源はある物質的存在を背景に持ち、同時にその情報(パターン)を所有している。また資源は何かの資源にとっての資源であり、その資源はさらに何かの資源に転用変換される資源である。つまり、資源とは生産、消費、再生産の過程(処理と流通)を前提にして存在している人工物である。
吉田が定義した広義の情報とは「人間社会資源の空間的、時間的、定性的、定量的パターン」であると解釈できる。これらの人工物の情報は資源とその資源処理過程によって形成される。情報処理によって資源処理過程が生産され、そこに新たな情報が生まれる。つまり、情報処理と資源処理は相補的関係にある。人間社会現象では社会文化資源と社会文化観念の形成や崩壊は同時に起こる。この相互の関係を現象学社会学は語っている。その生産と再生産、形成と崩壊、変換と流通の過程を含めた動態的システムを語るために吉田はプログラム科学(論)を展開した。
吉田の定義する自己組織性は生物から社会までのシステムに特有のものとして理解される。自己のプログラムを変換する機能(種の進化や退化)を持つシステムを自己組織性と考え、そのシステムを動かすのがプログラムであった。プログラムは情報・資源処理のルールである。つまり、個体保存と種の保存をもつ全てのシステム(生命から社会まで)はプログラムによって機能しているというのが吉田の言う自己組織性の理論である。
科学史の中でのプログラム科学の位置づけ
当時(1990年代)、吉田は自己組織を物理的現象として解釈した理論との闘争をしなければならなかった。そのため、プログラム科学を科学哲学的に位置付ける作業を行なった。吉田はDNAの情報概念の発見と分子生物学の形成・発展を科学への「情報とプログラム」概念の導入と位置づけ、これまでの法則科学も対抗するプログラムと呼ばれる「秩序原理」が科学理論の土台に据えられたと述べた。
この法則科学に対するプログラム科学の形成を近代科学のパラダイム・シフト、つまり大文字の第2の科学革命と吉田は命名した。吉田は科学哲学の概念としてプログラム科学を位置付けたのである。
さらに吉田は秩序原理に基づく科学性を「新科学論」と名づけ、その科学哲学を土台とする科学を「21世紀の科学」と称した。この科学は認識科学に対して設計科学の立場を取り、法則科学に対してプログラム科学の立場を取る。秩序原理の理解とその実践的応用が課題となる。プログラム科学と設計学は同時に展開するのである。
科学史の中でのプログラム科学の位置づけ
当時(1990年代)、吉田は自己組織を物理的現象として解釈した理論との闘争をしなければならなかった。そのため、プログラム科学を科学哲学的に位置付ける作業を行なった。吉田はDNAの情報概念の発見と分子生物学の形成・発展を科学への「情報とプログラム」概念の導入と位置づけ、これまでの法則科学も対抗するプログラムと呼ばれる「秩序原理」が科学理論の土台に据えられたと述べた。
この法則科学に対するプログラム科学の形成を近代科学のパラダイム・シフト、つまり大文字の第2の科学革命と吉田は命名した。吉田は科学哲学の概念としてプログラム科学を位置付けたのである。
さらに吉田は秩序原理に基づく科学性を「新科学論」と名づけ、その科学哲学を土台とする科学を「21世紀の科学」と称した。この科学は認識科学に対して設計科学の立場を取り、法則科学に対してプログラム科学の立場を取る。秩序原理の理解とその実践的応用が課題となる。プログラム科学と設計学は同時に展開するのである。
存在論的構築主義と設計科学
生物からすべての人工物に至る世界(現象)をそれぞれの階層秩序によって構築された世界と理解するなら、この構築概念とプログラム概念は、それぞれの階層秩序を構成している要素とその要素間の関係(構造-機能関係)の総合的関係と解釈できる。
プログラム科学の課題は1、プログラムの解明(構造機能に関する理解)、2、プログラムの作動過程の解明(力動的機能に関する理解)、3、プログラムの作動結果の解明(作動評価)、4、プログラムのライフサイクル(生成、維持、変容、消滅)の解明(プログラム進化に関する理解と評価)の四つあると吉田は述べている。このプログラムの解明を行なうだけでなく、その作動過程や作動結果、さらには、そのプログラムの進化過程をも研究対象とするのが吉田の言うプログラム科学である。その意味で、現在の科学の問題点が指摘されている。例えば、原子力物理学理論の研究、その原子力発電技術への応用研究、原発の稼動による全ての結果(経済効果、環境問題、エネルギー問題、原発の安全性の問題、作業員の健康問題等々)の研究課題の全てが総合的に課題となる科学をプログラム科学と呼ぶと吉田は述べているのである。
つまり、人工物プログラムのライフサイクル(生成、維持、変容、消滅)を作り出す要素は人工物の認知構築や評価構築でなく、指令的構築であると吉田は述べている。認知・評価・指令の3モードを統合する構築論を吉田は「存在論的構築主義」と呼んだ。
基礎研究と応用研究、さらにその社会経済効果に関する総合的調査を前提にして発展しているのが工学、医学や農学である。工学分野では工場プラント設計のように物理・化学・生物工学のようなプログラム科学的技術学による工学設計が行なわれている。人間社会科学でも、経済・政治・文化政策学を代表とするプログラム科学的技術学が存在する。研究対象のプログラム解明とその変革を行なうことを目的としていることが、工学、人間社会科学の設計思想を持つプログラム科学の特徴であると述べている。
個別プログラム科学的技術学が持つ指令的構築によって、問題解決型の知的機能が引き出される。つまり、状況に適応した技術が提案、実践、検証、改良、さらに破棄されるのである。問題解決を目的とした総合的な知識が形成される。これを人工物設計科学と呼ぶ。問題解決を課題とする構築主義的な科学技術を吉田は「新科学論」から形成された「21世紀の科学」・設計科学と考えたのである。
プログラム科学(論)の目的
プログラム科学の理論は科学哲学的に存在する。しかし、その目的である世界を変革する知として問題解決の学としてプログラム科学は未だ成立していない。また、成立する見通しもない。何故なら、生物から社会までの秩序原理は一つのプログラムで表現されているのではなく、それぞれの現象を構築している具体的な要素によって表現されているからである。生物的秩序原理、生態的秩序原理、動物行動学的秩序原理、社会的秩序原理、経済的秩序原理、文化的秩序原理、人間行動学的秩序原理、等々。その多様な秩序原理を一つの秩序原理(統一プログラム)として語ることはできない。その意味で吉田のプログラム科学は哲学的にしか成立し得ないのである。
では、何故、プログラム科学が問題となるのだろうか。そこには、人類が今まで経験したことのない21世紀社会の姿がある。つまり、豊かな生活を求めて作り上げてきた人工物環境が、前の世紀から次第に巨大化し、遂には、人間はその人工物環境に疎外されるようになってしまった。具体的には、環境問題や原発事故などが挙げられるだろう。
つまり、科学技術文明社会では、人間環境の中に占める人工物の割合が大きくなる。それらの人工物環境は社会のイデオロギーを再生産し続ける。環境となった科学技術文明の観念構造は人間の精神構造を形成する基盤となる。社会文化観念形態の物象化された世界に社会的存在である人間は支配され続けることになる。
それらの人工物の世界(生態・社会・文化・生活環境)を人間の作り出した科学、技術、政治イデオロギー、法律や社会制度のプログラムとして理解することで、それらの環境に絶対的に支配されている人間が、そのプログラムの改善、新設や破棄を通じて、主体的に変革できる可能性を理解するのである。
