科学技術文明社会での大学改革の課題(1)
三石博行
科学技術文明社会での高等教育改革課題
21世紀の欧米日本等の先進国の社会は科学技術文明社会の入り口に到達している。ここで述べている科学技術文明社会の特徴とは、第四次産業(研究開発産業)が社会経済の中心となり、他の産業構造と関係し、20世紀後半まで続いた工業生産中心の経済構造を大きく変換して行く社会の姿である。この社会は高度な知識をもった国民によって運営され形成される。(1)
現在、21世紀初頭の世界では、科学技術文明社会の到来とその文明に乗り遅れないために、各国は初等教育から高等教育の変革を行う必要に立たされている。これが、現在の日本ばかりでなく世界中の大学教育改革の主な路線を決定する要素となる。
そして、高度知識社会では、必然的に教育期間が延長し、小学から高校までの教育は義務教育になる。つまり、殆どすべての子供が高校を卒業し、その上、大学や専門学校へ進学する割合は年々増加する傾向にある。高度な知識を必要としている社会はより専門的な教育を受けた若者を採用する。その傾向は、年々大きくなり、さらに21世紀の前半までには、殆どの若者が22歳までの高等教育機関(大学や専門学校)を卒業する事になるだろう。
つまり、現在は18歳までの教育(高等教育)までが義務教育化使用しようとしているのだが、2050年までには22歳まのでの教育(大学教育)を殆ど全ての若者が受ける事になるだろう。この高学歴社会の傾向を止めることはできない。何故なら、科学技術文明社会の発達は高度な専門知識によって保障され、より専門的知識を持つ労働力によって企業や社会は生産力を強化することが可能になるからである。
そこには、二つの大学改革の課題が生じている。一つは、先端科学技術、社会経済政策や人間科学知識の開発研究を牽引する大学の機能で、研究開発型の大学院大学である。もう一つは、科学技術の知識が社会常識化される中で科学の大衆化を促進し国民的な高等教育を担う教養教育重視型の大学(仮称教養教育重点大学)である。(2)
高度に発展し続ける科学技術文明社会のニーズに合った国民教育を行うための大学教育の変革プログラムを前提にしなければ、日本の大学は国内の競争ばかりでなく、国外の大学との競争にも敗北すると謂えるのである。これが、現在、我々が直面し変革を進めようとしている二つの異なる社会機能を持つ大学、先端研究開発重視型大学と教養教育重視型大学への高等教育の機能分化を進める改革なのである。
文部省が2002年に提案した新しい時代の教養教育
2000年に独立行政法人の大学評価・学位授与機構では、国立大学での教養教育に関する調査を行い、2001年に「国立大学における教養教育の取組の現状-実状調査報告書」を出した(3)。そして、2002年2月に文部科学省は、「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)」(4)を発表し、国際化、情報化、科学技術社会、地球レベルで深刻化する環境問題等々の新しい時代での教養教育のあり方に関する見解をまとめた。
新しい時代での教養を以下に述べる5点を挙げた。
1、 社会とのかかわりの中で自己を位置づけ律して行く力
2、 異文化理解力と外国語でのコミュニケーション力
3、 科学技術への教養と倫理的課題や環境問題など総合的な理解と批判力
4、 国語力(読解力)と論理的思考力や表現力
5、 礼儀、作法などの修養的教養の修得
そのための教養教育の以下に延べる3つの課題を示した。
1、 主体的に学ぶ力やより良く生きる態度を磨き上げる力(主体的に学ぶ姿勢を見につける)
2、 知識社会を生きる技能(情報処理)(問題解決型の技能のスキルアップ)
3、 教養の涵養(かんよう)(恒常的に学び続けるライフスタイルを身につけること)
取り分け、国際化や科学技術の進展等の社会変化に対応し得る統合された知の基盤を作ること、つまり専門教養教育とそれらの横断型領域への広がりを可能にする思考法や知的技法の獲得、恒常的な学習活動による新しい知識の吸収(涵養)を可能にするライフスタイルの獲得を、大学における教養教育の課題に掲げた。
また、部活動やボランティア、インターンシップ、海外留学によっても教養教育が培われることを述べ。大学は学生の自主的課外活動を支援し、その環境を提供する必要があることにも触れている。
そして、教養教育の改善に積極的に取り組むことが提案されている。その二つの課題を以下に示す。
1、 大学全体での取り組みの必要性、つまり、教養教育を専門教養教育と分離せず、専門教養教育の基礎学力として位置づける。その上で、専門教養教育(学部教育)の一環として教養教育を理解する。
