三石博行
この論文は2021年5月29日に政治社会学会(ASPOS)と東洋大学グローバル・イノベーション学研究センターが共催でオンラインで開催しました「政治社会学会研究セミナー 第2回」の報告のために作成した資料です。また、2021年5月16日、政治社会学会「COVID-19対策の調査・検証プロジェクト」での報告で作成しました資料『パンデミック災害の構造とその対策(1)』と重なる部分を簡単にまとめ、主に、わが国の2020年1月から7月までの感染症災害政策に関する分析を行いました。
目次
はじめに
1、21世紀型災害としてのCOVID-19パンデミック災害
1-1、人間活動(人工物生産活動)による災害要因
1-2、ハイブリッド型災害への対策・国際総合的対策
1-3、二つの感染症災害対策 安全管理と危機管理
2、COVID-19パンデミック災害の構造とその予測される対策
2-1、三つのCOVID-19パンデミック災害対策
2-2、第一期 危機管理体制の中での感染症災害対策
2-3、第二期 感染症罹災からの復旧と復興、問われる民主主義文化
2-4、第三期 持続可能な人類共存社会の課題
3、わが国の第一期感染症第外対策に関する点検
3-1、中国武漢市での非定型性肺炎患者が発生から法令交付・施行まで経過とその検証
A、中国武漢市での非定型性肺炎患者が発生から法令交付・施行まで経過
B、何故、中国発情報の検証が出来ないのか
C、危機管理意識の欠如と根拠なき楽観主義の原因
3-2、感染危機管理の法的体系と特措法改正
A、感染拡大、非常事態宣言と新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正適用
B、対策機能の厚労省業務から官邸中心への移行
C、日本モデルの評価・検証
C1、国民の自主的な外出・移動の自粛要請
C2、自治体の多様な感染症対策と国の感染危機管理政策
3-3、第一期対策の基本から観るわが国の対処の評価と点検
A、感染拡大によるクラスター対策の限界
B、無症状感染者と不顕性感染者の存在
C、増えないPCR検査
D、病原体の遺伝子、感染媒体、感染症の病理的特徴に関する情報
E、ワクチン・治療薬の開発
F、検査キッドと検査体制の確立
G、予測される危機的状況に対する公衆衛生・医療体制の確立
まとめ、 最後に、これからの課題とは何か
はじめに
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災( 兵庫県南部地震の発生当時の死者数は6,434人であり、また、2021年3月9日時点で東日本大震災に関連する死者数(行方不明者数を含む)は1万5900人である。そして、2021年5月28日までのCOVID-19による死者数は1万2601名である。確かに、2020年7月17日時点で死者数は985人で、人口100万人当たり8人に抑えられていた。人口比の死亡率は世界の中でも低いと評価されていた( )。現在(2021年5月28日)も日本での感染拡大は続いている。そして、国民の大半がワクチン接種を終えるまで犠牲者は発生し続けるだろう。現時点での犠牲者がすでに阪神・淡路大震災のそれの2倍近くになり、また、東日本大震災の犠牲者数に近づきつつある。これが、現在の日本での新型コロナウイルス感染症災害の現実である。
第1章では、COVID-19流行による生命と健康への被害を感染症災害として位置づけ、これまでの災害社会学の先行研究成果を投入し、感染症災害の構造を分析した。更に第2章では、COVID-19大流行(パンデミック)の上記した災害社会学の視点からの分析を試みた。まず、新型コロナウイルス感染症による災害構造の分析を行った。そして、その対策を安全管理や危機管理の課題に沿って分類し、より、分析的に、災害対策のための、課題を抽出した。さらに、第3章では、第2章で定義化した感染症災害の段階的区分に照らし合わせ、今回の新型コロナウイルス感染症対策を対策の分析を試みた。これらの分析はコロナ禍の現実のごく限られた、また極めて一部分の課題に過ぎない。しかし、こうした研究者一人の小さい一歩が集まることで、より多様な、そしてより豊かな研究活動が生まれることを期待した。
既に、2021年5月16日の政治社会学会COVID-19対策の調査・検証プロジェクト第2回報告会で、ここで述べる第1章と第2章の課題は報告されている( )。今回の報告会では、前回の報告の要点、第1章と第2章の課題を簡単に紹介し、出来るだけ第3章の課題について触れたい。この第3章の課題は、政治社会学会COVID-19対策の調査・検証プロジェクト第1回報告会で、原田博夫博士が展開した課題と関連している。
1、21世紀型災害としてのCOVID-19パンデミック災害
1-1、人間活動(人工物生産活動)による災害要因
人間は農耕文明の時代から自然を開拓し、植物を改良し、農地を広げ、食料を確保し、まあ動物を家畜化し動力や食材として利用してきた。人間社会の環境は自然の人工化によって形成される。つまり、人間社会が豊かになるとは自然が開発され人工化されることを意味している。産業革命以後、人々は化石燃料から動力エネルギーを得る手段(技術)を手にいれ、巨大な生産力を獲得し、それによって多量の人工物(工業産業物)を生産した。これらの人工物の一部は商品として市場に出され、商品経済(資本主義経済)を発展させた。もう一部の人工物は廃棄物として生産現場や社会を取り巻く自然生態環境に捨てられた。それが19世紀以来の劣悪な労働環境によって生じる職業病であり、また工場地帯(労働者達の生活圏)の大気、水や土壌の汚染であった。こらの廃棄物が有害物質である場合には深刻な健康被害、例えば鉱毒被害を引き起こした。
災害の原因は自然的要因と人工的要因がある。人間の活動力が大きくなることで人工的災害要因も大きくなる。1960年から1970年代に日本で起こった人工災害の事例、水俣病、びわ湖汚染、イタイイタイ病、四日市喘息等々、公害(人工災害)は地域に限定されていた。しかし、1980年代となると、欧米や日本で、広域の自然破壊が起こった。例えば、酸性雨による森林への被害、砂漠化によるウラル海の消滅等々、国境を超える広域にわたっる人工災害 (公害)が起こった。そして今日、私たち人類の活動によって排出される二酸化炭素(温暖化ガス)が地球温暖化を引き起こし、その温暖化によって地球規模の異常気象が起こっていると言われている。人工的要因によて引き起こされる災害の規模は地球レベルに達していると言える。
21世紀の世界や社会に取って人工的要因のよって引き起こされる災害や危機の課題が私たちに立ちはだかっている。その課題と向き合うことなくして、21世紀の社会文化や生活様式について語ることは出来ない。
1-2、ハイブリッド型災害への対策・国際総合的対策
災害とは「人の生命及びその財産への被害」つまり「社会生活資源の損失」である。その要因には大きく二つある。一つは自然的要因である。もう一つが上記した人工的要因である。自然災害例えば地震や津波で受ける被害(災害)は、その直接の人の生命及びその財産への被害の原因が地震や津波によって起こる。しかし、同時に、その自然災害は、家の耐震強度、防波堤、土砂崩れの恐れのある土地の宅地化、街づくり計画、町の安全管理や危機管理等々が間接的に関係している。人工物に取り囲まれた現代社会では、人工的要素を全く持たない自然災害はない。社会経済の発達した国や地域での自然災害はその生活環境を構成しているすべての人工物の影響を受ける。これが現代社会の災害の姿である。このように、災害の被害は人工物が巨大化することによって大きくなる。こように、社会生活資源の損失である災害は「人工物の損害」と言い換えることができる。
生態系環境が著しく人工物によって影響されている状況の下で起こる災害は自然的要素と人工的要素を同時に持つハイブリッド型の災害である。現代社会のすべての災害がこのハイブリッド型災害の様相を示す。そして現代の災害対策もその災害パターであるハイブリッド性、つまり自然要素と人工物要素の両方に渉る文理融合型・総合的対策となる。科学技術の進歩によって、自然災害の要因、自然現象の科学的研究とそのための調査器機や技術開発が進み、その結果、有効な災害対策が可能になる。例えば、人工衛星による気象観察とそれに基づく気象予報のデータ、そのビックデータ解析によって気象予測の精度が高まり、大雨や台風等の自然災害の予知がより正確に可能となっている。一方、人工的要因による災害は人工物が巨大化すればするほど災害は大きくなる。そのため人工物の災害要因に関する科学的分析が必要とされる。つまり、人工災害の要因となる社会経済文化システムや要素を調査分析する科学・人間社会科学の進歩が必要となる。
