2019年3月4日月曜日

21世紀の社会構築のために

三石博行

-成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために-


何故、私は「多様な資本主義・近代国家の様相とその構造を理解するために」という文章を書くのか。多様な国家、経済、文化の在り方を問題にしているのだろうか。

その問題の根底には、これからの21世紀社会への不安があるからだろう。20世紀は、科学技術の発展への楽観論、また社会主義や社会民主主義への期待、さらには自由主義経済への展望があった。しかし、それらの全ての視点に内在している楽観論は、地球レベルの生態環境汚染、それによって引き起こされる巨大な災害、さらには人類を破滅させる核兵器による戦争の危機、そして巨大な情報管理によって可能になる管理社会の可能性等々、多くの不安が横たわっていることを感じる。

例えば、何故、持続可能な社会を私たちが問いかけるのかと自問するなら、その答えは、明らかになる。何故なら、これからの時代、21世紀社会に対して、これまでのように人類が生活出る豊かさが保障されていないのではないかと言う危機感を持っているからである。

その原因は、現在、私たちが満悦し堪能している生活環境にある。この生活環境を獲得するために、私たちは、17世紀西洋社会で始まった近代、工業化社会、資本主義経済や民主主義社会を構築してきた。中世社会まで続いた生活環境からは想像もできないほど個人の自由や平等、そして人権を最大限に拡大することが出来た。

しかし、どこかで、この豊かさが今後いつまで続くのか不安を持っている。その不安こそが、「持続可能な社会」を願い、そして課題しているのではないだろうか。つまり、「持続可能な可能な社会」を問いかける私たちは近い未来は今までの様に豊かな生活を維持することが不可能であると感じている。その漠然とした未来への不安が「持続可能な社会」というスローガンになっているのではないだろうか。

「持続可能な社会」という課題を具体的かつ鮮明に理解し、そしてより現実的に問題解決の方法を摸索し、さらにより多くの効果を引き出すためにはどうすべきなのか考えてみる。まず、持続可能な社会、つまり持続可能な世界の在り方とは、個人のレベルから世界のレベルまでその課題が存在している。例えば、世界のレベルから列挙すると、地球生態環境、世界の平和、国・地域社会の政治・経済・文化、生活経済、文化、個人の生き方、人間関係、身体的精神的健康状態等々の持続可能な在り方を列挙することが出来る。


以前、縮小社会研究会の活動を通じながら、書き続けようと思い作ったブログ文書集「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」の課題に中に、今、書き続けている「多様な資本主義・近代国家の様相とその構造を理解するために」や「日本学のすすめ -非西洋型資本主義・民主主義社会形成過程の理論のために-」の文章を挿入追加しながら、これらの課題の焦点や目的を明確にしたいと思う。

「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」




2019年3月3日日曜日

多様な資本主義・近代国家の様相とその構造を理解するために

三石博行

- 多様な近代化過程の理解 -


1、21世紀の多様な国家形態を理解するための視点


資本主義の多様な形態に関する研究は、わが国では進化経済学学会を中心にして「比較資本主義研究」のテーマの下に研究が山田鋭夫、宇仁弘幸、玉野和志、安孫子誠男等の研究者を中心にして精力的に進められてきた。この研究を先駆けたのは、2001年に発表されたP.HallやD.Soskiceの論文「資本主義の多様性」や2003年に発表されたB.Amable の論文「資本主義の多様なモデル」で分析された多様な形態を持つ世界の資本主義経済体制の分析やその分類であった。

昨年、2018年12月18日に東京、専修大学で政治社会学会(関東政治社会学会)と公益資本主義研究会は国際シンポジューム「アジア資本主義と公益資本主義」を開催した。このシンポジュームに参加したHyun-Chin Limソウル国立大学名誉教授は「多様な資本主義、アジア資本主義」に関する研究では韓国を代表する学者である。また、原丈人氏によって提案された公益資本主義の概念や理念に基づき一般社団法人公益資本主義推進協議会が設立され、多くの学者、企業家、官僚が参加し、持続可能な資本主義経済の在り方をめぐって研究や討論を行っている。

21世紀の世界はどうなるのか、20世紀は多くの実験がなされた。社会的平等を原則として経済制度の確立を試みた社会主義経済は破たんした。また市場を海外の植民地に求め軍事的に拡大して行った資本主義(帝国主義)も二回の世界戦争を引き起こし多くの犠牲者を生み出し、そして破綻した。国際分業論を前提にしながら発展してきたアメリカ型資本主義(経済グローバリゼーションによって発展している国際経済主義)も、今、そのアメリカが「アメリカ第一主義・国際主義の否定」を言い出し、試練に立たされている。

とは言え、経済のグローバル化を抑制することは不可のである。人々の意見、評価、要求は日常的にそして地域や国家を超えて流通している。一つの地方や村で起こる出来事もインターネットを通じて世界に流れ、また一人の名もない市民の意見が世界の人々に伝えられる。あらゆる情報が社会化、経済化される。そして、それらの情報が商品化され、そのニーズに合わせてビジネスが生まれる。これが高度情報化社会によって生じている新しい文化、社会、経済活動である。21世紀は経済、文化、政治活動の国際化が急激に進行する。

多くのアジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々の人々、豊かな経済文化を知らなかった人々が、インターネットを通じて、先進国の豊かな社会を日常的に見ることができる。そして、それらの経済後進国で経済発展に向けた巨大なエネルギーが沸き起こる。帝国主義の時代に国家や民族を守るためにその国のエリートが選んだ国家指導型資本主義は、21世紀になって、そのひな形中国人民民主主義共和国の奇跡的な経済発展のモデルを、それぞれの国家の実情、地政的環境、歴史文化的環境に合わせ変化させ、多様な形態に発展するだろう。

21世紀の国際社会を特徴付ける「多様な資本主義国家の形成」に関する理解を進めるために、また、それは「多様な民主主義国家の形態」の理解に繋がる課題を含むため、そして「人権」が「先進国が発展途上国の政治指導者の攻撃の材料となり、「人権擁護」を謳いながら繰り広げられる「侵略戦争」の仕掛けを事前に見抜くために、多様な資本主義経済や多様な民主主義社会形態の基本的課題を「多様な近代化過程」の課題として、理解しようと思った。



2、三つの工業社会化過程からの分類


今、多くの国家が存在している。それぞれの国家を社会主義経済圏と資本主義経済圏とに二分していた冷戦当時の理解は今日通用しない。それらの分類を、北朝鮮や国王支配のサウジアラビア王国やイランのような宗教国家もあるために、多様な資本主義論で纏め上げるのにも少し困難を感じる場合があることは避けられない。

多様な国家形態を分類する切り口として、資本主義経済論(自由市場経済、私的生産手段の所有権、経営的利益追求権)の視点から分析するのではなく、その資本主義経済を構成する三大要素に関しても、それらの程度差が多様に存在することを前提にし、資本主義経済過程の程度を多様な国家の分類の物差しから外し、寧ろその一部として。

最も基本となる評価の基準を「近代化過程」つまり「近代化の第一段階過程」として一次産業から二次産業への産業構造の変化、工業生産力の程度に置いた。イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギーや米国等、欧米列強であれば、産業革命から重工業生産体制が発達しった19世紀、それより遅れて近代化を進めた日本、ロシアであれば19世紀末から20世紀初頭、20世紀中期まで列強の植民地となっていた国々、韓国、中国、インド等であれば、20世紀後半を重工業産業の発展期、つまり近代化の第一段階の事例として示すことができる。

ポスト工業社会は20世紀後半のアメリカを中心とする欧米日本で起こる。これを近代化過程の第二段階、もしくはポスト工業社会と呼ぶことができるだろう。この時代を迎え、国際資本主義経済体制が生まれ形成されてきた。資本主義経済の進行状況を基準にして世界の国々を評価分類しるなら、アフリカやアジアの発展途上国を代表とする前工業経済過程の国家群、タイやブラジル、ポーランド、ロシアなどの経済振興国を代表とする工業経済過程の国家群と、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、日本、韓国、ポスト工業経済過程(情報産業、知識産業、ロボット、AI等の産業形成)の国家群に分けることが出来るだろう。中国は、工業経済過程の国家群からポスト工業経済過程の国家群へと移行していると考えられる。

経済の近代化過程とは、第二次産業である工業生産の進化過程である。つまり工業生産が、手工業生産、機械製工業生産、重化学工業生産と進化する過程を意味する。経済のポスト近代化過程とは、所謂、第三次産業が生産の中核になる時代を意味する。このポスト近代化過程では、まず第三次産業、サービス生産の進化過程が生まれる。流通サービス生産、事務サービス生産、観光サービス産業が発展し、それら生産様式が進化する。その進化を支えたのが情報工学を代表とする先端技術である。情報技術を進歩によってロボット等の情報工学産業、遺伝子技術産業、インターネットを活用した高度情報交換サービス産業、AIを活用した新しい情報処理や知的作業処理産業が形成発展している。これらのポスト工業化・先端技術産業は新しい経済システム、グローバリズムと知識を資源とする第四次産業が生産の中核になる社会を構築しようとしている。
A、前近代化過程 農業、林業、漁業等の一次産業中心、手工業社会
B、近代化過程 重化学工業社会化
C、ポスト近代化過程 情報化社会、


3、多様な経済制度の近代化過程の分類


資本主義経済


多様な国家の形態を資本主義経済の発展の度合い(レベル)で評価、分類するために、まず、資本主義経済を以下の概念で定義する。
1、一つは自由な経済活動、つまり流通の自由や労働や商品市場での自由な交換活動、
2、不動産、動産、及び知的な私的生産手段の所有権、
3、企業活動におる自由な経営的利益追求権
簡単に以上三つの経済行為を原則として資本主義経済活動は成立している。

これらの三つの経済行為がすべて満足されているかどうか、それらの行為の充足状況を基準にすることで多様な資本主義国家の形態を分類することができる。すでに、B.Amable の「資本主義の多様なモデル」で分析・分類された資本主義経済の多様な形態を参考にしながら、以下のように、分類を試みた

A、君主制国家指導型資本主義経済 戦前の日本、サウジアラビア王国、
B、社会主義政党・国家指導型資本主義経済、中国、ベトナム、キューバ
C、軍事政権指導型資本主義経済、エジプト、イラク、
D、国家指導型自由主義経済 軍事政権下の韓国、戦後から高度成長期までの日本 
E,自由主義経済 欧米諸国
F,社会民主主義政権指導型資本主義経済、北欧

社会主義経済


社会主義経済も経済の近代化過程で歴史に登場した経済システムである。社会主義経済は、資本主義経済が原則としている自由な経済活動によって生じる社会矛盾に対する経済的制度的な問題解決方法を提案しながら登場した。つまり、社会主義経済の定義を述べるなら、経済活動の自由よりも経済活動の社会的平等を重視し、その社会平等を原則にした経済制度を構築した。