2、 大学全体での組織的な取組、例えば教養教育センター(教養教育の提供とその教授法等の研究を担う専門研究機関)、教育開発研究センター(FD活動を専門的に担う専門研究機関)の設定を提案している。
教養教育重視型大学の社会的機能
2011年現在、2002年に文部省が提案した大学の教養教育のスタイルは一般化し、さらに急速な社会変革の流れを前提にした教養教育重視型大学(教養教育重点大学)のあり方を考えなければならない時代に突入しようとしている。
教養教育重視型大学を考える上で、将来の高等教育の姿として、以下に述べる二つの前提を考えなければならない。
1、 大学教育の大衆化(四年制大学全員入学時代・大学進学率100%時代の到来)
2、 高等教養教育の社会的ニーズの拡大(国民的な教養教育や職業教育機関としての教養教育重視型大学の必要性)
現在の学部教育を担う大学は教養教育重視型大学へと移行するだろう。これらの大学での学部教育では、現代の技術文明社会に対応できる幅広い教養と専門教養知識の教育が行われることになる。しかし、この教養教育重視型大学は学部での専門教養教育と一般教養教育の二つの課題を持った大学であるということが語られているだけであり、その大学での教養教育重視型と呼ばれる具体的な教育の内容に関しては殆ど検討されていない。
現在の学部教育と同じように、中等教育を終えた学生が先ず教育訓練を受ける教育課程を教養教育重視型大学は担うことになる。つまり、高校からこの大学に入学し、幅広い教養教育と専門教養教育を4年間で学ぶことになる。これが、今ここで示される教養教育重視型大学学部の教育内容である。
また、先端的な科学技術や政策研究を重視した先端研究開発型大学(大学院大学)に関しては、多く議論がなされ、その目的も社会的に明らかである。つまり、その目的はわが国の科学技術の研究開発力に関して世界的な競争力を維持するために先端研究開発型大学の社会的機能はある。そして、この大学は現実的に大学院大学として機能しようとしている。
この先端的科学技術や政策研究を支えるためにも高度な教養教育が必要である。その教育機能を教養教育重視型大学が担わなければならない。つまり、先端研究開発型大学と教養教育重視型大学は相互に関連した教育や研究プログラムをもたなければならない。
つまり、教養教育重視型大学と先端研究開発型大学は科学技術文明社会の高等教育機能を担う車の両輪である。しかし、これも二つの関係を抽象的に説明したに過ぎない。
ここでは、教養教育重視型大学の社会的機能について、以下の課題があることを述べておく。
1、 専門教養教育を行う
2、 社会人の再教育を行う
3、 先端研究開発型大学で学ぶ人材の基礎教育を担う
4、 教育開発研究(現在の教育学部の機能)を担う
5、 地域社会での公共教育機能の活性化を担う
この大学の機能に関する議論は、今後の教養教育重視型大学の具体的な教育プログラムの形成と実践とその検証(FD活動)を行いながら、検討されることになるだろう。
教養教育重視型大学の教育課題
教養教育重視型大学での教育の最も重要な課題は、日進月歩する高度知識社会で生きる知識と技術の修得である。具体的に述べると、知的生産の技術の基礎的なスキル習得や恒常的に発生する問題解決のために必要な職業的・専門的知識へのアクセ方法や技能スキルの向上を身につけ、主体的に学ぶ力、新しい知識や教養の涵養を可能するライフスタイルと情報処理や知的生産のスキルの修得が必要となる。
その内容は、前節で述べた2002年の「新しい時代における教養教育の在り方について」の文部省の答申で述べられていた教養教育の3つの課題に纏められる。つまり、
1、 主体的に学ぶ姿勢を見につけること。
2、 問題解決技能のスキルアップ
3、 恒常的に学び続けるライフスタイルを身につけること
そして、その教養修得の姿勢、つまり教養の涵養を維持するために、「新しい時代における教養教育の在り方について」の文部省の答申で述べられていた5つの教養教育のあり方に関する課題を挙げることができる。その内容を以下に述べる。
1、 高度な知識社会では職業の専門化が進化していく。その中で、自分の専門分野を社会全体の中で位置づけ、その社会との関係で自らの職業や仕事の役割と責任を理解することが必要である。つまり、自らが担う社会的役割と責任を了解することで、高度な分業社会の中で自分の仕事の社会的位置づけを行い、その中で自分を律して行く力を身につけることが必要となる。そのための教養力、社会の機能や歴史に関する幅広い知識、先端科学技術に関する知識や異分野の人々とのコミュニケーション力を身につけなければならない。
