2019年3月13日水曜日

人間社会科学の成立条件(5)


反科学と反科学主義の思想の歴史的背景(1)


近代科学の形成 


近代科学を考える時、その科学を生み出した二つの方法論「帰納法」と「演繹法」について簡単に述べておく。

「帰納法」は「知は力なり」ということばで有名なイギリスのフランシス・ベーコン(Francis Bacon15611626)によって提案された。ベーコンは、個々の実験や観察結果を整理し集計しながら規則性(法則性)を見出す帰納法の考え方を提唱し、実験科学によって成立する近代科学の方法を確立した。

「演繹法」は、フランスのルネ・デカルト(Rene Descartes,15961650)によって提案された。デカルトは近代科学の基本を成す四つの規則を書いた。一つは物事を徹底的に疑い「明証性の規則」、二つ目は物事を構成している要素を分析的に分ける「分析の規則」、三つ目は、最も細かく分析された単純な要素によってより複雑な世界を構成する「総合の規則」、そして最後の四つ目は、分析された要素によって総合された結論を検証・再検討する「列挙の規則」である。明晰判明な概念として確立されている公理や定義を基にして複雑な世界を証明する数学の方法が演繹的な近代科学の代表となる。

ガリレオによって、落下の法則は実験を通じて帰納的方法で見つけ出された。その法則をより普遍的な引力の法則として数学的表現(演繹的表現)によって、ニュートンは力学(物理学)を確立した。1617世紀のヨーロッパで生まれた新しい自然の摂理を知るための方法「帰納法」と「演繹法」によってニュートン力学に代表される近代科学が形成された。この近代科学を生み出した「帰納法」は経験主義、経験哲学として近代科学の方法論の基本をなし、また「演繹法」は分析・総合的方法、「近代合理主義」として近代科学のもう一つの基本をなしている。これらの近代科学が目指す課題は、宇宙の真理、つまり神の証明であった。中世まで続く神学の課題、神が支配した宇宙の原理を求めた自然哲学、物理神学の精神を引き継いでいた。近代科学は、物理神学者、コペルニクス、ブルーノから近代実験科学の父と言えるガリレオへと引き継がれ、その地動説を命がけで支持したデカルトを生み出すのでる。


科学主義の形成とその宿命


近代科学はニュートン力学によって完成した。力学は宇宙の普遍的概念としてだけでなく、工業や運送技術へと応用され、最も合理的な力の活用、つまりエネルギーの経済的利用を可能し、それを活用した技術によって産業を形成した知識でもあった。新しい経済活動を土台にして新興した市民層によって、古い中世的な世界観から新しい思想、「啓蒙思想」が生まれた。啓蒙思想はニュートン力学の有効性を社会に広め、より合理的・実践的な知識を土台にした社会発展を目指す運動であった。自由や平等、人権の新しい社会思想が生まれ、資本主義経済が発達した。

力学は物理神学の伝統、神が支配した宇宙の原理の追求から、新しい階級、市民層の社会経済政治的力の道具(方法)となった。自然科学を代表する物理学や化学は産業革命、資本主義経済の発展に力となり、自然科学的知が最も有効な知であること、その知の在り方(科学的方法)に即して世界や社会を理解することが最も有効であることが社会的理念として確立し始めた。この理念を科学主義と呼んだ。

神が支配した宇宙の原理を求めた中世の自然哲学、物理神学の精神を継承している近代合理主義と合理性を科学的知識の実践的力として解釈した科学主義は異なる思想である。しかし、物理学を、宇宙を支配する神の法則を知るため学問であるという考えは、今日の物理学者の中でも生きている。例えば「神はサイコロを振らない」と言うアインシュタインのことばは、仮に、粒子の運動量と位置は、同時に正確には測ることができないと言うハイゼンベルクの不確定性原理への批判であっても、物理学を宇宙・神の真理の探究の学として考えている。

皮肉にも、物理神学者アインシュタイン「エネルギーを質量に光の速度の二乗で表現した関係式」は人類を絶滅させる核兵器の開発の基本的理論となる。アインシュタイン自身、科学の力を最も有効に活用した兵器の開発を提案し、参加するのである。現代の科学技術は、哲学的な探求、法則の探究として成立することは出来ない。現代の科学研究、応用科学は当然のことながら、理論科学にしても、社会経済の発展のために18世紀以降の科学技が進歩したという歴史的事実を否定して、成立していない。科学主義は、現代科学技術に奥深い浸透し、その人類への貢献と人類破壊への負の遺産を同時に作り続けている。


0 件のコメント: