2019年3月13日水曜日

人間社会科学の成立条件(5)


反科学と反科学主義の思想の歴史的背景(1)


近代科学の形成 


近代科学を考える時、その科学を生み出した二つの方法論「帰納法」と「演繹法」について簡単に述べておく。

「帰納法」は「知は力なり」ということばで有名なイギリスのフランシス・ベーコン(Francis Bacon15611626)によって提案された。ベーコンは、個々の実験や観察結果を整理し集計しながら規則性(法則性)を見出す帰納法の考え方を提唱し、実験科学によって成立する近代科学の方法を確立した。

「演繹法」は、フランスのルネ・デカルト(Rene Descartes,15961650)によって提案された。デカルトは近代科学の基本を成す四つの規則を書いた。一つは物事を徹底的に疑い「明証性の規則」、二つ目は物事を構成している要素を分析的に分ける「分析の規則」、三つ目は、最も細かく分析された単純な要素によってより複雑な世界を構成する「総合の規則」、そして最後の四つ目は、分析された要素によって総合された結論を検証・再検討する「列挙の規則」である。明晰判明な概念として確立されている公理や定義を基にして複雑な世界を証明する数学の方法が演繹的な近代科学の代表となる。

ガリレオによって、落下の法則は実験を通じて帰納的方法で見つけ出された。その法則をより普遍的な引力の法則として数学的表現(演繹的表現)によって、ニュートンは力学(物理学)を確立した。1617世紀のヨーロッパで生まれた新しい自然の摂理を知るための方法「帰納法」と「演繹法」によってニュートン力学に代表される近代科学が形成された。この近代科学を生み出した「帰納法」は経験主義、経験哲学として近代科学の方法論の基本をなし、また「演繹法」は分析・総合的方法、「近代合理主義」として近代科学のもう一つの基本をなしている。これらの近代科学が目指す課題は、宇宙の真理、つまり神の証明であった。中世まで続く神学の課題、神が支配した宇宙の原理を求めた自然哲学、物理神学の精神を引き継いでいた。近代科学は、物理神学者、コペルニクス、ブルーノから近代実験科学の父と言えるガリレオへと引き継がれ、その地動説を命がけで支持したデカルトを生み出すのでる。


科学主義の形成とその宿命


近代科学はニュートン力学によって完成した。力学は宇宙の普遍的概念としてだけでなく、工業や運送技術へと応用され、最も合理的な力の活用、つまりエネルギーの経済的利用を可能し、それを活用した技術によって産業を形成した知識でもあった。新しい経済活動を土台にして新興した市民層によって、古い中世的な世界観から新しい思想、「啓蒙思想」が生まれた。啓蒙思想はニュートン力学の有効性を社会に広め、より合理的・実践的な知識を土台にした社会発展を目指す運動であった。自由や平等、人権の新しい社会思想が生まれ、資本主義経済が発達した。

力学は物理神学の伝統、神が支配した宇宙の原理の追求から、新しい階級、市民層の社会経済政治的力の道具(方法)となった。自然科学を代表する物理学や化学は産業革命、資本主義経済の発展に力となり、自然科学的知が最も有効な知であること、その知の在り方(科学的方法)に即して世界や社会を理解することが最も有効であることが社会的理念として確立し始めた。この理念を科学主義と呼んだ。

神が支配した宇宙の原理を求めた中世の自然哲学、物理神学の精神を継承している近代合理主義と合理性を科学的知識の実践的力として解釈した科学主義は異なる思想である。しかし、物理学を、宇宙を支配する神の法則を知るため学問であるという考えは、今日の物理学者の中でも生きている。例えば「神はサイコロを振らない」と言うアインシュタインのことばは、仮に、粒子の運動量と位置は、同時に正確には測ることができないと言うハイゼンベルクの不確定性原理への批判であっても、物理学を宇宙・神の真理の探究の学として考えている。

皮肉にも、物理神学者アインシュタイン「エネルギーを質量に光の速度の二乗で表現した関係式」は人類を絶滅させる核兵器の開発の基本的理論となる。アインシュタイン自身、科学の力を最も有効に活用した兵器の開発を提案し、参加するのである。現代の科学技術は、哲学的な探求、法則の探究として成立することは出来ない。現代の科学研究、応用科学は当然のことながら、理論科学にしても、社会経済の発展のために18世紀以降の科学技が進歩したという歴史的事実を否定して、成立していない。科学主義は、現代科学技術に奥深い浸透し、その人類への貢献と人類破壊への負の遺産を同時に作り続けている。


人間社会科学の成立条件(4)

科学技術文明社会に関する人間社会科学とは何か


科学技術文明社会(Science and technology civilization society・STCS)に関する人間社会科学の課題とは、これまで人間社会学科学が対象としてきた人間社会文化構造や機能に関する研究対象、例えば、言語、精神、心理、個人的行動、集団的行動、生活(衣食住、家族、生活経営)、文化、風俗、風習、地域社会、経済、政治、司法、行政、生態地理文化環境、国際地域関係、国際関係、防災、防衛安全保障、社会福祉、教育、育児、保健等々に関する研究対象が科学技術との関係によって生まれた社会文化の構造(科学技術文明社会)に関するである。

科学技術文明社会(Science and technology civilization society・STCS)に関する人間社会科学、科学や技術に関する人間科学的、社会科学的、生態文化人類学的、歴史学的研究、とはどのようなものが考えられるだろうか。以下に、列記した。
1、科学や技術に関する人間科学的研究(言語学、心理学、精神科学、認知科学)的研究
2、科学や技術に関する社会科学的研究(社会学、経済学、政治学、法学、行政学、政策学)的研究
3、科学や技術に関する生態文化人類学(生態文化学、文化人類学、社会文化環境学、民俗学、風俗学、生活学)的研究
4、上記した科学や技術に関する歴史学的研究

また、STCSに関する人間社会科学は、科学や技術の人間学的、社会文化的、歴史的構造を理解しなければならない。つまり、人間社会科学と呼ばれる科学文化に関しても、それを世界認識の分析手段としている研究者がその手段自体を、自らの研究課題の中に組み入れなければならないということが、これまでの人間社会科学と異なる新しい視点の導入になる。

