2010年2月17日水曜日

吉田民人先生を偲ぶ

三石博行


「先生、天から降りてきて、この文章の意味を説明いしてよ」


吉田先生にお会いしたのは関西大学で社会経済システム学会があった時だった。そして、2000年秋の同学会全国大会が奈良女子大学で開催され、大会シンポジュームの基調報告者3名の中に吉田先生と共に報告することになったとき、学会主催者からシンポジュームのために事前に報告者の報告文章が送られて来た。そのとくはじめて、先生の「プログラム科学論」「設計科学」の概念に触れることができた。それは、驚きであった。私が追い求めていた概念が、すでに体系化されて書かれてあった。
シンポジューム報告では、自分の理論の紹介よりも、吉田先生のプログラム科学論との関係での私の「生活資源論」の概念の紹介になったことを覚えている。

それから先生に連絡を取った。第1回目の先生の無償講義は東京市谷の私学会館だった。先生は若い時代、高校時代の思い出からお話された。京大文学部哲学科に入学され、社会学を専攻されたが、近所にご住まいの先生に分析哲学の講義を受けたお話、色々な若い時代の失敗談に至るまで、お話をされた。プログラム科学論の講義を受けに来ていた私は、録音をしながら、何一つ先生のお話を聞き漏らさない意気込みであったので、先生の個人的なあまり公にできそうもない失敗談まで録音し続けていることに戸惑いを感じていたが、当の先生は、そんなことはお構いなしで、あまり面識のない私にためらいもなく、お話を続けられた。
日本社会科学界の権威であり、当時、日本学術会議副議長をされている先生が、躊躇することなく、過去の失敗を話されることに私は、ただ驚くばかりであった。

それから、何回となく先生の無償の講義が続いた。その度ごとに、先生から論文を渡された。そして、その度ごとに、私の論文をまるで学生がレポート提出をするように、先生に渡した。
次の機会に、先生は私の論文の中で、よいと思えるところを述べた。
また、私の方は、先生の理論が新しい科学哲学の提案であると理解し始めた。

関西大学での大学院の講義や国際高等研の研究会に参加される時、こんどは私の自宅で、朝から夕方までの無償の講義をお願いすることになった。しかも、先生が肝臓の病気であることは知らなかった私は、長い時間の講義を続ける先生に対して身体的な心配などしたこともなかった。何時間でも理論上の議論をされる精力的な姿からは、重い病気をもっているとは到底思えなかった。
遺伝子免疫学の話になって、隣で聞いていた妻はその研究を続けていたために、話に加わる。そして、話はますます専門的になっていった。

先生にお会いして、勉強を続ければ続けるほど、先生の理論だけでなく、先生の人格、学者精神に触れる機会に出会えた。そして、ひたすらに学問好き、真理を追い求める謙虚な姿、学生のような(子供のような)精神の柔らかさに接し、感激した。今となって、先生の学問的理論を学ぶことへの幸運さと共に、いやそれ以上に、ひたすら学問を研究する、最後の最後まで研究者として生きている人間吉田民人に出会えた幸運を感じる。

それは尊敬の念を超え、これこそが自分が死を前にして、こうあってほしいと望む、生きている理想の姿ではないかと思えた。

先生はよく私に、「死ぬことは怖くない」と言われていた。しかしひとつだけやり残している仕事があるといわれていた。それは自分の理論を世界レベルで検証することであると言うことだった。
そうした思いを語った時、先生は「第一回国際システム研究会関連世界大会」で基調報告をすることになった。先生の理論を英訳し、それが出版された。大きな反響だった。また、先生のスピーチ、発音も素晴らしかった。英語のうまさは驚きであった。そして、多くの海外の研究者から、論文の依頼があった。しかし、先生の理論を英訳する時間は先生には残されていなかった。残念である。先生の理論は、おそらく、世界の社会科学、科学哲学の最先端であり、それがいち早く世界に紹介されないのは、多くの日本の優れた人間社会科学理論と同じように、日本語のローカル性によるものだ。

私が先生に理論的な面でもっとも感謝しなければならなかたのは、私の中でかくて批判学として成立していた概念がいつの間にか固定概念として、それ以上、新しい概念を受け入れないほどに保守化している現実を知った時であった。つまり、我々の世代、物理主義への批判から来る現象学的な世界認識、素朴実在論への批判、その極論としての存在論の否定、そうした世界観がいつのまにか私の固定概念を形成していた。そのため、吉田先生の進化論的存在論を理解するためには、非常に多くの時間が必要だった。物理主義を批判しながら、なぜ、哲学が自然存在論を語る権利をここで再び主張するのだろうかと疑問を投げる。しかし、その存在論は先生の情報概念の理解を前提にしていたし、それは資源概念を前提にしていた。しかも、その存在論はプログラム性、つまり、自己組織性をもっていた。そこで進化論的存在論と命名されていた。

吉田科学論(科学哲学)の概念を正しく理解するためには多くの時間が必要だった。私は、幸運にも、直接、先生へ質問する機会を得た。しかし、何とも不十分であった。もっと時間が必要だった。

現在、Eddy Van Drom氏(大阪大学理学博士)と吉田先生の論文をフランス語にし、英語に翻訳している。困難な概念に時間を費やされるたびに、「先生、天から降りてきて、この文章の意味を説明してよ」とEddyさんが叫ぶ。私も苦笑する。 そして私は必死になって文章の意味を、色々な具体例を取り出して、説明する。フランス語日本語が行き交う。 文章の意味に関する議論、解釈、具体例を引いて演習等々、我々の吉田理論の理解に関する検証作業を経ながら、4時間で僅か半ページの文章がフランス語訳される。はじめのころは、五分の1ページ進むだけで、時間が過ぎた。

私への無償講義の最中、先生も私に、色々な具体例を取って、理論の説明された。今、私が、それをしなければならない。 具体例を引くことで、まるで昔やった物理学や化学の演習問題を解いているような思いになる。 しかも、具体例で理論の検証をすることが、プログラム科学論の精神(科学哲学的意味)を持っていることを実感できる。

一緒にプログラム科学論研究会を立ち上げた槇和男氏(京大理学博士)が、吉田先生の論文や本を読みながら「まるで、物理の本を読んでいるようだ」と言ったことを思い出す。 それは、二つの意味がある。一つは、科学論理的厳密性を問われる学習であること。もう一つは、現実の人間社会の課題や問題の認識、解釈と解決に対して理論が力を持つことで、その理論の正しは検証されるということである。理論物理化学を研究し、それを企業で実際のシステムや商品開発に応用してきた槇氏であるからこそ、吉田先生のプログラム科学論の真意が理解できるのだと思えた。

私のプログラム科学論の学習は始まったばかりである。いい友に恵まれ、そして多くの仲間の参加を願いながら、吉田民人という個人に具現化した学者精神、つまり吉田民人先生個人が望んでやまなかった理論形成、これからの科学技術文明社会における人間社会学科学の科学基礎理論の形成、またそれに向かうための真摯な科学精神を身にした一学徒精神へ、吉田民人先生のこころを学び、受け継ぐことであろう。  

問われる現実の課題に立ち向かう研究者の真摯な姿を持ち続け、研究活動を続ける日常生活の中で、私たちは、つまでも、先生とともに生きることができ、先生は、私たちの研究活動や思想活動の中に生き続けるだろう。

合掌

参考


三石博行のホームページ 「哲学」「プログラム科学論」
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/kenkyu_01_03.html

吉田民人論文リスト
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/pdf/kenkyu_01_03/cYoshida_ronbunlist.pdf



にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2010年1月28日木曜日

吉田民人先生の論文リスト完成

三石博行


昨年10月27日の不幸な知らせを受けて、急遽、吉田民人先生の論文リストの作成に取り掛かりました。

吉田民人先生が1959年から2008年までに発表されました論文を殆ど入手し、リストにしました。
リストは グループメール「プログラム科学論研究会」の「ファイル」に「吉田民人論文リスト(1958-2008)というPDFファイル名を付けて置いてありますので、誰でもダウンロードできます。必要な方は、活用してください。

プログラム科学論のサイトでは、ファイルを添付できません。
そこで 三石博行ホームページに「吉田民人論文リスト」のページを作ってあります。


三石博行のプログラム科学論研究
発表論文等記載
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/kenkyu_01_03.html

吉田民人先生の発表論文リスト
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/pdf/kenkyu_01_03/cYoshida_ronbunlist.pdf


プログラム科学論研究会
http://groups.google.co.jp/group/programeology?hl=ja


------------------------------------------------------------------------------------------
プログラム科学論・自己組織性の設計科学に関する文書はブログ文書集を見てください。

ブログ文書集「プログラム科学論・自己組織性の設計科学」目次と文書リンク
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/03/blog-post_3891.html


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2010年1月7日木曜日

コルカタ

コルカタ

三十年ぶりのコルカタ。
昔のリキシャはタクシーに代わって、すごい排気ガスを出しながら走っている。

必死になってその日を生きている人々。

明日という幻想でなく、これから1時間後に生きていられるという幻想を痛いほど理解さす街。

それでも、人々は激しい喧騒の呼びかけ合いの中に、私の理解をはるかに超えたやさしさをもっていた。

それは理解を超えた文法と意味からなるクラクションのメロディーだった。

生きることに執着することは美しいのだとドロだらけのアスファルトから、
もうもうと湯煙を上げて、壊れた陶器のかけらが騒ぐ。

これは限界の世界だ。
これは狂気の世界だ。

それでも、人々の生はあまりにも軽く湯煙のように散っていく。

もし、明日があれば、それは奇跡だ。
もし、君と明日出会えれば、それも奇跡だ。

それは、寛容の世界だ。
それは、了解の世界だ。

しかし、もう私は眠い。

2009年10月29日木曜日

東アジア共同体構想と日本のEU協会運動の役割

22世紀を迎えるとき評価される壮大な試みとしての東アジア共同体構想

The social role of the Kyoto・Nara EU Association and the idea of anEast Asia Community (EAC)

Hiroyuki Mitsuishi

We hope to create a plan for the establishment of the EAC, however,this formation could be difficult because of the different politicalsystems in Japan, Korea and China. Because of the different economicgoals of these countries, the EAC should begin the first step byworking towards friendly relations between the three countries, whichis the goal of the EAC. And, these improved relations will help thecivic cultural exchange in East Asia which willl also help theserelationships to develop. In addition, the credit transfer systembetween universities in East Asia countries, which the Japanesegovernment is planning, will also help to encourage talented peopleto help establish the EAC.


現政権が打ち出した東アジア共同体構想は実現して欲しい課題である。これまでの歴史の中で、国際的な国家の連合の枠組みを決定していたものは共通する政治的立場や利害であった。例えば、55年体制を代表するソ連を中心とする社会主義国家連合とアメリカを中心とする自由主義(資本主義)国家連合の二つの国家連合があった。同様に、欧州石炭鉄鋼共同体設立から出発したヨーロッパ共同体も共通する政治経済の立場にたった自由主義国家の連合である。

その共同体を共通の政治文化理念として支えていたのはヨーロッパ評議会である。「人権、民主主義と法の支配」を理念とし、人権裁判所設置、死刑廃止などの人権擁護、ヨーロッパ文化アイデンティティの保護とその文化的多様性の推進など欧州地域の少数民族言語の保護、環境問題、教育問題、スポーツ推進、青少年の保護、共同司法制度、麻薬や組織犯罪などの撲滅、文化財保護、ヨーロッパ内の格差廃止、開発資金の設置などにヨーロッパ評議会は取り組んできた。

日韓中を中心とする東アジア共同体構想はヨーロッパ共同体の違い、必ずしも自由主義国家の連合体ではない。その意味でEU形成の政治文化思想基盤を均すための役割であったヨーロッパ評議会に相当する共同体形成のための推進機能を準備することは困難であろう。しかし、鳩山政権の推進するこの構想は、当時不可能と言われていたEUへの長く困難な試みと同じように、21世紀半ばを過ぎ、22世紀を迎えるとき、評価される壮大な試みであると言える。


まず、東アジア共同の経済的利益を前提として出発

アジア周辺国の近代化は必ずしも欧米型近代国家の形成と類似した形態を取るとは限らない。ソ連や社会主義中国の形成は、明治維新によって成立した大日本帝国と同じように、欧米列強の帝国主義植民地政策から自国を防衛するための、つまり近代工業化を国家主義的に推進するための手段であった。その意味で、東アジア共同体の中で、自由経済を推進する社会主義中国と自由主義国家日本と韓国がそれぞれの国家の政治経済の利益を共有することが可能であると言える。

東アジアの平和と安全を保障するために、ソ連崩壊や中国の改革開放以後、日米同盟には仮想敵国として民主主義ロシアや現在の現代中国を位置付ける必要はない。その意味で、基本的に日米同盟と東アジア共同体構想が対立することはない(勿論、日本は東アジアの政治的安定のためにロシアとも和平条約を提携する必要があるのだが)。

しかし、人権問題や国内政治のあり方でも異なる政治制度を持つ中国と東アジア共同体構想を育て形成していくためには、共通する政治文化を性急に要求し合うことは出来ない。そのことがまず、東アジア共同体構想が出発するための第一公理である。そして、この構想が展開していくための第二公理は、東アジア共同体構想の基本に経済的共通の利益を置く、東アジア経済共同体形成の構想が展開されることである。例えば、東アジア経済共同体では、未来型産業の共同研究、省エネ・資源再利用型産業、農工産業の形成、第四次産業(研究開発型産業)育成等々の課題が緊急に検討されるだろう。


東アジア文化アイデンティティの形成に向けた交流と日韓中大学間単位互換制度の確立の意味とEU協会の役割


数年前の韓流ブームは、日本に近くて最も遠い国であった韓国を本来の地理的位置に戻した。多くの日本人がハングル語を学び、今や大学で多くの学生が第二外国語としてハングル語を選択している。そして、NHKのEV特集「日本と朝鮮半島2000年」の番組に観られるように日韓間の緊密な歴史が大衆的に検証・了解されようとしている。この数年の日韓関係の改善に韓流ブームを起こした韓国ドラマの功績は大きい。

韓国や日本の文化は中国文明の影響を抜きには語れない。この三つの国に共通する文化は、2000年以上前から続いてきた東アジアの文化・人的交流によって形成された。東アジアには儒教や仏教を中心とした生活文化アイデンティティが存在する。自然観や芸術文化、建造物、生活感覚など東アジア独自の文化、その文化的多様性が、2000年の時を経て得られた我々の生活文化の基底を構成する。そして、ここ150年間で、私たち東アジアの文化は、経済発展に必要な近代工業化社会建設の中で共に変貌しようとしている。

共通する経済的利益を前提に発展する東アジア共同体の流れを根底から支える力は、東アジアの人々が文化アイデンティティを共有することである。しかし、わが国は、過去の戦争の過ちに対して、十分に向き合っていると被害国の国民に思われていない。まず、そのことを解決しなければならない。再び悲惨な戦争を東アジアで起こさないために、東アジア市民間の文化・人的交流を創らなければならない。

すでに、現政権は日韓中三国の大学間単位互換性制度を具体的に提案している。EUのエラスムス・プログラムによってヨーロッパの大学ではEU内の学生が共に学び交流する機会を得ている。EU大学間の共同研究や良い意味の大学間競争も起こり、EUの将来を担う若者がそこで育っている。EUの大学コンソーシアムに学ぶことは多い。また大学コンソーシアム京都の経験は、東アジア高等教育単位互換制度を確立するときに具体的に役立つと思われる。京都・奈良EU協会は、日欧学術教育文化交流活動でヨーロッパ学研修プログラム等を企画し活動している。これらのプログラムを、将来、東アジア共同体を担う人々の教育として位置づけ、活動を続けなければならない。何故なら、我々がEUに学びEU市民と交流する目的は、我々東アジア生活文化圏の平和と共存のためにあるからだ。

KNEU-No4 京都・奈良EU協会 会報No4 記載


------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
6. EU関係及びEU協会運動

6-1、生活運動としての国際交流運動

http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_14.html

6-2、日欧学術教育文化交流委員会ニュース配信
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_8507.html

6-3、文化経済学的視点に立った国際交流活動
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_26.html

6-4、新しい国際交流活動のあり方を模索して
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/06/blog-post.html

6-5、我々はEUに何を学ぶのか
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/07/eu.html

