2015年1月29日木曜日

再生可能エネルギー資源活用をベースとする持続可能な社会形成への制度設計は可能か

-尾形清一博士(京都大学)研究報告の示唆する課題-


第五回政治社会学会研究会 専修大学神田キャンパス 2014年11月2日 


三石博行(NPO 太陽光発電所ネットワーク(PV-Net)副代表)



はじめに


まず、尾形清一博士の研究報告「エネルギー転換と地域再生可能エネルギー事業に関する考察―再生可能エネルギー条例の制定状況と策定プロセスを中心にして―」の我国で進行しているエネルギー変換政策・制度設計の中での位置づけを行う。

2011年3月11日の東日本大震災・福島原発事故から、我国のこれまでの原子力エネルギーに依存するエネルギー政策が見直しが行われた。そして、再生可能エネルギーを普及するために、2012年7月から固定価格買取制度(FIT)が施行され、日本の再生可能エネルギー資源利用を推し進めるための国家レベルの制度設計が課題となっている。

この課題を考える時に前提となる条件は、まず百年後のエネルギー資源の見通しが必要であること、言い換えると化石燃料や核燃料の希少化や枯渇を前提にして中長期的なエネルギー政策を立てなければならないこと。さらに、原子力発電施設の安全管理やリスク管理、原子力発電から生み出される核燃料廃棄物の処理及び長期保管、さらには原子力発電所の廃炉等々、リスク管理上もまたエネルギー価格的にも原発に頼るエネルギー政策を続けられないこと。以上、大きく二つの課題を前提にして、中長期エネルギー政策を立てなければならない。

上記の前提条件を全く否定することは困難であるが、中長期エネルギー政策を前提とする短期的エネルギー政策に於いて、現在、安全性が保障されている原発の稼働を認めるか否かで意見の相違があるものの、再生可能エネルギー(RE)技術開発、再生可能エネルギーの普及のための制度設計、そしてそれに関する新産業の育成に関しては、基本的なコンセンサスが取れている。

勿論、REには同意できている。おおよそ基幹エネルギーとしての位置づけ、中長期的な国家のエネルギー政策、そしてそれに基づく社会経済制度設計、新たな産業構造への移行、さらにはそれらの政策と制度を充実完成するための各アクターのガバナンス(運営・管理・改良・変革)の在り方などの多岐多様な課題が問われている。


尾形報告の示す課題 


今回の尾形清一博士の報告は、その重要な課題の一つである「再生可能エネルギー関連条例の現状と課題」に関して、全国の地域自治体の関連条例の分析を通じて、再生可能エネルギー(RE)事業(REB)の地域経済への貢献の可能性を引き出すための連携協働を目的とする課題が分析されている。具体的には、地方自治体の制度設計、地域金融機関の連携、地域経済への再投資、地域自治体の経済振興局の連携、REBを担うアクターとの連携を課題にしている。

尾形報告では、現在の地域自治体のREB支援条例を全国から採集し、それらを「①理念条例、②再生可能エネルギー基本計画の策定、③公共施設屋根貸しの推進、④再生可能エネルギー基金、⑤発電設備に対する固定資産税の免除、⑥景観保全の観点からの規制条例、⑦支援条例・再生可能エネルギー導入審査会の設置」(尾形2014)と分類した。

これらの分類は、支援条例を導入した飯田市の取組を相対的に理解するために行われ、飯田市の支援導入型の基本となる「地域環境権」の創設とその機能に関する分析へと展開されている。現在の日本の自治体のRE普及制度を「考現学的」方法論(事例の採集とその比較)で調査研究した。そして、飯田市の「地域環境権」創設とその理念に基づく地方自治体の支援事例の紹介を行った。


飯田市の取組事例の紹介  


「飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例」(2013年4月)は地域の豊富な再生可能エネルギー資源の「結い」を活用して低炭素で活力ある地域づくりを推進することを目的している。

つまり、この条例は「RE資源は市民の総有財産であり、そこから得られるエネルギーは市民が優先的に活用でき、自ら地域づくりをしていく権利があとする「地域環境権」の考え方を前提にしている。この地域環境権を示し、その理念に即した「公民協働のルール化」と「市の支援とREB(再生可能エネルギー事業の公共品質の確保)を条例で定めた。

これらの条例によって市民が申請した事業に対して指導や助言を行う審査会を設置し市長による支援措置を具体化し、事業の持続性、安全性、事業可能性、市民事業のガバナンス能力の向上、金融機関、投資家の投資資金促進支援、市の援助基金や初期調査費用への無利子貸付け、市有財産使用権限に関する基準等々の制度を定めた。こうした市のREB支援のための制度設計によって、太陽光市民共同発電事業を推進した地域市民主導型の企業活動が生まれた。


RE社会の意味する社会経済システムに関する課題


小規模分散型エネルギー資源としてのRE 

大型水力発電を除外して、大型火力発電や原子力発電等の集中大量生産型の発電施設に比べ、一般に再生可能エネルギー資源を利用した発電施設は、メガソーラや巨大風力発電などの中規模から、住宅用太陽光発電に見られるように小規模分散型である。

そのため、この弱点(現在のエネルギー産業の視点からすると)を乗り越えるために、幾つかの戦略が提案されている。その一つが、一つはメガソーラのようにより規模を大きくし、従来の大型発電の規模に近づくことである。

もう一つの戦略は、小規模発電所の生産と地域社会の消費のネットワーク的管理によって、生産と消費の収支を時間的空間的に調整する技術の開発である。例えば、異なるREの組み合わせや地域や家庭での蓄電システム(例えば家庭用蓄電の普及、電気自動車やプラグインハイブリッド車のバッテリー活用等々)の構築、スマートグリッドの形成などがその例である。

また、上記の地域ネットワークだけでなく、広域ネットワークの形成によって、過剰生産電力を空間的に調整する制度設計が提案されている。


小規模分散型エネルギーの意味するもの 都市の構造とエネルギー生産様式 


小規模分散型エネルギー生産様式をマイナスと理解するのはそこの大規模集中型エネルギー生産様式がより進んだエネルギー生産システムであるという、この間、長年インプットされてきた生産様式への理解、つまり産業革命によって実証された社会経済的価値観があるからである。

この価値観に対応するために新たな価値観を見出さない限り、小規模分散型エネルギーは大規模集中型エネルギーの補足資源として位置付けられることになる。

そのため、エネルギー生産の地産地消の意味を考える必要がある。食糧、農産物の地産地消の例を取るまでもなく地産地消型の生産はすべてそこに生産者と消費者のネットワークを前提にして成立している。エネルギー生産と消費に関しても、地産地消型が導入されるなら、エネルギー消費者はその生産者の顔をよく理解し得る。つまり、人の顔の見える生産物としてエネルギーが消費者に届くことになる。

この人の顔の見える生産物は、すでに昔からあった。それは大量生産と大量流通、そして大量消費社会によって消え失せた。我々の周りに生活資材はすべて顔を待たない生産物であり、我々も誰が作ったものかという感心すらない。

つまり、大量生産と大量消費社会では生産システムは消費者にとってブラックブックスであり、どのようにして作られているかを知らない。また、生産者にとっても需要量としてしか消費者は見えない。そこにある多様なニーズや反応の理解もクレーム係の担当として分業化される。

しかし、このことがどれほど食の安全を脅かし、また資源の無駄使いやもったいないごみを大量に作っているかを知るべきである。そしてこうした生活様式に普及やその生活様式を持つ人口増加によって、天然資源の枯渇化が近年急速に進んでいることも事実である。

しかしながら、百年後の化石燃料の希少化や枯渇化を前提にするなら、RE生産を大規模化する方向に向かうことも加速し、また新たに小規模分散型生産システムの合理的管理様式も進化するだろう。


都市構造と地産地消型エネルギー社会 


言い換えると、我々がREによる社会の制度設計を考える時に、その弱点である小規模分散型のエネルギー生産様式をマイナスと理解するかそれともそこに秘められている新たな社会理念の発掘や社会制度の創造を思索する機会と取るかによって、この課題は大きな分岐を引き出すことになる。

現在の日本は、東京を中心とする関東の都市や関西の都市に人口が集中し、その人口集中した都市構造が生み出す巨大消費を維持するために、必然的に大規模集中型の生産様式が発展する。つまり、大規模集中型生産-消費構造がある以上、小規模分散型生産-消費の構造は形成されにくい。言い換えると、ここで課題となる小規模分散型生産と消費は人口集中度の少ない地方でより実現可能な生産・消費システムであるとも言える。

さらに、言い換えると、飯田市が推進している支援誘導型の再生可能エネルギー条例にみる社会制度設計は人口の大半を占める都市では不可能な事業ではないかという事になる。この課題をどのように理解し、飯田市の事例の展開を中規模都市に行うための更なる検討が必要となる。
 
また、逆に、飯田市のように参加型社会を形成するためには、ますます人の顔の見えなくなった都市空間を人と人の結によってできている街空間に変えるためのヒントがあるとも言えるだろう。現在、保育施設を建てること反対運動が起こる都市、こどもが堂々と通学時に連れ去られる町、孤独死をした老人が一か月も放置される町、子育てに苦しんだ母親が育児を放棄する町、この課題と飯田市の試みは無縁ではないことを理解することが課題となっている。