つまり、人間社会環境を人工物システムとして理解し、それらのシステムを構築している要素(資源・情報要素)とその要素間の関係(プログラム)を解明し、そのプログラムの作動を理解し、そしてそのプログラムの変換に必要な理論や技術を開発する。それらは具体的には人間社会学の理論を土台とする政策学となる。
従って、実践的知識の寄せ集め、プラグマティズム的方法として伝統的科学論から軽視されがちな問題解決学に対して、その科学性の根拠を説明することがプログラム科学の目的であると言える。言い換えると、現実の世界では、問題解決に必要な知識を必要に応じて、色々な分野の科学や技術学から取り寄せ、そしてその取り寄せた実践的な知(道具)を一つの問題解決学として提起している。
プラグマティズム的な手段を用いる問題解決学は、学問研究の世界では、純粋科学研究に比べて科学的と評価されていない。その科学的という評価の基準を、論理的整合性、認識構築中心主義から、評価構築や指令構築を積極的に科学の目的として取り入れるために、生物人間社会学の対象をプログラムから構築されている世界と解釈したのである。取り分け、人間社会学の研究対象を人工物システムと理解し、そのシステムを構築しているプログラムの解明を目的とすると自覚的な科学研究の課題を一般化することで、諸領域に分断化された知を一つの領域(人工物システム)に集めることが可能となるのである。
吉田の展開したプログラム科学の目的は、領域分断化されている人間社会の認識構築を、「豊かな人間的生活をしたい」という生活主体の要求(指令構築)にそって、評価構築を行い、必要な認識構築を拾い出し、不足している認識構築を探求調査し、それを再度評価構築し直し、指令構築を満たす科学、つまり問題解決学を形成するためのものである。
プログラム科学(論)の課題
しかし、プログラム科学は完成していない。吉田民人という天才が、我々にその可能性を語ったに過ぎない。科学哲学として吉田はプログラム科学を提起した。しかし、その問題提起には、問題解決学としてのプログラム科学の形成を目指すことが示唆されている。
つまり、科学哲学としてのプログラム科学論が正しいと評価した段階で、我々は、この吉田の提起した「問題解決学(政策学)としてのプログラム科学」の形成に向かわなければならない立場に立たされているのである。
プログラム科学は成立しえないのでなく、いまだ成立していないのである。その成立のための研究が我々に残されている。現実的な問題解決に耐えられる理論と技術を前提にしながら、この新しい科学理論の形成に向かう必要がある。
参考文献と資料
廣松渉 『世界の共同主観的存在構造』岩波書店 廣松渉著作集1巻 1996.6
吉田民人「生活空間の構造一機能分析-人間的生の行動学的理論-」pp136-196、作田啓一編 現代社会学講座Ⅴ『人間形成の社会学』1964年、有斐閣
吉田民人「社会システム論における情報-資源処理パラダイムの構想」『現代社会学』01-1、pp7-27、1973年
吉田民人「近代科学のパラダイム・シフト-進化史的<情報>概念の構築と<プログラム科学>の提唱」学術研究総合調査報告書、1996年、pp253-282
吉田民人「21世紀科学のパラダイム・シフト : 情報諸科学とプログラム科学, そして社会情報学 」『社会・経済システム』(15),1996年10月19日、 pp13-19
吉田民人「大文字の第2次科学革命-<物質エネルギ-と法則>から<情報とプログラム>へ-」『学術の動向』(日本学術会議広報誌)1998年11月
吉田民人「特集 俯瞰型研究プロジェクト(2000年10月号)を受けて--俯瞰型研究の対象と方法:「大文字の第二次科学革命」の立場から」『学術の動向』2000年11月 pp36-45、
吉田民人「新科学論と存在論的構築主義:<秩序原理の進化>と<生物的・人間的存在の内部モデル>」『社会学評論』219号 2000年12月 pp260-280
「吉田民人論文・著書リスト」
三石博行ホームページ「研究哲学 プログラム科学論」
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/kenkyu_01_03.html
政治社会学会(ASPOS)第3回総会及び研究大会
大会テーマ「文理融合と人文・社会科学の再生(3)」
大会日程 2012年11月23日(金)~25日(日)
会場 国際基督教大学 東ヶ崎潔記念ダイアログハウス国際会議室(2階)
政治社会学会(ASPOS)ホームページ
http://aspos.web.fc2.com/
総会及び研究会プログラム
総会及び研究会 発表要旨集
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三石博行(千里金蘭大学)
2012年11月23日(金)から25日(日)にかけて、国際基督教大学で政治社会学会(ASPOS)の第3回総会及び研究大会が開催される。研究大会のテーマは「文理融合と人文・社会科学の再生(3)」である。
今回の研究大会からセッション「プログラム科学とは何か」を開設し、吉田民人先生が提案したプログラム科学が政治社会学の研究方法や理論として有効な科学的手段となるかを議論することになった。
私は、11月24日(土)16:30-19:00 セッション3「プログラム科学とは何か」の報告者として「プログラム科学(自己組織性の設計科学)の科学哲学的課題」について発表する予定である。この文章はそのために書いた要旨である。
プログラム科学とは何か
吉田民人(以後吉田と呼ぶ)は物理化学的物質・エネルギーの世界を構成している法則と生物人間社会の世界を構築している秩序の概念を峻別した。その峻別の方法として援用された理論が「自己組織性の情報科学」であった。つまり、宇宙上の物理現象が自ら進化することはないように、物理化学的世界ではその世界を自ら再編する法則は存在しない。しかし、生物の世界には進化という現象が起こる。この現象は生物の基本構造である遺伝子が、自らその構造を変更する性質を持つことで起こる。
自己組織性は生命現象の属性である。物質・エネルギーの世界を解明する物理学と生命の世界を解明する生物学では、科学性が異なると吉田は考えた。そして、前者を法則科学と呼び、後者をプログラム科学と呼んだ。
つまり、生命から社会までの世界を理解する科学を総じてプログラム科学と考え、遺伝子プログラムによって現象する生物の世界に関する科学を「シグナル性プログラム」科学、言語性プログラムによって現象する社会文化(精神)の世界に関する科学を「シンボル性プログラム」科学と吉田は呼んでいる。
プログラム科学理論は存在するか
シグナル性プログラム科学の基礎理論は遺伝子学であると考えられる。生物学は「シグナル性プログラム」科学であると現場の生物分野の研究者に説明したとしても、その新語法による生物学の解釈は、彼らには目新しい重要な意味をなんら与えることはないだろう。また、「シグナル性プログラム」科学理論の体系的構築は生命生物分野では全く展開されていない。
まったく同様のことが、「シンボル性プログラム」科学にも当てはまる。例えば、シンボル性プログラム科学の基礎理論は、言語活動を支配する脳神経生理学(感覚や知覚の神経生理学)、メタ心理学(無意識の心理学)や心理学(意識に関する心理学)だと人間社会科学分野の研究者に説明しても、彼らが今まで活用してきた伝統的な理論を捨てて、まだ確立していないシンボル性プログラム科学の理論を援用して人間社会経済文化現象を分析し解釈できるとは思われない。
つまり、プログラム科学は、その具体的な対象である生命・生物科学や人間社会科学の理論に於いても実践的研究に於いでも(研究の現場で)、論理的及び実践的な意味を持っていない。つまり、実際の科学理論として、プログラム科学は存在していないのである。