6-6、東アジア諸国でのEU協会運動の交流は可能か
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/09/eu.html

6-7、東アジア共同体構想と日本のEU協会運動の役割
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/10/eu.html

6-8、欧州連合国の成功が21世紀の国際化社会の方向を決める
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/21.html

6-9、Eddy Van Drom 氏のインターネット講座 ヨーロッパ評議会の形成史
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/10/eddy-vandrom.html
ブログ文書集「国際社会の中の日本 -国際化する日本の社会文化-」 から

2009年10月8日木曜日

批判的にも共存する方法

三石博行


自己制御プログラムの形成の必要性

誰でも、ある不当な扱いを受けたとき、その不当さに憤りする。人から受けた不当な扱いや暴力に対して異議を申し立て、また反撃に出るのは至って当然の行為である。その限り、人々の相互の行為は「やってはやられる」ことを繰り返し、その繰り返しを続けながら、あるときは仲良くなり、あるときは決定的な敵対関係に発展する。それが人々のコミュニケーションのあり方であり、人の生き方であり、人が人に対する考え方であり、それが人々の人生の姿となっていることは疑えない。

どんなシステムでも、そのシステムの運用を間違い、結果的に誤りを犯すことが必然的に生じる。間違いはシステムの必然的現象であるともいえる。システムと呼ばれるプログラムの運用機能が、そのプログラムの運用を必然的に間違うのである。つまり、間違いを犯すことまで、システムプログラムの組み込まれているかのようである。例えば、遺伝子のコピーの誤りから、モラル的誤り、社会秩序の混乱など、誤りはシステムの運動の中で必然的に生じる現象であると言える。システム上の問題は、それらの誤作動によって生じたバグやごみを処理する機能があるということで、誤りの結果、誤りの過程に学ぶ機能があるということだ。そして、その誤りの結果を修正する機能がなければ、システムは崩壊するので、その優秀な機能があることが最大の問題になる。

例えば、一国主義の国際外交政策でさんざん失敗を重ねてブッシュ政権の誤りを、オバマ政権が修正することが出来るのも、民主主義国家としてのアメリカの政治的機能である。アメリカの政治というシステムが過去の外交政策の誤りを修正できる機能を持つということが、アメリカへの信頼となるだろう。そして、日米同盟を考える上でも、そうした相互の国際政策の誤りや正しさを評価し修正しあえる関係こそが、政治的システムの中で求められている。日本の民主党の言う「日米間の対等な関係」とは、日米同盟が健全な姿、つまり国際平和と共生の政治的立場に共に立ちながら、お互いの政策に関して相互に点検する機能を持つことと、同時に共同で平和と共存の国際世界を構築することである。それらの考えは一国家の政治的利益を前提にしている以上、アメリカのブッシュ政権も日本の鳩山政権も同じ政策を打ち出すことはない。当然のこととして、お互いの国家的利益を前提にした政策が提案されるだろう。しかし、その違いや生じる利害、もしくは批判や受け入れ不可能な相互の立場を前提として、理念として共有した「国際社会の平和と共存」の立場に立ち戻りながら会話を続け、また共通した政策を共に実行すること以外にない。

個人的な人間関係にしろ、人々はそれぞれ意見や感性の異なるもので、相互に批判や意見の違い、感情の違いを持つものである。そのため、他者への批判や異議は当然生じるものである。大切なことは、他者へ率直な意見を言わないことでなく、言ったとしても、そして過去に批判しあった関係や敵対した関係が合ったとしても、それを修復する精神的や生活文化的機能があるということだ。

しかし、こうしたことは、簡単なようで、非常に難しいことだ。何故なら、人は他者に対して優位に立っている場合のみ、他者の批判をおおらかに受け入れることが出来るもので、もし、批判した人にたいして少なくとも何らかの劣勢な感覚を持つ場合には、その批判にたいしておおらかに、「彼の言っていることも一理あるかもしれない」などといえないものである。

批判されたことが心底こたえる場合は、それがあまりにも的を得ている場合が多いのである。その意味で、批判され批判する関係のあり方は、批判する側よりも、批判される側に、考えなければならない問題が多く存在しているように思える。

批判を不当な非難や不当な扱いとして感じる自分(批判されている側の主観的現実としての論理)を分析するために、もう一歩進んで、その不当さと判断した自分を自己分析し、不当な批判や扱いと思う自分と向き合うことの大切さ、必要性が理解できている(そうした自己制御プログラムを持っている)ことである。

しかし、理屈では分かっていることが、実際には、なかなか困難な作業である。そこで、その困難な作業をもっと分かりやすく、簡単な方法になければならない。

1、例えば、不当な行為を受けたと思う自分に対して、その理由の一端が自分の側にあるのではないかと仮説を立てってみる。なかなかそう思えないので「仮説」と立って、その理由をあれこれと探してみる。

2、過去に、自分も同じくらい彼らに不当と思われる行為をしたのではないか。そう仮説を立ってみる。

3、不当な行為の問題は、受けている場合には自覚でくるが、行っている場合には自覚し難いものであると仮説を立てる。自覚しないまま不当な行為を行っていたと仮説を立ててみる。

以上の、他者からの非難や不当な仕打ちに対する自覚のための制御プログラムが出来上がった。しかし、この制御プログラムも自然に機能することはない。それを機能させるための強い意志が必要であることは言うまでもない。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2009年9月17日木曜日

提案 「高速道路の無料化と地球温暖化対策」

三石博行


高速道路の無料化と地球温暖化対策は可能か


鳩山総理の地球温暖化対策に対する具体的な方針は世界に日本の政治的リーダーシップを示すすばらしいものでした。現在の人々の生活と100年後の世界を考えるのが政治の姿勢であると確信しています。

1、高速道路の無料化の意味は大きいと思います。

現在、週末高速道路が値下がりしたでけでも、ETCの利用者は増え、週末家族で都会から地方へと遊びに行く人々は増えました。その経済効果はあると思います。その意味で、高速道路の無料化の方向は決して間違いではないとおもいます。しかし、この政策が一番民主党のマニフェストの中で不人気ではないでしょうか。なぜか、それは、利益を受ける国民ですら、高速道路が混雑すること、また、それによって二酸化炭素を多量に排出する現在の自動車社会が継続することを懸念しているのではないでしょうか。

2、エコカーに対する高速道路料金の値下げ

そこで、高速道路料金をエコカーに対して、もしくは環境基準を守っている車に対して、下げるということは出来ませんか。例えば、ジーゼルエンジンのトラックですが、発がん性物質である浮遊粉塵の対策をしていない車は、高速料金を無料にしてはいけません。逆に、ハイブリッド車や電気自動車などは優遇すべきだと思います。エコ対策を進めることと、高速道路無料化を一本化すると、おそらく、企業も民間もその対策を取るでしょう。その経済効果も大きいと思います。そして、高速道路周辺で起こる公害問題に対しても、説明がつくと思います。

3、高速道路無料化に対する専門委員会を開いて、幅広い人々の意見を聞きながら、マニフェストを実行してください。

昨夜の諸大臣の所信表明演説を聞きました。すばらしいに一言。これまでになかったことが起こると確信をしました。しかし、明治以来続いてきた、しかも戦後もそのまま引き継がれた官僚主導の国家運営を改革することは大変だと思います。日本の近代化に貢献してきた官僚制度だけに、それが今日、まったく機能せず、また弊害を起こしていても、伝統の強さは恐ろしいものがあると思います。そのことに挑戦できるのは民主党だけです。がんばってください。
問題は、いかに多くの専門家を集め、豊かな知識と多様な意見を取り入れて政策に活かすかということです。過去の貧しい日本社会では民間に多くの専門家が居なかったため、官僚がそれを支えていたのだと思います。科学技術文明社会では、大学、研究機関、企業、NPO,NGOに多くの専門家がいます。それらの人々(国民)を活用することが、多分、官僚主導型の国家運営から国民主導型の国家への変換を生み出すと思えます。
この高速道路無料化でも、多くの専門家を集めて議論してください。これまでは官僚が自分の意見を通すために、言いなりになるような人々を集めて、専門委員会を作りました。それではだめです。民主党は、政策を検討する時に、幅広い専門家を集めてください。高速道路無料化に対しても、交通工学、流通経済、環境問題、地域経済、観光開発、家庭経済等々の専門家の参加が必要でしょう。そして、すべての専門委員会のメンバーの業績を公開してください。その上で、高速道路無料化と意中温暖化防止が両立できる政策、法案、システム改革を提案作成してください。

最後に

何事も成果しか見ない社会になっています。確かに、成果も大切です。しかし、ものごとを成し遂げるまでの、また失敗したとしても、その過程を理解し共有することも大切です。つまり、どのようにして高速道路無料化と地球温暖化防止を両立するための政策が検討されたか、その努力がどのようにして払われてきたのかの過程を大切にすることが必要です。マニフェストは実現しなければなりません。そしてその成果を国民に示めさなければなりません。その上で、その努力の過程、手段、方法も示すことが大切です。何故なら、必ずしも100パーセント成功しないからです。しかも、その不成功に学ぶことが多くあり、それを国民と共有することだと思います。それが国民による国民のための国民の政治であり、そして、それしか官僚主導型国家運営から脱却することが出来ないと思います。その理念、つまり国家の改革に参画することを国民に訴え続けてください。
その民主主義の理念が日本の文化とするときに、鳩山首相のいう「友愛」が日本の伝統文化になると信じます。

2009年9月1日火曜日

東アジア諸国でのEU協会運動の交流は可能か

三石博行


東アジア諸国でのEU協会運動の交流は可能か
Is the integration of association in an EU styled movement among East Asian countries possible?

At the 50th anniversary commemorative lecture for the establishment of the European Coal and Steel Association of Japan and France held in Nara October 12, 2003, Dr. Johannes Preisinger, then Consul general of Federal Republic of Germany, said that the EU looked to Japan as the one country in East Asia that could lead an East Asia alliance endeavor for peace and coexistence similar to the one developed by EU.
However, when viewed against the long history behind the establishment of the EU, the present conditions vis-a-vis Japan's insufficient postwar neighbourhood community building activities and mutual understanding efforts throughout East Asia make it currently seem impossible for Japan to play any such key role in the region involving federation building initiatives among its East Asian neighbours.
We therefore wonder that a trial of association be possible if working alongside the EU to establish such a community committed to these idealistic and lofty goals। One that would similarly promote protection for the myriad indigenous community and country cultures, whilst developing the new federation concept. This could be one step on the path to realizing the suggestion of Dr. J. Preisinge.


EUに学ぶとは日本が「東アジアの平和と共存のための連合」を目指すこと



プライジンガー博士は、EUと日本との未来の関係について壮大な構想をお話された。つまり、博士はEUが日本に望むことは日本が東アジアでEUと同じような平和と共存のための連合、例えば「東アジア連合」を創ることであると述べたのである。


困難な東アジアの平和と共存のための連合国家形成の現実


EUは長い歴史を経て形成された。中世以来の戦争の歴史が前提になっている。例えば、ヨーロッパでの戦争は、13世紀から15世紀に2回、16世紀に3回、17世紀に4回、18世紀に6回、19世紀に12回、20世紀に27回と増加の一途を辿り、20世紀には二つの世界大戦が勃発、7000万人以上の犠牲者を出した。

その反省に立ってヨーロッパ統合(チャーチルの欧州合衆国構想)の考えが生まれ、1946年5月のロンドン条約によって欧州評議会が10ヶ国の加盟で発足した。欧州評議会は、17世紀以来、ヨーロッパから始まる民主主義国家の基本理念(人権、民主主義、法の支配)を普及するために活動し、現在47ヵ国が参加している。欧州評議会の活動をバックに、ヨーロッパ経済共同体(EEC)からヨーロッパ共同体(EC)を経ながら、EUは、ヨーロッパがより国際社会で政治的影響力を持ち豊かな経済圏を維持するために1993年に発足した。現在27ヶ国が加盟しているEUは、欧州憲法、司法、政治、経済、行政、通貨、治安警察、軍隊等々の統一機構の形成に取り組んでいる。

このEU建国の長い歴史を顧みるなら、EUと同質の東アジアの平和と共存を目指す連合の構築はそう簡単でないことが分かる。東アジアの国々では、これまでの長い紛争の歴史は勿論のこと、先の戦争の歴史事実も共有されていない。日本の戦争責任に対する国民的な取り組み 隣国で起こる反日運動、多くの課題が解決されないまま残されている。東アジア諸国がEUのように平和と共存を課題にして国家間の枠に囚われない連合を創り出すまでには非常に長い時間が必要であると思われる。


EU協会でなければ出来ない21世紀の国際交流


日本が東アジアの国々との平和と共存のための連合形成に努力することが、EUが日本に望むこと、そして日本がEUに学ぶことであると言うプライジンガー博士の提案を、我々のEU協会は受け止めたい。何故なら、EU協会活動の基調として、EUの建国の理念、つまり一つの国民国家の利益を超えて平和と共存のために広域共通文化圏の平和的共存が述べられているからである。その意味で、EU協会は今までの二国間の国際交流活動と明らかに異なる課題を我々に問いかけている。

また、欧州評議会の目的の一つである「欧州文化アイデンティティ保護と文化多様性の推進」は、そのままEUに引き継がれている。日本のEU協会でも、それぞれの地域社会文化に即した活動を尊重した運動が行われ、国内での交流が起こるだろう。そして、同じ地平で、 東アジアの国々、ロシア極東地域や北朝鮮も含むかもしれないが、韓国、中国や台湾の地域でのEU協会活動との連携や交流も可能になるだろう。我々は、まず地域文化多様性を認め合った国内、東アジアのEU協会相互の交流もEU協会の活動に入れたい。そこから、プライジンガー博士の提案にむけた地道な努力を積み重ねたいと思う。


KNEU-No3 京都・奈良EU協会 会報No3 記載

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
6. EU関係及びEU協会運動

6-1、生活運動としての国際交流運動

http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_14.html

6-2、日欧学術教育文化交流委員会ニュース配信
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_8507.html

6-3、文化経済学的視点に立った国際交流活動
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_26.html

6-4、新しい国際交流活動のあり方を模索して
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/06/blog-post.html

6-5、我々はEUに何を学ぶのか
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/07/eu.html

6-6、東アジア諸国でのEU協会運動の交流は可能か
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/09/eu.html

6-7、東アジア共同体構想と日本のEU協会運動の役割
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/10/eu.html

6-8、欧州連合国の成功が21世紀の国際化社会の方向を決める
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/21.html

6-9、Eddy Van Drom 氏のインターネット講座 ヨーロッパ評議会の形成史
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/10/eddy-vandrom.html
ブログ文書集「国際社会の中の日本 -国際化する日本の社会文化-」 から
欧州石炭鉄鋼共同体設立50周年を記念するために、2003年10月12日、欧州アルザス日本学研究所のアンドレ・クライン所長を講師に招き、奈良日仏協会、奈良日独協会、奈良日仏文化交流会の共催により「フランスとドイツの午後」が行われた。来賓として招待されたドイツ連邦共和国総領事ヨハネス・プライジンガー博士が挨拶のスピーチを行った。

2009年8月4日火曜日

プログラム科学論の研究課題

三石博行

プログラム科学論と人間社会学基礎論の課題

A, 問題提起としてプログラム科学論の展開のための研究課題

1、 自己組織系の情報科学とその情報概念に対自している実在概念の展開の必要性 

2、 情報性と実在性の一般概念を、人間社会学のレベルに落とすと、「知識」と「資源」の概念にならないか。

3、 自己組織系の情報科学に含まれる「狭義の情報概念」としての「知識」から、知識社会学を位置付けなおす必要はないか。

4、 狭義の資源概念としての社会や生活資源はマルクスのいう資本の概念と同義語であるなら、資源論は資本論の上位概念として展開できるのではないか

5、 人間社会学のレベルでの自己組織系の情報―資源科学は、知識社会学と社会文化生活資源論の二つの相補的学問領域として展開されないか。

6、 それらの自己組織系の情報-資源科学の科学哲学として、プログラム科学論が位置するのではないだろうか。


B.人工物プログラム科学論の課題

1、 人工物プログラム科学論の領域内に含まれる学問分野として人間社会学が挙げられる。その学問分野での中心課題は、人間社会情報と人間社会資源である。

2、 人間社会情報の現象(意識)形態を知識と呼ぶことにする。すべての人間社会情報はその了解過程では言語形態の情報、言い換えると知識として現れる。

3、 それらの言語形態の情報・知識は生活主体とその環境に対する指示情報を持つ。つまり、生活世界における知識とは、その生活世界の現実を理解するだけでなく、それに作用し、それを変えるものである。

