教養教育重視型大学の課題(2)
三石博行
日本の大学でのリメディアル教育課題
前節で、大学でのリメディアル教育の課題について述べた。まず、リメディアル教育は大学の大衆化によって生じている現象であり(1)、大学の大衆化をすでに経験したアメリカのリメディアル教育を担うコミュニティ・カレッジのDevelopmental Educationと日本のリメディアル教育を比較しながら(2)、リメディアル教育のもつ社会的機能を積極的に形成する大学教育のあり方について述べた(3)。
日本の大学でのリメディアル教育を、山本以和子氏(以後 山本以和子と呼ぶ)は「高校までの教科復習型のリメディアル教育」と呼んでいる(4)そして、日本型リメディアル教育を以下4つの形態に分類した。
「(1)高等学校までの教科教育復習型 未履修、または学力不足と判断された高等学校教育課程の教科・科目について大学で行う補完授業
(2)大学での学習活動の入門型 専門教育(ゼミナール・研究室等)の活動に必要な学習スキルを教授するもの。たとえば文章表現、議論の進め方、報告・プレゼンテーションの方法、文献・資料の探し方、パソコン・ネットワーク操作など
(3)大学専門課程受講前の専門知識の導入型 「高等学校までの教科教育復習型」と異なり、高等学校の指導要領外でかつ大学の専門教育に必要な学力や知識を講義するもの。いわゆる従来の一般教養ではなく、近年学生の学力低下に伴って設置された教育課程を指す
(4)入学前教育 入学手続きをした合格者を対象にレポート提出や集中講義など入学前に実施する教育を指す」(5)
この日本のリメディアル教育の傾向から考えて、日本の各大学でのリメディアル科目は、それぞれの大学の事情に適応して選択されている。大きな傾向は、日本もアメリカと同じように理工系では数学や理科の補習が行われる傾向がある。
そして、リメディアル教育に力を入れるのは、理科系(理工系、医学、歯学、獣医学、薬学、医療系、農学、水産学、生活科学系、情報学系)の学部である。そのために、これらの学部では入学時に、一人ひとりの入学生の基礎学力試験(プレースメントテスト)が実施され、その成績でリメディアル教育が提案される。
学生の不足している学力を補習しない限り、学部学科の専門教育は不可能であるため、学力不足の学生への指導の方法が非常に大切な教育課題となる(2)
PBLを課題にした教育プログラムへの入り口・基礎ゼミ1
すでに、前節で述べたが、学ぶ姿勢の育成には入学初年度の基礎ゼミから最終学年の卒業研究まで一貫したPBL教育方針を貫き、学生をゼミの中で教育する必要がある。(6)
基礎ゼミから、学部教育と教養教育は一貫した教育方針を確認し、学部教育に役立つ教養教育を行う必要がある。これらのゼミは学ぶ姿勢の育成であり、しかも、それはPBL法を導入し、基礎ゼミから卒論までの一貫した教育課程を前提にして、学生教育を行う。
以下、1年次の基礎ゼミから最終学年の卒業研究までのゼミの流れと課題を提案する。
入学初年度のゼミ(基礎ゼミ)の課題は大学での勉強の仕方、つまり自分から学ぶ姿勢を身につける考え方と方法を教える(7)。これらの学習課題を、基礎ゼミ1(1年前期)で行う。基礎ゼミ1での教育課題は以下に示す。
大学教育の意味、(大学の社会的機能や大学の大衆化の意味などを話す。)
ノートの作り方、(レポート作成に便利なノート作成技術、例えば、取材用ノート、カード式ノートなど情報収集に便利なノートの作り方を教える。(7)
レポート材料の作り方、(特にテキスト批評の書き方を教える。資料を読み、その資料に基づいてテキスト批評と呼ばれるテキストの分析、解釈や批判的展開の書き方の技法を教える。特に、参考としたり引用したりしたテキスト批評を書くために活用した資料(出典資料)のテキスト内での引用の仕方、そして紹介の仕方を厳密に教える。何故なら、現在の学生はインターネットの文章のコピーを簡単に行い、レポートを作成する習慣をつけている。この「盗作・プレジャリズム」を厳しく禁止する教育をしなければ、大変なことになる。こうしたレポート作成の原則をしっかりと教える。それがテキスト批評の書き方の課題となる。(8)
レポートの書き方(以上、取材ノートでのレポート材料の集め方、テキスト批評での文献資料に基づくレポート材料の書き方を学んだ後に、レポートの書き方を教える)(9)
入学年度の教育に関する問題は、この基礎ゼミをPBL方式で学生がすぐに運営することが困難であることだ。つまり、PBL方式でゼミを運営するという困難な課題を入学直後に与えても、知識や経験がないため、教育的には逆効果になる可能性がある。つまり、学生がゼミを運営しながら、教員は、それを補佐する役目に回ることが出来るまでの教育課程を作る必要がある。