「自己組織性」の概念、人間社会科学における主体性に関する理論
自己組織性は生命作用である。自己組織性を前提にしない人間社会科学の理論は成立しない。この命題から、人間社会学の課題として「主体性」を語る科学理論が問題となっている。この問い掛けは若き吉田がパーソンズの社会システム論と格闘している時代から存在した。そして、「生活空間の構造-機能分析」で一つの方向を得た。
つまり、吉田は主体性を「自己と外界」という視点、言い換えると主体はあくまでも外界に対峙した存在として理解するのでなく、主体を共同主観的自己(パーソナリティ)として共同主観的世界(レファレンシャル)との関係に於いて分析的に、つまり構造‐機能的に解釈していた。当時の吉田は理論社会学における主体概念の哲学的命題を、廣松渉が現象世界と呼んだ対象的二要因と主体的二重性の相補的関係によって成立している認識の四肢的構造聯関の構図に求めようとしていた。
人間社会学における主体(パーソナリティ)とはその人間社会学の研究対象である社会現象(レファレンシャル)に含まれている。つまり、人間社会学はその研究主体を含む世界の認識や解釈を行なう学問である。その意味で研究対象に主体の入り込む余地のない物理学とは異なる。客観と主観の二元論的な科学的方法論では、人間社会学の研究は深化しないのである。つまり人間社会学における科学性には、常に歴史的観念構造(共同主観)性を含む解釈が潜在化し、その解釈を取り除くことは不可能である。
吉田は主体性の問題を展開するために理論社会学を研究した。つまり、主体性の理論社会学的展開として「パーソナリティ」の構造-機能分析があり、「情報」や「自己組織性」の概念があり、さらに「プログラム」の意味が語られ、プログラム科学論の提案があった。
理論社会学者にとって主体性とは、哲学者が表現する「セルフ・意識化された自己」でもなく、また精神分析者が語る「エゴ・他者としての自己」でもなく、それは社会的機能によって形成され、またそれを再生産し続ける(自己組織性)構造化されたパーソナリティであった。そのパーソナリティの形成と再形成過程(自己組織性)の理解が理論社会学における主体性の問題となっていた。つまり、生命現象が自己組織性を示す広義概念であり、主体性がその狭義概念であると言える。
資源・情報、資源・情報処理、プログラム概念の形成
世界を変革する主体と世界によって変革される主体、それが生きるという課題であり、そのことを理解するのが人間社会科学である。しかし、理論社会学における主体とは行為を生み出すパーソナリティの力動的構造である。1960年代の理論社会学の研究課題は、そのパーソナリティの力動的要因を見つけ出し、それらの機能-構造関係を明らかにすることであった。
人間社会学が対象とする世界は社会文化生活資源である。それらは生産されたものであり、所有されたものであり、価値化されたものである。資源はある物質的存在を背景に持ち、同時にその情報(パターン)を所有している。また資源は何かの資源にとっての資源であり、その資源はさらに何かの資源に転用変換される資源である。つまり、資源とは生産、消費、再生産の過程(処理と流通)を前提にして存在している人工物である。
吉田が定義した広義の情報とは「人間社会資源の空間的、時間的、定性的、定量的パターン」であると解釈できる。これらの人工物の情報は資源とその資源処理過程によって形成される。情報処理によって資源処理過程が生産され、そこに新たな情報が生まれる。つまり、情報処理と資源処理は相補的関係にある。人間社会現象では社会文化資源と社会文化観念の形成や崩壊は同時に起こる。この相互の関係を現象学社会学は語っている。その生産と再生産、形成と崩壊、変換と流通の過程を含めた動態的システムを語るために吉田はプログラム科学(論)を展開した。
吉田の定義する自己組織性は生物から社会までのシステムに特有のものとして理解される。自己のプログラムを変換する機能(種の進化や退化)を持つシステムを自己組織性と考え、そのシステムを動かすのがプログラムであった。プログラムは情報・資源処理のルールである。つまり、個体保存と種の保存をもつ全てのシステム(生命から社会まで)はプログラムによって機能しているというのが吉田の言う自己組織性の理論である。
科学史の中でのプログラム科学の位置づけ
当時(1990年代)、吉田は自己組織を物理的現象として解釈した理論との闘争をしなければならなかった。そのため、プログラム科学を科学哲学的に位置付ける作業を行なった。吉田はDNAの情報概念の発見と分子生物学の形成・発展を科学への「情報とプログラム」概念の導入と位置づけ、これまでの法則科学も対抗するプログラムと呼ばれる「秩序原理」が科学理論の土台に据えられたと述べた。
この法則科学に対するプログラム科学の形成を近代科学のパラダイム・シフト、つまり大文字の第2の科学革命と吉田は命名した。吉田は科学哲学の概念としてプログラム科学を位置付けたのである。
さらに吉田は秩序原理に基づく科学性を「新科学論」と名づけ、その科学哲学を土台とする科学を「21世紀の科学」と称した。この科学は認識科学に対して設計科学の立場を取り、法則科学に対してプログラム科学の立場を取る。秩序原理の理解とその実践的応用が課題となる。プログラム科学と設計学は同時に展開するのである。
科学史の中でのプログラム科学の位置づけ
当時(1990年代)、吉田は自己組織を物理的現象として解釈した理論との闘争をしなければならなかった。そのため、プログラム科学を科学哲学的に位置付ける作業を行なった。吉田はDNAの情報概念の発見と分子生物学の形成・発展を科学への「情報とプログラム」概念の導入と位置づけ、これまでの法則科学も対抗するプログラムと呼ばれる「秩序原理」が科学理論の土台に据えられたと述べた。
この法則科学に対するプログラム科学の形成を近代科学のパラダイム・シフト、つまり大文字の第2の科学革命と吉田は命名した。吉田は科学哲学の概念としてプログラム科学を位置付けたのである。
さらに吉田は秩序原理に基づく科学性を「新科学論」と名づけ、その科学哲学を土台とする科学を「21世紀の科学」と称した。この科学は認識科学に対して設計科学の立場を取り、法則科学に対してプログラム科学の立場を取る。秩序原理の理解とその実践的応用が課題となる。プログラム科学と設計学は同時に展開するのである。
存在論的構築主義と設計科学
生物からすべての人工物に至る世界(現象)をそれぞれの階層秩序によって構築された世界と理解するなら、この構築概念とプログラム概念は、それぞれの階層秩序を構成している要素とその要素間の関係(構造-機能関係)の総合的関係と解釈できる。
プログラム科学の課題は1、プログラムの解明(構造機能に関する理解)、2、プログラムの作動過程の解明(力動的機能に関する理解)、3、プログラムの作動結果の解明(作動評価)、4、プログラムのライフサイクル(生成、維持、変容、消滅)の解明(プログラム進化に関する理解と評価)の四つあると吉田は述べている。このプログラムの解明を行なうだけでなく、その作動過程や作動結果、さらには、そのプログラムの進化過程をも研究対象とするのが吉田の言うプログラム科学である。その意味で、現在の科学の問題点が指摘されている。例えば、原子力物理学理論の研究、その原子力発電技術への応用研究、原発の稼動による全ての結果(経済効果、環境問題、エネルギー問題、原発の安全性の問題、作業員の健康問題等々)の研究課題の全てが総合的に課題となる科学をプログラム科学と呼ぶと吉田は述べているのである。