その意味で、STCSに関する人間社会学は科学認識論や科学技術哲学がそれらの研究課題の前提になっている。その理由の一つは、ヨーロッパで起こった近代的知の理解を深めるために、その知(近代科学)のヨーロッパ社会の特殊な精神風土や精神・経済的合理性に関する理解が問われているからである。この問い掛けは、近代科学の文明論的解釈によって始まる。つまり、社会学史の中で、初めて科学・知を社会文化的に理解しようとした「知の社会学」では近代科学の知の社会文化的解釈は為されたが、文明論的解釈は存在しなかった。近代科学以前、中国を代表とする他の国々の科学史の研究から、近代科学・知のヨーロッパ社会での特殊な精神風土や精神・経済的合理性の上に成立している構造が分析された。その理解によって、近代科学を他の文明社会で形成された知・科学や技術との歴史的関連や、その知の特殊性の理解、つまり相対化が行われた。

ここで課題にしている科学技術文明社会(STCS)の研究とは、中国科学技術文明圏であった日本が明治維新後、日本の近代化政策によって、工業化を進め、近代国家を形成し、現代のSTCS化した日本の社会を作ったのであるが、日本社会のインフラとして形成されている科学技術社会文化やその歴史の分析や解釈である。この研究対象は研究者である私たちの社会文化環境である。

科学や技術に関する研究の目的は、私たちがSTCSを正しく理解し運営するために、現在と未来をより良く生活し共存するために行われる。その意味で、この科学は科学技術文明社会の形成や発展過程で生じる問題に対して、その問題の構造を解明し、問題解決のための方法、技術、改良、作法、政策、規制、制度、点検機能等々を提案し、それらの実践可能過程を設計し、組織し、そしてその結果を検証する作業が課題となる。

この研究はSTCSに関する人間社会科学の普遍的な理論の形成を目的にしたものではなく、今ある社会文化環境を少しでもよりよくするために取り組まれている作業の一つである。その意味で、私はこの研究を行う一人の人間としての時代性や社会文化性を、この作業の中で、よりよく自覚することを課題にしなければならない。



2019年3月12日火曜日

人間社会科学の成立条件(3)


科学技術進歩主義と反進歩主義



20世紀に人類は科学技術によって豊かな世界と手に入れることが出来た。と同時に、その知識が人類を滅ぼすためにも利用されることも知った。また、科学技術文明社会の課題も見えてきた。機械化、高度な生産力、情報化社会、ロボット化、経済や文化のグローバル化等々、そして地球レヴェルの気象変動、環境汚染、大量殺人兵器、無人兵器、宇宙戦争、情報管理社会等々。20世紀は、私たちに科学技術の発展による正と負の側面に向き合わなければならない時代としての21世紀の課題を残した。

この課題に対して、色々な対応が提案されてきた。20世紀の中期までは、科学技術の進歩を信じる立場から、科学技術によって生じる課題は科学や技術が進歩することで解決すると考えられた。または、それらの問題は、科学技術の活用の仕方、モラル上の問題であり、人々が正しく科学技術を活用すれば解決されると考えた。これらの二つの考え方を支配していたものは科学技術の発展への楽観論であった。

しかし、高度科学技術文明社会が持ち込む課題は楽観論を許さない深刻なものであった。その課題に対して、社会進歩自体を疑問視し否定的する立場を取る考え方があった。この考え方は私たちの深層心理に潜む古い精神構造、取り分け非欧米文化圏の人々にある伝統文化に支えている精神文化の流れに根拠を持っている。古い伝統文化を駆逐してきた近代化に対する反発である。この反進歩思想や反近代化を代表的なものが「反科学思想」であった。

20世紀後半から21世紀への世界の流れは、社会進歩や発展に価値を置く立場、科学技術の進歩やそれと共になる経済社会政策を支持する方向が中心勢力となった。その進歩を疑い否定する多くの人々は世界の片隅で追いやられる宿命に立たされている。近代科学や現代科学技術に対しては、科学技術進歩主義か反進歩主義か、近代・現代科学技術への信奉か拒否かという、科学主義か反科学主義の二つの対立する考え方に分裂して行った。

科学技術の否定的側面を非難する反進歩主義者たちも、結局は科学技術文明社会の恩恵を受けながら生きている。科学への疑問も、科学技術の未来を信奉する進歩主義に絡めとられ、近年、特に先進国では、科学自体を否定する反科学的な思想は鳴りを潜めつつある。現実の生活基盤を科学技術進歩に支えられ、それがもたらす生活の便利さの中で生きている私たちは、他方でその進歩が引き起こす深刻な問題を知らされ、その未来を楽観することは出来ない。反科学技術進歩主義は科学技術の進歩と共に形成され続けてきた。


人間社会科学の成立条件(2)


サンダース現象とは何か 


- その状況合理性の理解と解釈 



極端な経済自由主義(新自由主義経済)、国際金融資本主義は近代人権思想の「人間の社会的平等」思想を侵害するために、「社会主義」の思想を呼び起こす。何故なら、人間の社会的平等は政治の近代化過程、民主主義社会の重要な要素であるからだ。社会的不平等が定着し、人々が自由な競争の機会を失う時、あらためて社会主義政策の名前のもとで、政治の近代化過程(民主主義社会化)が再構築されるだろう。


つまり、アメリカの若者に支持されているサンダース現象、社会主義イデオロギーとは、かくてフランス革命やロシア革命で人々が「パンを求めて起こした運動」と同じスローガンを掲げ、アメリカの現在、そしてその社会文化独自の民主主義運動の形態を取ることになる。それが、アメリカ民主主義社会の発展の新たな一ページをめくることになるだろう。

しかし、サンダースやアメリカの若者が言う「社会主義」は、1917年のロシア革命で謂われた社会主義とは全く異なるもんである。彼らは社会主義革命や一党独裁政権を目指してはいない。彼らが言う社会主義とは「国民の社会的平等の実現」であり、アメリカ民主主義の伝統に根差した自由主義とすべての市民にアメリカンドリームに挑戦できる機会を平等に与える社会の実現、つまり自由民主、社会平等主義の社会形成である。

これまで政治学で定義された「社会主義」の概念を前提にし、サンダースやアメリカの若者たちがいう「社会主義」を解釈するなら、アメリカの現在の民主主義運動を正しく理解できないだろう。サンダースが使う社会主義、そして自らを社会主義者という用語で表現しているアメリカ民主主義運動の状況を、表現された用語に付随する過去の概念で観ることは、現在のアメリカ民主主義運動の状況を正しく理解できないばかりか、社会主義という用語に潜む歴史的偏見を持ち込むことになるだろう。


前記した人間社会科学の科学性としての「状況合理性」を前提にしながら、世界の市民の運動、アメリカ、サンダースやグローバル経済を批判する若者たちの運動を考えてみた。


2019年3月11日月曜日

人間社会科学の成立条件(1)