高度に発展した文明社会で起こる災害対策には国際的な連携やシステムが必要である。何故なら、地球温暖化や感染症災害の要因である温暖化ガスや病原体は簡単に国境を越え世界に広がるからである。つまり、世界規模の被害が起こる。当然のこととして、その災害対策も国際的な連携によって行われる必要性が生まれる。一国の災害対策も国際機関と歩調を合わせながら進められ、また。常に状況に合た国際機関の形成と改革が求められる。21世紀型災害の解決方法が地球温暖化対策やCOVID-19パンデミック災害で問われている。
1-3、二つの感染症災害対策 安全管理と危機管理
21世紀型災害対策と言えども、災害社会学的な視点に立てば、全く目新しい課題を問いかけている訳ではない。感染症は古代から存在し、人類はそれに立ち向かって来た。つまり、感染症災害は人類史の中で繰り返し起こっている( )。そして、その対策は、これまでの災害対策の原則を前提としている。つまり、災害対策は原則として安全管理と危機管理がある。安全管理とは災害を未然に防ぐための対策をいう。危機管理とは安全対策が有効に機能しない場合に行われる対策である( )。
感染症災害における安全管理は主に以下の四つである。一つ目は検疫体制である。国内に10カ所の検疫所( )を設置し感染症の侵入を防ぐために体制を整えている。検疫法( )に基づき検疫体制を維持管理しているのは厚労省検疫所( )でありる。二つ目は病原体を特定するための調査研究体制で感染症に関する医学、生物学、分子生物学等々の専門家集団の活動を常時維持している研究機関であり、厚生労働省の施設等機関である国立感染症研究所( )が当該研究所病原体等安全管理規程( )に従いその機能を担っている。三つ目は感染症治療法や感染病の臨床学的研究を行う医療研究機関及び医療施設である。大学医学部、国立国際医療研究センター等の研究機関である( )。また、COVID-19流行に備え2020年2月13日に内閣官房健康・医療戦略室(文部科学省 厚生労働省 経済産業省)を設置( )し、診断法開発、治療法開発、ワクチン開発等の新興感染症に関する研究開発を加速させるための機能が形成されている。四つ目は感染症の拡大を防ぐための病原体の検査と遺伝子分析を研究し検査方法を開発し、またそのワクチン開発を行う研究機関である。わが国では国立感染症研究所を中心とし、大学医学部、国立公立等の研究機関や生物工学系や医薬系の企業がこれらの機能を担っている。言い換えると感染症災害の安全管理は高度な感染症学、感染症治療等の研究レベル、豊かな感染症治療を行う臨床設備と人材やレベル、完璧な検疫体制や法的整備によって確立している。
感染症災害に関する防護策を持たない状態、もしくはあったとしてもそれが機能しなくなった状態の時に危機管理対策を発動しなければならない。その危機管理対策は主に以下の四つある。一つ目は、感染症災害の被害を最小限に食い止めるための対策である。感染症を治療する薬がない場合、ウイルス感染を防ぐ可能性のある薬、感染症状を重篤化させないための薬、進行する病状や多様な症状への対処療法、医療崩壊をさせないための入院隔離設備の拡充等々が考えられる。二つ目は、機能しなくなっている安全管理の機能を素早く修正改良するための対策である。例えば、新種病原体に対する検疫体制の改善、検疫法の修正等、また病原体調査や感染症研究や臨床体制の強化を行わなければならない。また、隔離対策の強化、例えば民間等すべての研究機関との協働体制の構築、臨時的な隔離を行うための民間病院資源やホテル等を活用したり、場合によっては巨大な臨時入院設備設置も必要となる。そして、大学や研究機関へのワクチンや治療薬開発のための予算措置が挙げられる。三つ目は、感染症災害によって生じた被害を社会インフラ全体で支える対策を取ることである。感染症災害によって起こる医療崩壊や生活経済インフラ危機に対して、病院以外の施設を臨時的に活用したり、生活困窮者への支援活動を強化したり、また、感染症災害によって副次的に生じる差別、いじめ、デマ等の対策を行うために、市民の参加や協力を組織する活動の開発等である。実際、阪神淡路大震災の時、マヒした自治体の生活情報機能をサポートしたのは、ピースボートや市民運動であった( )。社会が持つ危機管理能力(ポテンシャル)は豊社会文化資源の状態に関係する。四つ目は、上記の二つ目の中に含まれる課題であるが、特に、ここでは豊かな人的資源を持つ社会がその社会が危機に瀕した時、それを打開する力を発揮するという危機管理の基本的命題を強調しておきたい。つまり、社会は事前に人を育てること、それが学校であれ、企業であれ、また地域社会であれ、人づくり活動が社会文化の中で重視されていることが危機管理に強い社会を形成する。つまり、人びとが社会活動を自主的に行い、社会運営(自治体、市民活動、NPO運動等々)に積極的に参加している文化こそが豊かな危機管理資源を持つ社会であると言える。
COVID-19パンデミック災害の構造とその予測される対策
2-1、三つのCOVID-19パンデミック災害対策
未知の感染症(COVID-19)に対する対策を三つの段階(期間)に分けた( )。第一段階は、COVID-19には予防するためのワクチンもなければ、また治療薬もない状態である。そため、危機管理から感染症対策が始まる。感染症の流行を防ぐために、これまの感染症への安全管理が総動員され、COVID-19の感染拡大を防ぐために有効であると思われる対処が試みられ、その中から、より感染症災害の被害を最小限に食い止めるための対策が選択されていくことになる。危機管理から始まる感染症対策の段階を第一期と呼ぶことにした( )。この第一期は感染症予防対策(安全管理)であるワクチンや治療薬の開発と普及によって終焉する。危機管理から始まるCOVID-19への対策は危機管理から始まるのである。現在の日本はこの第一期の最終段階にあると言える。
第二段階は、ワクチンや治療薬が開発され、それによって感染拡大が抑えられ、また感染症の治療が可能になる段階安全管理が可能になる。例えば、ワクチン接種が進み感染拡大を抑え込みつつあるイギリス、米国、英国は、ワクチン開発が成功し、感染予防が可能になり、感染拡大が抑え込まれている段階、つまり安全管理対策が可能になった段階を第二期と呼ぶことにした。
第三段階は、COVID-19パンデミック災害が終息したポストコロナの時代である。この時代を第三期と呼ぶことにした。COVID-19パンデミックの原因は、新しい病原体の出現だけでなく、国際化した経済文化活動の関係している。地球温暖化による永久氷土の融解、開発による熱帯雨林の消滅生、プラスチック海洋汚染等化学合成物質による態環境系の破壊等々、地球規模の環境破壊が進行しつつある21世紀の社会では、未知の病原体・ウイルスによる感染症の可能性が生まれる。つまり、COVID-19に類似する感染症災害が繰り返し起こり、また常態化する時代が来ると予測される。その時代を第三期と呼ぶことにした。
感染症災害を三つの段階(期間)に分けたのは、質的に異なるそれぞれの段階(期間)での対策が求められているからである。また、昨年以来、日本では、例えば、2020年3月2日から政府は全国の小中高校の臨時休校を要請した( )。その後、不十分な教育、格差等の問題が社会的に議論された時、4月9月入学が提案され、真面目に議論しようとしていた( )。当時の学校現場では、休校中の教育サポート、オンライン授業等の対策に追われていた。当時(現在でも)の優先事項である感染症災害から教育活動への被害を最小限食い止めるという課題ではなく、それとはまったく関係なくポストコロナの課題として9月入学が取り上げられた。この9月入学の議論は教育被害への対策に追われる文科省や学校教育の現場に混乱を持ち込む以外の何物でもなかった( )。また、第一波の感染拡大を受けて政府は、2020年4月7日に東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に、4月16日には、全国に緊急事態宣言を行った。それと同時(2020年4月7日)に、政府は「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」(事業規模108兆円)を決定し、16兆8057億円にのぼる2020年度補正予算案を閣議決定し、この内1兆6794億円がGoToキャンペーン(旅行・飲食・イベントなどの需要喚起事業)に充てられた。つまり、感染症対策を優先するのか、それとも経済対策が優先されるのか、この政策は新型コロナ対策に混乱を起こしたと言える。政策は状況判断によって決定される。そして、状況が変化することで政策も変化する。つまり、予防手段を失った感染症災害では感染拡大を防ぎ、被害を最小限に食い止めるための対策がまず優先されるべきである。そのために、三つの段階を設定した。それによって、それぞれの段階での対策の優先順位が決まることになる。