4、 また、生活世界の知識(生活情報)は、どの社会的環境に対しても共通に成立する生活主体の社会的生存条件を確立するための一次生活情報の形態がある。

5、 さらに、生活主体の社会文化的環境に対して適用し、その社会文化的機能を担うための二次生活情報の形態がある。それは当然、その社会文化環境の改善を前提にしていると同時に、それはその特殊な社会文化的条件の生活情報、知識であるといえる。

6、 当然、生活世界(生活空間)の中には、それぞれの個別の特徴ある社会文化空間性が存在し、そして、その中で生活主体は、生活空間の豊かさを直接の目的にしない生活行動を取る場合がある。それらの行為の目的は、生活者自身の内的現実(主観的現実)を満足されるためにのみに生活行為が遂行される。それを三次生活行為といい。また、そのために必要とされた社会生活情報、知識を三次生活情報と考える。

7、 社会生活情報の主観的にも客観的にもその実在的、つまり物質的背景を資源、資本と考えるなら、社会・生活世界の科学は、社会・生活世界の情報(知識)とその資源に関する科学であると謂える。社会・生活世界の情報-資源の科学、これは人間社会学として分類されてきた科学領域、の科学哲学として、人工物プログラム科学論が位置する。


C.人工物プログラムに関する分析課題1 外在化過程

1、 現象学の古典的テーゼ、「内的世界の外在化と外的世界の内在化」。この主観的現実と客観的現実の弁証法的運動として認識、意識形成過程、生活世界の現象形態を理解してきた。

2、 言語過程、生活行為過程、労働過程、生産過程はともに内的世界の外在化過程である。この内的世界の外在化過程(言語活動、社会生活行為)によって社会生活資源が作り出される。それらの社会生活資源の匿名状態過程を物象化といい、それらの物象化された生活資源によって社会生活環境が作り出される。

3、 その形成過程は、社会生活主体のもつ社会的機能に対する意識、社会的役割に対する自覚とそれを実現する行為によって生み出される。それらの行為は、社会制度として外在化している情報(知識)によって制約され、決定される。

4、 つまり、外在化過程には生活主体の行為を決定するプログラムとその行為の条件を決定するプログラムがある。生活主体の行為を決定するプログラムは様式とよばれた。つまり、生活主体がその自我の構造として、生活の知恵、科学的知識、技能として持ち、自我を構成する情報の一部として所有する行為を決定する知識、プログラムである。

5、 また、それらの生活主体の行為は、それを取り巻く社会生活環境によって制約されている。この制約条件と呼ばれる情報、社会的現実として与えられた環境が、行為主体の洋式を制約、規定する。その意味で、制約条件(決まり、習慣、法律)の情報とその情報が発生する社会機能と構造を形成するプログラムがある。

6、 社会生活行為を生み出すプログラムとは社会的役割に即した行為を選択遂行する自我の構造と機能を意味する。自我の行為条件を決定する社会生活環境のプログラムとは社会的制度の内容を意味する。その制度は社会的経済的分業、社会的経済的コミュニケーション、社会的経済的生産過程に関する制度を意味する。

7、 この研究は、言語学、発達心理学から社会学や経済学までの研究成果を前提にしながら進むものと思われる。

D।人工物プログラムに関する分析課題2

内在化過程

1、 最も、神秘的なプロセス、人は何故、言語を習得したのか、社会的文化的アイデンティティを確立したのかという疑問がこの課題に付随する。

2、 この研究では、身体化の過程を問題にしなければならない。つまり、外的世界の情報、その世界での個人の特殊な社会的役割の了解作業が、その個人の自我の形成過程と密接な関係にあることは言うまでもないが、その情報は身体化され、つまり、脳神経生理的な物質的土台に入力されなければならない。その入力の過程の脳神経的、精神内科的、精神分析的、心理的作用、それを決定する機能が問題となる。それらを、内在化過程のプログラムと呼ぶことはできないか。

3、 今まで、このプログラムに関しては、絶対に相容れない二つの(もしくはいくつかの)理論があり、それによって、このプログラムに関して語ることが非常に困難であった。一つは脳神経学、もう一つは精神分析学である。現在は、脳神経学が優位に立ち、「脳科学」という用法で、行為過程の説明を試みている。しかし、それに対して、精神分析は、その説明では個人とよばれるある特定の社会的文化的存在者の言語活動の具体的内容まで立ち入って説明できないことを主張するだろう。

4、 客観的現実、社会的実在、生活環境や生活資源の物質的要素が決定する主観的世界形成過程は社会的様式(社会規範、習慣、社会制度や分業)が内的世界の行動規範にプログラム化されることである。そのプログラム化は内的世界、つまり生活主体を作る身体にそのプログラムを入力し、脳神経生理的物質化すること、その行動様式を生みだす身体運動を支える筋肉から反射運動までの肉体を構築することである。

5、 また、それらの運動を生み出す自我、意識、言語活動の身体的土台を作ることである。


あとがき

1、 プログラム科学論を展開するために、人間社会学の研究課題に引き付けて、その公理の一つ一つを検証しなければならない。今、資源論の著作作業の最中です。この課題までは行き着きませんが、作業の中で、不断に検討する必要がある。



参考
三石博行のホームページ 「哲学」「プログラム科学論」
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/kenkyu_01_03.html



----------------------------------------------------------------
プログラム科学論・自己組織性の設計科学に関する文書はブログ文書集を見てください。

ブログ文書集「プログラム科学論・自己組織性の設計科学」目次と文書リンク
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/03/blog-post_3891.html


Tweet

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2009年7月17日金曜日

我々はEUに何を学ぶのか

ヨーロッパ市民が求めるEU文化アイデンティティーとしての「平和と共存」

三石博行

Peace and coexistence≫ as an EU cultural identity as demanded by theEuropean citizen.

In our globalization society, a nation comprising of various races,cultures and languages forming its social milue is going to be bornand not in the form of a country supported by a pre-existing national identity। This is the magnificent experiment started by the EU.

When European citizens first began to call the two World Wars "our two Civil Wars", it was in order to relate them directly to thehistory of the formation of the United States of America by recalling the American civil war between its northern and southern armies almost150 years ago.

Thus it is necessary to agree via multiferious talks, not war, to evolve and develop the 《European United States》((United States of Europe)) as the formation of the European
citizen's cultural identity must be based in peace and thecoexistence.

Hiroyuki Mitsuishi


我々日本人は、1000年前からこの日本では日本語(少しは変化したが)が話されてきたし、これから1000年後も同じように日本語が話されるだろうと信じて疑わないだろう。しかし、この確信をいったい世界中のどれくらいの人々が持っているだろうか。
ヨーロッパから来た友人は、先祖、祖父の代ではフランス語でなくドイツ系の言葉を喋っていたといっている。彼の苗字もドイツ系だ。しかし、彼はドイツ系の言葉を日常的に喋ることはない。ドイツ語とフランス語は日本語の方言とちがい文法や単語も非常に異なっている。ゲルマン系の言葉からラテン系の言葉に同じ家族が3代で変わってしまう。こうした言語文化現象をわれわれ日本人は理解できないと思う。

国民国家の定義は、18-19世紀ヨーロッパで市民革命を経て成立した国家、フランス人とかドイツ人と呼ばれる同一文化と言語を持つ人々から成る国家を意味する。多様な言語文化が近代国家の国民教育政策で一つの言語文化に集約されていく。長い歴史の流れの中では、こうした地域の言語文化圏の変遷過程は珍しいものではない。
また、国際化社会では、多くの人々が海外で生活をする。日本人も外国に住み、そこで子供たちが成長する。もしくは、その地に永住してします。幸運にしてその国の国籍を貰えた人々の家族では、日本語を話す環境はそう長く続かない。アメリカでも日本語をまったく喋れない日系アメリカ人三世も多い。日本でも、ハングル語を喋れない在日韓国人三世や四世もいる。
主観的世界、自分の意識を中心とした世界から観れば言葉は非常に重要なものである。日本で生まれ、日本の学校教育を受け、日本語しか話せない在日韓国人にとって、自分が日本国籍を持っていないことが不思議であると思うだろう。

国際化時代では、同一言語文化を国や民族のアイデンティティーとして考えるこが困難になっているのだろうか。ヨーロッパ連合に参加する異なる言語文化圏の人々が、EUという新しい国家を目指すとき、何がそのアイデンティティーになるのでろうか。例えば、旧古代ローマ帝国の領地とかキリスト教文化圏ということがEU国民のアイデンティティーになるだろうか。EUが一つの合衆国として成立する過程で必要なEUアイデンティティーの基本が何かということは興味深い課題である。
ヨーロッパ評議会やヨーロッパ連合の形成の原動力となった二つの戦争を、今まで「世界大戦」と呼んでいたヨーロッパの人々が「市民戦争」と呼ぶようになった。それはアメリカの南北戦争を現在アメリカでは市民戦争とよんでいる歴史と重なる。あの戦争も、合州国家から合衆国家への変移を意味する。そう考えると、ヨーロッパ連合は連合国家から合衆国家の成立過程の一こまという仮説も成り立つ。EUは多言語を国語とするまったく新しい合衆国家を創る実験舞台にみえる。一言語文化をEU合衆国家の文化的アイデンティティーとしないなら、何がその合衆のアイデンティティーとなるのか。そこで二つの戦争を市民戦争として位置づけている考え方にヒントが与えられている。

つまり、それは平和と共存ではないだろうか。もし、この平和と共存が国家成立のアイデンティティーであると言えるなら、イギリスやフランスの市民革命が、その後世界史に大きな影響を与えたように、EU連合からEU合衆国家の成立も同じぐらい大きな影響を与えるだろう。それは過去の血と武器による革命運動でなく、話し合いと相互理解によって成立していく新しい平和共存の社会思想を我々に示すことになるだろ。
 
 
 
KNEU-No2 京都・奈良EU協会 会報第2号記載
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
6. EU関係及びEU協会運動

6-1、生活運動としての国際交流運動

http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_14.html

6-2、日欧学術教育文化交流委員会ニュース配信
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_8507.html

6-3、文化経済学的視点に立った国際交流活動
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_26.html

6-4、新しい国際交流活動のあり方を模索して
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/06/blog-post.html

6-5、我々はEUに何を学ぶのか
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/07/eu.html

6-6、東アジア諸国でのEU協会運動の交流は可能か
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/09/eu.html

6-7、東アジア共同体構想と日本のEU協会運動の役割
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/10/eu.html

6-8、欧州連合国の成功が21世紀の国際化社会の方向を決める
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/21.html

6-9、Eddy Van Drom 氏のインターネット講座 ヨーロッパ評議会の形成史
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/10/eddy-vandrom.html

ブログ文書集「国際社会の中の日本 -国際化する日本の社会文化-」 から




にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2009年7月2日木曜日

生活科学基礎論1

家政学・生活科学と生活学の形成史から観る「生活改善の科学技術」の学問形態

三石博行

アメリカ家政学の誕生から科学主義的生活科学へ
▽ 生活改善の科学技術としての「生活の科学」は、19世紀末のアメリカでは人間生態学( Human ecology)、家政学(Home economics )から始まり、発展してきた。アメリカ家政学の創設者であるエレン・リチャーズはマサチューセッツ工科大学(MIT)で化学を学び、女子教育の促進を課題にしながらMITに設置された女子実験室から家庭生活の改善のための科学教育を目指し、『調理と洗濯の化学』と『食品材料とその粗悪品』の二冊の小冊子を出版した。この学問は、その創設の段階から、生活改善のために自然科学の発達で得た専門的知識や技術を活用し援用してきたのである。
▽ 古い社会風習を打ち破り人間の平等と自由の生き方や考え方の上に新しい社会を形成することが、生活改善の科学技術の目的と合致していたのである。19世紀後半から20世紀前半にかけて人間生態学や家政学は封建的観念に支えられた古い家族制度を変革し、その中で女性の人間的自由を確保し人権を擁護するための知識であり技術であった。合理的精神の発達によって、女性の人権を認めない封建的観念を批判し変革する民主主義社会の条件を導くものであると信じられていた。科学的合理主義に基づく家政学教育が、そこで展開して行くのである。同時に、科学的な方法論、特に自然科学的方法論を家政学に取り入れることが、家政学の発展の方向を決定することになる。
▽ 家政学に、必然的に自然科学的研究成果やその研究方法が取り入られる。その意味で、生活改善の科学技術の形成には「科学主義」の思想があったといえる。そして、食生活の改善を目指す家政学が、食物学、食物栄養学、栄養生理学、分子栄養学と食物や栄養に関する学問として進化し発展してきたのである。科学的方法や知識を取り入れ発達してきた家政学、生活科学が今日の「生活改善の科学技術」の主流であることは疑いない事実である。

日本生活学の誕生から人間社会学としての生活学へ
▽ アメリカ家政学の形成と発展の歴史に対して、日本で形成される生活改善の科学技術の発展の経過は少し異なる。日本では1910年代に柳田國男から民俗学を学んだ今和次郎によって生活学(Lifeology)が提案された。今和次郎は前近代的生活風習や生活環境によってもたらされる生活の貧困性・生活病理を解決することが生活学の学問的課題であると考えた。彼の生活学の方法論として考現学を提案した。考現学とは生活環境を構成している要素である物的材料、生活道具、生活資材、生活素材などを調査の対象に限定し、まるで昆虫採集のようにそれらを採集し、それらのデータを統計的に分析する方法である。その考現学的方法を用いて生活病理の社会環境の要因(外科的生活病理)や生活習慣から来る要因(内科的生活病理)を分析した。つまり、現状の生活環境に適した適正な生活改善対策を提案するためには、生活環境の客観的現実を正確に認識することが必要である。そこで、生活現場(フィールド)を構成している物的根拠、生活道具や生活環境の物質的要素を集める。その物質的要素に基づいて分析や解釈をおこなうのである。考現学が今和次郎の生活学の調査方法を支える考え方となっている。その方法に基づいてフィールドから調査データが集められ、生活病理の状況が理解されることになる。その意味で、今和次郎の生活学は実証主義の立場にたって社会文化現象を分析する研究姿勢を取った。
▽ さらに日本で生まれたもう一つの生活学の流れを紹介する。それは、戦中1940年代軍国主義の嵐の中、勤労者の健康を守るために医学者である篭山京によって提案された「生活構造論」である。医者である篭山京は生理学的立場から人間生活の回復や消耗疲弊の過程をモデル化して、勤労者の生命や生活力の擁護のために生活構造論を展開した。生活する人々の肉体的条件、生理的条件、経済的条件を前提に、それらの人々の生きている現実、生命、言い換えると生活人の肉体的経済的素材性を擁護するための理論であった。その意味で医師、生理学者篭山京は、軍国主義の最中にあって、今和次郎の文化人類学、民俗学的視点に立った生活学と異なり、経済学的立場に立ち、現在の生活科学の中に含まれる生活経営的立場を取って、勤労者の生活や健康状態の改善を課題に生活学を提案した。篭山京も、生理学的視点を労働経済の中に持ち込み、つまり科学的合理精神に立って生活改善の科学技術を確立しようとした。
▽ そして戦後1950年代以降、欧米の民主主義社会をモデルとして始まった生活改善の科学技術もその影響を直接受けた。アメリカ家政学が民主主義社会での大学女子教育に取り入れ、経営学に基づく合理的な家庭管理、自然科学の知識を活用した衣食住生活の改善、医学的知識に基づいた健康管理や生活衛生管理や予防医学などアメリカ家政学の発展の中で形成した科学的知識が普及した。
▽ さらに、経済的生活の改善を目指して研究がなされた。1950年代では、篭山京の経済生理学的な生活構造論は、アメリカの社会機能主義や社会システム論やマルクス経済学の影響を受けながら、青井和夫、松原治郎と副田義也によって1950年代に生活システム論へと展開した。また、今和次郎の民俗学的生活学は、日本独自の生活文化論へと発展していった。
▽ これら日本に生まれ発展していった生活改善の科学技術の流れは、人間社会学を基盤とする生活学の形成と発展に繋がっていくのである。


