2012年8月20日月曜日

金融資本主義、新自由主義的経済から脱却できる経済システムは可能か

1-1、新自由主義経済思想批判と生活経済主義の成立に向けて

脱資本主義社会経済システムは実現可能か

縮小社会研究会の課題(3)


三石博行



はじめに 


縮小社会研究活動が最初に問題視する課題の一つとして、世界的な経済危機の元凶である世界的金融資本主義経済がある。この経済規則は市場主義によって成り立っている。つまり、市場経済主義が現代の巨大な資本主義社会、集中大量生産と世界規模の流通経済を生み出した原因である。

しかし、この市場経済を廃止し、それに代わる新しい経済規則を取り入れることが可能だろうか。巨大な生産システムの形成の遺伝子とは、資本主義経済の基本、利益追求制度である。その形態が市場経済である。その意味で、市場経済の廃止とは資本主義社会の終焉を意味する。

縮小社会の課題は、この不可能に近い難問に答えられるのだろうか。そこで、問題の一つひとつを検討する作業に取り掛かった。今回は、市場経済批判の可能性に関する議論を行う。


市場経済主義批判の根拠 



世界金融資本による世界経済の危機 


現在資本主義社会はますます病的な金融資本主義や極端な市場主義(新自由主義的経済と呼ばれる)の傾向に傾きつつある。例えば、2012年2月のAIJ投資顧問会社の年金資産2,100億円が消えた事件などはその典型である。「120社の労働者の老後の生活」のために預かった年金資金は、「タックスヘブンで有名な英領ケイマン諸島を経由して香港に移転、そこから先どこに消えたかは判っていない。数名のAIJ経営者が刑事罰をうけたとしても、会社は清算され、2,100億円が戻ってくることはない」(1)。

また、国家を財政危機に追い込んだ歴史、ユーロ崩壊の危機を招いたギリシャ財政危機の背景にも、財政的根拠のないギリシャ国債の発行に加担した投資会社が存在している。食糧危機や国家財政危機、現代世界経済は巨大な金融資本の利益活動に翻弄され続けている。その活動を「市場の判断」として各国は為すすべを失い、巨大な投資マネーが一秒の100分の1を争う速度で通貨、株、先物取引、国債や社債の売買ゲームから得られる利益に群がっているのである。

過剰な市場経済主義(新自由主義的経済)によって、世界経済は混乱し、実質経済を無視した金融経済が情報化社会のシステムを援用しながら世界経済を支配している。商品の本来の意味、生活するための資源材料すら、貨幣と同じように、交換材となり、人々の生活に使われることを目的にして売買され流通しているのでなく、投資の材料となっている。そして、ジャスミン革命の原因となった北アフリカ、チュ二ジヤやエジプトでの食糧危機は発展途上国の国々を、異常気象による不作と相まって、襲おうとしている。

新自由経済的主義や金融資本主義によって、今、世界はかって19世紀から20世紀前半に列強と呼ばれた欧米の強国が跋扈した帝国主義の時代と同じように、金融資本主義によって利益収奪が繰り広げられている。

この金融資本主義経済は、生産、流通と消費による生産、流通、消費の経済循環サイクルによって形成される経済社会・生活文化資本の蓄積過程を生み出すモノ造りを代表する実態経済(使用価値を前提にした資本生産を生み出す経済活動)から、金融商品(交換価値しか持たない商品)の流通によって増殖する利益(金融商品)を生み出す金融産業を中心に成立する社会を形成することになる。

金融資本主義経済が世界を席巻している実態は、図1、世界のGDPと金融・資本市場の推移を見ると明らかである。世界中のすべての産業によって生み出されえる商品生産高よりも、金融資本市場での金融商品生産高は1995年には約2.5倍であったが、2010年になると約3.3倍に増加しているのである。まさに、新たな世界金融資本帝国主義が誕生しているのである。

図1、世界のGDPと金融・資本市場の推移














『朝日新聞』2012年2月29日 朝刊
Occupy の政治・経済学(3)-世界をおおう金融資本主義の来歴② 2012年3月16日 (金)
http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/occupy-1c09.html  


自由と平等の人間主義から資本主義経済は成立し発展してきた 


新自由主義的経済や世界規模の金融資本主義による世界経済の危機の起源は、資本主義社会の基本構造、つまり資本主義経済の歴史的な流れの中で必然的に準備されているともいえる。市場原理に基づく自由主義経済の延長線上に新自由主義があり、企業活動の基盤となる投資家の権利擁護を前提にして成立する株式制度、国民(市民)による株式投資等々の資本主義経済制度の秩序に由来するものである。その起源は、17世紀以来、市民革命を通じ形成されてきた自由や平等主義にたどり着くのである。

自由と平等の社会思想(社会契約思想)によって、社会経済活動の自由は保障され、市場経済活動は肯定される。この信条を確立するために、中世社会を支配していた禁欲主義を乗り越える哲学、つまり人間の自由や平等の尊厳、人権主義思想が形成され、それを社会理念とする社会契約思想が生まれた。

17世紀から続いたこの思想闘争の歴史の上に、資本主義の信念は確立しているのである。市民革命にいたる長い中世世界との闘争を通じて、自由や平等という資本主義に貫かれている信念によって、自由主義経済や市場経済が市民権を得る。言い換えると、資本主義経済活動は人間的欲望の肯定・人間主義(ヒューマニズム)から始まるのである。自由でありたい、豊かになりたいと言う人間的欲望によって社会経済が機能していることを市場経済と呼んでいる。


市場経済主義批判の限界 



脱資本主義経済制度・社会主義経済の挫折 


人間的欲望を積極的に肯定し成立する社会経済制度が資本主義である。従って、資本主義経済活動の発展進化形態として新自由主義と金融資本主義が形成される。それらの矛盾を解決するためには、資本主義を根本から見直し、資本主義経済制度を廃止する以外にないと結論されるだろう。しかし、すでに我々は、社会主義経済の名の下に市場経済を縮小し、計画経済による社会建設を半世紀間続け、結局、失敗した経験を持っている。

市場経済主義への批判が人間的な欲望の否定となることで、失敗をした20世紀の社会主義 経済、その残存、北朝鮮の現状、つまり、人々は豊かになるための欲望を抑え、利益を得ることは罪深い不当な行為として理解され、市場経済は不当な儲けを得る制度として社会から排斥される。

市場経済の排斥に成功している社会では、国家による統制経済、一党独裁主義が取られる。国民の経済活動や政治活動の自由を認めることはできない。国名に「民主主義」や「人民」という名が付いたとしても国家指導者の世襲制が行われ、選挙もない。国家の指導者は中世の王族のように軍事力や国家権力を独占している。それを支えるのは封建的価値観をそのまま維持しつづけている国民の社会観念である。

統制経済国家では資本主義的な経済発展は抑えられ、その意味で「縮小社会・生産力の少ない社会」は実現している。例えば、北朝鮮の政治経済制度が巨大科学技術文明社会や金融資本主義の病理構造を解決するための手段であるなら、日本のどの左翼もまた体制批判者達も、その解決策を選択することはないだろう。

つまり、社会主義経済の失敗の総括反省を抜きにして、現代の資本主義社会で生じている危機や病理構造の解決策、新しい政治経済理論の提案を行うことは困難であると言える。


金融資本主義、国際市場経済への流れを止めることは不可能に近い 


新自由主義的経済や世界規模の金融資本主義を行き過ぎた資本主義経済と理解し、その修正を試みることはできる。その代表がケインズ経済学である。社会民主主義政党が政権運営をしてきたヨーロッパの国々では、ケインズ経済学に基づく政策を取り入れてきた。

行き過ぎた自由主義経済を規制するために、公共経済を国民経済の充実を図るために、政府主導の経済政策によって、世界経済の推進力と評価されている国際市場の制限、自由貿易の規制、公共事業推進、国内資本の海外流出防止策等々、国家が積極的に市場経済に介入することが可能だろうか。

例えば、資本主義の発展形態として登場した金融資本主義、銀行資本と産業資本の一体化によって形成されてきた金融資本の巨大発展を阻止し、またその資本力を抑制することが出来るだろうか。

1990年代に起こった大手銀行や証券会社の倒産を防ぎ、世界の金融市場での日本の銀行資本の国際競争力を確保するために、政府は大規模な金融制度改革を1996年から始めた。この金融制度改革を日本版の金融ビッグバンと呼んでいる。三つの金融資本(銀行、証券と信託)の業務分野のすみ分け(銀行資本を他の金融資本から擁護、金融資本の独占化を禁止、中小企業や農業分野の保護のために取られていた規制)を廃止した。

この規制緩和を見直し、金融資本の巨大化を防ぐために、1996年以前の金融規制制度を復活させるとすれば、日本の金融資本は国際的な競争力を失い、倒産もしくは世界金融資本に吸収合併されるかもしれない。つまり、この規制緩和見直しは不可能であると言える。

この不可能さの理由は、国内の産業資本や金融資本のすべてが、国際市場の舞台で、経営活動をしているからである。日本津々浦々、どの田舎の家にも、中国製、韓国製、アメリカ制やヨーロッパ製の生産物が置かれている。また、同様に、世界のどの国に行っても、日本製の車や電気製品が売られている。今さら、貿易規制、極論すると経済鎖国を復活することはできない。

しかも、インターネットの普及によって商品情報は国境を超え全世界に流れる。それを防ぐことはできない。国際化する経済活動は情報社会に支えられ、世界全体の需要を前提に行われる。市場の国際化が経済活動の発展の要因となり、今日の経済発展が形成されてきた歴史の流れを止めることも、逆向きにすることも不可能である。言い換えると、資本主義経済に予めプログラムされていた進化の方向、市場の拡大を止めることはできない。

例えば、生物進化の過程から理解できるように、身体機能の進化が遺伝子プログラムに組み込まれているため、生態環境の変化によって、その個体保存が困難になる状況が生じる場合、その個体種は絶滅の危機に瀕することになる。

市場経済は資本主義制度の基本プログラムである。その市場経済によってその制度が産業資本主義、独占資本主義、金融資本主義と進化してきた。現在の国際金融資本主義経済や自由主義経済はその進化の結果である。

つまり、生物進化と同じように、資本主義経済の進化も、資源環境の変化によって、制度自体が崩壊する危機的状況が生じることになる。その危機から市場経済の制度を守るために、資本主義制度の修正が必要となる。もし、その修正に失敗するなら、制度自体が崩壊することになるだろう。


資本主義が選んだ矛盾解決手段としての戦争とその限界 


世界経済の危機の原因となりつつある国際金融資本主義が、このまま、金融市場経済が実態経済を上回る経済活動を続けるなら、実態経済は崩壊するだろう。つまり、市場経済の活動は人間の生活の豊かさを求める活動から、過剰化した貨幣による世界中の利益(利子)を得るために投資ゲームとなる。この投資ゲームによって生活経済が崩壊する時、市場経済は根本から見直されることになるだろう。

それとも、過剰な貨幣を消費させようとする社会現象が起こる。戦争はその一つである。戦争によって、これまでの生産物はすべて破壊される。それによって、戦後復興と呼ばれる新たな需要が生じる。過剰な貨幣はそこに吸収される。また崩壊した体制の貨幣は、そのままこれまでの価値を失い、デノミネーション(戦前の貨幣単位として存在した銭(100銭が1円)を廃止し円にするように、貨幣単位の切り下げ)が生じ、過剰な貨幣はそこでも消費されることになる。

現在、国際地域的な戦争によって、実際、過剰な貨幣の消費が進んでいる。代表例がイラク戦争である。そしてリビアもその例に入る。これらの国は石油資源を所有しているため、この国での戦争は、その後(戦後)生じる復興、つまり経済需要を満たす豊富な財源(石油)を持っている。それらの国々から生じる経済需要によって、過剰な貨幣は消費されるのである。

しかし、先進国は20世紀に行った二つの世界大戦による被害と戦後復興のために必要とされた巨額な経費を知っている。また、核戦争の危機も、国への致命的な破壊を生み出すことも理解している。そのため、極力、世界戦争が起こることを警戒している。それは、先進国自体の崩壊を意味するからである。

また、同時に資源枯渇問題がこれまで資本主義社会がその矛盾をリセットするために選んだ手段・戦争に対して警告を行っている。資源が有限である以上、この資源の浪費は、世界経済自体の弱体化を意味すると理解し始めている。


市場経済主義批判の可能性 



持続可能な市場経済活動、人間的な欲望とそれを抑制する社会機能の必要性 


市場経済は人間的欲望を土台とする経済である。つまり、よりよいものが欲しい、豊かな生活環境が必要、人が持っていないものが欲しい等々、まずは、個体の生命を維持するための要求(生存するために必要な衣食住の生活環境・一次生活資源を得る)にそって活動する。それらを得るために働くのである。