2、 科学技術文明社会では高度に発達した交通運搬技術、情報通信技術、語学翻訳技術、観光企業スキル、文化コミュニケーションスキル、マスメディア力(放送技術と情報産業の国際化)等々によって、産業や生活文化のグローバリゼーションは進む。国際化する生活環境に必要な教養が求められる。最も大切な教養は異文化理解力である。そしてその力を支える外国語でのコミュニケーション能力が必要となる。
3、 科学技術文明とは巨大な人工物環境の形成を意味する。人類のこれまでの地球の歴史にない巨大な人工的な環境を地球レベルで創ることになる。それを科学技術の進歩と呼んでいる。つまり、益々巨大化する科学技術の理解に欠かせないのは、その科学技術が人々の生活や社会の発展、平和や人々の共存のために役立っているかを理解し、また批判的に点検する力(教養)である。科学技術の応用に関する倫理的課題や環境問題への影響など、総合的に科学技術のあり方や進歩の方向について考え、そのために活動する批判的で建設的な知性が求められる。
4、 以上の科学技術文明社会で求められる知性・教養の基礎は情報を収集し整理し、分析し解釈し、そして発信する力である。その能力を支える基礎が国語力である。そして論理的思考や表現力が必要となる。このように科学技術文明社会では確りとした基礎的学力を持つ国民大衆の厚い層によって支えられているのである。
5、 科学技術文明の進歩は資本主義経済、つまり自由主義経済と不可分の関係にある。我々の社会は、人々の欲望や自由意志によって活動力を得ている。自由主義や個人主義が社会の基本思想となる。そのことによって、伝統的な共同体を重視する考え方が失われ、家族の形態も変化する。現在、極端な自由主義や個人主義によって、逆に社会生産の効率が落ちるという課題に直面することになる。そのため、これまで伝統や社会的モラルとして引き継がれていた礼儀や作法など修養的教養を身につける必要がある。
教養教育重視型大学、今後の課題
独立行政法人の大学評価・学位授与機構が2001年にまとめた「国立大学における教養教育の取組の現状-実状調査報告書」の中で、約9割(89.5%)の国立大学が教養教育と専門教育の関係について、二つの教育課程の区別はしながらも相互の有機的関係を図る(46.3%)、もしくは両者を併せ持つ教育を実施(43.2%)していた。
つまり、すでに1992年からの教養教育改革の結果として、殆どの国立大学では、教養教育を学部教育の中で位置づけていた。そして、この改革を踏まえて、文部科学省が2002年に「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)」を出した。
その中で、教養教育重視型大学の構想が「教養教育重要大学(仮称)の支援」として少し述べられている。現在、この「教養教育重要大学(仮称)」構想はどのように展開発展しているのだろうか。そして、今後、この構想を展開するための具体的な教育内容を検討する必要がある。
参考資料
(1)三石博行 「科学技術史の視点で観る大学教育改革の課題 -第四次産業の形成・科学技術文明社会での大学の社会的機能の変化-」2007年12月21日
http://mitsuishi.blogspot.com/2007/12/blog-post_21.html
(2)三石博行 「科学技術文明社会に必要な教養教育型大学の設置 ‐大学大衆化による多様化する大学入学者・先進国型大学の教育制度改革課題(3)‐」 2011年2月28日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/02/blog-post_1400.html
(3) 文部科学省 「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)」(2002年2月21日)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020203.htm
(4)独立行政法人 大学評価・学位授与機構 「国立大学における教養教育の取組の現状-実状調査報告書」(2001年)
http://www.niad.ac.jp/n_shuppan/kokuritsu/index.html
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ブログ文書集 タイトル「大学教育改革への提案」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_6795.html
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修正(誤字、文書表現) 2011年3月3日
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