以下、簡単に社会主義経済の定義を行う
1、生産関係の平等の原則、賃労働関係の否定
2、生産手段等の私的所有権を認めない
3、企業活動は社会全体の利益を求めて行われる
簡単に以上三つの経済行為を原則として資本主義経済活動は成立している。

すでに、旧ソビエト連邦の崩壊によって、社会主義経済の有効性は否定され、また、中国を始め政治的には社会主義国家を名乗る国々も、資本主義を導入し、社会主義経済を修正している。

A. 社会主義経済 (国営企業中心)旧ソビエト連邦、北朝鮮
B、修正社会主義経済 資本主義化 中国、ベトナム、キューバ

以上、経済の近代化過程として資本主義経済と社会主義経済について述べた。この分類によって、北朝鮮を現代社会の多様な国家群の一つとして分類し、また、中国を代表する、一党独裁の社会主義資本主義政権化で推し進めている国家、国有企業と民間企業が共存しながら国家指導型で資本主義経済化を進めている社会主義経済国家に関しても分類が出来る。

4、多様な政治体制の近代化過程 民主主義政治


政治の近代化はフランス革命の三つ理念である自由、平等、人権(博愛)の確立と形成発展によって成立する。自由の概念は、個人の思想信条を重んじる自由主義として理解される。また平等の概念は、社会的平等を重んじる民主主義として理解される。さらに博愛は、人の生存権や人権を重視する人権思想として解釈される。

政治の近代化とは、国民主権を目指す過程を意味する。つまり、封建社会では政治権力は生まれながらにして与えられた権力者によって独占されている。政治の近代化とは政治権力がある特定の家族によって独裁継承されることのない体制を意味する。その体制では国王、皇帝、君主が個人的に権力を持つ。権力と個人が不分離な状態にある。つまり、そのためには、政治権力を持つ機能、その運営が国民によって点検され、選択されることが前提となる。選挙制度を持たない社会は、政治の近代化が行われていないと言える。

サウジアラビア王国を代表とする王族独裁国家は近代国家ではない。しかし、国王を国家元首としている国家、また戦前の日本のように天皇が国家元首であった国家も封建国家と違い、憲法がある。国王も天皇も憲法の規定によってその権力を与えられている。その意味で、封建時代の君主や国王とは異なると言える。法の支配によって国王が権力を与えられている国家は封建国家ではないが、しかしこれらの立憲王政や立憲君主制の国は、前近代的な国家であると言える。

また、中国のように共産党独裁の国家は、政治指導者は王族の家系継承者ではないが、国民全体で政治指導者を選ぶ選挙制度はない。つまり、ある特定の思想信条を前提にして選ばれた人々・共産党員の中で政治指導部が選ばれる。その意味で、前近代国家であると言える。

また、国家の理念を謳う憲法では国民によって政府は選ばれるとされながらも軍事クーデターなどで軍部が事実上独裁を続けている国がある。例えばエジプト、タイ、アフリカの軍事独裁政権等々。それらの国も、制度的には近代国家であるが現実的にはは上記した共産党独裁国家と同じように前近代国家と分類できるだろう。

政治の近代化が進んだ国家、欧米先進国を、私たちは一般に民主主義国家と呼んでいる。これらの国家を条件づけるものは、国民主権を謳う法による支配、国民による選ばれた代理人による立法活動、その立法に即して国家の機能を維持運営する行政機能、法の支配を維持するための司法機能、さらに国民主権の法の支配の下で機能する軍隊、警察機能がある。

最近、イギリスのEU離脱を巡る国民投票で国民主権・民主主義に基づくイギリスの政治を観ることができた。EU離脱交渉を進めている保守党のメイ首相は2016年6月23日の国民投票の時点ではEU離脱派ではなかった。EU離脱を決定した国民に政治的判断に即して今日まで粘り強くEUやイギリス議会でEU離脱の条件に関して話し合いを進めている。メイ首相自身の政治的意見ではなく、国民が選んだ選択を最後の最後まで尊重し、それが仮に合理的な判断でないと首相自身が理解していたとしても、彼女の政治行動はあくまでも国民投票の結果に対して誠実な姿勢を取っている。保守党の党首メイ氏のこのぶれない一貫した姿勢にイギリスの民主主義政治文化の奥深さを感じる。

その点で謂えば、2月24日に行われた辺野古米軍基地の埋め立て賛否を問う沖縄県民投票の結果に対して、安倍政権が取った姿勢はイギリスの保守政党のそれとはまったく正反対であった。国民主権国家であるなら、選挙結果が法的な強制権を持たないとしても、その結果は沖縄県民(日本国民)の意見である。その結果を無視することは、沖縄県民の願いを無視することと言うだけでなく、国民主権国家の理念を無視する、重大な憲法違反の行為であることは言うまでもないだろう。少なくとも、政府は辺野古米軍基地建設を中止し、その意思を米国に伝え、米国との交渉を行うこと、もしくは、他の解決策を摸索する誠意を示すことが必要であろう。その意味で、日本は政治的な近代化、民主主義の形成に関しては欧米先進国に比べ非常に遅れている国であると言える。