その最低限の生活環境を得ることができるようになると、よりよい生活環境(二次生活資源)を得ようとする。栄養のあるものを腹いっぱい食べたい。美味しい料理が欲しい。きれいな食器や食卓で食事をしたい等々の要求が生じる。

豊かな生活環境が手に入るようになると、もっと贅沢な生活環境(三次生活資源)を手に入れたいと思う。贅沢をして生きたいという欲望が生まれる。世界珍味の料理を高級レストランで食べたい。京都一の料理人を貸し切って家で友人を招いてパーティをしたい等々。欲望の尽きることはない。

このよりよいもの、より自分の気に入ったものを欲しがる欲望を満たすために、言い換えると希少品や高級品と称されるそれらの品物を手に入れるために高額なお金が支払われることになる。

こうした要求や欲望が経済を動かす。それは必要とする側、つまり品物を買う側があり、その品物を提供する側、つまり品物を売る側がある。その両者の相互の行為、買う行為と売る行為が貨幣によって成立している経済制度を市場経済社会と呼ぶ。

貨幣は交換に必要な価値評価を価格として表現できる道具であり、その貨幣の価格単位は社会的に決められている。その決定を行なう場を市場と呼ぶ。ものとものを交換する場所、市場では社会が決めた貨幣を使い、その商品価値を価格として表現する。

もし、その価格がもの・商品の価値より高いと評価されるなら、そのものを買う人は少なくなる。そこで、売り手は価格を下げる。このように市場では、品物の売れ行きによって、売買の条件(価格)が決定、変更されることになる。この価格の変更に関する経済現象を市場経済と呼び、その現象を解明する学問を市場経済学と呼んでいる。

つまり、市場経済現象はより豊かになりたいという人間的な欲望の上に成立している。もし、その欲望自体を否定するなら、経済活動自体が鈍化してゆくだろう。実際、社会主義経済社会では、市場経済を抑制した。その結果、経済活動は鈍化し、現在の北朝鮮のような国が生まれている。

しかし、同じように市場経済主義が拡大し、実態経済の要素である生活や社会資源となるものや情報商品のみでなく金融商品も市場経済の中で利益を生み出すようになる。すると、世界規模の金融資本主義が世界中に横行する。 

上記した現代社会の矛盾が拡大されることになる。世界中のすべての国の国内総生産よりも、世界の金融商品生産のほうが大きい現象、つまり、実体経済をこえる金融経済の社会になるのである。その結果、発展途上国が巨大なへッジファンドに翻弄され、ギリシャ財政危機に類似する国家財政破綻が不良債権、赤字国債(金融商品)によって引き起こされるのである。

つまり、市場経済を牽引する欲望を抑制する機能を持たない社会は、その欲望の暴走によって、市場経済自体が壊滅することになる。

丁度、自我の安定に欲望(エス)とその抑制機能(超自我)が必要なように、市場を刺激する欲望と市場の加熱を防ぐ経済規制がなければ、市場経済で動く社会は、破綻することになる。その経験を20世紀、我々は経験した。それが帝国主義戦争であり、世界大戦であり、そしてその極限として広島長崎の原爆があることを忘れてはならない。


市場の範囲拡大化、狭義、広義と最広義の経済活動領域について 


問題は、市場経済の過熱を防ぐための社会経済機能とは何かということだ。つまり、経済活動は市場を刺激する要素によって活発化する。それと同時に、その刺激を抑制する要素によって市場の過熱化や市場経済の暴走を防ぐことができるのではないだろうか。

市場経済学を批判的に検討する研究は経済学の中で取り組まれてきた。それらの試みは、概して、市場経済則を否定するのではなく、市場経済の活動範囲を拡大解釈する中で試みられた。古典的な経済理論では、経済活動範囲は、生産、流通、消費に限定されている。市場経済とは流通の経済則を述べたものである。市場経済の土台となる生産と消費のカテゴリーを拡大することで、市場に登場する商品が拡大解釈可能となる。

例えば、経済活動範囲を企業の生産活動を基本とする市場に限定した経済学から、労働力を生み出し育てる社会環境の要素を経済価値を生み出す要因として考え、その要素に関する経済的価値評価を検討する経済学として公共経済学や社会政策学がある。この学問では、経済的資本の中に社会資本が含まれる。その社会資本の蓄積によって生じる経済効果が計量されることになる。つまり、経済活動の範囲が企業生産活動から公共社会の福祉サービス等を含む活動に拡大されたのである。

企業経済活動では労働力を生み出す環境の経済価値に関しては議論されない。そこで、生活経済学では家庭環境の経済効果が問題となる。良質の労働力の生産と労働(人)の生産と育成を課題にした経済学が展開する。つまり、この生活経済学では、経済活動の範囲は労働力の質を保証し、労働力の育成と再生産が可能な環境の経済性を課題にしている。その意味で、家族関係や家庭環境、生活環境が経済活動の要因として拡大されることになる。

また、文化活動の経済効果を理解する文化経済学や観光経済理論は上記の公共経済学と生活経済学の境界領域の経済活動を課題にして成立しているといえる。

そして、自然資源の生成、消費と再生成過程に拡大した環境経済学、さらには資源概念を自然物のみでなく、生活環境や人的資源にまで拡大した生活経済(経営)学等の経済理論が形成されてきた。その意味で、経済活動の範囲が社会的資源から文化的資源、さらには生態文化的(里山等)資源へと拡大されている。その意味で、この環境経済学の意味する経済活動の範囲が最広義の経済活動概念であるといえる。

もし、環境経済学を最広義の経済活動領域として商品交換の市場経済活動を最狭義の経済活動領域と考えるなら、公共経済は狭義の経済領域となり、また生活経済は広義の経済領域となるだろう。こうして、経済活動の領域を拡大することで、市場経済主義を相対的に理解することが可能になる。


市場経済の刺激と抑制機能を持つ経済理論 


市場経済を否定し、新しい経済秩序を提案することはできない。その意味で資本主義の欠点を修正するための批判として、縮小社会の在り方を模索することになる。縮小市場経済や縮小自由主義的経済、縮小金融資本主義という新語をもってスローガン的にあげる経済制度がイメージされる。それらの制度は、現在の資本主義経済の主流である市場経済至上主義、巨大金融資本主義や新自由主義的経済によって生じている経済危機を解決する理論であることが求められるだろう。

この考えは既に実行されている。例えば、環境経済学に基づき、二酸化炭素(廃棄物)が及ぼす気象変動、さらにはそのことによる自然災害や環境異変による農業漁業等への被害、都市のヒートアイランド現象による健康被害や冷房施設でのエネルギー消費量の増加等々の経済的影響を考え、二酸化炭素排出量の規制を世界の国々が話し合い、規制値を決める京都議定書を取り交わした。環境経済学の経済活動概念がこの緩やかな取り決めの背景にある。

しかし、この規制を実現するために、同じように市場原理を持ち込むことになる。つまり、排出規制された二酸化炭素量を商品化し、二酸化炭素排出権価格として排出量を市場で売買することで、二酸化炭素排出規制は実現可能な政策となっていく。このように、市場原理を取り入れることによって、環境問題を解決しようとしている。

また、ヨーロッパでは商品に炭素税を導入している。炭素税とは商品に含まれている二酸化炭素使用料金である。例えば、これまでは、流通過程で使用される燃料は燃費として商品価格を決定する要因となった、そのため低賃金の商品が海外から輸入される。それでは海外の低賃金によって生産される商品に地元の商品は駆逐される。しかし、多量の燃料を使って輸入される商品は、今後の地球温暖化による自然災害の増加、それに対する防止を前提にすれば、地球温暖化防止に必要な費用(税金)を払っていないことになる。そこで商品が市場に出るまでに必要となる炭素量を計算し、それに税金を掛けることを炭素税と呼んでいる。この制度によって、地産地消型の経済を維持することが可能になる。

さらには、再生可能エネルギー社会の構築も、再生可能エネルギーを買い取る価格を設定することで、買取り価格で得られる収益を目的にした経済活動を刺激し、再生可能エネルギー施設に投資する人々を増やそうとしている。

市場原理を持ち込むことで、巨大市場主義経済活動に対する小さな市場主義経済活動を刺激し、エネルギー集中生産様式から拡散生産様式、短種大量生産型から多様小規模生産型に変化する契機を生み出そうとしている。

実際、原発の電気料金が安いと言われてきた背景には、原発で生じる高度の放射能を持つ廃棄物の処理が計算されていなかった。もし、その処理費を計算して電気代を算出するなら、原発で生産される電気は高くなるだろう。こうした計算を正確に行なう経済理論が検討されつつある。

その意味で、これまでの経済活動の範囲を極めて限定して成立していた企業生産を中心とした市場経済から、経済活動の範囲を拡張し社会資本、生活文化環境、生態文化環境、そして地球規模の広域生態自然環境まで含む経済活動(経済性)を考える経済学が必要となる。

縮小社会の縮小とは企業中心の市場経済のあり方を相対的に縮小することであり、結果的には経済活動の範囲を拡大する拡張経済活動の社会を意味するのではないだろうか。



「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_72.html



引用、参考資料

(1) 橘木 俊  「日本における金融業の規制と規制緩和の経済」 http://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/fr_list2/r24/r_24_090_101.pdf
(2) Occupy の政治・経済学(3)-世界をおおう金融資本主義の来歴② 2012年3月16日 (金) http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/occupy-1c09.html

三石博行 ブログ文書 『縮小社会研究の課題』
1、「市民民主主義社会発展のための政策研究集団としての縮小社会研究会活動」2012年8月14日
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_3059.html 
2、「巨大科学技術文明社会のアンチテーゼから社会改革の理論と政策提案へ」2012年8月16日
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_16.html
3、「成長経済の終焉はどのように可能か」
http://mitsuishi.blogspot.com/2012/08/blog-post.html


2012年8月21日 文章追加、誤字修正
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OurPlanet-TV(市民メディア)がJCJ賞を受賞する

『民主主義文化としての報道機能について』
3章、コミュニティメディアと市民参加の報道機能の確立


三石博行


放送ウーマン賞とJCJ賞に輝くOurPlanet-TV (白石草氏)

  昨年12月に、OurPlanet-TVの代表 白石草(はじめ)さんが放送ウーマン賞を受賞した。そして、今年8月に、OurPlanet-TVは8月11日に再び、優れたジャーナリズム活動贈られる「JCJ賞」を受賞した。

日本ジャーナリスト会議(JCJ)は、1958年以来、年間の優れたジャーナリズム活動・作品を選定して、「JCJ賞」を贈り、顕彰してきました。今年は55回である。

JCJ受賞の対象となったOurPlanet-TV番組は今年6月4日に報道された「徹底検証!テレビは原発事故をどう伝えたか?」である。その受賞理由は、「非営利のインターネット放送局OurPlanet-TVは、「3.11」以後、原発災害問題の取材を強化し、子どもの被曝問題などで積極的な取材と情報発信を展開している。4月には「徹底検証!テレビは原発事故をどう伝えたか」を放送し、大手テレビの原発報道を市民目線で初めて検証した。こうした一連の活動は、大手メディアによる独占的な情報発信だけでなく、市民の立場からの新たな情報回路を創出しようとする画期的な取り組みであり、高く評価したい。」(1) と日本ジャーナリスト会議は発表している。

以下、2012年8月17日 OurPlanet-TV事務局発信メールの引用を記載する。

「福島原発事故から1年が経った。政府の事故調査委員会や民間事故調、国会事故調と、3つの調査委員会によって、事故直後の東電や政府の対応が徐々に明らかになってきている。では、その当時、果たしてテレビはどのような役割を果たしていたのか?311直後のテレビを見続け、分析してきた研究者やジャーナリストらが徹底検証する。

ゲスト:伊藤守(早稲田大学メディアシティズンシップ研究所所長)
    小田桐誠(放送批評懇談会/ジャーナリスト)
     広河隆一(フォトジャーナリスト/DAYS JAPAN編集長)
司 会:白石草(OurPlanetTV)」(2012年8月17日 OurPlanet-TV事務局発信メールの引用)

視聴URL
 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1341 」

徹底検証!テレビは原発事故をどう伝えたか?