つまり、人工物プログラムのライフサイクル(生成、維持、変容、消滅)を作り出す要素は人工物の認知構築や評価構築でなく、指令的構築であると吉田は述べている。認知・評価・指令の3モードを統合する構築論を吉田は「存在論的構築主義」と呼んだ。
基礎研究と応用研究、さらにその社会経済効果に関する総合的調査を前提にして発展しているのが工学、医学や農学である。工学分野では工場プラント設計のように物理・化学・生物工学のようなプログラム科学的技術学による工学設計が行なわれている。人間社会科学でも、経済・政治・文化政策学を代表とするプログラム科学的技術学が存在する。研究対象のプログラム解明とその変革を行なうことを目的としていることが、工学、人間社会科学の設計思想を持つプログラム科学の特徴であると述べている。
個別プログラム科学的技術学が持つ指令的構築によって、問題解決型の知的機能が引き出される。つまり、状況に適応した技術が提案、実践、検証、改良、さらに破棄されるのである。問題解決を目的とした総合的な知識が形成される。これを人工物設計科学と呼ぶ。問題解決を課題とする構築主義的な科学技術を吉田は「新科学論」から形成された「21世紀の科学」・設計科学と考えたのである。
プログラム科学(論)の目的
プログラム科学の理論は科学哲学的に存在する。しかし、その目的である世界を変革する知として問題解決の学としてプログラム科学は未だ成立していない。また、成立する見通しもない。何故なら、生物から社会までの秩序原理は一つのプログラムで表現されているのではなく、それぞれの現象を構築している具体的な要素によって表現されているからである。生物的秩序原理、生態的秩序原理、動物行動学的秩序原理、社会的秩序原理、経済的秩序原理、文化的秩序原理、人間行動学的秩序原理、等々。その多様な秩序原理を一つの秩序原理(統一プログラム)として語ることはできない。その意味で吉田のプログラム科学は哲学的にしか成立し得ないのである。
では、何故、プログラム科学が問題となるのだろうか。そこには、人類が今まで経験したことのない21世紀社会の姿がある。つまり、豊かな生活を求めて作り上げてきた人工物環境が、前の世紀から次第に巨大化し、遂には、人間はその人工物環境に疎外されるようになってしまった。具体的には、環境問題や原発事故などが挙げられるだろう。
つまり、科学技術文明社会では、人間環境の中に占める人工物の割合が大きくなる。それらの人工物環境は社会のイデオロギーを再生産し続ける。環境となった科学技術文明の観念構造は人間の精神構造を形成する基盤となる。社会文化観念形態の物象化された世界に社会的存在である人間は支配され続けることになる。
それらの人工物の世界(生態・社会・文化・生活環境)を人間の作り出した科学、技術、政治イデオロギー、法律や社会制度のプログラムとして理解することで、それらの環境に絶対的に支配されている人間が、そのプログラムの改善、新設や破棄を通じて、主体的に変革できる可能性を理解するのである。
つまり、人間社会環境を人工物システムとして理解し、それらのシステムを構築している要素(資源・情報要素)とその要素間の関係(プログラム)を解明し、そのプログラムの作動を理解し、そしてそのプログラムの変換に必要な理論や技術を開発する。それらは具体的には人間社会学の理論を土台とする政策学となる。
従って、実践的知識の寄せ集め、プラグマティズム的方法として伝統的科学論から軽視されがちな問題解決学に対して、その科学性の根拠を説明することがプログラム科学の目的であると言える。言い換えると、現実の世界では、問題解決に必要な知識を必要に応じて、色々な分野の科学や技術学から取り寄せ、そしてその取り寄せた実践的な知(道具)を一つの問題解決学として提起している。
プラグマティズム的な手段を用いる問題解決学は、学問研究の世界では、純粋科学研究に比べて科学的と評価されていない。その科学的という評価の基準を、論理的整合性、認識構築中心主義から、評価構築や指令構築を積極的に科学の目的として取り入れるために、生物人間社会学の対象をプログラムから構築されている世界と解釈したのである。取り分け、人間社会学の研究対象を人工物システムと理解し、そのシステムを構築しているプログラムの解明を目的とすると自覚的な科学研究の課題を一般化することで、諸領域に分断化された知を一つの領域(人工物システム)に集めることが可能となるのである。
吉田の展開したプログラム科学の目的は、領域分断化されている人間社会の認識構築を、「豊かな人間的生活をしたい」という生活主体の要求(指令構築)にそって、評価構築を行い、必要な認識構築を拾い出し、不足している認識構築を探求調査し、それを再度評価構築し直し、指令構築を満たす科学、つまり問題解決学を形成するためのものである。
プログラム科学(論)の課題
しかし、プログラム科学は完成していない。吉田民人という天才が、我々にその可能性を語ったに過ぎない。科学哲学として吉田はプログラム科学を提起した。しかし、その問題提起には、問題解決学としてのプログラム科学の形成を目指すことが示唆されている。
つまり、科学哲学としてのプログラム科学論が正しいと評価した段階で、我々は、この吉田の提起した「問題解決学(政策学)としてのプログラム科学」の形成に向かわなければならない立場に立たされているのである。
プログラム科学は成立しえないのでなく、いまだ成立していないのである。その成立のための研究が我々に残されている。現実的な問題解決に耐えられる理論と技術を前提にしながら、この新しい科学理論の形成に向かう必要がある。
参考文献と資料
廣松渉 『世界の共同主観的存在構造』岩波書店 廣松渉著作集1巻 1996.6
吉田民人「生活空間の構造一機能分析-人間的生の行動学的理論-」pp136-196、作田啓一編 現代社会学講座Ⅴ『人間形成の社会学』1964年、有斐閣
吉田民人「社会システム論における情報-資源処理パラダイムの構想」『現代社会学』01-1、pp7-27、1973年
吉田民人「近代科学のパラダイム・シフト-進化史的<情報>概念の構築と<プログラム科学>の提唱」学術研究総合調査報告書、1996年、pp253-282
吉田民人「21世紀科学のパラダイム・シフト : 情報諸科学とプログラム科学, そして社会情報学 」『社会・経済システム』(15),1996年10月19日、 pp13-19
吉田民人「大文字の第2次科学革命-<物質エネルギ-と法則>から<情報とプログラム>へ-」『学術の動向』(日本学術会議広報誌)1998年11月
吉田民人「特集 俯瞰型研究プロジェクト(2000年10月号)を受けて--俯瞰型研究の対象と方法:「大文字の第二次科学革命」の立場から」『学術の動向』2000年11月 pp36-45、
吉田民人「新科学論と存在論的構築主義:<秩序原理の進化>と<生物的・人間的存在の内部モデル>」『社会学評論』219号 2000年12月 pp260-280
「吉田民人論文・著書リスト」
三石博行ホームページ「研究哲学 プログラム科学論」
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/kenkyu_01_03.html
政治社会学会(ASPOS)第3回総会及び研究大会
大会テーマ「文理融合と人文・社会科学の再生(3)」
大会日程 2012年11月23日(金)~25日(日)
会場 国際基督教大学 東ヶ崎潔記念ダイアログハウス国際会議室(2階)
政治社会学会(ASPOS)ホームページ
http://aspos.web.fc2.com/
総会及び研究会プログラム
総会及び研究会 発表要旨集
