2011年3月31日木曜日

社会資本の基底を維持する機能(文化や生活)の経済的評価を行う

災害に強い国を作る(2)

三石博行


農業資本としての土

庭で野菜を作るという家庭菜園をやっていて気付くことがある。それは野菜や花を育てるために花壇や畑の土が自然のものでありながら、人工物であると言う事だ。山土を耕し、花や野菜の植えられる環境にするために、どれだけの労力を投入したか。土を耕し、石ころを取り除き、堆肥を入れ、石灰を撒く等々、土作りに費やされた労力は莫大なものだ。

土が良くない限り、花も野菜も育たない。つまり、家庭菜園のようなレベルでの話しだけでなく、農業にとって土作りは工業で例えるなら工場を作るようなものである。農業生産の最も大切な環境が土である。土作りは時間の掛かるものである。そして非常に多くの労力を必要とするものである。

農家の人が作物を取られるよりも土を取られるのを怒ると聞いたことがあった。その意味は、土という農業にとって最も大切な資本を取られるからだ。企業で言うなら工場や事務所に置いてある会社の生産活動を担う機械や機器を取られることを意味する。倉庫においてある商品(植えてある作物)を取られるのとは違って、今後の生産活動に直接に影響を受け、会社にとっては致命的な打撃や損害となる。


生産効率を決める農地の質

古典派経済学で、「資本の本源的蓄積」と言う用語がある。資本主義経済が成立する過程における生産様式の変化を意味する。一般に、剰余生産物(余った生産物)の存在が、商品経済が成立するための前提条件となる。剰余生産物を交換すること、つまり商品が形成される。この商品生産が目的化し、商品経済は発展する。資本主義経済は、商品経済の発展によって導かれたものである。そして、商品経済は市場原理によって発展してきた。市場原理を支える社会思想が自由経済主義である。

畑の土は資本の本源的蓄積を生み出す前提条件であると言える。耕作地の土を改善すること、つまり耕作地の土が良くなることで、農業生産力は上がり農業経営はよくなる。

土は過去の農作業時間が蓄積したもの、農業資本の一つである。その過去の農作業時間は、先祖代々とか、昨年の堆肥撒き作業とか、いずれにしても過去に投入されたすべての農作業時間を意味する。

土と呼ばれる自然生態系の素材に対して、過去に投入されたすべての労働、つまり、開墾、農地化、農道整備、農地改革、耕作、堆肥作り、あらゆる農作業に人手を費やして作り出された生産手段・農地という人工的な資源が形成される。その資源価値は農業生産性によって決まる。農業経営では農地を改良し、生産性の高い農地を維持することが重要な課題となる。


社会資本の基底を維持するための経済理論はあるのか

農業経済では土のような経済活動の基盤を作るものがある。例えば、生態環境(里山とか)、家族、共同体、今回の大震災で活躍するボランティア運動などの市民運動を挙げることが出来る。しかし、それらの経済的価値の評価を厳密に(計量的に)算出することが困難であると言われている。

それは、経済的価値を算出する方法、つまりこれらの経済効果や価値に関する経済学的理論が完成していないと言い換えてもいいのだろう。

災害に強い国を考えるとき、市場経済や公共経済の考え方だけでは、国民の創意と参画による危機管理体制を考えることは出来ない。そのためには、国を運営するための経済思想をもう一度、考え直す必要がある。

災害に強い国を考えるとき、社会機能の基底を維持する機能に関する、つまり文化や生活に関する経済学の研究が必要となっていると言える。



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2011年4月5日 修正(誤字)






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