2-2、第一期 危機管理体制の中での感染症災害対策
第一期では、予防策のない新型感染症対策と感染症災害に付随して発生する社会文化的課題が問われる。この期間の課題は大きく二つある。一つ目のテーマは、感染症対策であり、この課題が最優先課題となる。二つ目のテーマは、感染症災害に付随する社会経済や文化の課題である。
まず、最初のテーマの課題は第一期、安全対策(ワクチンや治療薬)のない段階で最優先される感染症対策である。この第一課題は、大きく四つの対策によって構成される。一つは感染者の確認作業である。例えば、感染者の早期発見と隔離、感染者との濃厚接触者の調査と検査、感染力の強い陽性者(クラスター)の発見とその対策である( )。二つ目は、感染拡大を予防するために対策である。例えば、移動制限(不要不急の外出自粛)、三密状態の回避、検査隔離、三密状態を生み出す行動や移動の抑制(休業要請を含む)が挙げられる。三つ目はこれまでの医療資源を総動員し治療へ活用する作業である。例えば、COVID-19感染症に対して、米国のFDA(食品医薬品局)が5月1日に使用を許可し、日本でも5月7日に厚生労働省が特別承認されたレムデシビル(製品名・ベクルリー)が治療薬として活用されている。また、重症化する前には、抗ウイルス薬のレムデシビルもNIH(米国国立衛生研究所)のガイドラインで推奨されている。つまり、治療薬のない段階では、症状に応じた対処療法を行いながら、重篤化しない治療を継続する以外にない。四つ目は、感染者を素早く見つけ出し隔離るための検査と医療体制の確立である。検査隔離によって効率的に感染者を隔離し、その治療を行うことが出来る( )。 第二のテーマの課題は感染症災害によって引き起こされる社会経済や文化現象への対応に関する問題提起によって構成される。これらの現象は元々その社会に存在したもので、いわば潜在的社会文化構造である。感染症災害時という非常時にその構造が顕在化したものである。そのため、それらの課題は膨大で多岐多様にわたるものであるが、それらの課題を民主主義文化、非常事態対処、経済政策、複合災害対策の四つに分類することが出来る。
一つ目は、人権や民主主義文化の在り方をめぐる課題である。例えば人権に関する課題(感染者への差別、感染者のプライバシー保護)、社会的格差(教育格差、地域格差、ジェンダー格差等々)である。また、危機管理とは非常時体制の常態化によって行われる。そのため、国家による強権的な措置が必要となり、人権や民主主義が侵害されることが生じる。個人の自由や人権と公共の利益が相対立する状態が危機管理が優先される第一期の課題となる。
二つ目は、感染症災害への政治的課題である。例えば、民主的手段を前提とした非常事態対処(感染症災害情報の公開、非常事態関連法に関する情報公開、非常事態時の国会運営に関する国民からの評価制度等々)、第一期の感染症災害対策を実行するための法律の制定、感染症対策制度の改革等々である。また、自然災害の多いわが国では、感染症災害時に他の災害が起こる可能性が高い。複合災害への備えが問われる。感染症災害対策と他の災害対策が同時に成立するためには、事前に、色々なケースで生じる複合災害の状況を予測し、その対策を取らなければならない。 三つ目は、第一期での経済政策である。例えば、感染症拡大を防止するための研究・検査機関への予算措置、ワクチン開発への投資、感染症治療体制の確立のための予算措置、さらには休業要請を行いために経営負担を受けた事業者や失業者への資金支援、移動制限等の経済活動の低迷によって生じる経済弱者の救済等々が課題となる。四つ目は、社会福祉、教育、育児や文化活動に対する政策である。老人ホーム、障害者福祉施設は感染拡大防止のための危機管理的対策が優先する場合には、それらの社会的機能が軽視される場合がある。それを防ぐために、それらの施設での感染対策を支援しなければならない。また、教育現場(小学校から大学まで)では三密を防ぐ名目で休校措置が取られる。しかし、それが長期化することで、教育機能がマヒしてしまう。原則として如何なる場合でも、国は国民の教育を受ける権利を奪うことはできない。もし、その機会を非常事態の名の下に制御するのであれば、それによって生じた教育格差や教育機関のダメージを保障しなければならない。
四つ目は、感染症災害はその他の災害(大雨洪水、地震、津波等々)との複合災害の状況が生まれる可能性がある。感染防止のための行動が他の災害への避難対応等によって不可能となる。実際、2020年7月3日、4日にかけて熊本県南部地方を襲った集中豪雨による「2020年球磨川水害」では、多くの犠牲者が出た。住民は避難をしなければならなかった住民にはコロナ感染症への難しい対応が求められた( )。複合災害への対応は、急には出来ない。つまり、災害が発生してからその対策を検討するのでなく、常時、あらゆる災害対策の可能性を検討し、準備しておく政府機能を構築しておく必要がある( )。そのことによって、突然起る予測不能な災害、安全策を持たない災害に対しても、ある程度の初期対応が可能になる。日本建築学会や土木学会など58の学会が参加する「 防災学術連携体」や「新型コロナ感染症と災害避難研究会」によって感染症対策を踏まえた災害時の避難に関する検討がなされた( )。
2-3、第二期 感染症罹災からの復旧と復興、問われる民主主義文化
ワクチンや治療薬が開発され、それによる感染症災害対応が行われ、感染症の拡大が制御され、最終的には収束するまでの期間が第二期である。イスラエル、英国や米国等のワクチン接種が進み、集団免疫が確立しようとしている国が第二期を迎えようしている。ワクチン接種を進めることで、第一期から第二期への移行が始まる。しかし第二期を迎えていないわが国の状況では、第二期に関する調査分析の資料はないのであるが、アメリカでの事例を参考にしながら、仮にワクチンによる集団免疫が形成されたと仮定して、そこで課題に取り上げられる感染症災害対策について考える。この場合、感染症災害対策は感染拡大予防や医療崩壊防止の受け身の対策から第一期で受けた医療、社会経済文化等のインフラや資源の受けた被害の復旧活動つまり積極的な災害対策が取られる。
ワクチン接種が進み感染症を抑制することが可能になる第二期では、大きく五つのテーマが考えられる。一つ目は、第一期の医療、生活経済の被害に対する修復作業である。二つ目は、これからの感染症対策に関する防疫安全保障や国際協力を検討する作業である。その中で、ワクチン開発への国際協力、またワクチン格差を防ぎ、世界にワクチン接種を普及させる国際的ルール作りなどが挙げられる。三つ目は、感染症災害によって被害を受けたサプライチェーン等の復旧と再構築である。一国のみでなく国際社会の安全保障に関係する感染症災害から世界経済を守るために、経済安全保障と国際連携の再構築が問われる。さらに、四つ目の課題は、感染症災害予防対策、つまり安全対策の強化である。常に感染症災害に備えた活動が求められ、例えば災害防災省構想のように災害対策の常態化が課題となる。五つ目は、第一期で取られた有効な感染症災害対策としての緊急事態対処に関して民主主義国家の在り方が問われた。例えば、中国のように強い国家権力による国民の行動規制によって感染を効率よく食い止めることができた事例から、災害に強い国家の在り方が課題となり、感染症災害に対して民主主義国家は脆弱であるという問題提起がなされる。つまり、21世紀社会の未来では、民主主義文化が存続することが出来るかという深刻な課題が問われている。
三つ目に挙げた感染症災害によって被害を受けたサプライチェーン等の復旧と再構築に関する課題であるが、パンデミックを引き起こした原因として経済や文化活動の国際化がある。世界規模の人とモノの世界規模の流れはもう止めることができない。経済活動の国際化は、市場原理に基づく消費拠点や生産供給拠点(サプライチェーン)の国際化によって成立している。そこで、人や物の移動制限を必要とした感染症対策が国際化した経済システムを直撃し、海外のサプライチェーンに依存する国内経済は大きな打撃を受けた。そこで、第二期では、まず第一期で受けた国内経済のダメージを回復しなければならない。これまで通り、経済成長を基調とする経済政策によって経済復旧や復興が行われる。その一つに、これまでのサプライチェーンの復旧である。さらにもう一つは、これまでのサプライチェーンの在り方を見直し、経済安全保障の視点を取り入れ、海外の一カ所に集中しているサプライチェーンを多くの国に拡散させ、リスク分散型サプライチェーン体制や国内サプライチェーンの構築が検討される。