生活改善の学問の方法論・プラグマチィズム的役割分担をもつ学際的知識群 
▽ 「生活の科学技術」を一言で説明すると「生活改善のための知識と技術を探求する学問」と呼ぶことができる。この目的のために活用できる他の分野の知識を援用し生活科学研究領域が形成される。生活の科学は学問的体系を求めるためにそれらの知識を援用しているのでなく、生活改善に役立つ知識を他の領域からプラグマティックにかき集め、実践的に活用しているのである。
▽ そのため、生活改善のための学問(生活の科学技術)の領域は広い。人間の生活環境と生活行為に関する科学であるため、自然科学系の学問(生物学、物理学、化学)とその応用科学(医学、工学、農学)や社会経済学系の学問(経済学、経営学、社会学)、そして人間学系の学問(発達心理学、文化人類学、教育学)がある。また最近では情報処理工学や国際経済学、国際文化学なども生活改善のための学問領域に取り入れられている。
▽ つまり、他の学問領域の知識が生活改善のために利用できるなら、そこに「生活の科学技術」に関する新たな研究領域が提案されている。そのため、生活改善の学問は時代や社会の生活要求に支えられ、それらの要求を満たすために、他の分野の知識と技術を援用活用して、新しい「生活の科学技術」の課題を提案しながら、発展し続けていくのである。
▽ 言い換えると、「生活の科学技術」は、学問的知識の体系の完成や一貫した科学方法論の確立を目的にした知の探求は行われない。そして、その学問の目的は、唯一、生活改善のための実践的な技術と知識の探求に収束される。そのために、知識や技術を生活改善の目的に向かってプラグマチィズム的に実用的知識と技術が採択され、生活改善のために活用されるのである。
▽ 例えば、食生活の改善のために、食物栄養学、栄養生理学、分子栄養学などの分野で食物の栄養成分やその体内での消化や代謝過程に関する知識、またそれらの消化や代謝過程に関連する生体内の分子生物学的な知識などが役立つ。それらの知識は物理、化学や生物学から成り立ち、その技術的応用に関するものである。食物に含まれている栄養成分の物理的、化学的、そして生理的特性を理解することで、人々の健康管理を科学的に実行することができる。
▽ 食生活の改善は生活科学の一つの分野である食物栄養学、栄養生理学や分子栄養学の知識によって完全に保証される訳ではない。それ以外に、それらの栄養成分を含む食材の栄養成分を活かした調理技術、美味しい料理方法、楽しい食卓の飾り付けや料理の並べ方、テーブルマナーなど生活技術や行為などのスキル改善も課題となる。
▽ 食生活の改善のために、自然科学の専門的知識を駆使した生活技術の開発のために生活科学の研究が取り組まれる。また、同様に生活文化の向上や生活行為のスキル改善を研究開発する生活学の課題も取り上げられる。食生活環境の改善や食生活運営を行う生活者のスキル向上に関するあらゆる課題に取り組むことで食生活の改善という「生活の科学技術」の目指す方向が実現されてゆくのである。
▽ 自然科学やその応用技術と人間社会や文化に関する学問とその応用学の知識や技術、方法論が生活改善のための科学技術を作り出す。それらの学問は、それぞれにその知識と技術が有効に活用される範囲に対して「生活改善の科学技術」の知としての役割を担うことになるともいえる。それらの知識や技術は「生活改善の科学技術」のための有効な知の一部として配列されることになる。それらの知識における知識の配列の順番や上下関係は、「生活改善の科学技術」を構成する多くの学問分野の中では問題にされない。それらの知識は、生活改善のために取り出される有効な知の集まりとして「生活改善の科学技術」の中に位置づけられるだろう。
▽ この生活改善の目的を果たす役割として集められた知、つまりプラグマチィズム的役割分担をもつ学際的知識群が「生活改善の科学技術」であり、自然科学的方法論に立つ生活科学と人間社会学的方法論に立つ生活学であるといえる。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2009年6月29日月曜日

新しい国際交流活動のあり方を模索して

新しい国際交流活動のあり方を模索して

京都・奈良EU協会副理事長 三石博行

大衆化し日常化した国際化社会のなかでの国際交流運動の課題

国際化社会は資本主義経済の進歩によって成立した。19世紀以降、鉄道、海運や航空等の交通機関の発達によって国際的な経済活動が発展し、20世紀後半以降、インターネットの発達によって、高度情報化社会が確立していった。情報伝達は早大量の生産物が国境や海洋を越えて流通し、国際化社会は急速に進んだ。

豊かな社会は、市民は国際観光を楽しみ、簡単に海外を旅行することができるようになった。また大衆化した大学でも海外との学術交流や学生留学が取り組まれ、日本の大学で学びながら外国の大学の講義を受けることもできるようになった。日常的に美術館には海外の美術館の有名作品が展示され、海外の芸術作品が、展示会場、ギャラリー、喫茶店などで頻繁に紹介されている。市民センターやコンサートホールでは海外の音楽が紹介され、海外へ行かなくとも海外の伝統文化、音楽や美術に触れることができる。

テレビから海外のニュースが流れ、珍しい海外の事情を知るためにはインターネットやテレビ番組を自宅で十分検索することができる。スーパーや商店にも海外から輸入された商品が並んでいる。また、各市町村の自治体では国際文化交流事業が取り組まれ、海外の市や町と姉妹都市を結び、全国津々浦々まで広がったわが国の国際交流活動は国民の日常生活に溶け込み、お茶の間の、そして街角の課題になっている。

今までの国際交流団体の活動では、珍しい海外の文化を市民に紹介する役割があった。しかし、大衆化し日常化した国際化社会では、その伝統的な国際交流活動の役割の占める意味が希薄になろうとしている。言い換えると、海外の珍しい文化の紹介という非日常的なニュアンスで語られていた国際交流は意味を失いかけている。国際化社会での国際交流活動には、海外の生活文化との交流である以上、非日常的な世界への興味ある交流活動というニュアンスが付属していることは否定できない。

しかし、大衆的で日常的になった国際化社会では、国際交流活動の果たす社会的機能や役割について考え直す必要があった。日本の近代化過程、戦後民主主義社会化過程での伝統的な国際交流スタイル、特に欧米先進国との国際交流活動では、少数エリートの海外留学経験者・文化人を中心とした文化活動が中心となり、大衆社会からすれば非日常的な海外先進国の文化を紹介することを主な目的とした国際交流の社会的役割があった。その社会的必要性が、今、大衆化し日常化している国際化社会・現代日本社会では失われようとしている。

生活世界の日常的な活動の一部となった国際交流活動が、伝統的な国際交流、つまり非日常的な海外の文化を学ぶ活動のスタイルの存在理由とその社会的必要性、新たな国際文化交流のあり方を問いかけようとしている。我々は、以上のべた状況の中で、京都・奈良EU協会を発足することになった。この協会の在り方を提案するために、国際化社会での国際交流の存在理由を明確に示さなければならなかった。


「地域という世界の一部」と「世界という他の地域」の交流

海外を旅した人々は、世界のどこであろうと旅先で会う人々、言い換えれば、世界の一部である国や地域に住む人々が、その生活空間や地域社会が世界の中心に位置づけられていることに気づく。世界のへき地と思われた所でも、そこで生活する人々にとってはそこが世界の中心として位置づけられているのである。

地球が丸い球である限り、「地域という世界の一部」は地球の中心であり、そこから世界のすべての他の地域に地理的にも空間的にも広がりが出来ているのである。つまり、地域という世界の一部は、そこに定住する人々にとっては、つねに世界の中心に位置するのである。この感覚は地理的にも合点がいく。言い換えれば、旅先を世界のへき地であると感じたのは、旅人が住んでいた町や国を世界の中心と思っていた主観的な解釈によるものであることに過ぎない。地域という世界の一部で生活する人々は、その人々にとっては常に地球の中心なのである。

世界のへき地と世界の中心の主観的判断理由こそ、私たちの意識を作り出している文化や社会の姿である。この自己中心的な世界観に、自己の外にあり自我を規定する文化や社会の基本的な姿を見ることができる。この基本的な姿を一般に哲学者や社会学者は「共同主観」と呼ぶ。

また人々の意識・観念形態もその共同主観的な判断様式(社会常識)に由来している。いずれにしても、世界のへき地や世界の中心に関する主観的な判断は、旅人や定住者のそれぞれに固定し定着し、不可避的にそれらの人々の価値観、ものの見方、判断基準、行動パターン、言語活動を規定する文化や社会的意識であるといえる。

つまり、その不可避的な文化・社会的意識、観念形態によって、それに規定される人々の生活世界の認知基準、解釈基準、判断基準、行動形態が作られる。その二つの立場が相互に交差することがない限り、他の世界の地域をへき地と決め、自分の地域を世界の中心と思い込むことを対自化、つまり自分の外に置いて観察することはできない。その意味で、旅が反省の行動様式をもつといわれるのである。

そして、世界という他の地域との交流は、旅人のこれまでの世界を地域という世界の一部に相対化する作業として、意味をなす。つまり、旅によって、他の文化や社会の共同主観的空間を理解することによって、無意識的に絶対的に固定されている己の共同主観的空間を相対化する機会が与えられる。そのことが、生活や文化交流と呼ばれる旅の意味となる。

もし、無意識的に絶対的に固定されている共同主観性(自己の所属する文化)を相対化することのない場合、他者の住む世界のへき地と自分の住む世界の中心の主観的判断理由を問いかける機会はない。そして、その非反省的な日常生活、文化や社会の観念形態を固定した視点、文化的社会的常識を無条件に前提とした意識から、「絶対的ナショナリズムや民族主義」が自然発生的に生み出される。

「絶対的ナショナリズムや民族主義」は非反省的な社会文化観念形態・共同主観の極端な結末である。世界の中心から世界のへき地へ一方的に取り結ばれる国際的関係、支配する国と支配される国、優勢に立つ地域と劣勢に置かれた地域、中心と周辺、経済や政治的優越度の差異がそのまま文化的、生活世界的優越度として判断され、植民地国家への偏見と差別意識が絶対化されるのである。

欧米植民地主義に対抗し、豊かな生産力を獲得し、強い国家を目指す我が国の近代化政策の歴史の中では、欧米諸国との友好関係を推進する市民運動の場合にも、両者の経済的政治的優越の差異を無くし、国家的優勢と劣勢の位置関係を改善するために、文化交流活動が機能していたことは否定できないだろう。それゆえに、我々は「学ぶ側」であり続け、彼らは「伝える側」であり続けた。

「差異」や「差別化」は文化や社会意識に基本的に存在する。我々が文化的社会的存在であると規定されるなら、我々の意識は、その文化や社会の共同主観性から切り離され、歴史的社会的要素と無縁に、またそれらの要素から超越して存在することはない。一般にある固有の歴史性と社会性、文化性の名詞を前提にしない「共同主観」という概念はない。それらは具体的で現実的な社会文化のそしてその伝統的な共同主観の産物であり、それゆえにある共同主観性は他の共同主観性に対して常に不可避的に「差異」や「差別化」を前提として存在する意識形態であるといえる。

「いま、ここに」という地理的時間的限定のない自我はない。すべての自己は具体的な今と具体的なここを前提にして成立していたし、している。自我を創り出している文化的社会的に固定された観念形態や生活世界の意識(常識)は、絶対的な自己中心性を前提として成立している。共同主観的確信、言い換えると常識的判断は、一般にその生活者の住んでいる世界、共同体の内部から批判的に観察することは不可能である。そのために、その生活者の無条件に成立していた生活世界から離れ、他の人々、異なる文化や社会制度で生きる人々の中にさまよいこむことによって、それらの人々の文化や社会に対する「驚き」や「違和感」という感覚を通じて、意識的に対象化される。

そして、他の生活文化世界への「差異」や「差別化」は、絶対的に中心化されている自己の生活文化意識、自己意識の外に置かれた世界に過ぎない。無条件に設定されている「差異」や「差別化」の社会文化意識を対自化することなしには、自分の文化や社会を地域という世界の一部として理解することも、他国の文化や社会を自国のそれと共通の世界の地域として解釈することもできないことに気づくのである。

他国の生活世界と自分の生活世界の差異を他国の生活世界の中で理解することは、他国の生活世界への差異感として始まる。それを我々は、「カルチャーショック」と呼んでいる。自分の常識や社会観念を根底から否定される経験を通じて、無条件に絶対的に世界の中心の置かれている自己の生活文化意識の文化的な相対化が可能になる。

大衆化し日常化された国際化社会での国際交流活動は、「一つの地域という世界の一部」と「世界という他の地域」の二つの立場の相互交換が常に前提となる。我々は旅人として世界の他の地域の人々に会い、彼らの日常生活の中に交わり、彼らとの交流を通じて、ひとつの地域という世界の一部としての自分の所属している社会文化を自覚できる。と同様に世界の他の地域から来た友人と、自分たちの生活世界の中で交流する。彼らの立場を、旅人であった自分の姿に投影することによって、彼らの社会での彼らの立場や感覚を、共同主観性を無条件に前提としている現実の自分の今を反省的に理解することができる。

このように、「一つの地域という世界の一部」と「世界という他の地域」の二つの立場の相互交換を可能にすることで、一つの地域である自分の住む世界が、無条件に他の人々の住む地域からみて中心に位置すると思う感覚のおかしさを自覚的に理解する機会を与えることになる。こうした反省的な文化社会共同主観中心主義への観察が、結果的に「絶対的ナショナリズムや民族主義」を反省的に理解する契機を与える。

つまり、大衆化し日常化された国際化社会での国際交流活動は、「一つの地域という世界の一部」の人々ともう「一つの地域という世界の一部」の人々との交流からはじまる。それは二つの文化的に異なる生活世界の人々の交流である。そして、それぞれの生活世界の固定化された文化や社会観念形態の相対化を意味する。二つのもしくは多様な地域・世界の一部の人々の相互訪問活動や協同事業活動によって、地理的文化的な立場の相互交換を生み出しながら、それらの新しい時代の国際交流活動は可能になる。


生活の場からはじまる国際交流

京都・奈良EU協会を始めるために、国際化に伴う生活環境を前提として、多文化共生社会での生活様式を見つけ出すための活動について議論し検討してきた。その現在の具体的な提案は「生活の場からはじまる国際交流活動」であった。二つの生活の場の相互訪問活動や協同事業活動は、一つの地域の人々がもう一つの地域の人々との相互交流すること、世界の二つの異なる地域に生活基盤を持つ人々が協同で生活生産活動を行うことを意味する。

自分の文化の特殊性を他の文化群(多くの文化)の中で相対的に理解すること、言い換えると自分たちの社会文化の姿を世界の一部の地域の文化を他の世界の地域の文化群の中で理解することが地理的な差異を超えて相互交流することになる。地理的差異を超えて二つの文化が交流するためには、相互に文化的社会的な差異を自覚しなければならなかった。

自分達の文化と他国の文化の違いと共通点を理解し合うことで、二つの生活の場の相互訪問活動や協同事業活動は可能になる。すなわち相互生活生産活動を行うことは、相互に自らの地域的基盤を前提とすることが要求される。他国の人々の文化との関係(違いや共通点の理解)で自分達の文化を理解することによって、自分たちの文化を対自化することが可能になる。

生活の場からはじまる国際交流活動は自分達の文化を他の文化との関係で理解することによって二つの文化の差異(違い)を理解していく契機を与えてくれる。何故なら、生活の場は地域社会の伝統的な我々の生活文化を前提にしている。そしてそこからはじまる国際交流活動は、他の地域社会の伝統的な生活文化への理解が文化交流活動の課題になる。このような国際交流活動のスタイルを、「相互交流型の国際交流活動」と呼ぶことにしよう。

相互交流型の国際交流活動は、海外の文化を地域社会に紹介するだけでなく、自分たちの地域社会の文化を他の海外の地域社会に発信することになる。つまり、この協会活動は、ヨーロッパ社会の文化を私たちの地域社会に紹介するだけでなく、京都や奈良の文化をヨーロッパ諸国の地域社会に発信する活動を課題にする。