A、前近代的政治体制 立憲王政 サウジアラビア王国
B、前近代的政治体制 一党独裁体制、中国、キューバ、ベトナム、
C,前近代的政治体制 軍事独裁体制 エジプト、アフリカの諸国、タイ
D,近代的政治体制 国民主権 一党長期政権体制 日本、ロシア
E,近代的政治体制 国民主権 政権交代政治体制 欧米、オーストラリア、ニュージーランド、韓国


5、多様な文化の近代化過程 人権主義文化


人権主義を最も侵害する行為は暴力である。最も巨大な暴力とは戦争である。戦争は無条件に人命、生活環境、財産を奪う。平和時に殺人や強盗は刑罰の対象となるが、戦争では敵を殺し敵の社会を破壊すことが当然にように行われ、その殺人や破壊は名誉な行為として評価される。人権を語る時、その国家が行う殺戮や破壊行為に対して批判が起こることは当然のことでる。

戦争、民族浄化(ジェノサイド)、テロ、殺人、暴力、差別、ハラスメント等々、命を奪い、財産を破壊し、身体を傷つけ、社会的立場を奪い、生活環境を破壊し、生活の糧を奪い、働く場を取り上げ、人間としての誇りを傷つけ、ことばによる暴力、偏見や差別等々、それらのすべてが人権を守る行為に反するものである。戦争からいじめやハラスメントまで、人々は非常時や日常時に常に人権を脅かす出来事に出会いながら生きている。

民主主義文化の究極の課題は人権主義文化の構築である。その意味で、軍事力によって国際的な紛争の解決を行うことが現実の紛争解決の最も一般的な政治手段となっているこれまでの歴史や現在の世界では人権主義とは絵に描いた餅のように言われるだろう。最も現実的な紛争を解決する政治的手段として軍事力の保持が言われ、そのために、より強い軍隊、より進んだ軍備が求められる。

現実の政治の現場では、理想的な平和主義は、実際の問題解決力を持たない考え方であると一言にして否定される。確かに、現在、日本が最も安価にしかも有効な防衛力を持つという課題を解決するとすれば、「ミサイルと核装備」が最も安上がりで有効な方法であることは言うまでもない。そしえt、その論理はすべての国にそのまま応用される。すべての国が、強大な核兵器の破壊力を防衛のための手段とするなら、簡単に核兵器が使われることになるだろう。

文化の近代化として人権文化は、その進化は、すでに上記した経済制度の近代化過程や政治体制の近代化過程に付随して、進化している考えられる。経済的豊かさいこそが、人権文化を醸成する土壌となり、また、政治制度の近代化が進まない限り、人権文化は現実の社会に根を下ろすことはない。その意味で、経済や政治の近代化過程の分類をそのまま、人権文化の進化、つまり文化の近代化過程に援用することが出来る。

A、前近代的人権主義文化 立憲王政 サウジアラビア王国 
B、前近代的人権主義文化 一党独裁体制、中国、キューバ、ベトナム、
C、前近代的人権主義文化 軍事独裁体制 エジプト、アフリカの諸国、タイ
D、近代的人権主義文化 国民主権 一党長期政権体制 日本、ロシア
E,近代的人権主義文化 国民主権 政権交代政治体制


参考
公益資本主義  https://ja.wikipedia.org/wiki/公益資本主義



国際シンポジウム「アジア資本主義と公益資本主義」

持続可能な経済システムとは何か


多様な資本主義の形態に関する研究を基にしながら、現在のアメリカを中心とする国際金融資本主義、さらには中国に代表される国家資本主義の在り方を理解し、21世紀の持続可能な経済システムとしての資本主義の在り方を摸索する国際シンポジュームをHyun-Chin Limソウル国立大学名誉教授を招待し、また公益資本主義研究会の丹治幹雄氏を招き、昨年、2018年12月18日に開催した。すでに終わったこのシンポジュームの意味を再度確認するために、ブログで紹介する。


政治社会学会(関東政治社会学会)と公益資本主義研究会


主催:関東政治社会学会
後援:合衆国公益法人 アライアンス・フォーラム財団

日 時:平成30年12月18日(火)13時30分~16時30分
会 場:専修大学神田校舎7号館8階782教室 https://www.senshu-u.ac.jp/access.html
参加費:2000円(資料代を含む)

【趣旨】歴史的にみると、最初の5世紀(1,000-1,500 A.D.)は、アジアがヨーロッパに優っていたが、それに続く最近の5世紀(1,500-2,000 A.D.)は、北米とリンクしながらヨーロッパがアジアを凌駕してきた。しかし、2000年代に入り、中国の急速な台頭で、欧米優位の考え方に、疑問を挟む議論がにわかに浸透してきている。とくに欧米型の資本主義モデルに追随してきたアジア諸国にとって、みずからの経済発展を独自の視点から改めて評価することが求められようとしている。言うまでもなく、アジアで最初に経済成長を成し遂げた国は日本であるが、その後、五龍(韓国、台湾、香港、シンガポール)が、さらには五虎(タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ヴェトナム)が経済発展を成し得たことは周知の事実である。これに中国とインドのグローバルな台頭を考えれば、「アジアの世紀」が再び台頭してきたと考えてもおかしくない状況下にある。しかしながら、このようなアジアの資本主義と言っても、その中身は多種多様であり、Hyun-Chin Lim教授が指摘するように、比較パースペクティヴなアプローチから、その共通性と多様性、つまりアジアで何が起こっているかをまずは理解する必要があろう。
 さらに、このようなアジア資本主義という視座に立てば、当然、わが国や中国で注目を浴びてきている、原丈人氏が唱道する、「公益資本主義」に言及せざるを得ない。アメリカ型「株主資本主義」を批判し、株式会社は、決して株主だけのものではなく、従業員や顧客、仕入先、地域社会、さらには地球全体などを含めた、マルチステークホルダーのためのものであると説き、「公益資本主義」とは、松下幸之助の言う「企業は社会の公器」であるという概念に集約できるものであるという。その言葉に、現在の日本経済に漂う経済的閉塞感を断ち切ってくれるものとしての国民の期待感も強い。経済成長との関連性など、日本発の「公益資本主義」の特色は一体どこにあるのか、幅広い立場から改めて「公益資本主義」を考察してみたい。
(文責・荒木義修)    