また、二つ目に挙げた課題であるが、経済文化の国際化した世界では、一国による解決は不可能で、その解決も国際社会との共存を前提にして行われることになる。そのため、国際的な感染症対策が求められる。世界のすべての国へワクチンが普及しない限り、感染症災害を抑えることは出来ない。今回のCOVID-19パンデミックは国際的な防疫安全保障体制の必要性を問いかけた。そのため、国際協力を前提とした健康安全保障体制が課題になるだろう。
そして、四つ目に挙げた民主主義国家の在り方に関する課題について最後に述べる。感染症災害対策の抱える政治的課題として、民主的手段を前提とした非常事態対処の必要性が述べられた。民主国家では、国民の協力なしには非常事態対処による感染防止策は出来ない。そのためには、国は感染症災害対策に関する情報を公開し、国民の意見が反映される対策を行う必要がある。国民総動員で感染症災害に立ち向かう制度を作り、人的資源や社会資源をそこに総動員して敏速なそして徹底した感染症災害対策が実現する。そのためには、市民参画型の災害対策の制度が求められる。
2-4、第三期 持続可能な人類共存社会の課題
第三期とはCOVID-19パンデミック災害が終息したポストコロナの時代のことを意味する。第二期の課題を延長展開することによって第三期の課題が決定される。つまり、その課題は大きく分けて五つある。一つは、第二期で取り上げられた国際的な防疫安全保障体制の確立に関する課題の発展的展開である。二つ目は、市民参画型の災害対策の制度の確立と展開である。三つ目は感染症災害の基本原因である地球規模の環境破壊を食い止める国際的活動の展開と世界的な制度の形成である。四つ目は、上記の課題を解決するために我々の生活様式や経済活動を根本から変革しなければならない。現在の新自由主義に基づく資本主義経済を続けることは出来ない。つまり、新しい資本主義経済、例えば公益資本主義等、新しい経済活動や生活文化の形成が求められている。五つ目は、これらの変革を進めるためにはこれまでか巨大科学技術文明を牽引してきた思想、科学主義を超える科学技術哲学が求められている。以上、第三期の五つ課題が提起された。同時に、これらの課題は、21世紀社会の課題であるエネルギー問題、食料問題、経済・教育・健康格差問題、人びとの生存権、持続可能な民主主義文化等々の課題と関連している。つまり、第三期の感染症災害対策では、これまでの経済、社会、生活文化の価値観が根本から問われることを前提にして展開されることになる。
3、わが国の第一期感染症第外対策に関する点検
COVID-19のパンデミックは現在進行中であり、要約ワクチン接種がはじまった日本の感染症災害の段階は上記した第一期である。当然、感染症災害は終焉していないため、この感染症災害の全体的な分析は不可能であが、国民へのワクチン接種によって第一期の最後に来ていることは疑えない。その意味で、第一期に関しては資料を集めることが可能である。ここでは、データに基づく実証的研究方法から、第一期の日本政府、日本社会のCOVID-19大流行(パンデミック)に関する政策の調査と検証を試みる。
3-1、中国武漢市での非定型性肺炎患者が発生から法令交付・施行まで経過とその検証
日本の感染対策初期対応に関して、論文「COVID-19初期対応の検証」( )やアジア・パシフィク・イニシアティブ(API)『新型コロナ対応 民間臨時調査会:調査・検証報告書』( )や論文「新型コロナウイルス感染症への対応:問題点と課題」( )とその他多くの資料に基づき時系列にしてそれらの経過を簡単に述べる
A、中国武漢市での非定型性肺炎患者が発生から法令交付・施行まで経過
☆2019年12月はじめ(12日から29日まで)に中国湖北省武漢市で非定型性肺炎患者が発生( )( )
- ☆2019年12月31日、武漢市行政当局は武漢での肺炎について「ヒトからヒトへの伝播の重大な証拠は認められておらず、医療従事者の感染も報告されていない」という公式発表。
- ☆2020年1月5日、厚生労働省検疫所(FORTH)は「Disease outbreak news」で発信:WHO中国事務所に中国湖北省武漢市で検出された病因不明の肺炎患者の事例が通知され、ヒトからヒトへの伝播の重大な証拠は認められておらず、医療従事者の感染もないと報告された。
- ☆2020年1月10日、論文で発表されたウイルス遺伝子の全塩基配列が、復旦大学(ふくたんだいがく)とシドニー大学の研究者によって国際的な遺伝子データバンクに登録される。
- ☆2020年1月14日、武漢市当局は「ヒトからヒトへの感染の可能性は排除できない」とし、WHOも「家族間などの限定的だがヒトからヒトに感染する可能性がある」ことを認めていた。
- ☆2020年1月15日、国内における新型コロナウイルス感染患者1例目を確認
- ☆2020年1月16日、厚労省は新型コロナウイルスに関連した肺炎患者の発生についての報告の中で、「WHOや国立感染症研究所のリスク評価によると、現地店では(略)家族間などの限定的なヒトからヒトへの感染の可能性が否定できない事例が報告されているものの、持続的なヒトからヒトへの感染の明らかな証拠はありません」と発言。
- ☆2020年1月17日、『新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーとなる専門家の一人が朝日新聞』の取材に答え、感染症はヒトからヒトへの感染があったとしても限定的で、インフルエンザやはしか(麻疹)などに比べて感染の確率はとても低いので、現地(武漢)で市場に行ったり、野生動物に触ったり、患者に接触したりした人は特に注意が必要だが、インフルエンザと同じような対策をとればよいと発言。
- ☆2020年1月21日 新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する関連閣僚会議の第1回会合を開催。
- ☆2020年1月23日電子版で論文(中国研究者による解析結果を1月5日にプレプリント論文としてbioRxivに記載したもの)が公表され、その後、Nature に掲載。
- ☆2020年1月22日から23日、WHOが緊急会議を開催し対応を協議。PHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)宣言を見送る。
- ☆2020年1月23日 中国・武漢市は市外への感染症の拡大を防止するために空港や鉄道などの運行を停止、都市封鎖に踏み切る( )。
- ☆2020年1月26日、安倍首相が武漢市滞在者の希望者全員の帰国に向け取り組みむと表明。
- ☆2020年1月26日、茂木外相が中国の王毅(オウ・ギ)国務委員兼外交部長と新型コロナウイルス感染症への対応等について電話会議。
- ☆2020年1月28日、新型コロナウイルス感染症を感染症法第6条第8項の「指定感染症(病原体では二類相当)に指定する法令および検疫法第2条第3号の「検疫感染症」に指定する政令が閣議決定。2020年2月1日に施行( )
- ☆2020年1月28日、厚労省、厚労相を本部長とする新型コロナウイルスとその感染症への対策に関する厚労省対策推進本部を設置
- ☆202年1月29日、武漢からの帰国用チャーター便第1便が日本に帰国(2月17日までに計5便)
- ☆2020年1月29日 The New England Journal of Medicine に、未知のコロナウイルスが分離されたことが発表される。中国疾病対策予防センターがウイルス遺伝子を解析し、全塩基配列を決定したというのだ。SARSコロナウイルスともMERSコロナウイルスとも異なる新型コロナウイルスを2019-nCoV(SARS-CoV2と現在改名)と名づけた。
- ☆2020年1月30日、WHOがPHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)を宣言し、新型コロナウイルス感染症対策本部の第1回会合を開催。
この期間で課題
1、中国武漢市での非定型性肺炎患者が発生
2、武漢市行政当局の誤った情報とその修正
3、中国研究者の論文発表による病原体ウイルスの解明と症例報告による新型コロナウイルス感染症の臨床的データの公開、論文で発表されたウイルス遺伝子の全塩基配列が、復旦大学(ふくたんだいがく)とシドニー大学の研究者によって国際的な遺伝子データバンクに登録
4、厚労省とその機関に所属する専門家は新型コロナウイルスに関連した肺炎患者の情報を正確に把握していたかという疑問。