Part1 緊急事態をどう伝えたか?
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1343

Part2 避難指示をどう伝えたか?
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1344

Part3 1号機爆発をどう伝えたか?
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1345

Part4 被曝リスクをどう伝えたか?(前編) 
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1347

Part5 被曝リスクをどう伝えたか?(後編)
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1346

(2012年8月17日 OurPlanet-TV事務局発信メールの引用)


福島原発事故の正しい情報を伝えられなかった公共放送とマスコミ

この二回の受賞は、日本の市民メディアにとって大きな意味を持っている。これまで、報道は公共放送やマスコミによって独占されてきた。昨年の3.11東日本大震災・福島原発事故以後、市民はNHKの報道に絶望した。3.11以後の報道を観ると、当時のNHKは政府の原発推進のエネルギー政策を国民の安全に関する情報提供よりも優先させたと言える。

またそれまで原発問題を語ることを「政治的議論」としてタブー視してきたマスコミにたいする国民的批判もあった。何故なら、マスコミは大口のスポンサーである電力会社から年間巨額の広告宣伝費を受け取っていた。そのために原発に関する報道を抑制してきたのである。マスコミが企業経営上の利益を公正な社会報道に優先させてきた。

3.11以後、公共放送やマスコミへの市民の信頼性は大きく失墜した。そして市民に正確な情報を伝えた報道のあり方が、国家の安全対策の課題となった。


東日本大震災・福島原発事故はインターネット市民メディアの存在を国民が知る機会を与えた


原発事故は、ジャーナリズムにとっても、日本の報道機関の社会的機能と民主主義の課題を真剣に問い掛けることになった。市民メディアによる原発事故、放射能汚染、被曝者の現実に関する報道がインターネット上から報道される。

また、東日本大震災の救援活動、支援物資情報や必要なボランティア情報はインターネットと通じて伝わってくる。情報発信のためのソフト開発ボランティア、情報入力ボランティア情報もインターネット上で行なわれた。東日本大震災はインターネットが今まで以上に救援活動の情報機能として活躍した。

さらに、インターネット上では原子力発電所構造からその問題点や危険性、さらには供給電力を失った後の問題、問題を正しく指摘できる専門家(原子力ムラに属する自称専門家でない人々)の解説が流された。これらの情報へのアクセス回数は一日で十数万件を超えたと言われている。

また、テレビや他の報道と異なり市民が見たいとき知りたいときに情報にアクセスできるインターネット上での情報発信方法は報道番組の時間帯という縛りを情報発信は受けない。そのため、ブログやソーシャルメディアで伝わった情報によって、市民メディアが発信した情報へのアクセスはその影響力が大きくなるほど増える傾向にあった。

東日本大震災・福島原発事故はインターネットによる市民メデァイの役割の社会的評価を高める結果と導いた。それは、公共放送やマスコミの報道機能が国家の危機管理や安全管理に対して対応仕切れていなかった現実によって生じた社会現象であった。この災害によってわが国の報道のあり方が根本から問い直われることになったと理解できるだろう。


引用、参考資料

(1) 日本ジャーナリスト会議(JCJ)「2012年度JCJ賞発表について」
http://jcj-daily.sakura.ne.jp/jcjsho12.htm

三石博行 ブログ文書集『民主主義文化としての報道機能について』

「民主主義文化としての報道機能について」の目次 http://mitsuishi.blogspot.jp/2011/12/blog-post_03.html
はじめに(何故、報道機能の改革が課題となるのか)
1.スコミの現実
2、公共報道機関の必要性とその独自性を擁護するための改革
3、コミュニティメディアと市民参加の報道機能の確立
4、報道の自由とモラル


2012年8月22日 誤字修正
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2012年8月16日木曜日

アジア的資本主義社会から市民民主主義社会への脱却の課題

日本近代国家形成の歴史分析 (1)


三石博行


現代日本社会に継承された国家指導型近代化の歴史的経過とその病理構造


多様な国民主権・民主主義形成過程を持つ国際社会

国民主権とは、国民(市民)によって国家が運営されることであるが、その意味は、ヨーロッパでの市民革命の中で確立した概念として(教科書的に)理解されている。つまり、その国民主権・民主主義のモデルは17世紀以降のヨーロッパ市民社会にある。そこで世界中(アジアの国日本を含む)国民主権国家は市民革命を経て形成されたフランスやイギリスの社会と同じであると理解されがちである。

民主主義とはヨーロッパ社会で成立した国民主権制度のみを意味するという理解によって、世界の国々、特にアジアや発展途上国の民主化過程や国民主権国家形成過程が正しく理解されないばかりか、欧米諸国資本主義国から民主主義と反する制度として解釈され批判されている事態が生じている。

つまり、国民主権国家とは文化や宗教の異なる社会によって、多様な形態を取る。しかも、その成立過程は、必ずしも17世紀以降のヨーロッパ社会の反復ではない。多様な伝統文化を持つ国際地域社会では、それぞれ独自の民主化過程が存在することを理解しなければならないだろう。

この多様な社会文化的要素によって決定される民主化過程の考え方を支えるものは、それらの社会文化圏の伝統や歴史的経過を経て形成されている多様な生活文化環境によって生み出され、同時にそれを生み出す市民や国民である。

つまり、世界には多様な近代化や資本主義化過程を持つ国があり、その意味で、多様な国民主権・民主主義形成過程が存在する。(1) この多様な社会を世界と呼んでいる。世界とは一つの形態の社会ではなく多様な歴史、文化や生態環境を持つ社会の集まりを意味する。その視点に立って、日本の国民国家や市民社会の形成を、日本つまりアジア的社会の生活文化環境を前提にした国民主権の在り方を考えてみる。


日本型民主主義の現実、被害の隠ぺいと被害者排除 人権思想の欠落

現在の日本の民主主義の実態を理解するためには、この国の近代化(資本主義化)の過程を理解する必要がある。その近代化過程を理解するための一つの材料がある。それは、日本人と日本国家に関する世界的な評価である。

日本人は世界の人々から勤勉で責任感の強い、そして他人の迷惑になることを嫌がる民族であると理解されている。しかし、同時に日本という国は恐ろしく無責任な国であると言われている。

例えば、東アジア、東南アジアの国々の国民を犠牲にし、また日本国民、沖縄の人々に甚大な被害を与えた先の戦争に対する責任を取らない国家、原爆被害者救済、水俣病被害者(公害患者)救済、原発作業での労災職業病被害者を救済しない国家、原発事故への東電や政府の無責任な対応、莫大な放射能物質で地球を汚染したことへの責任を曖昧にしている国と電力会社。これらの驚くべき無責任な態度は、勤勉で他人を思いやる多くの日本人の国民性から、恐ろしくかけ離れた姿である。この二つの姿、いったいどれが日本文化を代表している姿なのだろうか。

こうした国家の無責任な対応の仕方、問題を隠ぺいし、問題がないことが秩序を守る唯一の方法であると理解している指導者たちの姿に、今、社会が驚きをもって批判している学校のいじめ隠しの対応と、それによる甚大な被害(命を絶つ子供たち)が問題となっている。(2)

つまり、我が国では、人権に関する文化が成長していない。社会観や生活様式(スタイル)に人権概念が十分に成熟し、一人ひとりの行動や社会規範、習慣の基本に据えられていないと言える。

欧米社会では、人権思想はその社会を形成してきた基本理念であると言われる。そのため、国家的利益に反することがあっても、人権侵害に関する社会的評価は重要な意味を持つ。当然、欧米諸国を一つに括り、人権を重視する社会の典型に置くことはできないし、それらの課題が国益との関係に深く関与する場合、例えば国籍を持たない移民の人権と失業している国籍を持つ若者の人権は、必ずしも同じ重さで理解されるとは限らないだろう。

いじめを隠す、被害実態を隠ぺいするという日本社会で伝統的ともいえる社会の指導者や役人たちの態度は、近代日本的な社会の姿であると言えないだろうか。その原因は、人権思想という文化を持たない国の姿であり、他の発展途上国に共通するように、日本も同じくらい国民主権のレベルから言うと発展途上国だと言えるだろう。経済的には先進国であり、民主主義的には発展途上国であるそれが日本社会で起こる人権問題や被害者切り捨ての基本的な原因である。

しかし、この現実、つまり、日本は遅れた民主主義の国である現実を日本国民はあまり自覚していない。しかし、他の国での民主主義後進国に関しては、実に、理解が早い。例えば、現在の中国(中華人民共和国)での国民の生活レベル、経済的豊かな国であるが、国民は政治活動や表現の自由を持たないことを知っている。そればかりか、中国ではつい数年前まで公開銃殺刑が行われ、簡単に死刑執行が行われる人権無視の国家であることも知っている。それを批判している人も多い。つまり、殆どの日本人は「中国には国民主権、民主主義や人権思想がない」と理解しているだろう。

例えば、オーストラリアやカナダ、またスウェーデンの市民が、今回のいじめ隠しをおこなった学校、教育委員会や教師と、黒い雨で報道された原爆被害者切り捨てを行う日本政府の対応を知るなら、彼らは「日本には国民主権、民主主義や人権思想がない」と答えるだろう。丁度、日本人が中国で行われている人権侵害問題を見るように、欧米の市民は日本での人権無視の国や社会の姿を見るにちがいない。


日本型資本主義の形成と官僚制度と学歴社会の役割 

明治元年から始まった日本の近代化(資本主義化)、列強国に不平等通商条約を結んだ日本の近代化は、国家がこの国の植民地化を防ぐために、待ったなの速さ有能な国民を動員しての事業であった。天皇制度を使い、幕末まで続いた江戸幕府(諸藩国家の連合)を大日本帝国として統制し、国家全体で明治の近代化に取り組んだ。国営工場の建設、輸出産業の育成、資本主義社会を国家が推進する国家資本主義が、明治の近代国家建設第一歩の姿であった。

国家資本主義は、国家が重要産業の育成を行うこと、義務教育を行い国民全体の教育レベルを上げ有能な勤労者を得ること、高等教育制度を調え有能な人材を国民から得ること、つまり優秀な官僚を育て、それらの有能な人材に国家運営の実務を担当させたのである。

国民から採用された有能な人材とその人材によって運営される官僚制度があって、日本の近代化は成功した。有能な官僚を輩出した帝国大学、取り分け東京帝国大学は、日本型近代化過程(資本主義社会の発展)に大きく貢献した。

この成功の実績は、戦後日本の復興にも活用された。その意味で、日本の官僚制度は、列強の植民地支配から日本を救い、米英の戦勝国から経済植民地化されるのを防いだ、近代日本史の中で、もっとも功績のある制度であるとも言えるだろう。学歴社会と官僚制度こそ、日本の近代化を成功させ、また戦後復興に成功させた社会制度であると言える。

有能な官僚と官僚制度を抜きにして、日本の近代化、資本主義化は不可能であった。その方法は、現代の発展途上国、特に中国の経済社会発展に活用されている。近代化成功事例とその方法であると言える。また、学歴社会と官僚制度は、現代日本社会にも、過去の功績と評価によって、現在でも多くの国民から大きな信頼を得ていることは疑えない事実である。


高度経済成長 中間層の形成と市民社会の発展

経済の発展は豊かな生活環境をつくりだすことになる。人は衣食住の基本的生活条件を確保することで、さらにより豊かな生活環境を手に入れようとする。豊かな生活環境は、その豊かさによって質的に変化する。つまり、物的豊かさ、腹いっぱいのご飯から美味しいご飯へ、さらに高級で珍しい料理と限りなく食への欲望は拡大し続ける。高度経済成長は、日本人に腹いっぱいのご飯と美味しいご飯を食べる生活環境を創ったともいえるだろう。人々は、この後、今度はさらに贅沢なものを食べたいと思うようなる。(3)

経済の豊かさとは、言い換えると、欲望を満たす資源の豊かさである。経済的に豊かになればなるほど、欲望の質は変化し、商品の物的量から品質へ、物的商品からサービス等の商品へ、サービス等の商品から個人的趣味や欲望を満たす特殊商品へと変化しつづける。

つまり、経済的豊かさの極に、精神的満足がある。ひとはパンのみで生きている訳ではないと空腹の時に言えるのは宗教の修行者や哲学者かもしれない。腹いっぱい美味しいパンを食べた後に、パンでなく、何かもっと充足感のあることをしたいと願うのが凡人の姿で、生活者の願いはこの凡人の願いを言うのである。

高度経済成長があったが故に、市民民主主義運動、例えばベトナムに平和をと呼びかけた文化人や知識人の人道主義運動があったし、親から学費を貰い、勤労の義務から解放され、学業と云われる暇な時間を得ることが出来たが故に学生運動が盛んになったともいえる。貧しい時代には考えられなかった未来への希望や社会変革の夢こそが、高度経済成長の成果の一つであったと言える。

こうした現象は、今、中国でもおこっている。経済的に豊かになった人々は、これまで規制されてきた活動や表現の自由を求めている。自由に生きることができることがより豊かな生活であると考えるようになる。それは経済的豊かさを得たが故に、考えられることだとも言える。中国社会での、豊かな家庭の若もの達は、厳しい労働から解放され、豊かな食事をし、大学に進学し、インターネットを使い、ゲームを楽しみ、そしてソーシャルメヂィアを使い、さらなる自由の拡大を求めて、危険な反体制運動に興味を抱くのである。

