災害に強い国を作る(1)
三石博行
日本の自然生態環境と多様な地域社会性を持つ伝統的生活文化
日本の歴史を観ると中央集権政治が成立したのは奈良平安時代と明治以後の時代である。それまでとその間は地方にそれぞれ独立した政権があった。もちろん、江戸時代は将軍が全国を支配していたが、地方にいた諸大名は自分の領地を持っていた。その領地内で独自の政治が営まれていた。
この歴史的で伝統的な日本社会のあり方にはそれなりの理由がある。その理由の一つに日本の風土や生態系の特徴を挙げることができる。
つまり、日本は海に囲まれ、南北に長く、平野は少なく、殆どが山地で出来ている地形をした島国である。しかも、南から北まで、つまり亜熱帯から亜寒帯までの気候で、雨量が多い。川が至るところに流れ、山は森林に覆われている。そうした日本の自然生態環境がそこに暮らす人々の生活文化を規定してきた。
豊かな自然、温暖多雨な気象条件、森、水や太陽に恵まれた日本では、山地を隔ててそれぞれの地域で独自の農林水産業が成立してきた。つまり、それらの隔離した自然生態環境で、独自の生活文化圏が発達した。
海によって隔てられた地形、つまり九州、四国、本州と北海道の四つの島、それぞれの島の中央を走る山地や山脈によって区分された地形と共通する気象条件の地域、つまり山陰、山陽、関西、北陸、中部、東海、関東、東北日本海側、東北太平洋側と大きく区分される。これらの区分は、古代から存在している。そして中世(平安から室町時代)や近世(江戸時代)まで続く。
日本の生態環境が日本の伝統文化や古代からの生活や経済活動の基盤となり、日本の社会を構築する基本的な要素となったと言える。この日本の生態環境が江戸末期まで続いた日本の多様な地方経済文化の基本的要因であるとい考えられる。
近代化政策としての中央集権国家
この伝統的な地域の区分が崩壊しはじめたのは明治に入ってからである。欧米列強の植民地にされないために日本は近代化を猛スピードで進める必要があった。そのため、絶対君主制(天皇制)による一つの司令塔で動く近代日本が必要であった。その政治体制(軍隊と官僚組織)を作り、国営企業を興し、日本国民と国土のすべての力を集めて、統一国家日本をつくってきたのである。
戦後も政治体制は基本的には戦前と同じであるといえる。つまり、中央官僚によって経済社会発展のための行政を推進してきた。その中心が東京であった。日本の高度経済成長は、中央集権化した政治体制によって可能になった。つまり、明治以来の近代化推進に必要とされた優秀な官僚機構の役割によって、日本は目覚しい発展を遂げたとも謂えるのである。
近代化政策の成功によって、自由主義経済、つまり資本主義経済は発展し、民主主義が大衆文化として根付く。その結果、経済界が次第に力を持ち、世界的な企業が数多く生まれ、日本経済の成長発展を牽引していく。そして市民は自分たちの政治的主張を行い、地域社会では市民の自由な政治や文化活動が生まれる。自由が人々の生活文化の中に浸透することによって、古い共同体は崩壊し、村落共同体的な町内会などの運営は出来なくなる。
近代化政策は日本を欧米と同格の発達した資本主義国家にした。それと同時に、伝統的な共同体社会は解体されたとも言える。
都市集中化による地方経済の崩壊
強烈な中央集権政府によって効率良く国家運営が可能になった一方、首都を含めた三大都市近郊への人口の集中は著しく、2010年には東京都の人口は1300万人(日本全体の約10分の1)が居住し、東京都のGDPは92兆円と日本全体の約5分の1を占めている。(1)
「総務省が2007年8月2日に発表した07年3月末時点の人口調査で、東京圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)、名古屋圏(愛知、岐阜、三重)、関西圏(京都、大阪、兵庫、奈良)の3大都市圏の人口が初めて総人口の半数を上回った。総人口は1億2705万3471人で06年同期より1554人減り、2年連続で減少した。また、仙台市の人口が100万人を超え、全国で人口100万人以上の都市は11市になった。」(2)