グローバリゼーションとローカリゼーション


REを基盤とする社会経済システムの構築では、小規模分散型生産様式、地産地消型生活様式、参加型社会を前提としている。この社会パラダイムを一括りにするなら、それと対峙される社会パラダイムは大規模集中型生産様式、分業生産消費生活様式と非参加型(代理人選択型)社会である。

実際のところ、日本は後記した社会の典型である。そして、逆に前記した社会を目指すための契機としてRE社会を目指す飯田市を代表する地方自治体や社会の動きがあると言えるだろう。

ここで、もう一つのドグマ、つまり、グローバリゼーションとローカリゼーションは対立概念であるという社会思想に言及しなければならない。何故なら、RE社会のイメージがグローバリゼーションと対立するもののように受け取られ、大規模集中型のRE生産システムの唯一のRE社会の在り方として理解されてしまう傾向が生まれるからである。

まず、グローバリゼーションとローカリゼーションは矛盾する概念ではないと言わなければならない。そしてグローバリゼーションを大規模集中型、大量分業型生産として位置づけ、また、その対立概念にローカリゼーションを位置づけるからである。逆に単純均一の生産物を大量生産することによってグローバリゼーションは阻害される。

何故なら、それはグローバルに需要を生しえないからである。寧ろ、多様で希少性の高い生産物がグローバルに消費される。言い換えるとローカリゼーションとグローバリゼーションは対立概念ではなく、より豊かなローカル性こそがグローバル性を獲得すると言えるのである。

このことは、生産消費型の生産様式にこそ豊かなローカル性を育む力があると理解し、地産地消型や小規模分散型・ネットワーク型の生産様式の生み出すグローバリゼーションとローカリゼーションの未来を考えるべきである。その実例がEUの言語や文化の域内多様性の保護と連帯強化の政策に見られる。EUの環境政策、および文化政策はグローバリゼーションがローカリゼーションによって支えらている事例と言えるだろう。



FIT制度見直しに対する地域自治体の対応 



昨日の遠藤博士の研究報告で使われた用語、Hard Path (科学技術や制度)とSoft Path(法律やコミュニケーションルール、規範)の概念を援用して、RE政策や制度設計問題を検証しなければならない。何故なら、政府のFITの破綻と電力企業の買取り拒否によって、そのソフトパスが十分でないことが明らかになった。

つまり、RE政策はREBを支えるハードパスの支援に重点が置かれたが、それをREBのアクターが利用するために、またその利用によって生じる否定的な課題へ対応も遅れている。

地方のRE政策はそれのどのような影響を受けるのか。そしてその影響を受けない対策があるのか。また、国がRE政策の推進を積極的に行わない場合には、どういう地域自治体のRE政策や制度設計が可能なのか

この間、REBとして、制度設計を助言提案するNPO団体、例えばNPO再生可能エネルギー事業を支援する法律実務の会、NPOPV-Net、環境エネルギー政策研究所等をはじめとして多くのNPOや環境ビジネスが生まれている。これらは、REソフトパスを豊かにするための社会資本の一部であると理解することができる。それらのREソフトパスビジネスの参加によってより多様で豊かな解決策が生まれないだろうか。


まとめ



多くの可能性、それは単に未来社会に繋がる資源エネルギー政策だけでなく、参画型社会の在り方、また人々の生活空間のネットワークによって運営される生産消費者(プロシューマー)の社会が問われている。それは21世紀の市民社会と市民の形成でもあると言える。


参考資料


1、飯田市「飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例」の概要
2、馬上丈司(千葉大学法経学部)「地方自治体の再生可能エネルギー政策への取り組み」
3、飯田市地球温暖化対策課 田中克己「ローカルファイナンスを活用した飯田市の再生可能エネルギー推進政策」
4、PHP研究所政策シンクタンク「「地域主導型」再生可能エネルギー事業 事業支援サービスのご案内」
5、舩橋春俊(法政大学)「社会技術研究開発事業 地域間連携による地域エネルギーと地域ファイナンスの統治的活用政策及びその事業化研究」
6、倉阪秀史「「地域のエネルギー活用」に関連する条例案」千葉大学 公共研究 第9巻第1号(2013 年3月)
7、福岡県「県有施設の屋根貸しによる太陽光発電事業企画提案公募要項平成26年8月福岡県」
8、蔵田幸三(東洋大学)「地方都市における公民連携によるエネルギー政策の推進手法に関する一考察 -湖南市地域自然エネルギー基本条例を中心として-」
9、遠藤崇浩(大阪市立大学現代システム科学域)「カリフォルニア水銀行とそのグローバル展開可能性」第5回政治社会学会研究大会報告 2014年11月1日(土)
10、尾形清一(京都大学)「再生可能エネルギー関連条例の現状と課題「支援誘導型」という政策手法について」(第5回政治社会学会用・報告予稿)

その他多くの資料を参照



2015年1月28日水曜日

関西政治社会学会 2015年第1回研究会

2015年1月31日土曜日 14時から


同志社大学志高館SK289共同研究室

(京都市営地下鉄今出川駅北徒歩5分)

≪プログラム≫


研究会 第1部 若手研究発表


14:00 報告の部

小田切康彦(徳島大学) 「市民参加の民主性と効率性-京都市を例として-」

尾形清一(京都大学) 「再生可能エネルギー事業におけるPIMBY/NIMBYの構造-風車騒音問題の事例-」

村上紗央里(同志社大学) 「一般教養科目における文理融合教育の実証研究―同志社大学政策学部における協働講座を事例に―」

15:00 グループディスカッション

15:30 休憩


研究会 第2部 関西政治社会学会企画研究


15:45 報告の部

三石博行(関西政治社会学会) 「設計科学論から展開できる民主主義社会での政策の課題に関する考察ー民主主義社会の発展のためにー」

嘉田良平(四条畷学園大学) 「拡大するイスラム市場とハラール対応の課題」

花森久仁子(東海大学)「科学分析による食品偽装抑止の可能性」

17:00 グループディスカッション

17:30 終了


18:00 懇親会  


連絡先 新川 達郎 (にいかわ たつろう)教授
同志社大学大学院総合政策科学研究科教授・政策学部教授〒602-8580 京都市上京区今出川烏丸東入る(研究室:烏丸北キャンパス志高館2F252号室)電話 075-251-3860 ファックス 075-251-3094電子メール tniikawa@mail.doshisha.ac.jp

2015年1月22日木曜日

「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」

 目次

三石博行



はじめに 「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回」は可能か
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_68.html


1章 成長経済主義を超える社会経済思想の形成にために(仮称)

1-1、新自由主義経済思想批判と生活経済主義の成立に向けて(仮称)

「成長経済の終焉はどのように可能か 」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html

「金融資本主義、新自由主義的経済から脱却できる経済システムは可能か、脱資本主義社会経済システムは実現可能か 」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_20.html

「経済活動の自由と公共性の両立を目指すために」(仮称)

「資本主義経済思想の何が問題なのか」(仮称)


1-2、生活資源論から解釈される成熟循環型経済社会論

「生態・社会資源の限界と国家の形態」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_5.html

「生活資源論から解釈される成長経済主義の限界」(仮称)

「生活資源論から解釈される循環型経済の合理性」(仮称)


1-3、巨大科学技術文明批判と市民参加型科学技術文明の創出に向けて(仮称)

「巨大科学技術文明社会のアンチテーゼから社会改革の理論と政策提案へ」 
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_16.html

「成熟循環型経済社会の形成に向けて近代科学技術思想の何が課題なのか」(仮称)

「成熟循環型経済社会に向けて近代社会経済思想の何が問題か」(仮称)

「近代社会経済思想の課題の一例 (死体とうんこ)
http://mitsuishi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_10.html



2章 成長経済主義を超える社会経済運動の形成にために(仮称)

2-1、社会参画型市民活動と生活運動・生活思想の形成(仮称)

「市民民主主義社会発展のための政策研究集団としての縮小社会研究会活動」 
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/08/blog-post_3059.html

「槌田氏の使い捨てを考える会の活動について思うこと」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_15.html

「エネルギー資源、食糧の地産地消運動を支える社会活動」(仮称)

「社会・政治参画型生活運動の形成と民主主義文化の原則」(仮称)

「新しい経済社会活動形態・プロシュマー(生産し消費する市民)とは」(仮称)

「資源・エネルギーの地消地産活動を目指す生活経済活動とは何か」(仮称)


2-2、再生可能エネルギー社会の形成に向けて(仮称)

2-2a 太陽エネルギー利用の課題

「太陽光発電システムは未来社会のエネルギー生産を担えるか」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/10/blog-post.html

「未来社会からみた太陽光発電システムの課題」
http://mitsuishi.blogspot.jp/2012/10/4-1-20-gepgdpgnp-gdpgep.html

「太陽熱エネルギー利用の課題」(仮称)


2-2b 風力エネルギー利用の課題(仮称)


2-2c 地熱エネルギー利用の課題(仮称)


2-2d 海洋エネルギー利用の課題(仮称)


2-2e バイオマスエネルギー利用の課題(仮称)


2-2f 省エネルギー技術開発とその課題(仮称)


2-2g 再利用可能エネルギー技術開発とその課題(仮称)



2-3、成熟循環型経済社会を実現するための社会文化設計について(仮称)

「成熟循環型経済社会を可能にする生活スタイルの設計」(仮称)

「成熟循環型経済社会を可能にする都市計画の設計」(仮称)