1、状況合理性を前提にした科学性


人間社会科学の科学性について考えるとき、普遍的な自然現象を対象となる自然科学との違いについてまず理解しておかなければならない。人間社会科学は自然科学と異なり、それらの研究対象は変化し続ける時代、生活文化、社会経済政治的環境や、国家形態、多様な生態、地理、気象環境である。仮に、同じ研究課題が在ったとしても、その課題対象は時代、文化、社会、生態地理的環境によって異なる。自然科学のように時代や社会文化に関係なく研究対象(例えば物理的自然現象)が存在している訳ではない。

例えば、同じ衣服に関する生活文化の研究でも、その時代、具体的な地域社会、その歴史や伝統、被服行為主体の社会階層、その生活文化に関する多様な課題が存在する。社会文化が時代的に変化すること、また、同じ社会文化の中にも異なる生活集団、社会構成集団があるなら、それらの社会集団が持つ独特の被服行為の傾向がないとは言えない。その意味で無限の被服文化の研究課題が存在する。

では、同じ課題に対しても多様な研究対象が存在すると言う人間社会科学には自然科学のように同じ課題でも共通する科学的分析や「普遍的な科学理論」を求めることは出来ないと言うことになる。その意味で、自然科学から観れば、ここで言う人間社会科学は科学としての体を成していないとまで言われる可能性がある。

人間社会科学を近代科学の一部として認めるために、人間社会の普遍的な法則を見つけ出すための研究やそのための科学的方法が検討されてきた。そして近代科学としての人間社会科学は西洋で生まれ発展してきた。これらの人間社会科学、取り分け西洋・欧米社会で発展して来た近代科学としての人間社会科学は生物進化論や物理主義、分子生物学、統計学的方法、計量科学的方法等々、歴史的に発展してきた自然科学の方法や概念を援用しながら今日まで発展してきた。

しかし、人間社会の現象が自然現象と異なるため、これら普遍科学を目指した人間社会科学も、それらの理論は物理学のように体系的なまたすべての世界の理解とそれらの問題解決のための力を発揮することは出来なかった。この歴史的事実から、今、あらためて人間社会科学の科学性を理解し、この科学が成立する条件とは何かを議論する必要がある。

近代科学の定義とは、科学的知識がもつ実践的力であるとするなら、つまり「知は力なり」という考えに立つなら、自然科学と同様に人間社会科学の理論が現実の問題解決力を持つなら、この定義を満たしていると考えることが出来る。

人間社会科学の対象は、今生きている私たちの世界、つまり異なる多様な社会文化や歴史的状況の現実である。それらの現実世界の中で生じている課題を理解し、その課題を解決するための方法を与えることが人間社会科学に取り組む目的である。その理論によって現実はより分かりやすく分析・解釈され、そしてそれらの分析された課題に対してより有効な解決の方法を提供することが出来れば、それらの理論は問題解決力を持っていると言える。問題への分析力や解決力を持たない人間社会科学は有効な科学性をもっていないと評価することが出来る。つまり、人間社会科学の成立条件は現実の問題に対しその課題を解決できる知性を持たなければならない。

それらの知によって世界をよりよく変えることが出来るなら、その知識は世界にとって有効なものであると言える。現実の状況に適した知の在り方を摸索する精神は近代合理主義の精神に通じる。しかし、この精神(理性)は普遍的な世界認識を求めるものではなく、問題解決を行う個別の主体の、彼らの具体的な生存の条件(時代、生活文化、社会経済政治、生態地理的的環境)で生じている個別課題である。この精神をここで「状況合理性」と呼ぶことにする。状況とは問題解決に立ち向かう人々に取っての状況である。

人間社会科学は状況合理性を前提にして成立し、それぞれの研究者の多様な時代、生活文化、社会経済、生態地理的な環境の中の具体的な課題解決を目指す学問であると言える。状況合理性を持つ知の構造が、近代科学としての人間社会科学の成立条件はであると言える。言い換えると、この状況合理性を持つ知の在り方を検証し続けることによって、現代科学としての人間社会科学は蓄積して行く。



2019年3月5日火曜日

「多様な近代化過程、その資本主義・近代国家の様相とその構造」に関する研究課題

私に取って多様な近代国家の形態を理解する意味とは何か


何故、近代化過程を前提にしてアジアやアフリカ、ラテンアメリカの国々の多様な資本主義経済の在り方を観るのは、異なる文化・伝統、経済、社会制度、生態環境的、地理的条件の中にある国々で起こる近代化過程の進化、歴史的変化を入れて考察するためである。

後発型資本主義国家の近代化政策は日本明治政府取った国家・官僚指導型資本主義経済化政策であった。このモデルは戦前の日本の富国強兵政策、戦後の経済成長として評価された。しかも、このモデルを取り入れた韓国の高度成長、さらに中国の改革開放政策によって中国の国家指導型の資本主義経済の育成は、共に見事に成功した。すでに経済力では日本を抜た中国が国家指導型資本主義経済モデルの代表となっている。

20世紀、そして21世紀初頭、2010年までは、日本が国家指導型資本主義経済モデルを代表できた。しかし、2010年以後は中国がそのモデルとなっている。また、中国が高度経済成長以後の経済成熟期を迎えた後には他のアジアの国が国家指導型資本主義経済モデルを代表している可能性がある。

私の関心は、多様な資本主義経済の分類、アジア型資本主義の定義に関する学術的な研究ではない。多様な資本主義形態を近代化過程の中で理解することで、資本主義経済システムだけでなく、多様な民主主義政治システムや人権主義文化システムを同時に理解し、また、それらの三つの近代社会文化要因の多様な組み合わせいをもって成立している世界の国々の現状を大きく理解するためである。そのことによって、世界を資本主義と社会主義、民主主義と非民主主義、自由主義と反自由主義、人権主義と反人権主義等々、経済や政治文化価値観、つまりイデオロギーによって、単純に分類し、そしてその分類に基づく対立構造を潜入させる政治的意図に世界の平和的共存の可能性を絡め取られないようにするためである。

私が多様な近代化過程によって生じる多様な資本主義経済の在り方を語るのは、戦争で利益を得る軍事産業、それに依存する権力者たちに21世紀の未来が核戦争や世界レベルの環境汚染、異常気象そして終わることなく繰り返される国際地域紛争によって、資源枯渇、持続可能な社会への変革放棄が起こらないために、今ある多様な国家、経済、民主主義、人権主義の様相を理解するための理論を提案しているのである。

くり返すが、この論文で述べたい私の趣旨は、資本主義の分類作業ではない。上記した国際紛争、世界レベルの環境汚染、資源枯渇等々、危機的条件を抱えた21世紀の社会の在り方を考え、そして提案し、さらに議論を呼び起こすことである。