市民民主主義は、こうして後進型資本主義国家に到来した。それが日本の戦後民主主義と呼ばれる日本独自の民主化の歴史的経過を形成するのである。そして経済成長による社会文化資本の蓄積、例えば教育文化施設の充実、余暇時間の増加、多様な商品生産、個性化の傾向を強めるファッション、海外旅行や留学経験の大衆化が進む。その大衆化によって、大学はエリートの養成施設から大衆教育の機関となり、高級ブランドの所有の意味が失われ、自分らしさや個性化が生活の質の評価に取り入れられることになる。


官僚指導経済から民間指導経済へ

日本を代表とするアジア的近代化過程(周辺資本主義国家の形成過程)は、国家指導の近代化・資本主義化が起こり、工業化は国営企業によって進み、国が産業育成を積極的に行うことになる。その政策は官僚によって担われる。

工業が発達し、国際競争に打ち勝つ民間企業が生まれる。国の産業は官僚指導型から民間資本家指導型に変化する。官僚の役割は次第に小さくなる。つまり、先進資本主義社会では、国営企業の民営化がおこなわれる。日本でも国鉄民営化がその例である。その後、電電公社の民営化、郵便事業の民営化が行われ、いま、最後の独占企業、電力会社が電力自由競争をさらに進めるために発電機能と送信機能の分離を提案されている。

日本の企業は世界競争の中で鍛えられている。つまり、それは民間人(企業で働く人材)が世界規模のビジネスや最先端の技術開発、さらには国際的な企業運営を行う能力を持つことを意味する。まさに、その力が、現在の日本の力となっている。近代化のために有能な官僚が必要であったように、日本の高度経済社会や国際企業としての日本産業の進展のためには有能な民間人(勤労者)が必要となっているのである。

この有能な人々は、巨大な企業の運営、国際的な経営や企業活動、最先端科学技術開発能力等々、高度な専門性と世界経済や国際関係を視野に入れる俯瞰型の思考を鍛え抜かれる。その優秀な人材によって、日本経済は動いているのである。


官僚指導体制の終焉へ

日本の官僚制度は、その古い栄光に呪縛され、逆に、社会発展を妨害し始めるている。最も典型的な事例が、民間の企業活動の育成でなく規制を官庁が行うことである。

新薬開発に伴う治験(臨床試験)はその代表例であり、日本では基礎研究による新薬の基となる発見がなされても、その応用段階で、厳しい治験条件をクリアーすることができない。結果的に、新薬は海外で製造され、日本はそれを買うことになる。日本の医療保険費を含む7割の金額が海外の新薬や医療機器の購入に支払われている現実を政府は放置しつづけてきた。今年度になってようやく民主党政権がこの解決に乗り出した。

福島原発事故の時、原発の安全のための官僚機能はすべて機能不全を起こし、弊害を生み出した。素人同然の原子力保安委員(経済産業省)、巨額の国家予算を使い作った気象予測システム(文部科学省)から推測された放射性物質の拡散状態のシュミレーションデータは避難民のためには活用されことはなかった。所轄官庁が把握している事故情報は担当大臣にも官邸にも知らされなかったという。この現象一つを見ても、官僚制度の機能不全が明らかに深刻な事態に至っているかを理解できるのである。

言い換えると、現在の日本の社会では、官僚、利権集団(労働組合や経営者団体)によって国の合理的機能がマヒし、効率の悪い制度や組織が巨額の国家予算を飽食しつづけている。そのために生じる社会経済の病理状態が拡大しつつあると言える。

その解決が急がれている。その課題を以下に列挙する。

1、官僚指導型国家からの脱却
2、市民民主主義社会文化の形成 市民参画型政治、国民運動としての政治
3、利権政党から政策政党への変革
4、中央政府集権国家から地方分権国家へ


引用、参考資料

(1)  三石博行 「中国の近代化・民主化過程を理解しよう」 (2010年12月13日)
ブログ文書集「国際社会の中の日本 -国際化する日本の社会文化-」
2章「日中関係」
http://mitsuishi.blogspot.com/2010/12/blog-post_1850.html

(2)  三石博行 「まぜ、いじめが放置されるのか、そのに日本社会の構造がある」(2012年8月13日) 
  http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_13.html

(3)  三石博行 「生活資源論」 

(4)  三石博行 ブログ文書集「国民運動としての政治改革」

「国民運動としての政治改革」の目次(案)
はじめに
1. 政治は何のために
2. 政治活動とは何か
3. 国民運動としての政治改革の可能性
4. 官僚・行政機能と政治機能の改革
5、市民民主主義社会形成のための政治家の役割
6. 地方分権と草の根民主主義社会の形成について
7. 政策政治の具体的課題について


2012年8月21日 誤字修正
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巨大科学技術文明社会のアンチテーゼから社会改革の理論と政策提案へ

縮小社会研究会の課題(2)


三石博行


縮小社会のイメージからモデルへ 

現在の巨大科学技術文明社会、世界資本主義社会の危機を分析し、それを解決するために、色々な提案(実現不可能なものを含めて)がなされている。

その主なイメージを列挙すると、脱高度情報化社会、脱巨大科学技術、脱工業社会化社会(農工社会)、脱自由貿易主義(地産地消主義)、脱大量生産主義(オーダーメイド型生産)、脱経済指標(生活の質評価方式)、脱原発(分散型エネルギー生産)、脱化石燃料エネルギー生産(再生自然エネルギー生産)、脱中央集権社会(地方分権化)、市民民主主義社会、省エネルギー社会制度や生活様式、脱学歴中心主義(実力主義)、脱官僚主義(市民参画型社会)等々。

縮小社会とは、上記した現代社会、巨大科学技術文明や世界資本主義へのアンチテーゼとして提案されている社会モデルである。そのモデルは資本主義社会が形成される以前の社会にあった社会経済文化的要素を歴史の地層から採掘し、未来社会の要素として採用しようという試みでもある。しかし、これらの試みは、資本主義社会が生み出した利便性や人間主義の要素の維持が条件付けられている。

縮小社会研究会の調査研究活動の第一歩は、縮小社会の概念と対立項にある概念、巨大な社会経済システムや巨大科学技術社会文明の病理構造を明らかにするための研究調査活動、それらの問題解決に役立つ理論や政策提案等々である。

現代社会の病理性や危機へのアンチテーゼとして提案されてきた縮小社会の研究は現代社会批判や問題提起の段階から、具体的な社会、経済、文化、技術や生活様式の提案を行わなければならない時代に来ている。



「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_72.html



引用、参考資料

三石博行 ブログ文書集「科学技術と現代社会
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/03/blog-post_21.html

4章  21世紀社会の科学技術者運動

4-1、「市民民主主義社会発展のための政策研究集団としての縮小社会研究会活動」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_3059.html


2012年8月21日 誤字修正
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2012年8月14日火曜日

市民民主主義社会発展のための政策研究集団としての縮小社会研究会活動

21世紀社会の新たな知識人運動


三石博行


持続可能な社会経済技術文化システムを調査研究、提案するための研究機関・縮小社会研究会 

縮小する社会のイメージに込められたメッセージ

すでに、ブログ「成長経済の終焉はどのように可能か」(2012年8月9日)(1)で紹介したが、「縮小社会研究会」(代表 松久寛氏)は、京都大学の教員を中心に2008年に、ポスト成長経済社会の課題、特に世界人口の増加や資本主義経済の発展、市民生活の向上によって、結果的に生じる資源の枯渇を前提にした社会、経済、技術、産業、福祉、医療、エネルギー問題等々を課題にした研究活動を行ってきた。長年の研究討論活動の成果として縮小社会におおくの研究者が参加している。

日本社会が成長経済の夢を追いかけている時代に、敢えて、松久寛氏は「縮小社会」という当時殆どの人々が理解し得なかった用語を用いて未来の社会文化の在り方を問いかけた。そして、昨年、福島原発事故以来、日本社会では真剣に脱原発や省エネルギー、再生自然エネルギーの問題が議論されているようになって、それまで否定的に理解されていた「縮小社会」の意味が注目され始めた。

言い換えると、一方的に省電力を独占企業電力会社から迫られた国民は、原発事故のリスクを取るか、それとも省エネルギー社会の不便さを取るかを迫られた。この問いかけが、縮小社会は今後避けて通れない課題であることを知る機会を与えた。つまり、皮肉なことに人々が原発事故リスクや放射性物質の長期管理の問題点を認識し、原発に依存できないと理解し始めた時に、この縮小社会研究会の研究活動を社会が知ることになったのである。

しかし、この「縮小」という否定的な用語は、現在もなお多くの人々に受け入れられる概念ではない。その意味で、松久氏は敢えてこの縮小社会の表現に拘っている。つまり、この縮小という否定的な意味を受け入れなければ、事実、自然資源が枯渇していく社会での現実的な生活や社会システムの提案を行うことは不可能だからだ。

今もまだ多くの人々は縮小社会の意味を理解できないだろう。この縮小する社会というイメージを敢えて使うことで、反発や批判が生まれる。しかし、その否定的意味を挑発し、自然発生的に生じる反発を触発することで、逆に、その否定的感情が生まれるこころの在り様を問いかける。成長経済社会の中で骨の髄までしみ込んだ物的豊かさや欲望充実を、我々の生活の質の尺度としている社会の価値観や個人の価値概念を、逆に問いかける機会を、この逆説的問いかけに、松久氏は期待したのかもしれない。

将来社会が必要とする課題の先行研究活動を目指す縮小社会研究会

これまでの研究活動をまとめ、縮小社会研究会では今年(2012年)4月に『縮小社会への道 ―原発も経済成長もいらない幸福な社会を目指して―』を日刊工業新聞社から出版した。また、松久氏は、この研究会を、京都大学の研究会から一般社団法人「縮小社会研究所」に発展させようとしている。

大学の研究会が一般社団法人になることは、単なる組織や運営上、社会的な活動の形式と運営方法やそれにまつわる組織上の利点を得るためであるというのは一般的理解である。しかし、この縮小社会研究会の活動目的として、研究会が課題とするテーマを未来の社会が必要するだろうという確信がある。

何故なら、この活動はこれからの社会のために、志を持つ研究者によって展開されるのである。大学研究活動では、学会誌への論文記載や専門書の出版活動が研究業績の評価対象となる。しかし、この研究会は、研究業績を上げるために行われているのではない。これからの社会が必要とする課題に答えるために、活動を展開しようとしているのである。

1970年代の初め、当時の全共闘運動が挫折し終わりを告げる頃、京都大学では学生運動から社会運動へ展開した京都大学安全センター運動(1973年2月結成)があった。松久氏を中心として、多くの研究者がその運動に係わり、その運動の中で社会に役立つ研究者になることを鍛えられてきた。中には、その運動を通じて社会運動家となったもの、企業で活躍したもの、議員になったもの、大学の教員になったもの、京大安全センターが育て上げた人材は、関西労働者安全センター活動(労災職業病予防と罹災者救済活動)、環境問題、被害者救済活動、脱原発運動、再生可能エネルギー社会形成の運動、人間工学や多くの分野で現在でも活躍している。

学生運動から社会運動に影響を与えた1970年代の京大安全センター運動を展開したように、松久氏は京都大学教員研修者の研究会「縮小社会研究会」を、これからの社会のために発展させようとしているのかもしれない。それが、この研究会の一般社団法人化を意味しているように思える。すでに、大学研究活動を社会組織化した運動はあった。例えば、高木仁三郎氏の原子力情報センターや市民科学基金、石田紀郎氏の市民環境研究所等がその例である。

いずれにしろ、この研究会の目的は、明らかにこれからの社会が必要とする課題の先行研究活動であり、技術や生産システム、社会経済システム、教育文化システム、医療福祉システム、農林業、環境保存とエネルギー生産への提案である。


縮小社会研究会の研究課題

提案される研究課題を以下、箇条書にしてみた。

1、社会科学系分野(主に、経済学や社会学的研究)
2、工学系分野(安全や危機管理、省エネや創エネ技術システムや企画提案)
3、生命科学、医学系分野(高齢化社会での莫大な医療費や社会保険料や福祉対策への提案)
4、生態学、農学系分野(資源、食糧と生態環境維持産業としての農業林業システム、農林農業技術開発の提案)
5、エネルギー分野(省エネと創エネの社会システムや技術開発、エネルギー政策提案)
6、教育・文化分野(初等中等高等教育の制度改革、環境教育支援、縮小社会を担う社会システムや企業人材の育成、社会人職業訓練教育支援)
6、人間科学系分野(持続可能な社会経済文化生活システムや科学方法論や技術論の研究、)
7、報道・ジャーナリズム、社会情報分野(市民民主主義を確立するための報道機関の在り方、社会情報公開制度、市民メディアの育成)
8、政治・社会政策、法律分野(縮小社会を可能にするための制度や政策、立法機関、行政機能、司法機能、地方分権等の研究)
9、外交、国際関係(安全保障問題、東アジア、自由貿易をめぐる課題
10、災害、安全・危機管理(自然防災対策、社会災害や人的災害対策)
11、地域社会(市民民主主義、共同体社会と民主主義、移民問題、在日外国人帰化政策)
12、人口問題、少子化対策、女性の社会進出支援と母権保護
13、社会開発(地域社会開発、社会資本の縮小化と合理的管理政策)
14、企業支援(縮小社会に必要な企業活動の支援)
15、縮小社会の社会思想、倫理、哲学(生活価値観)研究
16、縮小社会での精神医学や心理学研究(こころのあり様)
17、縮小社会での男女平等の関係、夫婦関係、家族、婚姻関係の多様性