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脱原発、地方分権と東アジア平和外交を選挙の争点としよう
国民的政策提案運動の形成(1)
三石博行
緑の党の選挙協力に関する協定案
「緑の党」および「緑の党と連携するみどり関西ネットワーク」の友人たちが、今、脱原発を訴える政党や議員に対して選挙協力のための「協定案」を作ろうとしている。結成したばかりの緑の党は今回の選挙で「第三極」と呼ばれる勢力には成長していない。しかし、脱原発を国民的政治イベントである選挙で訴えなければならない。
そこで全国組織である緑の党では、脱原発を掲げた政党、例えば共産党や社民党、緑の風、生活が第一等々と、政策協定を結ぶことを前提に選挙支援を行うことが話し合われている。この動きは「政策を無視して大同団結」を訴えている「日本維新の会」とまったく逆の政治行動である。
「緑の党」および「緑の党と連携するみどり関西ネットワーク」では最重要政策として脱原発と自然再生可能エネルギー政策を挙げた。つまり、脱原発を掲げた政党や立候補者に対して、緑の党の最重要政策・「いのちと子どもの未来を奪う原発は今すぐゼロへ向かう政策を実施すること-フクシマの悲劇を繰り返さず! 自然エネルギーへシフトする」に賛同する場合にのみ、選挙協力をする。
また、個別政策として、消費増税廃止、TPP交渉に不参加と非暴力・平和>憲法9条の堅持の三つの政策同意が得られる条件が、緑の党が他の政党や議員と選挙協力の協定を結ぶ副次条件となっている。
市民運動の中から、社会を変えるためには多くの限界にぶつかる。そのため、市民運動は政治運動と関係を持つことになる。市民運動は生活に根ざした運度であり、草の根の民主主義を求める活動である。そのため社会土着型の運動スタイルを取る。その意味で市民運動はある地域に限定され、その地域独特の運動スタイルを持つことになる。
福島原発事故は日本と世界を震撼させる大惨事であった。そのため、原発批判の運動は全国規模で起こり、各地の脱原発を訴える市民運動がその地域性を越えて全国的なネットワークを作った。市民運動のネットワーク化は社会や国家を変革する運動となり、脱原発市民運動が政治的な力を必要とした。こうした状況の中で「緑の党」は形成された。
しかし、生まれたばかりの緑の党が、衆議院選挙を迎えている。各地域の緑の党の組織では、立候補者を立てて、選挙戦に挑む力量はない。だからと言って、選挙に取り組まない訳にはいかない。何故なら、選挙は国民的な政治イベントである。選挙で「脱原発」を国民に訴える機会がある。そのため、緑の党では、脱原発と再生可能エネルギー社会という選挙スローガンを緑の党の最重要政策と位置づけ、それに賛同する政党や立候補者と選挙協力に関する協定を結ぼうとしているのである。
政党選挙公約不信から選挙公約確認へ
民主党政権は国民に選挙公約が意味を持たないことを教えた。つまり、これから国民は政党の選挙公約を信じることはできない。このことは、議会制民主主義の存立条件を危うくしているのであるが、だからと言って、今、議会制民主主義を否定することも、また直接民主主義制度を性急に要求することも、現実的には不可能である。今、置かれている現実から考えると、選挙という手段、それは間接民主主義社会で位置づけられている弱い国民の政治的権利ではあるが、この手段を最大限に活用しながら、日本の社会を変革する以外に道は残されていないのである。
また、国民が政党に政治改革を求める限り、この国の政治は変革しないことも、次第に明らかになっている。21世紀社会の日本を作るために、まず、私たち国民が、政治改革の主体であることを理解しなければならない。その政治改革を行う力を持つ国民が、その代表者として議会で仕事をする国民の代理人(議員)になってこそ、行政改革は可能になるのである。国を変えるために、私たちが、まず変わらなければならない。そして、私たちに与えられている唯一の政治的意見の表現手段である選挙に前向きに取り組むべきだと思う。
前向きに取り組まなかった今までの私たちの姿勢、つまり選挙に行かないこと、誰を選んでも同じだとあきらめること、それを変えなければならない。選挙によって選ばれた議員たちが国の法律を決める役割を担っている、これが現実の私たちの民主主義社会のルールである。そのルールに則り、まず、選挙に対する積極的な私たちの意見や活動を行う必要がある。
提案1、脱原発と再生可能エネルギー社会構築
まず、今回の選挙では、殆どの国民は政党が示す莫大な項目の選挙公約に対して見向きもしないだろう。そこで、政党の様々な選挙公約の羅列を無視し、この国の今後10年間の政治的課題で最も重要だと思われる項目を取り上げなければならない。
その一つが、エネルギー政策と脱原発である。この課題で、これまで政府が推進してきた原子力エネルギーを維持しようとしている政党とそうでない政党を峻別しなければならない。つまり、脱原発の政策を明示しているかどうか。これが政治公約の確認となる。もし、明示していないなら、脱原発を約束していないと理解すべきである。それらの政党に投票することは、福島原発事故を再び繰り返す社会に戻ることを意味する。
脱原発を進めるために、これまでの化石燃料に依存する政策を出す政党は、地球温暖化や日本のエネルギー自給率の向上に関する政策を持っていないと理解すべきである。エネルギーと食料の自給率を同時に上げるための政策を持たなければならないだろう。
例えば、国土の7割を占める森林を活用した木材の自給率の向上とバイオマスや自然災害防止、農産物食料や資源生産、観光開発、つまり新しい雇用創出がひとつの政策として展開できる。それ以外に、わが国は豊富な温泉地帯、豊かな海洋エネルギーや太陽熱や太陽光エネルギーがある。これらの自然エネルギー活用を総合的な視点で理解し、政策化する政党でなければならない。
提案2、地方分権化と選挙制度改革
現在の日本は人口の10分の1が東京都に住み、半分近くが政令指定都市と言われる大都市に集中している。その反面、地方の人口は年々減り、過疎化が急速に進んでいる。地方はますます経済的に疲弊している。この現状を何とかしなければならないだろう。そのためには、地方分権化を進めることである。その方法に関しては色々と具体的な意見の違いがあるが、しかし、少なくとも地方分権化の一歩として、道州制の導入が取り上げられる。
地方分権化社会の成立によって、大きな変化が生まれる。例えば、国会の役割が変る。衆議院の役割と参議院の役割が変化する。少なくとも参議院に関しては地方分権化された州を構成する自治体の首長が参議院議員を兼任できるようにすれば、議員定数を削減しながら、地方分権政府と中央政府の政策上の交流が可能になる。中央政府の役人は地方政府の首長の意見を聞く義務が生じるし、中央政府の内閣と地方政府の共同の政策が検討されることになる。
提案3、東北・東南アジア諸国との平和的共存関係の強化と北太平洋の安全と平和を形成する日米関係のあり方を検討する
今回、中国の海洋資源確保をめぐる政治的意図を消し去ることはできないにしても、石原前東京都知事の挑発的な行為(尖閣諸島を東京都が購入する)とそれに対する野田民主党政権の尖閣諸島をあの時期に国有化するという誤った外交によって日中関係は悪化した。その経済的打撃は、大きい。そして、今後も、さらに経済的に負の要因が展開することが予測される。
今、世界は大きく変化しようとしている。その代表例がEUである。欧州連合の成立は、20世紀の二つの世界戦争の激戦地ヨーロッパの国々や人々の念願であった。EUの形成によって地域国際的な平和的共存が可能になった。現在、その平和的共存のための政治経済制度の課題をめぐり、EUはさらに実験を進めようとしている。