「成熟循環型経済社会を可能にする地方社会の設計」(仮称)

「成熟循環型経済社会を可能にする地域社会文化の設計」(仮称)

「成熟循環型経済社会を可能にする教育文化の設計」(仮称)


2-4、成熟循環型経済社会を可能にする国際政治の課題(仮称)

「地域国際共同体(東アジア共同体)の形成と国防政策の経済的意味」(仮称)

「成熟循環型経済社会を目指す地域国際共同体・政治体制の形成の意味」(仮称)

「成熟循環型経済社会を目指す教育コンソーシアム形成の意味」(仮称)

「成熟循環型経済社会を目指す市民活動の交流形成の意味」(仮称)



3章 成長経済主義を超える思想運動の形成にために(仮称)


これは、私の取り組まなければならない主な課題であるが、常に、哲学や思想がすべての社会活動や生活運動の前に来て、議論される傾向を否定し、敢えて、それらの思想的言及を、最後の章にした。何故なら、思想とは、実際の社会経験や生活経験を経ながら検証され、確立するものであると思うからだ。

「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回」は可能か (序文として)

-脱成長社会経済政策「ポストアベノミックス」への準備がこれから必要だろう-


三石博行


巨額の負債を抱えながらの成長経済政策


多分、今、経済政策の中で問わなければならない課題は、脱成長社会経済政策ではないかと考えている。現在、政府がその政治生命を掛けて進めている「アベノミックス」が成功するにしろ、また失敗するにしろ、高度に経済成長している日本で、また、市民が消費生活を満喫している日本で、これ以上の消費活動を刺激し、無駄な消費をさせて、経済を成長されようと言うのは、実に、古い経済政策であると感じる。

高度経済成長以来、日本では経済成長政策を取り続けて来た。その結果、今日の経済レベルに社会を発展させてきたという側面と、同時に、1000兆円以上の国債を抱える国になっている。成長経済の肯定的な側面ばかりを観るのでなく、負の側面を理解しなければならない。

つまり、巨額の負債(若い世代への借金負担)、そして生活経済を圧迫するインフレ(その分、賃金を上げると言うのだが)の進行、一歩間違えば、この国の経済は破綻すると思われる危険な掛け、成長経済主義路線を強行しているようにも見える。

この成長経済路線の選択が多くの国民に現在支持されているのは、高度経済成長や世界第二の経済大国の時代に味わった過去の成功例があるからだ。そして、この成功例に拘ることによって、の呪縛に、現在の成長経済主義があるとも言える。従って、この成長経済主義の呪縛から解き放されるのは、多分、現在多くの国民が期待している「アベノミックス」の破綻後であると思われる。その意味で、ポスト経済成長主義とは何かを考え、準備しなければならないだろう。


ポスト成長経済政策の困難さ


好むと好まざるに拘わらず、これまで「成長」ということばは肯定的であり、この「成長」ということばに否定的なニュアンスを抱く人は少ない。しかし、これから、この常識が問われることになるだろう。そして、成長の終焉を自覚し、受け止め、その成長に代わる新しいことばを見つけなければならない。

つまり、成長の終焉とは、これまでの社会経済パラダイム転換に匹敵する重大な社会的価値観の転換を意味するのである。大量消費社会アメリカが、これからの日本の理想の社会モデルだと思う人は少なくなりつつあることは確かである。しかし、成長経済主義を批判するとは、それに代わる社会モデルを提示することである。そのことは、同時に、成長経済主義批判の課題の困難さを痛感するのである。

言い換えると、ここで私がテーマにしている「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回」とは、現在、単なるスローガンでしかないのである。このスローガンを何とか、具体的な政策提案や社会思想として展開したいと思っている。


何から始めるのか


この後の課題として、二つのテーマがある。一つは、この「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回」を多くの人々に呼びかけて、それらの人々と共に、社会運動として取り組み計画である。このことを現在、縮小社会研究会やNPO太陽光発電所ネットワークに参加しながら進めている。

勿論、専門的研究が必要である。それに関しては、現在私が所属する色々な学会で提案したいのだが、福島原発事故の後に、それらの学会は殆ど、自らの立場を明確にしなかった。その意味で、政治社会学会は別だった。反原発ということではなく、原発事故の議論を呼びかけた。私は、この学会が示した研究者としての社会的責任への問い掛けと、そして自らの使命に関して共感した。その意味で、この学会の会員・研究者に、学術的視点からの共同の研究活動を期待したいと思う。

もう一つの課題は、私自らの作業である。これまで、ブログで成長経済主義を超えるための課題に関する文章を書いてきた。それらの文章を纏めながら、今後、必要となる考察課題を整理したいと思った。そこで、これまでブログに書いた文章を、テーマに即して、必要と思われる流れを1章から3章まで仮定して、その中に当てはめてみた。すると、これらの展開に更に必要となる課題が具体化して行った。それらの課題を書き取りながら、それを章の節に当てはめてみる。

すべて、ここで書かれた題名に(仮称)と付いている題目は「絵にかいた餅」に過ぎないが、しかし、一応、考えられるテーマ名を書きいれることによって、少しだけテーマ全体のイメージが膨らんで行った。しかし、当然のことながら、このテーマが改めて莫大な研究調査作業を要請している事を再認識した。これは大変な作業になりそうだ。



2015年1月20日 フェイスブック記載


「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_72.html

海外からみれば我々日本人は右も左も同じ日本人

- 拉致された二人の日本人への政府、日本社会、日本国民に問われている問題とは何か -


三石博行



異なる二人の日本人拉致犠牲者


以前、「外国から観て、安倍総理を代表する自民党支持派の人々もそれに反対する人々、例えば共産党支持派の人々も、同じ日本人であることには変わりない。その意味で、日本の政治に、いかにそれに反対している場合を持っていても、日本政府が取った政治的判断に対して、共通の国際的な責任を持つことになる。それが、つまり、我々の国民としての国際的立場となる。」と書いたことがあった。

今回の二人の拉致された日本人、一人は国際紛争を商売にして「軍事会社」を立ち上げ、国際的な紛争から生じるビジネスチャンス、例えば商社等の派遣社員の護衛やフランスやアメリカの軍事会社と同じく「国際紛争へ私兵派遣」等々によって生じる需要を受けて、商売を考えていた人「戦争ビジネスマン」である。もう一人は、最も厳しい戦地に赴き、被害に遭っている市民、子供たちの現実を映像にして、世界に発信し続けて来た「戦争ジャーナリスト」である。

この二人は、日本人の目からすると全く異なる人々で、人権団体の人々は、多分、「戦争ジャーナリスト」の方を守りたいと思うだろう。また、軍事産業で儲けたいと思う人は「戦争ビジネスマン」を守りたいと思うだろう。


国内で右とか左と言っても世界から見れば同じ日本人


国の立場は、二人が全く異なる立場を持っていても、「日本人」という立場しか視点にないと思う。何故なら、海外から見ても、彼らの立場によって、この拉致された二人の日本人のそれぞれの思想的や政治的立場から、どの拉致者を優先して救うかという議論は起こらないのである。

想像するに、イスラム国のテロリストからしても、その二人の日本人、「戦争ビジネスマン」と「戦争ジャーナリスト」は、日本への「身代金請求の材料」であって、それ以外の何者でもない。彼らの主義主張は、二次的なものに過ぎない。つまり、テロリストにとっては、この二人が「日本人」であるという以外に意味はないのである。

この事実から、21世紀の世界紛争の一局面、現在の世界極地戦争や国際テロの問題に代表される紛争形態に立ち向かう我々日本国民の姿勢が問われている。その第一点は、我々の国内での政治的や思想的な意見の違いは、国際社会に飛び出てみて、その視点から見ると、「同じ日本人」としてしか理解されないという現実である。つまり、好むと好まざるに拘わらす、他の世界からみると「右も左も同じ日本人」に過ぎないと言う事実なのだ。


国民の政治責任が問われる時代・21世紀型国際社会が来た


この事実から、今後の日本の外交を考えなければならない。海外に行って「あれは自分と政治的意見の異なる自民党がやったことで、その反対政党の私たちには責任の取りようがない」と言っても、通じないのだ。

その意味で、これからの安倍政権の世界平和への外交、安倍首相が宣言してきた「積極的平和主義」による日本の国際政治が問われるのである。その責任を、今更、安倍総理、もしくは現政権に擦り付けることは許されない。その責任の全てを今後の日本人は背負うことになる。その覚悟が、いますべての国民に必要とされていると思う。

それくらい、国民が選挙で選んだ政権への、国民の責任は重いのである。そのことを自覚しない国民も、その無責任さへの責任を取らなければならないのである。それは、国際政治の中で、否応なく、つまり、国内での議論の枠を超えて、国際社会から問われる責任として、掛かってくることになる。

未来に、重大な禍根を残すのか。それとも、未来に豊かな社会への路の可能性を示すのか。それらの結果は、今の、我々の、つまり右も左も、自民党支持者も共産党支持者も、同じように背負うことになる。その自覚が、今回の、二人の拉致問題から理解されなければならないと思う。