生活の場からの相互交流型の国際交流活動は、文化、経済活動を含むすべての生活活動を意味する。従って、これまでの国際交流活動が文化交流活動に限定されていた枠を超える可能性が生まれる。その意味で、これからの国際交流活動は、文化交流が余暇活動や教育活動に限定されず、経済活動や社会活動に発展する可能性を持つ。生活の場から創出されたあらゆる形態、多様な活動のスタイルが、相互交流型の国際交流のあり方になる。生活の場という多種多様な人々の特殊性と共通性から生み出される文化活動の可能性がそこで展開されることになる。

京都・奈良EU協会を発足するにあたって、以下の3つの国際交流活動の課題を考えた。

1 、生活の場から始まる文化事業
2 、地域社会に根ざした国際交流活動
3 、自己実現型の文化交流事業


持続可能な参加型国際文化事業

地域社会(地域という世界の一部の)に根ざした文化事業が世界という文化的に異なる他の地域と交流することは、それぞれ異なる生活文化の場をもつ人間達が、地理的距離を越えて行き交い、また文化的差異を超えて理解し合うことを意味する。交流の主体は地域社会の住民である。従って、この組織は京都、奈良などの関西地方の人々である。関西地方の文化、社会の特殊性を前提にして、EU諸国やその周辺国の地域社会の人々との交流が京都・奈良EU協会の活動の目的である。

また、この組織はEU諸国やその周辺諸国の地域社会の文化を京都、奈良などの関西地方の人々に紹介し、また自分達の文化をEU諸国やその周辺諸国の地域社会に紹介する組織である。この文化交流は、京都・奈良を中心とする関西地域の人々が主体となる。それらの協会会員の主体的な文化事業に参画することは、それらの人々がその事業を起こすこと運営することである。活動の参画や運営する人々の多様な活動の過程によって、協会の組織や運営形態が形成される。従って、協会は会員の活動の過程を重視することが求められる。

そして、会員が創る文化交流事業である以上、参加者の事業への主体的な参画度(企画、参加の程度)によって、この協会の活性が保障される。協会の事業構築過程を通じて、その事業に参画した人々の自己実現を可能にしようという活動が、この協会の原動力となる。この協会は、明確に「会員による会員のための組織」であることを強調する必要がある。協会の活力は、会員の積極的な参加と多様な活動の創造にありことを明確にし、それらの人々によって運営される組織であるように制度化しておく必要がある。京都・奈良EU協会は、以上の活動の基本を保証するための会則を準備した。

そして、現代社会では、自己の生きがいを求めることも社会的要求となっている。この社会的要求を満たすことには、自己実現を可能にする活動が求められていることを意味する。その自己実現を可能にする運動を課題にすることが、この協会に問われるのである。そのため、協会は、若者の自由で多様な活動の場を保証することを、活動の課題に挙げてきた。

また、国際文化交流事業を、地域社会の人々の生活経済を豊かにし、生活環境を快適にするものとして位置づけ、自分達の生活文化を豊かにする社会文化機能として活用することが求められている。その意味で、この協会の役割は、諸外国の社会文化に関する知識や情報の提供だけでなく、参加者の生活の場からの諸外国の社会への知識や情報の発信や生活の場からの生産物や創造物の発送への協力も、その中に含まれるのである。

国際化した社会では、企業が企業の論理の上でこれまで国際文化の交流に貢献してきた。世界中の素晴らしい商品や文化が、レストラン、スーパーマッケットや商店の軒先に溢れ、人々は日常的に食卓で、ファッションで、住居の装飾で、国際経済文化の交流の成果に潤されている。この日常化する国際化社会の中で、京都・奈良EU協会は、国際化社会に対応しようとする地域の人々、商店やレストラン、企業家などの経済活動を支援できる文化事業を模索する。この新たな試みを実現するために、京都・奈良EU協会をNPO、非営利社会法人にした。


新たな国際交流活動としての地域社会での国際文化事業

以上の視点から、協会はこれまで奈良を中心に多くの事業を起こしてきた。そして、今後も精力的に以下に示す事業を企画したい。

1、新しい文化経済事業を起こし、経済生活の場、事業の創造を目指す人々をサポートする活動。

2 、豊かな経験やスキルを持つ人々が、若い世代の文化経済活動を支援し援助する人材バンクとしての活動。

3、学生のインターンシップを受け入れ、大学では経験できない社会活動、文化マネージメントを体験してもらい、その経験を、これからの自分の生活形成に役立てる活動。

4 、関西地域に居住するEU諸国やその周辺の人々との文化交流を通じ、それらの人々(留学生)の支援。

5 、EU諸国とその周辺国の地域社会文化を学ぶ関西地方の学生や社会人が参加する研修の企画。

6 、市民が生活の場で日常的に接し理解し合える国際文化交流活動。


------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
6. EU関係及びEU協会運動

6-1、生活運動としての国際交流運動

http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_14.html

6-2、日欧学術教育文化交流委員会ニュース配信
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_8507.html

6-3、文化経済学的視点に立った国際交流活動
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_26.html

6-4、新しい国際交流活動のあり方を模索して
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/06/blog-post.html

6-5、我々はEUに何を学ぶのか
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/07/eu.html

6-6、東アジア諸国でのEU協会運動の交流は可能か
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/09/eu.html

6-7、東アジア共同体構想と日本のEU協会運動の役割
http://mitsuishi.blogspot.com/2009/10/eu.html

6-8、欧州連合国の成功が21世紀の国際化社会の方向を決める
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/21.html

6-9、Eddy Van Drom 氏のインターネット講座 ヨーロッパ評議会の形成史
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/10/eddy-vandrom.html

ブログ文書集「国際社会の中の日本 -国際化する日本の社会文化-」 から





にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2009年3月4日水曜日

哲学的、科学的、生活技術的な知の相互関係

三石博行


まるで、数学の証明問題を解くように哲学での論理実証作業は行わなければならないだろう。

まるで、物理学の実証実験をしているように科学作業は公理の証明とそれの基づく現象の予測をおこなわなければならないだろう。

まるで、技術開発を行うように現実の生活世界の改革は有効な知識と技術を集め、具体的な政策を立てながら進められなければならないだろう。

哲学的であることで、科学性の点検が可能になる。
科学的であることで技術的開発力の柔軟さを身に付けることができるだろう。

生活世界で実践的に知を活用することで、哲学的思惟の根拠を得るだろう。

これらの三つの柱、哲学的、科学的、生活実践的な知のあり方は相互に補足し合っている。

哲学的であるためには、科学的分析力や生活実践的な技能力が必要である。
科学的であるためには、科学的固定概念を振り返るために哲学的反省力と生活世界を豊かにする技術開発力を身に付けなければならない。
生活世界での実践力を身に付けるためには、生活技術を導く豊かな科学的知識が役に立ち、生活感覚を磨き上げる深く繊細な人間的観察力が役に立つ。

日常生活では、常に、哲学、科学と生活技術の三つの知識を磨き上げるための生活時間の配分が必要である。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2008年11月20日木曜日

ホームページをはじめます

ブログを書きながら、ブログでは表現できないものをホームページを使って表現してみようと思います。

ホームページの名前 「日常性と思想性の相補運動」にするか考えている採集です。取り合えず、進めてみます。


http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/index.html

2008年11月19日水曜日

ブログをはじめた原点に戻って

三石博行


今までの研究してきた課題、これは主観的には一貫した流れを持っていると信じていた。いや信じていたから色々な課題に飛び火しながら、その時その時のテーマに没頭していた。

しかし、時間が経って、それらの課題が今更ながら「何のために、そのテーマを問題にしていたのか」と自問するとき、今まで一貫していると信じていた課題に亀裂が生じ、その主観性を懐疑の坩堝の中に放り込まなければならないのである。

そうしたときに、今まで取り組んできた複数の課題にそって、ファイルを作りなおし、書いてきた論文や文章(未発表文章も含めて)を配列しなおした。これらの狭い研究室行った作業は、それでも、その懐疑の坩堝から完全に何かを抽出するためのラジカル反応を生み出したとは言えなかった。

そこで、そもそも幻想でしかない確信とやらを真面目に取り戻す作業に取り掛からなければならないのである。それらの主観的な確信は、私という人間が現実の世界に対する感覚や感性を前提にして成立している何らかの満足感にすぎないのではないか。真面目に私が取り組む課題が時代的課題だと言えるのか。

そうした主観的思い込みが、しかし、他者の主観的思い込みと共通し、その共通総数が多いなら、真面目に私は、主観的に思い込んだはずの課題を時代的課題と錯覚してもいいのだろう。そう考えるのは共同主観性ということばを知っている人の共通のテラを含んだ言い分なのである。

つまり、その主観的確信の不足とは、共同主化されていない私の課題の自覚に過ぎない。私はこの主観的に納得してきた「時代的問題性の解明のために」という確信と呼ばれる感情一種の幻想を共同幻想化する方法を知らないのだと思えた。

主観的確信を共同主観的確信へと発展させることは、自分を自分で納得させていた行為目的、つまり自分の行為を正当化し続けてきたある大儀を、社会的に検証し、他者の批判の北風と共感の日照りに十分に晒(さら)すことが前提となる。

もし、冷たい他者や暖かい他者との出会いを避けるなら、考えや主張は主観の空間に留まり、彼個人の生活を支え、彼個人の生き方に方向を示したとしても、いつのまにか彼個人の主観的な世界の中で拡大し、そしていつしかその個人の生物的生命現象の消滅と同時にそれも消滅するだろう。

主観的世界を共同主観化することが「生活運動から思想運動」への作業に過ぎない。その作業は、私の主観的確信を発信することによって、まず始まるのである。

そう気付いたとき、今までの私はの哲学作業が問われた。これまで十数年間、参加している学会での発表以外に、自分の考え方を社会に発信したことはなかった。つまり、私は自分のために思想を食べ続けてきた哲学消費者であった。そして私に素晴らしい哲学という生きるための糧を提供した哲学生産者になる努力、そうでなければならないという志向性を真面目に問いかけてはいなかった。

そう思い、昨年の12月にこのブログ、『生活運動から思想運動へ』をはじめてみた。 このブログをはじめた原点に戻り、このブログを継続する意味を再度理解したいと思った。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

学ぶとは胸に誠を刻むこと

三石博行


久しぶりに自分のブログを開いてみると、未公開の文章があることに気付きました。この文章は匿名の投稿者さんからものです。長いことほっといてごめんなさいね。

とても、素晴らしい文章ですので、記載します。


匿名の投稿文

初めまして。

「直感のない哲学は根拠を失ったことばに過ぎない。生活世界に根拠を持たない思想は心の通じない主張に過ぎない。」医学にも歴史学にも、数学にも、学び、問うていく長い道のりすべてに、先生のおっしゃることが通じると思います。


そして、学ぶとは知識をあつめて自分の周りに要塞をつくり自分を守ることではなく、アラゴンのうたのように「学ぶとは胸に誠を刻むこと」学び、問うていくことに、みずみずしい直感を保てるように、自分を整えていたいです。

知識を集めて気が済むよりも、それはとても難しいことですが。

2008年2月17日



にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

2008年11月18日火曜日

長い休みを明けて

今年の一月からブログを休みました。理由は健康上の都合です。しかし、健康を回復して、今までブログを書く作業に戻るまで時間が大変掛かりました。ブログは簡単に続けられると思っていましたが、一回、ブログ表現に必要なライフスタイルや気持ちを失うと、なかなか元に戻れないことが分かりました。今回、こうしてブログを再び書くことが出来たのは、勝間和代さんの本を読んでブログの意味を教えられたからだと思います。発信することの意味を再度自覚してながら、再出発します。

2008年1月31日木曜日

科学技術文明社会での生活学の課題

現代社会の生活学教育課題について
千里金蘭大学短期大学部助教授(ストラスブール第二大学 哲学博士) 
三石博行


はじめに


科学技術文明社会の中で生活学の教育が問われている。伝統的な教育のあり方や生活学の歴史を振り返りながら、現代社会の課題にコミットする教育の方向について考察する。この論文は、2006年9月7日、フランス、ストラスブール、フランス文部省仏日大学館にて、ルイ・パストゥール大学と高等教育研究会等の共催で開催された日仏共同シンポジューム「大学とその社会機能」で仏語で発表した原稿の一部を日本語訳して記載したものである。

1.家政学・生活学の科学性




1-1. 実学(問題解決学)


問題解決力のある知識と技術を探求する学問を「実学」( la science pratique)と呼ぶ。実学の代表的なものとして、工学、農学、医学、経営学、政策学等がある。家政学・生活学も、現実の生活空間で生じている課題を解決するための知識と技術であるので、実学と呼ばれている。
実学は生産現場で、より良い商品やより有効な技術の開発と結びつく学問である。生活関連産業の生産活動で開発される消費者に歓迎される商品の開発研究、生活支援活動や生活改善運動で提案される技術や知識によって、家政学・生活学は発展して来た。


1-2. 社会文化歴史依存性


実学である生活学の知識や技術では、どの時代を通じ、またどの文化や社会を通じて、普遍的に成立する内容を追及することを目的にしていない。つまり、現実の問題をプラグマチィズム的に解決する知識や技能は問題になる。
その意味で、家政学・生活学は時代や社会文化に規定された生活資源を対象とする学問で、その知識と技術は時代的に社会文化的に有効であると言う条件が、この学問の成立条件に存在している。ある特定の時代や社会文化の条件で成立している課題の解明が常にこの学問活動の目的となっている。
例えば、先進国で研究されている食生活改善に関する家政学・生活学の知識や技術が、必ずしも発展途上国で必要とされているものであるとは限らない。その点から考えると、実学の中で家政学・生活学の研究は社会文化や歴史の条件に非常に規定された学問であるといえる。
工学や医学など、他の実学では、先端の知識や技術は先進国や発展途上国に限定されないで、社会文化的な制約に規定されないで、同時代的にどこでも共通する課題が存在している。勿論、工学や医学も生活の現場により近づくことによって、家政学・生活学と同じように、同時代であれ、その学問も社会文化的に異なる課題が問われることになる。
家政学・生活学が、時代や社会文化の違いによって、異なる問題に関心を持つことは、その学問の基本的な成立条件と関係する。つまり、家政学・生活学は、生活資源の時代的、文化的、そして社会的な制約や状況の中で、その資源の改善を課題にして成立している学問である。そのため、その研究は、必然的にある特定の時代性や社会文化性に依拠することになる。
家政学・生活学の知識や技術の社会文化歴史的な依存性は、その学問のあり方に必然的に付随したものである。その学問の成立条件であると言える。



1-3. 考現学 Modaneology


考現学とは今和次郎が命名した生活学の方法論を意味する。考現学は、同時代の生活文化現象を、生活素材を中心に分析する方法である。つまり、考現学は研究者の生きた時代、研究した時代に限定して、それから過去にも未来にも対象を拡張しないことを前提にして成立している学問である。
その意味で、考現学は、厳密に家政学・生活学の科学性を特徴付けている。つまり、同時代の生活空間への関心は、その目的が極めて直接的に同時代の生活空間の改善に向けられていたからである。
この今和次郎の提案した考現学としての生活学の方法論は、さらにもう一つの科学性について理解を深める機会を与える。つまり、生活学の研究主体は、その研究対象である生活環境の同時代のしかも同質の社会文化観念形態によって形成されているということと、さらに研究対象が、同時代の同質の社会文化観念形態である研究主体によって分析されているという、限定条件をそのまま受け入れて、生活学の科学性が成立しているのである。この生活主体と研究対象を構成する観念形態の同時性の認識が、考現学の科学性のあり方を理解する基本となる。
二つの疑問から、考現学の科学認識論は展開する。
過去の考現学について見ると、その時代の生活学を理解すると同時に、その考現学の研究者の姿も理解できないだろうか。
また、生活学に、厳密に同時代性の限定を与える意味はどこにあるのだろうか。
他の人文社会学において必ずしも、研究対象とその分析主体の時代、社会文化構造は同一であるという条件が成立しているとは限らない。例えば歴史学は現時代の研究主体が、過去の事象を対象にする。それは現在からの過去の事象や出来事への解釈学である。また、民族学や文化人類学や比較社会学や比較文化論でも、ある文化に属する研究主体が他の文化や文明に所属する社会文化を対象とする研究である。そこでも文化的位相の異なる二つの世界の差異によって成立する分析や解釈を前提としている。
家政学・生活学は今和次郎が用いた科学方法論である「考現学」によって成立している学問である。考現学でない家政学・生活学は存在しない。異なる文化での生活の比較研究や家政や生活の歴史研究は、現実の生活改善の課題を取り上げているという家政学・生活学の課題から外れており、家政学・生活学ではない。
家政学・生活学では、生活主体を構築している観念構造、つまり時代的社会的文化的な精神構造によって生み出された対象を研究している科学であると言える。その意味で、対象化されている構造の中に、実際は対象化している世界の観念構造が存在しているともいえるのである。そのため、家政学・生活学では研究主体を対自化するための手がかりがまったく存在しない。
つまり、家政学・生活学と哲学や科学認識論は対極にあると言える。つまり一方は、生活主体は対自化されることはない。つねに問題にされることは生活環境の改善に対して解決力のある知識や技術である。その解決力が家政学・生活学の知識の評価になる。そして他方は、生活主体の生き方や考え方が問題になる。生活環境の改善の前に生活主体の変革が課題になる。そのため生活主体の生活世界の認識のあり方が問われるのである。
同時代性を科学の厳密な成立条件にする考現学としての生活学は、その逆説を観単に導くことを許す。つまり、この科学は認識論や哲学的な介入口を一切、科学方法論的に拒否するが故に、この科学性の分析は、この科学、つまり考現学としての生活学の領域以外のところに行くしかないことを示している。この生活学の領域から徹底的に離れることが、つまり考現学的方法から離れ、反考現学、反省学の領域に考現学に関する科学認識の次元を作り上げない限り、考現学の科学認識は不可のであることに気付くのである。