国民的な政策運動としての研究調査ボランティア活動

この多様で壮大な縮小社会研究会の課題を考えれば、この活動の目的が更に明らかになるだろう。つまり、この研究会活動は、21世紀社会が必要としている課題を先行的に取り上げ、多くのボランティア研究者を集め、無償の研究活動とその成果を社会に還元することを目的にしているのである。

20世紀に公害反対運動の中で生まれた市民のための科学者運動(Science for people)があったように、そして京大安全センターがあったように、21世紀の成長経済の終焉と縮小社会形成のために、この研究会は活動を始めようとしている。この運動の成果を評価するのは、22世紀の人々かもしれない。しかし、この研究会を展開する人々は、そのことに確信を持っているのである。

市民民主主義が成熟するためには、市民自らが社会や国家の政策提案に参画する運動を行うことが求められている。議会制民主主義制度が続くにしても、政策提案やその合理性や経済性の検証、点検活動を議員達にまかせていては、市民民主主義は形成されないし、また国民主権は政党政治の代理者によってしか確立しないだろう。社会制度として現存する間接民主主義を補助し、より完璧な民主主義機能として発展運営するために、市民は政策提案を行う力量をもたなければならないだろう。

その意味で、近い将来、市民民主主義社会の要請として、国民運動としての政策提案運動が生まれるだろう。その時、この縮小社会研究会運動は社会的機能を発揮するだろう。この研究会は、その時代の要請を理解し、多くのボランティア研究者を集め、ボランティア活動としての未来社会を構築するための調査研究活動を行おうとしている。

この試みは、新たな科学者技術者運動の先駆けとなるだろう。


脱成長主義を目指す市民運動と分科会活動 (2015年1月20日記載)


私は、縮小社会研究会に参加して「成長経済主義を越えるにはどうすべきか」と言う課題を多くの会員とほぼ毎日意見交換する機会を持っている。この会に参加して、2年以上経っている。


縮小社会研究会(代表 松久寛氏)は、未来、あと100年もしないうちに我々の世界から化石燃料を中心とする文明は消滅する。何故なら、現在使っている資源エネルギーが使い果たされる時代が100年以内に来ると考えられる。そのエネルギー資源の枯渇や希少化を想定・前提にして、人々はどのように生存できるかを考える会です。新たな資源・エネルギーの創造、縮小化される巨大消費生産社会、新たな社会経済政治等々の制度や産業、技術、生活スタイルを考えるために集まった人々の会である。


縮小社会研究会では、出来るだけ多くの人々に議論を呼びかけ、頻繁に研究会を開催しています。また、研究会では興味を持つ課題別にグループ(分科会)があり、その中で、活発な議論がインターネット上で繰り広げられている。ちなみに、現在、12の分科会が開催されている。

第1分科会(縮小社会の倫理・哲学)
第2分科会(縮小社会の社会像と移行方法)
第3分科会(縮小社会の必然性)
第4分科会(縮小社会の科学技術、工業)
第5分科会(縮小社会の経済構造)
第6分科会(縮小社会の農業)
第7分科会(縮小社会の医療)
第8分科会(縮小社会のエネルギー・資源)
第9分科会(縮小社会の生活)
第10分科会(縮小社会に関する海外の動向)
第11分科会(縮小社会と政治)
第12分科会(縮小社会の移行と教育)

会員は興味あるどの分科会にも参加でき、グループメールを使った活発な議論を展開している分科会、少し議論に疲れてお休みの分科会、なかなか議論が始まらない分科会と色々とある。
この研究会は、しかし、今までの学会(京都大学発の研究会なのですが)と異なることは、専門的知識を持つ人々でなく、未来の社会(縮小せざる得ない社会)を考えたいと思う人々が会員の参加資格を持っていることなのである。

(2015年1月20日 フェイスブック記載)



「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_72.html


引用、参考資料

1、松久寛 『縮小社会への道 ―原発も経済成長もいらない幸福な社会を目指して―』日刊工業新聞社 2012年4月 220p

2、三石博行 「成長経済の終焉はどのように可能か」2012年8月9日 http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html

3、縮小社会研究会(代表 松久寛氏)

4、市民環境研究所(代表 石田紀郎氏)

5、三石博行 ブログ文書集「科学技術と現代社会」 http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/03/blog-post_21.html


2012年8月15日 誤字修正
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政策政党の形成と市民民主主義の発展

官僚・行政機能と政治機能の改革


三石博行


戦後民主主義の発展と政党政治の変貌

政局論争が国家政策に優先されて堂々と国会で行われている日本の政治機能不全の姿は、今突然、起こったのではない。言い換えると、今までもそうだった。それは政党とは、政局を争うことが政党活動であるというように理解されている。

この背景には、国民主権国家を形成してきたこれまでの日本社会の歴史と日本の政治活動スタイルがある。つまり、戦後民主主義社会の中で政党政治をけん引した力とは利権集団であった。例えば、もっとも代表的な利権集団は、日経連や日本商工会議所などの経営者団体と総評や連合などの労働組合の連合である。

戦後労働運動と左翼運動の歴史を紐解くまでもなく、政党の在り方は、その二つの利益集団の関係の理解の仕方によって異なった。例えば、二つの利益集団の関係を非妥協的関係、つまり階級闘争関係として理解した場合、労働者大衆の利権を守る政党は共産党や旧社会党左派のように政党の基本路線として労働者階級権力の構築が課題となった。しかし、労使の利益関係が相互依存関係で成立すると理解した旧民主社会党や現在の民主党は労働者と雇用主の双方の利益を求める政策政党となった。

大小中を問わず経営者の利権を守り続けたのが自由民主党であった。創価学会の会員が利権集団となる公明党は、大半の貧しい創価学会会員を中心としていた時代、1960年代から1970年代までは、社会改革を目指す野党勢力の一員であった。しかし、創価学会会員の生活が豊かになり、多くの会員が経営者となっていく1980年代から、次第に保守的な政党として成長した。そして、今日では、自由民主党と十年間の長期の連立政党になり、日本の保守勢力を代表している。

日本の近代化(資本主義社会の形成と発展)が進む明治以来の二つの大きな利権集団の関係は、20世紀末になって大きく変貌した。その変貌によって新たに成立した社会理念、労使協調や民主的運営の考え方を持つ利権集団(勤労者、消費者、経営者の組合)の利益政策を進めるために民主党が形成されたと言える。


新たな利権集団型政党形成の限界

政党の形成もその変貌も、それを支える大衆組織の利権要求に依拠している。この利権集団に依拠して発展してきた戦後民主主義日本が、今、曲がり角を迎えようとしている。

日本の民主主義社会が大きな曲がり角に来ているという社会現象の一つとして、2009年9月の長期保守(自由民主党)政権から民主党政権への交代があった。さらに、それは同じ現象の一つとして、民主党政権の混乱と、2011年3月東日本大震災に対する政治指導力不足、今もなお続く政局優先の国会運営等々が起こっていると言える。それらの個々異なる政党政治、国会運営の中で繰り広げられる国民無視の政治の姿とは、それらの政治組織が現実の日本社会の問題解決の機能としてマヒし、役に立たない存在になっていることを物語っているのである。

この問題の解決に、幾つかの提案がなされている。最も代表的で解り易い提案が、新しい政党を作るという提案である。橋本徹氏の率いる大阪維新の会やその他地方政治勢力から第三勢力と呼ばれる政党が形成されている。自民党を中心とする保守主流政党でもなく、またそれに対する反対勢力民主党でもない、小さな政府を目指し、自由競争と市場経済主義、地方分権と首相公選制などが主な政策提案となっている。(注1)

さらに、原発事故をめぐって新エネルギー政策、脱原発(反原発)と再生自然エネルギー社会の構築、人権、社会福祉、平和外交等々を課題にして、日本緑の党が形成された。これも新しい政治勢力の一つである。そして、同時に、民主党から小沢一郎氏を代表とする新党「国民の生活が第一」が民主党から離脱した議員によって結成された。

日本社会は新しい政治の流れを模索し続けている。橋本氏の大阪維新の会、小沢一郎氏の「国民の生活が第一」日本緑の党などがある。既成政党から離脱した議員達の主観的意図は、民主党など既成政党に所属する限り、次回の選挙では当選できないという個人的理由があるだろう。また、国のかたちを変えたいと願う橋本氏の大阪維新の会や日本緑の党もある。これらの異なる二つの意図(議員職を維持したいという意図と国を変えたいという意図)も、大きな日本の政治史の中では、集団利権型民主政治から新しい民主主義政治への曲がり角の政党活動現象として理解されるのではないだろうか。


市民民主主義は政治意識の高い市民によって形成される

敗戦から半世紀の日本社会は、戦後の国際政治勢力の対立(社会主義陣営と自由主義陣営)と国内政治勢力の対立(社会党と自民)、国内外の二つの政治勢力の対立(55年体制)が消滅し、新たな時代、市民民主主義の時代を迎えようとしている。新たな時代とは、利権集団による戦後民主主義によって創りだされた社会である。

新しい社会・21世紀の日本は、高度な資本主義生産力、高度な知的生産性、高度な生活文化環境を持つ社会、豊かな国である。この豊かさは、労働者階級と資本家階級の非妥協的利害関係、国家権力と人民の権利の対立という戦後前期の民主主義思想の一部(左翼政治思想)や同時にその弾圧を振りかざす右翼政治思想の二極対立から、市民社会主義を国民文化に深く根付かせた。

この市民民主主義の社会では、今までのように利権集団(経営者と労働者、生産者と消費者、中央と地方、都市と山村)の対立項を政治的スローガンにする旧来の選挙の方法、また、利権集団を代表とする政党がより多くの議員を国会に送り出すために有名人やタレントを利用する選挙方法が根本から見直されることになる。

つまり、市民民主主義社会では、国民は政策政党を求めている。利益集団の代表である政党政治では、利益政策を確立するために議員数確保が選挙戦の最大の目標である。そのためには、大衆的に人気のあるタレントを政党は利用し、国民の票田から稲穂を収穫するという感覚であった。

しかし、市民民主主義社会では、国民は政党の政策に注目している。自分たちの生活や社会の発展につながる政策を掲げている政党に投票することになる。今まで、利益集団に支えられていた政党では、組織票の動きが、選挙戦を決定する大きな要因であった。しかし、これからの市民民主主義の社会では、浮動票と呼ばれる、無所属票が選挙戦を決定する大きな要因となる。

労働組合の組織力が低下し、民主党や社民党の頼りとする組織票も減る。個人主義文化の成熟とともに自民党の票田も少なくなる。つまり、地縁血縁関係による票、企業主らが従業員達やお得意先にお願いして得ていた票数は減少する。これが市民民主主義社会での選挙環境となる。政治意識の高い市民によって市民民主主義社会が形成され発展するのである。


政策政治を展開するための政党活動

毎日、マスコミだけでなくインターネットでも流れる政治論争、国会答弁、政党の政策情報等々、情報社会は、政治情報を素早く、そして繰り返し市民に伝える道具として機能している。過去の政治活動や政策決定の履歴をインターネット上から消去できない。選挙戦でマイクから大声で叫んだ選挙公約の中身を情報社会のシステムから取り除くことはできない。

政策提案、選挙公約、その実施履歴の公開、その検証作業と修正作業の履歴、そして、新たな政策提案という、どの社会人も日常的に行っている作業、企業経営の当然の作業、事業者の基本的な作業が政党の政策に取り入れられるのは、遠い未来の話ではない。何故なら、社会はそうした作業を通じて、より社会貢献度を上げ、事業体として生き残っているからである。

いち早く、利権集団政党から政策政党への脱皮が求められている。橋本氏の維新の会は政策塾を開き、その塾活動(政策教育研究活動)を通じて、政治家を養成しようとしている。滋賀県の嘉田知事も同じように政策塾を開いた。定員に対して10倍以上の応募者があったと言う。この歴史は、今始まったのではない。幕末にも、長州は吉田松陰、土佐は武市半平太、薩摩は西郷吉之助によって同じように政策や政治哲学の私塾が行われた。戦後は松下幸之助による松下政経塾もその一つである。そして、野田首相がその第一期生であることは、決して戦後民主主義政治の流れの中では、偶然ではないのである。