5、新型コロナウイルス感染症対策を感染症法の規定する「指定感染症(二類相当))に指定、さらに、検疫法の「検疫感染症」に指定した。この対応は正しかったかという疑問。
B、何故、中国発情報の検証が出来ないのか
中国武漢市で流行拡大する非定型性肺炎に対してヒトからヒトへの伝播の重大な証拠は認められないという武漢市行政当局の発言はあったものの、一方で、2019年12月から中国の研究者からは様々な情報が発信された。そして、2020年1月初めには、ウイルス性状の解明、診断方法の開発、治療約の検索、ワクチン開発などの研究・開発に必要なウイルス遺伝子の全塩基配列の情報も出されていた。世界各地ではそれらの情報を基に感染症体対策の急展開が準備されていた。しかし、日本では、中国の情報の検証、そのリスク評価が十分に行われなかった。そのため、感染症の専門家が「インフルエンザと同じような対策をとればよい」とマスコミに報道していた。ここで問題になるのは、感染病に関する情報収取力、それらの情報に関するリスク評価力、また中国やWHOの政治的な動きに対する解釈・評価力、そして敏速な感染症対策能力である。
日本に比べ台湾と韓国はすばやい対応をした。例えば、「台湾は中国の公式発表のあった2019年12月31日には公式に対策を開始し、1週間後には必要な準備を整えていた。韓国では初めの感染者が発生した1月20日からわずか1週間で、検査キットの開発と生産をメーカーに発注し、その2週間後には1日あたり10万キットの生産に成功していた。」( )
中国がSARS対応への国際的な批判を受けた時、中国政府は感染症対策に関してWHOをはじめとする世界各国、特に米国との間に緊密な協力体制を構築した。そして、「H5N1型など高病原性強毒型鳥インフルエンザに由来する新型インフルエンザや、SARSの再来を含む新興・再興感染症の発生が危惧される事態が続いて、パンデミックへの危機が高まる中で、中国はその中心として大きな国際貢献を果たした。」( ) 中国の感染症対策能力向上をサポートした米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention、アメリカ疾病予防管理センター)は、膨大な予算と人材を中国に投入し、支援・指導を行い、中国の感染症流行対策能力を向上させていた( )。 例えば「北京に置かれたCDCの支所には延べ200名を超える専門家が派遣され、400名以上の中国側スタッフを教育・訓練するとともに、中国各地の研究所への技術指導や感染動向の監視、情報収集・評価・共有に従事していた。」( )
日本はWHO/CDC計画に参画し、中国、東南アジア諸国等、パンデミックへの準備・対策計画の構築と国際協力体制の構築に尽力してきた。その分、日本にも中国の情報が入っ来た。しかし、トランプ政権になって米中関係が後退し、遂に2019年7月、CDC北京支所は閉鎖。その結果として、米国は、武漢の肺炎に関する初期情報を把握できなかった。それどころか、現地に調査団も派遣出来なかった( )。結果的に、日本もCDCから中国武漢市の非定型性肺炎流行の正確な情報が入手できないため、中国からの情報の検証やその正しいリスク評価の前提がなかったといえる。
C、危機管理意識の欠如と根拠なき楽観主義の原因
2000年になって、三つの感染症災害、パンデミックがあった。一つは中国南部の広東省を起源として発生したSARS(重症急性呼吸器症候群: severe acute respiratory syndrome))である。2002年11月16日の中国で感染が確認され、32の地域と 国にわたり8,000人を超える症例が報告された。 台湾の症例を最後に、2003年7月5日にWHOによって終息宣言が出された( )。幸いにも日本では流行はしなかった。二つ目は重症呼吸器感染症を引き起こすMERS(中東呼吸器症候群)である( )。MERSは2012年9月以降、サウジアラビアやアラブ首長国連邦など中東地域で広く発生している。韓国で大流行したが、日本には入ってこなかった。三つ目は2009年のH1N1型新型インフルエンザ( )のパンデミックである。この「ウイルスの病原性は比較的低く、また、以前、季節性インフルエンザとして流行していた同じH1N1亜型のウイルスと抗原性が類似していた。そのため多くの人が交差性の免疫記憶を獲得していた結果、小児や弱年齢層を除き、感染患者の健康被害は小さくて済んだ。」( ) とは言え、「日本国内でも発生後1年で約2千万人が罹患し入院患者や約1.8万人だったが、死亡者数は203人・死亡率は0.16に止まった(2010年9月末時点)。これは欧米やメキシコなどに比べて1/3~1/26の低さである。」( )
つまり、2009年のH1N1型新型インフルエンザはかなりの国内感染があり、203名の犠牲者を出したががそれは感染流行をした他の国々に比べれば少ないものであった。つまりこれまで日本は感染症災害で大きな被害を受けたことがなかった。そのため、感染症災害、パンデミックに関して危機意識がないと言える。このことが、今回のCOVID-19感染症に対する対応に現れたと指摘する科学者もいる。災害の多い日本で、災害に関して危機意識がないと言うことは不思議である。地震や台風のような災害に対する政府の取り組みは世界でも一流である。しかし、感染症災害に関しては危機意識がないのは、感染症によって災害が起こるという意識がないと考えられる。
そればかりでなく、政府・厚労省やそれに関係する専門家の中には、新型コロナウイルス感染症に関する根拠なき楽観主義があった。例えば、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーとなる専門家の一人が感染症はヒトからヒトへの感染があったとしても限定的で、インフルエンザやはしか(麻疹)などに比べて感染の確率はとても低いと社会に情報を発信したのはその一つの事例である。多くの専門家が調査もせず、中国の情報をそのまま鵜呑みにし、そして、過去の手痛い経験を忘れ、根拠のない楽観的な考えを持っていたのではないかと思われる。この根拠なき楽観視の背景や構造を調査・分析する必要がある。
3-2、感染危機管理の法的体系と特措法改正
A、感染拡大、非常事態宣言と新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正適用
- ☆2020年2月1日、新型コロナウイルス感染症(二類相当)を指定感染症に指定することで、14日以内に湖北省の滞在歴がある外国人又は湖北省発行の中国旅券を持つ外国人に対して、入管法に基づき入国拒否の措置を開始。
- ☆2020年2月3日、横浜・大黒ふ頭沖に停泊するダイヤモンド・プリンセス号に対し、臨船検疫(検疫区域に停泊している船舶へ検疫官が乗船し行う検疫)を実施( )。
- ☆2020年2月11日、病名を「COVID-19」と命名( )
- ☆2020年2月13日、国内初の新型コロナウイルス感染症による死亡者。
- ☆2020年2月13日、政府対策本部で「新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応」を決定。
- ☆2020年2月14日、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議( )を設置、16日に第1回会合を開催。
- ☆2020年2月24日、専門家会議が「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解」を発表、「これから1-2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」との見解を示す。
- ☆2020年2月25日、政府対策推進本部で「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を決定。
- ☆2020年2月25日、厚労省対策本部事務局に「クラスター対策班」を設置。
- ☆2020年2月27日、政府、3月2日から小中高校等の臨時休校を要請。
- ☆2020年2月28日、北海道知事が緊急事態宣言。道民に週末の外出自粛を要請。
- ☆2020年3月5日、習近平中国国家主席の国賓訪日延期を発表。
- ☆2020年3月6日、検疫の強化(中国・韓国からの入国者に14日間の待機要請、査証の制限等)を閣議了解。3月9日より施行。
- ☆2020年3月9日、専門家会議が「新型コロナウイルス感染症の見解」を発表。「3密」回避を呼びかける。
- ☆2020年3月10日、政府対策本部で、「緊急対応第2弾」を決定