入学直後、つまり始めの基礎ゼミでは、突然PBLでゼミを行うと宣言されても、学生が戸惑うだろう。そこで、前期の半分は、先ほどの教材、ノートの作り方やレポート材料の作り方の訓練を、ゼミ形式で、つまり、最大10人までの単位のグループを作り、学生が多い場合には一クラスに二つのグループを作り、ゼミを運営させる。
また、リメディアル教育が大学全体の課題であり、情報処理センターや図書館などリメディアル教育に参加する方向にある。(10)
PBL法の基礎学習、基礎ゼミ2
後期の基礎ゼミ2(1年後期)では、一応、レポート材料の作り方やレポート作成の基本を理解したうえで運営される。
学科教育に関係する教養基礎課題を選択する。例えば看護学部であると、例えば「失敗学」を選び、看護現場で行われる「ヒヤリハット」の課題の基礎的な学習を行う。(11)
基礎ゼミ2の最初の課題は以下のようになる。
例えば、「失敗学」(畑村洋太郎)の教材を選ぶ。
ゼミの学習計画を立てる。
ゼミの運営方法を決める。
ゼミを運営する。司会者の役割、発表者の発表の仕方、まとめの作り方を検討しながら共同学習を過程をグループで形成して行く。
ゼミを運営しながら発生する課題を学生達が共に解決していく過程が、ゼミを行う教育上大切な意味の一つである。問題が発生した場合、その問題を常に解決する話し合いを持ち、仮にゼミが計画的に進まなくても、そのゼミ運営の過程を大切にする。
最後の発表会のための準備、失敗学に関する共同レポートと発表資料を作成し、発表を行う。
この基礎ゼミ2では、多くの場合、学生がゼミの終わりに到達したかった目標値に達しない場合が起こる。しかし、それに対して、教員は細かいコメントはしない。その課題を専門基礎ゼミ1へ引き継いで行く問題意識の形成が出来ているかどうかをチェックする。
専門基礎ゼミと専門専攻ゼミの教育プログラム
2回生から、専門基礎ゼミ1(2年前期)、専門基礎ゼミ2(2年後期)で、専門教養科目に関連する課題を選び、PBL方式でゼミを行う。
理科系の専門基礎ゼミの場合、一般にすべての学生が知らなければならない共通課題について選択する。例えば、食物栄養学科、児童学科や看護学部では統計学演習などを挙げることが出来る。児童学科では社会統計、食物栄養学科では統計学一般、看護学科の場合には医療統計などがその課題になる。
統計学演習に必要な教材を選び、グループで学習し、さらにコンピュータを活用した情報処理を行う。情報処理はエクセルで十分であるから、エクセル関数を使った情報処理を演習すると良い。
その場合、それぞれのグループで統計処理作業を行う資料を準備しなければならない。すでに基礎ゼミ2でゼミ運営を経験したので、その経験を前提にしながら、専門基礎ゼミ1と専門基礎ゼミ2を行う。
そして、2回生の専門基礎ゼミの経験の上に、3回生からの専門専攻ゼミ1(3年前期)と専門専攻ゼミ2(3年後期)が行われる。このゼミは専門教養教育(学部教育)の中で、学生が興味を持った分野でゼミを行うことが出来る。そのゼミの指導は専門分野の教員となり、そこでの学習活動が、卒業研究に繋がる事になる。
専門教養教育の中の教養基礎科目
以上、教養教育課程の立場からPBL法の基づくゼミ、つまり、基礎ゼミから卒業研究までの一貫教育を提案した。これらの専門教養教育(学部教育)に関して、教養課程の教員と専門分野の教員が学生の指導に関して、一貫した方針と方法を選ばなければ、学部教育は成り立たないのである。
その意味で、大衆化した大学での教育は、以下の二つの課題について検討が積み重ねられる。
1、 専門教育から要請される基礎学力教育を担う教養課程
2、 教養課程から引き継がれる「自ら学ぶ姿勢を育てる」教育プログラムを展開する専門教育過程
この二つの課題と立場の協同作業が大切になる。
そのためには、教養課程を1992年以前のように、専門教養教育と分離し独立に運営させてはならない。専門教養教育(学部教育)の一貫として教養課程を考える意味を大学や学部は理解しなければならない。
参考資料
(1)三石博行 「大学でのリメディアル教育の原因とその解決課題 -大学大衆化による多様化する入学者層・先進国型大学の高等教育制度改革の課題(1)‐」 2011年2月28日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/blog-post_28.html
(2)三石博行 「リメディアル教育とAdvanced Placement(AP)アメリカの高等教育改革から何を学ぶか ‐大学大衆化による多様化する入学者層・先進国型大学の高等教育制度改革の課題(2)‐」 2011年2月28日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/advanced-placementap.html