このEUを代表する国際地域的な平和的共存関係の形成は、同じ形式ではないにしろ、今、東南アジアでも起ころうとしている。例えば、ASEANは、東南アジア経済共同体の形成に向けて動き出している。単に、経済的関係だけでなく、教育や技術開発も相互の資源を活用しながら発展させようとしている。文化的に共通する他民族国家が国際地域的な連合を形成し国家という枠に限定されている生態文化、社会産業資源を共有しながら、国際地域的な経済文化共同体を構築しようとしている。この国際地域連携が21世紀社会で起ころうとしているグローバリゼーションの流れであるといえる。
その意味で、日本の国際政治政策は前世紀、東西冷戦時代の古い考え方を踏襲しているといえる。今大切なことは、北太平洋地域の諸国の平和的関係の形成と経済的関係の強化であり、取り分け、アジア諸国との日本の平和的共存関係の形成である。これが、今後の日本の繁栄を導くのである。
そのためには、これまでのように、日米関係のみを重視する外交路線を変更し、日韓関係や東アジア諸国との関係は当然だが、日中関係をはじめ、日露関係の改善を行う必要がある。そして、インドをはじめ、中東諸国や豪州との外交関係を強化し、アジア外交をさらに盛り上げる必要がある。日本独自のアジア外交を前提として、日米関係の新しいあり方を提起すべきである。
アメリカは、これから中国やロシアを仮想敵国にしながらアジア外交を続けることは不可能である。寧ろ、中国やロシアとの友好な関係を構築し、北太平洋の安全を維持すべきである。そのためには、日本のアジア外交力が大きく貢献することは言うまでもないだろう。国際平和共存を憲法の基本としたわが国のこれまでの国際政治の実績を活かし、さらに積極的にアジア・北太平洋地帯の平和的共存のための外交を展開するべきではないだろうか。
参考資料
1、ブログ文書集「国民運動としての政治改革」目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_20.html
2、「緑」の京都・準備会
http://greens-kyoto.jimdo.com/
3、脱原発選挙
http://miraisenkyo.wordpress.com/
脱原発議員総覧
August 23, 2012 • by kaerunja
http://miraisenkyo.wordpress.com/2012/08/23/%E8%AA%B0%E3%81%AB%E6%8A%95%E7%A5%A8%E3%81%99%E3%82%8B%EF%BC%9F/
環境エネルギー政策研究所(ISEP:Institute for Sustainable Energy Policies)
「国会エネルギー調査会」設置に向けた 「国会エネルギー調査会準備会」(第14回)の開催について
http://www.isep.or.jp/news/3595/
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三石博行
緑の党の選挙協力に関する協定案
「緑の党」および「緑の党と連携するみどり関西ネットワーク」の友人たちが、今、脱原発を訴える政党や議員に対して選挙協力のための「協定案」を作ろうとしている。結成したばかりの緑の党は今回の選挙で「第三極」と呼ばれる勢力には成長していない。しかし、脱原発を国民的政治イベントである選挙で訴えなければならない。
そこで全国組織である緑の党では、脱原発を掲げた政党、例えば共産党や社民党、緑の風、生活が第一等々と、政策協定を結ぶことを前提に選挙支援を行うことが話し合われている。この動きは「政策を無視して大同団結」を訴えている「日本維新の会」とまったく逆の政治行動である。
「緑の党」および「緑の党と連携するみどり関西ネットワーク」では最重要政策として脱原発と自然再生可能エネルギー政策を挙げた。つまり、脱原発を掲げた政党や立候補者に対して、緑の党の最重要政策・「いのちと子どもの未来を奪う原発は今すぐゼロへ向かう政策を実施すること-フクシマの悲劇を繰り返さず! 自然エネルギーへシフトする」に賛同する場合にのみ、選挙協力をする。
また、個別政策として、消費増税廃止、TPP交渉に不参加と非暴力・平和>憲法9条の堅持の三つの政策同意が得られる条件が、緑の党が他の政党や議員と選挙協力の協定を結ぶ副次条件となっている。
市民運動の中から、社会を変えるためには多くの限界にぶつかる。そのため、市民運動は政治運動と関係を持つことになる。市民運動は生活に根ざした運度であり、草の根の民主主義を求める活動である。そのため社会土着型の運動スタイルを取る。その意味で市民運動はある地域に限定され、その地域独特の運動スタイルを持つことになる。
福島原発事故は日本と世界を震撼させる大惨事であった。そのため、原発批判の運動は全国規模で起こり、各地の脱原発を訴える市民運動がその地域性を越えて全国的なネットワークを作った。市民運動のネットワーク化は社会や国家を変革する運動となり、脱原発市民運動が政治的な力を必要とした。こうした状況の中で「緑の党」は形成された。
しかし、生まれたばかりの緑の党が、衆議院選挙を迎えている。各地域の緑の党の組織では、立候補者を立てて、選挙戦に挑む力量はない。だからと言って、選挙に取り組まない訳にはいかない。何故なら、選挙は国民的な政治イベントである。選挙で「脱原発」を国民に訴える機会がある。そのため、緑の党では、脱原発と再生可能エネルギー社会という選挙スローガンを緑の党の最重要政策と位置づけ、それに賛同する政党や立候補者と選挙協力に関する協定を結ぼうとしているのである。
政党選挙公約不信から選挙公約確認へ
民主党政権は国民に選挙公約が意味を持たないことを教えた。つまり、これから国民は政党の選挙公約を信じることはできない。このことは、議会制民主主義の存立条件を危うくしているのであるが、だからと言って、今、議会制民主主義を否定することも、また直接民主主義制度を性急に要求することも、現実的には不可能である。今、置かれている現実から考えると、選挙という手段、それは間接民主主義社会で位置づけられている弱い国民の政治的権利ではあるが、この手段を最大限に活用しながら、日本の社会を変革する以外に道は残されていないのである。
また、国民が政党に政治改革を求める限り、この国の政治は変革しないことも、次第に明らかになっている。21世紀社会の日本を作るために、まず、私たち国民が、政治改革の主体であることを理解しなければならない。その政治改革を行う力を持つ国民が、その代表者として議会で仕事をする国民の代理人(議員)になってこそ、行政改革は可能になるのである。国を変えるために、私たちが、まず変わらなければならない。そして、私たちに与えられている唯一の政治的意見の表現手段である選挙に前向きに取り組むべきだと思う。
前向きに取り組まなかった今までの私たちの姿勢、つまり選挙に行かないこと、誰を選んでも同じだとあきらめること、それを変えなければならない。選挙によって選ばれた議員たちが国の法律を決める役割を担っている、これが現実の私たちの民主主義社会のルールである。そのルールに則り、まず、選挙に対する積極的な私たちの意見や活動を行う必要がある。
提案1、脱原発と再生可能エネルギー社会構築
まず、今回の選挙では、殆どの国民は政党が示す莫大な項目の選挙公約に対して見向きもしないだろう。そこで、政党の様々な選挙公約の羅列を無視し、この国の今後10年間の政治的課題で最も重要だと思われる項目を取り上げなければならない。