- ☆2020年3月10日、新型インフルエンザ等対策特別措置法( )の一部を改正する法律案を閣議決定。
- ☆2020年3月11日、WHOがパンデミック宣言。
- ☆2020年3月13日、新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律が成立。翌14日に施行。
- ☆2020年3月26日、新型コロナ感染症を指定感染所として定める政令等の一部を改正する政令が閣議決定、交付。翌27日に施行。
- ☆2020年3月26日、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、新型コロナウイルス感染症対策本部を設置。
- ☆2020年3月27日、新型インフルエンザ等対策有識者会議基本対処方針等諮問委員会(第1回)
- ☆2020年3月28日、政府対策本部で「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を決定。
- ☆2020年4月1日、入国拒否対象地域として、アジア、大洋州、北米、欧州、など48ヵ国を追加・検疫の強化。
- ☆2020年4月7日、政府は感染が拡大している7都府県を対象に緊急事態宣言を5月6日まで発出。
- ☆2020年4月16日、緊急事態宣言の対象を全47都道府県に拡大。東京都など13都道府県は「特別警戒都道府県」に指名。
- ☆2020年5月7日、厚生労働省 レムデシビルを特例承認
- ☆2020年5月25日、緊急事態宣言を全国で解除。安倍首相は会見で「日本モデルの力を示した」と発言
- ☆2020年6月24日、西村コロナ担当相、専門家会議の廃止を発表
- ☆2020年7月6日、新型コロナウイルス感染症対策分科会(第1回)
この期間で課題
1、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正と活用の背景
2、多様な対策会議の存在
3、ダイヤモンド・プリンセス号での防疫・感染者救済処置の検証
4、この間の主な感染症対策(水際対策、三密、マスク、行動自粛)「日本モデル」の検証
B、対策機能の厚労省業務から官邸中心への移行
「感染危機管理の法的体系では感染症危機管理4法(①感染症、②検疫法、③新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)、④予防接種法)に加えて、出入国管理及び難民認定法(入管法)や、国際保健規則(IHR、International Health Regulations)も重要な機能を果たしている。」( ) 新型コロナウイルス感染症への感染危機管理対策での法的対処について調査・検証する必要がある。
初動段階では、政府は1月28日に新型コロナウイルス感染症を「感染症法」に基づく「指定感染症(二類相当))に指定し、また検疫法の「検疫感染症」に指定した。しかし、検疫法の第2条第3号で規定されている「検疫感染症」は、隔離・停留の対象にされていなかった。当時、感染者が増加していた湖北省や浙江省から入国拒否の法的措置が必要があった。感染症(二類相当)を指定感染症に指定するで、入管法に基づき入国拒否の措置が可能になった。また、2月3日に横浜・大黒ふ頭に感染者が乗船しているダイヤモンド・プリンセス号が入港しようとしていた。感染の疑われる乗客や乗員を船内に保留させておく必要があった。そこで、新型コロナウイルス感染症を改めて「検疫法第34条に基づく感染症」に指定し直し( )、2月13日公布、翌14日に施行することで、乗客や乗員を船内に隔離・停留が可能になった。( )
しかし、初動段階では政府は新型コロナウイルス感染症を「新感染症」と認知し新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)( )を適用しようとはしなかった。その理由は、「(中国なのの遺伝子解析で)新型コロナウイルスだと分かっているので、同法の“新感染症”ではない」( )ということであった。「このおような判断・解釈には厚労省の主張が反映していた。とりわけ、保健所行政を含めた多くの医官・技官の理解・認識では、新型コロナウイルス感染症は、インフルエンザとも新感染症ともみなされなかった」( )。新型コロナウイルス感染症が「感染症法」の対象である場合、その対処・管轄は厚労省で行われる。もし、新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)に適用されれば首相がそれを行うことになる。
この間、感染拡大は止まらなかった。感染抑止のためのより強い対応や措置が求められていた。そこで、新規の立法措置は時間的・組織的な余裕がないため、新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)を活用・改正することで緊急事態に対応できる法的手段を確立することを官邸(安倍首相)は2020年3月10日に閣議決断した。( )
感染対策の司令塔を厚労省から官邸へ移行しなければならない理由は明確である。危機管理対策で緊急に取り組まなけならないCOVID-19に対して行うべき総合的政策は厚生労働省の機能を超えた課題である。感染症の範囲にCOVID-19対策を限定していては到底求められる緊急事態対処に応じることはできなかった。このことが感染拡大第1波で明確となり、取り分け、感染が広がりつつある北海道や首都圏からの要請に答えなければならなかった。そのため、初動段階で新型インフルエンザ等特別措置法(特措法)の適用を行うべきだった。仮に、2012年に制定された特措法が今回の感染症対策に対して不十分・不適当な条文等があるなら、適用のなかで改正することもできた。
何故なら、「特措法は、SARS、鳥インフルエンザ、2009年のH1N1パンデミックの反省にもとづき、2012年に成立した法律である。それまで日本にはパンデミックの際に国全体の社会的危機に対処する法律がなかった。感染症危機管理には、厚労省中心の保健衛生問題への対応のみでは限界がある。首相が責任者となり、政府全体、自治体、関係機関・事業体から民間組織、国民全体が一丸となって、国民の健康と安全、社会活動、経済活動の危機を乗り切るための、国家危機管理の基本的な法律である。」( )
また、「政府行動計画が特措法にもとづいて策定され、関係各署でも担当業務に関する「行動計画」がすでに作成されている。想定される最悪のしなりをにも対応できるように、普段から必要な事前準備、発生時における緊急対応、さらには終息後の回復について、具体的な行動計画を示し、いつでも即応できるように準備態勢を確立・維持・改定することが規定されている。想定される様々なシナリオに応じて事前準備と緊急対応の選択肢が示されているため、実際の事態の推移から、最適な選択肢を選べばよいようになっている」( )のである。
問題は、すでにある感染災害対策のための立法資源・特措法を活用することを躊躇った政府・厚労省の意図が何であったかを当時の資料を基にして調査し、また分析しなければならない。
C、日本モデルの評価・検証
C1、国民の自主的な外出・移動の自粛要請
政府は2020年4月16日に全ての都道府県への緊急事態宣言を約1か月10日後の5月25日に解除した。4月15日(宣言発出前日)の感染確認者数は544人であったが、5月24日(宣言解除前日)は40名であった。感染拡大を食い止めることが出来たとし、安倍首相は会見で「日本モデルの力を示した」と発言した。日本の、国民の自主的な外出・移動の自粛、ソーシャルディスタンス等3密回避行動、マスク着用を主な感染拡大抑制策は海外からも驚きと高い評価を得た。個人主義と自由主義を精神文化とする欧米人にとっては強制力(国権による)がなくても、人びとが自らの行動を抑制する日本の精神文化を驚きの眼差しでみていた。これが「日本モデル」として国内外で語られた感染対策成功事例であった。しかし、国民の自主的協力に依存して行われる感染拡大抑制策は第1波の感染拡大期ではある程度有効に働き、日本モデルと賞賛されるかもしれないが、第2波、第3波と繰り返し生活行動や経済活動の自粛要請を受け、生活に支障を来し、経済活動が阻害されるなら、国民の賛同を得ることはないだろう。( )