【プログラム】(使用言語 英語)
  
開会挨拶 原田博夫(関東政治社会学会会長、専修大学経済学部教授)
  
司  会  三石博行(前政治社会学会理事長、NPO太陽光発電所ネットワーク副代表)
  
講 演  Hyun-Chin Lim 先生(ソウル国立大学アジアセンター創設所長、名誉教授)
        「アジアの資本主義をいかに研究するか」
     通訳 三石博行

講 演  丹治幹雄(アライアンス・フォーラム財団理事、公益資本主義研究部門長)
        「公益資本主義と経済成長」
<休憩>
  
討 論  井出亜夫(JCMS㈱ アジア交流塾塾長、元経済企画審議官
討 論  原田博夫(関東政治社会学会会長、専修大学経済学部教授)

<質疑応答.>

閉会挨拶 荒木義修(法学博士、政治社会学会・公益資本主義専門部会長、A・アソシエイツ研究所)

                                                                



2019年3月2日土曜日

日本学のすすめ(2)  

三石博行

―市民参画型民主主義社会形成のために―


2、ホスト国家指導型政治体制を目指す課題・わが国の課題


2-1. 終焉する官僚指導型国家・現代日本の政治現象


1980年代に入り、日本の高度経済成長は終わった。そしてその後失われた20年と謂われる右肩上がりの経済成長のない、平成時代から始まる。この時代になって、これまで日本経済を牽引してきた国家指導型経済政策(官僚指導型経済政策)が有効な力を発揮できなくなるのである。しかし、この時代的な変化への対応が遅れた。何故なら、これまでの経済政策の基本的構造が破綻したことを、その牽引役を果たした官僚たちが認めることは困難であった。しかも、経済活動の主体が民間企業に移りゆく時代であったのだが、そのために国家が行わなければならない変革は、官僚指導型制度・経済規制制度の見直しや、その制度見直しの主体の変更が求められていのである。かくて、明治維新を成功させたように、革命の主体であった武士たちがその利権や経済的存立基盤を自ら放棄し、国家の発展のために犠牲になるという奇跡は霞が関では起こらなかった。

すでに、自由主義経済文化の発達した欧米、取り分け、英国やアメリカでは、巨大な民間企業が資本主義経済の推進主体となり、世界経済を席巻する力を持っている。日本の企業がその国際競争力を問われ、その力を自ら開発、形成、展開しなければならない時代に入った。現在の日本の資本主義経済を担っている企業は、海外市場でも活躍をしている国際競争力を持った企業である。

この時代の経済政策の指導者は官僚ではなく、民間企業やシンクタンク、またNOPの人々になって行く。勿論、官僚のサポートが全く必要ないと言うのではなく、これまでの果たしてきた官僚の役割が変化する理解すべきである。官僚指導型の終焉は、適格な経済政策への関与の欠落のみでなく、それらの制度や人材の劣化によっても生じている。例えば、年金問題での不祥事、森友、加計学園問題で明るみになった公文書の偽造は国民全体の利益を無視した「政権への忖度」、そして現在進行中の労働統計の不祥事問題、これらの現象は官僚指導型社会の終焉を意味する。

2-2. ホスト官僚指導型政策決定国家を目指す課題


最も急がなければならない課題は、この不祥事の追求に明け暮れるだけではなく、新たな時代、つまりホスト国家指導型資本主義経済体制のための制度設計の構築である。例えば、日本の企業がより強力なグローバル企業へと発展するための制度設計、先端技術制度を導入した社会インフラの構築に必要なすばやい科学技術・産業政策、さらには人口減少の進む社会での人的資源の有効活用、市民参画型社会構築、相互扶助型社会、女性の社会経済活動への参加推進政策、海外からの優秀な人材受け入れ制度、労働力資源の再教育・再活用強化、格差社会の是正、再生可能エネルギー資源社会の形成と発展、地方分権による日本国全体の経済活性化、等々が挙げられう。

現在の日本経済政策を考える時、アベノミクスに代表される「成長型経済政策」を再度点検しなければならない。何故なら、右肩上がりの高度成長経済現象は後発型資本主義社会の経済現象に見られる経済現象である。すでに高度経済成長が終わり、成熟型経済状態にある日本の経済戦略を考える必要がある。まず、それまでの高度経済成長を促した経済構造から、新たな産業構造に変革に何が必要であるかを考えなければならない。

