現代社会での危機管理(2)
三石博行
民間企業の安全管理と危機管理の論理
前節で、災害後の対策・危機管理と災害前の防災対策・安全管理の違いと、その二つの連関性について述べた。つまり、危機管理は安全管理の延長線上に存在しないことや安全管理が崩壊した後に設定される対策が危機管理であることが確認できた。
以上の前節で述べた危機管理対策を導く理論として、二次災害防止対策、三次災害防止対策と危機管理に含まれる安全管理を支えている社会経済学理論は、前章「現代社会の安全管理」で述べた市場経済や公共経済の原理を適用することが可能であると考えられる。
例えば具体的実例を挙げながら、火災事故を想定した企業(製造業)の危機管理について考えてみる。A製造会社では火災を起こさないための安全管理と危機管理を行っている。その場合の安全管理は、漏電、防熱、発火危険物等、出火要因への防火対策と職員の避難体制(火災被災者への安全対策)である。
危機管理は、出火後の対策で消火設備、消防、警察への緊急連絡体制、火災に巻き込まれた職員の救出や救援体制、貴重な資料や施設等の避難体制、近隣の企業や住宅への火災拡大防止体制がある。危機管理は被害者救助と二次災害の防止に大きく分類される。
更に危険物を取り扱う企業の場合には、二次災害発生後の危機管理体制を考えなければならない。つまり、それらの安全管理や危機管理の具体的内容は企業によって異なる。
中小企業の場合、安全管理や危機管理システムは、主に、防災、犠牲者救済、二次防災のシステムが検討され、そのシステムはそれぞれの企業経営の中でコスト計算された予算によって造られる。労災保険、生命保険、災害保険への加入(掛け金の支払い)、安全施設の設置、防災訓練、二次災害防止対策等々への経費負担が生じる。それらの経費は企業の経営規模によって異なる。
つまり、個々の企業が投資する防災・安全施設の設置内容は市場経済によって決まり、また負傷者や犠牲者家族の救済制度は公共経済(労災保険制度)によって決定されている。
国や地方自治体の義務・社会インフラの安全管理や危機管理
大規模災害を引き起こす可能性のある企業、例えば東日本大震災(東北関東大震災)の二次災害として発生した東電福島第一発電所、石油コンビナート、鉄道等の社会インフラの事故は、その企業の生産システムへの被害のみでなく、社会全体へ大きな被害を与えることになる。
従って、これらの社会インフラを支える企業の防災(安全管理)や危機管理に関して、企業にその対策を一任する訳には行かない。国家や地方自治体は法的にそれらの企業の安全管理や危機管理を点検する権利があり、それらの企業は国家と地方自治体に対して重大災害防止への対策の法的義務を持たなければならない。
換言すると、それらの事業は公共事業として運営されるべき内容を持っている。つまり本来なら、国や地方自治体が行う事業である。しかし、これらの事業の多くは、現在、民営化されて来た。その結果、自由主義経済の利点を活かしてより効率よく事業が運営されている。しかし、それらの企業が担う公共的役割はそのまま存続し続ける。そこで、国家や地方自治体は、それらの企業が引き起こす社会全体への負の影響、つまり事業の安全・危機管理(事故や災害、経営失敗による倒産等々)に対する監視の義務を負う事になる。
自然災害の多い日本では、ここ20年間を振り返っても、雲仙普賢岳火砕流災害(1991年)、阪神淡路大震災(1995年)、三宅島噴火(2000年)、有珠山噴火(2000年)、新潟・福島豪雨災害と福井豪雨と斜面災害・地すべり(2004年)、新潟県中越沖地震(2007年)、南九州豪雨・斜面災害(2006年)、ゲリラ豪雨による神戸市都賀川水難事故(2008年)、兵庫県作用町豪雨水害(2009年)、日本海豪雪災害(2011年)、霧島新燃岳噴火(2011年)、東日本大震災(2011年)と殆ど毎年のように自然災害が発生し続けている。
また、自然災害以外にも、地下鉄サリン事件(1995年)、東海村JCO臨海事故(1999年)、関西電力美浜原発3号機事故(2004年)、JR西日本福知山線脱線事故(2005年)、今回の東電福島第一原発事故(2011年)とこれまで大きな被害と多数の犠牲者を生み出す事故(事件)が発生している。
つまり、自然災害や事故等の災害対策に対する社会的な体制は、日本社会を運営するための必然的条件であると謂える。その条件を整えることは国や地方自治体の義務である。国や地方自治体は、そのために災害防止に関する行政、公共事業を行っている。
そして、自然災害や事故によって引き起こされる社会インフラの損害を最小限に食い止めるために、国や地方自治体はそれらの企業の防災・安全管理と救済・危機管理に関して介入し援助や補助を行う義務と責任がある。
国や地方自治体は、事故や災害の防止に対して、税制上の支援や助成金を出して企業の安全管理体制作りを支援している。また、自然災害に備えて防災(防潮堤、防波堤、堤防や排水施設の設定)、耐震強度等の法律制定、洪水、火山噴火、地震や津波に対する安全監視体制等々の災害対策を行っている。
また、災害直後の応急的な罹災者の生活救済を目的にした災害救助法や災害被害者の生活再建を援助する被災者生活再建支援法、そして消防、警察や自衛隊派遣による災害直後の救援救助体制等によって、国家は災害や事故への危機管理体制を作っている。
大災害時の危機管理・市民ボランティア運動