2. 家政学・生活学研究教育の歴史と現代の課題


2-1। 近代国家形成と科学的家事教育の形成


近代国家の形成を目指した明治政府は、19世紀後半、初等教育の義務教育制度を確立し、工業生産を支える労働力を育成した。初等教育で裁縫を中心にした家事教育も導入された。また良妻賢母教育を進めるための中等教育の教員養成が東京高等女子師範学校(現在の御茶ノ水女子大学)と奈良高等女子師範学校(現在の奈良女子高等師範学校)の設立で進んだ。
良妻賢母教育は富国強兵政策を進める明治政府の利益と一致する。つまり、健康な男子を軍隊は必要し、健康な労働力を産業は必要とし、また健康な新生児を産む健康な母体を国家は必要としている。家事労働の質の向上によって、軍隊や産業の必要な健康な男子、女子の養成が可能になる。近代日本を支える健康な勤労者国民を生産する技術が良妻賢母である。
家事技能の科学的な研究は、近代国家の発展とって重要な課題である。家事技能を向上させることによって、工業社会の生産力を担う健康な労働力を再生産することが可能になる。高等教育での家事科の設置によって、裁縫、育児、栄養、休養に関する技能の研究をより科学的に探求する活動が始まった。
つまり、近代化は国家の政策であるが、資本主義社会の充実は、豊か二次生活資源の存在とその増殖機能の確立である。欧米の社会と異なり、19世紀後半期から始まる日本の近代化や資本主義社会の発展過程は、市民社会の形成とその経済活動、つまり二次生活資源の蓄積によって生じた結果ではない。むしろ欧米の列強に植民地主義から国土を守るため国家の富国強兵政策によって推し進められたものである。その結果として国家指導の資本主義は発展する。そして同時にその結果として豊かな生活を形成し発展するための二次生活資源が生み出される。
この時代では、国家の利益に一致する限りにおいて生活改善の研究、家政学の成立条件が存在し、また家事教育が可能になったと言える。



2-2. 生活環境改善のための生活学・家政学の専門化


A.生活病理(貧困) の解明と生活学の形成

20世紀のはじめに、国家指導の近代化政策や資本主義化によって、資本主義経済を始動するために必要な二次生活資源の蓄積(本源的蓄積)は進み、市民の経済活動を中心として資本主義化が進む。資本主義社会では、まず二次生活資源の増殖機能を作り出す工業生産を中心とした二次産業が興る。同時に工場労働者や都市人口の増加によって二次生活資源の重要は増加する。新興産業の発展と都市の人口増加によって社会の二次生活資源は豊富になる。.
今和次郎は、1911年の関東大震災の罹災者の生活復旧支援活動に取り組んだ。この活動を通じて考現学は形成する。また、その後、生活学は生活病理の解明とその対策の学問として展開される。当時の生活病理の生活構造論の要因は貧困であった。今和次郎は、生活の貧困の現状を生活素材の調査によって示す。科学的に解決するために登場する。戦中、篭山京は、貧しい勤労者を救済するために、生活構造論を提案する。戦後、貧困から生活者を守るために、生活構造論、生活システム論が展開された。
20世紀前半の二次生活資源が豊富になる日本社会で日本の生活学が生まれ発展する。豊かな生活環境をつくり出すために必要とされた生活学の教育は二次生活資源に属する。また、生活学史を生活資源史観の視点で解釈するなら、二次生活資源を必要としる社会が登場することによって、生活学が形成したと言えるのである。


B.戦後民主主義教育と家政学教育

戦後民主主義教育の中で、アメリカで形成され発展したHome Economicsが日本の女子教育の中心的な課題として取り入れられる。家政学教育は、家事をより合理的で科学的な視点から理解し、改善し、より豊かな内容に変えることを目的にして取り組まれる。
戦後、1958年、日本の中学校で「技術・家庭」が導入された。技術は男子に対して「工業技術を中心とした生産技術の基礎を学習する」ことが、また家庭は女子に対して「家庭生活技術を中心として学習する」ことが教育課題になった。
1989年の高等学校での学習指導要綱に即して、1994年から家庭一般、生活一般と生活技術の科目が高等学校の家庭科の教育が導入された。生活技術では、生活一般の教育内容に加えて、「家庭生活と情報」「家庭生活と電気や機械」「家庭園芸」の教科内容が組み込まれている。


C.家政学・生活学の専門化

1960年代の高度経済成長期を境に二次生活資源の豊富な社会が登場する。この時代、それらの資源開発を近代科学の方法を駆使して追及する学問として生活科学が発展する。つまり、生活環境を豊かにするために生活学や家政学は専門的な分野に分かれ、生物学、化学、医学、工学などの分野の専門的な知識を基盤にしながら発展する。食に関する家政学も、栄養学、食品学、食物学など生活科学として発展する。家政学・生活学は生活科学の一つの専門分野となる。
1970年代、高度経済成長も終わり、豊かな消費生活が始まる時代に、生活科学研究所が作られ、消費者論が生活学の課題になる。生活経営学が登場し、生活の科学的な管理を課題にする。また、公害問題など工業生産や消費生活によって作り出された産業廃棄物や生活廃棄物による生態環境の破壊、課題にした生活と環境問題が取り上げられる。また、生態環境の破壊を防ぐための生活スタイルや家庭経営のあり方を考えるリサイクル論が科目として登場した。
生活環境も科学技術文明社会の中で大きく変化する。生活道具の機械化、電化や自動化が進む。家電機器によって、家事労働は短縮され、社会で女性が働くことや余暇を過すことを可能にした。
この時代では、新しい市民社会の利益、家族的な利益に一致する限りにおいて生活改善の研究、家政学の探求が進み、科学的な家政学、つまり生活科学が形成し、その合理的知識に基づいて、家事教育がなされる。

2-3. 今日の家政学と生活学の課題

A.現代の生活環境での家政学の課題

20世紀の後半から、今日先進国と呼ばれている経済的に豊かな社会では、二次生活資源を消費する市民社会が登場する。この社会では、科学技術の進歩により、生産システムの自動機械化、生産管理の情報化、生産部門の高度な専門化や分業化が進み、極度に豊かな二次生活資源の生産を可能になる。
この時代の到来を、トフラーは「生産し消費する人々」の社会の形成と呼んでいる。資本主義社会では搾取される運命にあった労働者階級は、過去の存在となり、所謂日本で言われた「一億総中流」と呼ばれた市民社会が到来している。)
ゆたかな生産力を持つ社会の到来によって、勤労者一人あたりの社会的必要労働時間数は減少していく。その分、余暇時間が増えことにより、三次生活資源を需要が急速に増大する。余暇活動のあり方が課題になり、さらに三次生活資源が要求される。人々は生活をより楽しむための知識を求め、余暇時間の活用のし方が生活の関心の中心になる。
そして、電気通信工学や技術の発達によって作り出されている映像メヂアの世界。テレビから伝わる世界のニュース、文化、映画、音楽、スポーツ。日常的に生活空間には他文化の情報が流れてくる。
さらに、情報工学、情報通信技術インターネットによる世界の人々が情報発信者になれる。家から世界に情報を発信できる社会が登場した。現代の生活者は、不特定な世界の人々に対して自らの情報を発信でくるのである。それだけに、その情報に責任を持つことが求められている。
新たな生活学の課題は、科学技術文明社会の豊かな生産力に支えられた生活空間の分析とその改善に向けられる。生活学教育はこうした生活空間の変化し、多様な生活者の要求の変化を受け止める教育課題を提供する。消費生活論、生活情報論、国際生活論、生き方やライフスタイル論、福祉論、生涯教育論、余暇論等の教育科目が登場する。
この時代では、一次生活資源を確保するための社会的必要労働時間は極めて短縮され、二次生活資源(豊かな生活空間を作り出すために必要な生活資源)の確保も簡単になる。二次生活資源の閉める割合は非常に増加し、その生産力も人類史上まれにみる高いレベルを示す。その結果は、三次生活資のニーズが今までになく発生し、その生産は増加する。
究極の豊かな生活資源とは、個人的な要求を満たす二次生活資源である。個人のニーズを尊重したオーダーメイド商品が多く生まれ多様な商品が生まれる。つまり、高度な二次生活資源が登場する。
人々の関心は、経済的に豊かな生活を作るというだけではなく、精神的に満足の行く生活や自己満足的な欲望を満たす生活を求める。そのため、社会には多様な要求が発生し、個人的な欲望を満たすための商品が開発、生産される。つまり、多様な要求によって、さらに社会には多様な労働が成立する。そうした意味で第三次産業が経済活動の大きな割合を占めることになる。)
この時代では、個人の利益や関心が、生活の中心課題として登場し、自分らしいライフスタイルを確立するための研究が、生活学・家政学の課題になる。個性的な生き方として生活学を学ぶことが生活学教育の中で取り上げられ、これまでの体系的な生活学教育ではなく、必要に応じた生活知識の習得や他の分野を取り入れた生活学の学習に関心が集まる。

B.先進国での新たな生活病理に対する生活学の課題

豊かな生産力を持つ科学技術文明社会の結果として導かれる豊かな生活の中で、新たな生活病理が発生し始める。その病理構造は、20世紀のはじめ今和次郎が分析した経済的貧困によるものではなく、こころや家族の問題に関する新しい生活病理の内容である。
生活の経済的な貧困や古い制度からくる貧困を課題にして発展してきた伝統的な生活学の科学パラダイムはこの新たに生じている生活病理に対して有効な知識や技術を提供することができない。
伝統的生活学が実学としての有効性を失うとき、生活学の科学性を分析する科学認識論の作業が必要となる。そして、有効な理論の形成に向けてメタレベルの生活学基礎理論の展開が試みられる。日本での生活学基礎論の学説史、つまり生活構造論、生活システム論と生活空間論等の理論を歴史的に検討し、現実の生活学の抱えている課題に有効なメタレベルの理論、生活学基礎論の構築を目指すべきである。
しかし、現実の生活学の展開の方向は、基礎理論の点検には向いていない。例えば生活工学のように、むしろ、より有効な知識を取り入れる方向で発展している。有効な実学を構築することで、現在の生活病理への課題を解明しようとする方向は間違いではない。その中で、実際は、生活学のメタレベルの点検がなされるのである。
この論旨で示す生活学基礎論としての生活資源論から現在の生活病理の構造を分析するなら、現代社会の生活病理の構造は、個人の欲望や理念を満たす生活行為に付随して生じている現象である。つまり、この生活行為とそれを満たすための三次生活資源のあり方が問題になる。自己の欲望を満たそうとする生活行為全体ではなく、個々にその一つひとつを点検しなければならないが、それらの具体的な行為の中で、明らかに、これまでの社会的観念や規範から受け入れられないものが発生している。例えば、麻薬、援助交際等々。同時に、その行為を満たすために発生している三次生活資源が、これまでの社会倫理の埒内で認められていたものに反する場合が生じている。例えば、インターネットで流されるポルノや残酷な映像(未成年にも簡単にアクセス可能)。報道の自由というこの社会の基本原則によって、それらを規制する方法を見つけ出すことができない。多くの課題が、この多様にしかも多量に生み出される三次生活資源に発生している。その問題が生活空間への影響を生み出していることは間違いがない。
非人間的で有害な情報への規制は政治や法律の問題である。しかし、他者との共存、安全や平和が生活学の最終目的であり、生活空間を破壊するそれらの有害な三次生活資源の過剰な発生に対して、生活学は何らかの問題解決を提供する必要はないだろうか。
表現の自由という我々の社会理念の大原則に触れる情報規制の考え方を、法律や政治に任すことは危険ではないだろうか。むしろ、他者との共存や安全や平和を課題にする人間社会学の点検の課かで取り上げることが正しいのではないだろうか。
個人の理想や欲望を充足さす生活行為に必要とされる生活資源を三次生活資源と呼んだ。つまり、三次生活資源の増加とは、社会や生活共同体全体に共通する生活資源ではなく、個人の生活活動に依拠した生活資源である。三次生活資源は必ずしも一次生活資源や二次生活資源のように、生産、消費、再生産の経済過程を前提にしない、消耗品である場合が多い。
言い換えると、三次生活資源の増加は、社会システムの中に非生産的な要因が発生し、その要因が他の要因との関係で生産性に転化する機能を形成しない限り、三次生活資源の増加によって、社会経済の生産力は減退することを意味する。
例えば、余暇は休養と違い、直接的に労働力の再生産過程に組み込まれない。余暇はむしろ体力を消耗する場合があり、労働の疲れを取るとは限らない。この考え方の中には、生産活動を中心にした生活観が残存している。つまり、
労働の疲労を肉体的な次元に留めて考える限り、余暇は労働力の再生産過程に組み込まれえ
都市人口の異常なまでの増加、高齢化と人口減少によって経済的に疲弊する地域社会、都市と地方の格差の広がり、子育てや家族から発生する問題、初等教育の現場での子どものいじめ、フリーター、ニートの発生核家族化、都市の離婚、し共同体の個人的な
そして、現代の生活学の課題は、その新たに生成する生活病理の分析と、その解決のための知識や技能の探求や検討に移るのである。言い換えると、どの時代においても生活学は存在する。何故なら、生きることはよりよい生存環境の構築過程を意味する以上、そして全ての個人の具体的な存在の事実として、生活がある以上、生活改善の探求は、つねにどの時代や社会でも、存在しつづけているからである。生活様式や生活素材の改善は、生きた生活空間の姿に過ぎない。)

३. 現代生活学教育の課題

3-1. 学部学科名称の商品化の批判(学問的基盤を保証しない学科名称)
入学志願者数が全大学や短期大学の定員数を超えた時代の到来による理由に現実を抱えているからである。大学では、学生に興味ある授業方法を検討するための教授法の点検が日々に行われている。しかし、大学教育としての生活学の課題は、教授法のみでは語れない課題を抱えている。
例えば、教育改革によって、学部や学科の名称が変更することがある。この名称変更は、今まで文部省によって厳しく審査されてきた。つまり、新設されたカリキュラムとそれを構成する科目群、そして科目内容、科目担当者の資格等が厳しい審査を受けていた。新しい学部や学科の教育内容を満たしているかが、その部門の専門家で構成される文部省の専門委員会で検討された。
市場原理を取り入れて大学改革を進める現在の文部科学省は、大学が行う改革の中身を規制する基準を緩和した。市場が大学を選択する。つまり、大学は市場によって評価され、その存続を決定される。現在の日本の大学は志願者数の増減という現実から実際厳しく評価を受けている。
その文部科学省の大学行政によって、プラスの面とマイナスの面が生じている。
プラスの面は、すべての資本主義社会の経営組織と同じように、大学教育が市場原理によって社会的評価を受ける。その意味で社会的需要が評価の基準となるため、全ての大学に対して公平な視点から評価が行われる。つまり、社会的需要に対して応える努力をしていく大学が結果的に生き残ることになる。
しかし、そのプラスの面がマイナスの面の原因となる場合がある。その一つが、学部学科の名称変更とその教育内容の一致を巡る問題である。つまり、一言で言うと、新しく付けられた名称が、ともすれと、教育の内容の基本的な変革を伴わないで単に市場受けする名称になる場合が生じる。つまり、学部学科名称の商品価値が、その教育内容を抜きに検討されることになる。
この問題を解決するためには、提案される新しい教育内容(科目群の構成)は、その分野の学問的な理念と学問的な体系によって説明されること、また教育論的な視点から、教育方法が説明されることが必要となる。
新しい名称が、つまり伝統的な生活学系の教育の形態は変化し、生活文化学、生活工学、生活情報学、人間生活学、色々な学科名称が登場する。その大きな理由は、大学内部の改組によるもので、命名された学科名称に相当する学問が確立し、その学問の内容によって提案された教育課題が必ずしも存在していないのが多くの場合の現実である。