以下、「多様な近代化過程、その資本主義・近代国家の様相とその構造」に関する文章の展開を示す。現在、4節、「市民参画型民主主義社会形成のため」の文章を作成中である。



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2019年3月4日月曜日

ブログ文書集「設計科学としての生活学の構築」

目次


-人工物プログラム科学としての生活学の構築に向けて-


はじめに


1 生活学の科学性の課題

1—1、科学技術文明批判としての生活世界の科学の課題

1—2 生活世界の科学の成立条件

1—3、自己組織系の科学としての生活学


2 生活資源の設計科学的構成

2—1 自然資源、生物資源、生活資源

2—2 生活素材の二重構造

2—3 生活様式の二重構造

2—4 生活資源の四脚構造と文化的多様性


3 生活資源の進化史(生活資源史観)とその構図

3—1 道具史からみる生活資源の歴史的構造

3—2 生活資源の三つの形態

3—3 生活資源学の構図


4 生活学の設計科学的構成

4—1 一時生活資源の構図

4—2 二次生活資源の構図

4—3 三次生活資源の構図

4—4 生活病理に対する臨床の知(生活学)の確立に必要な研究課題


参考資料


三石博行「設計科学としての生活学の構築」

「アジア資本主義と公益資本主義」研究会(CAPIC)

「アジア資本主義と公益資本主義」研究会(CAPIC)

荒木義修
政治社会学会初代理事長 法学博士、元武蔵野大学教授 エー・アソシエイツ研究所所長


前回のシンポジウムに引き続き、3月8日(金)の「Inaugural Congress, East Asian Sociological Association (EASA)」で、「Capitalism and Social Transformation」というセッションが「駿河台記念館」開催されます。本研究会側からは、井出亜夫氏(株式会社JCMS・アジア交流塾塾長、元経済企画審議官)と神永晋氏(アライアンスフォーラム、DEFTA Capital Inc、元住友精密工業株式会社代表取締役社長)が参加し、前回シンポジウムの報告者のHyun-Chin Lim氏(ソウル大学)が報告と司会を兼任いたします。ご都合のつく方、ご関心のある方は、是非、ご出席賜れば幸いです。


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Inaugural Congress, East Asian Sociological Association (EASA)
Capitalism and Social Transformation

日時:3月8日(金)午後2時45分ー午後4時45分

会場:駿河台記念館 http://www.chuo-u.ac.jp/access/surugadai/ Room 580

参加費:6000円 懇親会費4000円 当日受付で支払い

Final Program of EASA HP: http://easa.sakura.ne.jp/easa2018/wp-content/uploads/2019/03/EASA-Inaugural-Congress-Program-FINAL-for-WEB-only-Mar3.pdf

Inaugural Congress of East Asian Sociological Association
Session, Capitalism and Social Transformation

Session Organizer: Hyun-Chin Lim, Seoul National University

Time and Venue: 9:15am-11:15am, Room 580, Suruga-dai Memorial Building, Chuo University, Tokyo, Japan, March 8-9, 2019

East Asian Capitalism and Development State in the 21st Century
Suk-Man Hwang, Changwon National University; Hyun-Chin Lim, Seoul National University; Moon-Gi Suh, Soongsil University; Sang-Woo Yoon, Dong-A University

Public Interest Capitalism
Susumn Kaminaga, Alliance Forum Foundation, DEFTA Capital Inc

Where Does Our Market Economy Stand?
Tsugio Ide, Asian Communication Juku, JCMS

New Technologies and Changes in Social Relations
Ying Zhu, Shanghai University

Mapping Social Remittances in Kaesong Industrial Zone
Rafal Smoczynski, Polish Academy of Sciences
Presider: Hyun-Chin Lim, Seoul National University

Discussant: Jeong-Woo Koo, Sungkyunkwan University

設計科学としての生活学の構築(1)


人工物プログラム科学としての生活学の構築に向けて - 


三石博行

序文


生活学は、社会学的、工学的、医学的、法的、経済学的、文化的、芸術的、倫理的な学際的視点から生活環境の改善と生活様式のよりよいあり方を設計する総合的人間の学である。21世紀は、すべての科学が生活を課題にする時代である。その意味で、生活学は21世紀の人間と文化の学であるとも言える。そのことを、今から約3世紀半前に予言したのは、近代科学思想を提案したデカルトであった。デカルトの言う「知恵の木」の枝に実る果実こそ生活世界の科学・生活学であるとも言える。

生活の材料(物質的生活資源)に関する学問は生活科学(Home Economics)として、20世紀の後期にアメリカで形成された。その基礎理的な理論は物理、化学や生物学等の自然科学である。生活資源の物性やそれを生成する化学反応過程を分析的に理解する方法が用いられた。食物や衣服素材等の生活を支える材料を科学的に解明し、分析することで、より合理的な生活素材の活用の仕方を工夫することが出来る。有機化学や生物化学を応用することで、栄養科学や食品科学は飛躍的に進歩した。生活科学は、理学、工学、医学や農学的な自然科学の知識を総合的に取り入れながら、新しい学問分野、食品・栄養学、被服材料学、洗濯の科学、生活工学、住宅素材学、住宅設計学等々の新しい分野を開発してきた。

他方、合理的な生活経営に関する学問・生活経営学(Home Economics)は、上記した生活科学の一部としてアメリカで生まれた。また日本でも、今和次郎によって生活文化や生活習慣、生活行為に関する学問として生活学が創られた。これらの学問は、社会科学、文化人類学、人間学的な視点から生活文化、生活様式や生活行為に関する研究を行ってる。しかし、ここで私が述べる生活世界の科学・生活学とは、生活の材料(物質的生活資源)に関する生活科学と生活文化や生活行為に関する生活科学を総合した学際的な学問を意味している。

被服生活を例に取っても、被服の材料、被服デザイン、被服の健康や医学に関する課題、被服の整理、洗濯に関する研究、そして被服の製造や加工、リサイクル、伝統被服の歴史的研究、被服の民族学、文化人類学、風俗学的研究、更には情報化文化や社会での被服文化等々、その研究の課題は文化的、社会的、経済的、歴史的に多様なものとなる。この様に、生活世界の科学、生活学とは生活の物質的材料(素材)や生活作法(様式)、生活生態文化的環境、生活社会経済的環境、生活行為主体の精神文化的環境に関する学問、つまり学際的総合科学である。