つまり、現代の日本は人口、企業活動や大学などの教育機関が東京圏、名古屋圏と関西圏の三大都市圏に集中しているのである。地方の過疎化は都市への人口移動と少子化によって益々深刻な状態になりつつある。そのため、地方では交通機関(鉄道やバス)、学校、医療機関、生活道路や農業用水等々の社会資本の維持管理が困難な状態になろうとしている。この社会資本の機能不全は、さらに地方社会の経済的基盤を根底から弱体化させようとしている。
この産業や行政機能の都市集中型社会の形成は、生産効率を上げるために形成されたものである。一箇所に行政、生産、運輸、公共サービス、教育、商業等々の社会機能を集中することによって高い生産能率を獲得することが可能になるのである。そのために産業は都市化を行い、都市環境が産業活動の必要条件となるのである。この産業化社会の進化した姿として、人口の半分が三大都市に集中し、11の100万都市を含めて日本の人口の6割が大都市に居住しているのである。
この生産拠点の集中化によって高度な経済発展を遂げた今、その集中化による弊害が生じようとしている。その一つが、地方経済の疲弊である。さらにもうひとつは、国の危機管理問題である。今回の東日本大震災の二次災害、東京での停電問題は、その一例である。災害に対する国の危機管理体制を考える場合に、経済や政治機能の東京集中型の体制を検討し、最も現実的な解決政策を模索展開することが求められている。
地方分権制度を構築する困難な課題
今後、今回のような巨大災害が首都東京を襲う可能性は否定できない。関東大震災のような直下型地震が首都を襲うことで、政府機関、企業本社が東京圏に集中している日本では、今回の東日本大震災での長期停電が生じた場合を想定すると、非常に大きな経済的打撃を受けることになる。そこで、生産拠点の地域分散化対策が考えられる。
しかし、上記したように生産効率から考えると生産拠点の分散化には緻密な計画が必要となる。つまり、地方を活性化するために、色々な産業を地方に誘致するにしても、誘致される産業が地域社会でより高い生産効率を維持できるように、国全体の産業、流通、行政サービス等々の総合的な地域活性化政策を打ち出さなければならないだろう。
ここで、地方分権の問題が提起される。この課題は、現在の日本にとって進めなければならない課題であるが、地方分権を道州制の地方分割の行政システムの導入に関する形式論議論、つまり地方行政区間の再編成問題にしてはならない。地方分権の目的を明確にし、国家の危機管理のための体制と地域社会の活性化に必要な地方行政の権限の拡大の内容を検討しなければならない。
と同時に、前記したように圧倒的に東京圏に集中したGDPを考えるなら、地方分権の強化を進めることと、例えば地方自治体が納税収入を管理し、その一部を国に支払うという制度を導入したとしても、東京圏に集中する納税収入(法人税のみ、つまり住民税ではない部分)を段階的に地方行政の財源として保障しなければ、ならないだろう。
つまり、地方分権を導入するためには、多くの困難な課題が存在しているのである。政府も2007年に地方分権改革推進委員会を作り、多くの専門家を交えて審議を重ねている。委員会は会議を重ねながら、内閣総理大臣に対して4つの勧告と2つの意見を提出している。(3)今後も、学会、大学研究者、シンクタンク、企業研究所等の多くの専門家による意見を集め、検討を重ねなければならない。
地方分権化初期段階で最も配慮しなければならない課題は財政問題である。つまり、地方分権化を地方財政の確保を前提にして進めなければ、都道府県知事は二の足を踏むに違いない。
21世紀の災害に強い国家と地方分権へ道筋を立てる・政策構想
地方分権制度を行うためには、まずその制度が国家戦略として、将来の日本の経済や社会を強化するために必要であることを十分に理解なければ実現しないだろう。例えば、その課題の一つとして災害に強い国を作るという国家戦略を明確に説明する必要があるだろう。
地方分権化は、道州制の行政システム分割問題になろうとしている。それでは本末転倒し、中央集権制度の弊害である官僚制度をそのまま道州政府に移行するだけになる可能性もある。また、役人の人数を減らすことが目的化し、地域社会のサービスの低下を招く可能性もある。従って、地方分権を行政制度の形式に関する議論にしてはならない。