その一つが、エネルギー政策と脱原発である。この課題で、これまで政府が推進してきた原子力エネルギーを維持しようとしている政党とそうでない政党を峻別しなければならない。つまり、脱原発の政策を明示しているかどうか。これが政治公約の確認となる。もし、明示していないなら、脱原発を約束していないと理解すべきである。それらの政党に投票することは、福島原発事故を再び繰り返す社会に戻ることを意味する。
脱原発を進めるために、これまでの化石燃料に依存する政策を出す政党は、地球温暖化や日本のエネルギー自給率の向上に関する政策を持っていないと理解すべきである。エネルギーと食料の自給率を同時に上げるための政策を持たなければならないだろう。
例えば、国土の7割を占める森林を活用した木材の自給率の向上とバイオマスや自然災害防止、農産物食料や資源生産、観光開発、つまり新しい雇用創出がひとつの政策として展開できる。それ以外に、わが国は豊富な温泉地帯、豊かな海洋エネルギーや太陽熱や太陽光エネルギーがある。これらの自然エネルギー活用を総合的な視点で理解し、政策化する政党でなければならない。
提案2、地方分権化と選挙制度改革
現在の日本は人口の10分の1が東京都に住み、半分近くが政令指定都市と言われる大都市に集中している。その反面、地方の人口は年々減り、過疎化が急速に進んでいる。地方はますます経済的に疲弊している。この現状を何とかしなければならないだろう。そのためには、地方分権化を進めることである。その方法に関しては色々と具体的な意見の違いがあるが、しかし、少なくとも地方分権化の一歩として、道州制の導入が取り上げられる。
地方分権化社会の成立によって、大きな変化が生まれる。例えば、国会の役割が変る。衆議院の役割と参議院の役割が変化する。少なくとも参議院に関しては地方分権化された州を構成する自治体の首長が参議院議員を兼任できるようにすれば、議員定数を削減しながら、地方分権政府と中央政府の政策上の交流が可能になる。中央政府の役人は地方政府の首長の意見を聞く義務が生じるし、中央政府の内閣と地方政府の共同の政策が検討されることになる。
提案3、東北・東南アジア諸国との平和的共存関係の強化と北太平洋の安全と平和を形成する日米関係のあり方を検討する
今回、中国の海洋資源確保をめぐる政治的意図を消し去ることはできないにしても、石原前東京都知事の挑発的な行為(尖閣諸島を東京都が購入する)とそれに対する野田民主党政権の尖閣諸島をあの時期に国有化するという誤った外交によって日中関係は悪化した。その経済的打撃は、大きい。そして、今後も、さらに経済的に負の要因が展開することが予測される。
今、世界は大きく変化しようとしている。その代表例がEUである。欧州連合の成立は、20世紀の二つの世界戦争の激戦地ヨーロッパの国々や人々の念願であった。EUの形成によって地域国際的な平和的共存が可能になった。現在、その平和的共存のための政治経済制度の課題をめぐり、EUはさらに実験を進めようとしている。
このEUを代表する国際地域的な平和的共存関係の形成は、同じ形式ではないにしろ、今、東南アジアでも起ころうとしている。例えば、ASEANは、東南アジア経済共同体の形成に向けて動き出している。単に、経済的関係だけでなく、教育や技術開発も相互の資源を活用しながら発展させようとしている。文化的に共通する他民族国家が国際地域的な連合を形成し国家という枠に限定されている生態文化、社会産業資源を共有しながら、国際地域的な経済文化共同体を構築しようとしている。この国際地域連携が21世紀社会で起ころうとしているグローバリゼーションの流れであるといえる。
その意味で、日本の国際政治政策は前世紀、東西冷戦時代の古い考え方を踏襲しているといえる。今大切なことは、北太平洋地域の諸国の平和的関係の形成と経済的関係の強化であり、取り分け、アジア諸国との日本の平和的共存関係の形成である。これが、今後の日本の繁栄を導くのである。
そのためには、これまでのように、日米関係のみを重視する外交路線を変更し、日韓関係や東アジア諸国との関係は当然だが、日中関係をはじめ、日露関係の改善を行う必要がある。そして、インドをはじめ、中東諸国や豪州との外交関係を強化し、アジア外交をさらに盛り上げる必要がある。日本独自のアジア外交を前提として、日米関係の新しいあり方を提起すべきである。
アメリカは、これから中国やロシアを仮想敵国にしながらアジア外交を続けることは不可能である。寧ろ、中国やロシアとの友好な関係を構築し、北太平洋の安全を維持すべきである。そのためには、日本のアジア外交力が大きく貢献することは言うまでもないだろう。国際平和共存を憲法の基本としたわが国のこれまでの国際政治の実績を活かし、さらに積極的にアジア・北太平洋地帯の平和的共存のための外交を展開するべきではないだろうか。
参考資料
1、ブログ文書集「国民運動としての政治改革」目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_20.html
2、「緑」の京都・準備会
http://greens-kyoto.jimdo.com/
3、脱原発選挙
http://miraisenkyo.wordpress.com/
脱原発議員総覧
August 23, 2012 • by kaerunja
http://miraisenkyo.wordpress.com/2012/08/23/%E8%AA%B0%E3%81%AB%E6%8A%95%E7%A5%A8%E3%81%99%E3%82%8B%EF%BC%9F/
環境エネルギー政策研究所(ISEP:Institute for Sustainable Energy Policies)
「国会エネルギー調査会」設置に向けた 「国会エネルギー調査会準備会」(第14回)の開催について
http://www.isep.or.jp/news/3595/
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2012年11月20日火曜日
ブログ文書集「国民運動としての政治改革」目次
三石博行
1. 政治は何のために
1-1、21世紀の課題、生活大国日本に向かって何をなすべきか
http://mitsuishi.blogspot.jp/2010/12/21.html
1-2、罹災者救済、国民と国家の将来のために働くことのみが政治家の課題である
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_07.html
1-3、原発問題は今後、我が国の政治の中心課題となるだろう
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_12.html
2. 国民運動としての政治改革
2-1、政局論争から政策論争へ、今日本が必要としている議会の課題
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/03/blog-post_07.html
2-2、国民による議会・立法機関の検証作業は可能か
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_14.html
2-3、国民による議員の選挙公約に関する検証機能の提案
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_3645.html
2-4、東日本大震災と福島第一原発事故を契機に起こる政治改革の課題
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_30.html
3. 官僚・行政機能と政治機能