2015年1月22日 フェイスブック記載文書

2015年1月21日水曜日

詩 「阪神淡路大震災の日に」

詩 三石博行 写真 森一生


森一生氏の写真作品 2015年1月17日
避けがたい自然災害

そして
引き起こされる悲惨な光景
破壊された街
喪失した生活
帰ることのない愛する人びとの群れ
失われた未来。

茫然と立ちすくみ
私の
打ちひしがれたこころ
絶望するこころ
を抱きながら
歩いた。

しかし、
ここで生きる人々には
この宿命と言うべき現実
しかないのだ。

その明日も
その次の日も
何時までも受け止めなければならない我々。

その現実しかないのだ。

そこから現実が始まるのだ。
そこから明日が始まるのだ。

祈る思いで
冬空の叫び
北風に向かう。

それしかないのだ、
私の現実は。

過去の記憶となったあの日の現実
今日は、あれから20年目の日なのだ。


2015年1月17日 

 
2015年1月18日フェイスブック記載


詩集 『心象色彩の館』 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_67.html

現在の世界極地戦争や国際テロの問題について問われる我々の立ち位置

日本国民として正確に情勢を理解し正しく判断すべき課題


三石博行


今世界で、地域紛争やテロと呼ばれる新しい形の戦争が起こっている。これらの戦争のスタイルに、現在の世界政治の姿が観える。つまり、圧倒的な経済力や軍事力を持つ先進国と貧困に苦しむ国で起こる過激な集団、もしくは先進国やそれに対抗する国とに政治的に分断された国際地域での紛争である。

これらの紛争の主な原因は、我々先進国が行ってきたこれまでの国際政治にある。パレスチナ問題、アフガニスタン紛争、イラク戦争、シリア紛争、ウクライナ問題等々。

そして、中東では「イスラム国」という強烈なテロ国家が出現し、アフリカのナイジェリアではボコ・ハラムというテロ集団が非人等的な行為を繰り返している。こうした紛争が、次第にエスカレートし、いつか、世界を巻き込んだ戦争に発展して行かないか心配している。

これらの問題に対して、例えばアメリカのブッシュ政権がやったように「キリスト文明とイスラム文明の対立」にすることは危険である。今回のフランスでのテロに対しても、一方的に、テロリストたちを批判するだけでなく、対立を扇動している「民主主義を主張する我々」の対応も点検しなければならない。

日本を代表して安倍総理が積極的に平和外交を進めて欲しいと願う。安倍総理が、今回、イスラエルだけでなく、パレスチナ自治区をも訪問したこと、さらにイスラエルに入植は国際法違反だと明言したことを高く評価したい。そして、同時にテロに屈しない姿勢は大切だが、同時に、テロが生まれる国際政治の在り方にも言及して欲しいと思う。

外国から観て、安倍総理を代表する自民党支持派の人々もそれに反対する人々、例えば共産党支持派の人々も、同じ日本人であることには変わりない。その意味で、日本の政治に、いかにそれに反対している場合を持っていても、日本政府が取った政治的判断に対して、共通の国際的な責任を持つことになる。それが、つまり、我々の国民としての国際的立場となる。

その意味で、こうした国際情勢の荒波に対して、世論をお越し、保守であろうと革新であろうと、日本としての立場を話合う必要がある。それ抜きには、今、国会審議されようとしている「集団的自衛権」の問題を考えることはできないのではないか。

今回、2名の日本人がイスラム国のテロリストに拉致され、殺害宣告を受けている。その理由が「日本政府のイスラム国へのテロ対策支援金」と言われている。つまり、新しい紛争の形態、国際テロへの対応には、日本の国際的立ち位置が、厳しく問われる。

民主国家日本は人権を脅かすテロを許すことは出来ない。この立場に対して、殆どの国民が同意できるだろう。そして、その決意を持って、対応する場合に、今回のように、国際テロ組織のターゲットの加わることは確実である。そこで、日本として、今後の外交を明確にしておかなければならない。それは、アメリカやEUのように、さらに軍事的な支援や介入と行うのか。それとも、日本独自のもしくは他の日本外交を支持する国々と平和的解決を提案するか。それらの厳しい国際政治の選択が問われることになる。

つまり、現政権は重大な政治選択をしなければならないことになった。今までのように、アメリカの外交政策に同調するだけでは、この困難な局面を(国民の命と財産を守るという政府の基本的使命を果たすために)乗り越えることは出来ないだろう。

政府の政治的判断に場よって、海外の日本企業がテロのターゲットになることになる。また、その逆に、他の国々から高く評価されることにもなる。これまでにない厳しい国際政治への判断が現政権に問われる。しかし、この問題の解決に対する責任を現政権にのみ問い掛けるのは、国際的視点に立つなら、日本国民として無責任なのである。

仮に、今後、新しい政権が日本に誕生しても、現政権が行う国際政策の結果を、引き継がなければならないのである。それは、ブッシュ政権が起こしたイラク戦争の結果を、好むと好まざるに拘わらず、その政策に反対したオバマ政権が引き継ぐ結果となるのと同じなのである。

つまり、今、日本国民は、一人一人が、国際的視点に立って、日本国民としての、責任を理解し、そして、この重大な局面に対して、真剣に「集団的自衛権」の問題、「平和憲法の問題」、「憲法第9条」について、議論する必要はないだろうかと、思う。


2015年1月21日 フェイスブック記載


表現の自由とその社会的責任と我国のやるべき課題

-イスラム教とキリスト教の文明の対立にされよとしている問題に好き好んで足を踏み入れてはならない-


三石博行


今いがた、田原総一郎氏の 公式サイトから「シャルリー・エブド襲撃事件から「表現の自由」を考える」と題するメールが届いた。彼の主張は「テロは決して許されるものではない。だが、一方で、表現の自由が どこまで許されるかもまた、たいへん難しい問題である。」という考えに立ちながらも、「襲撃されたシャルリー・エブド紙が、休刊どころか、大増刷して発行を続けた」とその風刺画を、一切載せない日本のメディアに対して「日本のメディアがあまりに 情けないということだ。問題となった風刺画を、多くのメディアは映さなかった。禁止されたわけではない。自主規制だ。彼らは事を荒立てたくないのだ。」と批判していた。

確かに表現の自由は守られるべきで、風刺画を出したとして新聞社をテロで襲い、新聞記者は諷刺画を描いた作者を殺害することは絶対にあってはならないことである。その行為は認める訳にはゆかない。これが原則である。と同時に、もう一方で、考えなければならないこともある。つまり、同時に、「ムハンマドを侮辱した」と感じている人々の気持ちも理解すべきである。

逆を考えればよい。イスラム教徒の多い国でイエスを侮辱する風刺が新聞に記載された場合、深々なキリスト教徒の人々はどう反応するだろうか。例えば、他の国で日本の天皇を侮辱する漫画が出たらな、日本人はどう反応するだろうか、等々。キリストにしろ、ムハンマドにしても、あるモラルや信念を代表する象徴的存在であるために、政治家を風刺するのとは違う意味がある。そのように、宗教に関わる問題はデリケートな感性と結びついている。そうしたことを理解するのも民主主義の文化だと思う。

言論の自由は守られるべきだが、そうした多様な社会の文化を理解し、それに対して敬意を払うのも高度に進歩した民主主義社会の在り方であり、民主主義教育で受けた人権思想や文化の一つではないかと思うのである。私は、その意味で、田原総一郎氏の意見とは異なる考え方を持つ。つまり、日本のメディアがもし、敢えて、その風刺画を取り上げずないで、言論の自由を叫ぶ市民の姿のみを取り上げているのは、非常に正しいと思う。

敢えて、現在の日本、つまり、イスラム教を信じる人々にとって、これまで親睦な関係を築き上げた国として、その国民として、敢えて、イスラム教とキリスト教の対立にされようとしている、世界の経済格差の問題に、好き好んで飛び込むことはないのである。寧ろ、問題の本質、つまり、富める国(先進国諸国)と貧しい国との間で起こっている、そして広がっている国際的な経済格差とそれを助長する先進国の国際政治の在り方を反省し、変革を呼びかけることが、日本のやるべきことではないかと思う。


2015年1月20日 フェイスブック記載

2015年1月17日土曜日

フェイスブックで書く作業について

『知的生産の技術 基礎編』 8章「議論や討論の仕方、纏め方や文書化」 8-3、フェイスブックで書く作業について


三石博行


この文章は、フェイスブックで槇和男氏と「書くという作業について」フェイスブック会話を行う中で書いた文章である。これまで、ブログ文書集「知的生産の技術 基礎編」でレポートの書き方、ブログの使い方、インターネット公開議論の使い方、等々の知的生産の技術に関して書いてきた。今回、フェイスブックを活用する知的生産の技術「フェイスブックで書く作業について」に関して書いてみた。

1、自己発見としての作業


書くと言う作業は、思ったことを書くという作業だけでなく、思いもよらなかったことを発見する作業でもあります。

多分、思想とは、意識化されているだけでなく、無意識、もしくは前意識的に、存在している「生き方のルールや様式、もしくはレシピ」なのかもしえません。ですから、書いてみて、初めて、そういう考え方を持っていた自分に気付くのだと思います。

書くことは、ある意味で、自己発見の作業だという事になります。人は、非常に「ナルシスト」的に自我を作られていますので、沢山、そして多様な自分を発見したいと思うのでしょう。そして、書く、書く、書けば書くほど、色々な自分、思いもしなかった考えや感性を持つ自分、もしくは、逆に、分かっていると自信を持っていた自分が何も分かっていなかったということにも気付く、作業だと思います。