つまり、原点に戻り、現在の災害に弱い国家、地方経済の貧困化を招く国家を変えるために何が必要かという課題に戻り、その課題解決を第一の目的にした議論をする必要がある。
つまり、地方分権化の必要性とは、国全体の力を取り戻すための制度作りを目的にしているのであって、その行政形態の形式を議論する前に、現在の中央集権・官僚制度で生じている地方社会での経済や社会発展を阻害するすべての要素を分析し、その要素を改善するための考え方、また規則や制度を吟味する必要がある。それらの細かい一つ一つの課題の見直しを具体的に進めるための活動が、つまり、地方分権化の活動である。
そうすれば、地方分権は中央政府の官僚機構から提案され、議論されるものではないことにまず気付くだろう。そして、地方毎に、それらの議論が始まるようにお膳立てをすることが、中央政府の役目であることにも気付くだろう。
災害に強い国を作るために地方分権化を進める
日本という国は、素早い近代化によって20世紀のアジアの国で列強欧米の植民地支配を受けなかった。と同時に欧米列強のように他のアジアの国々を植民地支配した国である。第二次世界大戦で敗北し、また原爆投下による犠牲者と被爆被害者を持つ国でもある。さらに、戦後経済復興のために農業や漁業を犠牲にしながら、水俣病を始めとする公害病を生み出した国でもある。
そして1960年代からの高度経済成長によって、1970年代に再び世界の経済強国となり、国民は豊かな生活を手に入れた。しかし、その結果、都市への人口や社会経済機能の集中化が生じた。その集中化によって生産効率を上げながらも、今、その限界に達しようとしているのである。それが、今回の東日本大震災による都市機能の麻痺となって明らかに示されたように思う。
災害に強い国を作るために、都市に集中した人口、行政、生産、教育等々の社会機能を地方に戦略的に分散させるためには何をすべきだろうか。以下、その目的と方法について述べる。
地方分権化の目的
1、 地方分権化は、地方社会の経済文化の活性化を促進するのが目的である。
2、 地方分権化は、地方行政の経済効率を上げるために行うのが目的である。
3、 地方分権化は、災害の多い日本を災害に強い国家にするのが目的である。
地方分権化作業の方法
1、 現在の都道府県の地方行政の自由度を高めるために現在の地方行政システムの範囲で可能な地方分権化のための法律や制度を国は整備する。
2、 地方分権化はあくまでも地方行政の長を中心とする委員会で行う。それら活動を国は支援する。
3、 地方分権化の具体的な地域分割(道州制導入)に関しても、地方自治体に任し、地方自治体の利益や主体性を尊重しながら進める。
参考資料
(1) 公益社団法人 経済同友会 「道州制移行における課題 -財政面から見た東京問題と長期債務負担問題‐」HP 提言・意見・報告書 2010年5月19日 KEIZAI DOYUKAI
http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2010/pdf/100519b.pdf
(2)JCASTニュース 「三大都市圏人口が全人口の半数を上回る」2007年8月3日
http://www.j-cast.com/2007/08/03010009.html
(3)内閣府 「地方分権改革推進委員会の勧告・意見等」
http://www.cao.go.jp/bunken-kaikaku/iinkai/torimatome/torimatome-index.html
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ブログ文書集 タイトル「東日本大震災に立ち向かおう」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_23.html
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2011年3月31日 修正(誤字訂正、文書追加)
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