その点で、2000年代に日本の経済政策は適格ではなかったと言える。大きな躓きは、2011年の原発事故のあとで民主党政権がエネルギー政策の変換を行おうとしたが、その後、自民党政権になれ、原発中心のエネルギー政策が復活し将来のエネルギー政策を大きく変更し、後退してしまったことである。また、高度情報化社会に向けて、インフラ整備を民間に任せておいたことによって、近隣国、韓国に比べて情報産業の育成が非常に遅れた。新たな産業を育成さるためには、国家が新産振興政策として指導する必要がある。また、新自由主義経済政策を取り入れ、過度の民営化政策が高等教育や人材派遣等、人的資源の育成と管理の事業に取り入れられ、大学教育への予算削減や派遣労働による若年労働者の質の低下を招いた。その他等々、成長型経済を前提にして続けられている多くの経済政策を点検する必要がある。

昨年以来、国会では政府自民党・安倍政権に対する批判が続いている。それらの批判の根本的問題は、現実の日本社会の問題解決力を持たない官僚指導型の政策決定機構にある。その解決は、大臣の首を切るだけでは済まないし、公文書を公然と破棄、もしくは改竄する官僚に重い刑罰を与えるための法改正だけでも基本的な問題解決策にはならない。勿論、やらないよりやった方が良いのであるが、しかし、先ず、これらの構造的問題は何かを考える必要がある。

2-3. 問われる行政・立法機能の改革と無力な利益集団・政党と官僚


日本社会の政治変革の構造的な問題は、すでに前節で述べたように、日本経済は高度成長期を終え、成熟型経済状態にあるということを理解すること、そして、その問題解決のための中長期の経済戦略を立てること、勿論、国民生活の細かいサポートを行うために目の前の現実的な経済政策を執り行っていくこと、である。問題はそれらの政策実現のために、官僚が中心になるやり方ではなく、より多くの民間の力を活用し、寧ろ民間が中心となりより多様な問題解決力を磨き上げていく体制作りを行うことである。そのために、官僚機構は、コージェネレーション機能として自らを改革し、問題解決のために、国全体の力、経済界、学術界、市民層、地方自治体等々の力を集めためのスキルを高め、システムを構築することである。

勿論、官僚機構の改革だけでなく、政治機構の改革も必要となる。政策提案や政策討議をしない国家とは、国民に対して無責任な集団であると言っても過言でない。つまり、議員は、自ら政策提案を出来る能力を持たなければならない。そのために、それぞれの政党は、その政党の政策理念を明確に国民に示す義務がある。そして、その理念に対して、すべての政治政策を提案しなければならない。ましては政府から提案提出される政策に対して、対案を出す義務がある。単に反対と批判を述べるだけでは政党として無責任であると言わざるを得ない。

しかし、現在の政党や政治家に政策提言を要求することは不可能かもしれない。何故なら、政権与党は各省庁に所属する専門家(官僚・役人)に政策提案や法律条文を書いて貰うことが出来た。また、野党は官僚の協力を全く得ることが出来ないために、自分たちの力で政策提言、それに必要な法律、条文や制度設計案を提案することが出来ない。そのため、野党は与党の提案に反対するか賛同するかの選択を迫られることになっている。これではホスト国家指導型政治体制を目指すことは出来ない。現在日本の深刻なす課題、官僚指導型国家を脱却するためには、野党が十分に政策提言を行える政治環境を整えるべきである。

勿論、与党も官僚達も、この考えには賛成することはないだろう。何故なら、野党は、反対ばかりして政策を出せない無能な集団であると国民に理解させた方が、与党にとって有利となるからである。また、官僚にしても、政策を決定する権利をわざわざ他の集団に明け渡すことで自分たちの利権を失いたくもないからである。この国や国民のことを優先して問題解決を行う姿勢の欠如、つまり、所属集団の利益を最優先し、現状に適用しない国家指導型政治体制を放置し、変革しないことである。国滅びて官僚あり、国民貧困化し政党あり、この国はもう一度、大変革を起こさなければならないのだろうか。

つづき


日本学のすすめ(1)


-非西洋型資本主義・民主主義社会形成過程の理論のために-


三石博行


はじめに


多様な資本主義国家の形態 -中国型資本主義経済の理解-


資本主義社会のイメージは、それが人類史の中で初めて形成されたイギリスをモデルにして考えられている。そこで、日本の近代化過程・資本主義社会の形成過程を考える時、その姿が西洋社会・国家と非常に異なり、アジア型の資本主義社会に関する理解が求められてきた。

20世紀後半(第二世界大戦以後)帝国主義経済下で植民地化されていた多くのアジアアフリカの国々が独立を果たし、経済的に成長(資本主義経済化)する中で、その資本主義は日本型資本主義(国家指導型資本主義経済化)を取りながら発達した。その代表例が中国である。

歴史的に、国家が強力な経済力を持つためには、社会主義経済よりも資本主義経済が有効であることは、旧ソビエト連邦が崩壊したことによって歴史的に実証された。その意味で、北朝鮮にしろ、経済的発展を今更社会主義経済体制で可能にするとは思っていないだろう。その意味で、北朝鮮が共産党独裁国家指導型資本主義経済体制の形成を目指すことは疑いないと言っても過言ではない。

そればかりではない、サウジアラビア王国のように、国王・王族が指導し、王国型資本主義経済体制も生まれている。

そう考えると、イギリスをモデルにした資本主義経済を典型的な資本主義と呼ぶことは、現在の多様な資本主義経済体制の在り方を正しく理解するために障害となっていないだろうか。資本主義とは何か、もう一度、考える必要がある。

そして、多様な資本主義経済体制を理解することで、現在の中国とアメリカの、またロシアとヨーロッパの経済・貿易・政治的な摩擦を社会主義イデオロギーと自由主義イデオロギーの政治的な紛争として全面対決させようとする単純な政治論争から抜け出すことが出来ると思う。