(3)三石博行 「科学技術文明社会に必要な教養教育大学の設置 ‐大学大衆化による多様化する入学者層・先進国型大学の高等教育制度改革の課題(3)‐」 2011年2月28日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/blog-post_1400.html
(4)山本以和子 「高等学校までの教科復習型のリメディアル教育」べネッセ教育総研(01/03)
http://benesse.jp/berd/center/open/report/kyoikukaikaku/2000/kaisetu/fukusyuugata.html
(5) 山本以和子 「リメディアル教育の現状 -大学アンケートから-」 Between 2001.7.8 特集 FDの再構築
この論文の中で、すこし古いデータになるが、山本以和子氏(以後 山本以和子と呼ぶ)はアメリカの大学でのリメディアル教育について、2001年当時、「1999年度~2001年度文部省学術研究の研究代表者・小野博教授が行った「米国の大学入学後の教育選抜システムに関する研究―大学の進級選抜、進級配置、転入学システムの実践的研究」(回答数は国立大学89大学、公立大学41大学、私立大学337大学)の調査を基にして纏めたレポートを基にして分析を行っている。
当時のアメリカでのリメディアル教育の内容が詳しく分析されており、大学でのリメディアル教育を考える上で参考になる。
特に、理工系の場合と人文社会系の場合の違いが述べられており、理工系の場合には、教養教育課程に数学や理科などの教育科目を取り入れ、一学期(セメスター)を使った教育が必要となる。
しかし、人文社会系学部での入学前教育において、読書感想文や作文を要求し、読解力や表現力を鍛える訓練を科す傾向があることなどが報告されている。
http://benesse.jp/berd/center/open/dai/between/2001/0708/bet17618.html
(6)三石博行 「現在必要な教養教育課題・学ぶ姿勢の育成 ‐大衆化した大学での教養教育改革の課題(1)‐」2011年3月1日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post.html
(7)三石博行 「大学でのノートの作り方(1)」
http://mitsuishi.blogspot.com/2010/11/1_24.html
三石博行 「大学でのノートの作り方(2)」
http://mitsuishi.blogspot.com/2010/11/2.html
(8)三石博行 「テキスト批評の書き方実例紹介」
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/blog-post_13.html
(9)三石博行 「レポー材料の作り方について(1)」
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/1.html
三石博行 「レポート材料の作り方について(2)」
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/2.html
三石博行 「レポート材料の作り方について(3)」
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/01/3.html
三石博行のホームページ 「教育・講義」の「知的生産の技術」の「学習の基礎」
http://hiroyukimitsuishi.web.fc2.com/kyoiku_03_01.html
(10)山本順一「桃山学院大学のリメディアル教育を含む教育サービスの拡充に資する図書館情報教育のあり方について考える」 桃山学院大学総合研究所紀要 第36巻第1号 pp.165-177
http://www.andrew.ac.jp/soken/hyoshi1-7.pdf
(11)三石博行「畑村洋太郎著『決定版 失敗学の法則』第一章「失敗学の基礎知識」のテキスト批評」2010年11月29日
http://mitsuishi.blogspot.com/2010/11/blog-post_6897.html
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ブログ文書集 タイトル「大学教育改革への提案」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_6795.html
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修正(誤字) 2011年3月2日
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