3-1、明治以来の「官僚制度による国家安全神話」の崩壊
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/08/blog-post_29.html
3-2、専門的知識と俯瞰的視点をもつ政治家の必要性
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/1.html
3-3、国民を思うこころを持つ官僚育成が必要
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/2.html
3-4、政策政党の形成と市民民主主義の発展
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_719.html
4、民主主義社会における政策決定、維持、変更過程と政党の役割
4-1、体制の保守、改革と破棄と呼ばれる政策の三つの形態 /strong>
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_7.html
4-2、社会変革のプログラムか政治集団の自己保存のプログラムか
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_16.html
4-3、行政改革を可能にする政治指導の在り方
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_15.html
4-4、立法機能を担う議員活動を支える制度の提案
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_752.html
4-5、選挙公約法、選挙公約点検サイトと公約実現実績情報公開制度の必要性
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/10/blog-post_25.html
4-6、政策作成過程の民営化と大衆化
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_6608.html
5、政策学を構成する理論
5-1、政治哲学から展開される政策学基礎論
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/01/blog-post_06.html
5-2、自己組織性の設計科学(プログラム科学)としての政策学
未完成
5-3、生態・社会資源の限界と国家の形態
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_5.html
5-4、社会資源史観からみる政治社会形態
未完成
5-5.近代化過程を決定する社会経済文化要因
未完成
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1. 政治は何のために
1-1、21世紀の課題、生活大国日本に向かって何をなすべきか
http://mitsuishi.blogspot.jp/2010/12/21.html
1-2、罹災者救済、国民と国家の将来のために働くことのみが政治家の課題である
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_07.html
1-3、原発問題は今後、我が国の政治の中心課題となるだろう
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_12.html
2. 国民運動としての政治改革
2-1、政局論争から政策論争へ、今日本が必要としている議会の課題
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/03/blog-post_07.html
2-2、国民による議会・立法機関の検証作業は可能か
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_14.html
2-3、国民による議員の選挙公約に関する検証機能の提案
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_3645.html
2-4、東日本大震災と福島第一原発事故を契機に起こる政治改革の課題
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/06/blog-post_30.html
3. 官僚・行政機能と政治機能
3-1、明治以来の「官僚制度による国家安全神話」の崩壊
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/08/blog-post_29.html
3-2、専門的知識と俯瞰的視点をもつ政治家の必要性
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/1.html
3-3、国民を思うこころを持つ官僚育成が必要
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/2.html
3-4、政策政党の形成と市民民主主義の発展
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_719.html
4、民主主義社会における政策決定、維持、変更過程と政党の役割
4-1、体制の保守、改革と破棄と呼ばれる政策の三つの形態 /strong>
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_7.html
4-2、社会変革のプログラムか政治集団の自己保存のプログラムか
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_16.html
4-3、行政改革を可能にする政治指導の在り方
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_15.html
4-4、立法機能を担う議員活動を支える制度の提案
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_752.html
4-5、選挙公約法、選挙公約点検サイトと公約実現実績情報公開制度の必要性
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/10/blog-post_25.html
4-6、政策作成過程の民営化と大衆化
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_6608.html
5、政策学を構成する理論
5-1、政治哲学から展開される政策学基礎論
http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/01/blog-post_06.html
5-2、自己組織性の設計科学(プログラム科学)としての政策学
未完成
5-3、生態・社会資源の限界と国家の形態
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_5.html
5-4、社会資源史観からみる政治社会形態
未完成
5-5.近代化過程を決定する社会経済文化要因
未完成
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