さらに、21世紀の高度科学技術文明社会の中で、生活学はさらに劇的に進化しつつある。情報社会の生活環境では、生活情報が重要な役割を果たす。またその社会は莫大な生活情報を生み出す。つまり人々は生活するために必要な生活情報を選択し、また生産しながら生きなければならない。生活情報の本質を情報科学や文化記号学の視点から理解しなければならない。、生活の科学として生活情報学が新たに加わることになる。生活情報学は、情報処理やインターネット工学を土台とした生活情報処理技術や知識、さらにはインターネット情報で氾濫する生活情報の正しい選択を学ぶための情報倫理学、情報社会学、そして情報の本質を理解するための文化記号学等々の学問によって構成された学際的総合科学として発展することになる。

これまで、生活習慣病は食生活や住生活環境によって引き起こされる病気として理解されていた。この生活習慣病に引き起こす生活文化的要因を分析し治療する学問を今和次郎は生活病理学と命名した。今和次郎が生活病理学を創設した時代の生活病理の原因は、古い生活習慣や貧困な生活環境であった。生活病理学の課題は生活文化の近代化、古い生活習慣からの脱却、生活環境の改善であった。

しかし、現代社会では生活環境は改善し、生活文化は豊かになった。今和次郎の指摘する生活病理要因は消滅したのであるが、同時に、新しい生活病理の要因が生まれ、それによる新しい生活習慣病、肥満やインターネットやゲーム依存症が発生している。それらの生活病理の治療のために社会心理学、児童心理学、発達心理学、認知科学、臨床心理学、精神医学、脳科学、精神分析学などの新し学問分野の研究成果が応用され、生活学の学際的領域は更に拡大し、現代社会での生活世界の科学を発展させている。

このように、生活学はその形成期から文理融合型、学際的総合科学であり、時代と共に進化する問題解決型の学問である。生活病理を理解するために全ての分野の学問を援用し、その治療のために活用する。その学際的な問題解決学の中で、生活文化環境に関する時代的、文化的な解釈が積み重ねられ、その解釈は実際の生活課題の解決に有用であることを持って点検される。問題解決力のある実践的な解釈が生活学の理論として成立する。

しかし、それらの理論は生活文化環境が時代や文化的環境によって変化し続けるために、物理学のように普遍的な科学理論として成立することはない。こうした学問を吉田民人は「プログラム科学」と呼んだ。現在の生活風俗や文化を構成する生活様式や生活材料(生活素材)を研究する方法とした今和次郎の考現学が有効である。つまり、考現学とは、現に今存在する生活環境(生活素材と生活様式)を研究の対象とする学問方法を意味する。

生活環境(生活素材と生活様式)が文化的社会的な産物であり、その産物を構成している生活機能と生活構造と呼ばれる生活世界を人工物プログラムとして理解することで、生活世界の科学をプログラム科学として解釈できる。この生活学の再解釈によって、生活環境を構成するプログラムの解明が生活学の課題となり、生活病理を生み出すプログラムの分析が可能となる。生活病理への対処療法は、病理現象を起こすプログラムを解明し、それを改善すること、つまり改善された生活素材や生活様式のプログラムで生活環境と生活主体(生活者自身の生き方)を再設計することを意味する。

従って、この小論では、生活世界の科学は、生活文化環境と生活主体を構成している機能や構造に関するプログラム科学であり、それらの問題(病理現象)に対して実践的な問題解決を行う新しい学際的総合科学、設計科学であること、現代社会の生活文化の問題解決学として設計科学としての生活世界の科学、生活学の成立条件について述べる。

つづき



21世紀の社会構築のために

三石博行

-成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために-


何故、私は「多様な資本主義・近代国家の様相とその構造を理解するために」という文章を書くのか。多様な国家、経済、文化の在り方を問題にしているのだろうか。

その問題の根底には、これからの21世紀社会への不安があるからだろう。20世紀は、科学技術の発展への楽観論、また社会主義や社会民主主義への期待、さらには自由主義経済への展望があった。しかし、それらの全ての視点に内在している楽観論は、地球レベルの生態環境汚染、それによって引き起こされる巨大な災害、さらには人類を破滅させる核兵器による戦争の危機、そして巨大な情報管理によって可能になる管理社会の可能性等々、多くの不安が横たわっていることを感じる。

例えば、何故、持続可能な社会を私たちが問いかけるのかと自問するなら、その答えは、明らかになる。何故なら、これからの時代、21世紀社会に対して、これまでのように人類が生活出る豊かさが保障されていないのではないかと言う危機感を持っているからである。

その原因は、現在、私たちが満悦し堪能している生活環境にある。この生活環境を獲得するために、私たちは、17世紀西洋社会で始まった近代、工業化社会、資本主義経済や民主主義社会を構築してきた。中世社会まで続いた生活環境からは想像もできないほど個人の自由や平等、そして人権を最大限に拡大することが出来た。

しかし、どこかで、この豊かさが今後いつまで続くのか不安を持っている。その不安こそが、「持続可能な社会」を願い、そして課題しているのではないだろうか。つまり、「持続可能な可能な社会」を問いかける私たちは近い未来は今までの様に豊かな生活を維持することが不可能であると感じている。その漠然とした未来への不安が「持続可能な社会」というスローガンになっているのではないだろうか。

「持続可能な社会」という課題を具体的かつ鮮明に理解し、そしてより現実的に問題解決の方法を摸索し、さらにより多くの効果を引き出すためにはどうすべきなのか考えてみる。まず、持続可能な社会、つまり持続可能な世界の在り方とは、個人のレベルから世界のレベルまでその課題が存在している。例えば、世界のレベルから列挙すると、地球生態環境、世界の平和、国・地域社会の政治・経済・文化、生活経済、文化、個人の生き方、人間関係、身体的精神的健康状態等々の持続可能な在り方を列挙することが出来る。


以前、縮小社会研究会の活動を通じながら、書き続けようと思い作ったブログ文書集「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」の課題に中に、今、書き続けている「多様な資本主義・近代国家の様相とその構造を理解するために」や「日本学のすすめ -非西洋型資本主義・民主主義社会形成過程の理論のために-」の文章を挿入追加しながら、これらの課題の焦点や目的を明確にしたいと思う。

「成長経済主義を越えて成熟循環型経済社会への転回のために」




2019年3月3日日曜日

多様な資本主義・近代国家の様相とその構造を理解するために

三石博行

- 多様な近代化過程の理解 -


1、21世紀の多様な国家形態を理解するための視点


資本主義の多様な形態に関する研究は、わが国では進化経済学学会を中心にして「比較資本主義研究」のテーマの下に研究が山田鋭夫、宇仁弘幸、玉野和志、安孫子誠男等の研究者を中心にして精力的に進められてきた。この研究を先駆けたのは、2001年に発表されたP.HallD.Soskiceの論文「資本主義の多様性」や2003年に発表されたB.Amable の論文「資本主義の多様なモデル」で分析された多様な形態を持つ世界の資本主義経済体制の分析やその分類であった。

