科学技術文明社会での大学改革の課題(4)
河村能夫、三石博行
前節で、CUSF(カルフォルニア大学サンフランシスコ校・医学大学院大学)では、入学者から13名ほどを選抜して、Problem Based Learning (PBL)とJoint Medical Program(JMP)を行っていることを述べた(1)。UCSFのJMPは、UC Berkeley(カルフォルニア大学バークレイ校)と共同で行う開発された教育プログラムで、UCSFのPBL受講クラスの学生は全員JMPも行うことになっている(2)。
UCSFのMJP形成の歴史
UCBのメディカルプログラムは1971年春に設立され、医療よりも幅広い健康科学と医学との共通教育プログラムとして作られた。社会と学生との両方のニーズに対応しうるように、しかも、その対応がニーズの変化に柔軟に対応できるように企画された。
最初のクラスは1972年の夏に開講されたが、このときは、UCB大学院に既に入学を許可された学生によって構成された。これらの学生は、まず2年間、UCBで前臨床的(preclinical)分野において幅広い教育を受け、その後、従来の医科大学院(Medical School)へ進学し、さらに2年間医学を学び、MD(医学博士)学位を取得することを目指すことになっていた。
しかし、当時、米国医学会の医学教育連絡委員会(LCME)と米国医科大学協会は、UCBでの前臨床的分野の2年間の単位を認めず、UCSF(Medical School)に同時に学籍登録するよう提案した。その結果、1973年にUCBとUCSFはLCMEの提案を受け入れ、同年秋にLCMEがこの共有プログラムを認証することになった。
1974年秋以降、この教育プログラム企画の為の資金が、医学教育におけるUCB-UCSF共同試験的プログラム(Joint Experimental Program)として州政府から割り当てられるようになり、それとともに、UCB-UCSFジョイントメディカルプログラムと名称が変更された。1978年春には、現在の5年間プログラムの最初の授業が実施された。つまり、学士号取得後の3年間をUCB、その後2年間をUCSFで臨床医学を学ぶという5年間プログラムとして確立されたのである。
この数年間、JMPの目的に大きな変化が見られる。第一線(primary care)の医師を育成することから、急速に変化している医療システムに対応して重要な役割を果たしうるリーダー的な医師を育成することへと変化してきている。それには、従来の狭い意味での医学教育から社会学・行動学・倫理学・医療等の分野での統合的な人間性重視の教育への転換を意味していた。
1993年には、JMPはUCSFとの合同事業として継続しながら、世間で高く評価されているUCBの公衆衛生大学院のカリキュラムの一部として認知されるまでになった。歴史的に見ても、公衆衛生大学院の履修コースは、医学生によって、医学と理学の修士レベルのカリキュラムとして活用されてきている。
しかも、このプログラムでは、公衆衛生に更に強い興味を持つ医学生に対して、健康・医科学(Health and Medical Science:HMS)分野でのMS(理学修士)に加えてMPH(公衆衛生学修士)取得の必要条件を完璧に満たすことができるように設計されている。この様にカリキュラム設計されていることは、変化しつつある医療を取り巻く環境のニーズに応えることのできる先端的医療教育を提供しようとする絶え間ない努力を反映するものである。
(河村能夫)
UCSFのUCBとのJMPの評価
MSプログラムの大きなメリットはUCBのacademic department のsenior faculty と身近に作業する機会を提供できることにある。学生は研究テーマを発展させ、推敲する際に論文アドバイザーと身近に作業し、セミナーやコースの適切なスケジュールを作成する。研究方法論についてのコースも必修となっている。
衛生・医科学分野でMSを取るための科目は、学生と学部教授陣の幅広い興味を反映し、問題解決をするために型にはまらない考え方のできる医師を育成するという目標を満たすように企画されている。学生は人間の健康や疾病の疫学的、倫理的、政策的、歴史的、人類学的そして芸術的側面を含む多様なレンズを通して疑問を探求する研究により、自分達の興味のある分野に学識を提供している。
一方的な講義を全て削除して以来、適度の改善がUSMLE(United State Medical Licensing Examination 医師免許(合衆国)国家資格試験) ぎりぎり(Board)の成績点に見られる。学生と教授陣は相互規定関係のあるカリキュラムの内容に極めて満足している。学生は、臨床経験においても非常に高い成績を維持している。JMPに関するカリキュラムの維持費は、最初の段階での開発が完了して以降は、従来の講義によるコース中心のカリキュラムにかかる費用と比較して、僅かに少ないと推定されている。
教育プログラムを構築する場合に、常に考慮するべきファクターが3つあるといわれている。第一は知識(knowledge)、第二は技術(skill)、第三は姿勢・態度(attitude)で、その頭文字を組み合わせて「KAS」という。日本の大学教育では、「K(知識)」と「S(技術)」が重視されてきた。「K(知識)」は理論、「S(技能)」は実験であったりコンピュータであったりの分析方法である。
日本の大学教育での「K(知識)」と「S(技能)」に関する教育の蓄積は多大なものがあるが、「A(姿勢)」に関してはほとんど無いといえる。JMPが教育プログラムとして注目に値するのは、教育の3要素(Knowledge, Attitude, Skills)の中でも態度(Attitude)を中軸に置いて知識(Knowledge)と技法(Skills)とを修得させる教育方法を取っていることである。JMPは、学生の主体的力量に基づいた内発的発展(endogenous development)の教育プログラムであるといえる。