3-2. 資格取得教育の点検 (知識の即時的活用の重視と体系的知識教育)

もともと実学である家政学にとって、その学問の発展は実学の発展を意味している。またその教育の内容も、実学的な教育内容の向上にある。つまり現実の社会に即有効な知識と技術である実学の研究や教育は、家政学研究と教育の基本である。そして、実学的な教育内容を向上することがその教育の改革を意味する。
家政学教育の改革の具体的課題として、資格取得を目的にした教育が導入されてきた。単に、生活に役立つ知識や技術に関する単位取得では、学生は満足しない。大学卒業資格という商品価値が低下することによって、高い授業料を払って大学で学ぶ学生にとって、大学教育で得られる別の商品価値を探すことは当然の行為である。
しかし、大学で資格試験の対策を中心として教育が行われるなら、本来資格試験のための教育を中心としてカリキュラムを提供してきた専門学校と同じ教育内容を提供することになる。
家政学系の大学教育が専門学校の教育に近づくことが、実学教育市場の需要に答え、実学教育を進める大学の教育改革の解決策であると言えない。家政学の教育で必要とされる知識のあり方を以下に示す。
1 ,実際の生活に役立つ専門知識(実学的知識)
2 ,資格取得に必要な専門知識
3 ,実学を支えている学問的知識

3-3. 科目群の自由選択制度の点検 (情報化した知識と大学教育の基本)

現在、大学教育を専門分野に必要な教育としえ位置づける考えが生まれている。したがって、家政学科の教育は家政学専門知識に必要な教養教育であると解釈できる。この傾向は、高度な知識社会の到来、そして社会経済生産が専門知識集団の分業によって成り立つ高度分業社会の成立、言い換えると科学技術文明社会によって生じたものである。
短期大学の学科や大学の学部教育の知識は、科学技術文明社会の基礎となる。つまり、それらの大学で学ぶ知識は、社会で活用されている専門的な知識を理解するための基礎となる。大学の学部教育で学んだ知識が、生産現場の先端知識に即役立つ訳ではない。このことが、大学教育の社会的評価を意味している。
こうした大学教育の位置づけの変化に合わして、大学教育のカリキュラムが変化して来た。つまり、資格取得科目を中心にしたカリキュラムの提供とは逆に、即時的に役立つ科目の提供でなく、学生が興味を持つ科目を自由に選択できる制度が導入されてきた。その場合、資格取得の科目の集まり(科目群)を一つのユニットとして提供することで、自由選択と資格教育を両立するカリキュラムが提供されている。
この科目群の自由選択制度(ユニット制)は実際に学生に高い評価を受けている。しかし、自由に選択するという目新しく刺激的な教育方法の否定的面を理解する必要もある。それは、現在の日本の子供たちに蔓延しようとしている生活習慣病と同じように「好きなものだけ食べる」ことが、子供の健康に悪いという現象と類似する。好きな学習だけをすることが、果たして将来の知的活動にとって約に立つのかと考えなければならない。
学問的知識も情報であるが、それは体系化された公理系の中に整然として分類整理可能な情報である。したがって、知識の内容としての情報を伝えると共に、その知識がどの分類箱に所属しするかという情報も提供しなければならない。そのことは、自分で情報を生産するために役立つのである。
数学を学ぶように、一般に知識の公理系のフレームを教えることは、つまり学問としての知識を教えることは、一定の忍耐が必要である。大学教育であるから、その忍耐を要求することが出来る。言い換えると、卒業資格や単位取得という教育の大原則があることで、学ぶ忍耐を教育できるのである。もし、学ぶ忍耐の教育を必要としないなら、趣味としての学習、生涯学習で十分である。教育である以上、学ぶことに一定の強制が付きまとうのである。
科目の自由選択制度という社会の多様性に対応する教育の利点を保証するためにも、その制度のなかで、知識の体系を理解する学習が可能になるカリキュラムが必要とされる。

3-4. 教材作成企業との連携

大学での教材は学生の理解を助けるために、ますます統計、画像、映像資料を教材として活用しつつある。しかも、それらの教材の殆どは専門機関の提供する統計資料、NHKなどメヂィアが提供する映像資料、さらに専門雑誌なの提供する画像資料である。また、今日、教材資料を専門的に販売する企業が登場している。その産業は当然大学の研究活動と結びつき、専門的な研究から導かれる情報をまとめて教材商品を作成する。
言い換えると、大学教育の材料は大学の中で自己生産することが出来ない。家政学や生活学教育では、生活関連産業、生活科学研究機関、メヂア産業のアーカイブスやデータベース、教材作成企業、自治体の生活福祉部門、NPOなどの生活支援組織などの協力や資源を活用して充実した教育内容を作ることになる。または大学教材作成産業から教材を購入する。
大学が独自にその資源の中で、大学教育の材料(教材)を作成できない大学教育の意味することは、以下のことである。
1 ,大学の教育は大学内で自己生産できない
2 ,大学の研究は教育産業に教材作成の材料を提供する。

३-5 . 社会の専門家、生活関連企業との連携

高度の知識社会、科学技術文明社会では、大学教育は、必然的に社会の専門家の参加を必要とする。大学は他の社会の知的生産機能(企業、研究所、市民運動組織)と同格の一つ知的生産機能である。大学教育では、必然的に、社会の他の知的生産機能の資源を活用することになる。このことが、科学技術文明社会、高度な知的生産社会での大学での実学教育の基本を決定している。
言い換えると、実学系の大学教育の改革は、社会の知的生産機能との協同作業が必要となる。単にそれらの専門分野の機能を活用するだけではなく、その専門機関で働く人々と共に、高等教育の改革を共有することが問われている。
具体的には、現在までに、特に実学教育においては、以下の二つの課題を展開し、一定の成果を作り出してきた。
1 ,社会の専門家を大学教育の中に取り入れる。
2,学生を社会の専門分野で教育する。

つまり、社会の専門家を大学教育の中に取り入れる方法について、生活関連企業や生活支援運動や自治体活動の専門家と提携して、それらの人々を大学教育に積極的に活用している教育がなされている。大学によっては企業と契約し、例えば経営学のコースでは大手の商社や企業から専門家を呼んで講座を開いているケースもある。また企業も、積極的に大学に専門家を派遣し大学の授業を担当することがなされている。それは企業の社会貢献との一つとして評価されている。さらに、学生も企業への研修やインターンシップを行い。ある一定期間の間、専門的な仕事を学習するコースもある。
実際、実学系の生活学の教育は大学内部の教育資源で十分に教育活動を完結することは不可能である。そのため、大学教育に社会の専門家を活用し授業を行うことや、また社会の専門分野を大学教育の場として活用し、学生がその場で実習を行いまた、講義を受ける場を作ることが教育内容の充実につながった。
この方法を高等教育に採用するためには、大学と社会との間にある専門的な知的生産の関係について、特に大学の教員として理解しておかなければならい課題が含まれている。その課題を以下に示す。

1、大学を社会の中にある多くの知的生産機能の一つと位置付ける。
2、大学の教員は、社会的に生産される実学的な知識のメタレベルの研究者となる
3、大学の教員は、社会の知的生産機能を担う研究者との共同研究者となる
4、大学教育は、社会的の専門的な知識生産に必要な基礎的知識教育を担う

3-6. 社会の専門機関での経験を大学が評価する。

この制度は現在フランスで実施されているVAEの制度で、日本では存在しない。大学教育の内容は、大まかに社会経験の知識と内容と同一のものであるという前提条件をもって、この制度は成立している。例えば、理論的に高度な専門分野の学習を前提にして成り立つ社会的な経験は、多分に先端科学技術を開発する企業や公共団体の研究機関となる。その人々は、多くの場合、すでに高学歴の所有者であり、理工系では博士号の学位を得るために、多くの場合、大学に形式的に所属しながら、これまでの研究成果を論文にして、共同研究している大学教員を指導教官として提出する。





参考資料

赤碕眞弓、「生活技術と家庭科」 岩垂芳男 福田公子編集 『家政教育学 教職科学講座第24巻』、福村出版、1990、pp53-67
岩垂芳男 福田公子編集 『家政教育学 教職科学講座第24巻』、福村出版、1990、237p
高橋正立 生活世界の経済学-経済本質論序説- ミネルバ書房 1988.12 391p
今和次郎 『生活学 今和次郎集5』1971.9、505p
『考現学 今和次郎集1』1971.1、544p
篭山京 『国民生活の構造』長門屋書房、
青井和夫、松原治郎、副田義也編『生活構造の理論』有斐閣双書、東京、1971.11、324p
青井和夫 『生活体系論の展開』 in 青井和夫、松原治郎、副田義也編『生活構造の理論』東京、有斐閣、 pp139-180、1971
天野寛子、伊藤セツ、森ます美、堀内かおる、天野晴子共編 『生活時間と生活文化』 1994年4月、光生館、163p
今井光映、山口久子、『生活学としての家政学』 有斐閣ブック、有斐閣、1991年9月、378p
石田威望、小林登、清水博、村上陽一郎、情報システムとしての人間 ヒューマンサイエンス2 1984年9月、中山書店、244p
渡部益男 「生活構造」概念の動態化と生活の構造的把握の理論(1) in 『東京学芸大学紀要 3部門』31、pp63-75、1980、
渡部益男 「経済学的生活構造論に関する考察 -「生活構造」概念の動態化と生活の構造的把握の理論(4) in 『東京学芸大学紀要 3部門』45、pp165-219、1994、
江口英一 日本における階層の分布構造と貧困層の形成過程 大河内一男編『社会保障』東京、有斐閣、p1957
副田義也 生活構造の基礎理論 青井和夫、松原治郎、副田義也編『生活構造の理論』東京、有斐閣、p1971
中鉢正美 『生活構造論』東京、好学社、1956
三浦典子、森岡清志、佐々木衛編 『日本の社会学5 生活構造論』東京、東京大学出版会、1986
三浦典子 「生活構造概念の展開と収斂」 in 『現代社会学18』vol.10、No.1、pp5-27、東京、アカデミア出版会、1984
松原治郎 生活体系と生活環境 -生活とコミュニティ- in 青井和夫、松原治郎、副田義也編『生活構造の理論』東京、有斐閣、 pp95-138、1971
吉田民人 生活空間の構造-機能分析 in 作田啓一編『人間形成の社会学』現代社会学講座Ⅴ 東京、有斐閣、 pp137-196、1964年、
吉田民人、「俯瞰型研究の対象と方法 「大文字の第二次科学革命」の立場」in 『学術の動向』第5巻第56号、2000.11 36-45pp
T. パーソンズ 倉田和四郎編訳『社会システムの構造と変化』東京、創文社、1984
三石博行「科学技術哲学と社会システム論」in 『社会システム論』新田俊三編 日本評論社、1990.3 pp57-83
三石博行「マルクス経済学批判と科学技術論」 in 『龍谷大学経済学論集』 第34卷1号、1994.6、pp45-63

2006年9月7日 フランス、ストラスブール、フランス文部省仏日大学館での日仏共同シンポジューム「大学とその社会機能」での研究発表(仏語)の日本語訳 



にほんブログ村 哲学・思想ブログへ

日常性を維持する力

日常生活の意識構造
- 生存するために人類が身につけた精神構造 -
三石博行

常識の意識構造

日常生活の中では、常識、慣習や決まりに従いながら判断を行う。それらの判断は、生きて生活するという行為にとって必要な選択の基準や方向を決めるためのものである。日常生活の判断基準をフロイトの精神分析学では現実則と呼ぶようだ。
現実則とは、現実の自我、生活している自分を生かすために用意された判断、行為選択の基準、決まりや規則である。もっとも代表的なものが常識である。常識は生活習慣を取り決めた決まりである。生活人にとって常識に反するという表現は厳しい非難になり、共同社会から排除される理由として使われる。
その意味で常識は明確に意識化された生活行為の抑制と刺激の方法であり、それをここでは現実則と呼んでいる。常識は、その意味で生活者個人の意識や生活行為の次元で理解される共同体の規則、意識構造を意味する。

慣習の意識構造

共同社会を維持するための社会の慣わし、習慣や慣習がある。これらの習慣や慣習は常識と同じように日常生活の生活様式を決定付けている。しかし、「人によって習慣が違う」とか「家族によって慣習が異なる」と言うように、常識ほど厳しくある一つの生活様式の概念に規格されていない。
しかし、習慣や慣習の異なる人々を生活文化の異なる人々と呼ぶ。それらの人々はお互いに異なる社会常識を持ち、お互いに日常的に交流することはない。つまり、習慣や慣習が異なると言うことが、生活文化に対する価値概念が異なることを意味する。
その意味で習慣や慣習はさほど明確に意識化されていない生活活動の抑制や刺激の方法であり、文化や生活環境の次元で理解される共同体の規則、文化を意味する。

タブーの意識構造

共同社会を維持するために社会的な価値観がある。否定的な価値観をタブーと呼び、肯定的価値観を崇拝と呼ぶ。人々はタブーを犯すことで社会から排除される。人々は崇拝を勝ち取ることで社会から歓迎される。その二つの社会的価値によって、生活は方向付けれれる。
多くの生活者が、否定的価値観に反せずに生きることも出来ず、また肯定的価値観に則して生きることも出来ない。つまり、それらはある理想の生活様式を意味する。現実の生活では、タブーも崇拝も神棚にしまい込まれた偶像のようなものであるが、その偶像を無くすことによって、生活習慣や常識は失われる。
その意味で、タブーや崇拝は無意識的な生活活動の抑制や刺激の方法であり、その方法を快感原則と呼んでいる。タブーや崇拝は、その意味で感覚や感性の次元で理解される共同体の規則、規範を意味する。

日常性を維持する精神機能

日常生活の意識構造、常識、習慣、慣習、タブーや崇拝は、ある個人が勝手に決めたものでない。それは言語のようにいつの間に、自分を作り、自分はそれによって創られているのである。それらによって生きることの出来る根拠は、それらの規則が、自分の身の回りにいる自分以外の人々によって日常的に信じられ、執り行われ、解釈了解されているという現実からである。
これらのすでに与えられている判断基準に従うことによって、簡単に生存することが出来るのである。それらの判断基準に則して、周りの人々と同じように認知し、解釈し、指示を出すことが出来る。そのことは共同行動が可能になったことを意味している。その判断基準の則して行動する限りに於いて、他人とのトラブルは頻繁に生じない。
トラブルを生じさせないという精神構造は共同体にとって、最も効率良い機能である。行為の目的を効率良く果たすために、目的の行為を行う以外に出来る限りエネルギーを消費しないように、全ての生命力を共同体維持のために使い切るための方法として常識や習慣などの日常生活の判断基準、現実則が必要とされるのである。
その意味で、常識は共同生活の歴史の中で生み出された生命や生活を守るための知識であり技術である。言い換えると、人類は長い間、厳しい自然の中で、食物を集め、狩をし、敵と戦い、子孫を残すために、共に支えあって生きてきた。その常識がなければ、人々は生き延びることは出来なかっただろう。