逆に言うと、わが国は、ロシア(前民主主義的国家指導型資本主義経済)、中国(共産党独裁国家指導型資本主義経済)、北朝鮮(共産党独裁国家指導型社会主義)、韓国(民主主義国家・成熟した資本主義経済)の国々に囲まれ、また隣接している。その中で、それらの国々と共存するための政治、外交や経済的な関係を形成しなければならない。


そのためには、古臭いイデオロギー論に基づく分類分けを辞めなければならないだろう。そのために、多様な資本主義の在り方を理解するための研究が問われている。


1、日本の近代化の歴史に学ぶことによって、今の発展途上国の経済政策は理解できる。


1、日本史の中の日本的事象の理解から


1-1. 日本の古代、中世、近世の歴史


海外に出て、自分が生まれ育った日本という国を観ると、この国が世界史の中で、特別な存在であることを知る。大まかに日本の歴史を分類すると、大きく三つの流れが存在している。

第一段階は、朝鮮半島や中国大陸からの先進文化や技術を積極的に受け入れ統一国家・日本を形成して行った古代から中世の時代である。これらの時代では隣国の朝鮮半島や中国大陸の国家との関係、そして、その影響を強く受けていた。

第二段階は、武士階級という日本独自形態の支配階級の形成、そして同時に独自の日本文化や社会制度を形成した鎌倉から江戸までの封建社会、近世日本の社会文化が開花した時代である。この時代はモンゴルを含め朝鮮半島と中国大陸との関係はもとよりルネッサンスを経て発達した西洋社会の影響が日本に及んでいた。それらの影響を受けながらも、日本は貿易や鎖国を通じて、独自の日本文化や社会制度を発展させた。


1-2.明治維新と呼ばれる特殊な革命


第三段階は、江戸末期(幕末と呼ばれた時代)から始まる。近代科学技術の発展、それによる新たな生産・流通の体制、資本主義経済の発展によって得た強大な軍事力で世界中を植民地化して来た西洋諸国やアメリカ合衆国。これらの列強国家の植民地支配から日本民族を守るために、鎖国を続けた江戸幕府を終わらせた明治維新。そして新たな明治政府によって、欧米の軍事、政治、社会制度や科学技術が取り入れられ欧米型の近代国家を目指す政策が進められた。

この維新(日本型の革命)の主体は封建時代、近世江戸時代まで支配階級であった武士である。つまり、支配者階級の中で、下層階層(下層武士階層)が上層武士階層から武士支配の権力を奪い、自らの武士階級の特権を破棄したのである。

こうした革命は、ヨーロッパの市民革命とも異なり、日本近世社会から近代社会への変革期に起こった日本型の近代化社会の流れの特徴であると言える。そして一次産業中心の経済活動を土台にして成立していた封建制度・江戸幕府を終わらせ、二次産業を発展させ、巨大な生産力を生み出す近代国家を目指すために、すべての犠牲をそれまで支配者階級に属していた武士たちが受け止めたのである。

武士階級が自らの階級を解体した革命史は、多分、西洋にも、他のアジアの国々にも無いのではないか。これの歴史の背景をより正確に分析する必要がある。つまり、経済的要因のみでなく、精神と呼ばれる要因が果たす歴史への影響について、分析する多くの材料を影響している。また、この要因の形成の歴史的背景のみでなく、その後の日本社会への影響が、さらに新しい日本の歴史へと作用したことも理解でくるのである。


1-3. 近代国家形成のための国家指導型資本主義経済政策


第四段階は、明治時代から始まる日本の近代国家の形成過程である。天皇制度を活用し近代国家(日本型立憲君主制・国家指導型資本主義経済)を形成して行った。列強から強いられた「不平等条約」によって必然的に生じる経済的収奪、その収奪から日本民族を守るために、明治時代の国を思う人々(政治家、軍人、官僚、学者、経済人等々)は、素早い近代化を推し進めるなければならなかった。

富国強兵は、当時の世界情勢、帝国主義の時代、列強が植民地拡大主義を展開していた時代の中で、国家を守るための当然の政策であった。そのため、国民教育改革、国民徴兵制度、軍備の近代化、製鉄等の重工業化、国家指導の産業育成振興政策が進められた。

国家指導型資本主義経済政策は帝国主義時代の経済政策であり、後発型の国家であればあるほど、強烈な国家指導型の資本主義経済制度が進められたのである。国家指導型の資本主義経済政策は明治、大正、敗戦までの昭和時代、そして、敗戦後の立憲君主制を改め国民主権の政治体制を目指した昭和の高度経済成長の時代まで続いた。

1-4. 後発資本主義国家として国家指導型資本主義経済政策の必然性


戦後、植民地支配から独立した国々は、明治時代に日本が試みた産業政策、富国強兵制度、国家指導型の資本主義経済政策を取りました。勿論、当時、素早い近代化社会(工業化社会)を形成するための政治体制は資本主義だけでなく、旧ソビエト連邦を代表とする社会主義国家でも行われていました。経済の近代化は具体的には工業生産社会の構築を意味します。また、政治の近代化としての民主主義の二つの要素、つまり、自由と平等の要素があります。その二つの要素のどちらを重要にして政治体制を構築するかで、資本主義(自由主義)経済か社会主義(平等主義)経済かの選択がなされた解釈できる。