アジア・パシフィク・イニシアティブ(API)『新型コロナ対応 民間臨時調査会:調査・検証報告書』第4部 総括と提言:「日本モデル」は成功したか:学ぶこと学ぶ責任」 (pp412-432), で 2020年10月以前、第2波感染拡大が終焉する時期までので日本モデルに関する評価がなされている。当然のことであるが感染症対策の学者・研究者を中心とする「専門家チーム」は感染抑止政策を優先させる。初動から影響力をもって感染症対策に携わってきた専門家チームの影響は大きく、例えば、西浦博(当時北海道大学大学院教授)が人と人との接触機会を減らす対策を全く採らない場合、約42万人が死亡する可能性があるとの試算を発表した。その試算モデルや前提条件等をめぐり激しい議論が起こった。日々の経済活動の抑制を迫ると評価された専門家チームへの反発が生まれた。元々、専門家チームは政府に対する助言チームであり、政府の政策をサポートする集団である。専門家が「科学的見地に立って助言することと政策が必ずしも一致することはない。もし、専門家の助言に反する政策決定を行う場合には、政府はそれに対する説明責任を果たすべきである。社会的使命感に駆られ、科学的見地のみに立って提言する専門家の貢献を無視してはならない。また、政府は経済優先の立場から彼らを批判する国民の一部の人々からも彼らの科学者としての立場を守るべきである。しかし、2020年6月24日、西村コロナ担当相、専門家会議の廃止を発表した。同時に、専門家チームの中でも、今後、政府への忖度を前提にして提言することを宣言する集団とそうでない集団とが分かれたように思えた。そして、政府は、感染症対策専門家だけでなく経済政策を含める多様な専門家を集め、新型コロナウイルス感染症対策分科会を立ち上げ、2020年7月6日にその第1回目の会合を開いた。
C2、自治体の多様な感染症対策と国の感染危機管理政策
感染症対策の基調を感染法による指定感染症対策とするか新型インフルエンザ等特別措置法(特措法)とするかで、対策は根本的に変わる。
特措法は、SARS、鳥インフルエンザ、2009年のH1N1パンデミックの反省にもとづき、2012年に成立した。つまり、特措法はパンデミックの国家的危機に対処するための法律である。感染症危機管理は、医療、公衆衛生、防疫等々の国民の健康を守る行政機関である厚労省の常時のシステムのみの対応には限界がある。何故なら、感染危機管理は厳しい状況では交通遮断や地域社会や町のロックダウンまで視野に入れなければならない。さらに学校等の休校措置、営業活動の禁止等々、経済活動や生活文化活動への犠牲を強いる場合もある。その時、被害を受けた国民への補償も課題となる。国全体が取り組み始めて感染危機管理は可能になる。従って、それを前提にして成立施行している新型インフルエンザ等特別措置法では、国(首相)が責任者となり、政府全体、自治体、関係機関・事業体から民間組織、国民全体が一丸となって取り組むための国家危機管理の基本法である。( )
新型コロナウイルス感染症を新感染症」とすることでCOVID-19感染拡大への対応は特措法で行うことができた。しかし、政府は特措法を適用せず、感染法にもとづいて指定感染症(2類相当)に2020年1月28日に指定した。COVID-19が指定感染症(2類相当)のため、感染症の診断・治療に関わる医師はその情報を保健所に届け出る義務、感染症の発生・動向・原因の調査、入院、移送、健康診断に関する規定、罹患者の就労制限が課さられることになる。医療費は国がもつためも感染者(罹患者)の負担はない。また、これらの業務のほとんどが、保健所の仕事となる。言い換えると、感染が拡大すれば、地方自治体の保健所業務の負担の増大が問題となる。実際、第1波の感染拡大から保健所業務は逼迫し、第2波では破綻している所も発生していた。
他方で、地方自治体が多様な新型コロナウイルス感染症対策を取ることが出来た。例えば、2020年2月17日、加藤厚労相が「風邪の症状や37.5℃以上の発熱が4日以上続く場合は帰国者・接触者センターに相談するように」と国はPCR検査を制限した。しかし、「2月中旬にクラスターが見つかった和歌山県においては、知事の判断で保健所の積極的疫学検査の対象」となた。徹底したPCR検査を実施し、3週間後には「安全宣言」を出した( )。 それ以外にも、北海道の鈴木直光知事の2月28日の法的根拠を無視した「緊急事態宣言」。大阪府の吉村洋文知事の数値で示す感染状態判断基準等々、感染対策が持ち出されて来た。その現場での細かい対応を評価する半面、地方自治体間の対応の違いによる不要の混乱や軋轢はさけなればならない( )と指摘されている。
また、有事の緊急事態には政府・自治体などが一丸となった緊急性が求められるため、新型インフルエンザ等特別措置法による対応が、業務が厚労省管轄内にとどめおかれかつその業務が地方自治体の保健所に集中する感染症法(定感染症)による対策より、現実的であるという見解もある。今後、COVID-19が指定感染症として感染症法で管理された経過、また、その後、新型インフルエンザ等特別措置法への適用をめぐり課題になった経過を調査し、検証する必要がある。
COVID-19を感染症法で取り上げるのか、もしくは新型インフルエンザ等特別措置法で取り上げるのかに関して、原田博夫はCOVID-19が「指定感染症第二類」に指定されたことによる4つのメリット(1,強制隔離(強制入院)2、入院費が公費負担 3、届け出が義務となることで正確な全数把握が可能 4、濃厚接触者の把握が容易、5、医療従事者の感染リスクが減る(対応を感染症指定医療機関に限定することで、医療従事者の感染リスクが下がる)とCOVID-19が「指定感染症第二類」に指定されたことによる三つのデメリット(1、感染者が増えると感染症指定医療機関に負担がかかる 2、感染症指定医療機関以外の病院で警戒が緩むことで感染リスクが高くなる 3、軽症患者の自由な行動が制限される)( )を挙げて、それらを評価している。
3-3、第一期対策の基本から観るわが国の対処の評価と点検
A、感染拡大によるクラスター対策の限界
2020年2月段階から今日まで、日本での感染対策の基本は国民の自主的行動自粛とクラスター対策である。医療機関で感染者を確認したら、保健所へ届けなければならない。保健所は感染者の聞き取り調査を行い、行動経路や接触者(濃厚接触者)を知らば、それらの人々のPCR検査を行う。その時、感染小集団の発生(クラスター)を見つける場合もある。その場合、クラスター感染者は他の誰に伝播したかを追跡する調査(前向き調査)と、逆に、そのクラスターに誰が別のクラスターから感染を持ちこんだかをさかのぼって調査する(後ろ向き調査)がある。この線状に広げて感染者を調査する手法には大人数の調査員(保健所職員)が必要となる。また、感染は面上に広がり、特定地域で不特定多数の人々が感染経路不明のまま見つかる場合、この調査は難しくなる。
B、無症状感染者と不顕性感染者の存在
今回のCOVID-19の感染症の特徴として、無症状感染者や不顕性感染者が存在することである。このようなケースはSARSでは見られなかった。また、SARSの潜伏期の患者はウイルスを排出せず、発症後5日から感染源となる。そのため、発症者の確認がより安易に出来、またその隔離・接触回避も出来る。そのため、SARSでは短期間に感染の封じ込めができたし、その結果、パンデミックの危機は回避されたとも評価されている。
しかし、COVID-19では2020年1月下旬の中国の臨床報告からも、無症状に終始する感染者が多数存在することが伝えられている。しかも、これらの不顕性感染者もウイルスを排出し感染源となっていることが報告されている。また、症状発症者でも発症の約3日前(症状がない)から他人への感染力をもつこともわかってきた。このことは感染防止や制御が極めて困難であることが報告されている。つまり、症状を示す感染患者を指標としてクラスターとその濃厚接触者を追跡するクラスター対策では、不顕性感染や潜伏期の患者との濃厚接触者への検査が出来ない。その分、ウイルスを封じ込めるのは不可能となる。
C、増えないPCR検査
「日本の新型コロナ対策の最大の敗因はPCR検査を制限したことになる。ウイルスを排出している不顕性感染者や潜伏期の患者が存在する以上、検査なしには、誰が感染しており感染源となり得るかはは不明である。積極的な検査体制を構築し、検査を繰り返して感染者を見つけ出しては接触を断ち、保護して有効を抑止して行く政策が必要不可欠であったはずだ。」( )
PCR検査の感度と特異度が100%でないので、検査を増やすと為陽性者が増え、医療崩壊がおこることがPCR検査を積極的に増やさない理由であると労働省の作成した内部秘密文書の補足資料で述べられている。また、検体採取やPCR検査を行う人員の不足、行政検査の限界等々が挙げられている( )。
また、専門家会議副座長尾身茂博士(当時)は2020年5月4日の会見で、PCR検査が拡充されなかった理由について以下の3点を挙げた。
1,地方衛生研究所は行政検査が主体であり、新しい病原体について大量の検査を行なう体制は整備されていない。