広く政策論争を起こし、広く有能な人材を求める活動を政党が取り組み、世襲化し利権化した政治家職業を市民活動の一つに戻すことによって市民民主主義は展開発展するだろう。政策政党活動とは市民への政策情報公開、政策実施の検証活動、その情報公開、さらには市民参画型の政策検討活動を行う政治思想が必要となる。その原点は国民主権を確立することによって国や国民生活が発展するこという政治思想であり、その思想を持つ政治家の人格であるとも言える。


引用、参考資料

(注1)  三石博行「なぜ大阪維新の会が原発推進派と対立するのか」 http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_14.html

三石博行 ブログ文書集「国民運動としての政治改革」

「国民運動としての政治改革」の目次(案)

はじめに
1. 政治は何のために
2. 政治活動とは何か
3. 国民運動としての政治改革の可能性
4. 官僚・行政機能と政治機能の改革
5、市民民主主義社会形成のための政治家の役割
6. 地方分権と草の根民主主義社会の形成について
7. 国民を思うこころを持つ官僚育成が必要 


2012年8月15日 誤字修正
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なぜ大阪維新の会が原発推進派と対立するのか

政治政策の分析 (1) 


三石博行

橋本氏の大阪維新の会や石原東京都知事らが日本の原発行政に反対する主な理由は、彼らの市場経済主義に現在の電力会社の経営が反するからである。

国の保護(日本の原子力政策による)の下、電力は電力会社(独占企業)によって生産され、自由競争や市場原理が機能しない企業体質を生み出した。そのため、電気生産価格は国際的に高く、また消費者のニーズに合わせ経営努力をする企業文化も形成されず、今回の福島原発事故以後も、東電は電気料金値上げによって事故責任負担を国民に負わせながらも、ビデオ映像の非公開など事故原因の徹底究明を回避し続けている。

しかし、小泉自民党政権時代に保守本流から、市場経済主義は展開された。国家企業の民営化、労働市場での自由競争導入や官庁の権限や規制の緩和(既成団体の利権独占を許す)を進めることで、これまでの利権集団(労働組合、官僚利権集団等々)から大きな反発を受けた。

それらの規制緩和によって導入された市場経済主義が、社会福祉や国民生活環境に打撃を与える現実もあった。小泉郵政民営化選挙を通じて政権を安定させた自民党内部からも郵政民営化に反対する勢力が離脱し、それらの勢力は、民主党と連立政権をつくることになる。

しかし、官僚指導型国家運営を進めてきた自民党主流派は、小泉政権の小さな政府への転換を自民党本来の政策として認める訳に行かない。また連合など労働組合の利権を代表する議員を抱えた民主党も同じ市場経済中心主義への反発を持っている。

つまり、政治理念から観れば、今の政局とは、官僚指導の伝統的な政治、大きな政府による政治か、それとも、民間指導型、地方分権型の小さな政府による政治かの選択肢が存在しているとも言えるだろう。


引用、参考資料

三石博行 ブログ文書集「国民運動としての政治改革」

「国民運動としての政治改革」の目次(案)

はじめに
1. 政治は何のために
2. 政治活動とは何か
3. 国民運動としての政治改革の可能性
4. 官僚・行政機能と政治機能の改革
5、市民民主主義社会形成のための政治家の役割
6. 地方分権と草の根民主主義社会の形成について
7. 国民を思うこころを持つ官僚育成が必要 


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2012年8月13日月曜日

なぜ、いじめが放置されるのか、そこに日本社会の構造がある

『人権学とは何か』
5章 いじめの構造とその対応


三石博行


社会文化の構造としてのいじめ

いじめの実態を隠すことがいじめ対策であった

滋賀県大津市の中学校で起こったいじめ(生徒の集団暴行)による生徒の自殺問題は、その地域や中学校における特別な事例ではないだろう。つまり、この現実は、これまで長年問題にされてきた「いじめ」を日本の教育制度やそれに関係している人々の力ではいじめ問題は解決できていないという事実に他ならない。

青森の私立高等学校でのいじめ問題は、さらに日本社会に衝撃を与えた。何故なら、教育者達がいじめられた被害者を退学勧奨していたからである。教育者達にとって、いじめ問題で騒ぐことは学校の秩序を壊す行為でしかなかった。そのため、いじめの現実をいち早く隠ぺいすることが、彼らのいじめ対策となった。世の中は、この学校の取った対応に驚いた。

被害の実態を隠し続けてきた国

しかし、よく見ると、その学校の対応に、実は、この国がこれまで行ってきた被害者の人権に対する対応のすべての構造が隠されていることに気付くのである。

例えば、広島や長崎に原爆が落とされ被爆した市民の救済に際して、爆心から半径2kmの同心円内の地域にいた人のみを被爆対象者として国は被爆者認定を行ってきた。現実は、それ以外の地域におおくの被爆者が発生していた。近年、「黒い雨」から落ちてきた放射性物質に被曝した人々の被曝問題が取り上げられているが、これまで半世紀以上も、被爆者はその事実を訴えてきた。しかし、国は被曝による病気という現実よりも、爆心地かの距離による被爆者認定基準を重視し続けてきたのである。

さらに、水俣病でも同じであった。やはりチッソ水俣工場からの距離が水俣病の認定基準となっていた。有明海の西側、天草の対岸は、水俣工場からの距離が遠いとして、水俣病を発病している被害者への認定を却下してきた。そして、認定申請は先月打ち切られた。

こうした現実、これは福島原発事故でも繰り返されることになるだろう国の対応、つまり、現実の被害者を救済することが、国民の権利を守ることが、国の役割ではなく、被害の現実にふたをし、その現実を国民全体に明らかにしない。被害は少なかったと言うことが、国民を安心させると考え、被害実態を隠ぺいし続けてきたのである。

学校は国のやり方に従っただけだった

こうした構造を思い起こせば、青森の私立高等学校で学校側がいじめにあった生徒に対して取った態度は、これまでの日本政府が戦争(原爆のみではないと思わる)や公害の被害者に取ってきた対応と同じであることに気付く。その意味で、学校側からすれば、何を世間や社会が騒ぐのだろうかと不思議な感じに襲われたかもしれない。

まったく、青森の高校だけでなく大津の中学でも、学校側が選んだ対応は、これまで国が選択した判断や行動の基準に即していただけに、彼らの方が、世の中の反応に驚いたに違いない。これが、日本の問題であると思える。学校は今まで国がやってきたやり方、被害の実態を隠す行為をしただけだった。それで、なぜ、いまさら自分たちが社会から騒がれるのか、多分、理解できない状態だろう。

実は、ここに、いじめが放置され、隠ぺいされ、対策をとれないまま、すでにこの問題が社会で取り上げられても、解決策を文科省も国も見つけられず、また、現場でも放置され続けてきた、基本的な構造が存在していると理解すべきである。

日本社会の在り方として受け止めない限り、いじめ問題の解決の道は見つけられない

いじめ問題を、いじめっ子といじめられっ子の問題にする評論家もいる。昔は、みんないじめられてきた。私も小学校のころいじめららて、強くなった。そして、こんどは私をいじめた連中をいじめ返した。そうして、弱いものをいじめることへ憤りも感じ、いじめるなと言っていじめた。

そうして昔の、良き時代のいじめ物語を、現在の子供たち、つまり、地域社会の共同体意識が崩壊し、核家族化した家族環境で成長してきた子供たちに説教することは、あまりにも、現在のいじめ問題の本質を理解していないと言えないだろうか。

真剣になって、自分の身になって、いじめをこども社会の問題でなく、日本社会全体の構造、つまり、これまで多くの被害者の人権を無視し続けてきた社会の一員として受け止めなければ、この問題を基本的に解決することはできない。

そして、いじめによって失われた命、また傷ついた人々の人生、さらには、いじめたことによって命を奪ってしまった自分を生涯抱えて生きる人々の、人間としての犠牲を無駄にしてはならない。

今後の課題

いじめの問題を「人権」に関する講義の中で取り上げながら、またソーシャルネットワーク(mixi)で、議論しながら、まとめた文章集「いじめの構造とその対応」がある。この文書を「人権学試論」の第五章にした。

その後、この課題から少し遠のいた研究活動を行ってきた。今一度、私自身、このいじめ問題に関しての議論を思い起こす必要がある。問題は何一つ解決されておらず、そればかりか、問題は深刻化しているのである。


引用、参考資料

ブログ文書集「人権学試論」目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/03/blog-post_22.html

1. 人権学とは何か
2. 暴力論
3. 人権擁護のための社会思想の課題
4. 現代社会の人権問題
5. いじめの構造とその対応
6. 人権問題としての「罪と罰」


5. いじめの構造とその対応
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/03/blog-post_22.html

5-1、いじめないこころを育てる教育(1) -暴力の理解-

5-2、いじめないこころを育てる教育は可能か(2)-人間教育教材としての「いじめ」-

5-3、こどものいじめと人権教育の課題

5-4、いじめを生み出す文化的構造

5-5、いじめるという行為 -「いじめない」ことの困難さ-

5-6、人権を守り維持する力・権力と文化


2012年8月15日 誤字修正
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2012年8月11日土曜日

国民を思うこころを持つ官僚育成が必要

官僚・行政機能と政治機能の改革
官僚指導から政治指導への変革はどのように可能か(2) 


三石博行


国民をおもう官僚を生み出す制度


百五十年の間、日本の近代と現代の日本の姿を創り出してきた有能な機関、日本の官僚制度の改革は、その形成の歴史的時間と同じくらいの時間が必要とされても不思議ではない。言換えると、日本の官僚制度改革は、百五十年間の歴史の厚みを理解し、その制度の強靭さを前提にした政治指導型の形成プログラムが必要であると言える。

つまり、明治の近代国家を形成する過程でも、有能な官僚達が政治家と共にこの国と国民の利益のために生命を掛けて働いた。そうした「こころ」を持つ人材を得ることが利権集団化した官僚組織からの脱却の第一歩である。どの国でも、有能な官僚は国家の宝であり、有能な官僚なくして国家運営は出来ない。今、日本の官僚に不足しているものは、専門的知識ではない。「国民を思うこころ」である。この国民を思うこころを持つ官僚をどのようにして育成するかを真剣に考えなければならない。

日本近代化は、義務教育制度を確立し国民教育の底上げを行い。また、国家が教育費を負担した国公立の高等学校、専門学校、大学等を設置し、有能な人材を国民全体から得ることで、可能になった。これからの日本社会は、知的に有能な人材のみでなく、国民のために尽くすこころをもった人材が必要である。そうした人材は、これまで日本が培ってきた知的資源を確保するための人材育成機能の在り方では不可能である。

社会活動家の採用

1980年代フランスに滞在していた頃、フランスは政府指導型の発展途上国援助の失敗を反省し、NGOの国際支援活動に政府が支援する方向に政策転換を行っていた。その時同時に、政府は有能なNGO活動家を外務省の役人に採用していた。フランスはナポレオンの時代から有能な官僚による中央集権制度を確立してきた。その官僚養成所が、フランス国立行政学院 École nationale d'administration、(一般にENA、エナと呼ばれる)である。丁度、東京大学法学部のようなもので、そこから多くの官僚が出る。ENAは困難な入学試験を通った学生が学ぶフランスの最高学府、グランゼコール ( Grandes Ecoles )である。フランスの官僚達もエリート校の出身者達である。そのエリート達の中に、ボランティア活動をしながら発展徐国支援を続けた若者を入れるのである。彼らには外交を担う「こころ」があり、「勇気」があるからだ。フランス外交の強かさとフランス外務省の採用基準には明らかに関係があることを知るべきだろう。

役人の素質を問うなら、有能さは当然必要な能力であるが、同じように「国民を思うこころ」や「困難な状況に立ち向かう勇気」という能力が必要である。幕末に幕府の神戸海軍操練所を設立した勝海舟が、海舟の私塾、神戸海軍塾に、倒幕の志士坂本竜馬達を採用したように、勝海舟は幕府エリートでなく、国のために命をかける志士達を次の国の担い手にしようとした。日本にも、こころと勇気を持つ人事を飛び級で国家の担い手に採用した歴史(現代のフランスに劣らない)があった。

現在、政府は有能な地方行政の役人、有名な例として室蘭の町おこしをした地方公務員を中央官庁の役人に抜擢し、彼は地方自治体の町おこしのために働いている。つまり、現在の政府も、国民の生活、社会の発展を願うこころを持つ人材を活用しているのである。しかし、その枠は、国家上級試験に合格して採用される人々に比べて、殆ど比較にならないほど、少ない。殆ど例外としての採用枠でしかない。

