2019年3月4日月曜日

設計科学としての生活学の構築(1)


人工物プログラム科学としての生活学の構築に向けて - 


三石博行

序文


生活学は、社会学的、工学的、医学的、法的、経済学的、文化的、芸術的、倫理的な学際的視点から生活環境の改善と生活様式のよりよいあり方を設計する総合的人間の学である。21世紀は、すべての科学が生活を課題にする時代である。その意味で、生活学は21世紀の人間と文化の学であるとも言える。そのことを、今から約3世紀半前に予言したのは、近代科学思想を提案したデカルトであった。デカルトの言う「知恵の木」の枝に実る果実こそ生活世界の科学・生活学であるとも言える。

生活の材料(物質的生活資源)に関する学問は生活科学(Home Economics)として、20世紀の後期にアメリカで形成された。その基礎理的な理論は物理、化学や生物学等の自然科学である。生活資源の物性やそれを生成する化学反応過程を分析的に理解する方法が用いられた。食物や衣服素材等の生活を支える材料を科学的に解明し、分析することで、より合理的な生活素材の活用の仕方を工夫することが出来る。有機化学や生物化学を応用することで、栄養科学や食品科学は飛躍的に進歩した。生活科学は、理学、工学、医学や農学的な自然科学の知識を総合的に取り入れながら、新しい学問分野、食品・栄養学、被服材料学、洗濯の科学、生活工学、住宅素材学、住宅設計学等々の新しい分野を開発してきた。

他方、合理的な生活経営に関する学問・生活経営学(Home Economics)は、上記した生活科学の一部としてアメリカで生まれた。また日本でも、今和次郎によって生活文化や生活習慣、生活行為に関する学問として生活学が創られた。これらの学問は、社会科学、文化人類学、人間学的な視点から生活文化、生活様式や生活行為に関する研究を行ってる。しかし、ここで私が述べる生活世界の科学・生活学とは、生活の材料(物質的生活資源)に関する生活科学と生活文化や生活行為に関する生活科学を総合した学際的な学問を意味している。

被服生活を例に取っても、被服の材料、被服デザイン、被服の健康や医学に関する課題、被服の整理、洗濯に関する研究、そして被服の製造や加工、リサイクル、伝統被服の歴史的研究、被服の民族学、文化人類学、風俗学的研究、更には情報化文化や社会での被服文化等々、その研究の課題は文化的、社会的、経済的、歴史的に多様なものとなる。この様に、生活世界の科学、生活学とは生活の物質的材料(素材)や生活作法(様式)、生活生態文化的環境、生活社会経済的環境、生活行為主体の精神文化的環境に関する学問、つまり学際的総合科学である。

さらに、21世紀の高度科学技術文明社会の中で、生活学はさらに劇的に進化しつつある。情報社会の生活環境では、生活情報が重要な役割を果たす。またその社会は莫大な生活情報を生み出す。つまり人々は生活するために必要な生活情報を選択し、また生産しながら生きなければならない。生活情報の本質を情報科学や文化記号学の視点から理解しなければならない。、生活の科学として生活情報学が新たに加わることになる。生活情報学は、情報処理やインターネット工学を土台とした生活情報処理技術や知識、さらにはインターネット情報で氾濫する生活情報の正しい選択を学ぶための情報倫理学、情報社会学、そして情報の本質を理解するための文化記号学等々の学問によって構成された学際的総合科学として発展することになる。

これまで、生活習慣病は食生活や住生活環境によって引き起こされる病気として理解されていた。この生活習慣病に引き起こす生活文化的要因を分析し治療する学問を今和次郎は生活病理学と命名した。今和次郎が生活病理学を創設した時代の生活病理の原因は、古い生活習慣や貧困な生活環境であった。生活病理学の課題は生活文化の近代化、古い生活習慣からの脱却、生活環境の改善であった。

しかし、現代社会では生活環境は改善し、生活文化は豊かになった。今和次郎の指摘する生活病理要因は消滅したのであるが、同時に、新しい生活病理の要因が生まれ、それによる新しい生活習慣病、肥満やインターネットやゲーム依存症が発生している。それらの生活病理の治療のために社会心理学、児童心理学、発達心理学、認知科学、臨床心理学、精神医学、脳科学、精神分析学などの新し学問分野の研究成果が応用され、生活学の学際的領域は更に拡大し、現代社会での生活世界の科学を発展させている。

このように、生活学はその形成期から文理融合型、学際的総合科学であり、時代と共に進化する問題解決型の学問である。生活病理を理解するために全ての分野の学問を援用し、その治療のために活用する。その学際的な問題解決学の中で、生活文化環境に関する時代的、文化的な解釈が積み重ねられ、その解釈は実際の生活課題の解決に有用であることを持って点検される。問題解決力のある実践的な解釈が生活学の理論として成立する。

しかし、それらの理論は生活文化環境が時代や文化的環境によって変化し続けるために、物理学のように普遍的な科学理論として成立することはない。こうした学問を吉田民人は「プログラム科学」と呼んだ。現在の生活風俗や文化を構成する生活様式や生活材料(生活素材)を研究する方法とした今和次郎の考現学が有効である。つまり、考現学とは、現に今存在する生活環境(生活素材と生活様式)を研究の対象とする学問方法を意味する。

生活環境(生活素材と生活様式)が文化的社会的な産物であり、その産物を構成している生活機能と生活構造と呼ばれる生活世界を人工物プログラムとして理解することで、生活世界の科学をプログラム科学として解釈できる。この生活学の再解釈によって、生活環境を構成するプログラムの解明が生活学の課題となり、生活病理を生み出すプログラムの分析が可能となる。生活病理への対処療法は、病理現象を起こすプログラムを解明し、それを改善すること、つまり改善された生活素材や生活様式のプログラムで生活環境と生活主体(生活者自身の生き方)を再設計することを意味する。

従って、この小論では、生活世界の科学は、生活文化環境と生活主体を構成している機能や構造に関するプログラム科学であり、それらの問題(病理現象)に対して実践的な問題解決を行う新しい学際的総合科学、設計科学であること、現代社会の生活文化の問題解決学として設計科学としての生活世界の科学、生活学の成立条件について述べる。

つづき



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