昨年、20181218日に東京、専修大学で政治社会学会(関東政治社会学会)と公益資本主義研究会は国際シンポジューム「アジア資本主義と公益資本主義」を開催した。このシンポジュームに参加したHyunChin Limソウル国立大学名誉教授は「多様な資本主義、アジア資本主義」に関する研究では韓国を代表する学者である。また、原丈人氏によって提案された公益資本主義の概念や理念に基づき一般社団法人公益資本主義推進協議会が設立され、多くの学者、企業家、官僚が参加し、持続可能な資本主義経済の在り方をめぐって研究や討論を行っている。

21世紀の世界はどうなるのか、20世紀は多くの実験がなされた。社会的平等を原則として経済制度の確立を試みた社会主義経済は破たんした。また市場を海外の植民地に求め軍事的に拡大して行った資本主義(帝国主義)も二回の世界戦争を引き起こし多くの犠牲者を生み出し、そして破綻した。国際分業論を前提にしながら発展してきたアメリカ型資本主義(経済グローバリゼーションによって発展している国際経済主義)も、今、そのアメリカが「アメリカ第一主義・国際主義の否定」を言い出し、試練に立たされている。

とは言え、経済のグローバル化を抑制することは不可のである。人々の意見、評価、要求は日常的にそして地域や国家を超えて流通している。一つの地方や村で起こる出来事もインターネットを通じて世界に流れ、また一人の名もない市民の意見が世界の人々に伝えられる。あらゆる情報が社会化、経済化される。そして、それらの情報が商品化され、そのニーズに合わせてビジネスが生まれる。これが高度情報化社会によって生じている新しい文化、社会、経済活動である。21世紀は経済、文化、政治活動の国際化が急激に進行する。

多くのアジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々の人々、豊かな経済文化を知らなかった人々が、インターネットを通じて、先進国の豊かな社会を日常的に見ることができる。そして、それらの経済後進国で経済発展に向けた巨大なエネルギーが沸き起こる。帝国主義の時代に国家や民族を守るためにその国のエリートが選んだ国家指導型資本主義は、21世紀になって、そのひな形中国人民民主主義共和国の奇跡的な経済発展のモデルを、それぞれの国家の実情、地政的環境、歴史文化的環境に合わせ変化させ、多様な形態に発展するだろう。

21世紀の国際社会を特徴付ける「多様な資本主義国家の形成」に関する理解を進めるために、また、それは「多様な民主主義国家の形態」の理解に繋がる課題を含むため、そして「人権」が「先進国が発展途上国の政治指導者の攻撃の材料となり、「人権擁護」を謳いながら繰り広げられる「侵略戦争」の仕掛けを事前に見抜くために、多様な資本主義経済や多様な民主主義社会形態の基本的課題を「多様な近代化過程」の課題として、理解しようと思った。



2、三つの工業社会化過程からの分類


今、多くの国家が存在している。それぞれの国家を社会主義経済圏と資本主義経済圏とに二分していた冷戦当時の理解は今日通用しない。それらの分類を、北朝鮮や国王支配のサウジアラビア王国やイランのような宗教国家もあるために、多様な資本主義論で纏め上げるのにも少し困難を感じる場合があることは避けられない。

多様な国家形態を分類する切り口として、資本主義経済論(自由市場経済、私的生産手段の所有権、経営的利益追求権)の視点から分析するのではなく、その資本主義経済を構成する三大要素に関しても、それらの程度差が多様に存在することを前提にし、資本主義経済過程の程度を多様な国家の分類の物差しから外し、寧ろその一部として。

最も基本となる評価の基準を「近代化過程」つまり「近代化の第一段階過程」として一次産業から二次産業への産業構造の変化、工業生産力の程度に置いた。イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギーや米国等、欧米列強であれば、産業革命から重工業生産体制が発達しった19世紀、それより遅れて近代化を進めた日本、ロシアであれば19世紀末から20世紀初頭、20世紀中期まで列強の植民地となっていた国々、韓国、中国、インド等であれば、20世紀後半を重工業産業の発展期、つまり近代化の第一段階の事例として示すことができる。

ポスト工業社会は20世紀後半のアメリカを中心とする欧米日本で起こる。これを近代化過程の第二段階、もしくはポスト工業社会と呼ぶことができるだろう。この時代を迎え、国際資本主義経済体制が生まれ形成されてきた。資本主義経済の進行状況を基準にして世界の国々を評価分類しるなら、アフリカやアジアの発展途上国を代表とする前工業経済過程の国家群、タイやブラジル、ポーランド、ロシアなどの経済振興国を代表とする工業経済過程の国家群と、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、日本、韓国、ポスト工業経済過程(情報産業、知識産業、ロボット、AI等の産業形成)の国家群に分けることが出来るだろう。中国は、工業経済過程の国家群からポスト工業経済過程の国家群へと移行していると考えられる。

経済の近代化過程とは、第二次産業である工業生産の進化過程である。つまり工業生産が、手工業生産、機械製工業生産、重化学工業生産と進化する過程を意味する。経済のポスト近代化過程とは、所謂、第三次産業が生産の中核になる時代を意味する。このポスト近代化過程では、まず第三次産業、サービス生産の進化過程が生まれる。流通サービス生産、事務サービス生産、観光サービス産業が発展し、それら生産様式が進化する。その進化を支えたのが情報工学を代表とする先端技術である。情報技術を進歩によってロボット等の情報工学産業、遺伝子技術産業、インターネットを活用した高度情報交換サービス産業、AIを活用した新しい情報処理や知的作業処理産業が形成発展している。これらのポスト工業化・先端技術産業は新しい経済システム、グローバリズムと知識を資源とする第四次産業が生産の中核になる社会を構築しようとしている。
A、前近代化過程 農業、林業、漁業等の一次産業中心、手工業社会
B、近代化過程 重化学工業社会化
C、ポスト近代化過程 情報化社会、


3、多様な経済制度の近代化過程の分類


資本主義経済


多様な国家の形態を資本主義経済の発展の度合い(レベル)で評価、分類するために、まず、資本主義経済を以下の概念で定義する。
1、一つは自由な経済活動、つまり流通の自由や労働や商品市場での自由な交換活動、
2、不動産、動産、及び知的な私的生産手段の所有権、
3、企業活動におる自由な経営的利益追求権
簡単に以上三つの経済行為を原則として資本主義経済活動は成立している。

これらの三つの経済行為がすべて満足されているかどうか、それらの行為の充足状況を基準にすることで多様な資本主義国家の形態を分類することができる。すでに、B.Amable の「資本主義の多様なモデル」で分析・分類された資本主義経済の多様な形態を参考にしながら、以下のように、分類を試みた