有能な人材の公募採用

豊かな経験とこころを持つ人材を採用する傾向は、最近、広まりつつある。例えば、橋本徹大阪市長は、今まで大阪市の役人のポストであった大阪市の区長を公募した。さらに、小中学校の校長をも公募している。橋本氏は社会改革の能率を上げるために必要な第一歩、人材を選ぶことを行った。多分、彼は、社会改革の原動力は人であるという考えに基づき、よりその意思とそれを実行できる経験や知識をもつ人々を採用することが、社会改革の第一歩であると信じている。そして、文字通り、それを実行した。彼自身がその人材の最初の一人であることを自覚していたからである。まさしく、ここに改革のための正しい戦略と戦術があると言える。

これからの日本、高度な経済成長を終え、成熟した民主主義国家として、豊かな生活文化環境を維持し、豊かな生態環境資源を活用し、非常に公共意識の高い、また非常に教育レベルの高い国家、日本と日本国民の将来のために働く官僚の採用基準、育成方法、採用方法を徹底的に議論しなければならないだろう。それらの経験は、幕末の勝海舟、現在の官庁での特別枠採用、大阪での区長や校長公募制度によって積み重ねられて来た経験を活かし発展させようとすることで可能になるだろう。

管首相の民主党政権の時代にも、東京の上野公園に集まるホームレス支援をしていたNPOの活動家の提案を取り入れ、職安と生活保護との窓口一本化の行政改革を行った。つまり、民主党政権は、国民の人権や豊かな生活環境の形成にこころを配ることのできる人々を活用した行政改革の実績を持っているのである。その実績をさらに展開する制度を構築する必要があるのだと思う。

民間シンクタンクや高等教育研究機関との人材交流

同じように、日本では有能な人材は企業や民間のシンクタンク、さらに高等教育研究機関に存在している。それは日本が高度な知識社会、科学技術文明社会であるからだ。若者の半数以上、八割近くが高校卒業後、何らかの高等教育機関、専門学校、大学等で学んでいる。つまり、この国には、非常に多くの高等教育機関があり、それを担う人材、教員研究者がいる。また、企業も高度な知的生産を行い、研究機関を持っている。さらには、知的生産に特化した企業、シンクタンクも多くある。これらの専門機関の人材を政府は活用する必要がある。

つまり、政策決定のための調査機能を政府官庁機関を中心とした委員会から、広く民間の専門集団を集め、その人材を活用すべきであろう。政府委員会の人脈が官僚指導型になっていることを改めて、学会への委託を行うことで、第三者の意見を広く集めることができる。

人材を採用方法の変革のための提案

上記したことを箇条書きにしてみる。

1、 官僚、国家のシンクタンク機能、専門家の質の高さを維持することは国家にとって大切である。

2、 官僚の質の高さとは、彼らの専門的知識の高さだけでなく、彼らが国民のために献身的に働くことを自分の任務として理解している「こころ」を持っていることも含まれる。
 
  3、 上記の二つの要素を持つ官僚、つまり優秀な官僚を育成することは国家にとって極めて重要な課題である。日本では、1の課題を満たすためのシステムは十分に確立している。しかし、2の課題を育てるためのシステムが十分であるとは言えない。つまり、災害ボランティア、人権運動家、市民運動家、国際支援運動家等々で活躍する人材を役人として採用し、そのノウハウを活かす。つまり、ボランティア活動を支援する行政専門官を育てる。

4、 広く民間企業、シンクタンク、高等教育研究機関の人材を政府委員会に起用し、政策決定や執行のために活用するシステムを創る。また、同時に官庁役人とそれらの機関との人的交流を行い、人材資源の質をつねに向上させる制度を創る。




引用、参考資料

三石博行 ブログ文書集「国民運動としての政治改革」

「国民運動としての政治改革」の目次(案)

はじめに
1. 政治は何のために
2. 政治活動とは何か
3. 国民運動としての政治改革の可能性
4. 官僚・行政機能と政治機能の改革
5、市民民主主義社会形成のための政治家の役割
6. 地方分権と草の根民主主義社会の形成について


2012年8月15日 誤字修正
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2012年8月12日 修正

専門的知識と俯瞰的視点をもつ政治家の必要性

官僚・行政機能と政治機能の改革
官僚指導から政治指導への変革はどのように可能か(1) 


三石博行


民主党政権の理念・政治指導型国家運営の理想と現実

民主党政権の挫折の原因の一つとして官僚指導型国家運営からその政治指導型への変革が失敗したことが挙げられる。それまで長年の自民党政権が維持形成してきた官僚指導型を民主党は批判し続けてきた。日本を国家指導型資本主義から民間指導型へと、アジア的資本主義から民主主義社会を基盤とした資本主義へと変革することが民主党の政治指導型の意味であった。何故なら、官僚指導型では、国家の運営を官庁の役人(官僚)が行うため、民主主義国家の基本、国民による国家運営が行われる保証はないのである。

政治指導とは、国民から選ばれた議員(国民の代表者)や政権政党によって国の運営を行う制度を意味する。この政治指導によって、日本国憲法に謳われている議会制民主主義による国家の運営が実質的に実施されることになる。民主党の政治指導型による国家運営の国のかたち(政治理念)は国民の支持を得た。なぜなら、この国では官僚指導型が動脈硬化を起こしていることが明白であったからだ。

2009年9月に政権政党となった民主党は、政治指導による国家運営を実施するための政治・行政改革を行った。まず、担当大臣の下に副大臣と政務次官をおき、政策執行機能に直接政治指導性が発揮できるようにした。国家運営を国民が選んだ国会議員、その代表である政権政党によって行う政治機能が一先ず各官庁で政治指導型政策執行機能形成として始まったのであった。

しかし、現実の国の運営にはそれぞれの部門の専門家(官僚)の豊かな経験と深い専門知識がなければ不可能であることは言うまでもない。この政治指導型は、云わば、素人(小学生)のリーダが玄人(専門職人)の上に立って作業を指示する風景に例えることができる。豊富な経験と知識を持つ有能な官僚集団(官僚組織)にとっては、突然、国家運営を未熟な知識と経験しか持たない素人(子供たち)に任せることになったとも云える。つまり、官庁での行政執行機能が、民主党が理想とした政治指導型(民主主義社会の基本的国家運営)によってマヒしはじめたのである。


日本近代化推進機能としての官僚制度

1868年(明治元年)以来、日本は長年続いた幕府政権による鎖国制度を止め、世界を植民地化しようとしていた列強国の侵略を食い止めるため、富国強兵国家を目指す近代化政策に取り組んだ。この緊急の国家的危機を救うために最も効率のよい国家運営形態、官僚指導型国家運営を選んだ。それ以外に道はなかったとも言える。

言い換えると、明治以来の日本型官僚指導型国家運営形態は、この国が列強の植民地化を防ぎ、近代化を取り入れ、富国強兵の国家戦略の下で不平等条約を改定させ、世界の一等国となろうとした明治維新以来の国家戦略によって形成されたものである。しかも、この官僚指導型国家運営によって、太平洋戦争の敗戦、焦土化した国土、三百万人以上の戦死者、失った工業生産手段、生活環境、文化財等々、戦後の焼け野原から一刻も早く立ち直るための国策、経済大国日本を目指す政策が実施されたのであった。

つまり、資本主義後進国日本、アジアの一国日本が、戦後、再編された列強(新帝国主義)の経済主義的植民地化を防ぐために、官僚指導型国家は必要とされ、その有能な人材と機能によって、日本は再び世界の経済大国となったのである。

日本の近代化を推進してきた官僚制度、その歴史的功績、その優秀で豊富な人材資源、その有用な社会制度、その豊富な経験値の蓄積、百五十年余の巨大な大木、わが国の官僚制度とは日本資本主義社会の形成の母体であると言っても言い過ぎではない。つまり、明治以来の近代日本と敗戦以来の先進資本主義国家日本を創り上げた150年の歴史実績に君臨するこの国の強固な官僚組織に対して、国民の代表として選挙で選ばれたとは言え、一年目議員が多くを占める新政権(民主党)が、官僚指導から政治指導を掲げたのである。


民主党政権の行政改革への努力

しかし、近年、1990年代以降、これまでの官僚指導型国家運営は機能不全を起こしていた。例えば、無駄な公共事業、原発行政に代表される官僚の利権集団化、時代遅れの規制や無責任な放任主義、利権と天下り、税金の無駄遣い、官僚組織は国家の利益でなく自分たちの利権を第一義に挙げている行動等々、官僚の腐敗と無責任さ、それがこの国に大きな損害を与えている。しかし、原子力安全保安委員に代表されるように、国民の生活と生命を守ろうとする官僚はこの国には非常に少なくなっていると言っても言い過ぎではないのである。

現代日本社会システムの病理構造の根幹に、利権化集団化した官僚組織がある。この巨大な国家的病理現象を打開するために、民主党は官僚指導から政治指導の国家運営をマニフェストに謳ったのであった。その民主党の政策提案は多くの国民の支持を得たのである。そして、政権は、副大臣や政務次官を中心とする官庁の意思決定への政権の意見反映化、事業仕分けによる財政の無駄削減、公共事業の見直し、規制緩和による事業の民間委託化など、非常に多くの改革を行った。

これらの実績は、民主党政権であったが故に可能になったことを忘れてはならない。その意味で、2009年9月の政権交代によって獲得した国の変革はごくわずかしか進まなかったと極評されたとしても、民主党や社民党の連合政権によってはじめて可能であったと評価しなければならないだろう。


政治指導の条件、専門的知識と俯瞰的視点をもつ政治家が必要である

政治指導というスローガンを、単純に有能な官僚を追い出すことであるとは民主党も考えていないだろう。官庁の意思決定機能のトップに大臣以外に副大臣や政務次官を設け、政治家を置いたことは正しい政治指導型の組織作りの一歩であった。しかし、それらの政治家が、長年国家シンクタンクで調査研究や政策実行を担ってきた官僚に比べれば、比較にならないくらい専門性を欠き、知識的にも経験的にも劣っていることは避けられない。

この知識や経験不足の政治家が政治指導の名の下にこれまで専門家・官僚が行ってきた国家運営機能の意思決定のトップとなる。もし、政治家達が官僚達の協力を得られない状態、官僚のボイコットに出会うなら、多分、官庁の機能はマヒすることになる。政治指導とは官庁の意思決定機能の人事権を取ることであるとは経験豊かな政治家は考えないだろう。しかし、もしそれに近いことが行われるなら、陰湿な反撃を官僚達から受けることになる。それが、官庁役人の政治指導に対する無言のボイコットとなることは予測できる。

これまで自民党政権時代にも政治指導型の国家運営がなかったわけではない。有能な政治家は、官僚達を有効に活用してきた。つまり、政治指導とは、有能な官僚を有効に活用する政治的配慮と判断である。その為に政治家に求められるのは個々の専門的知識ではなく、むしろ政治全体を見通し、それぞれの専門性を配備できる俯瞰的視点である。

もし、政治家が細かいことに頭を突っ込み、官庁の専門家にあれこれ言うなら、彼らの感情的な反発を受け、結果的に官僚達のボイコットを受けるかもしれない。政策の基本的視点を示し、そのために力を発揮できる専門家(官僚)を配備することが政治家の役割である。当然、専門家の言っていることぐらいは理解する知識を持たなければならないから、官僚と付き合うことで政治家は鍛えられることになる。

もし、意図的に民主党政権の政治方針と反する言動を行う官僚がいれば、思い切って外すしかない。そして、政権の理念を実現するために、批判を含め、誠実に課題を分析し、提案し、実務的に処理する官僚を中心にしながら、政策決定機能を構築することが必要となる。しかし、そうした人事異動は、必ず、またどこかで官僚達の反撃にであうだろう。

言換えると、政治指導とは官僚を排除することではないとしても、政治家たちの力量が試される行為である。政治指導とは有能な官僚(国家シンクタンクの専門研究員)を有効に活用することであるが、有能さの評価も政治家の能力によって決まる。つまり、政治家が無能であるなら、有能な官僚すら見つけ出すことはできないし、活用することはできない。結論すると、官僚指導から政治指導を実現するためには、まず、政治家が有能でなければならない。有能な官僚の力を活用出来ない原因は政治家にある。政治指導にならない原因は素人政治家が玄人官僚に教えを受けているからである。彼らは勉強不足であり、官僚(専門家)達の言っていることを理解もしないし、ましては、専門的な指示も出来ないからである。

多分、ここで私が提案していることぐらいは、経験豊かな議員達であれば、当然のことであり、実際にそうした努力はなされたのだと思う。その上で、官僚指導型を政治指導型に変革することの困難さがあったと理解すべきである。