2、フェイスブックで書くために・完全主義からの脱却


書く作業に取って、最も障害になるのは、完全主義です。何か、論理的に完結したい、何か、正確な文章表現にしたいと思うのは、人に見せる条件で書いている文章であればあるほど、当然なのですが、そうなると、なかなかスムースに書けないのです。

ですから、このフェイスブックは丁度手頃で、誤字、脱字、もしくは陳腐な表現があっても、観る人はそんなにいないし、また、後で、訂正も削除の可能だし、読んでくれる人は、友人と自分が限定した人しかいない。殆ど、誰も見もしない。これだから、書きやすいとも言える。

そんなわけで、独り言を言うようにかいてしまう。これがフェイスブックへの投稿と呼ばれる「自分のための記載作業」の現実なのです。


3、フェイスブック友へ書くことによって、可能になる共同作文作業


実際、フェイスブックに書くのは、多分、日記のように書いていると思いますが、殆どの文章が、即、このボックスの中で、書かれ、それは、また同時に、即友人たちの目に触れることになる。フェイスブックでは、自然に思うことを何となく書く行為が、そのまま友人に聞こえる独り言のようになってしまう。

すると、友人だから可能になるのだと思うが、結構、面白いコメントが飛んでくる。そしたら、また、こっちも、何か書きたくなる。そうして、いつの間にか、友人と自分の間で、文章が出来てしまっている。気付くと、それらの文章は、結構、様になっている場合が多い。それに驚く、つまり、このフェイスブックは共同で作文をすることを可能にしいるようだ。

それが、このフェイスブックで時間を過ごしてしまう原因に成ってしまう。フェイスブック依存症の始まりかもしれない。しかし、面白くって止められない時もあるから、困ったものである。


4、書きたい時に書けばいい・自分なりのフェイスブックスタイルの確立


書く内容を内緒の日記の中に閉まっておきたいなら、誰も、フェイスブックでは書かない。ここに書くのは、明らかに読まれることを前提にしているからだ。この前提条件の上で、フェイスブックで書くことの面白さとは何か考えたい。

現在、私はフェイスブックを、まるで、日記のように、また、メールのように、そして、原稿の下書きのようにして、活用している。気の向くまま、思ったことを書く。しかし、このフェイスブックで書けば、文章はそのまま公開される。それで、その緊張関係を逆に楽しむ。

つまり、その分、「スケッチノート」と称するメモ帳に、いつもよくやっているように、落書きのような書き方(クロッキー)は出来ない。フェイスブックでは、一応、スケッチ程度からが許される。つまし、走り書きではなく、何を書いたかが読まれる(観る)人にわかる程度、描写は、構造化されていることが要求されている。

そうした緊張が、益々、文章を書く訓練となる。だから、何となく書いた文章が、論文やエッセイの材料となる場合もある。また、非常に稀であるが、一挙に、まとまった文章になって場合もある。殆どの場合、なかなかそう綺麗にまとまらない。そして、まとまらない文章は、フェイスブックには記載しない。それを別の、「文書」ボックスに保存し、また、別の機会に、再度、挑戦してみる。

書けない場合もあれば、書ける場合もある。いずれにしても、それは、現在の私の思索の現状を物語るなにものでもない。そうして、自分の思索を続ける。その一つの道具が、このフェイスブックである。

何も、みんなが私の様にフェイスブックを使っている訳ではない。書く行為は人によってそれぞれだと思う。自分の生き方があるように、それぞれの人にそれぞれの書くスタイルがあり、それぞれの書き方がある。それでいいと思うし、それしかないと思う。


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ちなみに、この文章も、槇さんとのやり取りの文章を引用しながら、即席ラーメンではないが、フェイスブック丼(文書コーナー)に、私の手から打ち出される、即席メンに、熱いお湯をかけて、作ったものなのです。


フェイスブック記載 2015年1月11日





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ブログ文書集「知的生産の技術 基礎編」 8章 「議論や討論の仕方、纏め方や文書化」
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党派的利益を優先させた政府・西川公也農林水産大臣の面会拒絶判断

民主主義の危機(2)


三石博行



「1月7日、上京中の翁長雄志沖縄県知事はサトウキビ関連交付金の要請のため面会を求めていた。しかし、西川公也農林水産大臣とは会えなかった。また、農林水産省が日程を理由に沖縄県に断った。」ことが事実なら、情けないということを越えて、重大な民主主義社会の原則に抵触している。そして、この問題は、先の安倍内閣が12月に行った衆議院解散総選挙の手法と類似した、所謂、党派的な利益に基づく、政府の判断と類似している。

この問題を、今、マスコミや世論はどのように取り扱っているのだろうか、気になるが、しかし、ここでは、この問題の示す課題について述べたいと思う。

議会制民主主義社会では、多数派の政党が政府を構成するのは当然だ。そして選挙で多数と取った政党の政治公約をよりスムースに実行して行くことが、このことで可能になる。多数派政党が政府機関を運営することは議会制民主主義では当然のことである。

しかし、政府は政党は異なる。政党は政治的見解や利益を主張するために機能している。しかし、政府は憲法に即して国民全体の権利(人権を含む)や利益を擁護するために機能している。どの政党も選挙で多数を占め、政府を構成した時から、政府としての役割を担わなければならない。つまり、政府とは国民全体の利益を第一に考えるべきなのである。

政府閣僚と自分たちの支持母体である政党の意見が食い違うことも生じる。もちろん、選挙で国民は政党の示すマニフェストを選択したことになるので、その意味で、多数派政党の政治的方針は優先される。その優先を示すのが総理大臣の任命であり、多数派政党に議会で任命された総理大臣によって内閣が組閣されるのである。

多数派の政党の政治的方針(政策)は、議会での立法作業を通じて具体的に、行政機能である政府に提案され、政府は成立した法律に従って行政機能を行うことになる。もちろん、政府からも議会に法律が提案されるが、法律は議会によって決まる。これが民主主義を保証している三権分離の原則である。
今回の、西川公也農林大臣が翁長雄志沖縄知事の訪問を拒絶したという事の原因が、沖縄知事が自民党と対立した政党によって選ばれたからであるなら、これは重大な民主主義制度への挑戦であると言わざるを得ないのである。

また、政府が反対派の政党の議員を無視したり、自分たちと政治的見解を異にする人を排除したりすることも、同様に、憲法違反の行為であると受け止められるだろう。

何故なら、民主主義にとって、最も、危険な思想は「反対派を排除する考えや行為」である。反対派を排除することは、同じ国家に異なる意見の人々が共存している事実を拒否することを意味する。そもそも、選挙を行う行為は、違う意見が存在するから成立している。違う意見の中で、「取り敢えず今回の決定は、意見の多い○○の立場を選びます」ということで選挙が行われる。だから、選挙を行う社会では、反対派の存在が前提となって社会があると言ってよい。それを民主主義社会と呼んでいる。
琉球新報一面 1月7日

西川公也農林大臣のこの行為は、第二世界大戦前、選挙で多数を占めたドイツナチス党の行った行為、つまり、選挙で勝った後に、選挙を中止し、国会を閉鎖した行為とよく似ているとは言えないだろうか。国会議員選出の選挙に勝った政党は、その国会議員の仕事の場、議会を閉鎖し、政治的意見の異なる反対派を排除することが許されるなら、選挙自体が選挙で選ばれて政党によって否定されることになってしまう。


今回の選挙で、多数を占めた自民党政権が選んだ内閣、その一人の閣僚、農林大臣が、沖縄県民が選んだ知事の面会を拒絶したという事は、「沖縄県人の代表者を日本国民とは認めない」と西川公也農林大臣が宣言したようなものである。

選挙によって、新たに多数を占める政党が主導することで政府の構成メンバーは変わる。もし、政府が反対派の国民を排除するような国策を行うなら、議会制民主主義で担われる政府機能は崩壊するだろう。もし、政府が政治意見の異なる人々への国民サービスを拒絶することが可能なら、国内では暴力的な政府への反対運動が起こるだろう。

こうした行為が、いずれ危険な政治的事態を招くことを知らない人が、実際、日本の政治を行っている。民主主義を知らない人が政府の機能を独占しているのであるから、我国の民主主義は簡単に危機を迎えることになるだろう。こうした政府と政党の違いを理解しない人々を選んでいるのも私たち国民である。そのことに、深く気付き、この事態が引き起こす民主主義社会の破壊を食い止めなければならない。


フェイスブック投稿 2015年1月11日



芸術評論文集「芸術評論落書き帳」 目次

芸術評論文集「芸術評論落書き帳」目次


三石博行



序文 酔っ払いの無礼講としての作品批評
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_85.html



1章 まだ題名がない

1-1、写真的世界、絵画的世界と詩的世界の共鳴
パウル・ツェランの詩「息の折り返し」が問い掛けた「詩的に表現することとは何か 詩に取って真実とは何か」と2015年1月2日公開された岩本拓郎氏2枚の絵について- 水上勉氏とのフェイブック会話を通じて-
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post.html


1-2、写真芸術の革命「1秒間の写真映像」
「美に取って時間とは何か」試論 所幸則氏の写真芸術に関する評論 
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_12.html


1-3、撮る撮られる関係の解消 森一生氏の写真芸術
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/12/blog-post_86.html