生命を維持するための手段

日常生活とは具体的な個人の生活を意味する。日常生活はある具体的な生活行動や生活空間で成立している。つまり、人々の生活は、常にある具体的な場所(空間)に限定される。人々の行動は、今という現在(時間)を越えて存在しようがない。日常生活は生きている現在に於いてのみ成立する具体的なある固有の人格の生活行為である。
言い換えると、日常生活にとってその連続は、それを構成する空間と時間の生存条件が存在し続けることを意味している。一時間の間、生存の場所を失うことで、日常生活は成立しなくなる。例えば、津波がある村を襲い、その村が波に飲み込まれ、一時間の間水浸しになったとすると、多分、多くの人の生命が奪われ、殆どの人の生活基盤が失われるであろう。
人は生存するために日常生活を維持しているのである。しかし、その日常性の条件を失うことで人は生存することが出来ない。人の生存は維持された日常性によって成立しているのである。例えば、食事をする、衛生的な生活環境を保持する、生命の危険から身を守る等々、命を守るために必要な環境を作り出し、その作り出された環境によって、生命を維持しているのである。
現実生活の社会秩序を守ることが常識の機能であると言うことは、それによって生存の条件を作りだそうとする人類の知恵であることに気付くのである。現実則は、他者との共存、社会的分業への参加、社会的機能の分担、共同生活等、それらの社会的行為を可能にするために身につけた方法、手段であり精神機能である。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ


2008年1月30日水曜日

生活世界の哲学

生きる場の哲学の課題
- 生活運動と思想運動の相互点検活動 -
三石博行


直感のない哲学は根拠を失ったことばに過ぎない。生活世界に根拠を持たない思想は心の通じない主張に過ぎない。

しかし、生活世界では、ことばは「いま、ここに」という限定から飛び立つことは出来ない。生活世界で見つける素晴らしいことばは、視界の届く所に、足の赴くところにまで届く。

しかし、見知らぬ人々と遠い世界までは届かない。ただそのことばは生き生きと現在の世界に飛び交うのである。

生活で語られることばは、生きた人間の温もりと脈動が伝わる。

「今、ここに生きる」脈動から、新しい生命が生み出され、新しい関係が創られ、新しい感性が生まれる。生活で語られることばは、今、すぐそこにある明日に向って語られる。生活で語られることばは、そこ、すぐそこにいる人々に向って語られる。

生活はそれゆえにその前向きの生命を支える固定概念、共同体の常識と欲望を肯定するための立場、身近な利益集団の立場、個人が所属する経営体の立場、それらの利害を前提にして成立する。

その生活の利害は、今、ここに生きることを保障するための利害である。それは近未来に対して共同体の観念(常識)や制度を自己保存するための利害である。

しかし、生活の利害は、国家や社会の未来を保障するとは限らないのである。

生活の利害のままに人々の行動が流されては国家も社会も成立しない。生活の将来は保障されない。

その自然発生的な生活運動の渦巻きを、ある社会の形態に方向づける必要があった。

思想はそのために必要とされた。思想によって、個々の生活空間の利害を超えて、ある民族や国家と呼ばれる共同体の利害に立つことが出来たのである。

思想は、生活世界で語られた素晴らしいことばを明日よりさらに未来に、近よりさらに遠い社会にまで届けようとする。思想はなき生活は、未来のない生活である。

生活活動を思想活動にまで高めることによって、現在は未来に続く時間を獲得できるのである。

しかし、生活のない思想は人の香りを失ったことばである。

思想のない哲学は、困難に立ち向かう力と人々の共存を願う愛を失ったことばである。

哲学なき思想は、時として我々を危険に導く。

独裁政治、国家社会主義、国粋主義、原理主義、愛国心、民族主義、多くの思想は生まれ、激しく燃え盛り、どれだけ多くの人々を戦火の犠牲にしただろうか。

哲学は、思想に生活世界の香りを届け、人の悲しみと温もりを与える。哲学を失った思想は生活世界の直感を失ったことばに過ぎない。

そこで哲学は、同時代的精神の主張、社会思想として語られたことばを未来と過去の時間を越えて、文化と社会の国境を越えて、人間という抽象的空間に届けようとする。

何故なら、哲学のない思想は、同時代性に固守した偏見を捨て去ることも、省みることもできないからである。そして、時として、それらの危険性は、生活世界を破壊する。

哲学の役割は、同時代的精神をそれらの精神の歴史(思想史や哲学史)の中で、見つめさせることである。

哲学は、同時代的精神活動、思想に生活世界の直感を所有することを要求する。

その哲学の要求によって、支配者の時代的偏見や多数者の社会的固定概念を自然発生的に所有する時代的精神、思想を点検批判し、その思想によって多くの人々が危険に晒されることを防ごうとするのである。

哲学は、無条件な楽観論、肯定的思考を点検批判し、ある時は否定し、それらの思想の前提条件を懐疑し、それらの時代性や文化性に付随する共同主観的世界の様相を反省的に理解させようと努める。

しかし、哲学は思想、時代精神を介して生活世界に入り込むことはできない。

何故なら、哲学は否定の学であり、肯定のベクトルで形成される生活運動にそのまま参加することは困難である。

前向きに生命と欲望をもって成り立つ生活世界の力は、時代性と文化性の時間的空間的方向性を与える思想、時代精神によって方向付けられる。

哲学はその逞しさを持っていない。哲学が生活運動と結びつくことを望むとき、懐疑や点検の学としての哲学の本来のあり方を中止し、哲学の思惟から生まれる、つまり「否定の否定」によって帰結された世界を思想運動に渡さなければならないのである。

哲学は、その時、生活世界の再生、再生産、新たな生活思想の起爆作用を導くのである。

哲学は、その根拠として、生活理念の思想や生活実践の科学を必要とする。

哲学が、生きる場の哲学の成立条件として、生活運動から思想運動への課題を要求している。

つまり、哲学はつねに反哲学を必要とし、反哲学を哲学に内蔵することで、哲学はその存在理由を見つけるのである。

そこに哲学と呼ばれる特殊な学問が成立する。

我々は、終わりなき生の模索と終わりなき理念の追求を限りある時間と空間で試みる。

哲学は、その個人の限界とそれらを繋ぎとめる人間の偉大さを教える。

そして哲学は、その具体的人間生活に溶け込みながら、それを導いた哲学を否定し、反哲学に変貌し、解体し、また新たな哲学を求め続けるのである。


2008年1月28日月曜日

前向きな悲観論

前向きに悲観すること
-自分の弱点と共存する生き方-

三石博行


失敗と決意の終わりなき連鎖・一秒の人生

▽ 今、私の職場は試験期間である。私自身、自分の学生時代の試験の内容に関する記憶は殆どない。何が出たのか、さっぱり思い出さない。思い出すことは、一日多くて3、4科目の試験の準備で、徹夜をしたことなどである。そして、一夜漬けで試験に臨みながら「次回は、こんな一夜漬けの試験勉強は止めよう」と決意したことである。

▽ しかし、その決意も、次の学期が始まると完全に忘れ去り、試験期間には、また前と同じように一夜漬けを繰り返しことになる。しかも、まったく前回と同じように「次回は、こんな一夜漬けの試験勉強は止めよう」と決意するのである。その決意の不履行と再決意を繰り返しながら学生時代は終わった。

▽ 学校を卒業して、仕事をしながら、まだ同じことを繰り返している。仕事の期限ぎりぎりまで、なかなか仕事が終わらない。予め立てた計画も、一日分の仕事完成率の点検も、まだ時間があると思えがすぐに甘くなる。

▽ 期限を切られなければ仕事が終わらない。期限ぎりぎりになって、「こんなことをしていてはいけない。もっと計画的に仕事をこなす必要がある」と決意するのであるが、この決意も次の仕事を始めた時には忘れさられ、次も同じように期限ぎりぎりになってやり始める。そしてまったく以前と同じように、「こんなことをしていてはいけない。もっと計画的に仕事をこなす必要がある」と再決意するのである。そして、そうこうしている内に、年を取って、仕事も出来なくなり、あの世からお迎えがくるかもしれない。

▽ これまで、常に「毎日、確りと計画を持って生きる」ということを考えたし、その為に、中学や高校時代には、日記や生活記録を書いた。大学時代でも生活時間を記録する日記や手帳を書いた。社会に出てからはシステムノートを書いてきた。しっかりと予測される近未来の情況を分析し、現在の生活時間の配分を計算し、こつこつと仕事をこなす態度を身につけようと、長年、努力してきたのであるが、しかし、結果は、こうした几帳面で計画性をもった生活設計が出来るようにはならなかった。

▽ 多分、こうして同じ課題を持ち続けながら時間が過ぎ、いつの間にか人生を50年過ごし、60年過ごし、そして若い人々から見ればと自分を高齢者として位置づけなければならない年齢に達するのであるが、それでも、同じ失敗と同じ問題を抱え、同じ決意と同じ努力を繰り返す生活を続ける。


大人的と子供的な観方、生き方・二つの異文化現象

▽ 子供のころは、大人が偉く見えた。また、子供のころは、大人は分かって生きていると思っていた。そして、子供のころは、大人になるときっと解決できると信じていた。

▽ しかし、大人になると、子供と自分との距離がそうないことに気付く。また、大人になると、子供のころから抱え込んだ問題が解決していないことに気付く。そして、大人になると、子供から今までの時間が余りにも短いと感じる。

▽ 子供は大人を経験してないので大人を知らない。大人は子供を経験しているので子供を知っている。それが大人と子供の違いはである。つまり、子供より大人が長く生きた分だけ多くのことを経験してきた。そして、経験の少ない分、子供は大人より自分の可能性を信じている。他者の死との出会いを多く経験してきた分、大人は未来という時間が無いことを理解している。それが少ないだけに、子供はまだまだ未来があると信じている。

▽ 言換すれば、子供が自分の可能性を信じているのは、まだ人生の時間があるという根拠のみである。しかし大人が諦め(あきらめ)を抱くのは、人生の時間がもうないという根拠なのみである。その両者の根拠を説明できるものは何もない。主観と統計的な推測、つまりそう思ったということと平均的にそうなっているという説明以外になにもない。

▽ 未来を信じられる子供たちは、無謀であり、大胆であり、鈍感であり、そして前向きである。そして、子供たちは、幻想にとりつかれ、無我夢の中に、冒険とロマンを追い求める。つまり、子供たちは、真理や愛を語るドラマの中で、自らの利益や命を顧みず、主役を演技し続ける。彼らは生命の塊で、命の凄さを放し続ける。

▽ だが、大人たちは、現実的で、臆病で、後ろ向きである。何故なら、彼らは世界の中で己の小ささを知り、己の能力に幻滅し、己の力に絶望しながらも、それでも生きなければならないことを知っているからである。 彼らの言い分は自己弁護的で、後ろ向きで、遠慮ばかりしている。彼らは、つまらない映画の脇役である。

▽ 未来への悲観は大人への入り口で与えられ、人生への悲観は大人へ成長の証である。そして、自分への悲観は大人としての優しさや繊細な人の香りを与えるのだろう。

▽ しかし、子供は将来と呼ばれる不在の根拠へ向かう無謀な楽観性を持っている。幻想と呼ばれる未来へ立ち向かう勇気を持っている。無知ゆえに強靭な楽観的感性と未経験ゆえ描く未来への幻想に向かって進む生命力を持っている。

▽ 繊細で「後ろ向きの大人」と鈍感で「前向きな子供」の二つの文化。私はその二つのどれを自分の生きる方法として選び、どれを他人の行き方として評価するだろうか。



怠け癖を治すことは出来ないが、しかし、追い詰めることはできる

▽ 私の試験を落とした学生がやって来た。暗い顔をして、失敗した色々な理由を私に話した。彼と私との隔たりは、社会的には、「採点した私」と「採点され彼」の違いによって生み出されている。私は教師という社会的役割を果し、学生である彼を不可にした。教師と学生いう立場を成立させている学校において存在している関係に過ぎない。

▽ つまり、私という個人は、試験勉強を一夜漬けで行うという点では、その学生と同じ人間であることは間違いない。

▽ 試験勉強は一夜漬けであった若いころから、私は怠け者だった。その怠けものは大人になっても治らなかった。そのため、学位(博士)論文を終えるのも長い年数が掛かった。単著の本すら出版してない。書きかけの論文原稿の山に囲まれている。

▽ 書けないのは怠け者であるだけでなく、勇気がないからであった。つまり、書いて出す自信がなかった。色々書きながら、不十分な文書を世の中に出すことは、自分の名誉を傷つけることであると思った。発表することで恥ずかしい思いをすることに耐える勇気がなかった。

▽ 未完成の論文原稿が記憶媒体の中にどんどん溜まる。文書は、書いてもまた書いても、みんなしまい込まれ、誰の点検からも批判からも隔離され、記憶媒体という閉鎖空間の中に、誰も侵入できない安全地帯の中にしまい込まれていた。しかし、それらの文章は、その安全地帯の中では世界的な論文であるかのように大切に扱われていた。

▽ ある日、不十分な状態であったが発表することを先に決めてしまったことがあった。研究発表までに終わらなければならない。不十分である箇所を出来るだけ少なくするために他の論文や本を読む。そして、不十分なまま発表した。結果は明らかであった。つまり、恥ずかしい思いしか残らなかった。

▽ 記憶媒体の安全地帯の中で、あたかもいい論文であると自負していた私は惨めな自己の現実を知らされ、その未熟な身体を晒(さら)された恥ずかしさと悔しさに打ちのめされていた。

▽ それでも、また、不十分なまま発表することを先に決めて、研究発表するために研究した。研究成果があったから研究発表するのではなく、研究発表を決めたから、研究する作業が続いた。「僕は怠けものなのだよ」という理由によって選択した行動であった。

▽ 今でも、この怠けものは治らない。小学校の時に夏休みの宿題を一夜漬けでやったあの日から続いているこの怠け者を治すことは出来ない。それで、この怠け者を追い詰めることにした。それ以外に、今のところ私が気付いた方法はないようだ。

▽ その追い詰め方として、実に大胆で無責任な手段を取った。まだ、論文は書けていない、まだ研究成果を明確に言えない、だが発表すると学会事務教に宣言するのだ。画家がまだ書いてない絵について画商と交渉するようなものだ。研究者としてこれほど無謀な行動があるだろうか。しかし、この無謀さをもってはじめて怠け者の私は焦るのである。

▽ 大人になっても子供のころと同じ性格は変わらない。大人は、ただ自己変革の可能性を信じない悲観論者なのだ。そしてその悲観論者である自分を認め。自分が自分で変えられないことを知るしかない。自分は自分によって変革することのできる存在であるなら、不可能な試みをする必要はない。もし、自分の怠け者を変えるためにもう一度生まれ変わるしかない。しかし、それは不可能な希望である。

▽ 結果的に、私が選んだ道は、みっともないと言われるかもしれないが、怠け者である自分を変えなくてもいいということであった。今後も怠け者として生きるしかないということであった。つまり、怠け者である自分を認めることだった。そして、同時に、この怠け者の自分が怠けておれないようにしてしまう。怠け者の自分を追い込むことが、私の選んだ方法であった。

▽ 勿論(もちろん)今でも、これ以外の色々な怠け者対策を調べる。そして、よち有効な方法があれば、それを取り入れることにしている。しかし、怠け者の自分を追い込むという方法が、現在の私が考えた最も有効な対策である。


前向きな悲観論者の煩悩

▽ 自分の意志の強さに自信を持つ人なら、自分の弱点を人の力を借りて治す方法を取らずにすんだかも知れない。しかし、自分に自信のない人なら、自分の力で自分の弱点を克復する方法は取らないだろう。何故なら、その方法は意志の弱い自分にはハードルの高い難しいやり方であるからだ。

▽ 自分の能力に自信のある人なら、自分の力を信じて自分の考えを中心に仕事をするだろう。しかし、自分の能力に自信を持たない人なら、他者の考えや方法を聴き、自分を点検するだろう。

▽ 本当に必要な能力は、精々、自分の弱点を理解する能力である。その弱点を克服するための方法を見つけ出す知性と技能が、最も実践力のある能力である。だが、予め自信をもつ人々は、その実践的な能力を身につけるための条件を失っていると言える。

▽ 真摯に生きること、その条件として自分の弱点を認めることが挙げられる。その生き方は、前向きに自信を持って生きる楽観主義を捨て、前向きに自分への自信や確信を疑う悲観的な立場を取ることではないだろうか。

▽ 子供の柔らかい精神と大人の強かな(したたかな)技法を共存させることは出来ないものかと思った瞬間に、希望という幻想に囚われ楽観主義が生まれようとしている。そして、この子供じみた幻想から前向きな根拠なき自信や確信が生まれようとしている。これは、何ということだ。




にほんブログ村 哲学・思想ブログへ