2、SARSやMERSなどは国内で多数の患者の発生などはかく、日本でPCR検査能力の拡充を求める議論は起こらなかった。このような状況下で今回の新型コロナウイルスが発生し、重症例などの診断のために検査を優先せざる得なかった。
3、PCR検査の民間活用や保険適用などの取り組みを講じたがすぐには拡充は進まなかった。
検査・隔離は公衆衛生学の基本概念である。この公衆衛生の原則・常識を否定することは出来ない。しかし、他方で、徹底したPCR検査を不要と考える医師もいることは事実である。とは言え、国民全体の医療や公衆衛生に責任をもつ政府が、何故、PCR検査を抑制するのか、その理由を明らかにしなければならない。
D、病原体の遺伝子、感染媒体、感染症の病理的特徴に関する情報
未知の病原体である以上、その病原体の微生物学的分類や解明、遺伝子解析とその解明、また感染媒体や感染経路の疫学的特徴、さらに感染症の病理的特徴に関する情報が必要となる。COVID-19感染症の場合、中国の医学論文がそれらの情報提供に大きく貢献した。COVID-19の遺伝子構造、症例、特に無症状の感染者の存在、年齢層による死亡率の違い、特に持病者や高齢者の高死亡率、肺炎の特徴等々、多くの情報が提供された。最初にCOVID-19感染症と闘った中国の医療従事者、科学者の努力に感謝しなければならない。彼らの治療、調査、研究の努力によって、ワクチンや治療薬の開発への基本的な知識や情報が提供され、検査キットの開発、検体方法、感染対策、防疫方法、臨床判断、治療方法等、初期の感染症対策が可能になった。今後、未知の感染症が発生する可能性は高い。そのために、基礎医学、分子生物学、分子遺伝学、生物工学、感染症臨床学等々の学問分野を発展させなければならない。それを可能にするのは大学や研究機関である。それらの研究教育に関する社会資源を充実させる必要がある。
E、ワクチン・治療薬の開発
第一期の危機管理の中で、ワクチンと治療薬の開発は最重要課題である。この最も優先される課題を、まず、第一期、つまり感染症の病原体の解明が分かり次第、始める必要がある。今回のCOVID-19でも、ワクチン開発をした国々では、初めからワクチン開発に巨額の投資をしえいる。例えば、COVID-19感染症に関するワクチン開発は、5月27日時点で、世界全体で125件の開発案件が報告されている。その中の10件がすでに人に直接投与する臨床試験まで進んでいると言われている。また、治療薬に関しては既存の治療薬で新型コロナウイスに援用可能なものを見つけ出すのが最も経済的である。しかし、同時に新薬の開発を進める必要がある。すでに、武田薬品工業は米CSLベーリングなど10社と提携協力しながら抗SARS-CoV-2高度免疫グロブリン製剤の開発が進み、2020年の夏には成人患者を対象としたグローバル試験を始める予定である。その他、米国の国際的な製薬会社であるイーライリリー・アンド・カンパニーによるSARS-CoV-2に対する抗体医薬「LY-CoV555」、米メルクによる抗ウイルス薬「EIDD-2801」、米ビル・バイオテクノロジーによる抗ウイルス抗体(VIR-7831とVIR-7832)等々、新薬の開発は進んでいる。
F、検査キッドと検査体制の確立
同じように急がれるのが、検査キットの開発と生産である。COVID-19の遺伝子情報が記載された中国の科学論文から、COVID-19の検査キットの開発は他の国でも可能になった。また、中国の医学論文からCOVID-19感染症の特徴が世界へと伝わった。それにより、他の国々で、逸早い疫学的対策が検討された。そして、COVID-19に対する検査キットは現在大量生産されている。また、コロナウイルスに限らず、RNAウイルスは変異を繰り返す。そのため、それらを検査するには、まず、病原体の遺伝子解明が必要である。そして、それを検査する試薬が開発され、検査キットの材料が出来る。これらの検査キットを感染症拡大する前に、大量生産しなればならない。こうした課題を解決する条件として、それぞれの国の技術力や生産力が問われる。その意味で、常時の体制から健康安全保障の課題として、生物工学や分子生物学などの研究インフラの充実が求められる。
G、予測される危機的状況に対する公衆衛生・医療体制の確立
この段階では、公衆衛生や医療体制が崩壊しないための対策が急務である。そのために、現存する体制、組織、制度、資源の状態を精査しその限界を評価委分析し、予測される危機的状況に対する課題を明確にしておかなければならない。そして、改善対策をいち早く行うために必要なすべての対策、政策に至急取り掛からなければならない。例えば、今回、医療現場では、医療従事者が感染から身を守る最低限の防御、医療用マスク、感染防御服等々の不足が問題となった。それらの状況を解決できない状態で医療や福祉等の現場では混乱、集団感染の発生、それらの病院機能の停止という最悪の事態が起こっていた。特に、医療機関で集団発生が頻繁に起こっている日本の事例に関して詳細に調査しなければならない。そして、人工呼吸器等の重症患者の治療機器が全く不足したイタリアや米国、ニューヨーク州での医療崩壊の原因に関する調査も今後課題となる。その一方で、例えばベトナム、台湾や韓国等、医療崩壊が起こらない課題に成功した国々もあった。失敗した国々や成功した国々の第一期の公衆衛生や医療体制に関する対策を比較検討することで、第一期の最重要課題、公衆衛生や医療体制の危機管理にかんする課題をさらに分析することができるだろう。
まとめ、 最後に、これからの課題とは何か
今回の報告の第3章では、不十分ではあるが新型コロナウイルス感染症対策を中心とした課題に関して述べた。それらは、感染症災害としてのコロナ禍のごく一部の課題に過ぎない。そしえ、その課題の中のごく一部の私が短い時間の中で調べたものだけである。現実の第一期でのコロナ禍に関する事実は巨大に存在している。
また、第一期で生じたコロナ禍とは感染症被害のみでなく、その感染症被害とそれに対する政府や自治体、もしくは社会集団の対策の中で、新たに生み出された人権侵害、差別、経済格差、福祉、育児、教育、社会文化活動への打撃であった。これらの被害もコロナ禍の一部である。これらの課題こそが政治社会学会のテーマとなるだろう。
何故なら、パンデミックが引き起こす社会文化現象はすでにそれぞれの国や社会が所有している現実である。これらの現実は顕在化しないまでも潜在化した状態で社会の深層を構成している。従って、2020年2月から現在まで、日本でのCOVID-19パンデミック災害に於いて引き起こされた社会文化現象を、ある意味で貴重な社会学的資料として位置づけることが出来る。それらの社会文化現象はわが国の社会文化構造から生じたものであり、その社会文化の構造を分析するためには極めて貴重な資料であると言える。
これらの現象を調査することで、「現在の日本の社会」という実験装置で「COVID-19感染症」という「試薬」を使い、その化学反応(社会文化反応)を観察していると解釈できる。そのための装置とは文理融合型の研究方法であり、また、それを前提にした協働もしくは協同の研究活動である。高度な専門的知性を社会文化インフラとする21世紀の科学技術文明社会では、研究の在り方も変わらなければならないだろう。だが、どう変わるべきか、私たち政治社会学会は創設以来そのことを問いかけ、また、研究会の在り方を変革して来た。
こうした学会の努力や試みこそが、第1章「21世紀型災害としてのCOVID-19パンデミック災害」の中で取り上げた危機管理能力の土台を創るのである。学会が発展するためには、その学会の理念と多くの人々が参画できる学会運営を検討し、試み(実験し)、そしてそこから得られる貴重なデータ(成功・ポジティブ/失敗・ネガティブ)の分析と点検が必要とされるだろう。
知的コミュニケーションとしての、社会参加型活動としての、問題解決型行動としての研究活動のスタイルと方法が文理融合・総合的政策学を課題とする政治社会学会の活動の基本となるだろう。
文献資料
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- 高橋史弥(Fumiya Takahashi)「武漢市、事実上の封鎖措置。中国メディア「大きな代償」「感動的な一幕」と市民を激励」 HUFFPOST 2020年1月23日 https://www.huffingtonpost.jp/entry/wuhanmedia_jp_5e291713c5b67d8874ac9a73
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