フェイブック芸術評論文集 序文

- 酔っ払いの無礼講としての作品批評 - 


三石博行


フェイブックでは沢山の芸術家がアトリエを開き絵画や写真を展示している。また、音楽コンサートルームで作曲した曲まで演奏して聴かせてくれる。そして、展示された作品にフェイスブック友人たちからコメントが書かれる。コメントを読むのも面白い。勝手な解釈が殆どのコメントで書かれている。中には、賛同できるものもある。

このフェイスブック展示会では、アーティストの展示作品の下に落書き帳が用意されている。そのフェイスブック落書き帳に友人たちが思うままに勝手な解釈を書き込む。アーティストもそれを楽しむ。これを「酔っ払いの無礼講のようなものだ」とフェイブック友人の写真家の森一生さんが言っていた。全く同感である。

鑑賞者(私のこと)はアーティストの作品に勝手なコメント・評論をしたがる。展示会場や美術館の観客は作品を観ながらブツブツと独り言を言っている。また、多くの観客は作品とその横に書かれている解説に読みふけっている。そして、多くの場合、解説が作品の評価となる。殆どの鑑賞者は解説のコピーのような評論を始める。そこで、私は、展覧会に行ったら一切解説を読まないことにした。

パリの印象派美術館でルノアールの絵が展示されていた。印象派の絵は私を含めて多くの日本人が好む画風である。巨匠ルノアールの絵であるから、どれも素晴らしい絵だと思うのが当たり前なのだが、私には、一つか二つの絵が、どうしても「駄作」に観えて仕方がなかった。それで、この巨匠の絵の前で「これは駄作だな」(日本語)と言ってしまった。横にいた妻(私より絵画に詳しい)が、私の手を引っ張って「マー、何て不謹慎なことを。。。」と小さな声(日本語)で囁いた。そこは幸いパリ、日本語は分からない。それで、少し大きな声で、印象派美術館の中で、巨匠ルノアールの絵を「駄作」と言っても横にいるフランス人には分からないのである。

もし、これらの絵を「ルノアールの描いた絵だ」と前もってコメントされないで、どこか場末のカフェーで観たなら、多くの人が私と同じく「この絵はルノアールの真似をしているようだが、駄作だなー」というかも知れない。それくらい、我々は、自分の感性で観ていると言うよりも「誰の作品か」とか「その作品紹介に何が書かれていたか」という偏見で作品を観ている。


その点では、フェイブック展示会はいい。別に自分を有名だと自負している様子もないアーティストたちが自由に展示会を開いて、無造作に作品を展示している。まるで、カフェーで似顔絵を描いて日銭を稼いでいるモジリアニの様に(フェイブック展示会では日銭も稼げないのだが)、そして、フェイブック展示会の公開「落書き帳」には得体の知れないフェイブック友人たちからでたらめなコメントが送ってくる。私もその一人で勝手なコメントを書き続けている。もちろん、殆どのフェイブック友人達は親切で、楽しいコメントを書いてくれるのだが、殆どチンプンカンプンな内容であるのではないかと思う。

しかし、何しろこのフェイブック落書き帳は、酔っ払いたちの落書きを許している世にも稀な手帳である。フェイブックでのトンチンカンな書き込み(実は私が最もトンチンカンな書き込みをしているのだが)を通じて、私は多くのフェイスブック友だちと、芸術評論めいた書き込みを続けることができた。この勝手な落書きも、皆が寄って集ってやりだすと、不思議なことに、なにか体を成してくるもんである。そこで、私は皆さんのアイデアを貰いながら、素人集団の勝手なコメント、「酔っ払いの無礼講としての作品批評」を書くことにした。殆ど間違いだらけの批評を集めて、これも一つの作品となることを理解した。

つまり、評論・コメントとは、評論を受ける側に評論される課題が在ると言うよりも、むしろ、評論をしなければならない側(私ですが)に、評論することの意味があるのです。アーティストの作品にコメントしながら、実は、自分の言いたいことを探しているのです。評論とは評論家のためにあるのであって、何もアーティストのためにあるのではないのです。従って、アーティストは、軽く、私の批評に耳を傾け、それらの殆ど間違いだらけの評論には、「今日の、つまみは大して美味しくもないが、珍しいなー」という具合に、軽く、酒の足し、つまり作品作成のために役立つものだけ摘み取れば良いのだと思います。酒の足し程度のものが、私が呼ぶフェイスブック評論なのです。

これから始まる私の素人評論は、言わば「酔っ払いの無礼講」であり、「書きたい放題の落書き」です。その点を、どうか、その点をお許し願いたい。


芸術評論文集「芸術評論落書き帳」目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_1.html

フェイブック2015年1月17日記載

2015年1月12日月曜日

写真芸術の革命「1秒間の写真映像」

美に取って時間とは何か(1)


- 試論 所幸則写真芸術評論 -



三石博行


***** 1 *****

写真機はミクロな単位まで正確に対象を映し出すことができる。そこで、写真機を使った芸術・機械芸術によって超写実主義的な表現方法、光の世界の描写を正確に映し出す「光描写芸術」が可能になった。

この光描写芸術は、精度の高い写真機によって発展してきた。写真映像としての超写実的具象表現は、生きた時間表現を捨象して、形の最小単位である点まで明暗の差異を正確に表現できる写真機によって可能になった。

言うまでもなく、写真芸術の最も得意とする表現は精度の高い写実表現である。そのため、これまで正確な写実表現で描くことを要求された芸術はすべて写真にその座を奪われた。今では、芸術的な目的以外に、例えば、肖像画像を画家に描いてもらおうとは思わないだろう。写真で写せば、素早く、安く自分の姿を撮ることができる。

つまり、具象的表現の頂点に写真芸術は躍り出た。そして、写真の発明によって、絵画は写実主義的で具象的な表現から全面撤退を決め、新たな領域を開発し続け、現在の絵画芸術を生み出したのかも知れない。


***** 2 *****

しかし、所幸則氏は、写真芸術に一つの革命を起こそうとしている。写真芸術の進化の方向、つまり精度の高い光描写芸術の流れに反する超写実主義からの脱却を試みようとしている。彼は、光の世界にある構造的写実でなく、生きた光の流れの世界を、ある時は視覚の時間性を、そしてある時は身体運動の時間性を映しだそうと試みているようだ。

所幸則氏の「1秒間の写真映像」の作品、シリーズ「富士を撮る」やシリーズ「バレエダンサー樋笠理子」(私が勝手に命名)で、写真芸術で通時的に流れている生きた時間が表現できるかどうかという課題に挑戦している。普通、写真芸術を分かる人々から考えれば、彼の試みは常識を疑う挑戦であるとも言えるだろう。何故なら、写真芸術の醍醐味は、その機械芸術にしか可能にすることのできない超写実主義的な光の世界の描写であり、瞬時の造形美の最高の表現であると理解されているからだ。

所幸則氏撮影 タイトル 【300kmの速度から見えた不条理】


私の知る限り、これまでアインシュタインロマンシリーズのなかでみた「富士を撮る」では、白黒写真が使われてきた。時間性を表現するために白黒写真が使われている。何故なら、光から色彩を奪い、光の強弱の世界に視覚を集中させることによって、時間以外の余計な物語が飛び込んでくることを防ぐことが出来る。写真芸術家たちは、光の世界(世界の光)と心象色彩の違いを知っている。心象世界の一切の解釈を断ち切る手段として、白黒の世界を敢えて選ぶのである。つまり、その選択は、鑑賞者たちを一つの事実に集中させる手段なのである。


***** 3 *****

しかし、所氏はバレエダンサー樋笠理子さんとの共同制作(2014年11月30日ファイスブック公開)、シリーズ「バレエダンサー樋笠理子」ではカラーで撮っている。ダンサーにとって写真よりもビデオで自分の身体表現を取ってもらう方が自然だと思う。写真家とダンサーの二人(チーム)は写真で「美に取って時間とは何か」という課題に挑んでいるのだろうか。

所幸則氏と樋笠理子バレエダンサー


所氏の作品には、身体運動の美の表現、踊り子の姿、身体の具象性が色彩と光の強弱の世界に溶け出すことによって身体運動の時間の動きが表現されている。これはカラーであるからこそ、ダンサーが表現したい身体運動の音楽性が描けるのだとも言える。

これまでアインシュタインロマンシリーズの作品は白黒写真であったが、先日、2015年1月11日にカラー写真のTITLE「300kmの速度から見えた鉄橋」がフェイスブックで公開された。

高速で走る新幹線から観える世界は、遠い風景なら視覚的な構造性は維持されている。しかし、近距離にある物体は、殆ど、そのパターンを正確につかむことは不可能である。実際の視覚世界では、殆どが、パターン化される前に、時間と共に過ぎ去る。そして新しい世界が飛び込んでくる。この速度の世界はどのように視覚理解されているのか。多分、それは殆ど記憶の中に正確に留まることはないだろう。何故なら、それらのパターンは言語化しえない瞬間の世界にしか存在することを許されなかったからである。


所幸則氏撮影 TITLE「300kmの速度から見えた鉄橋」



この言語化される時間も許されなかった事物(前事象的表象世界)は、具象性を与えられなかった世界である。その世界を撮る。これは所氏の「1秒間の写真映像」という写真思想と写真技術によってしか生み出せない作品である。

光の速さに押しつぶされた現実の視覚の世界、時間的変化を受けて非構造化された世界、それこそ時間が視覚的空間を決定している世界である。その具象的世界は、言わば、ゆっくりと視覚的パターンを許されて成立している常識の世界から見れば、抽象画の世界になる。この抽象画の世界こそ、実際に存在していた高速で走る新幹線から観えた現実の世界であった。