大災害では一刻を争う被災地での人命救助、負傷者運搬、危険物撤去、前線部隊への補給、その補給路確保等々、危険な作業を、自衛隊、警察機動部隊、消防レスキュー部隊、海上保安庁災害救助部隊等々の前線部隊が担う。その危険作業に従事する最前線部隊を担う後方部隊も、自衛隊、警察消防や海上保安巡視艇員である(1)。
今回の東日本大震災直後に、国は10万人の自衛隊員の出動命令を出した。自衛隊員は、津波に襲われ壊滅的な被害を受けた地域に出動し、人命救助と補給路の確保のために働いた。また東電福島第一原発事故現場の最も厳しい前線での事故進行防止作業に従事している。
震災直後の最前線での救援活動によって多くの人命が救出された。このことは、今回の災害対策における政府の敏速な対応の成果である。確かにもっと早く、10万人の自衛隊の出動命令を出すべきだという批判もある。しかし、阪神淡路大震災直後またその後にあった多くの災害に対する政府の対応に比較して格段の進歩であったと言えるのではないか。勿論、今後はさらにもっと敏速な対応を取れる政府体制が必要であるのは確かである。
今回の課題として、罹災地や避難所での生活物資の不足、例えば燃料、食料、水、毛布等の運搬配給が問題になった。阪神淡路大震災と比較して約5倍の罹災地を持つ今回のケースでは、幹線道路、鉄道等の補給運搬経路が広範囲に破壊されているために、その復旧活動に時間が掛っている。その分、素早い救援物資の運搬は難しいのが現状である。
つまり「より十分な後方部隊の活動を展開するためには、災害支援NGO,民間ボランティア団体、被災者組織、罹災地の自治体、企業、市民の参加が必要となる。つまり、前線部隊の補給、補助、危険作業に従事する後方部隊と罹災者の生活支援を行う後方部隊を分ける必要」(1)がある。
そして「罹災者の生活支援を行う後方部隊は、民間ボランティア組織や市民が中心となり、全国から集まる災害支援金や支援物資を避難所へ届け、避難所の生活環境の改善を行う活動に従事することになる。この活動は、16年前の阪神淡路大震災で、ピースボート等の市民ボランティア団体が担い、また、その後の震災でも多くの市民ボランティア組織が支援活動を行ってきた。その経験を活かし、彼らの協力を得ながら、罹災者生活支援の後方部隊を組織する必要がある。」(1)
我々は、阪神淡路大震災の時に、市民の力で、国を挙げて大震災に立ち向かった経験を持っている。多くの災害ボランティアが罹災地に集まり救援活動に従事し、また近隣の住民達が自主的に災害救助活動を始めた。その貴重な経験はその後の災害時の救援活動に活かされてきた。そして、今回の西日本大震災(東北関東大震災)でも活かされるだろう。
避難した人々のいる地域では、まだ社会インフラが復旧していない。特に、救援物資の運搬、生活必需品の補給、生活情報の提供、被災地での子供支援、教育支援、等々、多くの課題を解決する力は、国や地方自治体の力だけでは不可能である。国民の参加、あらゆる支援の手を受け入れ、組織し、罹災者に届けることが今必要とされている。
その力は、すべての国民が等身大で差し伸べる手を受け入れ、組織する市民運動の豊かな経験と組織力によって可能になるのである。一刻も早く、市民ボランティアの活動を自衛隊、警察消防隊の前線部隊や後方部隊と連携する体制を作る必要がある。
その運動と組織化の発想も市民運動に任せることで、より豊かで敏速な危機管理の体制が可能になるのである。今回、管直人首相は辻元清美前外務副大臣を「災害ボランティア担当の総理大臣補佐官」に任命した。
この判断を評価したい。何故なら、辻元氏はピースボートを創設し、さらに阪神淡路大震災の時には、ピースボートを率いて、素晴らしい震災救援市民運動を組織、展開した一人である。その経験が、今回の大震災に必ず活かされることは間違いないだろう。
修正(誤字) 2011年3月22日
参考資料
(1) 三石博行 「日本国民全ての力を集めて震災罹災者を救援しよう ‐東日本大震災への救援・二次防災活動を担う機動部隊の構築‐」2011年3月17日
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_17.html
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ブログ文書集 タイトル「東日本大震災に立ち向かおう」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_23.html
目次 現代社会での危機管理
1、「危機管理と安全管理の独自性と連関性 -現代社会での危機管理(1)-」
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_19.html
2、「企業、行政主導の危機管理体制の必要性、その限界への課題(市民ボランティアの役割) -現代社会での危機管理(2)‐」
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_21.html
3、「災害ボランィア活動を生み出す文化的土壌としてのコミュニテイ・市民運動 ‐現代社会での危機管理(3)-」
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_22.html
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