その意味で、共産党独裁制度による旧ソビエト連邦を代表とする社会主義国家の形成も、天皇を国家元首とした専制君主制度を活用した旧日本帝国憲法下の近代日本の形成も、迅速な近代化、重工業社会化、資本主義経済化を推し進めるための国家指導型の政治・経済政策であったと解釈できる。そして、天皇制・君主制資本主義国家帝国日本も共産党独裁国家ソビエト社会主義連邦も共に軍事大国化し、一方は敗戦により、他方は経済的破綻によって崩壊した。

その教訓に立っているかどうかは不明であるが、アメリアを中心とする連合国の指導の下、天皇制資本主義国家から国民主権資本主義国家へと帝国日本は平和国家日本へと変貌した。また、共産党独裁国家ソビエト社会主義連邦の経済発展の限界を見極めてか、ソビエト型社会主義経済を目指した中華人民共和国は、社会主義経済政策を破棄し資本主義経済政策を国家が強烈に介入指導する戦略を選んだ。その選択の模範となったのが戦前戦後の国家指導指導型経済政策で急激な経済成長を成し遂げた日本であった。その強烈な国家指導体制によって、現在の中国経済は形成、発展し、日本のGPPを数年前に抜いて、2018年にはその2倍になろうとしている。もはや、ゆるぎない経済大国になった。そして、数年後にはアメリカのGPPと肩を並べる時代がくることが予測されている。

国家指導型の資本主義経済政策の成功は、すでに日本、韓国、そして中国で歴史的に立証されている。この政策をアジア、アフリカ、中南米の後発型資本主義国家が採用することは言うまでもない。言い換えると、この資本主義国家は、それらの後発型国家の歴史や文化によって多様な形態を取る。例えば、21世紀の社会で、国王が国家を支配する社会は前近代国家、絶対封建制度の社会であると理解されるだろう。しかし、サウジアラビア王国をはじめとして国王が権力を持ち、積極的に王国指導で資本主義経済政策を取っている国家もある。こうした国家の資本主義経済体制を、これまでの欧米型資本主義社会の概念に理解することは出来ない。

1-5. 多様な近代化過程、ポスト近代化過程の中での世界の理解


その意味で、多様化する資本主義社会の在り方を理解する一つの方法として、政治経済の日本学を提案したいと思った。その場合、これまで学んだ社会政治学の近代国家に関する定義の変更が必要となる。これまでの資本主義形成の社会経済史はイギリスをモデルにしている。それでは、アジアやアフリカの資本主義形成の歴史も現状も理解することは出来ない。資本主義経済と民主主義、そして人権主義が一つのカテゴリに閉じて語られる欧米型の市民革命、市場経済、福祉制度の概念をまず破棄してみよう。

ヨーロッパ、とくにイギリスの周辺国家の視点から考えると、資本主義経済化は近代化という政策の一部である。その目的は富国強兵制度の確立、つまりイギリスを代表とする帝国主義からの祖国防衛、もしくは、イギリスに負けない強烈な帝国主義国家となり、イギリス帝国に匹敵する植民地を支配することが、目的となる。これは第二世界大戦までの資本主義国家の生存を掛けた課題であった。第二世界大戦後、多くの植民地国家が独立し、それらの国家が植民地時代への反省に立ち、経済力や軍事力を持つ国を目指し、近代建国を始める。そして現在、その近代化政策として国家指導型資本主義政策が最も有効な手段であると理解されている。

経済の近代化政策として資本主義経済がある。すると政治の近代化とは民主主義である。民主主義は個人の自由と人々の社会的平等によって成立する。人々の自由を重視する民主主義を取っている代表例がアメリカである。また、社会的平等を最優先した政治の近代化を選んだのが旧ソビエト連邦やそれの続いた社会主義国家であった。さらに文化の近代化とは人権主義である。その意味で人権尊重の社会文化は、福祉国家の重要な課題であるととは説明する必要もない。

フランス革命のスローガン、自由、平等、博愛(人権)は、近代国家の理想のスローガンであった。自由も、経済活動の自由、思想、宗教、政治信条の自由、性文化(ジェンダー)や性別自己判断の自由、等々多くの概念がある。なた平等もそれぞれの個人を取り巻く社会文化環境の概念によって規定が異なる。例えば、社会的平等、経済的平等、民族的平等、人種的平等等々。そして人権も、個人の取り巻く固有の社会文化生態環境の中でそれぞれ多様な概念をもって登場するだろう。

世界には同じ国家は無いように、また同じ国家の中でも多民族国家もあるように、それぞれの多様な社会文化伝統の異なる地域社会には、それぞれの近代化過程が存在している。また、近代化過程を終焉した先進国、ポスト近代化過程を迎えた国々でも、異なるポスト近代化・現代化過程に向かっていると言える。その意味で、資本主義経済化、民主主義政治化、人権主義文化化の過程はそれぞれの国や地域によって多様であると言える。

敢えて言えば、現在の中華人民共和国の国家指導型資本主義経済政策、朝鮮民主主義人民共和国の国家指導型社会主義経済政策、戦前日本の天皇制国家指導型資本主義経済政策、戦後日本の官僚国家指導型資本主義経済政策、サウジアラビア王国の国王国家指導型資本主義経済政策、アメリカ合衆国の民主国家の国民主体型資本主義経済政策も、経済近代化過程、もしくは経済ポスト近代化過程の一部として、理解することが出来るだろう。