この場合、プログラムを提供する側には、極めて注意深い準備と関わりが要求される。既述の通り、CICBC(Contextually Integrated Case-Based Curriculum)では、生物学的・社会学的・倫理学的な諸側面を相互に関連させながら人間の健康と疾病を総合的に理解できるように80症例が準備されている。其の症例の一つ一つに関して、学生達はチームで事例を解析しながら自ら引き出した疑問を集約し、それに基づいて調査研究し、その積重ねによって症例に関する研究報告を纏めていく。
この場合、教員の教育現場における役割にも変化が要求される。教員は学生の症例に関する研究過程で教授するのではなく、学生の研究過程を注意深くモニタリングしながら、学生の到達点を確認し、不足の部分がカバーできるような症例を次の症例研究として課する方法を取る。つまり、教員は教師(teacher)としての役割を果たすのではなく、促進者(facilitator)としての役割を果たすことになる。
このプログラムに携わった教員の一致した見解は、CIBBCによる教育効果は、通常の教育方法の場合よりも、はるかに学生の修得する知識分野も広く、その達成度も高く、現場で直面する課題に対する理解力、統合力、対応力などすべての面で優れているというものである。日本の高等教育のあり方のモデルとして考慮すべき事例である。
(河村能夫)
学際的知的生産力を支えるJMP式教育
UCSFでのJMP(Joint Medical Program)では多くの医学生は、前記した公衆衛生、人間工学、認知科学等々医学に関連する学問領域の修士課程を選択するケースが多い。しかし、原則としてJMPでの専攻分野の選択は自由であるため、中にはUC Berkeley(カルフォルニア大学バークレイ校)の文学部修士課程を選択する学生もいる。
すでに前節で述べたが、学部でのダブルメジャーによる複数専門教養教育の修得によって、「高度に分業化した社会で、専門分野の相互連携を作り出す専門家、学際的研究、横断型研究、融合型研究を専門とする人々の教育が可能になる」(3)。つまり、UCSFでのJMP教育の目的は、医学専門教育と他の分野の専門教育のダブルメジャーであるから、医学専門分野で医療や医学研究に携わる場合に、別の専門分野からの視点から医学や医療を観る力を養っている事になる。
学際的視点や、横断型知識から高度に分業化された医学専門領域をサポートすることは、当然、他分野の専門家が組織的に研究し、問題解決に当たることで可能になる。PBL式の学習方法でチームを作って問題解決に当たる学習方法を身につけることと、横断的に複数の専門分野視点から問題を理解することは、高度に進歩して行く科学技術文明社会での知的生産を担う人々が必要としている知性であると謂える。
他の専門分野との共同研究を進めながら発展する現代の先端医学や医療分野では、医学に活用されている他の専門分野の知識が必要となる。取り分け、先端的な医学・医療研究を行うとなると、他の分野の専門教養知識のレベルでなくさらに専門的知識(修士課程レベル)が必要となることは理解出来る。その意味で、UCSFのJMPの先端医学・医療研究への貢献は期待できる。
このプログラムは将来、さらに医学領域では他の専門分野との共同研究が進み、先端医療が開発されることを前提に作られている。
また、医療は総合科学技術である。先端医療の開発は、総合的な知識、つまり理系の知識のみでなく、人間社会学的知識が必要とされる。医師として医療行政や医療政策を担当する専門家が必要となる。現在、日本では厚生労働省に勤務する医師が、こうした専門分野に携わり、医療に関する法律の作成や制度作成を担っている。医療の発展のためには、臨床医学だけでなく、公衆衛生や社会医学が進歩しなければならない。その意味で、JMPによって、社会科学系の専門分野を専攻する学生が生まれることは大切である。
科学技術文明社会は多様な専門分野が形成され、詳細に分業化された専門知識人とその人々の知的生産によって運営される。その社会を総合的に管理していく制度が行政である。医療行政を担う専門家を養成するためには、JMPによって訓練を受けた医師が必要となる。
また専門化した知的労働を社会のニーズに合わせて商品化するのが企業の役割である。その場合、生活、経営、社会文化等々の知識が必要とされるだろう。医療関係の商品開発に措いても同様である。同様に、医療、健康関連企業でも、JMPによって教育された医師が適切な指導を商品開発チームに与えることは間違いがないだろう。このように、JMP教育は将来の学際的知的生産を支えてゆくことになる。
(三石博行)
参考資料
(1)三石博行 「PBL 参画型教育法 UCSFのPBL・教育課題とJAICの地域開発プログラム ‐科学技術文明社会での大学改革の課題(3)‐」2011年3月9日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/pbl-ucsfpbljaic.html
(2) UC Berkeley – UCSF Joint Medical Program in Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/UC_Berkeley_%E2%80%93_UCSF_Joint_Medical_Program
(3)三石博行 「知識の涵養を可能にする基礎的学力・「学ぶ姿勢」の修得 - 科学技術文明社会での大学改革の課題(2)-」2011年3月8日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_08.html
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ブログ文書集 タイトル「大学教育改革への提案」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_6795.html
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修正 (誤字) 2011年3月9日
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