A、君主制国家指導型資本主義経済 戦前の日本、サウジアラビア王国、
B、社会主義政党・国家指導型資本主義経済、中国、ベトナム、キューバ
C、軍事政権指導型資本主義経済、エジプト、イラク、
D、国家指導型自由主義経済 軍事政権下の韓国、戦後から高度成長期までの日本 
E,自由主義経済 欧米諸国
F,社会民主主義政権指導型資本主義経済、北欧

社会主義経済


社会主義経済も経済の近代化過程で歴史に登場した経済システムである。社会主義経済は、資本主義経済が原則としている自由な経済活動によって生じる社会矛盾に対する経済的制度的な問題解決方法を提案しながら登場した。つまり、社会主義経済の定義を述べるなら、経済活動の自由よりも経済活動の社会的平等を重視し、その社会平等を原則にした経済制度を構築した。

以下、簡単に社会主義経済の定義を行う
1、生産関係の平等の原則、賃労働関係の否定
2、生産手段等の私的所有権を認めない
3、企業活動は社会全体の利益を求めて行われる
簡単に以上三つの経済行為を原則として資本主義経済活動は成立している。

すでに、旧ソビエト連邦の崩壊によって、社会主義経済の有効性は否定され、また、中国を始め政治的には社会主義国家を名乗る国々も、資本主義を導入し、社会主義経済を修正している。

. 社会主義経済 (国営企業中心)旧ソビエト連邦、北朝鮮
B、修正社会主義経済 資本主義化 中国、ベトナム、キューバ

以上、経済の近代化過程として資本主義経済と社会主義経済について述べた。この分類によって、北朝鮮を現代社会の多様な国家群の一つとして分類し、また、中国を代表する、一党独裁の社会主義資本主義政権化で推し進めている国家、国有企業と民間企業が共存しながら国家指導型で資本主義経済化を進めている社会主義経済国家に関しても分類が出来る。

4、多様な政治体制の近代化過程 民主主義政治


政治の近代化はフランス革命の三つ理念である自由、平等、人権(博愛)の確立と形成発展によって成立する。自由の概念は、個人の思想信条を重んじる自由主義として理解される。また平等の概念は、社会的平等を重んじる民主主義として理解される。さらに博愛は、人の生存権や人権を重視する人権思想として解釈される。

政治の近代化とは、国民主権を目指す過程を意味する。つまり、封建社会では政治権力は生まれながらにして与えられた権力者によって独占されている。政治の近代化とは政治権力がある特定の家族によって独裁継承されることのない体制を意味する。その体制では国王、皇帝、君主が個人的に権力を持つ。権力と個人が不分離な状態にある。つまり、そのためには、政治権力を持つ機能、その運営が国民によって点検され、選択されることが前提となる。選挙制度を持たない社会は、政治の近代化が行われていないと言える。

サウジアラビア王国を代表とする王族独裁国家は近代国家ではない。しかし、国王を国家元首としている国家、また戦前の日本のように天皇が国家元首であった国家も封建国家と違い、憲法がある。国王も天皇も憲法の規定によってその権力を与えられている。その意味で、封建時代の君主や国王とは異なると言える。法の支配によって国王が権力を与えられている国家は封建国家ではないが、しかしこれらの立憲王政や立憲君主制の国は、前近代的な国家であると言える。

また、中国のように共産党独裁の国家は、政治指導者は王族の家系継承者ではないが、国民全体で政治指導者を選ぶ選挙制度はない。つまり、ある特定の思想信条を前提にして選ばれた人々・共産党員の中で政治指導部が選ばれる。その意味で、前近代国家であると言える。

また、国家の理念を謳う憲法では国民によって政府は選ばれるとされながらも軍事クーデターなどで軍部が事実上独裁を続けている国がある。例えばエジプト、タイ、アフリカの軍事独裁政権等々。それらの国も、制度的には近代国家であるが現実的にはは上記した共産党独裁国家と同じように前近代国家と分類できるだろう。

政治の近代化が進んだ国家、欧米先進国を、私たちは一般に民主主義国家と呼んでいる。これらの国家を条件づけるものは、国民主権を謳う法による支配、国民による選ばれた代理人による立法活動、その立法に即して国家の機能を維持運営する行政機能、法の支配を維持するための司法機能、さらに国民主権の法の支配の下で機能する軍隊、警察機能がある。

最近、イギリスのEU離脱を巡る国民投票で国民主権・民主主義に基づくイギリスの政治を観ることができた。EU離脱交渉を進めている保守党のメイ首相は2016623日の国民投票の時点ではEU離脱派ではなかった。EU離脱を決定した国民に政治的判断に即して今日まで粘り強くEUやイギリス議会でEU離脱の条件に関して話し合いを進めている。メイ首相自身の政治的意見ではなく、国民が選んだ選択を最後の最後まで尊重し、それが仮に合理的な判断でないと首相自身が理解していたとしても、彼女の政治行動はあくまでも国民投票の結果に対して誠実な姿勢を取っている。保守党の党首メイ氏のこのぶれない一貫した姿勢にイギリスの民主主義政治文化の奥深さを感じる。

その点で謂えば、224日に行われた辺野古米軍基地の埋め立て賛否を問う沖縄県民投票の結果に対して、安倍政権が取った姿勢はイギリスの保守政党のそれとはまったく正反対であった。国民主権国家であるなら、選挙結果が法的な強制権を持たないとしても、その結果は沖縄県民(日本国民)の意見である。その結果を無視することは、沖縄県民の願いを無視することと言うだけでなく、国民主権国家の理念を無視する、重大な憲法違反の行為であることは言うまでもないだろう。少なくとも、政府は辺野古米軍基地建設を中止し、その意思を米国に伝え、米国との交渉を行うこと、もしくは、他の解決策を摸索する誠意を示すことが必要であろう。その意味で、日本は政治的な近代化、民主主義の形成に関しては欧米先進国に比べ非常に遅れている国であると言える。

A、前近代的政治体制 立憲王政 サウジアラビア王国
B、前近代的政治体制 一党独裁体制、中国、キューバ、ベトナム、
C,前近代的政治体制 軍事独裁体制 エジプト、アフリカの諸国、タイ
D,近代的政治体制 国民主権 一党長期政権体制 日本、ロシア
E,近代的政治体制 国民主権 政権交代政治体制 欧米、オーストラリア、ニュージーランド、韓国