この写真は、速度に捨象された視覚の世界の具象形態が抽象画的世界に成ってしまっている現実を教える。つまり、抽象性と具象性の間には認知時間の差異でしかないことを物語っているのである。言い換えると、我々は至る所で、実際は抽象画的世界に接している。しかし、それらの抽象画的世界は具象化されて意識に残り、記憶に保存されている。

更に、極論すれば、抽象的世界の風景が具象的世界の風景を取り囲んでいるのだという視覚や認識の世界の常識を破る、恐ろしい仮説を科学哲学者に投げかけているようであった。所さんの写真から、「美にとって時間とは何か」という課題は、科学哲学の中にある合理主義的世界観を震撼させる響きをもって聴こえてくるのである。



1月7日 フェイスブック記載文書 修正

https://www.facebook.com/yukinori.tokoro

https://www.facebook.com/hiro.mitsuishi



芸術評論文集「芸術評論落書き帳」目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_1.html

2015年1月10日土曜日

新しい日本人たち「Mixed Roots Japan」が生み出す日本の国際文化

国際社会化への路(1)


三石博行


**** 1 ****


昔、「アメリカからアフリカ系アメリカ人(黒人)の文化を取ってしまったら何も残らない」と聞いたこと
があった。確かに、音楽を例に取れば、それは正しいようにも思う。

奴隷狩りと呼ばれる最も非人道的な仕打ちに遭い、鎖に繋がれ海を渡り、航海中、死んで海に投げ捨てられ、異国の地で家畜として扱われ、殺され、レイプされ、家族を奪われ、自由を失い、残酷で悲惨な人生を強いられた人々が、唯一、こころを癒したのは音楽であった。遠いアフリカの故郷で鳴り響いていたリズムであり、楽しかった生活の中で歌われていた歌であった。

彼らは、自らの誇りを音楽として表現した。それが、今、アメリカを代表する文化となった。逆に考えると、これがアメリカだとも言える。アフリカ系アメリカ人の存在(そのルーツや歴史を含めて)を抜きにして、現代アメリカの文化を語ることは出来ない。つまり、アメリカという国が存在し、アメリカ文化を語るとき、アフリカ系アメリカ人の起源や歴史が語り継がれることになる。

このことはアメリカの恥なのだろうか。もし、アメリカが奴隷主・白人たちの国であれば、きっと「これはアメリカの恥の歴史なのだ」と言えるだろう。しかし、アフリカ系アメリカ人に取っては、恥とか名誉とかの問題でなく、単なる歴史的事実に過ぎない。

歴史的事実である以上、彼らに取って自分たちが奴隷であったということを受け止めるしかない。今、自由なアメリカ人として生きているはずの現在の自分に、この過去の事実が襲い掛かり、人種差別の現実に否応なく自分を引きずり込んでいる。しかし、同時に、アメリカ音楽を生み出したのは自分たちであることを知っている。


**** 2 ****


アフリカ系アメリカ人の殆どがヨーロッパ人やその他の人種との混血であると言われている。彼らは純血のアフリカ人ではない。彼らは、彼らを奴隷にした白人を先祖に持っている。では、彼らは白人の子孫であると彼らが知っていたとしても、その事実はアメリカでは認められないのである。簡単に「少しでもアフリカ人の特徴を持つものを人という」とアメリカの人類学者は分類したのかもしれない。

この人種偏見の傾向はどこにでもある。日本でも韓国人と日本人の間で生まれた人を、日本社会では「日本人」とは呼ばない。「韓国人との間の子」と必ずと言いって「韓国人」の国籍が前に来る。フランス人との間に生まれた場合でも、「フランス人との間の子」となる。多分、逆も同じように成立していると思う。このことが国際文化の現状を物語る。

アメリカでは、白人以外の人種、アジア系、アフリカ系も歴とした(てっきとした)アメリカ市民であるが、ヨーロッパ系アメリカ人からは感情的には、まだアメリカ人としては認められていないのかもしれない。

逆に考えると、アフリカ人からすると、白人を先祖に持っているアフリカ系アメリカ人は純血のアフリカ人ではない。白人との混血人種である。「白人との間の子」となる。もし、キリストがアフリカ人(白人ではなく中東のイスラエル・パレスチナ人ですが)で、アフリカ文明が世界を席巻していたら、白人とは「少しでも白人の特徴を持つものを人ということにあるだろう。

白人の先祖を持つアフリカ系アメリカ人たちの中で、彼ら自身を迫害し続ける自分の身体(遺伝子)の一部である白人たち(先祖たち)は、自分の子孫の悲惨な現実を嘆いるだろう。自分の子孫が自分たちによって苦しめられている。この現実を受け止め自責の念に苛まれる人々を想像してみた。これらの人々は私の想像上にしかいないのであるが、もし仮に居るとすれば、アフリカ系アメリカ人の中にしかいないだろうと考えた。

この私の妄想は、まったくありえない作り話の世界なのだろうか。そう考えた時、西洋伝統の楽器を使いこなし、西洋クラシック音楽をこよなく愛していたジャズミュージシャンたちが思い浮かんだ。1950年代のチャーリー・パーカー、そして彼に影響を受けたバド・パウエル、チャールズ・ミンガス、ジョン・コルトレーン、エリック・ドルフィーバッド等、ジャズミュージシャンたちの音楽が聞こえるようだ。彼らの中に流れる西洋音楽とアフリカ音楽があるからこそ、ジャズは生まれたのだ。そう考えたとき、妄想には違いないが、しかし、まったくでたらめな仮説から来ている妄想ではないと感じた。

時代が変わり、100年後、いや200年後に、アメリカ社会はどうなっているか。アフリカ系アメリカ人たちは、まだ、差別され続けているか。まだ貧民街に寄り添って生活しているか。それとも、そうした人種差別は全く消滅しているか。アフリカ系アメリカ人オバマ氏が大統領になってから1世紀後に、この社会が人種差別という古い時代の痕跡を一層し、人種融合という新しい国際文化の形態を作り出していることに期待したい。

その時、未来のアメリカ社会では、「少しでも○○人の特徴を持つものを人という」という人をアメリカ人から除外するという人種差別の目はなくなっているだろう。それと同時に、奴隷として売られて来たアフリカ系アメリカ人の歴史がアメリカ人のルーツや歴史として小学校の教科書に記載され、日常的に語り継がれているだろう。その時、ジャズはアメリカ人の音楽と言われるようになっているだろう。


**** 3 ****


今、日本社会に新しい文化が生れようとしている。それは「Mixed Roots Japan」で紹介されている「ダブル」(以前はハーフと呼んでいたが)と呼ばれる人々に代表される国際化社会の姿である。このMixed Roots Japanを支える「ダブル」の人々を理解するために、これまでの日本社会の国際化の過程を理解し、さらに今後のその発展の可能性を考えてみた。その時、現在、Mixed Roots Japanで語られ、問題提起されている

すべてが、次の日本の国際化社会を構築するめの不可欠な豊かで人的及び文化的資源となることは確かだ。国際化社会や文化の課題を考える時、これまでの国際化の過程を大雑把に理解しておく必要がある。

これまで発展してきた社会の国際化過程は、まず、商品の国際流通を促進してきた国際経済に始まる。現在、私たちは海外の商品に日常的に囲まれて生活している。そして、情報の国際流通を促してきた国際社会が形成される。テレビから海外のニュースが報道され、インターネットで海外の情報を取得することも、また海外に情報を発信することも簡単に出来るようになった。インターネットでフィリピンの先生から英会話を学ぶことが出来るようになった。

現在、異人種間の人的交流が急速に進みつつある。海外留学や外国人の日本留学から始まり、国際化した日本企業での海外滞在の日常化や外国人従業員との日常的な協働化、日本人の海外滞在と外国人の日本長期滞在が、急速に異人種間の人的交流を生み出し、その結果、国際結婚が日常化し、外国人との間に生まれる子供の数も年々増えている。多くなり、そのことによって、人の国際交流は新たな課題を日本文化に突き付けている。

この2、30年間の日本での人的な国際化の過程を観ても、企業の海外進出や留学の大衆化によって、日本人なのに片言の日本語しか話せない、もしくは、二か国語、三か国語を自由に話せる帰国子女という新しい日本人が生まれた。この新しい日本人たちを国の豊かな資源として受け入れるかどうか。1980年代から10年程度の模索の結果、多くの教育機関や企業に受け入れ体制が確立して、日本の国際化は日本の文化に根付いた。

日本人の海外滞在と外国人の日本滞在が結果として持ち込む生活様式や生活環境の変化である。国際結婚がその典型的事例となる。日本人の国際結婚は多くなり、また一般化しつつある。今NHKの朝ドラ「マッサン」はその社会現象を映し出している。

海外で生まれる日本人と外国人の子供が多くなってくる。以前は、ハーフ、つまり半分日本人と呼んでいたが、最近では二つの文化を持つ子供・ダブルと呼んでいるようだ。このダブルの子供たちが、今、この日本社会では「生きづらい」ことは確かである。この生きづらさを何とか解明し、そして解決する努力を「Mixed Roots Japan」に集う人々は模索している。