例えば、市民派の管直人氏が財務大臣になって間もなく、消費税の増税を言い出した。その後、全く同じことが財務大臣に就任した野田佳彦氏の場合も生じた。つまり、財務大臣になって始めて、この二人の政治家は消費税を増税することの重大な政治的意味を理解した。そして、管氏は民主党代表選でそれに触れ、参議院選挙でその課題を個人的な見解としても触れた。それが、参議院選挙で民主党が大敗した原因と言われた。また、野田氏は、首相になってから、社会保障のための消費税増税を提案実行してきた。野田首相は、野党(自民党や公明党)を説得し、野党の意見を取り入れながら、消費税増税を今国会で成立させた。

深刻な財政難、赤字国債発行による国の莫大な債務金額、それによる国債価値の低下と金利の上昇(国家負担金の増額)、年々上昇する医療費や社会保障費、こうした問題を解決するために、マニフェストにない消費増税を強行した。消費増税に関しては多くの国民が納得していると報道機関は述べている。しかし、その消費増税が、またもや公共事業に使われようとしている実態を観るなら、財政負担を生み出した行政システムや政治システムの改革を先送りして、収入源として増税を行う意図が余りにも明らかに示されるのに国民は不満や怒りを持つのである。

この民主党政権の姿から、民主党政権は行政改革が出来ない党であることが国民に明確に印象付けられたのである。何故なら、民主党はスムーズな国家運営のために、政権成立当時掲げていた政治指導成立のために、冷え込んだ官僚との関係を修復する必要があった。官僚の言い分を聞く。官僚の判断を優先させる。つまりこのことは民主党政権の政治指導形成による国家運営が明らかに挫折したことを意味しているのである。

そして、自民党政権以上に、民主党政権では、官僚との関係を重視し、官僚が決定した政策に従い、政治を行っているように、国民に見えるのである。その原因として民主党が実現できなった政治指導型に関して、専門的知識と俯瞰的視点を持つ政治家が民主党には少なかったと言えるだろう。つまり、人材不足なのだ。人材不足の原因は選挙の仕方(タレントなどの有名人が当選するという)、極論すると国民の政治意識の低さにあることは言うまでもない。



引用、参考資料

三石博行 ブログ文書集「国民運動としての政治改革」

「国民運動としての政治改革」の目次(案)

はじめに
1. 政治は何のために
2. 政治活動とは何か
3. 国民運動としての政治改革の可能性
4. 官僚・行政機能と政治機能の改革
5、市民民主主義社会形成のための政治家の役割
6. 地方分権と草の根民主主義社会の形成について


2012年8月15日 誤字修正
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2012年8月10日金曜日

民主党政権の挫折に学ぶこと

ブログ文書集「国民運動としての政治改革」序文


三石博行


三つの主な理由について

民主党政権が成立した2009年9月16日、国民の多くは新しい政権にこの国の変革を期待した。しかし、民主党政権は掲げた政治公約の大半を実行することは出来なかった。その主な三つの原因を述べる。

  1、 日本の官僚指導型国家を政治指導型国家に変革する戦略がなかった。

2、 選挙公約の国民的検証作業を行い、実現可能なマニフェスト形成を進めなかった。

3、 国民の力を取り入れた民主主義政党の基本戦略を展開できなかった。

以上、
勿論、以上の三つの原因以外の別の原因もあると思われるが、ここでは、それらの原因が何故生じたか、そして、その解決手段とは何かについて議論する。


引用、参考資料

三石博行 ブログ文書集「国民運動としての政治改革」

「国民運動としての政治改革」の目次(案)

はじめに

1. 政治は何のために

2. 政治活動とは何か

3. 国民運動としての政治改革の可能性

4. 官僚・行政機能と政治機能の改革

5、市民民主主義社会形成のための政治家の役割

6. 地方分権と草の根民主主義社会の形成について



2011年8月15日 誤字修正
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2012年8月9日木曜日

成長経済の終焉はどのように可能か

1-1、新自由主義経済思想批判と生活経済主義の成立に向けて、   
A: 「成長経済の終焉はどのように可能か 」

縮小社会研究所の設立とその研究課題 (1)


三石博行 


縮小社会研究所の設立 


縮小社会研究会は京都大学工学部の前教授松久寛氏(現在京都大学名誉教授)が10年前に設立したものである。長年、研究活動を続け、今回、一般社団法人縮小社会研究所(代表 松久寛氏)として出発することになった。

研究所は現在、京都市左京区の百万遍の交差点から少し東大路を北に上がるところにある「市民環境研究所」(代表 石田紀郎氏)石田紀郎)に事務所を置ている。

縮小社会研究会では、現在、研究会活動の企画についてインターネット上で、会員間の議論がなされている。私も会員の一人として、問題提起を行っている。


佐伯啓思著『成長経済の終焉』からの問題提起  


すでに約10年前に、佐伯啓思氏によって提案されていた成長経済の終焉という問題提起。それは縮小社会の課題でもある。この著書の要点と問題提起を纏めた。


資本主義経済の牽引力としての商品価値「希少性」


佐伯啓思氏は、ベルの『脱工業社会の到来』の中で言及された「希少性」の問題について論じている。つまり、ベルは(佐伯啓思氏によると)「物的な意味での希少性、つまり人々の生存・生活必要に対して物的欲望を充足するという意味の『工業社会』での希少性はもはや問題ではない。この意味での「希少性」は本質的に19世紀の観念であり、その観念が持ちこされたために「豊穣性(ほうじょうせい)」が「希少性」の反対概念にされてしまったのである。この意味で19世紀の概念としての「希少性」はここでは問題になっていない」 (p202) のである

つまり、19世紀の機械制生産によってもたらされ、20世紀初頭に完成する大量生産を可能にした工業化社会では、それ以前の手工業制生産様式と機械制生産様式の生産力の相対的比較概念として、希少性が豊穣性と対立概念として使われていたことを指摘しているが、ここで問題とされる希少性とは、寧ろ発達した資本主義、工業社会での希少性の概念である。つまり、本来、希少性の概念は、経済学では量的概念でなく質的概念として存在し、希少性は欲望の多様性や商品の個性化と結びつく概念として理解されているのである。

そこで、工業社会の物的豊かさを達成して行く中で、希少性はその経済的な原動力となる。つまり、人は絶えず「より良い生活」を求め続けている。そのため絶えず新しい「希少性」を生み出し続ける。つまり、工業社会で生産される豊かな商品は、絶えず生み出された希少性の結果であるとも言える。工業社会・資本主義社会の進展とは希少性を持つ商品開発によって進んだとも言える。

佐伯氏は、大量生産を可能にした工業社会の延長として、大量生産によって安価な商品・生活用品を提供してきた時代から、人々は豊かさな生活を求め、より良い商品、より使いやすい商品、より便利な商品、より自分にぴったりの商品、つまりオーダーメイドの商品へと希少性は追及され、その追求によって、より多様で豊富な商品が開発され続けるのである。


脱工業社会での新たな希少性・生活の質


消費者の希少性の追求は、ついに物的豊かさから精神的豊かさを求める段階に達する。つまり、その精神的豊かさを問題にする希少性の概念が、ポスト工業社会への入り口を切り開くのである。それには、工業社会によって生じた環境汚染問題や今回の原発事故のように、経済活動の原点を問い掛ける社会状況があることもその条件の一つである。

経済活動の目的として生活の質の向上が課題になる社会の到来が、ポスト工業社会の入り口である。「ポスト工業社会は、新たな意味での希少性を導入することになる。それは、情報、調整能力、それに時間、という希少性である、とベルは考える。物的資源に代わって、専門的知識や情報、それに社会的な調整能力などが希少性をもつようになった」と佐伯啓思氏は述べている。つまり、脱工業社会で新たな希少性が生じるのである。

新たな希少性を構成するものは、生活の質とよばれた個々人の生活様式と不可分の関係にある商品、つまり個人生活での健康であること、家庭環境としての豊かな環境、親密なケア、ゆったりとした時間、他人や家族とともに過ごす社交の時、これらは、工業社会の基本的な価値観である経済成長主義、効率第一主義とは異なった原理に基づいているのである。

佐伯氏によると、この脱工業社会での新たな希少性の形成について、アントニー・ギデンズは、ポスト工業社会のことをポスト希少性社会と呼んでいると述べている。( A. Giddens “Beyond Left And Right” 1995) 言換えると、先進国の工業化が十分に進展した後に「ポスト希少性の経済 ( Post-scarcity Economy)」が新たに生まれるのである。(p209)  

工業社会の物的豊かさを達成した後にくる「生活の質」として表現された商品化の切り札、これが新たな希少性と言える。つまり、人は絶えず「より良い生活」を求め続けている。そのために絶えず新しい「希少性」を生み出し続ける。新たな希少性を構成するものは、健康であること、豊かな環境、親密なケア、ゆったりとした時間、他人や家族とともに過ごす社交の時、これらは、工業社会の基本的な価値観である経済成長主義、効率第一主義とは異なった原理に基づいているのである。(p211)


ポスト希少性を前提とする社会経済システムへの挑戦


ポスト工業社会でのポスト希少性・新希少性とも言える「生活の質」(QOL)についての意図的な戦略について佐伯氏は「ポスト希少性社会」の課題として展開する。つまり、「ポスト希少性社会においては、生産性主義はやがて崩壊する」(ギデンズ)するのだが、それは決して自動的に崩壊するのではなく、そのポスト希少性を経済法則とする社会は「闘争によって勝ち取らねばならないもの」(ギデンズ)であると佐伯氏は述べている。

佐伯氏の言う闘争とは資本主義経済に対する批判者としての「社会民主主義」である。自由競争市場経済からの社会民主主義、福祉政策の実践であった。市場競争が生み出した貧富の格差、階級関係の再生産を、弱者救済、生活保護、失業対策、福祉重視を説くことで、それなりの説得力があった。

しかし、それらの社会民主主義経済では本質的な縮小社会での社会経済問題の解決を見出すことはできない。国家予算の大半を占める医療費や社会保険費、福祉国家は高額な納税制度によって維持されることになる。それでも、その予算の配分に関する議論は続く、つまり、医療費の8割以上を死亡する一ヵ月前の患者に費やすことが合理的なのか、それとも教育や子育て、さらに子供の医療費により予算を付けるべきなのか。

福祉国家であればその課題に真剣に取り組まない限り、その国家の方向を維持することは出来ないだろう。今日のヨーロッパ社民党政権の結末を観るまでもなく、また日本での今回の民主党政権のマニフェスト崩壊の現実を理解するならば、その根底に存在する経済の基本的課題、つまり、資源枯渇問題に対する経済政策的解答がないからである。

成長経済の終焉の可能性としての希少性の抑制機能の形成


佐伯氏は、そこで希少性とは見栄や優越願望という「模倣的競争」から生まれたものであるため、その欲望を抑制することを提案している。つまり、すでに述べたように、「模倣的競争」が力を失えば希少性も退場することになると佐伯氏は書いている。つまり、希少性が経済システムの要素から取り除かれるので、この社会経済制度は、文字通り、「ポスト希少性の社会」であると彼は書いている。

つまり、佐伯啓思氏の提案する「成長経済の終焉」つまり縮小化する社会の経済原則として、欲望の抑制が提案されている。その欲望は、まず、工業化社会を推進した市場原理と深く結びついた「希少性」を追い求める優越願望や見栄を抑制することにあると結論されないだろうか。 

言換えると、 この佐伯啓思氏の提案する縮小社会のモデルは、すでに30年前に崩壊した社会主義経済、そして国民を飢餓の苦しみに直面させている北朝鮮の社会経済システムにダブらないだろうか。我々、縮小社会研究会では、この佐伯氏が提案した「成長経済の終焉」の問題提起と社会経済モデルの提案に対して、どのように答えるか。その問題を検討してはどうだろうか。




「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_72.html


引用、参考資料

縮小社会研究会

松久寛 『縮小社会への道 ―原発も経済成長もいらない幸福な社会を目指して―』日刊工業新聞社 2012年4月 220p

市民環境研究所

佐伯啓思 [さえきけいし] 『成長経済の終焉 資本主義の限界と「豊かさ」の再定義』ダイヤモンド・グラフィック社 2003年7月10日 第1刷発行、298p


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関連ブログ文書集

三石博行 ブログ文書集「市民運動論」
三石博行 ブログ文書集「人権学試論」
三石博行 ブログ文書集「原発事故が日本社会に問いかけている課題」
三石博行 ブログ文書集「日本の政治改革への提言」
三石博行 ブログ文書集「持続可能なエネルギー生産社会を目指すために」
三石博行 ブログ文書集「民主主義文化としての報道機能について」
三石博行 ブログ文書集「東日本大震災からの復旧・復興のために 震災に強い社会建設を目指して」
三石博行 ブログ文書集「わが国の民主主義文化を発展させるための課題について」


2012年8月15日 誤字修正
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