5、多様な文化の近代化過程 人権主義文化


人権主義を最も侵害する行為は暴力である。最も巨大な暴力とは戦争である。戦争は無条件に人命、生活環境、財産を奪う。平和時に殺人や強盗は刑罰の対象となるが、戦争では敵を殺し敵の社会を破壊すことが当然にように行われ、その殺人や破壊は名誉な行為として評価される。人権を語る時、その国家が行う殺戮や破壊行為に対して批判が起こることは当然のことでる。

戦争、民族浄化(ジェノサイド)、テロ、殺人、暴力、差別、ハラスメント等々、命を奪い、財産を破壊し、身体を傷つけ、社会的立場を奪い、生活環境を破壊し、生活の糧を奪い、働く場を取り上げ、人間としての誇りを傷つけ、ことばによる暴力、偏見や差別等々、それらのすべてが人権を守る行為に反するものである。戦争からいじめやハラスメントまで、人々は非常時や日常時に常に人権を脅かす出来事に出会いながら生きている。

民主主義文化の究極の課題は人権主義文化の構築である。その意味で、軍事力によって国際的な紛争の解決を行うことが現実の紛争解決の最も一般的な政治手段となっているこれまでの歴史や現在の世界では人権主義とは絵に描いた餅のように言われるだろう。最も現実的な紛争を解決する政治的手段として軍事力の保持が言われ、そのために、より強い軍隊、より進んだ軍備が求められる。

現実の政治の現場では、理想的な平和主義は、実際の問題解決力を持たない考え方であると一言にして否定される。確かに、現在、日本が最も安価にしかも有効な防衛力を持つという課題を解決するとすれば、「ミサイルと核装備」が最も安上がりで有効な方法であることは言うまでもない。そしえt、その論理はすべての国にそのまま応用される。すべての国が、強大な核兵器の破壊力を防衛のための手段とするなら、簡単に核兵器が使われることになるだろう。

文化の近代化として人権文化は、その進化は、すでに上記した経済制度の近代化過程や政治体制の近代化過程に付随して、進化している考えられる。経済的豊かさいこそが、人権文化を醸成する土壌となり、また、政治制度の近代化が進まない限り、人権文化は現実の社会に根を下ろすことはない。その意味で、経済や政治の近代化過程の分類をそのまま、人権文化の進化、つまり文化の近代化過程に援用することが出来る。

A、前近代的人権主義文化 立憲王政 サウジアラビア王国 
B、前近代的人権主義文化 一党独裁体制、中国、キューバ、ベトナム、
C、前近代的人権主義文化 軍事独裁体制 エジプト、アフリカの諸国、タイ
D、近代的人権主義文化 国民主権 一党長期政権体制 日本、ロシア
E,近代的人権主義文化 国民主権 政権交代政治体制


参考
公益資本主義  https://ja.wikipedia.org/wiki/公益資本主義



国際シンポジウム「アジア資本主義と公益資本主義」

持続可能な経済システムとは何か


多様な資本主義の形態に関する研究を基にしながら、現在のアメリカを中心とする国際金融資本主義、さらには中国に代表される国家資本主義の在り方を理解し、21世紀の持続可能な経済システムとしての資本主義の在り方を摸索する国際シンポジュームをHyunChin Limソウル国立大学名誉教授を招待し、また公益資本主義研究会の丹治幹雄氏を招き、昨年、2018年12月18日に開催した。すでに終わったこのシンポジュームの意味を再度確認するために、ブログで紹介する。


政治社会学会(関東政治社会学会)と公益資本主義研究会


主催:関東政治社会学会
後援:合衆国公益法人 アライアンス・フォーラム財団

日 時:平成30年12月18日(火)13時30分~16時30分
会 場:専修大学神田校舎7号館8階782教室 https://www.senshu-u.ac.jp/access.html
参加費:2000円(資料代を含む)

【趣旨】歴史的にみると、最初の5世紀(1,000-1,500 A.D.)は、アジアがヨーロッパに優っていたが、それに続く最近の5世紀(1,500-2,000 A.D.)は、北米とリンクしながらヨーロッパがアジアを凌駕してきた。しかし、2000年代に入り、中国の急速な台頭で、欧米優位の考え方に、疑問を挟む議論がにわかに浸透してきている。とくに欧米型の資本主義モデルに追随してきたアジア諸国にとってみずからの経済発展を独自の視点から改めて評価することが求められようとしている。言うまでもなく、アジアで最初に経済成長を成し遂げた国は日本であるが、その後、五龍(韓国、台湾、香港、シンガポール)が、さらには五虎(タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ヴェトナム)が経済発展を成し得たことは周知の事実である。これに中国とインドのグローバルな台頭を考えれば、「アジアの世紀」が再び台頭してきたと考えてもおかしくない状況下にある。しかしながら、このようなアジアの資本主義と言っても、その中身は多種多様であり、Hyun-Chin Lim教授が指摘するように、比較パースペクティヴなアプローチから、その共通性と多様性、つまりアジアで何が起こっているかをまずは理解する必要があろう
 さらに、このようなアジア資本主義という視座に立てば、当然、わが国や中国で注目を浴びてきている、原丈人氏が唱道する、「公益資本主義」に言及せざるを得ない。アメリカ型「株主資本主義」を批判し、株式会社は、決して株主だけのものではなく、従業員や顧客、仕入先、地域社会、さらには地球全体などを含めた、マルチステークホルダーのためのものであると説き、「公益資本主義」とは、松下幸之助の言う「企業は社会の公器」であるという概念に集約できるものであるという。その言葉に、現在の日本経済に漂う経済的閉塞感を断ち切ってくれるものとしての国民の期待感も強い。経済成長との関連性など、日本発の「公益資本主義」の特色は一体どこにあるのか、幅広い立場から改めて「公益資本主義」を考察してみたい。
(文責・荒木義修)    


【プログラム】(使用言語 英語)
  
開会挨拶 原田博夫(関東政治社会学会会長、専修大学経済学部教授)
  
司  会  三石博行(前政治社会学会理事長、NPO太陽光発電所ネットワーク副代表)
  
講 演  HyunChin Lim 先生(ソウル国立大学アジアセンター創設所長、名誉教授)
        「アジアの資本主義をいかに研究するか」
     通訳 三石博行

講 演  丹治幹雄(アライアンス・フォーラム財団理事、公益資本主義研究部門長)
        「公益資本主義と経済成長」
<休憩>
  
討 論  井出亜夫(JCMS㈱ アジア交流塾塾長、元経済企画審議官
討 論  原田博夫(関東政治社会学会会長、専修大学経済学部教授)

<質疑応答.>

閉会挨拶 荒木義修(法学博士、政治社会学会・公益資本主義専門部会長、A・アソシエイツ研究所)