答えはないだろう。これまでアメリカと違い、文化的多様性は勿論のこと、人種的多様性すらなかった日本で、他者の多様性を認める文化を創る作業をしているのであるから、その道のりは遠いに違いない。しかし、「Mixed Roots Japan」が今取り組んでいる一歩が、「いじめ」と呼ばれる「多様性を排除する気持ち」や「自分と異なる人々にもつ無意識の違和感や不愉快さ」を自覚的に理解する契機を与えるだろう。

この「Mixed Roots Japan」の活動は、今、日本の社会で最も問われ、必要とされている課題に直接関係し、その解決の糸口を与える契機となると考える。この「Mixed Roots Japan」の活動を、彼ら「ダブル」たちの問題に限定してはならい。これは、日本社会の現在の病理、多様性へのアレルギー症、他者との差異を無意識に打消し、共同幻想の世界を維持し、その中で安心しようとする弱さ、つまり異文化拒絶症を克服する機会を与えていると思う。

そして、この課題を乗り越え、おおらかな多文化理解のこころ、強靭な多様性文化や社会システムへの順応力を付けることによって、日本人が国際社会の中で大きく貢献できると信じる。何故なら、元々、我々日本人は、難解の黒潮の彼方から船に乗り、大大陸の彼方から馬に乗り、北シベリアの彼方からそりに乗り、渡ってきた多くの異なる民族や人種の子孫ではないか。

この課題を考えるために、今、アメリカの人々が人種差別に向き合っている努力していることに、多くのことを学ぶことが出来るだろう。



参考資料


1、  Mixed Roots Japan

2、Pharrell Williams "Happy": Mixed Roots Japan ver.
https://www.youtube.com/watch?v=-XgW2qMre2o



三石博行のフェイスブック
https://www.facebook.com/hiro.mitsuishi



2015年1月8日木曜日

詩 「時間の中のダンサー」

- 所幸則氏の樋笠理子(ひかさ・さとこ)ダンサーの写真から -


詩 三石博行  写真 所幸則




身体の最高の美的表現者よ

ダンサーは
詩を身体で書き
踊る身体リズム
踊る文化和音
が響く

ダンサーは
命の脈動を時空のキャンパスに描き
踊る生命の欲望
踊る欲望の構造化
が生れる

ダンサーは
舞台でエロスを演出し
踊る雄弁に語りだすエロス
踊る身体楽器の奏でる音楽
がながれる

1秒の時間に閉じ込められ
ダンサーは
詩を身体で書き
命の脈動をキャンパスに描き
エロスを演出しながら
消えて行く




詩集 『心象色彩の館』 目次
http://mitsuishi.blogspot.jp/2015/01/blog-post_67.html



2015年1月8日フェイスブック記載、修正

所 幸則氏のフェイスブック
https://www.facebook.com/yukinori.tokoro

三石博行のフェイスブック
https://www.facebook.com/hiro.mitsuishi

2015年1月7日水曜日

詩 「時間の中の私 生きている私」

三石博行(詩) 岩本拓郎(絵)  所幸則(写真)



---- 1 -----

もう、4時だ
頭の中は
壊れた蛇口のように
ことばが湧きおこり
時間と化し
「早くここから出してくれ」
と強請(せが)んでいる

電燈をつけた
メッセージが届いていた
「落書きだなんて書いてないけど」
とっさに吹きだした
私のことばたち
笑い声がスケッチ撮影場に
走って行った。

「すみません、所さん、
私の頭は、すべて空想の、すべての現実の、
それらが乱れて、詩になって、
私を語る。
あなたが、写真を撮るように
私は、私の刹那の意識を撮り続ける
それが、ことばになり
それが、文字に化ける」


---- 2 -----

私とは、刹那の私

私は、今、
この瞬間に息をしている
私でしかない

私は
今までの
誇りや屈辱を
喜びや悲しみを
感激や怒りを
親しさや疎外さを

過去のすべての感情と
過去のすべての心象と
私の背負った
私の歩いた
過去の私

私だと思う私

今、この瞬間に
息を吸い
息を吐く

生きている刹那の私
私は、ここにしかいない
私は、ここにしか感じない

私とは、刹那の私

---- 3 -----

所さん、
どうして彼女の踊りを撮るの
生きた身体(からだ)の音楽の
リズムを創る
時間と力

所幸則氏撮影(2014年12月22日フェイスブック公開)



拓郎さん、
どうしてガラス窓の氷結を撮り続け
心象色彩画にするの
生きた自然の
空気や水の和音
色彩音符に宿る
時間と永遠

岩本拓郎氏絵画(2015年1月4日フェイスブック公開)
















私はどうして詩をかくの
だって、あなたちと同じ
生きた私
人間の
生きた現実
感性の
湧き上がることばに強請(せが)まれて
時間の中の私が飛び出す

時間という刹那の私
空間という此処の私
意識という私という私



2015年1月5日 フェイスブック記載


2015年1月3日土曜日

詩集 『心象色彩の館』

詩集『心象色彩の館』 | 三石博行 三石博行 岩本拓郎 所幸則 森一生



目次



序文 「詩たちの集まり 詩集をつくろう」


第1章 詩にとって真実とはなにか


「詩人と戦争」
2014年12月18日


「連作障害を避けたいのです」
2014年12月18日

「寒気の中で」
2014年12月18日

「ピエロの新曲」
2014年12月18日

「ピエロの懺悔」
2014年12月18日

「疑問の炎煙」
2014年12月18日

「砂鉄の浜」
2014年12月18日

「噴煙のゆめ」
2014年12月18日

「光の中に」
2014年12月18日

「記憶への落下傘」
2014年12月18日

「詩を書く私」
2019年3月22日

「詩、それは心象風景のスケッチ」
2020年11月13日

「詩作というあそびのなかで」
2022年9月2日



2章 心象色彩のことばたち


「愉快な喫茶店にどうぞ」
2014年12月18日

「夜の森」
2014年12月18日

「ミドリの唄ごえ」
2014年12月18日

「キノコの合奏」
2014年12月18日

「それって、なに」
2014年12月18日

「ゲシュタルトの再構築」
2014年12月18日

「時間の中の私 生きている私」
2015年1月7日

「今日の絵」
2015年7月26日

「君の絵」
2015年12月9日

「眠れぬ夜」
2018年1月11日

「終焉のとき」
2018年7月14日



3章 光のことばたち


「時間の中のダンサー」
2015年1月8日

「阪神淡路大震災の日に」
2015年1月21日

「美にとって時間とは何か」
2015年7月25日

「落ち葉」
2015年12月9日

「やっぱり生きていることは素晴らしい」
2017年1月6日

「向き合うこと」
2016年8月23日

「いじめを受けて自殺する子どもたちに」
2017年1月6日



4章 わた雲のつぶやき


「私という現象」
2019年3月14日

「時間の中の私」
2020年7月3日

「雲」
2020年11月11日

「問い掛けの中の私」
2020年11月11日

「私という現実」
2020年11月11日

「事象としての私」
2022年9月2日




詩集序文 「詩たちの集まり 詩集をつくろう」

詩集 『心象色彩の館』を作ります


三石博行


私に書かれた詩たちが集まって
会議を開いたらしい。

彼らの主張は
「ほかの文章と一緒に並べないで下さい」
「特に論文なんの横に置かないで下さい」
という事だ。

私は、それらの詩の要求を聴きいれて、
他の文章たちと別にすることにした。

他でもない、ほかの文章たちも、
「否、詩などの横に置かないで下さい」
「彼らは、論理的思索過程を無視しています」
「彼らは、合理的説明義務を放棄しています」
と言い出した。

すると
詩達が集まって
「ボクらは直観と感性を表現できることばや文章を探し、
ことばは本来の意味から逸脱させられ、
新たに加わる通時性的風に吹かれて、
彼方に飛んでゆきたいのさ」
と合唱し出した。

私は、いそいで詩達の館を造らなければならなくなった。
私は、詩達が舞い上げることばの落ち葉を集めなければならなくなった。

そうして、詩集という詩達の館作りの計画が持ち上がった。
そうして、詩達も満足し、もっと天に舞い上ろうと言い出した。

「しかし、夜も遅いので、寝ましょうよ」と、一つの詩が言った。



三石博行 詩集 『心象色彩の館』



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「差別とは何か。それと向き合うこととは何か」目次

三石博行



アメリカ旅行をしながら、「差別とは何か。それと向き合うこととは何か」を書いた。丁度、出発の前からアメリカは黒人差別反対運動で盛り上がっていた。そのこともあり、今回のアメリカ旅行では、この問題について、友人たちの意見も聴けた。

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 「差別とは何か。それと向き合うこととは何か」


三石博行 


1、差別・人権侵害をしながら、それと闘ってきたアメリカという国


1-1、自由主義の国家アメリカの二つの側面

1-2、多民族多文化国家アメリカと差別と反差別運動の歴史

1-3、人種差別を乗り越え、新たな人種差別に悩む人々の国、アメリカ



2、自己認識の基本を作る他者と自分の差異、差別の構造


2-1.フランス人の人種差別に関する私の意地悪な実験

2-2.差別意識の起源としての社会的文化的共同主観の形成

2-3.自己認識を支える社会的文化的偏見


  

3、社会文化構造としての人種・社会的差別


3-1、差別意識・差別用語批判運動の意味と限界

3-2、海外生活で学んだ差別される側の立場

3-3、差別再生産の社会システム・存在が差別意識を規定し再生産する

3-4、エピローグ



2015年1月3日

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