2009年7月17日金曜日

我々はEUに何を学ぶのか

ヨーロッパ市民が求めるEU文化アイデンティティーとしての「平和と共存」

三石博行

Peace and coexistence≫ as an EU cultural identity as demanded by theEuropean citizen.

In our globalization society, a nation comprising of various races,cultures and languages forming its social milue is going to be bornand not in the form of a country supported by a pre-existing national identity। This is the magnificent experiment started by the EU.

When European citizens first began to call the two World Wars "our two Civil Wars", it was in order to relate them directly to thehistory of the formation of the United States of America by recalling the American civil war between its northern and southern armies almost150 years ago.

Thus it is necessary to agree via multiferious talks, not war, to evolve and develop the 《European United States》((United States of Europe)) as the formation of the European
citizen's cultural identity must be based in peace and thecoexistence.

Hiroyuki Mitsuishi


我々日本人は、1000年前からこの日本では日本語(少しは変化したが)が話されてきたし、これから1000年後も同じように日本語が話されるだろうと信じて疑わないだろう。しかし、この確信をいったい世界中のどれくらいの人々が持っているだろうか。
ヨーロッパから来た友人は、先祖、祖父の代ではフランス語でなくドイツ系の言葉を喋っていたといっている。彼の苗字もドイツ系だ。しかし、彼はドイツ系の言葉を日常的に喋ることはない。ドイツ語とフランス語は日本語の方言とちがい文法や単語も非常に異なっている。ゲルマン系の言葉からラテン系の言葉に同じ家族が3代で変わってしまう。こうした言語文化現象をわれわれ日本人は理解できないと思う。

国民国家の定義は、18-19世紀ヨーロッパで市民革命を経て成立した国家、フランス人とかドイツ人と呼ばれる同一文化と言語を持つ人々から成る国家を意味する。多様な言語文化が近代国家の国民教育政策で一つの言語文化に集約されていく。長い歴史の流れの中では、こうした地域の言語文化圏の変遷過程は珍しいものではない。
また、国際化社会では、多くの人々が海外で生活をする。日本人も外国に住み、そこで子供たちが成長する。もしくは、その地に永住してします。幸運にしてその国の国籍を貰えた人々の家族では、日本語を話す環境はそう長く続かない。アメリカでも日本語をまったく喋れない日系アメリカ人三世も多い。日本でも、ハングル語を喋れない在日韓国人三世や四世もいる。
主観的世界、自分の意識を中心とした世界から観れば言葉は非常に重要なものである。日本で生まれ、日本の学校教育を受け、日本語しか話せない在日韓国人にとって、自分が日本国籍を持っていないことが不思議であると思うだろう。

国際化時代では、同一言語文化を国や民族のアイデンティティーとして考えるこが困難になっているのだろうか。ヨーロッパ連合に参加する異なる言語文化圏の人々が、EUという新しい国家を目指すとき、何がそのアイデンティティーになるのでろうか。例えば、旧古代ローマ帝国の領地とかキリスト教文化圏ということがEU国民のアイデンティティーになるだろうか。EUが一つの合衆国として成立する過程で必要なEUアイデンティティーの基本が何かということは興味深い課題である。
ヨーロッパ評議会やヨーロッパ連合の形成の原動力となった二つの戦争を、今まで「世界大戦」と呼んでいたヨーロッパの人々が「市民戦争」と呼ぶようになった。それはアメリカの南北戦争を現在アメリカでは市民戦争とよんでいる歴史と重なる。あの戦争も、合州国家から合衆国家への変移を意味する。そう考えると、ヨーロッパ連合は連合国家から合衆国家の成立過程の一こまという仮説も成り立つ。EUは多言語を国語とするまったく新しい合衆国家を創る実験舞台にみえる。一言語文化をEU合衆国家の文化的アイデンティティーとしないなら、何がその合衆のアイデンティティーとなるのか。そこで二つの戦争を市民戦争として位置づけている考え方にヒントが与えられている。

つまり、それは平和と共存ではないだろうか。もし、この平和と共存が国家成立のアイデンティティーであると言えるなら、イギリスやフランスの市民革命が、その後世界史に大きな影響を与えたように、EU連合からEU合衆国家の成立も同じぐらい大きな影響を与えるだろう。それは過去の血と武器による革命運動でなく、話し合いと相互理解によって成立していく新しい平和共存の社会思想を我々に示すことになるだろ。
 
 
 
KNEU-No2 京都・奈良EU協会 会報第2号記載
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6. EU関係及びEU協会運動

6-1、生活運動としての国際交流運動

http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_14.html

6-2、日欧学術教育文化交流委員会ニュース配信
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_8507.html

6-3、文化経済学的視点に立った国際交流活動
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_26.html

6-4、新しい国際交流活動のあり方を模索して
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/06/blog-post.html

6-5、我々はEUに何を学ぶのか
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/07/eu.html

6-6、東アジア諸国でのEU協会運動の交流は可能か
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/09/eu.html

6-7、東アジア共同体構想と日本のEU協会運動の役割
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/10/eu.html

6-8、欧州連合国の成功が21世紀の国際化社会の方向を決める
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/21.html

6-9、Eddy Van Drom 氏のインターネット講座 ヨーロッパ評議会の形成史
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/10/eddy-vandrom.html

ブログ文書集「国際社会の中の日本 -国際化する日本の社会文化-」 から




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